椚ヶ丘の春(仮題)   作:一文字

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驚きの時間

 ◇◇0

 

 

 赤羽(カルマ)がE組教室に入ってくると、生徒達が一斉に注目し、何をするのかという視線を受けた。

 それもそのはず、彼は昨日殺せんせーの触手を一本破壊し、その上ジェラートを盗んで挑発までしたのだ。生徒達に警戒されるのは仕方のないことだろう。

 

「おはよー!赤羽くん!」

 

 そんな彼が席に座ろうとしたとき、元気よく挨拶をする生徒が一人。

 

「えーと。誰?」

「あ、私は隣の席の湯島春!挨拶が遅れてごめんねー」

 

 薄い色の金髪をいつものようにひとつにまとめた小柄な少女、湯島春である。

 確か、昨日は自分と寺坂竜馬の言い合いに挟まれて『私の上で会話をするな!』と憤慨していた女子生徒だ、とカルマは思い返す。その他にも、二年生の頃は本校舎で有名になるほど騒がしかった生徒だった。本校舎で見かけないと思っていたらE組に入っていたのか、と意外に思う。そういえば、とカルマは教室に備え付けの時計を見た。計画には少し急げば間に合いそうな時間である。

 

「あ、ちょっと待ってて」

「え?」

 

 カルマはカバンをかけ、中から口が固く縛られたビニール袋と対先生ナイフを取り出すと春を置いて教卓に向かいビニールをほどき始めた。E組生徒が何をする気かと見物していると、結び目をほどいたビニールから出てきたのは生のタコ。カルマはタコを教卓の上に置いて足の位置を微調整すると持ってきたナイフを勢いよく突き刺す。

 

「なあ、赤羽カルマって言ったっけ?……何してんの?」

「え?嫌がらせだけど?」

 

 目の前で行われた凶行に堪えきれなくなった磯貝に、カルマは事も無げに答えた。何を当たり前のことを、と言わんばかりの表情だ。

 何も言えなくなった磯貝を背にしてカルマは教室後方にある自分の席に着席する。すると、春が不可解そうにカルマへ話しかけた。

 

「昨日もそうだったけどさ、何で嫌がらせするの?」

「え?じっくりと殺すためだけど?」

「んー?」

 

 質問の答えにさらに疑問が増えた様子の春にカルマが補足をいれた。話を聞き取った狭間綺羅々を除く寺坂グループはドン引きしている。

 

「スペックが異常なだけであいつも生きてんだし、精神攻撃はしといて損はないっしょ」

「なるほど。そういうことかー」

 

 気負ったところのないカルマの発言は、春を感心した様子にさせたが、それ以外のE組生徒達にカルマのそら恐ろしさを感じさせたのだった。

 

 

 ◇◇1

 

 

 四時間目。家庭科の授業である。

 春は家庭科室に移動し、学校指定のエプロンを着て寺坂グループとおしとやか少女の神崎有希子と一緒にスープを作っていた。

 料理も後半となり、スープももうそろそろ味付けをして完成、というところだ。

 

「それにしても村松君が料理得意だったなんて、驚いたな」

 

 神崎がしみじみと言った。家がラーメン店を営んでいる村松拓哉は、調理場の近くで育ったからか本人の顔に似合わず料理上手だったのだ。

 しかし、その特徴的なドレッドヘアを今は三角巾で隠す吉田大成が未だに信じられなさそうに口を開く。

 

「俺はこいつが料理上手ってのに驚きだけどな」

「えー、私が?料理上手ってレベルじゃないよー?」

 

 春が意外そうに答えた。今まで頭が悪いやつは料理下手という話を信じていた吉田だったが、実はその話は間違いだったのではないかと考え始めている。

 春は吉田や村松、寺坂の予想に反して実に手際がよかった。スープ作りにおいて、料理上手の村松や比較的料理のできる神崎以外はほとんど何もすることがなかったほどだ。

 そこで、村松に狭間が反論する。

 

「私は意外でもなかったわよ。前に料理できるって聞いてたし」

「うん。ここまで得意とは思ってなかったけど……」

「そうかなー?」

 

 未だに信じられない、といった様子で春を見る寺坂グループ男子陣。春は自分の料理が上手とは思っていなかったため首をかしげつつスープに味付けをしていた。

 と、教室の窓側から驚きの声が上がる。

 

「またやってんのか」

「懲りないねえ」

 

 寺坂と狭間が呆れて言った。カルマが殺せんせーに暗殺を試みていたのだ。

 カルマは朝のタコの件での暗殺を失敗したこ焼きを食べさせられ、一時間目の数学では銃を抜く前に押さえられてネイルアートを受けた。二、三時間目で間を置いて油断させた後、四時間目の終わり間近に暗殺をしてみたらしい。今回カルマは可愛らしいデザインのエプロンに着替えさせられていた。

 

「いー加減無駄だって気づかないもんかねえ」

「どうしたの寺坂?そんなこと言うなんて珍しい」

「あん?」

 

 ぼやいた寺坂にコンロの火を止めながら春が言った。

 

「心配してあげてるの?赤羽くんのこと」

「はあ!?気色悪いこと言ってんじゃねーぞテメー!」

 

 しゃがんでいた春の頭を寺坂が平手で叩いた。春の小さな頭が衝撃で揺れる。

 神崎は心配そうに助け起こそうとしたが、狭間が手と止め、神崎に向けてにやにやしながら首を振った。吉田と村松はまたか……といった目で二人を見ている。

 春が勢いよく立ち上がって抗議する。

 

「いったぁー!何で叩くのー!?」

「テメーが意味わかんねーこと言ってるからだボケ!」

「本当のことじゃなかったら叩かなくてもいーじゃん!はっ!?まさか……!」

「だからそんなんじゃねーよ!」

「そこ!調理中に騒がない!」

 

 言い争いを続けていたが、しまいに殺せんせーの注意を受けてしまう二人だった。

 

 

 ◇◇2

 

 

 時間は流れ、放課後である。

 春は体操服に着替え、校舎裏で烏間と5メートルほど離れて向かい合うようにして立っていた。

 

「よし、それでは訓練を始める」

「はいっ」

 

 これから烏間が春に投げナイフを指導するのだ。

 とりあえず、と烏間は持参してきた裏側に持ち手のついた木の板を右手で構える。木の板の表側は白く塗られた上に射撃やアーチェリーで使用するような的が描かれていた。

 

「これに向かって投げてみろ」

「え?でも烏間先生に当たったら……」

「女子中学生の投げナイフ程度ならこの板(防具)で十分防御できる」

「……わかりました」

 

 春はポケットに入ったナイフを取りだし、恐る恐るナイフを投げる。躊躇いながら投げられたナイフは勢いが足りず、烏間との間の地面に落ちてしまった。

 発破をかけるべきだな、と烏間が口を開く。

 

「どうした?その様子で投げナイフを使えるようになれるのか?」

「……!!……わかりました、ええいっ!」

 

 むっとした表情になった春が、今度は勢いよく烏間へナイフを投擲する。ナイフは烏間の構える板を外れて顔面へと飛んでいった。

 

「……やればできるじゃないか。中々筋がいいな」

「ええっ!?」

 

 顔に当たると思っていたナイフが烏間の左手の指の間で受け止められたのを見て、春が驚きの声をあげる。

 ふ、と口の端に笑みを浮かべつつ烏間が投げナイフの説明を始めた。

 

「投げナイフにおいて最も重要なことはわかるか?」

「え?えーと……コントロールですか?」

「正解だ」

 

 それを実感させるために先に投げさせたのだ。投げナイフと言わず暗殺に必要なものは『正確さ』だ。こと、殺せんせーの場合は多少スピードを上げて不正確な攻撃をするよりも一瞬の隙に百発百中の一撃を見舞うべきだった。

 

「では、投げナイフにおいてコントロールを高めるために最も重要なことはなんだ?」

「うーん……?わかりません」

「そうか……投げナイフにおいてコントロールを高めるのに最も重要なことは『回転』だ」

「回転?」

 

 理解できなかったようで、春は首をかしげた。

 実際に見せてやろう、板を地面に置き、両手にナイフを持つ。そしてそのナイフを違った投げ方で投げた。

 

「……あ!回転させた方が、そのままの向きで投げたのより遠くまで安定してる!」

「その通りだ。回転するものには状態を維持する作用が働くからな。ちなみに、回転はドリルのようにすると対象に突き刺さらないで弾かれてしまうから、回転は縦回転の方が望ましい」

「なるほど……」

 

 興味津々に授業を受けてくれる春は、元来口下手な気のある烏間にとっても教えやすい生徒で、さらに飲み込みも早かった。そのおかげで驚くことに、その日春に烏間が指導した時間は一時間だけだったにも関わらず、基礎的なことを一通り学ばせることができたのだった。

 

「……よし、今日はこれまで。家でもフォームのチャックをするように」

「はい!烏間先生!」

 

 訓練後で疲れているはずなのに、それを表に出さない笑顔で返事をする春。

 次回の訓練日を伝えて背を向けると聞こえてきた、慌てたような「さよーならー!」の声に振り向いて挨拶を返しつつ、有望そうな生徒が見つかったことを嬉しく思う烏間だった。




殺せんせーがカルマの執拗な嫌がらせに冷静に対処し、カルマへと危害を加えなかったので、春に残っていた殺せんせーに対する警戒心が薄くなりました。
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