光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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アンナ・シェーンの場合 2

 日もすっかり昇りきり、雲ひとつない空には燦々と輝く太陽が、オラリオの街を暖かく照らしている。今日は良いダンジョン日和だ。

 ギルドからダンジョンへと続く街道は、これからダンジョンに赴く冒険者や、その冒険者相手に商売をする商人達で溢れ、いつもの活気溢れる街並みとなっている。

 照りつける太陽の日差しを手でさえぎり、澄み切った青空に目を向けたアンナは……。

 

(今日もいい天気だなぁ……って違あああう!!!」

 

 そう彼女は叫んだ。

 

「もういい加減にして、ダンジョンに行きますよ! ルララさん!!」

 

 そう言ってアンナは、先程から何かと困っている人に声をかけては、次々と依頼を受けてしまっている、今日の小さな相棒に声をかけた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──ルララ・ルラ──

 

 そう名のった彼女は、背丈はアンナの腰ほどまでしかなく、同年代のなかでは比較的高身長の部類に入るであろうアンナとの比較であるとはいえ、かなり小さい。髪は雪のように真っ白で、これまた真っ白なカチューシャで後ろにまとめている。宝石のルビーのように赤く輝く瞳は大きく開かれ、その幼気な容姿をさらに幼く感じさせていた。

 アンナにとって一番目を引いたのは、その服装だ。

 まるで、絵本のおとぎ話に出てくるお姫様のようなきらびやかな黒いドレスに身を包んだルララは、とてもじゃないが、これから地下深くにあるダンジョンに赴く者の格好には見えなかった。

 むしろ、本当にどこかの国のお姫様だといった方が、信じる人は多いかもしれない。

 もしこれがエイナからの依頼でなければ、アンナも一笑の元に「城に帰れ」と言っていたところだ。

 当然のことながら、ルララのその──ダンジョン探索を舐めているとしか思えない──格好に意見を述べたが、こう見えても非常に高性能な装備である、と頑なに彼女が主張するので、渋々了承することとなった。意外に押しに弱いアンナなのである。

 ルララは一見してヒューマンの子供のようであるが、本人曰く、すでに成人を迎えているらしい。

 

(となると、やっぱり小人族(パルゥム)の子なのかな……)

 

 アンナの知識の中では成人しても子供のような見た目の種族は、小人族(パルゥム)しか知らない。

 

(それにしては、耳がエルフみたいに尖っているけど……)

 

 アンナは、ルララのまるで、エルフの様に大きく尖っている耳に目を向けた。

 

(もしかしたら、エルフとのハーフなのかな? でも確か、エルフと小人族(パルゥム)じゃ子供は……)

 

 そう考えたアンナは、あまり深くこの話題に触れることはしないようにしようと心に決めた。

 オラリオにおいてハーフが迫害されるということはないが、そうだからといって易々と触れるべき話題でもないのだ。特に彼女のように外から来た者は、敏感に反応することもある。これから命懸けの探索に乗り込もうとしているのだ、パーティーメンバーの心象をいたずらに悪くする必要もないだろう。

 

「……じゃあ早速ですが、ダンジョンに向かいましょうか」

 

 簡単な自己紹介を終え、事前の打ち合わせを軽く行ったのち(ダンジョンの基本事項はエイナから十分聞いたそうだ、その時の彼女の若干疲れた表情には少しの同情を覚えたのは自分も経験者だからであろう)アンナはそう切り出した。

 

【わかりました】【楽しみです!】

 

 そうして、アンナたちはダンジョンに向かうためギルドを出た。

 

 

 

 *

 

 

 

(……それで、ギルドを出たのが2時間も前……どうして……どうしてこうなった!?)

 

 ギルドからダンジョンまでの道のりは、どんなにゆっくり歩いても20分もかからない位置にある。それは当然のことで、ダンジョンを管理運営し冒険者が集うギルドが、肝心のダンジョンから離れていては不便でしかたがないからだ。つまり、アンナたちがどんなにのんびりお喋りしながら歩いていたとしても、とっくにダンジョンに着いていなくてはならない位置にあるということだ。

 アンナは、こんなにも遅れてしまった原因を見つめると、はぁっとため息を付いた。

 その視線の先には、その溢れんばかりの愛嬌を存分に振りまきながら、せわしなく、トコトコとあちらこちらに走っているルララの姿があった。

 

 最初はどうってことない、些細な依頼がきっかけであった。

 冒険者という人種は、その危険性のため非常に能力の高い人間が多い。そのためオラリオの住民の中では『困ったことがあったら冒険者に頼め!』という風潮があり、今回の件もそれに則った出来事だった。

 当初は急いでいたし、ルララがいるという事もあったため、断ろうかと思ったアンナであったが、意外なことにルララがその依頼を受けてしまったのだ。そして、それをきっかけにあれよあれよという間に多数の依頼が舞い込んできて、その全てをルララが引き受けてしまったのが今の現状というわけだ。

 

 これがまだ2、3件であったならばアンナも笑って済ませていられたのだが、10件を超えた辺から流石に顔色が悪くなっていた。

 それにさっきからルララは、どうも自ら進んで依頼を探しだしているように感じる。

 当初の予定もあり少しイライラし始めていたアンナは、未だ依頼が途切れないルララにしびれを切らして、彼女を強制連行するべく行動をおこした。アンナとて人助けを否定するつもりもないし、良いことだと思っているが、何事にも限度というものがあるのだ。

 

(それに、鍋のふたの修理とか、朝食の配膳とかの依頼なんて絶対に冒険者の仕事じゃないですよ! ルララさん!!)

 

 そうしてアンナは、ルララ──今は割れたツボの破片拾いの依頼をこなしている──の背後に回ると。

 

「いい加減にして、ダンジョンに行きますよ! ルララさん!!」

 

 と言いながら彼女の脇に両手を入れると、勢い良く持ち上げた。

 

(えっ……か、軽ッ!!)

 

 一体全体、この小さな体のどこにあんな活力が秘められているのかとアンナは疑問に思ったが、それは今後おいおい考えればいいことだ。それよりも、今重要なのは……ダンジョンだ!!

 ルララも少しの抵抗を示したのち、アンナの気持ちを理解したのか、ややあって大人しくなり。

 

「私たち急いでいるのでこれで失礼します!」

【用事があるので、これで。】【さようなら。】

 

 こう言い残し、二人は、今度こそ寄り道をせず、まっすぐダンジョンに向かった。

 

 結局、ダンジョンに着いたのは、もう正午になろうという時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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