光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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リチャード・パテルの場合 5

 『トリスメギストスの道具屋』を出たのは、昼時を少し過ぎたぐらいの時間であった。

 

 交渉を終え、『トリスメギストスの道具屋』を後にしたリチャードたちは、西のメインストリートへと移動していた。目指す場所は『豊穣の女主人』だ。

 

 『豊穣の女主人』はドワーフ族であるミア・グランドが女将を務める、冒険者向けの酒場だ。夜には多くの冒険者で溢れる酒場であるが、昼飯時には、ダンジョンに潜らない、普通の労働者向けの食事も提供していたりする。夜間での食事の値段は、冒険者向けということもあり、少々値が張るが、日中の場合は、リーズナブルな値段で、量も多い食事が楽しめるのだ。そのため、決して、懐事情がよろしくない、労働者たちに人気となっている。

 

 冒険者と労働者の収入差は大きい。命がけで一攫千金を狙う冒険者に対して、命の危機が少ない労働者の、収入が少ないのは当然であるが、特にオラリオでは、比較的その傾向が強い。オラリオの主要産業は、ダンジョンから産出される魔石の取引であり、その魔石の生産者である冒険者たちの価値は、他の都市と比べて相対的に高くなるのは、必然であると言えた。

 

 オラリオに暮らす人々の、そのほとんどが、最初は、冒険者になることを目指すのであるが、当然のことながら、中には冒険者になれない者もいる。いや、むしろ、冒険者になれる者の方が少ないと言えるだろう。

 冒険者になれなかった者たちは、彼らが憧れた、自由で、華やかな職業の冒険者ではなく、地味で、面白みもない労働者か、もしくは、薄暗いスラム街で、違法な商売に身を費やすしかない。あるいは、自らの身体を商品にするかだ。

 

 そして、もっと悪い事に、冒険者と、一般労働者の間には、埋めることのできない大きな格差があった。恩恵(ファルナ)だ。

 神々から与えられし恩恵(ファルナ)は、与えられただけで、特に訓練などしたこともない一般人が、最弱の部類であるといえども、ゴブリンやコボルトといったモンスターを、打倒することができる程度の能力が得られてしまうのだ。また、料理人や、鍛冶師などといった技術職においてさえも、恩恵(ファルナ)の影響は絶大だ。

 

 要するに、恩恵(ファルナ)を与えられているか、いないか、というだけで、生物としての強さや、性能に大きな隔たりができてしまうのだ。ただの荷物運びだけでも恩恵(ファルナ)持ちと、そうでない者とでは、作業効率が圧倒的に違ってくる。

 

 そのため、ただの雑用や作業でも、冒険者──いや、正確には恩恵(ファルナ)持ちの人間──に依頼する場合が多く、恩恵(ファルナ)を与えられていない、本当にまっさらな人間には、碌な仕事が残っていないのだ。むしろ『恩恵(ファルナ)なし』として、差別されてもおかしくはないのが現状だ。そこら辺の事情に関しては、ギルドなどの尽力もあって、今のところ、そういった事態にはなっていないが、それでも、冒険者は、恩恵(ファルナ)を持っていない労働者を、内心では馬鹿にして見下しているし、労働者は労働者で、ほぼ特権階級に近い冒険者を羨み、妬み、疎んでいる。

 

 つまり、何が言いたいのかというと、冒険者と労働者の間には、越えることのできない、非常に大きな『壁』が存在しているということだ。それが原因であるのか、彼らは、基本的に、仲があまりよろしくない。

 そういった意味では『豊穣の女主人』はうまくやっていると言える。

 

 多くの冒険者がダンジョンに潜っている時間に、労働者向けの商売をし、多くの冒険者が酒場へと向かう時間に、冒険者向けの商売をする。需要と供給を読んだ良い商売と言えるだろう。

 そんな『豊穣の女主人』に、なぜ、冒険者であるリチャードたちが、昼間にも関わらず、向かっているのかというと、それは、まあ、当たり前のことだが、昼食をとるためだ。

 

 そもそも、リチャードがこの『豊穣の女主人』を知ったのは、半ば引退同然の状態の時に、ふらふらと街中を彷徨っている時に見つけたものだ。

 『豊穣の女主人』の存在は、噂で知っている程度であった。なにせ、この店は、オラリオでも随一のファミリアである、『ロキ・ファミリア』御用達の店だ、冒険者の間でも噂になるのもおかしくはない。可愛い給仕と美味しい食事、量も冒険者の底知れぬ食欲を十分に満たす程出てくる。だが、それに見合った恐ろしく高い値段。そんな店、リチャードには一生縁のない場所に思えた。とはいえ、気になっていたのは確かだ、特に、なんだ、そのう、可愛い給仕という部分に。

 

 そんな思いが無意識にリチャードを、この店に導いたのかもしれない、気が付くとリチャードは、『豊穣の女主人』の前に来ていた。中からは、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。思わず店内に入ると、店内には、多くの労働者が食事をしていた。だが、意外なことであるが、夜の酒場とは違い、皆、黙々と食事をしている。お喋りに興じている者は誰一人としていない。そう、彼らには呑気にお喋りしている時間はないのだ。最低限に味わうだけで、流しこむように料理を食べる労働者たち。食べ終えると素早く席を離れ、食器を片付けるとそのまま店を出て行く。どうやら、食器などの片付けも自らでやるようだ、そのためか店内は給仕の姿は殆どない。

 

 空いた席には、案内なども特になく、労働者が座る。その手には既に料理が乗せられていた。どうやら先に注文をし、席につくシステムのようだ。料理の種類は見たところ2種類しかないようで、肉料理と魚料理しかない。どちらも40ヴァリスと、この手の店にしては、かなり安いといえる。見たところ、噂に違わぬ量であるようだ、そして、その香りから察するに、質に関しても問題無さそうであった。

 

 取りあえずリチャードは、鼻孔をピクピクさせ匂いを堪能した。少なくとも匂いはタダだ。

 そうこうしていると、どうやらリチャードの番がきたようだ。労働者たちの、突き刺さる視線でそれを感じ取ったリチャードは、前の人たちに習い、カウンターへと向かった。カウンターには店員がいた。その見た目からは、『どこにでもいる主婦が、暇な時間に仕事をしている』そういった印象を受ける。

 

 取りあえず、リチャードは肉料理を注文すると、店員は淡々と「40ヴァリス」と答えた。愛想のない対応であったが、不思議と、この場所の雰囲気にはあっているように感じた。

 40ヴァリスか……それぐらいの値段であればリチャードにだって払うことができる。懐からヴァリスを取り出すと店員に渡す。

 

 受け取った店員は、手慣れた感じで確認すると「肉料理!」と大きな声で言った。

 

 そうすると、待ち構えていたかのように、カウンターの奥から料理が運ばれてきた。

 それを受け取るとリチャードは店内を見渡し、空いている席を探す。タイミングの良いことに、丁度食事を終えた労働者が席を立った。その空いた席に流れるように座ると、早速リチャードは食事にとりかかった。

 

 その味は噂に違わぬ美味しさであった。それは、もう、今後ここに通いつめようと思うぐらいには。値段に関しても、リチャードの懐事情にいい具合にあっていた。まあ、本当のことを言えば、値段(そっち)の方が、行きつけになった主な理由であったが。

 今回の昼食はリチャードの奢りということになっている。既に大金を手にしたルララに、懐が寂しいリチャードが奢るなんて変な話だが、これは、当初から提案されていたことだ。

 

 リチャードには、どうしてもルララに聞きたいことがあるのだ。そのための昼食の誘いだ。そういった事情のため、リチャードの懐事情や、その他諸々を鑑みた結果、彼らは『豊穣の女主人』へと向かっているということだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 『豊穣の女主人』に着いたリチャードたちは、席に着くと、取りあえず、空腹を訴える胃を満たすために、食事をすることにした。話はその後でもいいだろう。

 店内は、時間も時間であるのか客の姿はまばらだ。

 

 目の前には、美味しそうな料理が置かれている。どちらも肉料理だ。香ばしい肉の香りが漂ってくるが、それを楽しむこともせずに、ガツガツと料理と食べるリチャードたち。お上品になんて言葉は、冒険者の辞書にはない。

 

 瞬く間になくなった料理に、少し物足りなさを感じるが、今日の目的は美味しい食事を楽しむことではない。

 食べ終え、空腹を満たしたリチャードたちは、早速会話を開始した。

 

「そんで、本題に入る前にあれなんだが、本当に良かったのか? 嬢ちゃん。そんな大金持ち歩くなんて、こっちは気が気でないんだが……」

 

 リチャードは本題に入る前に、まず、そのことを聞いた。

 ルララは『トリスメギストスの道具屋』で得た大金を、どこかの金庫に預けることもせず、全て持ち歩いている。それがリチャードには気になっていた。

 

 なんせ、ルララの今の所持金は、少なくとも、一千万ヴァリス以上だ。そんな大金を全て持ち歩いていると思うと、幾ら当人でないといえども、心配になるというものだ。

 リチャードは、てっきり、一度どこかの金庫に預けるのだと思っていたのだが、そういった素振りを一切ルララは見せていない。

 

 リチャードの問いかけに対し、ルララは平坦な声で【気にしないでください】と答えた。

 

「そうか……まあ、嬢ちゃんがそれで良いんなら、それで良いんだが……」

 

 そう言われてしまっては、リチャードにはもう何も言えない。気を取り直して本題に入ることにした。

 

「んじゃあ本題に入るけどな……今日、嬢ちゃんを食事に誘ったのは他でもない、あのドラゴンに関してだ」

 

 先日捕獲したドラゴンは、現在ガネーシャ・ファミリアで、厳重に捕縛されている。

 急遽、建造された特製の檻に入れられたドラゴンは、今は存外に大人しいもので、檻の中で悠々自適に過ごしている。

 

 ちなみに、ファミリアの伝統である『メインイベンターは単独で全ての準備を行う』というのは、あまりにも規格外のモンスターのため、今回ばかりは特例として免除ということになっている。このモンスターを相手にするには、ファミリア一丸となって、挑まなくては死人が出るレベルなのだ。

 今は大人しいドラゴンでも、明後日には檻から解き放たれ、その凶暴性を遺憾なく発揮するだろう。そして、それに直接対峙するのはリチャードただ一人だ。ここに関しては、当初より変わっていない。当然だがルララの助力は得られない。

 

 だからこそ、リチャードはルララに聞かなくてはならないのだ。あのドラゴンに対峙したことがあるのは、今のところ、ルララただ一人なのだから。

 

「どんなことでも構わない。嬢ちゃんが戦ったドラゴンについて聞かせてくれ」

 

 そう言うとリチャードは頭を下げた。

 

 リチャードの頼みに、ルララは少し思案すると【わかりました。】と答える。そうして、ルララによるドラゴン対策の講義が始まった。ルララの説明は、まあ、そのう、難解を極めた。

 

「そ、それはなんだ? えーっと、口からゲロ? ち、違うか……ブ、ブレス? そうかブレスか!? それが、あー? それは2か? 2種類ってことか? そうか合ってるか! つまり奴はブレスを2種類吐くんだな」

 

 現在ルララは、ドラゴンのブレスについて説明中だ。奇妙な動きで、ブレスを表現している。腕を真っ直ぐに伸ばして、ドラゴンのブレスの真似をするパターンと、腕を大きく広げてブレスを吐くパターンの2パターンをやっている。

 

「そして……ブレスは真っ直ぐのと、大きく広がるのがあるということか? 嬢ちゃん俺が喰らったのはどっちなんだ?」

 

 ルララは腕を大きく広げた。

 

「そうか、広がるやつか……そういえば俺が喰らったブレスは、床に毒沼を広げていたな。それが広がるってことか。じゃあ真っ直ぐってのはどんなんなんだ?」

 

 ルララは腕を伸ばすと、真っ直ぐ前進し、そのまま壁にぶつかるまで進んだ。

 

「あー、ずっと真っ直ぐで、ぶつかるまで直進する? それは……ブレスはずっと真っ直ぐ飛んでくってことか? そんで壁まで行く……なにか障害物に当たるまでブレスは飛んで行く? ん? ちょっと違う?」

 

 再びルララは壁へと向かって移動する、先ほどと違うのは、壁に向かって進む間ずっと腕をクロスさせている。

 

「ブレスの移動中はクロス? 違う? あーもしかしてバツか? おお合ってるか……んじゃ直進するブレスの軌道上はバツってことか? それをまとめると、直進のブレスはめっちゃ遠くまで届くし、その軌道上は全部ダメってことか。うーむ、そうなると対応策はサイドに避けるしかないってことか?」

【本当に?】

「ん? 嬢ちゃん、何かいい考えがあるのか? どれどれやってみてくれ……」

「……んなっ!? そ、それはやばくないか?」

「まじか……そうか、そうだよな……ああ、やってみるよ」

「それで、次なんだが……

 

 そんなやり取りは、店側からのやんわりとした注意喚起がくるまで続けられた。リチャードたちの行動はどう見たって営業妨害であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 店員から注意を受けた後、リチャードたちは追加の注文をしていた。

 やんわりと注意してきた店員の言葉の裏を読む限りでは「碌に注文もしないで、長々と居座るんじゃないぞ、ワレェ」であったので、その意を汲んで追加注文をすることにしたのだ。流石に、やり過ぎたという自覚はあるのだ。

 

 幸い、追加注文には困ることはなかった。

 

 既に昼時を過ぎ、今の若い女性風に言うのであれば、アフタヌーンティーの時間になっていた。

 最近のオラリオでは、午後3時頃にアフタヌーンティーの時間と称して、お菓子やお茶などを優雅に楽しむのが、女神たち、もしくは、上流階級の女性冒険者を中心にブームになっていた。

 

 そのブームの影響か、『豊穣の女主人』でも、この時間には、女性向けのデザートなども出すようになったようだ。多少値が張るが、こういった嗜好品は比較的高価になりやすいものだ。それでも、『豊穣の女主人』が提供するものは、他の専門店などに比べると、比較的安価であるため、上流階級の真似事をしたい庶民の女性を中心として、人気があるようだ。まあ、その分、優雅とは少し違う雰囲気で、アフタヌーンティーを楽しむことになるのだが。あくまでも、この店は酒場であって、冒険者や労働者を相手に商売をする店なのだ。

 

 普段であれば、こんな時間にはこの店にこないリチャードにとって、これは意外な発見であった。随分と手広くやっているのだな。

 気がつけば、リチャードたちの周りには、女性客で溢れていた。そういえば、いつの間にか給仕も可愛い女の子に代わっている。

 

 先程までは、筋骨逞しい労働者ばかりの、汗臭い男臭い雰囲気であったのに、今では、キャハハでウフフな雰囲気が形成されている。物凄い変わりようだ。

 少し居づらい雰囲気であったが、今更、外面を気にするリチャードではない、滅多にない機会だ、この際、この雰囲気を楽しもうと考えることにした。

 

 それに、別に、これといって、リチャードは甘いものは嫌いではないのだ。いや、むしろ、好きだと言える。勘違いしてほしくないのだが、決して、可愛い給仕に目がくらんだ訳ではない。

 ルララの方は……うーむ、あまり良くわからない。まあ、嫌がっている様子もないので問題無いだろう。

 

 ちなみに、支払いに関しても特に問題ない。今回の件に関しては、ファミリアから予算が出ているのだ。

『重要な情報を得るために予算が欲しい』と、ファミリアの会計係に聞いてみたところ、結構、すんなり予算が下りたのだ。

 

 晴れて、正式にメインイベンターとなったリチャードに対して、ファミリアは全面的なバックアップをすることに決めていた。なので、相当、荒唐無稽な要望でなければほとんどが通るようになっている。まあ、肝心の準備などにおける段取りは、既に、団長の方が、全て取り仕切って進めてくれているので、リチャードから要望を上げるとすれば、こういった情報収集ぐらいで、無茶な要望など上げようもないのだが。

 

 それなので、今回に関しては、本当に珍しいことであるが、金銭的な心配事はリチャードには無い。むしろ、随分と余裕がある。いつもであれば、目ん玉飛び出るぐらい高いお茶代も、全然平気だ。うん、全然平気。

 まあ、そうはいっても、ルララほど余裕はないが、それでも、この店の支払いぐらいは全く問題ない。無いったら無い。

 

「なんとも締まらない感じになっちまったな、嬢ちゃん」

 

 注文した品が届くには、少し時間がかかる様だ。

 既に、ルララからの説明は粗方終えていた。こうなってくると、特に話すこともなくなってくる。リチャードとルララは、お互い世間話に花を咲かせるような間柄ではないし、元々リチャードも話好きというわけでもない、ルララに至っては基本無言だ。

 

 リチャードの言葉を最後に沈黙が続く。

 

 なんともいえない雰囲気に、ちょっと居心地が悪くなってくるリチャード。なんだか周りから視線も、妙に感じる気がする。

 そういえば、店内にいる男はリチャードただ一人だった。

 それが、見た目幼い小人族の少女と一緒にいるのだ、悪目立ちもするだろう。良い見方をすれば『まるで親子の様ですね』と思うだろうか? だが、すこし穿った見方をすれば、今のリチャードの現状は、通報ものの状況だ。

 

 それに加え、リチャードの着ている服も、少しこの場には具合が悪かった。

 これが労働者の多い昼時であるならば、問題なかった──むしろその時間帯は、着飾った服装であるほうが問題だ──のだが、今の時間帯では、場違いもいいところだった。

 店内にいる客たちは、そんなリチャードたちを遠巻きに見つめて、ひそひそと話題にしている。

 

(ぐっ……しまった。これは……予想以上にアウェー感が強い。やはりさっさと出てしまうべきだったか?)

 

 不穏な空気を醸し出し始めた店内。

 しかし、そんな空気をぶち壊してくれるかのように、彼らに声をかける者がいた。

 

「白い髪に赤い目……その見た目は、もしかしてあなたルララちゃんじゃない!? ねー! アンー、そうでしょ? この子が噂のルララちゃんでしょ?」

「ちょっとエルザ……恥ずかしいから大きい声で呼ぶのやめて……って! ルララさん!? それに……えっとこの間の……冒険者さん!? どうしてこんなところに?」

 

 リチャードたちに声をかけてきたのは、先日リチャードにルララの情報を与えてくれた、フレイヤ・ファミリア所属の冒険者アンナ・シェーンと、その相棒、犬人(シアンスロープ)のエルザ・イディナであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 女性ばかりの店内で出会ったのは意外な知人であった。いや、知人と呼べるかも怪しい関係ではあるが、それでも、リチャードにとっては、恩人とその関係者であることに違いはなかった。

 

 どうやら、彼女たちはこの店に来たばかりのようだ。

 

 特に、何か勧めたわけではないが、アンナたちは自然とリチャードたちの席に座った。

 かなり大胆な行動であるとリチャードは思ったが、見た目麗しい子に囲まれるのは、大歓迎であったので、抗議することはしなかった。うむ、ちょっとしたハーレムを形成した気分だ。店内もちょうど女性だらけだし。ハーレム王に俺はなる!

 

 だが、そんなリチャードの内心とは違い、彼女たちの話題の中心はリチャードではなくルララであった。

 

「いやーでも、まさかこんなところで、噂のルララちゃんに会えるとは思ってもいなかったよー」

 

 そう言ったのはエルザだ。

 

 エルザは輝くようなブロンドの髪の犬人(シアンスロープ)の女性で、身長はアンナよりも少し小さいぐらいだ。犬人(シアンスロープ)特有の人懐こい笑顔は、親しみやすい印象を与え、彼女の活発さと合わさり、見るものに不思議な暖かみをもたらしていた。膝の上にはルララが乗せられていて、ちょうど彼女を抱え込むようにしている。

 

「確かにちょっと意外でした。ルララさんもこういったところに来るんですね」

 

 アンナのイメージの中では、ルララは、こういった店で働くことはあっても、食事をしに来るということはなかった。なんだかんだ言っても、ルララさんも女の子ということか。

 

「ああーそれにしても可愛いぃいいい!!」

 

 興奮しきって、ルララを撫でくりまわし始めたエルザ。過剰なスキンシップも犬人(シアンスロープ)ならではのものだ。特に、彼女の場合は、それがちょっと過激になりやすい傾向にある、特に彼女が大好きなもの──可愛いもの、美味しいもの──だと、それがより強くなる。

 よく一緒にいるアンナは、それに何度も騙され、そして悩まされた。ほんと、もう、色んな意味で。

 

「あぁ……ほんとぉ……すごーく可愛い……ハァハァ」

 

 彼女の頬が赤く上気し、瞳に正気の色が消え、息が荒くなってくる。やばい兆候だ。この万年発情犬め……油断も隙もない。

 アンナは慣れたようにエルザの耳を掴むと……「エルザ、めッ!」と叫んだ。

 

「きゃうん!!」子犬のような声を上げるエルザ。その瞳に正気が戻ってくる。

「エーールーーザー??」

 

 一体全体、どこからそんな恐ろしい声が出てくるのか。地獄の奥底にいる、悪鬼の如き声色に、底知れぬ恐怖をエルザは感じた。

 

「うわぁ! ご、ごめんよアン! でもこれは仕方がないんだ。そう本能! 犬人(シアンスロープ)の本能ってやつで……」

 

 オラリオ中の犬人(シアンスロープ)から『そんな訳あるか!』と突っ込みが入りそうな言い訳をするエルザ。

 

「ふぅぅーーん、そうなんだ色々と調べ上げる必要がありそうね」全く納得行っていない様子でアンナは言った。

「そ、そんなぁ……うぅう、助けてルララちゃん!」

「あ、ちょっと! ルララさんを盾にするなんて卑怯よエルザ!」

「なにおー! そう言うアンだってルララちゃんに守ってもらったって言ってたじゃん! だったらこれでおあいこですぅ。卑怯じゃありませんー」

「なっ! それとこれとは話は別でしょ!」

「違くないですー、一緒ですー」

「こ、の……減らず口を……」

 

 わーわーきゃーきゃー。

 

 女三人寄れば姦しいとは誰が言ったことだろうか。それが真実であったと、すっかり置いてきぼりになったリチャードは、目の前の光景を見て思った。

 まあ、その内若干一名は全く喋ってないが、それでも、なんだかんだいって楽しそうだ。

 

 そんな彼女たちを見て、もし結婚して子供が生まれたら、こんな感じになるのだろうか? そんなことを考える、アラフォー独身のリチャード君であった。

 

 

 

 *

 

 

 

「そう言えば……リチャードさん? でしたっけ、ルララちゃんとはどういった関係なんですか?」

 

 ついさっきまで、女の子同士で会話に花を咲かせていたのに、急にリチャードに話を振ってきたエルザ。女の子の会話の流れは良くわからん。

 

「ん? ああ、俺か? そうだな、嬢ちゃんとはクエストの依頼した関係でな、今日はその報酬でここに来たんだ。ちなみに、アンナちゃんに紹介して貰ったんだ」いきなり話を振られびっくりしたリチャードは早口でそう言った。

「へぇー、でもクエストの報酬をスイーツにするなんて、リチャードさん、中々に洒落てるじゃないですかー」

「そ、そうか? ハハハ、最近の子にそう言われるとなんだか照れるな……」

 

 本当はただの昼食だったのだが……まあ、それは言わないでおこう。

 それにしても、最近の子はこういったお菓子をスイーツと言うらしい。おじさんまた1つ賢くなったわ。

 

「そうですよ、私だったらスイーツを報酬にしてくれたら()()()()()しちゃいますよー」

 

 けらけらと可愛らしく笑うエルザ。その言葉に、膝の上にいるルララが一瞬反応した。

 

「ん? なになに、ルララちゃんなにか気になることでもあった?」

【気にしないでください。】

「わお!! ほんとにそんな感じで喋るんだ! 聞いていた通りすっごい抑揚のない声!」

 

 エルザという娘は、どうやら、何にでも物おじせず、正直に感じたままに言う子のようだ。しかし、彼女のもつ底抜けの明るさのお陰か、嫌な印象は受けない。

 

「そういえば、ルララさんと一緒にいるということは、上手いこと出会えたみたいですね。クエストの方は上手くいったんですか?」今度はアンナからの質問だ。

「ああ、お陰さまで上手いこといったよ。かなり大変だったけどな……まあ、色々と……」

 

 そう言うと、遠い目をするリチャード。思い出されるのは街中を走り回って、ダンジョンを駆け抜け、疾走した日々……あれ? 俺、走ることしかしてなくね?

 

「そうですか……大変だったんですね……」

 

 同じく遠い目をするアンナ。ミノタウロスに襲われ、命からがら生還したことを思い出す。今になって冷静に考えると、もうちょっと早く助けてくれても良かったのでは? と思ってしまう。もちろん、助かったのはルララのお陰だから、文句の言い様もないのだが。

 

「苦労したんだな……」

「苦労したんですね……」

 

 二人の間には奇妙な友情が芽生えようとしていた。

 

「なんか面白くなーい」

 

 なんだか良い雰囲気に、不機嫌なご様子のエルザ。

 しかし安心していい、彼らの友情は男女のキャハハウフフなものではなく、どちらかと言えば、ルララ・ルラ被害者の会、といった感じのネガティブシンキングな友情だ。もしくは傷の舐め合い。その関係に未来はない。

 

「ハハハ、まあ、安心してくれ。エルザちゃんから、アンナちゃんはとらんよ」エルザの機嫌を察してリチャードは言った。

「そうですよ! アンは私のものですから他人には渡しません!」そう言うとエルザは、これ見よがしにアンナに抱きついた。

「うわっ! ちょっと、エルザいきなり抱きしめないでよ! それに、そういうことは、変な誤解を招くから、人前で言わないでって、いつも言って……ってちょっと!? やだ、変なとこ触らないでよ! いや! っちょ……やめ! あっ」

「わふぅーーーー!!!!」

 

 エルザの勢いは留まることを知らず、大暴走をし始めたようだ。

 彼女の金色の尻尾が、猛烈な勢いでブルブルと振られている。どうやら先程、お預けになったのも、結構効いているらしい。

 

 こうなってしまっては、エルザを止められるものはどこにもいない、なんせ、止めるべき者は現在進行形で襲われ中だ。まあ、若干一名、止められそうな人物がいるが、その人物は止めるどころか『いいぞ、もっとやれ!』といった感じで二人をガン見している。全くけしからん! ああ、レズレズしい、レズレズしい。

 

(うわぁ……これが女冒険者同士のスキンシップか……噂は聞いていたが……まさかこれ程とは……うむ! 眼福、眼福、ご馳走様です!)

 

「わんわんおー! わんわんおー!!」

「あぁ! ちょっとエルザ? それは洒落になってないよ!? ちょっとやめ! やだ! アッー!」

 

 

 

 *

 

 

 

「……大変お恥ずかしいところをお見せしました……」顔を真っ赤にしながらアンナは言った。

「い、いや……そのう、け、結構なお手前……「なにか言いましたか?」……いえ何でもないです」

 

 孤立無援の状態から、なんとか自力で脱出したアンナは、乱れた着衣と呼吸を正しながら、何事もなかったかのように振る舞った。そうR18的なことは何もなかったのだ。ナニモナカッタノダ。

 

 エルザの方はというと、アンナに気絶させられて、床に倒れている。その顔は晴れやかで、心なしかすっきりしている。

 

「ア、アンナちゃん……エルザちゃんは起こさなくて……「放っておいてください、こんな駄犬」……はい、ワカリマシタ」アンナから発せられる謎の威圧に気圧され、リチャードは素直に従った。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する。

 まあ、あんな光景みせられたとあっちゃ、ちょっとどうしたらいいかわからなくなるのも致し方無いだろう。

 そんな雰囲気を打ち砕いたのは意外や意外ルララであった。

 

【聞いて下さい。】【ショップ】【どうしてですか?】

「……えっと、もしかして、ここに来た理由を聞きたいんですか?」

 

 ルララの言葉を意訳してアンナは訊いた。

 アンナの問にルララは、うんうんと頷いた。どうやら合っているらしい。

 

「それはですね……「それはね! 最近噂になってた『豊穣の女主人』のスイーツを堪能しに来たんだよ!」……エルザ……あなたって人は……」いつの間にか目が覚めていたエルザが、アンナより先に答えた。

「ごめん、ごめん。悪かったよアン、その、色々とね」

「もう! そうやっていつも誤魔化すんだから……」まだまだ不満そうにアンナは言う。

「まあまあ、目が覚めたのは良かったじゃないか」慌てて、取り持つようにリチャードは言った。

「……しかし大丈夫なのか? ここはロキ・ファミリア御用達の店だろ? そんな店にフレイヤ・ファミリアの団員が来たら少々不味いんじゃないか?」

 

 話の流れを変えるため、冗談めかした調子でリチャードは言った。ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは仲が悪い、というのは結構有名な話だ。

 

「いやー流石にそんなことで、因縁つけられることはないでしょー……それに、そんなこと言うリチャードさんだって、ガネーシャ・ファミリアでしょ? いいの? こんなトコいて」

「まあ、そうなんだが……でも別に、ガネーシャ・ファミリア(うちは)、ロキ・ファミリアと仲悪いわけじゃないしな……」

「だったら問題ナッシング!! ……って言いたいところなんだけど……ね、アン」

「はい、実は我々フレイヤ・ファミリアの人間がここに来るのは少し不味いんです。ファミリア間の派閥争いの火種になりかねませんからね」少し小声になって、アンナは囁いた。

 

「仲が悪いとは聞いていたがそんなに悪いのか?」意外そうにリチャードは言う。まさか、そこまで仲が悪いとは思っていなかった。さっき言ったのは、冗談のつもりだったのに。

「お互い、最大派閥のファミリアですからね。色々と、縄張り争いとか、変なしがらみとか、派閥関係とか、プライドとか、そんな些細なことで、いざこざが起きやすいんですよ」

「全く面倒くさいよねー」エルザは心底そう思っているようだ。テーブルにうなだれてそう言った。

 

「大規模ファミリアならではの悩みってやつだな。うちも似たようなもんだが、そっち程ではないだろうな」似たような話は、ガネーシャ・ファミリアでも何回か聞いたことがある。大抵がほんの些細なことが発端だ。例えば、道を譲る、譲らないとか、蓋を開けてみたら、そんな、ほんと、どうでもいい内容だったりする。

 

「だったら、尚更まずいんじゃないか?」さっきまでの痴態を思い出し、リチャードは言った。敵地でおっ始めようとするなんて、敵さんが知ったら、気が狂いそうになるんじゃなかろうか。

 

「リチャードさんが一体、何を、考えているかわかりませんが……そうは言うものも、そんなこと、滅多に起きるものじゃないです。それでも、取りあえず、お互い面倒事を避けるために、出来るだけこういった場所は避けるようにしているんですが、実は、最近はそうでもないんです」

 

 それは痴態のことか? ついに露出に目覚めたのか? と一瞬思ったが、流石にそれは言わなかった。

 

「何かあったのか?」取りあえず、真剣そうな雰囲気を醸し出し、リチャードは訊いた。

「それがねー、どうにも最近、ロキ・ファミリアの動きが妙に少なくなっているみたいでね。そりゃ、遠征前とかになると、まあ、どこもそんな感じなんだけど……ロキ・ファミリアって、つい先週に遠征に行ったばかりなんだってー。そうすると、大遠征をするには時期尚早でしょ? それに遠征から帰ってきたばかりだって言うのに『()()()()()』だってー。ね、そうでしょ? アンナ」

 

 思っていたより結構深刻な話だった。

 

「意外ね……エルザ、あなた、ちゃんと団長の話聞いてたのね」本当に意外そうにアンナは言った。

「ぶーー! わたしだって、ちゃんと話聞く時は聞いてるんだよ? 忘れちゃうだけで!」

 

 はいはい、そうね、ちゃんと聞いているものね。エルザの抗議を軽く聞き流しつつ、興奮するエルザをなだめながら、アンナは続ける。

 

「それなので、私たちは、偵察ついでに情報収集するために、ここに来たというわけです」

「まあ、本当は、スイーツ八割、他二割だよねー。一度来てみたかったんだー!」エルザの口調は、本当に嬉しそうだ。これまで、ファミリアのしがらみで『豊穣の女主人』には、行きたくても行けていなかったのだ、嬉しさもひとしおだろう。しかし、それは失言であった。

「エールーザ?」

「わふー! ごめんなさい! ……でもアンナだって『楽しみだ』って言ってたじゃん!」

「もう、そういう余計なことは言わなくていいの!」顔を赤くしてアンナは言った。

「……」二人のやり取りを見て、なんとも言えないリチャードだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードたちが店を出たころは夕暮れ時だった。

 

 結局、アンナとエルザたちは、その後も情報収集するというよりは、ひたすらお喋りに興じていた。まあ、彼らの団長も、このうら若き乙女の冒険者に、多くを求めたりはしてないはずだ。きっと、普段頑張っている彼女たちに、色々と口実をつけて、かねてより行きたがっていた『豊穣の女主人』に行かしてあげたのだろう。これぐらいの年代の冒険者は、無理矢理にでも、あれこれ理由をつけて休ませてあげないと、どこまでも無理してしまうものだ。

 

 最終的に、アンナたちは散々楽しんだ後、思い出したかのように、通りがかった給仕に、最近のロキ・ファミリアの様子について訊いていた。訊かれた給仕は、なんといったか……確か、『シル』とかいう給仕であった。

 

 彼女は少し困った様子で『そういえば、最近来てないですね。なにかあったんでしょうか? 冒険者さん何か知りませんか?』と言っていた。逆に質問されてしまったアンナたちは、返答に窮していたが、慌てる彼女たちは、見ていて面白いものであった。情報収集慣れしてない様子から見ても、先程の考えが、正しいであろうと思われた。なんにせよ、これで、彼女たちのクエストはコンプリートということだ。

 

 ちなみに、支払いは全てリチャード持ちであった。もちろん抵抗はしたが、エルザの『ルララちゃんに出会えたのは、アンナのお陰なんですよね? じゃあその報酬ってことで!』という台詞にはぐぅの音も出なかった。

 結局、随分と余裕のあったはずの、懐は例の如く寂しいものとなってしまった。帰ったら会計係に謝らなくては……。

 

 アンナたちは、会計を済ましたリチャードを外で待ち構えていて、リチャードが出てくるのを見計らって「今日はご馳走様でした!」と礼儀正しくお礼を言ってくれた。大規模ファミリアに所属しているだけあって、そういった、礼儀はしっかりわきまえているのだ。

 

「今日は本当にありがとうございました。すみません、エルザが変なこと言っちゃって……」申し訳なさそうなアンナ。

「もう! そうやって、アンナはすぐ私のせいにするー……まあいいか。リチャードさん! ルララちゃん! 今日は楽しかったよ! また一緒に行こうねー!」対して相変わらず明るい調子なのはエルザだ。

「まあ、俺も今日は楽しかったし気にしないでくれ。それに、アンナちゃんに礼を言ってなかったも事実だしな」照れくさそうにリチャードは言った。それに、可愛い子と食事も出来たしな。

 

「じゃあ、今日はこの辺で失礼します。明後日の怪物祭、頑張って下さいね。私たちも見に行く予定ですので、応援しています」

「そうそう、頑張ってね、リチャードさん! それじゃあ、まったねー!」

 

 礼儀正しくお辞儀して去っていくアンナと、ぶんぶんと元気よく手を振りながら去っていくエルザ。随分と凸凹コンビな感じだが、今日、見た印象では、中々に良いコンビのようだ。それが少し羨ましいと思う。昔は俺も──いや、止めておこう。

 

「さて、それじゃ俺達も帰るとするか、っとその前に……」リチャードは懐を弄ると何かを探し始めた。

「ん? あれ……どこやったかな? っ! あ、あったあった。……嬢ちゃん、受け取ってくれ」

 

 リチャードから差し出されたのは、くしゃくしゃになったゴミ切れ──ではなく、チケットだった。くしゃくしゃなのは違っていなかったが。

 

【何ですか?】受け取ったルララが質問をする。

「明後日の怪物祭のチケットで、その特等席の指定券だ。ハハハ、なんだか照れくさいが、嬢ちゃんには凄く世話になったしな、是非見に来て欲しいんだ」そう、リチャードは言った。

 

 受け取ったチケットをまじまじと見つめるルララ。

 その様子を見ながら、リチャードは続ける。

 

「嬢ちゃんには本当感謝しているんだ。腐っていた俺が、ここまでこれたのは、他でもない嬢ちゃんのお陰だ。聞いてくれ嬢ちゃん、俺は昨日LV.4になったんだ」

 

 ルララとダンジョンに潜った二日間は、恩恵(ファルナ)に偉業であると認めさせる程のことであったのだ。あの二日間、特にリチャードが何かしたということはない。つまり、完全にルララのお陰で、ランクアップすることが出来たのだ。

 

「俺一人じゃ、絶対にここまで来れなかった、きっと、今頃どこかで野垂れ死んでたはずさ。ハハハ、ホント、嬢ちゃんには助けられてばかりだな……それでも明後日には、その、まじで怖いが、あのドラゴンと一対一で戦わなくちゃならん。最悪、死ぬかもしれん」

 

 そのことを想像したのか、リチャードの顔が強張る。

 

「それでも……それでも、俺はもう逃げたりしない。決めたんだ、嬢ちゃん……俺は、アンタみたいな冒険者になるって。明後日はその第一歩だ。それを嬢ちゃんに見ていて欲しい」

 

 それは、ひたすら燻っていた、リチャード・パテルという冒険者の、最後の決意表明だった。

 その決意を受けルララは微笑みながら言う。

 

【わかりました。】【あさって】【がんばって!】【楽しみです!】

 

 相変わらず感情の乗ってない台詞だが、その言葉は、他のどんな応援よりもリチャードをやる気にさせた。

 

「おっし! まあ、見ててくれ! あんなドラゴン、軽く屈服させてやるぜ!!」ハハハと、大声で笑うリチャード。その笑い声は、僅かに震えていた。これは、あれだ、武者震いってやつだ。

 

「それじゃあ、俺は帰って、今日嬢ちゃんから聞いた話を元に、対策を練るとするぜ!」そう言うと、リチャードは改めてルララと向き合う。

 

「それじゃあ、明後日楽しみにしててくれよ! じゃあな嬢ちゃん!」

【今日は楽しかったです。】【また会いましょう!】

 

 そう言って二人は別れた。

 照りつける真っ赤な太陽が、やけに綺麗だ。思わず、その太陽に向かってリチャードは駈け出した。やがてその姿はオラリオの街に消えていった。

 

 

 

 

 


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