富幸神社縁起   作:水城忍

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第二話 高千穂誕生 

 富幸神社の一角で若い女性が幼い娘と相対して素読の指南をしていた。

 「子曰く、我十有五にして学を志す……」

 指南しているのは艦娘の薩摩。一見若いが、その中身は何歳生きているのか分からない、謎の多い人物である。何しろNINJA提督の師匠であり、里の長老なのだから。

 幼い娘は高千穂。本当の名は小扶桑なのだが、普段は高千穂を名乗っている。この鎮守府の長官・NINJA提督と航空戦艦・扶桑の間での「共同建設」で生まれた娘である。なぜ、高千穂と名乗っているのか、そして、「共同建設」とは何かについては後で述べる。

 薩摩はふと、この幼子の顔を見ているうちに、この子が生まれた日のことを思い出していた。

 かつて、ある島にいたときの話である。

 

 まず、一つ補足しておく必要があるだろう。どうして艦娘になるのかという問題である。それにはいくつかのパターンがある。

 第一に、人間を依代にして船霊を下すというもの。NINJA鎮守府のメインメンバーは大抵これである。人間としての記憶や経験、能力といったものと船霊の「記憶」と能力が組み合わされ、増幅される。割と手っ取り早く、また、依代との相性次第だが船霊が暴走しにくく、安全である。ただ、艦娘としての力を生かすためにも艤装の調達が必要となる。

 第二に船霊そのものの具現化。つまり、魂(こん)たる船霊に肉体の元となる魄(ぱく)を付け加え、艦娘にするという方法である。最初からその船霊にあった艤装もついていて、資源の消費はゼロである。が、船霊だけでは不安定になりやすいのか、船に宿っていた怒り・嘆き・怨念などの特にネガティブな感情が暴走し、深海棲艦になってしまうことも珍しくない。こんな場合は、艦娘たちによる戦いで、魂を鎮めることが必要となる。

 これが主な艦娘誕生の仕組みなのだが、実を言えば他の方法もある。それが「結縁(けちえん)」とよばれる方法である。これは船霊を具現化する際に提督とケッコンカッコカリした一人の艦娘の魂魄の一部を取り混ぜるものだが、やり方は鎮守府ごとにいろいろとあるようだ。依代がいらないのに提督と艦娘の魂魄が混ざるせいか、安定度はバツグン。そして、新たに生まれた娘は、提督と艦娘との間に「魂の親子」とでも呼べる関係を取り結ぶことになる。

 さて、話を戻す。「魂の親子」とでも呼ぶべき艦娘を生み出す「結縁」。NINJA提督を含めて一同、興味は深々だった。しかし、AL/MI作戦をはじめとしていろいろとあったせいか、しばらくは落ち着いていた。が、それらも一段落。そうなると、誰が「結縁」の対象となるのか。みんなが落ち着かなくなるのも当然だったのかもしれない。

 

 このときのNINJA鎮守府一行はどうしていたかというと……。

 まずは扶桑。

 (やっぱり、最初は私なのかしら……。別にいかがわしいことじゃないのに、なんだろ。やっぱり恥ずかしいわ……)

 と、最初のお相手の予感にただただ恥ずかしそうにしていた。で、妹はというと。

  (ううう……きっと、最初の共同建造は姉様よね……。姉様が遠くなりそう……。共同建造は何とか引き伸ばさないと。あ、でも、これじゃダメか。兄さんとの共同建設、絶対に阻止しなきゃ……。でも、そしたら今度は私? それも困るわ……。あああ……。神様、私はどうしたらいいの!?)

 と、まあ、こんな様子。一番悶々としていたのが山城だったのかもしれない。

 最年少の吹雪はこんな感じ。

 (私、まだ先よね……。はぁ……。私も共同建造したいなぁ)

 最初からあきらめモード。この鎮守府では、致し方ないことだろう。同じような心境だったのが千歳であった。

 (まぁ、最初は扶桑・山城に譲るとして……。これは仕方ないからね。)

 艦これ本編にはまだ登場していない、アイオワはというと。

 (私も早く実装してくれないかしら……。ナイスバディで悩殺確定なんだけどなぁ……)

 そわそわ悶々ガッカリと、何とも落ち着かない様子の一行に大ボスの薩摩は面白半分・呆れ半分で見ているのであった。

 (全く、こやつらは……。ま、年頃の娘じゃから当然と言えば当然じゃな。こやつらの騒動、『森伊蔵』でも飲みながら楽しませてもらうかの。)

 さて。面倒くさい……もとい、厄介なのは扶桑姉様・山城姫様とNINJA提督の微妙すぎる関係である。

 山城とNINJA提督の「姉様Love」だけなら、まだしも、最早「ケンカップル」と評されるほどのドツキ漫才……ではなく、扶桑姉様を巡る闘争(という名のじゃれ合い)を繰り広げる山城とNINJA提督。よくあるラブコメ的展開に、筆者も「あれ、どっちとケッコンカッコカリしたっけ?(A.両方)」と、時折自問自答することがある。

 

 こんなじれったい状況に、先に手を打ったのは、NINJA提督の方だった。扶桑姉様を連れて、富幸神社本殿に入ると、さっさと封印。外部からの侵入を阻止したのであった。

「あのう……姉様……」

「は、はいっ!?」

「まどろっこしいことは抜きにして。共同建造、お願いいたす!!」

「……はい。喜んで……」

 扶桑姉様がはにかむ。

 

 一方その頃。山城は姉がどこかに行ってしまったことにようやく気付いた。

「姉様……。姉様! どこですか?……しまった!! 提督に先を越されたわ!!」

 おっとり刀で、手には大村正を持って富幸神社の境内を走る山城。そこにNINJA提督の指令を受けて、山城の行動を阻止するために派遣された下忍と指揮を執る中忍たちが立ちはだかる。

「山城様、お引きくだされ。これは提督殿の指令でございまする」

「あなたたちこそ、黙りなさい! これは姉様と私と兄さんの問題よ! あなたたちがしゃしゃり出ることじゃないわ!」

「……山城様、どうしても退いては下さりませんか」

「当然。というか、あなたたちの方こそ下がりなさい!!」

「……致し方あるまい。山城様には暫く、寝ていただくことにいたそう」

「私が、今、艤装をつけていないからって、侮っているわね……」

「いえ。侮ってはおりませぬ。拙者らも山城様のお力は十分承知。我ら全員でかかっても足止めになるか分かりませぬ。しかし、これも任務なれば……! 皆、かかれ!! 山城様のお体に傷をつけぬよう、お引き取り願え!!」

 中忍の指示を受けて、下忍たちが山城を捕縛、または麻痺させるための道具を手に襲い掛かる。が……

「大村正……この人たちも別に恨みがあるわけじゃないから、怪我をさせちゃだめよ」

 大村正が山城の言葉に反応するように鈍く光る。

「山城、参る!!」

 山城が大村正をふるう。下忍たちに直接切りかかったわけではない。が、大村正から放たれた強烈な気が、襲い掛かった者たちを一撃でノックアウトしてしまった。

下忍たちがあっさりノックアウトされると、今度は中忍たちが指揮を執るのをやめて山城に飛びかかる。

「あなたたち……邪魔!」

 中忍達の攻撃を紙一重でかわしつつ、山城は大村正の峰で一人一人を確実に叩きのめしていく。やがて、山城を阻止しようとする下忍・中忍は全員、地の上でのびていた。忍びたちが全員気絶したのを確認すると、山城は再び本殿へと駆けていった。

 だが、山城は妙なことに気が付いた。艦娘たちが手を出してこないのだ。本気で山城の動きを阻止しようとするなら、大和・武蔵に一航戦・二航戦を武装させればいい。あるいは、薩摩が出てくれば山城にはどうすることもできなかっただろう。前者なら艦娘としての能力で、後者なら素の身体能力でかなわない。なのに、先ほどの忍群以外に誰一人、出てこないのである。

「ああ……そういうことか……」

 山城の表情に諦めの色が浮かぶ。しかし、だまって、認めるわけにはいかない。これが山城の意地であった。

 山城は本殿の階段を駆け上がり、本殿奥の扉の前に立った。手を添えて開けようとする。が、呪術で封印された扉は開かない。山城は扉から一歩引いて、大村正を振りかざす。そして、渾身の気を込めて扉を十文字に切り裂く。扉にかけられた封印の術は大したものではなかったらしく、大村正の一閃であっさりと破られた。

「や、山城!」

 崩壊する神殿の扉に驚く扶桑姉様。一方のNINJA提督はこの展開を読んでいたようだった。佩刀の村正の柄に早くも手をやる。

「ふっ……姫様。やっぱり来たな」

「当然! 姉様との共同建造……阻止しに来たわ!」

 山城が大村正を構える。それに合わせるようにNINJA提督も柄に手をかけた村正を鞘から抜く。

「山城、やめなさいっ! 提督も山城に手を出しちゃダメっ!!」

 扶桑姉様が珍しく声を荒げて妹と提督を止めようとする。

「姉様……。ごめんなさい……。それはできないわ」

「姉様、すまない。拙者もそれはできないな」

 二人は抜身の佩刀を構えつつジリジリと互いの距離を読み合う。そして、ほぼ同時に両者が互いの間合いに入った。刹那。村正と大村正が振りぬかれる。

「いやぁぁぁぁぁ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 かきぃぃぃぃぃぃん!

 NINJA提督の村正と山城の大村正が激しくぶつかる。その瞬間、刃と刃が重なり合ったところから激しい光が放たれる。余りに強い光に扶桑は思わず目を閉じた。そして、扶桑が目を開けると、一瞬、己の目を疑った。二人が手にしていた村正と大村正両方が砕け、その欠片があたりに散らばっていたのだった。

「大村正が、砕けちゃったわね……提督。こうなったら、拳で勝負よ!」

「のぞむところ!」

 二人が刀の柄を床に投げ捨てる。そして、山城の右手が提督の頬を、NINJA提督の右手が山城の腹部を狙って繰り出される。

 どごぉっっっっっ!!!!

 いち早く、ターゲットを捉えたのは山城の拳の方だった。左の頬を全力で殴られたNINJA提督は床に投げ出され、倒れこむ。山城はすかさずマウントポジションを取ると、提督の両頬を交互に全力で殴った。

「提督の、兄さんの、ばっきゃろーーーーーーー!!」

 山城は何時しか泣いていた。泣きながら、何度も、何度もNINJA提督の顔を殴りつけた。

「うわぁぁぁぁぁん!」

 山城の殴る手はいつしか止まり、只々提督の体の上で号泣するだけになった。

「山城……もうそんなに泣かないで……」

 扶桑は山城をそっと後ろから抱きしめる。扶桑もここで、全てを理解した。山城とNINJA提督との間の複雑な感情を払拭するために山城にひとしきり暴れさせる……。後腐れなく、最初の共同建造を進めるための「儀式」だったのだ。

「姉様……ねえさまぁ……」

 山城の号泣はやがて、嗚咽に変わっていった。 山城はまだしばらく嗚咽していた。しかし、涙を袖で拭くと、提督の体から離れた。扶桑が提督を助け起こす。

「提督、姉様との共同建造……必ず成功させなさいよ……」

 山城はそうつぶやくと、くるりと踵を返し、神社本殿の奥から出ていった。

「あいたたた……姫様、全力で殴りすぎでござるよ」

 扶桑が冷水でぬらしたタオルでNINJA提督の頬を冷やした。

「姉様、有難う」

「こちらこそ……。山城の気持ちを晴らすためにわざとこんなに殴られたんですから……」「はて? 何のことでござるかな。単に拙者が修行不足だった。ただそれだけでござるよ」

「ふふふ。そういうことにしてあげますね……。さ、共同建造、始めましょうか……。あんまり遅くなると、薩摩様が寝落ちしちゃいますよ……」

「左様でござるな……。薩摩様、そろそろおいで下され!」

 どんでん返しの扉が回転する。そこには巫女装束の薩摩が立っていた。

「全く、お主ら三人、難儀な奴らじゃな。まぁ、よい。始めるぞえ」

 扶桑とNINJA提督が互いの手を取り合う。二人の横で、薩摩が祝詞奏上を行う。そして。祝詞が終わるとともにNINJA提督と扶桑の体が光に包まれる。二人を包んだ光はやがて、離れていき、あっという間に建造ドックへと飛び込んでいった。すぐさま、建造ドックのタイマーが作動する。そこに表示された時間は……

4:20:00

 

 ドックに待機していた明石から、建造タイマーが作動したことが神社にいた三人に知らされる。

「ふう。儂も共同建造の呪なぞ初めてじゃったから、上手くいくかヒヤヒヤしたぞえ。とまれ、後は朝を迎えるだけじゃな。主らも偶には山城に邪魔されず、二人仲良く休むといいぞえ」

 薩摩がニヤリと笑う。NINJA提督と扶桑はただ赤面するしかなかった。

 夜が明けた。建造ドックの前ではNINJA提督と扶桑、吹雪、千歳、薩摩が集まっていた(そして、やや離れて、こっそりと山城もついてきた)。

 

0:00:00

 建造タイマーが0になり、NINJA提督がドック開門ボタンを押す。重々しくドックの扉が開いた。そして、その奥から、髪の長い、幼い少女――その娘は扶桑をそのまま幼くしたようだった――が現れた。

「初めまして……父上、母上、おばあ様、姉様方。私、扶桑型戦艦・小扶桑です。」

 小扶桑と名乗った艦娘が一礼する。

「小扶桑……よく来てくれたわね」

 扶桑が微笑して、新たに生まれた魂の娘を抱き上げる。

「よくぞ……参った」

 NINJA提督が小扶桑の頭を撫でる。

「ほんに、扶桑の幼いころによう似ておるわ」

「そうそう! 扶桑の小っちゃい頃って、こんな感じでしたよね」

千歳も同意する。

「へえー、扶桑さんも小さい頃はこんな感じだったんですね! 可愛いー」

 薩摩が少し思案する。

「ふむ。小扶桑という名も良いが、少々言いにくいのう。どうじゃ。普段は『高千穂』と名乗ってみぬか」

「高千穂……良い名ですね。おばあ様、有難うございます。これからはその名を名乗らせていただきます」

「そうかそうか。よいぞよいぞ。……ああ、それと、儂は『おばあ様』というのがのう……」

「わかりました。では、私も姉様方のように薩摩様と呼ばせていただきます」

「うむ。そう呼ぶがよいぞ」

「さて、まだ朝が早いゆえ、提督方へのご挨拶は後ほどでよかろう。小扶桑……いや、高千穂よ。しばらくはゆるりとするがよかろう」

「父上、かしこまりました。」

「あ……母上、まだ、ご挨拶していない方が……」

「そうね……高千穂、山城のところに行ってあげて」

 扶桑が高千穂を地面に降ろす。高千穂は一行の後ろに隠れていた山城のもとにトテトテと駆けよる。そして、一礼。

「山城姉様。初めまして。高千穂です」

「……た、高千穂ー!!」

 山城も扶桑と同じように高千穂を抱きかかえると、一点の曇りもない、満面の笑顔で高千穂に頬すりをした。

「高千穂、これから、よろしくね!」

「はい! 山城姉様!」

 高千穂も魂の両親たちに向けたのと同じ笑顔で返答する。

 境内には秋風が吹いていた。その風は爽やかで、天高く舞い上がるようだった。新たに生まれた命により一層の幸福が訪れてほしい。NINJA提督たちは風にその願いを乗せるのであった。

 

 「薩摩様?」高千穂が声をかける。「為政編、読み終わりました」

 薩摩はハッとすると、ややあって苦笑する。

 「いかんいかん……年を取ると、ボーっとしてしまうことが多いからのう」

 「薩摩様、ご自分で『年を取った』なんて言っては……」

 「ははははは。そうじゃな。さて、高千穂よ。もうしばし、素読をつつけるぞえ。次は里仁編にいくかの」

 「はい」

 次の共同建造に好い吉日も近づいていた。薩摩は次はどんな騒ぎが起こることやらと、年甲斐もなく期待している。

 今度の相手となる艦娘は、案外に初心である。少々、危なっかしいほど。多分、平穏無事に終わるということは無かろう。そしたら……と何やら考えている薩摩であった。

(第二話・了)


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