◇◇0
イリーナの受け持つ英語の授業は今日も彼女がタブレット端末を操作する音だけが響くだけで、授業の音がすることはなかった。E組の生徒達もいいかげん英語を教える気のないイリーナに不満がたまっている様子だ。
そして今日は五時間目の体育中に暗殺を試みて失敗し殺せんせーの
「必死だねビッチねえさん。
自らも屈辱的な手入れを受けた経験のある赤羽業がにやにやと笑う。その隣の座席に座る湯島春はカルマに向けられた寺坂の『お前もアレされてんだろうが』という呆れた視線に何を勘違いしたのか、ぐぬぬと寺坂を睨み付けていた。
「先生」
「……何よ」
「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?」
「出てけくそビッチ!!」
「殺せんせーとかわってよ!!」
「そーだそーだ!!巨乳なんていらない!!」
結果、イリーナに対してE組に貯まっていた怒りが爆発する。怒りを吐き出していない生徒達もいるが極々少数派である。
イリーナの受け持った教室は完全に学級崩壊を起こしていた。
◇◇1
学級崩壊から少し時間が経過し、E組の生徒達は本格的な自習時間を利用して烏間が教えた「暗殺バドミントン」に励んでいた。
暗殺バドミントンとは、木製のナイフで玉を叩き飛ばし合い相手のコートに落としたら得点、というナイフで動く対象に正確に当てるということを目的とした遊びの要素が強い訓練である。
「湯島!そっち行ったぞ!」
「えっ、あ、わっ!?ごめ~ん!」
この訓練、いつもは身軽な動きとクラス1飲み込みの早いナイフ術で春が大活躍するのだが、今日に限っては調子が悪いようでミスを連発している。
今も春の落とした点で負けが決まり、両チームがコートの外に移動した。
「どうしたの春ちゃ……」
「あ……陽菜乃ちゃん。なんでもないよー?」
心配そうに駆け寄ってきた倉橋だったが、自分を見た春の表情を見て動揺していると、春はすぐにいつもの調子に戻ってしまった。
倉橋はそのまま「ごめんねー」と自分のチームに帰っていく春の後ろ姿を見る。いつも通りの様子で、倉橋を見てあんな表情を浮かべたのが気のせいのように思えてくる。
倉橋を見た春は、どこか後ろめたさを含む寂しそうな顔になっていた。
◇◇2
六時間目の直前、イリーナは休み時間にE組教室に入ると、教壇に立って授業を始めた。
時間がないため簡潔にした授業の紹介だけだったが、イリーナが今までの態度を改めて実践的な英会話を教えることだけは伝わりE組の生徒達の心を開くことに成功したのだった。ただしイリーナの呼び方は『ビッチ先生』で、それに憤ったイリーナが金切り声をあげるというオチがついたが。
ちなみにその時にE組が復唱させられた『
その後、六時間目に殺せんせーの小テストを受け、帰り道である。
「小テストどうだったー?」
「私は古典ばっかだったー」
「私は数学ー」
いつもの春たち友達グループから暗殺を挑みに行った片岡メグを抜いた四人での帰宅中、倉橋は世間話をしながらも春を観察していた。
昼間に見たように思われる寂しげな顔とは程遠く、いつも通りの様子をしていた。
「あ、春ちゃん今日は寄り道ダメな日だっけ?」
「うん。そうだよー」
「春ってばいっつもそれじゃん」
「やー、習う事が多くてさー」
「陽菜乃からも何とか……陽菜乃?」
「あ、うん。ごめん、何~?」
岡野の問いかけにはっとする倉橋。気づけば顔を覗きこまれていた。
「大丈夫?春ちゃんも調子悪かったし……」
「寄り道は止めといた方が良いんじゃない?」
「あー、うん。そうするー」
心配する矢田と岡野に内心で謝りつつ、これ幸いと春と一緒に帰ることにした倉橋。
心配そうな二人と別れた後、しばらく春と無言で歩いている。倉橋は立ち止まり、春が何事かと振り返るのを確認すると意を決して口を開いた。
「ねえ、春ちゃん」
「何ー?」
「昼間の事なんだけど……」
春の表情が固くなったことで倉橋はやはりと確信した。さらに追求しようと口を開こうとするも、しかし春に遮られる。
「何の事?」
春はいつになくにこやかな笑みを浮かべて言った。倉橋はその笑みを見て、自分が春の触れられたくない部分に触れてしまったことに気づいた。気づいた以上、それを無視して問いかけを続けることは倉橋にはできなかった。
「ううん、なんでもない」
「……そっか」
倉橋の言葉に少し安心したように微笑んだ春は、すぐにいつもの調子に戻って倉橋と歩き始めたのだった。
◇◇3
その日の夜、自室で不破から借りた漫画を読んでいた春は、ふと昼間のことを思い出し、漫画から顔を上げてため息を吐いた。
「友達かあ……」
友達になった当初はよかった。仲の良い友達ができて嬉しかったし、その後に遊びに行った時も楽しかった。しかし時間が経つと、時折浮かれた気持ちを冷やすかのように後ろめたさが水を指すようになった。
春には友達になったE組女子にも、そして家族にすら話していない秘密がある。だからきっと、秘密を隠した自分は本当の友達ではないのだろうと考えてしまうのだ。かといって言えば友達に嫌われ、友達ではなくなってしまうに違いない。結局のところ、このまま罪悪感に苛まれながら友達もどきを続けるしかないのだ。
「いつか、言えれば良いな……」
いつかは来ないだろうと確信しながら、春は寂しそうに呟いた。
春の隠し事が何かこの時点で分かる方は、伏線不足のため絶対に居ません。
これから先の話で伏線を張っていきます。
張っていけると……いいなあ……。