光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
愛用の紀行録 2─1
オラリオに来て、そろそろ一週間が経とうとしている。
その間でこの都市のルールというかしきたりというか、兎に角、冒険者としての身の振り方はおおよそ理解できたつもりだ。
やはりと言うべきか、なんと言うべきか、この都市はエオルゼアのどこの都市と比べても大きく違っていた。
まずなんといっても『マーケットボード』が無い。
エオルゼア全土に張り巡らされたエーテライト網を駆使して、採集、生産などのギルドや呪術士ギルドなどの魔術師集団、そして各グランドカンパニーなどが協力して築き上げられた、どの都市からでも、ありとあらゆるアイテムの売買が可能なこのシステムは、冒険者であれば、誰しもがお世話になったことがあるはずだ。
何と言ってもこのシステムの特徴は商品の価格が隠されていない点であり、一見しただけで商品の適正価格が分かるようになっている。そのせいでエオルゼアでは日夜、クラフターやギャザラーによる血みどろの価格戦争が『マーケットボード』上で繰り広げられているが、戦闘メインの冒険者にとっては、大した知識がなくても適正価格で商品を購入することができるという訳だ。
まあ、中には『マーケットボード』よりも店売りの方が安い商品もあるのだが、いちいちその店に行くのも面倒臭いということで、『マーケットボード』で済ましてしまう冒険者も多い。
そんな超が付くほど便利なマーケットボードであるが、当然ルララも散々お世話になったものだ。もちろん売り手としても買い手としてもだ。だが、便利すぎるというのも考えものだ。それはオラリオに来たことで痛感することとなった。
エオルゼアの物価の調査は、もっぱらマーケットボードを利用して行われる。なにせ、アイテムの値段はマーケットボードを見れば一発だからだ。むしろそれ以外の手段が無いと言っても良い。それぐらいマーケットボードは便利なのだ。
ルララも物価の調査はマーケットボードを利用していた。というかそれしか知らないのだが……お陰でオラリオでの物価の調査は全然進んでいなかった。
クラフターもギャザラーも極めたルララだが、商才は正直言ってあんまりない。エオルゼアでは未だに家無しなのがそれを物語っていた。エーテライト周辺で雨露を凌ぐのはもう慣れたものだ。ハウジング欲しい……
それでも、エオルゼアでは冒険者ギルドから無料で提供されている宿舎があり、最悪の場合そこで寝泊まりができるので──そういえばこのところ全然行ってなかったな──まだ駆け出しの、野宿になれてない冒険者でも安心して眠ることができる。まあ、夜に寝ているようじゃ冒険者としてはまだまだだが。
そういった施設はオラリオには無い。いや正確にはあるにはあるのだが、そういった施設を利用するには、どこでもいいのでファミリアに所属している必要があるようだ。
そう、ファミリアだ。このオラリオで冒険者をするには、何をするにしてもファミリアを尋ねられる。
商品の持ち込みや、倉庫の利用、各冒険者向けの施設の利用に金庫の開設、クエストの受注に至るまで、どんなことでもファミリアを聞かれる。正直に無所属であると答えると、残念そうな顔をされ、門前払いされるのがオラリオでのルララの日常だった。
エオルゼアでも『フリーカンパニー』という似た組織があるが、ここまで必須の組織ではなかった……はずだ。所属したことないので良く知らないが……。
そういった意味では、ダルフとの出会いは僥倖であった。
ダンジョンでモンスターに襲われているところを助けたこの老ドワーフ──エオルゼアには見かけなかった種族だ、見た目は丁度ルガディンみたいなララフェルといった感じだ──は高齢になり冒険者を引退、そして隠居生活を送るため18階層にある『リヴェラの街』に向かっている最中だったらしい。
隠居生活にダンジョン内を選ぶなんて隠居する気が全く無いように感じるが、モンスターに一方的に襲われていたところから、体力的に限界が近いことは間違いないようだ。なんでもモンスター──ゴライアスというらしい──との戦闘中に突如として襲ってきた激しい腰痛に、立ってもいられなくなったらしい。
ダルフに変わってそのモンスターを返り討ちにしたら、命の恩人として感謝され、何かできることはないかと問われ、これ幸いとダルフに『リテイナー』となることを依頼した。
『リテイナー』とは、冒険者の荷物を預かったり、先程の『マーケットボード』に冒険者の代わりに商品を出品したり、素材やアイテムを収集したりしてくれる人達のことだ。
とはいえ本業の『リテイナー』と一緒の仕事がダルフにできるという訳ではなく、あくまで名前だけ借りたものだ。本業の『リテイナー』たちはリテイナーベルさえ鳴らせば、どこにいようが、なにをしていようが、すぐさま駆けつけてくれるが、あいにくダルフにはそこまですることはできないようだ。
そう考えるとエオルゼアの『リテイナー』は物凄く優秀であった。着ている装備はルララのお下がりとはいえ一級品で、ルララと同レベルまで鍛え上げられたその能力は、そこら辺の冒険者よりもよっぽど高い。もし、今、エオルゼアから何か一つ持ってこれるなら、ルララは迷うことなく彼等『リテイナー』を選ぶところだ。
なので、彼等の安否の心配は全くしていない。彼等の実力であれば何があっても生きていけるはずだ。むしろ、これを機に誰とも知らぬ冒険者に引き抜かれていないか戦々恐々している。
ルララが雇っている『リテイナー』の内、何名かは月契約なので、帰ってみたら預けているアイテムごと何処かに消えていました、なんてことが起こりうるのだ。
遅くとも一ヶ月ぐらいで帰還しなくては……でないと折角集めた装備やアイテムが水の泡になってしまう。
ああ、ほりだしもの依頼を出して、満面の笑みで魚を採ってきたミコッテ族の『リテイナー』が懐かしい……それを目の前で分解し砂にしてやった時のショックを受けた顔も同じくだ。その時の恨みを覚えていなければいいが。
そんな『リテイナー』業であるが、ダルフにそこまで求めるのは酷だろう。いずれはそうなって欲しいが、いきなりは無茶というものだ。優秀な彼等とて最初からここまでできていた訳ではない。
なので、彼に頼んだのは荷物の保管、そして『リヴェラの街』での商品の販売だけだ。だが、それだけでもルララには十分だった。それ程までに地上では何かと制限が多い。
クエストに関してもそうだ。
ギルドやファミリアから出されるクエストを受注するには、これまた例の如く所属ファミリアを明記する必要がある。中には敵対するファミリア所属であるというだけで、依頼を断られることもあるようだ。そもそも受注できないルララには関係ないことであるが。
そのため、ルララが毎日の様に引き受けているクエストはそういったクエストでなく、ファミリアに所属していない一般市民から発注されるクエストだ。それもいちいちギルドに依頼を出す程じゃないものばかりだ。つまりちょっとした手伝いや、お使いがメインということだ。
そういったクエストとも言えないようなクエストは、意外や意外、結構街中に溢れていた。
効率良く
だが、既に経験値を稼ぐ必要のないルララにとってはそんなことは関係ない。報酬に関してもルララは自給自足で全く問題なく生きていけるので特に文句はない。だからといってわざわざ受注するメリットも無いのだが。
ルララが彼等のクエストを受ける理由は、ただ単に、彼等の頭上にある黄色いクエストマークが気になるからというだけだ。
超える力により困っている人を視覚的に理解できるルララは、冒険者となってから今まで全てのクエストマークを消してきた。その欺瞞から、クエストマークを見かけるとどうにも落ち着かなくなるのだ。
なので、今日も今日とてルララは街中のクエストマークを虱潰しに回っていた。
そんな、ただの欺瞞のためのクエスト受注でも、意外な出会いや思いがけない発見があったりする。
人気のない暗い路地裏や、入り組んだ通路の奥、何も無い広場の外れに、未開発の区画、ゴミの廃棄所などなど、まるで人目を避けるかのように“それ”はあった。
小さなエーテルの結晶体──それは、『都市内エーテライト』の様に見えた。
『都市内エーテライト』とは、都市内に構築された『都市転送網』の起点となるエーテライトのことで、通常のエーテライトと比べてサイズは小さく、また、その分ある程度自由に置き場所を選ぶことができる。
この『都市内エーテライト』を利用することにより、都市内を一瞬で移動することができるのだ。
大きな都市には必須であるこの『都市内エーテライト』だが、どうやらオラリオにも存在していたようだ。
恐らく都市の設計者か誰かがこっそり設置したのだろう。明らかに人工的な造りから“それ”が人為的に用意されたものであることがわかる。なぜこんな場所に設置されているのか不思議といえば不思議だが、設置者の意図などルララには知る由もなかった。どうせならもっと便利な場所に設置すればいいのに。
ルララにとってこれは大いに助かった。
なにせこのオラリオ、大きさの割に交通機能はあまり良くないのだ。あるのは『タクシー』と呼ばれる、『チョコボポーター』のような移動手段があるだけで、他は全て徒歩での移動だ。
一度、我慢できずにマウントに乗ったことがあったが、すぐさま通報されて注意を受けてしまった。どうやらマウントに乗るにも許可がいるらしく、その許可にも、もううんざりだが、所属ファミリアの登録が必要だった。まあ、マウントの使用はエオルゼアでも都市内では禁止されているので良いといえばいいのだが、その割に都市内にチョコボポーターぽいものがあるのにはちょっと納得できなかった。ああ、もういっそのことどっかの弱小ファミリアにでも名前だけ所属してしまおうか……。
だが、この『都市内エーテライト』の発見のお陰でそんな心配も無用になった。
多少息苦しいオラリオでの冒険者生活であるが、ルララなりに少しずつ改善を進めていた。
そんな中で見つけたのは一風変わった男だった。まあ、正確には変わっていたのは男ではなく、クエストマークの方なのだが。
男の頭上には普通の黄色いクエストマークでなく、ギザギザとしたメテオの様なクエストマークがあった。メインクエストであることの証拠だ。
早速男に話しかける──事はしないで、今、受注しているクエストの消化に集中することにする。見たところ男の方も忙しそうにしているので、今はそっとしておいたほうが良いだろう。
粗方のクエストを片付けた時はもう日が沈みそうになっていた。思っていたよりも遅くなってしまったのは、受注していたクエストの中に『隠れた子供達を見つけて欲しい』というのがあったためだ。子供達は中々に見つけられず、かなりイライラさせられることになった。あれ? なんだか、昔にも同じようなことがあった気がする……うっ頭が……だ、だれがダサい名前じゃ!
随分と遅くなってしまったが、メインクエストの男は見つけることができた。地べたに寝そべっている様子から、どうやらかなりお疲れらしい。どこでも寝れるのは冒険者の特徴なのできっとこの男は冒険者なのだろう。
なにやらぶつぶつと呟く男とはあまり関わりたくないので、取りあえず話しかけるのは明日にしようと華麗にスルーしようとしたが、そうはさせるかといった勢いで男から話しかけられた。
まさかのクエスト側から話しかけるとは思ってもいなかったが、それを表に出さずに男の話を聞くことにした。