椚ヶ丘の春(仮題)   作:一文字

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関係の時間

 ◇◇0

 

 

 赤羽業が殺せんせーに手入れをされ、嫌がらせが納まってから二日経った土曜日。椚が丘中学校本校舎に午前の授業が終わったことを知らせるチャイムが鳴り響いた。

 椚が丘中学校では土曜日の午前授業が採用されていて、本校舎の生徒は希望すれば複数のクラスの中から選んだクラスで授業を受けることができ、例によってE組生徒に限り必ず補修を受けることになっているのだ。

 E組でも本日最後の授業が授業が終わり、弛緩した空気が流れる。生徒達が帰宅していく中で、教室に残り続ける生徒が三人。岡島大河、三村航輝、湯島春である。春はよく雑談をしている岡島と三村の二人に混じって話をしていた。

 

「あ、ねえ!湯島さんも一緒に帰らない?」

「あー、ごめんなさい。これから岡島くん達と用事があるから……」

 

 片岡メグ、矢田桃花、岡野ひなたと一緒に帰ろうとしていた倉橋陽菜乃に誘いの声をかけられた春だったが、先約があったため断る。

 

「いやいや謝らなくてもいいって!それじゃ、また来週ねー」

「うん、さよならみんな」

 

 お互いに手を振って別れの挨拶をすると倉橋達は教室を出ていった。

 それからしばらく待ち、校舎から人気がなくなるのを待つ三人。どこかへ飛んで行った殺せんせーを確認しに行った三村と生徒達がいなくなったのを靴箱に行って確認した春が戻ってくると、岡島が本気の顔つきになって口を開いた。

 

「靴箱は?」

「私たち以外誰も残っていなかったよ」

「殺せんせーは?」

「今日は北極へクマを探しに行くらしいぜ。夕方までは戻ってこないだろ」

「烏間先生の許可は?」

「今は職員室に居る。午後に教室を使って暗殺の仕掛けをするから近づかないでくれって言っておいた」

 

 春と三村が岡島の確認に言葉を返し終わると、岡島が「最後に」と重々しく言った。

 

「いいんだな?湯島……」

「うん……。正直なところ凄い恥ずかしいけど、暗殺の役に立つなら……いいよ」

 

 覚悟を決めた顔で春が答えると、岡島が頷き、そして言った。

 

「よし湯島……いや、同志春。これから撮影を始める」

 

 「頼んだぞ三村」と真剣に言う岡島に、同じく真剣な表情で三村が「ああ」と返した。

 

 

 ◇◇1

 

 

 事の始まりは一日前、赤羽業が殺せんせーに手入れをされ終わった日の翌日までさかのぼる。

 

「あ、赤羽君。おはよう」

「んー?湯島さんか。おはよー」

 

 朝のSHRが始まる前、山道を走って流れた汗を洗い終えた春が、トイレの個室に入って汗の染みた制服の中に着ているシャツを脱いで出てくると、男子トイレから出てきたカルマと偶然出会ったのだ。

 そのまま教室に向かう二人。その会話の中で春はカルマにこう言った。

 

「家に殺せんせーの触手が一本あるんだけど、どうしたらいいと思う?食べようと思ってたんだけど、皆に反対されちゃってさ。そのままにするのももったいないし、何か精神攻撃に使えないかなーって」

「あー、ならいい考えがあるよ?触手を使ってさ――――――」

 

 殺せんせーによく悪戯をしているカルマなら良い案を考え付くのではないかと思った春の質問に、カルマは悪戯心をこめた案を春に提案した。

 

「――――――ってのはどう?」

「え、ええっ!?無理っ!できないからっ!?」

 

 春の誤算はカルマの悪戯心が殺せんせーにのみ向いているものではなかったというもの。

 

「あはは、いー反応」

 

 カルマが狙い通りの反応をして顔を赤く染めた春を後ろに置いて満足そうにしながら立ち去った。

 

「う、うう……。恥ずかしい、けど暗殺のためなら……」

 

 カルマの誤算は、春が案を実行することを決めてしまうことだった。

 

 

 ◇◇2

 

 

「なんか変じゃなかった?」

 

 サンドイッチの汚れがついた手を舐めながら倉橋が言った。

 春に一緒に帰るのを断られた後、四人は下校中に小腹がすいたため、軽食が美味しいと噂の喫茶店に行き軽い昼食を食べていた。

 ホットサンドを頼んだ矢田が怪訝そうな顔で口を開く。

 

「変って何が?」

「さっきの湯島さんのこと」

 

 倉橋の言葉を聞いて矢田、岡野、片岡が教室での一幕を思い出す。

 

「湯島さんっていつも放課後は用事があるって言ってるでしょ?なのにたいして仲良くない岡島くんたちと放課後に教室に残るっていうのはおかしくない?」

 

 よくわかっていなかった三人だが、ようやく得心がいった。

 

「それって……男好きってこと?」

「こらこら。確証もないのに失礼なこと言わないの」

「そうだよっ!それに湯島さんはそんな人じゃないもん!」

 

 男好きな……ありていに言えばビッチな女子が苦手な岡野が顔を引きつらせて言うと、片岡が呆れ顔で突っ込んだ。そこにふくれっ面で抗議する倉橋を落ち着かせながら矢田が言う。

 

「それに、岡島くんってそういう女子が避けるタイプだと思うよ?」

「ああ……」

 

 岡野と片岡が納得したように頷く。以前岡島が女子たちのいる教室で堂々と理想のおっぱいについての熱い自論を語っていたのを思い出したのだ。あれを見て好意を抱く女子はいないし、人によっては話しかけるのを躊躇するレベルだ。

 

「そう!それなのに教室で一緒に残ってるんだよ?」

「確かにおかしいわね……」

 

 倉橋の言葉に腕を組んで考え込む片岡。岡野も理由を考え込んでうなっている。

 

「まあでも、普通に警戒してないだけかもしれないよね。湯島さんだし」

 

 矢田の冗談めかした発言の後、全員が春の人柄を思い返す。確かに湯島春は無邪気というか、人の悪意に無防備な印象があった。そして、そんな春が何らかの要因で岡島と教室に二人っきりになったところを想像した。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 全員無言で顔を見合わせる。嫌な予感しかしなかった。

 

「ないとは思うけど、一応食べ終わったら教室に戻ってみましょうか」

「賛成!」

 

 片岡の提案は全会一致で可決された。

 

 

 ◇◇3

 

 

 一方、E組教室では。

 

「よーし、いいぞー次は触手(それ)の先っちょを服の中に入れてみてくれ」

「ん……。こ、こう……?」

「おー、そんな感じそんな感じ」

 

 ゲス顔の岡島が監督の、触手を使った春のエロっぽい写真撮影会が開催されていた。

 先日、カルマが春に吹き込んだ案は、『触手を使ってエロい写真を撮り、その写真を元に痴漢行為の濡れ衣を着せること』だ。

 提案者にすら実行されるとは思われていなかったこの案が人知れず実行されているのにはいくつかの理由があった。まず第一に、春が暗殺のためならと羞恥心を飲み込み、実行を決意したこと。第二に、案の実行のため春がクラス1スケベな岡島に協力を頼む時、恥ずかしがった春が岡島以外誰もいないタイミングで案の詳細を話したこと。第三に、女子などに知られたら止められることを悟った岡島が必要最低限の人間にしか計画を明かさず、烏間にすら話さなかったこと。第四に、撮影を担当する三村にスケベ心があったこと。

 

「よし、写真はこれくらいでいいだろ」

「だな」

「本当?」

 

 満足のいく写真を撮って頷き合う三村と岡島にやっと終わった、と一息つく春。しかし岡島がいや、と口を開いた。

 

「お前が良ければ動画も撮っていいか?編集すればそれっぽくなるだろうし」

「ええっ!?動画も……?うーん、暗殺のためなら…………」

 

 隠しきれていない岡島のゲス顔に気付かず悩み始める春。

 岡島が頭を抱えている春を見ていると、その横から三村が掴み掛って小声で抗議する。

 

「おい!なに欲だしてんだ!写真だけの計画だろ!」

「へへへ、そんなの今更だろ?同志よぉ……。それに動画で見たくないのかよ?」

「う、そりゃあ……」

「素直になれよ?なあ……」

 

 三村がゲス方面に傾いていく。そこに先ほどから、暗殺のため……暗殺のため……と呟いていた春が「よしっ!」と力を入れて言った。

 

「私、動画も撮ってもらう!」

 

 赤面しながら、暗殺のためだもんね!と決意している春に今更嘘や冗談だったとは言えない、三村は『なるようになれ』と岡島の誘惑に抗うことを止めたのだった。

 

「よし、じゃあ触手の動きは俺が担当するから撮影は任せた」

「……ああ、わかった」

「暗殺のため……暗殺のため……。よーし、何でもこいっ!」

 

 ◇◇4

 

 昼食を急いで食べ終わった倉橋達四人は不安感を拭うため、わき腹を痛くしながらも山道を登り旧校舎に到着した。

 

「いやー、けっこう時間経っちゃったね」

「うん。もう湯島さんたちももう帰っちゃったかも」

「それならいいんだけど……」

 

 岡野と矢田が汗ばんだ額を拭いながら言うと、倉橋が不安そうに言った。

 止まっていてもしょうがないと片岡が三人を連れて校内に入る。

 

「……湯島さんたちの靴、まだ残ってるわね」

 

 下駄箱を確認した片岡が言う。周りに食料品を売っている場所がない旧校舎に、もう昼食時を過ぎているのに留まっているというのはかなり不審である。

 

「早く見に行こう!」

 

 顔を青ざめさせた倉橋に残りの全員が頷き床板を踏み抜かないよう注意しながらE組へ向かう。

 進みなれた廊下をできる限りの速さで進み、E組の前にいち早く到着した倉橋が扉を開けると、なぜか半袖の体操服で、体を謎の粘液で濡らして壁を背にへたり込んでいる春と、殺せんせーの触手と液体の入った瓶を持って壁際に追い詰めている岡島、それを横からカメラで撮影する三村がいた。

 

「……え?あっ!皆!?やっ、み、見ないで!」

 

 扉の外から教室の様子を見て絶句する女子四人に、見られて固まった男子二人、異様な空間に首まで真っ赤にした春の絶叫が響いた。

 

 

 ◇◇5

 

 

「ほんっとにあんたらはもう――――――!」

 

 少し時間の経過したE組教室。床に直接正座させられている岡島と三村の二人へ片岡が雷を落とした。三村は『どうしてこうなった』と内心ため息を吐いている。

 

「うわーなにこれ。えー……」

「これはちょっと……引くかなー……」

「これで引かないやつなんていないでしょ……」

 

 岡野と矢田は教室の隅で三村のデジカメのデータを検分していた。ご丁寧に殺せんせーの粘液まで岡島の手で再現された写真は女子中学生二人をドン引きさせるのに十分な威力を発揮していた。

 

「湯島さんから提案したんだったっけ?」

「う、うん……」

 

 春はまずぬるぬるを洗い流し、汚れたら困ると着替えていた体操服を制服に着替え、倉橋と一緒にハンカチを引いた床に座り、今回の事情を説明し終えたところだった。

 

「はあ……」

 

 ため息を吐く倉橋だったが、怖い顔になって春に怒り出した。

 

「湯島さんは迂闊すぎ!」

「う、迂闊?」

「男子とエッチな写真を撮るだなんて危ないでしょ!変な事されたらどうするの!」

「あ、危なくないよ!岡島君も三村君も変なことするような人じゃないよ!」

「……あんたたち、あんな子の信頼を裏切ったのよ」

「うっ!?」

 

 春を指さして片岡が言うと男子二人が胸を押さえる。良心が激しく傷んだようだ。

 

「……もう!本当に、全くもう!」

「うう……」

 

 憤る倉橋に説教を受ける春。すると、落ち込む春にカメラの画面から顔を上げた矢田がにこにこと言った。

 

「そんなに落ち込まないで、湯島さん。倉橋さんは湯島さんのことが心配だっただけなんだから」

「えっ?」

 

 思わず俯いていた顔を上げて倉橋を見る春。倉橋は見る見るうちに顔色を赤くした。

 

「ちょっ、そんな」

「あー、確かに。私らの中で一番湯島さんのこと心配してたよね」

 

 何か言いかけた倉橋を遮って岡野が苦笑気味に言う。春は恐る恐る口を開いた。

 

「心配して、くれてたの……?」

「……うん」

 

 恥ずかしそうに答える倉橋に、春ははにかむ。

 

「えへへ……。なんか、友達みたいでいいね。こういうの……」

「え……?」

 

 倉橋が悲しそうに続ける。

 

「私たち、友達じゃなかったの……?」

「え……、友達?そっか、友達か……」

 

 春は幸せそうに緩んだ笑顔になり、倉橋の手を自分の手で取った。

 

「うんっ!友達!私達、友達!」

「そっかぁ……よかったぁ……」

 

 岡島が嬉しそうに笑い合っている二人を見つめて呟いた。

 

「百合……いいな」

「あ、ん、た、はーーーっ!!」

 

 岡島の説教時間が倍になった。




湯島春の交友関係は『知り合い』とか『話し相手』程度の関係の人間がとても多いですが、『友達』はほとんどいません。なので、本人の認識としては倉橋陽菜乃がE組での初めての友達になります。
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