光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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レフィーヤ・ウィリディス ロキ・ファミリア所属のエルフ族。魔法使い。



第3章
レフィーヤ・ウィリディスの場合 1


『50階層からの攻略に参加してくれる人を募集しています。特にヒーラーorキャスター募集 所属ファミリア不問 Lv.が足らない場合レベリング手伝います』 

『攻略成功時の報酬金:一千万ヴァリス 依頼主Lulala・Lula 一般居住区7-5-12』

 

 ギルドの冒険者依頼(クエスト)掲示板に、こんな依頼が貼られて三日が経とうとしていた。

 所属もLv.も人数も不問の条件指定無し(オールフリー)の依頼で、報酬金も一千万ヴァリスと破格であったが、この、サンドウォームがのたうち回った様な汚い字で書かれた頭のイカれた冒険者依頼(クエスト)は、冒険者達に見向きもされていなかった。

 ダンジョンの攻略は基本的にファミリア単位で行われる。もし、合同で行うとしても、極一部の友好的ファミリア間でしか行われない。

 簡単な探索であるならば、個人的な親交によりファミリアの垣根を越えて行う事もあるだろうが、この依頼の様な本格的な攻略の場合にはそんなことは決してありえない。

 ましてやこの依頼は回復職(ヒーラー)魔法使い(キャスター)を希望しているようだ。

 多くの冒険者が集うオラリオでも、その二つの職はとてもとても貴重だ。特に回復職(ヒーラー)など、希少すぎて、どこのファミリアでも引っ張りだこになるくらいだ。

 中には回復職(ヒーラー)の冒険者を巡って、血で血を洗う戦争遊戯(ウォーゲーム)が行われた事もあるぐらいだ。それぐらい回復職(ヒーラー)はダンジョン探索を劇的に変えてくれる。『歩くポーション』の異名は伊達じゃないのだ。

 そんな貴重な“財産”ともいえる回復職(ヒーラー)がこんな依頼にホイホイに出てくるはずがなかった。

 魔法使い(キャスター)にしても、回復職(ヒーラー)の次に少ない職だ。滅多に野良の依頼に出てくることはない。

 報酬金の一千万ヴァリスにしても、50階層以降の攻略をするのであれば少なすぎる。

 深層の攻略はファミリアの名誉と威信と財産と時間をかけて、団員一丸となって行われるものだ。一千万ヴァリスなど、装備品の修理代にすらならない。生命を懸けるにはあまりにも少なすぎる金額だ。

 そういった訳で、この冒険者もファミリアも馬鹿にしたような巫山戯た冒険者依頼(クエスト)は、完全に無視され、掲示板の片隅で今にも剥がれそうに虚しく貼られているという訳だ。破り取られ、ずたずたのぼろぼろに切り裂かれ、ブラックリスト入りし、ホームを焼き払われなかっただけマシといえる。

 そんな冒険者依頼(クエスト)を、どこか思い詰めた表情をしたエルフの少女が見つめていた。

 

 巫山戯た依頼だ──エルフの少女はそう思った。

 

 オラリオ中の冒険者とファミリアに喧嘩でも売っているのだろうか。

 あるいは冷やかしか、もしくはただのジョークか……どちらにせよこの依頼主は碌な死に方はしないだろう。

 本当に、本当に巫山戯た依頼だ。

 

 ……でも、この依頼だけ()()()

 

 この依頼だけが、彼女に希望を与えてくれた。

 主神でも、ファミリアの仲間(同胞達)でも、同族(エルフ)でもなく、この誰にも見向きもされない紙切れだけが彼女に希望を示してくれた。

 この冒険者依頼(クエスト)はまるで今の彼女の様だった。誰も彼もが諦める中、たった一人諦めずにいる彼女の様だった。

 あるいは『現実を受け入れられないのがそっくりだ』と言ったほうが適切なのかもしれない。

 あの『51階層の悪夢』からもう二週間以上経過している。もう諦めてもいい頃合いだった。

 誰かが言った『もう諦めよう』と。

 だが、どんなに説得されても、諭されても彼女は諦める気はなかった。断固として諦める訳にはいかなかった。

 彼女の脳裏には今も鮮明に繰り返されている。あの悪夢の様な51階層の戦い──いや、あれはもはや戦いと呼べるものではなかった、一方的な虐殺だった──が。

 

 意を決した少女は依頼票を掲示板から破り取ると、依頼主が待つ場所に向かった。

 目指す場所は一般居住区7-5-12。依頼主はLulala・Lula。

 彼女の名はレフィーヤ・ウィリディス。

 オラリオが誇る最強のファミリア『ロキ・ファミリア』その()()()()にして、『千の妖精(サウザンド・フェアリー)』の異名を持つ者。

 そして、彼女達を絶望の淵へと突き落とした『51階層の悪夢』唯一の生存者だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 依頼主のホームは西のメインストリートを進んだ先にあった。

 門番などは立っておらず、庭先には統一性が無く物が置かれていおり、そこには小さな石英の置物や、木でできた案山子まである。

 大きさはファミリアのホームにしてはあまりにも小さすぎる外観をしており、それが少しレフィーヤを不安にさせた。

 普通過ぎる……依頼主のホームは、どこからどう見ても普通の住宅だった。何か特殊な仕掛けがあるようにも見えない。

 とてもじゃないが『深層』クラスのダンジョンを攻略しようとしている()()()()()のホームには見えなかった。

 散らかり放題の庭を通り抜けて玄関へ進んでいく。申し訳程度に置かれているステップストーンがレフィーヤを導いてくれた。

 玄関まで至るとレフィーヤは扉を優しくノックした。

 コンコンコン、木製の扉を叩く音が静かに響く。反応は無い。聞こえなかったのだろうか?

 

「すみません! 依頼を受けに来ました!」

 

 今度は強めにノックするとレフィーヤはそう伝えた。

 

「…………」

 

 だが、反応は帰ってこない。

 

(留守なのかしら?)

 

 そう思ったレフィーヤは、なんとなくドアノブに手を伸ばした。

 すると……扉は、キィという音を立ててすんなりと開いてしまった。

 

「留守……という訳じゃないのかな?」

 

 鍵も掛けずにホームを後にするなんて、この冒険者であふれるオラリオでは考えられない行為だ。幾らここが一般居住区だからといって、不用心にも程がある。

 よって依頼主、あるいはファミリアの他の人間が中にいるはずだ。

 常識的なエルフ族であるレフィーヤがそう考えるのも無理はなかった。

 

「お、おじゃまします……」そう言いながらレフィーヤはホームの中に入る。

 

 中は不気味に静まり返り人の気配はない。

 

「あ、あの! 依頼を受けに来たのですけど!! 誰かいませんか!?」

 

 今度は家中に聞こえるように大きな声で言った。

 あまり大声を出すのは得意でないのに頑張って言ったが、その甲斐無く返事は全く無かった。

 

「本当に誰もいない?」

 

 もしそうなら、なんて不用心なファミリアなのだろうか。

 これでは、どんなに荒らされても文句の一つも言えやしない。

 最近、なし崩し的にそうなったとはいえ代行としてファミリアを任されているレフィーヤは、あまりにも杜撰な警備状況に対して小一時間問い詰めたくなった。

 このままでは、あの高級そうなソファーやテーブルがどことも知れぬ冒険者に奪われ、ひっそりと闇の中に消えてしまう。そんなのあんまりだ。

 依頼内容にしてもそうだが、この依頼主──もしくはファミリア──は相当な変人らしい。

 

(ほんと、誰かさんにそっくり……)

 

 そう思うとレフィーヤは少し寂しそうな顔をした。彼女の頭によぎったのは、彼女の主神『ロキ』だった。

 あの破天荒で、いたずら好きで、女好きで、酒癖が悪くて、スケベで、セクハラばかりして、みんなに馬鹿にされて、元気だけが取り柄だった彼女の主神『ロキ』は、あの一件以来すっかり元気をなくし塞ぎこんでしまっている。

 ロキは、今、まるで、東洋の伝説『天の岩戸』の様に部屋に閉じこもってしまい姿を見せていない。

 気持ちは分かる……なにせレフィーヤも当事者だ。ロキの気持ちは、痛いほど良く理解できた。

 

(でも……でも悲しんでいるだけでは駄目なんですよ、ロキ様!)

 

 かつて、仲間達と夢を語り合い笑い合ったあの日常は、もう戻ってこないのかもしれない。

 レフィーヤが憧れた冒険者達はもう二度と帰ってこないのかもしれない。

 でも、他でもないファミリア(私達)が彼等を諦める訳にはいかない。いけないはずだ。

 悲しんでいるだけでは何も始まらないのだ。

 動き出さなくてはいけない。それが例え、再び死地に赴く事であろうとも、前に進まなくてはいけない。

 

(そう、だから私はここまで来た)

 

 そう、誰も気に掛けなくなったクシャクシャな依頼票をもってここまで来た。

 

(今更帰らないわよ! もし、あの依頼がなにかの冗談でも、絶対に首根っこ捕まえてでも51階層まで連れて行って貰うんだから!!)

 

 静かに闘志を燃やすレフィーヤ。彼女の想いは火炎魔法(ヒュゼレイド・ファラーリカ)より熱く、防御魔法(ヴェール・ブレス)よりも硬かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 依頼主が帰還するまで居座る事に決めたレフィーヤは、備え付けてあるソファーに腰を下ろした。

 

「失礼します……」 

 

 勿論、小さな声で断るのを忘れない。例え相手がいなくとも礼を尽くすのがエルフ族の嗜みというものだ。彼女は真面目なのだ。どこかの神と違って。

 それにしても、とレフィーヤは思う。

 

(随分と高そうな調度品ですね……)

 

 目利きが良いとは間違っても言えないレフィーヤだったが、室内に置かれている家具や調度品は一目で高級品と分かる程だった。よほど腕の良い職人に頼んだようだ。

 だが、生憎それに見合った“センス”はこのホームの主には無かった様だ。

 高級な調度品は乱雑に置かれ、まるで作った先からどんどん置いていったみたいに適当だ。

 一つ一つの調度品は間違いなく一級品だが、それらが全く調和されてなく不協和音を奏でている。これでは作った職人が泣くだろう。

 レフィーヤは、汗水垂らして丹精込めて制作した調度品が、全くもって不本意な扱いを受けていると知って幻滅する職人の姿を幻視した。ああ、なんて可哀想。

 

(そういった事も含めて依頼主とは少し話さないと……)

 

 そう決意したレフィーヤの感覚に”ある”ものが引っかかった。

 

(……魔力の波動?)

 

 それと同時に僅かに外から話し声が聞こえてくる。

 

「い……たって……ナちゃん! 少し……乗りす……」

「……にしてませんよ? ……ドさんは、その……何も考え……永遠に……スター……殴って……」

「……はは……らくご機嫌斜め……。この私……間違いない!!」

 

 どうやら依頼主が戻って来たようだ。

 話し声からして複数の男女。やはり、ここはファミリアのホームだったようだ。

 

「それだけは本当にごめ……ん? ……嬢ちゃんどうやら()()()の様だぜ」

 

 入ってきたのはヒューマンの男女と犬人(シアンスロープ)の女性、そして小人族の女の子だった。

 レフィーヤは立ち上がると彼等に向き合ってこう言った。

 

「初めまして。私はエルフ族の『レフィーヤ・ウィリディス』です。訳あってファミリアは言えませんが……」

 

 瞳を閉じ、一度息を大きく吸う。想うのは仲間達(憧れの人)のこと。

 

(みんな、待ってって)

 

 瞳を開き、彼等を直視する。そして彼女の決意を伝えた。

 

「……貴方達の冒険者依頼(クエスト)、受けに来ました」

 

 

 


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