光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
『君は後ろで支援をしてくれ』
この言葉が彼女の明暗を分けた。
パーティーの中でも最もLv.が低く、しかも移動が大きく制限される
だから、この指示を出した彼女達の団長『フィン・ディムナ』の判断は少しも間違っていなかった。
いつだってそうだった。
彼の勇敢で冷静な判断力は、いつだって私達を正しい道へと導いてくれた。
だけど……だけど、あの時ばかりは、あの時の判断だけは……
引き返すべきだったのだ、あの時に。
帰るべきだったのだ、51階層に降り立った時に。
戻るべきだったのだ、異常なまでに強いモンスター達と戦った時に。
逃げるべきだったのだ、あの“大蛇”と出会った時に。
事実──これはレフィーヤがあずかり知らぬ事であったが──団長のフィンの脳裏には撤退の二文字が浮かんでいた。
彼の『危険を教えてくれる親指』が未だかつて無い程に彼に危険を訴えていたからだ。
だが、彼の
蛮勇だった、過信だった、無謀だった。
だがいまさら後悔しても手遅れだった。
あの大蛇に挑み、堅強を誇ったガレスが一撃で倒され、立て続けに近くにいたティオネがやられ、そのまま大蛇がリヴェリアに襲いかかった頃には、もう
引き返そうとしても、帰ろうとしても、戻ろうとしても、逃げ出そうとしても、そして、
決して破る事のできない不可視の壁が“全て”を拒んだ。
『君は後ろで支援をしてくれ』
この言葉が彼女の明暗を分けた。
この言葉がレフィーヤ・ウィリディスの明暗を分けた。
この言葉のお陰で彼女だけが、あの大蛇から逃れることができた。
*
彼女は駆けた。逃げ出したんじゃない、助けを呼ぶためだ。
50階層には彼女達のファミリアの本隊がいる。彼等に助けを求めなくては!
Lv.はフィン達に遠く及ばない者ばかりだが、それでも“今の”レフィーヤよりはずっとマシだった。
尊敬する、敬愛する冒険者達が何もできずに蹂躙される所を、ただ見ていることしかできなかったレフィーヤよりはずっとマシだった。
彼等ならきっと助けてくれる──だが、そんな盲信ともいえる憧憬は、本隊の野営地が見えた時に無残にも打ち砕かれた。
襲われている──フィン達がやっとの思いで倒していたモンスター達に、あの
その光景は、まるで天地がひっくり返り
金属モンスター達に捕獲され、闇の中に連れ去られていく仲間達。
いたる所から叫びが、嘆きが、怒号が、助けが、悲鳴が……断末魔が聞こえてくる。
もはや地獄絵図とかした野営地でレフィーヤは無我夢中で駆けた。
駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、一心不乱に
だが、逃げ出そうとする
捕獲され、引き摺られ、泥だらけになりながら連れ去られそうになるレフィーヤ。
嫌だ! 怖い! 助かりたい! ただその一心で藁をも掴む思いで地面をまさぐる。
しかし、どんなに手を動かしても掴めるのは石や土や砂ばかりだ。
ああ、きっとあの真っ暗な地獄の穴の底で、私も彼等と一緒の末路になる──涙と鼻水と涎で顔をグシャグシャにさせながらレフィーヤはそう絶望した。
しかし、そんなレフィーヤの手に何か掴むものがあった。
偶然か必然か……レフィーヤの手に握られたのは『
オラリオでも最上級に位置する超レアアイテム。ロキ・ファミリアですら
もし、万が一、何かがあった時、そんな時にファミリアでも
それがレフィーヤの手に握られていた。
レフィーヤは想った。助かりたい! 逃げ出したい! 帰りたい! と。
そして、その想いを『転移魔石』は正しく認識し、そして正しく起動した。
『転移魔石』は予め設定されていた場所に、その機能通りに
『君は後ろで支援をしてくれ』
この言葉が彼女の明暗を分けた。
この言葉が大蛇との戦いからも野営地の戦いからも彼女を助けた。
この言葉がレフィーヤ・ウィリディスをロキ・ファミリア唯一の生存者とさせた。
『君は後ろで支援をしてくれ』
この言葉が彼女の明暗を分けた。
この言葉に彼女は助けられた。
だからこそ、彼女は再び彼の地に赴く
*
「……貴方達の
レフィーヤの言葉から幾ばくかの静寂が訪れた。
沈黙に包まれる一般居住区7-5-12。それを破ったのは赤いコートを着たヒューマンの男性だった。
「……
最年長らしきヒューマンの男性が驚きながらもそう応えた。
彼がリーダーなのだろうか? それにしては
「はい、この……依頼票を見てここに来ました。ここで間違いないですよね。依頼主のルララ・ルラさんに会いたいのですが……」
不安に押しつぶされそうになりながら、レフィーヤは持っていた依頼票を彼等に渡す。
綺麗に折りたたんでいた依頼票には、確かにルララの名前とこの場所が記載されていた。
「ぅゎ……まじで“あの”
受け取った依頼票をまじまじと見ながら男性がそう言った。男性の表情は驚きが隠せていない。心底意外そうだ。
“こんな”ということはやはり冗談だったのだろうか? だとしたらかなり悪質なイタズラだ。然るべき報いを受けさせるべきだろうか?
「ちょ、ちょっと見せて下さい!」
ヒューマンの女性が慌てた様子で男から依頼票を奪いとった。
レフィーヤはこの時ばかりは、呟きすらも聞き逃さないエルフ族の高い聴覚を恨んだ。
「えっと、レフィーヤさん……ですよね?」
依頼票からレフィーヤに目を移してそう言うヒューマンの女性は、まるで可哀想な子を見るかのようにレフィーヤを見つめている。
それがレフィーヤの神経を逆なでさせた。一体お前に私の何が分かる。
「……そうですが、何か問題でもあるのでしょうか?」
女性からの質問に応えるレフィーヤ。その口調は自分で思っていた以上に強くなっていた。
「問題というわけじゃ……あ、あの……考え直してみませんか? “こんな”無茶苦茶な
ヒューマンの女性はあろうことかそんな事を言い出した。巫山戯るな! お前達が依頼を出したんじゃないのか!?
「そうだぞ、エルフの嬢ちゃん! 悪いことは言わないから止めておいたほうが良い!! こんな“イカれた”
「そうそう! 絶対止めといたほうが良いよ! ほんと、“どんな目に”会うか分からないよ!?」
ヒューマンの女性を皮切りにして彼等は口々にそう言い出した。
彼等の表情は、本当にレフィーヤを心配している様だった。
いや、きっと本当に心配しているのだろう。その口調には必死さが滲んでいる。悪戯や冗談だったらここまで必死になることは無いはずだ。
だが、その言葉一つ一つがレフィーヤを苛立たせた。
『こんな』『メリット』『イカれた』『どんな目に』
そんな事、そんな事百も承知だ。
何もかも全て理解して、覚悟してここまで来たのだ。今更後戻りする気は微塵も無い。
彼等の言葉は
「『こんな』とはどういう意味でしょうか!? 『メリット』とはどんなことを言っているのでしょうか!? 『イカれた』とは何を指しているのでしょうか!? 『どんな目に』とはどんな目でしょうか!? そんな事、そんな事全部分かっています!!」
『こんな』とは
『メリット』とは報酬金の事だ。一千万ヴァリスなんてはした金だ、巫山戯てる。
『イカれた』とはそんな
『どんな目に』とはそんな事レフィーヤが一番、一番理解している。51階層で、あの悪夢の様な戦いで、嫌というほど思い知らされた。
その上で
全部、全部納得の上で行くと決めた。
納得した上でここに来たのだ。
「……全部分かっています。理解しています。理解した上でもう一度言います。『貴方達の
「「「……」」」
瞳に涙を浮かべながら悲痛な表情で言うレフィーヤに、それ以上誰も何も言えなかった。
「……わかった」
暫くして男性が言った。
「君の決意は理解した……その、すまなかったな。君の事を思って言ったんだが、どうやら余計なお世話だったみたいだ。気を悪くしないでくれ」
「ごめんなさい」「ごめんね」
「……いえ、私の方こそ……悪かったです」
彼等の謝罪を、溜まった涙を拭きながらレフィーヤは受け入れた。
確かにレフィーヤも感情に任せていた部分はあった。
仲間を思うあまり感情的になっていたのは確かだった。彼等にはなんの関係も無いというのに……。だが、どうやら彼女の想いは理解して貰えたようだ。
「……それで、その“依頼主”なんだが……この子ということになる」
そう言うと男性はそばにいた小人族の少女を抱きかかえレフィーヤに見せた。
(小さい……)
彼女を見た第一印象はそれだった。
男に抱きかかえられている少女は、小人族であると鑑みてもとても小さかった。
レフィーヤがよく知る小人族のフィンと比べても、二回り程も小さい。もしかしたら小人族の子供なのかもしれない。だとしても、レフィーヤの決意が揺らぐことは無いが。
雪のように真っ白な髪と、透き通ったルビーのように赤く輝く瞳が印象的な少女にレフィーヤは再度問いかける。
彼女の言葉と瞳には、確かな想いと決意が込められていた。
「ルララ・ルラさん、貴方の
【はい。お願いします。】
さっき迄のやりとりは何だったのかと思うほどあっさりと答えは返ってきた。
*
その後はとんとん拍子に話が進んでいった。
どうやら、彼等は探索──彼等が言うには『レベリング』というらしい──から帰ってきたばかりだったようだ。
簡単な自己紹介を終えると、そこからは軽い歓迎会という流れになった。
新しく仲間になったレフィーヤと親交を深めるということらしい。
レフィーヤはそんな事をする気はこれっぽっちも無かったが、新しいパーティーに溶け込むのも重要な事だと、己に言い聞かして渋々参加することにした。
「しかし、まさかほんとに依頼を受けてくれる人が出てくるとは思ってもいなかったぜ。それもこんなに可愛いエルフの子なんてな」
そう笑いながら言うのはリチャードだ。
彼は置かれているフルーツを食べながら、上機嫌でソファーに座っている。
そんな彼は、パーティーの
そのなんとも気の抜けた様子からは、とてもじゃ無いが短期間でLv.5に登り詰めた冒険者には見えない。
「リチャードさん、それセクハラ発言になりかねませんよ? それともあれですか? 捕まりたいんですか? だったら今すぐ死ねばいいんじゃないですかね? ……ふふふ」
そんなリチャードを窘めるのはアンナだ。
燃えるような赤毛を肩まで伸ばしたヒューマンの女性は、さっきからやたらと
濁った瞳で笑いながら言う彼女は、パーティーの
「あはははは、またアンの不機嫌が始まったー! いやー怖いー助けてルララちゃん!」
陽気に笑う
エルザは遠距離から敵を射るLv.2の
無邪気に笑う今の彼女からは想像もできないが、戦いになると狙った獲物は逃さない……らしい。見たことがないので分からないが。
【むむむ。】
感情の篭もらない声でそう言うのはこのパーティーのリーダー、ルララだ。
彼女のポジションは……
彼女曰く、
いや、それどころか、
高Lv.冒険者を何人も知っているレフィーヤは、ルララの言っている事がどんなに荒唐無稽な事かよく分かった。
ある事を極めるのにどんなに時間が掛かるかレフィーヤはよく知っている。
ルララは
つまり彼女ができるのは
「……」
そして、さっきから黙りこくっているのがレフィーヤだ。
彼女は
そして、そして、これで以上だ。
五人……たった五人だけだ。
この五人だけで『深層』へと挑むらしい。なんとも馬鹿みたいな話だ。
レフィーヤの常識ではこんな少人数では『深層』どころか、『中層』まで行くのも困難だ。
もしかしたら泥船に乗ってしまったのかもしれない──そう思わずにはいられなかった。
だが、そんな話を前にして彼等はそんな事を微塵も感じさせなかった。一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか?
彼等は何も問題ないと言わんばかりに陽気に笑い、そして語り合っている。
根拠の無い、理由もない自信を見せつけられて苛立ちが加速していく。
「どうしたぁレフィーヤちゃん、そんな浮かない顔をして! 元気が無いぞぉー!」
そんなレフィーヤにずいずいと絡んでくるリチャード。
顔は赤く染まり、アルコールの匂いをぷんぷんさせている。要するに酔っ払っていた。
はしたなく酔っ払うリチャードに嫌そうな顔を隠そうともせずレフィーヤは言った。
「……放っといて下さい」
ぶっきら棒にレフィーヤは突き放した。
「ノォオオ!! レフィーヤちゃんが冷たい! 仲間になったばかりなのに! もうダメだ、鬱だ死のう……」
レフィーヤの言葉に大袈裟な反応を示すリチャード。まるで馬鹿みたいだ。
「あ! なんでしたら私が止めを刺しましょうか? 日頃の恨みです。一思いにヤッてあげます」
「い、いやぁあああ! 止めてぇえええ!!」
「なんだ……残念です」
リチャードが零した言葉に間髪を入れず反応したアンナは、心底残念そうだった。
もしかしたら本気で止めを刺そうとしていたのかもしれない。
こんな事を言い合う彼等のチームワークは本当に大丈夫なのだろうか?
レフィーヤは早くも呆れ果ててしまっていた。
彼等には何一つ見当たらなかった。
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!」
一体何が可笑しいのか、さっきから笑いっぱなしでテンションのおかしいエルザにも。
「もう、エルザ! あなたさっきからうるさいのよ!! いつもいつも遠くから、ぴょんぴょんぴょんぴょん攻撃して! 引き付ける側の身にもなってみなさいよ!」
日頃の鬱憤を存分に叫んでいるアンナにも。
【むむむ。】【本当に?】【ごめんなさい】
下着姿になって紳士的な踊りを踊っているルララにも。
「ノォオオオオオオオオオオオ!!!」
床を転げまわりながら、顔を押さえて嗚咽を漏らしているリチャードにも。
彼等の様子はとてもじゃないが『深層』へと挑もうとしている精鋭たちには見えなかった。
レフィーヤが期待していたものじゃなかった。
期待していたものとはほど遠かった。
「……もう、いい加減にしてください!!!」
レフィーヤは叫んだ。あらん限りの声を張り上げて。
さっきから醜態を晒してばかりいる、不甲斐ない
「さっきから貴方達は何なんですか!? 貴方達は50階層以降の攻略を目的にしているんじゃなかったんですか!? それだったらこんな所で馬鹿みたいな事してないで、もっと他にやることがあるじゃないんですか!? なんでそんなに脳天気でいられるんですか!? こんな事を、こんな事をしている間にも……」
それ以上は続けられなかった。
行き場のない感情が爆発して、もうどうしていいか分からなくなってしまった。
兎に角、もうここには居られなかった。居たくなかった。
「私、もう帰ります! さようなら!!」
己の感情に流されるままにレフィーヤはこのホームを飛び出した。
*
「……あーこれは失敗だったか?」
有無をいわさず飛び出していったレフィーヤを見てリチャードは言った。
「……みたいですね」
「あはは、やっちゃったね……」
「……『レフィーヤちゃんを元気づける会』は見事に失敗だな」
レフィーヤの様子は最初から少しおかしかった。
そもそもあんな条件の
そして彼女のあの必死さは、確実に50階層以降に何かがあったと思わせるには十分だった。
事情があるのは察していた、でも彼等は深くは詮索しなかった。
何も言わないということは知られたくないのだろう。
長いこと冒険者をやっていれば、知られたくないことの一つや二つ誰にでもあるものだ。
余計な詮索は、無用ないざこざを招くことになる。
これから共に命懸けで戦うことになるのだ、出来るだけトラブルは避けたかった。
でも、だから、せめて彼女を元気づけようとして歓迎会なんてやってみたのだが……どうやら大失敗だった様だ。
「さて、どうしようか……?」
「もう、あまり干渉しないほうが良いですかね……」
悲しそうな声でアンナは言った。
彼等の行動は、今回、レフィーヤに関してはつくづく裏目にでてしまっている。そう、思うのも仕方がなかった。
「だなぁ……これ以上変なことすると益々拗れそうだ……」
「でも、レフィーヤちゃん悲しそうだったよ……放っておけないよ」
「まあ、そりゃあ、そうなんだけどな……」
だからと言って、彼等がこれ以上干渉するのは、彼女の気持ちを逆なでするだけに思えた。
「レフィーヤさん。明日来てくれるでしょうか?」
「……来ない、かも、しれないなぁ……」
「えーそんなのやだよ! 折角仲間になったのに!」
「そうは言ってもなぁ……なぁ、嬢ちゃんどうする?」
だが、そこにはルララの姿は影も形もなかった。
それだけで、リチャード達は全てを理解した。
「……あー、まあ、後は我らがリーダーに任せるとしよう」
*
最低だ! 最低だ! 最低だ! なんて最低なんだろうか自分は!
都市の中をどこへとも知れず走り続けるレフィーヤは、そう心の中で叫んでいた。
一刻も早く50階層に行きたいのはレフィーヤの事情だ。彼女
それなのに、それなのに勝手に憤って、苛立って、失望して、八つ当たりしてしまった。
何もできないのは、何もできなかったのは彼等でなくレフィーヤの方だったというのに……。
ルララ達は本当に50階層の攻略に乗り出そうとしている、それは会話の節々で見て取れていた。
でも彼等はまだまだLv.不足だ、だからこそ、ゆっくりと時間を掛けてでも強くなろうとしているのだろう。
ルララ達は焦っていない。
彼等には今日明日にでも、攻略をしなくてはならない理由なんて無いのだ。
だから、彼等はこう言いたかったのだろう『
でも、でも、それではレフィーヤには遅すぎるのだ。
もう、あの戦いから二週間経っている。“もう”二週間だ。
幾ら
レフィーヤにはもはや一分一秒だって惜しかった。
主神はもう諦めてしまった。
ファミリアはもう次を見据え始めた。
ようやく見つけた
「ぅ……ぅ……ぅぅうう」
レフィーヤの瞳に段々と涙が溜まってくる。
駄目だ、泣いてしまっては! 泣いてしまってはもう戻れなくなる。立ち上がれなくなる。諦めてしまう。
涙を堪えるために更に足に力を入れるレフィーヤ。
走って、走って、走り続けていたら、いつの間にか見慣れた場所に辿り着いていた。
「……ダ、ンジョン?」
ダンジョンの大穴が、まるでレフィーヤを待っていたかの様にそこにあった。
レフィーヤにはダンジョンが囁いているように感じた──『君も早くおいで』と。
ああ、それも良いかもしれない。
孤独になって、絶望して、何もできない自分は、本当はきっと“あの”時死ぬべきだったのだ。
そうだ、最初からそうしていればよかったのだ。
コレで私も……。
ふらふらと取り憑かれたようにダンジョンへと向かうレフィーヤ。
だがそれは、全く感情の篭っていない声に妨げられた。
【ちょっといいですか?】
この声には聞き覚えがあった。
「貴方は……ルララさん……」
振り返った先には、今一番会いたくない人物筆頭のルララがいた。
【ちょっといいですか?】
「いえ、私はこれからダンジョンに……【ちょっといいですか?】」
「ですから私は……【ちょっといいですか?】」
「あの……【ちょっといいですか?】」
「……【ちょっといいですか?】」
【ちょっ「もう分かりました! 分かりましたからちょっとそんなに詰め寄らないで下さい!!」
有無を言わさぬルララの詰め寄りに、根負けしたレフィーヤは観念してルララと向き合った。
「一体なんの用ですか? 申し訳ありませんが攻略の件は無かったことに……【どこに行きますか?】
「えっとそれは……見て分かりませんか? ダンジョンです」
【どうしてですか?】
立て続けにルララは聞いてきた。
「それは貴方に関係ない……【ついていきます】……えっ!?」
間髪をいれずルララは言った『私もついていく』と。
レフィーヤを見つめる瞳が赤く燃えている。
「でもこれは私の問題で貴方には……【一緒にやりませんか?】……ッ!!」
【一緒にやりませんか?】
迷うことなくルララは言ってきた。
それは、その言葉は……誰にも……誰にも言われなかったことだ。
ルララの言葉にレフィーヤの心が揺さぶられる。
そんな心を悟られないようにレフィーヤは叫んだ。
「……なんで! どうしてですか!? どうしてそんな事言えるんですか!? 私には理解できません!!」
レフィーヤには、なぜルララがそこまで言えるのか理解できなかった。
会って間もない自分に、なぜそこまでできるのか理解できなかった。
でも、答えは簡単だった。
【フレンドになってくれませんか?】
「……っえ?」
【フレンドになってくれませんか?】【ついていきます】【一緒にやりませんか?】
ルララは当然の事の様に言った、貴方と友達になりたいと、だから自分も行くのだと。
その瞳には全く揺らぎがない。
彼女の言葉にずっと押さえ込んでいた思いが溢れそうになる。
「私は……私は……」
レフィーヤはそれ以上何も言えなかった。
私にはきっとその資格はない、仲間を見捨てて逃げ出した自分には……。
何かを耐えるかのように俯き下を向くレフィーヤ。その体は僅かに震えている。
それはまるで迷子の子供の様だった。助けを求める迷い子の様だった。
そんなレフィーヤにルララが近づいてくる。
ルララは彼女の手を取り、目を見て、そして再び聞いた。
【どこに行きますか?】
「……ダンジョンにです」
今度は凄く素直に言えた。
【どうしてですか?】
「……それは……それは、仲間を……仲間を助けに……です」
感情の篭もらない声が不思議と優しくて信頼できた。
ずっと、ずっと誰にも言わなかった、言えなかった言葉が言えた。
そして……。
【助けはいりますか?】
「ッッ!!!」
一番聞きたかった言葉を聞けた。
【助けはいりますか?】
その言葉に、ずっと堪えていた感情が、涙が溢れてくる。
涙で目の前が見えなくなり、その場に崩れ落ちてしまう。
崩れ落ち、嗚咽が混じりながらもレフィーヤは確かに言った。
「……お願いです……私を……仲間を……助けて下さい!!」
【わかりました。】
その言葉を聞いた光の戦士は無敵だ。
助けてくれ! と言われて。
直ぐに、わかりましたと言える光の戦士に私はなりたい。