椚ヶ丘の春(仮題)   作:一文字

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照れの時間

 ◇◇0

 

 

 五月一日の朝。SHRの時間を利用して、E組にやって来た外国語の臨時講師について紹介が行われていた。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します」

 

 薄い金髪をした美人の女性、臨時講師のイリーナはにこやかに言った。入室時から殺せんせーに豊満な胸を押し付けるようにしてべったりとくっついている彼女を見て、生徒達は困惑気味だ。

 殺せんせーも胸を押し付けられて悪い気はしていないのか、でれでれとしていた。

 

 

 ◇◇1

 

 

 午前の授業が終わり、昼休みである。

 

「そりゃー!」

「おっと。ヌルフフフフ、甘いですねえ」

 

 椚ヶ丘中学校旧校舎の校庭で生徒達が殺せんせーに暗殺を挑んでいる。今日は複数のボールを使いサッカーをしながらの暗殺だ。殺せんせーがその触手を器用に使いボールをほとんどコントロールする中、殺せんせーを取り囲んだ生徒達がナイフやエアガンなどで暗殺を試みているものの余裕で避けられてしまっている。

 

「殺せんせーのお、おっぱいフェチ!」

「ちょっ!?誰ですか湯島さんに変なこと教えたのは!」

「貰ったー!」

「にゅやっ!?」

「あー、おしい!」

「春ちゃんそういうこと言っちゃだめ!」

「え、でも」

「湯島さんは女の子なんだから、もっと気を付けないとだめだよ?」

 

 春は顔を赤くして殺せんせーに精神攻撃をしながらナイフを振るうが、かすっただけに留まった。その後、発言を聞き咎められて倉橋陽菜乃と原寿美礼に横に連れていかれ説教をされ始めている。変なことを吹き込んだ犯人である赤羽業は楽しそうに殺せんせーにエアガンを撃っていた。

 

「殺せんせー!」

 

 横から声をかけたイリーナが校舎から駆け寄ってくる。彼女はそのまま殺せんせーに近づいて朝のSHRの時のように体を寄せた。

 

「お願いがあるの。一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくって……」

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知ってますから」

 

 流石、と言うべきか。ハニートラップの達人である彼女は、殺せんせーをあっという間に誘導してベトナムへ向かわせてしまう。

 ちょうどその時、旧校舎グラウンドに昼休みを終える予鈴が響いた。

 

「えーと、イリーナ……先生?授業はどうしますか?」

「授業……?各自適当に自習でもしてなさい」

 

 殺せんせーが居なくなったあたりから雰囲気が一変したイリーナが気だるそうに煙草に火をつけ、不機嫌そうにしながら生徒達へ「イェラビッチお姉様」と呼ぶようにと続けた。

 

「で、どーすんの?ビっちねえさん。クラス総がかりで殺せないモンスターを一人で殺れんの?」

「略すな!……ガキが。大人には大人の殺り方があるのよ」

 

 イリーナは状況を見守っていた潮田渚の元へ進むと、顔を近づけ、逃げられないように頭を挟み込むと唐突に口付けた。生徒達から驚きの声が漏れる中で口付けを続けたイリーナは、渚がへたりこむとそのを頭を解放する。

 

「……後で職員室にいらっしゃい。あんたが調べた奴の情報聞いてみたいわ。……その他も!有力な情報持ってる子は話しに来なさい!」

 

 へたりこんだ渚を置いて、やって来た堅気ではなさそうな男三人へと向かうイリーナ。E組生徒の大半に睨まれるのも気にしてはいなかった。

 

「少しでも私の暗殺の邪魔をしたらーーーーーー殺すわよ」

 

 イリーナが去ると、緊張が解れて動き出すE組生徒。プロの暗殺者の迫力に飲まれていたようだ。

 ふと倉橋は春の方を向いた。何かと騒がしい彼女が今まで黙っているのは違和感があったのだ。

 

「キ、キス……キス……」

「わー……」

 

 そこにいたのは渚とイリーナとのキスで顔を真っ赤にした春。あわあわと混乱している彼女は騒ぐほどの余裕がなかったし、その後の展開もろくに頭に入っていなかった。

 

 

 ◇◇2

 

 

「ええっ?イリーナ先生暗殺者だったの!?」

「今更!?」

 

 放課後の帰り道、春は片岡メグ、岡野ひなた、矢田桃花、倉橋陽菜乃の友達四人と山道を歩いている中で、イリーナのことを話していると春は大きな声をあげて驚いた。それに岡野ひなたがツッコむと、片岡メグが呆れた顔になる。

 

「じゃあ何だと思ってたのよ……」

「え?えーっと……ちょっとエッチな先生?」

「ちょっとどころじゃないと思うよ?」

「確かにねー。あの時、渚に……口と口で、キ、キス……してたもんね……」

 

 思い返してしどろもどろになる春。真っ赤になった春の顔を倉橋が指でつつき始めた。

 

「いやー、まさか春ちゃんがそんなに純だとはね~」

「ある意味予想通りかもねー」

 

 矢田の言葉に頷き合う四人。春は居心地が悪そうに身をよじって倉橋の指を避けている。

 

「あー、そうそう。陽菜乃ちゃんに質問なんだけどさ」

「ん?何ー?」

 

 話題を変えるように言う春に、しょうがないなあといった様子で付き合う倉橋。他の三人ももう弄るのはやめることにしたようだ。

 

「前に殺せんせーと二人っきりで勉強を教えて貰ったって言ってたよね?どうだった?」

「え?うーん。普通に勉強教えて貰ったよ?殺せんせーの教え方わかりやすかった」

「あ、私は勉強じゃないけど沖縄の水族館に連れてって貰ったよ?」

「沖縄!?桃花ちゃん沖縄行ったの!?」

「あ、うん。マッハで運んで貰った」

「へー。今日もあの先生の頼み事を簡単に引き受けてたし、頼んだら色々助けてくれるのかもねー」

「地球爆破するってのにサービス精神旺盛だなぁ……」

「ふーん……」

 

 呆れている岡野を他所に、倉橋と矢田の言葉に何やら考え込む春。それを見て片岡が怪訝な顔になる。

 

「なーに?湯島さん殺せんせーに頼み事?」

「あ、うん。そうだよー……」

 

 春の表情が悲しげになり、返答が尻すぼみになる。片岡が慌てて言い直した。

 

「あ、うん。春ちゃんだったわね」

「ん」

「……ねえ、恥ずかしいから名字呼びじゃだめ?」

「だめ」

 

 呼び方に距離を感じたためお互い名前呼びをすることを決めた春達だったが、片岡はそれが気恥ずかしいらしく、何度か名字呼びの許可を求めていた。

 穏やかな帰り道、友達同士の会話が続いていく中で今度は片岡がからかわれ始めたのだった。




春は純な……昔風に言うとウブなところがあります。
異性とのじゃれ合いは多かったのですが、恋愛的な要素にはあまり触れてこなかったからです。
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