◇◇0
「さて、始めましょうか」
「……何を?」
分身しながら言った殺せんせーに対するE組の返答は、素朴でもっともな疑問だった。
「学校の中間テストが迫ってきました」
「そうそう」
「そんなわけでこの時間は」
「高速強化テスト勉強をおこないます」
「先生の分身が一人ずつマンツーマンで」
「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」
殺せんせーの分身が口々に言うと、E組生徒全員の席の前に一人ずつ分身が移動する。分身ごとに教える教科ごとにハチマキを取りかえていて、例外として苦手科目が複数ある寺坂と春は
「あれ?私は苦手科目ないよー?」
「湯島さんは全科目で同じくらいのレベルですからねえ……」
「あー、つまり全教科の点数が低いってこと?殺せんせーひどいこと言うね~?」
「ちょっ」
「うぅ……。殺せんせーひどい……」
「あーあー、泣ーかせた。謝った方が良いんじゃないの?」
「にゅやー!カルマ君!湯島さんをからかわないでください!」
今日も絶好調のカルマだった。
◇◇1
「ったく……なんなんだよあいつは……」
殺せんせーの分身授業が終わった休み時間に寺坂はぼやいた。周りに座る寺坂グループの面々も同意見のようで、皆不満げな表情を浮かべていた。
「テストとかかったりー。そうだ吉田、またてめーん家でバイクに乗せてくれよ」
「なら放課後は
「おー。狭間はどーする?」
「私はパス。バイクに興味ないし」
狭間は冷めた口調で言った。何が楽しいのかよくわからないといった様子だ。
寺坂と村松は以前、吉田の運転するバイクの後ろに乗せてもらったことがある。殺せんせーのスピードには遠く及ばないが、猛スピードで風を切る感覚は口で表現しきれない爽快感があった。
「ねー寺坂ー」
「あん?」
「免許持ってないのにバイク運転したら犯罪だよー?」
横で話を聞いていた春が不審そうに話しかけると、寺坂は呆れたように自分達が法に触れていないことを話し始めた。
吉田の家はバイク屋を営んでいて、その敷地内には広々とした試走用スペースがある。運転に免許を必要とするのは公道だけなので、家の敷地内であるそこでは無免許の寺松達がどれだけバイクを乗り回しても問題ないのだ。
「そうだったんだ……」
「そーいうこと。大人の言いなりのいい子ちゃんは黙ってろっての」
「あ!ならさ、吉田君。私もバイクに乗せてよ!」
「はあ!?」
◇◇2
「おー!凄いねー!」
「そんなに興奮するかしら?」
吉田の家の試走用スペースの端でバイクで走っている吉田と寺坂を見てはしゃぐ春に狭間が呆れた様子になった。バイクにはしゃぐ側の村松も意外そうに狭間と春の様子を見ている。
「なんで着いてきてんだ?お前……」
「あんたら粗暴な男子達にこの子一人だけ預けたら心配じゃない」
「てめえ……」
「あー早く乗ってみたいー!」
「もうちょっと待ちなさい。多分もうそろそろ終わるわ」
狭間は村松の不満の視線を完全に無視し、待ちきれないといった様子の春をたしなめている。
今日の学校で、春がほとんど勢いで吉田家のバイク搭乗会に参加した際、心配になった狭間は春に付いてきたのだ。
その心配は見事的中し、家が反対方向とかで放課後に直接吉田の家に付いてきた春は制服の、つまりスカートのままバイクに乗ろうとしたのだ。乗れないこともないが、スカートが風で捲れあがりパンツ丸出しになる可能性が高い。
なので狭間はスカートのままで春をバイクに乗せようとする
「おー、着替え終わったか」
「ったく、遅せーんだよ」
「次!次は私!」
「はいはい、わかったから乗れ」
バイクが停車すると駆け寄っていく春。寺坂が悪態をつきながらもヘルメットを渡し、吉田が許可を出すとその肩を掴み、小さな体で地面を蹴り、飛び跳ねてバイクの後部に乗りこんだ。
「……」
「……どうしたの?」
「いや……なんでもねえ」
バイクに乗った吉田の背中に、制服をシワになるからと脱いで革ジャンに着替えた春が掴まっている状態である。
そしてこれは余談だが、春は本人の行動が残念ではあるもののレベルの高い容姿をしている。ビッチ先生ほどの色気は無いものの、黙っていれば十分に美少女と判断されるだろう。そんな彼女が普段の無遠慮さとは裏腹に少し遠慮気味に男子中学生の吉田の背中を掴んでいるのだ。吉田が内心動揺しているのも当然と言えた。
ちなみに、そんな吉田の様子を見た寺坂と村松、狭間はにやにやと笑いながら意見交換をしていた。
「……ヘルメットはちゃんと着けたか?」
「着けたー」
「よし、じゃあ走るから、もうちょいしっかり掴まれ」
「ん……こう?」
「……いや、こっちじゃなくてバイク掴んどけ」
「あ……うん」
後ろから抱きついてきた春に吉田は思わず身を固くするも、なんとか普通の声色で春に言う。春も春で先ほど寺坂がどのように乗っていたのか見ていたはずなのに、ついバイクのイメージで抱きついてしまったため顔を赤くしていた。
それを見ていた三人はこの後に春と吉田をからかうことを決めた。
「よっしゃ!いくぞ!」
「え、きゃあー!?」
吉田が照れ隠しに叫ぶと、春の悲鳴を置き去りにしてバイクが走り始めた。
しばらく続いていた春の悲鳴だったが、春がヘルメットの中で恐る恐る目を開くとぱったりと止み、代わりに笑い声が聞こえ始める。
「どーだ?スゲーだろ!」
「あっははは!スゴいー!」
「よっしや!ならいくぜ!必殺高速ブレーキターンだ!!」
「わぁっ!?……あっはははは!スゴいよこれ!」
「だろ!?っしゃあ!もっと上げてくぜー!!」
「わー!行っけー!!」
その様子を見て三人は、現在春を後ろに乗せてテンションの上がっている吉田をからかい倒すことに決めた。
◇◇3
「わーい!」
吉田のバイクに一人で乗った春が楽しそうにそのスピードを楽しんでいる。その様子を愕然と見る吉田達四人は信じられないといった表情でそれを見ていた。
「信じられねえ……。あいつ、バイクの運転半日でモノにしやがった……」
「おう……。運転に危なげがねえ、初心者のくせに安定した走りをしやがる……」
「何者だよあいつ……」
春が楽しんだ後、春と他の男子を交代しようとバイクから降りてきた春と吉田を寺坂達が思う存分にからかった後のことである。
春が冗談めかして「後ろから見て覚えたし、もうバイクの運転はできる!」と言ったのがそもそもの発端だ。
寺坂が意地悪そうに「なら運転してみればいーべ」と挑発し、三村がそれをさらに煽ったのだ。春が「何をー!」と吉田のバイクにまたがると、さすがに吉田が「基礎知識もないくせに乗るとかバイクなめてんじゃねえ!」と本気で止めに入ったのだ。そうして悪くなった空気の中で、狭間が意地悪そうに笑いつつ口を開いた。
「なら、吉田が基礎知識を一通り教えてあげたら良いじゃない」
教えた結果、今に至る。
ボタンやレバーの名称を聞いてみても全く答えられなかった春だったが、それがどんな働きを持つかを聞いてみると感覚的だがちゃんとした答えが帰ってきた。バイクの体さばきも持ち前の運動神経でなんとかし、ナイフの飲み込みがクラス1なのは伊達ではないことを寺坂達に見せつけていた。
今日までバイクに触ったことがないと言っていた春が自分に迫るほどの運転を見せて、密かに持っていたバイクの自信が折れてしまった気がする吉田だった。
春の運動神経は結構なものです。
生来の資質もありますが、幼い頃の習い事に武道をしていた影響もあります。