____万病に効く花がある。
そんな話をふと聞いたことがある。なんでもどんな難病でもその花をすりつぶしたものを口にすれば、たちどころに治ってしまうらしい。ただ咲くのは高い崖の上で、なんとかして採ろうとしてもあと一歩のところで届かない。そのもどかしさから「霧の花」との名前がついたそうだ。
そんな伝説にでも縋りつきたい人間は山ほどいる。カイムはそういう人間をたくさん見てきた。目の前の少女もその一人だ。名をケイルという少女は、まだ12かそこらといった風貌の少女で、その輝かしい容姿から町でも有名な花屋の看板娘だった。
彼女はその並外れた風貌と、もう一つの理由でも有名だった。
____生まれつき歩けないのだ。なんでも出産の際にトラブルがあった、幼少期に階段から落ちて下半身が麻痺してしまった。____その噂の真偽は定かではないが、少なくとも事実として、彼女は今現在車いすでの生活を余儀なくされている。
「私ね、歩けるようになりたい。どうしてもかなえたい夢があるから。でもお医者さんも匙を投げちゃったし、噂の霧の花とやらに頼るしかないってわけ」
カイムは訪れたこの町で過ごす中でふと店に寄った際、旅行客だと知った彼女に毎日のように相談を受けている。
「でも噂の範囲でしか知らないし、カイムなら旅人だし私よりいろんなところ言ってると思うの。なんか少しでも知っていることない?」
カイムはどこに咲いているか、まで聞いたことはあった。ただ採って帰ってきた、という話を聞いたことがない。そう彼女に伝えると、
「本当ね!? 私が最初の一人になればいいのよ!」
伝説を探す者は誰しもそう言うのだ___などと揶揄うことをカイムはしない。そう言って何もしない人間よりはるかに尊重されるべきだからだ。
「カイムにも手伝ってもらうわよ!」
ケイルはこちらの返事など待っていられないとばかりに店の中に戻ってしまった。この年頃の子供は元気にあふれているな___カイムは頬が緩むのを隠さなかった。
*
「ねぇ、カイムは私の夢について聞かないの?」
山に向かう道中、ケイルは車いすを押すカイムに尋ねる。ケイルが言いたいなら言えばいい、カイムはそう返す。ケイルは聞いてくれたっていいのに、と頬を膨らますと、
「私ね、この国で一番偉い人になりたいの。」
そう呟いた。なるほど、とカイムは納得した。ケイルが住むこの国は身体に障害を持つ者に厳しい。かつての建国者が富国強兵を謳う中で健常者を優遇する法律を制定したからだ。数百年経った現在はその制約は緩和しているとはいえ、健常者と同じ対応をされているとは言い難いのだろう。
「私、ただ歩けないというだけで差別されるのに納得できない。私は別に悪いことをしたわけでもないのに何故虐げられなければならないの?この町の人は優しい人が多いから特別感じないけど、やっぱり首都の方とか行くと感じることが多いの。変な目で見られてるってああいうことを言うのね。」
多感な年頃だ、猶更思うところがあるのだろう___
ケイルは半ば興奮気味で語っている。この世の不条理に憤る、誰しもが通る道だ。
「だから私はこの国で一番偉い人になって、そんな考えをなくすの。みんな平等だって。生まれつき悪い人なんかいないんだ、って。その為にどうしたらいいんだろうってパパに相談したんだけど、お前は偉い人になれないから諦めなさい、とか言うんだもの!」
父の言葉ももっともだ。この国は健常者以外の首相を認めていない。子を諭すのも親の使命だ。優しい父親なのだろう。
「じゃあどうしたらいいのかって考えたら、思いついたの。私が歩けるようになればいいんだって!そうすればパパも認めてくれる!」
だからここまで霧の花にこだわるのだろう。じゃあ何としてでも見つけないとな。カイムはそう返す。
「うん!見つけるまで帰らないんだから!」
ケイルは笑って返事をする。
*
噂の崖の下まで来た。切り立った崖で、なるほど上に咲いていても手に届かないのもうなずける高さだ。
「じゃあカイム、花、採ってきてくれる?本当は自分で行きたいんだけど、自分じゃ立つこともできないから…」
分かった、カイムは頷く。暫く登るうちに、頂上が見えてきた。噂によればそこに花が生えているはずだ。
______しかしそこに花はなかった。
伝説などそんなものだ。疲れた登山者が見た幻覚かもしれないし、季節などあるのもしれない。
_______もしくはカイムが病気などにならないから、咲くべき花がないのだろうか。
カイムは下りる際に咲いていた花を一輪こっそり採取すると、それをケイルに渡した。
「あら、思ったより普通の花なのね。でもまぁいいわ!これを飲めば治るのね!」
ケイルは大事そうに花を抱え上機嫌で鼻歌を歌っている。
帰路に着く。ケイルはカイムの方を向きながら興奮気味に話す。
「家に帰ったらすぐ飲むわ。パパとママには怒られちゃうかもしれないけど、次の日になったら立って歩く我が子に腰を抜かすはずよ!」
そうだね、とカイムは返す。
「じゃあねーー!明日また来てよね!」
ケイルは元気に手を振っている。またね、とカイムは返事をし、宿に寄って町をあとにした。
*
新聞を読んでいるととある記事が目に入った。
「史上初の車いすの首相、誕生。」
カイムはふとかつての快活な少女を思い出す。あの後花を飲んだ翌日、彼女はどんな気持ちだったのだろうか。自分を恨んでいるだろうか。絶望したのだろうか。
当然あの花に難病に効く成分は入っていない。
彼女はまだ分からなかったのだ。人は限られた時間で、限られた才能で生きる他ないのだと。
彼女にとっての「霧の花」は崖の上の花ではなく、車いすだったのだ。
彼女のあの無垢な激情は歩けてしまえば簡単に霧散する。あの子の国を変えたいという思いは、皮肉にも車いすに座ることで保障されていたのだから。
もし、花が実在したら。彼女が無事に歩けるようになったら。見てみたいとも思う。彼女は首相になっていただろうか?自分が真実を告げる方がよかったのか?今でもカイムには分からない。
彼女はその後法律を改正、今ではかつての差別があったことも知らない人しかいないだろう。
今でも霧の花の噂はまことしやかに囁かれ続けている。