光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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アンナ・シェーン フレイア・ファミリアに所属する冒険者。


第1章
アンナ・シェーンの場合 1


 空が白み始め、太陽が昇り始めたばかりの頃、街中を歩く人影が一つあった。

 彼女の名前は、アンナ・シェーン。

 広大な地下迷宮『ダンジョン』を有する迷宮都市オラリオにおいて、最大勢力を誇るフレイヤ・ファミリアに所属する女冒険者だ。

 

 彼女の容姿は素朴で優しい印象を与えるものをしており、肩まで伸ばし赤みがかったブラウンの髪を揺らしながら、真新しい長剣を腰に携え、ダンジョンを管理運営する『ギルド』へ向かうために、まだ朝霞のかかるオラリオの街中をゆっくりと歩いていた。

 

 『ギルド』に向かう道中は、ダンジョン探索に向かう冒険者むけの装備品や薬品類、食事などを販売する店が軒を連ねて並んでおり、通常であれば多くの人々で溢れ、賑わっているはずなのだが、現在は早朝ということもあってかいつもの活気はどこへやら、静かなものである。

 そんな中、アンナはギルドへの歩みを止めることなく腰に携えた長剣に手を添えると、ふと昔の事を思い返した。

 

 アンナがこのオラリオに冒険者を志し、この地にやって来たのは3年ほど前の事になる。

 

 小さな村の小さな宿屋の三人娘の末っ娘として生まれたアンナは、その愛くるしい見た目とは裏腹に、訪れた商人や冒険者、旅人達の話す冒険譚や英雄譚に胸をときめかし木製の模造剣を振り回す、お淑やかとは無縁の活発な女の子であった。

 とはいえ自分達の自慢話ともとれる与太話を目をキラキラと輝かせて興味津々に聞き、冒険者の真似事までしだしたアンナの事を彼等が気に入らないはずもなく、決して大きいとは言えない彼女の宿屋は大変繁盛し、瞬く間にアンナはこの宿屋の名物看板娘となった。

 

 そんな彼女が冒険者の聖地とも言えるオラリオに行き、冒険者になる夢を抱くのは必然であると言える。

 家業の盛況に気を良くした両親がアンナの──女の子としてそれはちょっとどうなの──という行動に目を瞑り、姉二人も微笑ましく応援したのもそれに拍車をかけていたのは間違いないだろう。

 

 経営の要である看板娘の離脱に、そして何よりも、目に入れても痛くない愛しの我が娘の独り立ちに、当初は反対の態度を示していた両親であったが、二人の姉の密かな説得や、常連客の後押しもあり、毎月必ず手紙を出すのを条件に最後には渋々折れてくれた。

 心配しながらも、彼女が旅立つその日にオラリオに行っても当面のところは困らないほどの資金と、冒険者として恥ずかしくない装備をプレゼントしてくれた家族の深い愛情と優しさは決して忘れることはないだろう。

 三年経った今では既にボロボロで、成長した今ではサイズも合わなくなってしまったが、今でもこの装備は自室に大切に保管されている。

 

 家族に暖かく見送られ、行商人と共にオラリオに着いたアンナが冒険者として行った最初の仕事は、自分の『ファミリア』探しであった。

 

『ファミリア』とは、神々が『神の恩恵(ファルナ)』と引き換えに、人々を集め、自らの威光を示す為に組織する集団のことだ。

 冒険者という職業はとても危険が多く、己の生命を天秤にかける命がけの仕事だ。その危険を僅かでも少なくし回避するために、冒険者達は『神』が組織する『ファミリア』に所属し、『恩恵(ファルナ)』を授かるのが一般的だ。

 

 『恩恵(ファルナ)』とは、様々な事象から経験値を得て、極めて効率的に人間を成長させる『神の力』のことだ。

 この『神の力』の効果は絶大で、恩恵(ファルナ)を授かっていない冒険者と授かっている冒険者とでは、質、量ともに隔絶した差が存在する。

 

 『ファミリア』に所属する。『恩恵(ファルナ)』を授かる。

 それはオラリオで冒険者として活動するならば外す事の出来ない必須事項であり、どんな冒険者であろうとも何処かしらの『ファミリア』に所属するのが暗黙の鉄則となっている。

 

 アンナがオラリオに着いてすぐさまファミリア探しを開始したのは、そう言った事情があったためである。

 

 オラリオに来たばかりの冒険者がなんのツテもなく大規模なファミリアに所属するのは困難であり、外から来た冒険者の殆どは小規模ファミリアに所属するのが普通である。

 そんな中、アンナがオラリオ随一のファミリアである『フレイヤ・ファミリア』に所属できたのは、幸運以外のなにものでもなかった。

 

(──その件に関しては、()()()に感謝しないとね……)

 

 アンナは、今頃ベッドの中ですやすやと眠っているであろう、自分に比べ少し背の低い“あの子”──エルザ──について思いを馳せた。

 

 エルザとアンナの出会いはとてもじゃないが良い形であったとは言えるものではなく、かなり衝撃的なものであったのだが、しかし、それが切っ掛けで駆け出しで右も左も分からないはずのアンナが、オラリオ最強のフレイヤ・ファミリアに所属出来たので、世の中何があるかわからないものである。

 

 出会い方がよろしく無かったこともあり、当初はバチバチに反目しあっていた両者であったが、お互い得意とする武器の相性がよく、また同時期にフレイヤ・ファミリアに加入したせいもあってか、良くパーティーを組まさることが多かった。

 当時は「なんでこんなヤツと……」なんて忌々しく思っていたりもしたが、今考えれば、ぎくしゃくしている関係をどうにか改善しようという思惑があったのだろう。

 

 最初はとてもじゃないがいい関係を築けているとは言い難かった両者であったが、ファミリアの思惑や狙い通りに次第に改善されていき、今では唯一無二の相棒とも言える仲までに発展している。

 そんなエルザをおいて、一人、こっそりとギルドに向かうことは少なからず抵抗があり、罪悪感も幾ばくか感じなくもないが、彼女(エルザ)なら笑って許してくれるだろう。それくらいの信頼関係は既に構築済みだ。

 

 アンナのエルザは唯一無二とも言える親友関係(最近では少し()()()()()()()気もする)だが、いつもべったりというわけでもないのだ。

 

(寝起きの悪いエルザを相手にするのはちょっと骨が折れるし、あれだけ騒いだ次の日だもの、確実に寝起きのエルザは機嫌が悪い……その相手は想像するだけでも疲れちゃうわ……それに、幸せそうに寝ている子を起こすのは……悪いことだわ! そう、だから私は全く悪く無い!)

 

 アンナは少し感じたエルザへの罪悪感に対して、体のいい言い訳を心の中でした。

 

(──それに、少しでも早く“コレ”を試してみたいの……ごめんねエルザ)

 

 そう思うとアンナは手を添えていた『長剣』に目を向けた。

 

 この真新しい長剣は、昨日ファミリアのみんなから贈られた物だ。

 アンナがオラリオに来た当初から使っていた剣──彼女の両親から贈られ、赤い宝石が埋め込まれたものだ──は、つい最近ある事件でポッキリと折れてしまった。

 手入れを欠かすことは無かったが長い間酷使していたこともあり、そろそろ寿命だったのだろう。

 

 それに、この時には悪いことだけでなく、同時に良いことも起きていたのだ。その喜ばしいことに比べれば、愛用していた武器を失った悲しみなど何処吹く風というものである。

 

 アンナはこの事件が切っ掛けで、念願であったLv.2に昇格(ランクアップ)することが出来たのだ。もちろん相棒であるエルザも同時に、だ。

 冒険者になって三年。まだかまだかと待ち望んでいた瞬間がようやくやって来た。これで名実と共に新米冒険者から卒業出来きたということだ。

 

 その後、適当に見繕った武器でダンジョン探索は続けていたが、昨日彼女たちのLv.2昇格祝いの折に、それならばとプレゼントされたのがこの『長剣』という訳だ。

 飾り気のない地味な見た目の長剣であるがその刀身には【Hφαιστοs】の銘が刻まれており、この長剣が見た目通りの性能では無いことを確かに物語っていた。また、その鍔部分にはかつて愛用していた武器の宝玉が埋め込まれており、アンナのかつての相棒の面影を確実に継承していた。

 

 そんな新しい相棒を手に入れたアンナは、まるで新しい玩具を買って貰いったばかりの子供の様に興奮し、「早く使ってみたい!」という一心でこんな朝早くから足早とギルドに向かって歩いているのだ。

 

 アンナ・シェーン、17歳。成長し、昇格(ランクアップ)したとは言えでも、まだまだ子供心が抜け切らない乙女なのである。

 

 そんなこんなを考えているうちにアンナはギルドに辿り着いた。迷うことなくギルド扉に手を掛け中に入り、彼女はあたりを見渡した。

 

 早朝であるためかギルドの中はあまり人気がなく、暇そうにしている冒険者がちらほらといるだけだ。誰も彼もが眠そうにあくびを吐いている。

 いつもであれば人だかりができ、常に忙しそうにしているギルドの受付も、見知った受付嬢が1人いるだけであった。

 

(思っていた以上に人がいないわね、ちょっと意外かも……)

 

 この時間にギルドに来たことのなかったアンナは、普段との違いに少々驚きながらも、当初の目的を果たすためギルドの窓口に移動した。 

 

「あら、今日は随分と早いのね。おはよう、アンナちゃん。一体今日はどうしたのかしら?」

「おはようございます、エイナさん。今日は……えっと、ダンジョン探索にきたんです」

 

 アンナは声をかけてきた、ギルドの受付嬢──エイナ──にそう返答した。

 

「こんな時間に? それも一人で? エルザちゃんもいないみたいだし、まるで……もしかして何かあったのかしら?」

 

 エイナが少し心配そうな表情をして質問してきた。

 どうやらエルザと何かあったのではないかと心配されているようだ。

 

「い、いえ、エルザとは特に何も無いですよ。そんなに心配しないで下さい。実は……昨日ファミリアのみんなから“コレ”を頂きまして……」

 

 アンナは今日、こんな時間にギルドに来た最大の理由である『長剣』を、身を翻してエイナに見せた。

 

「……なるほど、それで朝も早くからギルドに来ちゃった訳か」

 

 そう言ってエイナは納得いった表情を浮かべ、更に微笑ましい視線をアンナに向けた。

 誤解はとけたようだが、また別の誤解を招いたようである。

 

「ふふふ。しっかりしている様に見えて可愛いのところあるのねアンナちゃんも。そんなに嬉しそうな顔をしちゃって、()()()ってことかしら? 朝からいいものが見れたわ」

「ちょっ、ちょっと、それはどういう意味です!?」

 

 こんな時間にギルドに来てしまったのは、別に嬉しくて朝早く目覚めてしまい、相棒の覚醒も待たずに辛抱堪らんと飛び出してきたわけでは断じてないのだ。そうなのだ。

 

「あ、新しい武器になるので、エルザと一緒にダンジョンに潜る前に、試し切りがしたいだけなのですよ!」

 

 語気を強め顔を真っ赤にして言い訳をするアンナの様は、語るに落ちるを少女の姿にしたようであった。

 それを見て、エイナの微笑みが更に深くなる。

 

「ちゃんと試しておかないと、いざっていう時困りますからね!」

 

 もっともらしい言い訳を懸命に続けてはいるが、赤面しながらでは全くもって説得力は皆無であった。

 

「ふむふむ、まあまあ、うふふ。じゃあ、そういうことにしておいてあげましょう」

「そうもこうも、そうですよ!」

 

 生暖かい目をアンナに向けながら、エイナはアンナの言い訳を受け入れることにした。

 こういった場合、素直に折れてあげるのが()()()()()というものなのだ。

 

「……さて、じゃあ今日はソロでダンジョン探索ということになるのかしら?」

 

 いまだ納得いっていなさそうなアンナにエイナは本題を切り出した。

 アンナもこれ以上の言い訳──じゃない! 説明は必要ないと判断したのか「はい──」と短く返答し、更に続けた。

 

「──でも安心して下さい! まだ不慣れな武器ですし、エルザもいないので、あんまり深くは潜らないようにしようかなって思っています」

「そう、それなら大丈夫そうね。アンナちゃんの言う通り、用心に越したことはないわ。『冒険者は冒険してはいけない』命あっての人生だもの慎重にならないとね。特にアンナちゃんみたいな、ランクアップしたてで武器も新調したばかりの子は、ね。さっきまでちょっと心配していたけど、いらないお世話だったみたいね」

 

『冒険者は冒険してはいけない』この言葉はアンナがこのギルドで初めて教えられた言葉だ。

 

 冒険者として生きるには矛盾した言葉のようだが、三年間拙いながらも必死に冒険者として活動してきたアンナにとって、この言葉に秘められた意味と教訓は十分に理解出来ていた。

 『冒険者は『危険』を『冒す』ものであるが、勇敢と無謀はまた別物である』とこの言葉は教えてくれたのだ。

 こうして五体満足で今の自分があるのもこの言葉、引いてはエイナのお陰だ──そうアンナは考えていた。

 

「いえ、そんなことないですよ、エイナさん。それにその言葉は骨身に染みて分かっているつもりです」

 

 エイナの助言は取りようによっては煩わしいと感じるものであったが、アンナにとってはとても大事な助言であった。

 ダンジョンはちょっとした慢心や油断が死に直結する。アンナの元・アドバイザーであるエイナの助言は、新しい武器を手に入れて少々浮かれ気味であったアンナの精神を引き締めることに成功していた。

 

(この人にはなんだかんだいつも助けられちゃっているな、いつか恩返ししないと……本当にありがとうございます)

 

 そう思いながらアンナは、自分の身を案じてくれている妙齢のハーフエルフの女性に心の中で感謝した。

 

「──という訳なので、ちょっと潜ったらすぐに帰ってくると思います。多分、お昼くらいには戻ってこれるんじゃないかと……」

 

 そうアンナは伝える。

 エイナは少し考える素振りをすると「じゃあ探索するのは精々4~5階層ぐらいまでといった所かしら?」と言った。

 

 ダンジョンは深く潜れば潜るほど難易度が上がり危険度が上昇するが、成りたてとはいえLv.2のアンナにとって、一桁台の階層はそう危険は高くなかった。今回の目的──武器の試し切り──には妥当な階層だろう。

 

「そうですね、多分それぐらいです……もしかして、何かありましたか?」

 

 それでも少し難しい顔をしているエイナを見て、アンナは不思議そうに問いかけた。

 その言葉に、エイナは少し言いづらそうな表情をして返答する。

 

「……実はね、折り入ってアンナちゃんにお願いがあるのだけど……聞いてくれる?」

「他でもないエイナさんのお願いです、聞くに決まっているじゃないですか!」

 

 早速恩返しの機会が巡ってきたアンナは一も二もなく返答した。

 アンナの返答に、嬉しそうな笑顔をエイナは浮かべる。

 

「ありがとう、アンナちゃん……」

「良いんですよエイナさん! それで、お願いってなんですか?」

「それはね、実は──」

 

 そしてエイナはアンナにお願いごとを説明し始めた。

 

 

 

 *  

 

 

 

 エイナのお願いごとは、なんてことない初心者冒険者の世話であった。

 しかし、この初心者冒険者という者はなかなかに曲者らしく、敏腕受付嬢であるエイナをして、かなり手を焼いているようだ。

 

 エイナ曰く、その初心者冒険者は朝一番にギルドにやって来たそうだ。

 まだファミリアにも所属していない、まっさらな正真正銘の初心者冒険者で、おそらく小人族(パルゥム)の少女であるそうだ。

 それだけであるならば、よくいるオラリオに来たてのお上り冒険者希望の者と大差は無いのだが、彼女の場合はもっと酷かったそうだ。

 

 そんな子がなんでまたギルドに? と思いエイナが問いただしてみると──。

 

 曰く、気づいたら草原にいた。

 曰く、近くに都市が見えたからいってみた。

 曰く、門番らしき人に事情を話したら、とりあえずここにいけと言われた。

 曰く、あなたはここで何をしているのですか? ──等といった返答が返ってきたそうだ。

 

 最後の方は逆に質問されてしまったが、元来世話焼きなエイナは、そのひとつひとつに丁寧に答えてあげることにした。

 

 エイナの説明は少々誇張も含まれていたが、かねがね冒険者の実情を正しく説明しており(特に仕事の危険性についての説明に多くの時間を割いた)とてもじゃないがこの小さな冒険者希望の少女には困難な内容に思えた。

 説明をしている内にエイナはこう思ったのだ。ギルドにやってきたこの少女はただの迷い人であり、ただちにしかるべき場所に帰してあげるのが受付嬢としての正しい対応だ、と。

 

 そのエイナの親切心を知ってか知らずか、大人しく説明を聞いていた少女は納得した表情で一度頷くと、あろうことか呆気無く冒険者となることを希望したそうだ。

 エイナは、その少女のあまりにも呆気ない決断に内心驚くも、気を取り直して再度冒険者の危険性を説いたが少女の反応は薄く、それどころか冒険者になることを諦める素振りも見せず、逆に冒険者になる決心を固めたようであった。

 

 それでもなんとかして止めようとエイナは必死に奮闘し、少女との間で小一時間問答する事になったが、最終的には実際に冒険者の活動をこの目で見て判断するという結論に至ったという訳だ。

 

 なぜエイナがここまで必死になって説得したのかというと、これが屈強そうな風貌の荒くれ者であったならばここまで止めはしなかったのだが、件の少女はとてもじゃないが荒療治に向いているようではなく、ただでさえ小さい小人族(パルゥム)の中でも際だって小さく幼い風体だったからだ。

 というかどう見てもただの子供だった。

 

 そんなこんながあってエイナは懸命に抵抗したが、最終的には先程にもあったとおりの結論に至り、そしてその見学する冒険者としてアンナに白羽の矢が立った訳だ。

 

「本当は私が最後まで面倒を見るべきなのだけど……」とエイナは申し訳無さそうに呟いた。

 とはいえこればかりは仕方のない事だ。ギルドの規則上、ギルドの運営員は必要以上に冒険者に関与してはいけない決まりになっているのだ。受付嬢であるエイナも、もちろん例外では無い。

 

「すでに必要以上に関与しちゃっているのだけどね……」

 

 浮かない顔を浮かべてエイナは言った。

 

「──それでも、流石にダンジョンまで私が同行することは出来ないの。でもそれだとあまりにも無責任だから、彼女には私が推薦する冒険者を紹介してあげようかなって思って……それで……アンナちゃんなら適任かなって……」

 

 確かにそういった内情であればアンナはなるほど適任であろう。

 

 アンナにとっては危険の少ない階層までの探索だとしても、冒険者にもなっていない雛っこどころかただの卵の少女にとって、これはかなり危険な挑戦になるはずだ。

 そしてそんな危険な階層であってもLv.2のアンナならば、無力で無謀な少女の冒険者(予定)を連れて行っても、十分に安全を保証してあげる事が可能だ。

 

「それにあの子、なんだかんだ言って多少は腕に自信があるみたいなの。最低限自分の身は自分で守れると豪語しているみたいなのだけど……それでも、正直あまり期待は出来ないと思うから、何かあったらアンナちゃんが助けてあげてね」

「分かりました!」

 

 エイナの言葉にアンナは強く頷いた。

 

「あと、これ少ないけどクエストの報酬金よ」

 

 そう言いながらエイナはアンナに、10000ヴァリスを差し出した。こういった冒険者依頼(クエスト)としては破格の報酬額だ。

 

「えっ、こんなに!? そんな、頂けません!」

 

 アンナはあまりにも多い報酬金に異議を唱えるがエイナの──。

 

「私が必要以上に関与しちゃったことで、アンナちゃんに迷惑をかけるわけだから受け取ってほしいな。それにこういった形をとればギルド員としてではなく、一個人としての立場でクエストを依頼したことになるから……」

 

 ──という言葉には頷くしかなかった。

 

「そこまで言うのでしたら……分かりました」

「ありがとうアンナちゃん。件の子は、あそこのテーブルに座っている子よ。どうか、よろしくね」

 

 そう言ってエイナはギルドの片隅に設置されている──冒険者たちがよく利用している──テーブルを指さし、そして視線を送った。

 

 エイナが送った視線の先を見つめると、確かにそこにはとても小さな少女がこちらに背を向け、ちょこんと椅子に腰掛けている。

 その様は正に『ちょこん』という擬音がピッタリの小ささで、後ろ姿だけ見ても件の少女が冒険者に向いてなさそうなのが簡単に見て取れた。

 

(確かに、これじゃあエイナさんが必死になって止めるのも分かる気がするな。これは、気を引き締めてかからないと駄目だね)

 

 そう思いながらアンナは、今日一日一緒にダンジョンに潜るパーティーメンバーに声をかけるべく少女の所へと移動を開始した。 

 

「あなたが、エイナさんの言っていた冒険者志望の子ね。私の名前はアンナ。アンナ・シェーンよ、アンナって呼んでちょうだい。エイナさんの依頼で今日一緒にダンジョンに潜ることになったわ、よろしくね!」

 

 そう言いながらアンナは少女に声をかけた。

 少女はゆっくりとアンナの方を向き、こう答えた。

 

【ここに来るのは初めてです】【よろしくお願いします】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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