光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
いつの間にかレフィーヤは抱きしめられていた。
泣き崩れるレフィーヤに、小さな冒険者は優しく抱きしめてくれた。
「私、仲間を置いて逃げ出したんです!」
「51階層でも、50階層でも逃げてばかりだったんです!」
「連れて行かれる仲間を見ていることしかできなかったんです!」
「何も、何もできなかったんです!」
「だから! 私、私……ぅううああああああ」
今日まで溜めに溜めた想いを吐き出すレフィーヤ。
そんなレフィーヤの独白をルララはただ黙って聞いてくれた。
ただ黙って抱きしめてくれた。
それが凄く暖かくて、嬉しくて、心強くて、レフィーヤは彼女を強く抱きしめ返した。
*
レフィーヤは思いの丈を全て吐き出した後ルララの顔を見た。
レフィーヤに迷うこと無く『助ける』と言ってくれた小さな冒険者は、自信満々にレフィーヤを見つめ返してくれている。
『もう大丈夫』『心配ない』『任せてくれ』
そう言外に訴えてくるルララの顔は、レフィーヤに安らぎと信頼を与えてくれた。
(この人とならきっと……)
なんの根拠もない、なんの理由もない、なんの証拠もないのに不思議とそう思うことができた。
「……なんだか、ちょっと恥ずかしいですね」
微笑みながらレフィーヤは言う。それに釣られルララも微笑む。
ダンジョンの入口近く、人の往来が多い中で抱き合って見つめ合っているのは……ん?
「うっわ! ごご、ごめんなさい!! あの、その、私、こんな所で!!」
慌ててルララから離れ、立ち上がり、真っ赤に顔を染めるレフィーヤ。
(ああ、私ったら何て事を!! ああ! 恥ずかしい……)
さっき迄の二人の光景を思い出して益々顔を染める。
微笑みながら、見つめ合い、抱きしめあう二人の少女は──恥ずかしいなんてものじゃなかった。顔から火が吹き出そうだ。
「ひゅーひゅー、お熱いねぇお二人さん」
「ちょっとリチャードさん、そういうのを藪蛇って言うんですよ!」
「うわぁ、私すっごくドキドキしたよー」
「んなっ!?」
驚きの声を上げて渡りを見渡すと、そこにはパーティーの面々がいた。
「え? ちょっ、あれ? えぇええ!? い、一体いつからそこに……」
「ん? ああ、レフィーヤちゃんが『ダンジョンに行くんです!』って言ってた所からだな」
「え? 違うよ! 『ダンジョンです!』って言ったんだよ、レフィーヤちゃんは。ちゃんと聞いてたの?」
「あれ? そうだったか?」
「まあ、リチャードさんは人の話を聞きませんからね。一体、私が何度、何度……ブツブツ」
(見られていた、見られていた、見られていた、見られていた!?)
一体どうやってこの場所が分かったのかは分からないが、結構最初の方から見られていた。
「ああ、もう、私、そんな、これは、そう、違う、違うんです! うぅうう」
何が違うのかさっぱり分からないが、兎に角レフィーヤは違うと主張した。
「まあまあ、そんな意固地になって否定すんなって! 俺は良いと思うぞ!」
リチャードがそう言って頭にぽんぽんと手を置いてくる。何が良いのかさっぱりわからない。
「本当にコレは違うんですよ! ぅうう恥ずかしい」
長いエルフの耳の先まで真っ赤にしながら興奮気味にレフィーヤは言う。
「ハハハ、そんなに恥ずかしがるなって! 中々絵になっていたぞ? エルフの美少女と小人族の少女が抱きあう様は」
「ぁあぅうううううう」
真っ赤に染まったエルフの耳を下に垂らして恥ずかしがるレフィーヤ。
「もう! リチャードさん! からかうのもそれぐらいにしてあげて下さい! 困っているじゃないですか!」
見かねたアンナが助け舟を出してくれた。
ああ、良かった貴方は味方か……。
「大丈夫ですか? レフィーヤさん。もう、あんな男の戯言、真に受けなくて良いんですよ?」
「あ、ありがとうございます」
「あ! でも可愛かったのは本当ですので自信持って良いんですよ?」
そう笑顔で言うアンナも味方じゃなかったみたいだ……。アンナさん貴方もか……。
しかし、いちおうアンナのお陰で落ち着きを取り戻すレフィーヤ。
「じゃあ一度深呼吸をして……」
「……すぅううう……」言われるがまま大きく息を吸い。
「……はぁあああ……」そして吐いた。
「……落ち着きましたか?」
微笑みながらアンナが聞いてくる。
「えぇ、ありがとうございます」
「いえいえ、それは良かったです。もう、気をつけて下さいね。あの男はすぐに調子に乗るので」
まったくもう! と呟きながアンナは言う。
「はい、ええっと、分かりました」
アンナの言葉に一応了解するレフィーヤ。
「よろしい」と微かに聞こえるぐらいに小さな声で囁いたアンナは、今度はレフィーヤに聞こえる様に言った。
「さて、もう大丈夫みたいですし……じゃあ行くとしましょうか! レフィーヤさん!」
「……っえ? 行くって何処に……」
アンナの言葉にレフィーヤは疑問を零した。
「何処って、ダンジョンにですよ……行くんでしょう? 私も行きますよ」
さも当然の様にアンナは言った。
そう言ってアンナはダンジョンへと歩き出した。
「ああ、折角帰ってきたばかりだったのにまたダンジョンかー、しかも徒歩で50階層……トホホ遠いぜ……徒歩だけに……」
「ハハハ、まあ、他にやることもないんだし良いんじゃないかな?」
それに続いてリチャードとエルザもダンジョンの大穴へと向かう。
「……そんなどうして」
震える声でレフィーヤは言った。
それを聞いた彼等は口々に言う。
「ん? まあ、嬢ちゃんだけに格好いい所とられるのもあれだしな! それに……」
「またリチャードさんは……素直に『心配だ』って言えば良いんですよ。えっと、だから私は心配だからですよ、レフィーヤさん。それに……」
「そうそう! レフィーヤちゃん、すっごい悲しそうなんだもん放っておけないよ! ……それに」
「……俺達は」「……私達は」「……私達って」
「「「“仲間”だろう?」」」
「……ッッ!!」
レフィーヤはこれまでずっと自分は孤独だと思っていた。
もう、この世界には絶望しかいないと思っていた。
でも違っていた。
世界は暗い絶望になんか覆われていないし、彼女は一人ぼっちじゃなかった。
簡単な事だったのだ。
“天”に向かって『助けてくれ』と叫んだ所で誰も助けてくれない。
彼女に必要だったのはそんな事じゃなかった。
彼女と同じ“冒険者”だった、冒険者の“仲間”だったのだ。
一人ぼっちで絶望していた彼女に、世界は絶望になんか覆われてなんかいないと答えてくれる“
【パーティーに入りませんか?】
レフィーヤに差し出されるものがあった。
それは、とても小さな、小さな手で、そして彼女の“希望”だった。
彼女はそれを迷わず手にとった。
「はい、喜んで」
彼女はようやく“希望”を見つけられた。
*
「……って! いやいやいやいや! それでも、今からダンジョンに行くなんて無謀すぎますよ!!」
意気揚々とダンジョンに潜ろうとする仲間達の勢いに流されるまま、ダンジョンに潜ろうとしたレフィーヤはなんとか正気を取り戻してそう叫んだ。
ダンジョンの探索は『そうだ、ダンジョンに行こう』なんて気軽に行けるものじゃないのだ。
さっきまで行こうとしていた自分が言うのも何だが、これは明らかに自殺行為だった。
「あれ? でもあんまり時間がないんでしょ?」
いや、まあ、確かにエルザの言う通りなのだが、こういったのは入念な準備を重ねて、しっかりとした調整を行った上で行うべきことだ。
いや、そもそも、50階層クラスの攻略をするにはギルドへの申請が必要だったはずだ。
大規模になりがちな『深層』への探索が、他のファミリアと被らないようにするために、そう規則で決まっていたはずだ。
「えっ!? マジか……そうだったのか知らなかった……まあ、でも、バレなきゃ問題ないだろう」
規則なんて関係ないと言わんばかりにリチャードはニヤリと言った。
ああ、もう、これだから冒険者は!! って、いやいや、だからそういった問題じゃないのだ。
このままじゃ50階層に辿り着く前に“死んでしまう”と言っているのだ。
「でも、さっきレフィーヤさんダンジョンに行くって……」
「それは、その、えっと……と、兎に角、今日は駄目です! 絶対駄目です! ちゃんと準備してからでないと!」
『深層』の攻略に必要なのは、食料に、薬品に、武器に、防具に、そしてそれの予備に、あと、えーと……兎に角色々だ! 色々!
「今の私達はなに一つ持ってないじゃないですか!」
レフィーヤの今の装備は戦闘用ですらないただの普段着だ。杖すら持っていない。
そんな装備でお前はダンジョンに行こうとしていたじゃないかと言われると、いや、まあ、全くその通りで何も言い返せないのだが、兎に角、こんな装備じゃ大丈夫じゃないのだ!
「食料だって!」
レフィーヤがそう言うと、どこからともなく調理品が現れた。
出来立ての凄く良い匂いがレフィーヤの鼻孔を刺激する。うんうん、美味しそう。
「薬品だって!」
レフィーヤがそう叫ぶと、どこからともなく薬品が現れた。
瓶一杯に入った液体は様々な色をしていて、数も種類もそれはもう申し分ない。あらあら、これならどんなダンジョンでも安心ね!
「武器だって!」
レフィーヤがそう訴えると、どこからともなく武器が現れた。
剣に、弓に、ナックルに、“本”に、そして……杖もある。そうそうこの重厚感と金属の肌触り、流れてくる魔力は……っえ゛!? ちょっと多すぎじゃないかしら?
「防具だって!」
もうなんだか次の展開が読めてきたレフィーヤだが元気に言った。
案の定レフィーヤの前には、たいそう立派な山繭絹でできたローブが置かれていた。
それに袖を通すレフィーヤ……ああ、もはや何も言うまい。
「…………」
「「「……」」」
レフィーヤの次の言葉を待っているのか、みんな黙りこくってしまう。
沈黙が、仲間達からの視線が痛い。
そんな中レフィーヤは一歩前にでて深呼吸をする。
「すぅー、はぁー」
そして振り返り仲間達を見渡す。
「……な……」
「……何をぼさっとしているんですか!? さあ、行きますよ!! 目指す場所は51階層です!!!」
「「「オォオオオオ!!!」」」
やけくそ気味にそう叫んでダンジョンに入るレフィーヤだった。
*
天上に敷き詰められた光り輝く水晶は、ダンジョン内であるにも関わらず満天の夜空を彩っている。
その水晶から照らしだされる輝きは湖へと降りそそぎ、まるで宝石箱をひっくり返した様に幻想的な雰囲気を創り出していた。
そこではダンジョン内であるとは思えないほどのどかで、ゆったりとした時間が流れている。
そんなリヴェラの街の近くにある湖のほとりで、レフィーヤは一人たたずんでいた。
恐ろしいほどの勢いであっという間に18階層まで辿りついたレフィーヤ達パーティーは、現在は小休憩中だ。
あまり遠くに行くのは憚られるが、レフィーヤは仲間達に断りを入れてこの湖へと来ていた。
ここは、かつてファミリアの皆と共に訪れた思い出の湖だ。
今でも瞳を閉じる事で、かつてここで見た光景を鮮明に思い起こすことができる。
(フィン団長、リヴェリアさん、ガレスさん、ティオネさん、ティオナさん、ベートさん、アイズさん、そしてファミリアのみんな……)
彼等と共に語り合い、笑い合った日々がまるで夢物語のように浮かんでくる。
そして、ゆっくりと瞳を開くと彼等は夢のように儚く消えた。残っているのはレフィーヤと幻想的な輝きを放つ湖だけだ。
彼女の瞳に映るのは現実だけだった。
そして、その現実も今ではまるで夢物語の様であった。
嘆くことしかできてなくて、一向に好転しない状況に地団駄を踏むことしかできない状況からみるみるうちに一転し、彼女は今、かつての仲間を助けに行くために、新たな仲間と共にダンジョンに潜っている。
これが夢物語と言わずなんと言おう。
まさに怒涛の展開だった。
目まぐるしく変わっていく現状に目眩がするほどだった。
それはもう、ふと気が付いたらリヴェラの街に着いていたくらいだ。本当、一体いつの間に辿り着いたのだろう?
でも、それでも、確実に一歩一歩進展しているんだ、という実感があってとても心地が良かった。
もしかしたらこのまま51階層に辿り着いても、辛い現実を目の当たりにするだけなのかもしれない。
当たり前の様に考えられる
それでも不思議と不安は無かった。
根拠は無いが、きっと“そうは”ならないだろうという確信めいた感覚がレフィーヤにはあった。
ひっそりと微笑みを浮かべるレフィーヤ。
その微笑みにはもう悲観の色は見えなかった。
ゆっくりと時間だけが流れていく。
「こんな所にいたんですか、レフィーヤさん。探していたんですよ」
「……アンナさんですか」
流れ行く時間に身を任せているとアンナが話しかけてきた。どうやらレフィーヤを探していたようだ。
「……何か私に用でしょうか?」
レフィーヤはそっと静かに問いかける。
「ええ、ちょっとレフィーヤさんに渡したいものがありまして」
レフィーヤの隣に座りながらアンナは優しくいった。渡したいものとはなんだろうか?
「……これです」
そう言って差し出されたのは一振りの“剣”だ。
その剣はとても、とても見慣れたものであった。
「こ、これは!!」
思わず驚愕の声を上げる。
ゆったりと流れていた時間が、急に渦を巻いて激しく流れ始めた。
「やっぱり、身に覚えがありましたか……」
身に覚えがあるなんてものではなかった。
彼女が間違えるはずがなかった。
“あの人”に憧れるレフィーヤ・ウィリディスが、“この剣”を見間違えるはずがなかった。
なぜなら、この“剣”は彼女が尊敬する“あの人”の……あのアイズ・ヴァレンシュタインの愛剣『デスペレート』だったのだから。
「い、一体どこでこれを!?」
当然の疑問をレフィーヤは聞いた。
一体、何処で、何故、どうして、そんな疑問が次々と浮かんでくる。
その疑問の回答をアンナは教えてくれた。
「ルララさんから貰ったんですよ『これを貴方にあげます』って」
アンナはルララの口調を真似ながら言った。お世辞にもあんまり似てない。
その自覚があったのかアンナは頬を染めながら続けた。
「……それでルララさんは51階層で拾ったと言っていました。冗談だと思っていたのですが、レフィーヤさんの反応からして本当だったみたいですね」
驚きの表情に染まるレフィーヤの顔を見てアンナは言った。
「……取り敢えず“それ”はお渡しします。きっと持つべきなのは私じゃなくてレフィーヤさんだと思いますので」
それに私には別の剣がありますからねー、ボソッとそう言ってアンナは微笑んだ。
アンナから『デスペレート』を受け取り、大切に抱きかかえる。
“この剣”は、“彼女”が、アイズ・ヴァレンシュタインが生きていたという確かな証だ。
そして、今となっては唯一の証であるとも言える。
「……ありがとう……ありがとうございます」
涙ぐみながらレフィーヤは感謝の言葉を口にした。
そんなレフィーヤをアンナはそっと肩を近づけると、優しく語りかけるように言った。
「えっと、レフィーヤさん。私が言うのも何だと思いますが、レフィーヤさんの仲間は生きていると思います」
アンナの口調に迷いはない。なにか確信をもってレフィーヤに語っている。
そして、その理由が何なのか何となくレフィーヤにも分かっていた。
「なんの根拠もないんですが……それでも私は信じているんです。だって“あの”ルララさんが助けに行くと言ったんですよ? だったら必ずみんな生きています!」
そうアンナは断言した。
そう、そうなのだ。
ルララが“助ける”と言ったのなら、その助けるべき者達は
「だからレフィーヤさんも……」
「ええ、大丈夫です。私も信じていますから……」
もとより彼女が信じなくて、一体、何処の誰が仲間の生存を信じるというのか。
たとえ、ルララがいなくとも最後まで仲間の生存を信じたはずだ、最後の最後まで信じたはずだ。
信じて、信じて、信じ抜いて……信じ抜いた末に死んでいたはずだ。
そうなると思っていた。そうなると信じていた。でも現実は違った。
本当は挫けそうになってしまっていた。
何もかも諦め、自暴自棄になり、自殺まがいなことをしでかそうとしていた。
それでも挫けずにここまで来ることができたのはルララのお陰だ。
アンナにあそこまで言わしめる事といい、レフィーヤを救ってくれた事といい彼女は本当に……。
「……ほんと、不思議な人ですよね」
レフィーヤは率直な感想をこぼした。
『
本当に彼女は不思議な人だ。
ルララの言葉は、行動は、不思議と安心感を与えてくれた。信じようと思わせてくれた。信頼させてくれた。
彼女となら何処へだっていける。何だって出来る。出来ないことなんてこの世になに一つ無い。そう思わせてくれる。
「不思議というか……
ははは、と乾いた笑い声をあげて、死んだ魚のように濁りきった瞳を浮かべながらアンナはそう言う。
そういえば、彼女はパーティーの中でもルララとの付き合いが一番長いらしい。
レフィーヤが知らないことも多く知っているのだろう。
「そうなんですか?」
少し興味が湧き何となくそんな事を聞いた。
「そうなんですよ……レフィーヤさんはまだ経験してないですが、ルララさんはいつも、いつも常識はずれな行動を取るんですよ……きっと、あの人は常識って言葉を何処かに忘れてきてしまったのでしょうね。生きるか死ぬかのギリギリのラインでモンスターに晒されるのなんて当たり前ですし、ある時なんて単身で階層主クラスのモンスターに挑まされた事もありました……そういえば、大量に湧くモンスターの中に無理矢理放り込まれたなんて事もありましたね、ふふふ、あの時は本当に死ぬかと思いましたよ……というか何で生きてるんですかね私……あははは、生きているって素晴らしいですよね。レフィーヤさんもその内体験できますよ……それはもう嫌というほどに……楽しみデスね、うふふふふ」
レフィーヤが問いかけた瞬間、暗黒の微笑みを浮かべながら矢継ぎ早に早口で喋り始めた。やっちまった! 選択ミスだった!!
どうやら彼女は相当壮絶な経験をしたらしい。聞こえてくる言葉の中には聞こえちゃいけない台詞もあった気がする。
やばい! 聞かなきゃ良かった。
「初めて出会った時も、ミノタウロスになぶり殺されそうになっている所をギリギリまで助けてくれませんでしたからね……まあ、今思えばそんなこと序の口もいいところだったんですけどね……でも、まあ、それは良いんですよ? 本当は良くないですけど、良いって無理矢理納得できます。ギリギリ……本当にギリギリになったら回復はしてくれますし、お陰で今こうしてパーティーの盾となれているのは事実ですから……」
「でも! それよりも! 私が声に大にして言いたいのは! 私の装備です! レフィーヤさん、私の装備見たでしょう? 普通あんな装備、女の子に着せますか? おかしいでしょう!!」
「えーっと、それはちょっとノーコメントです」
確かに彼女の“あの”装備は、女の子がするにしては些か“華”に欠けていた。というか華なんて全く無かった。
アンナがここに着くまでの道中で着ていたのは、実用性一辺倒で無骨でしかない防御力重視──というか、もはやそれしか考えていない全身を覆うヘビィアーマーだった。
流石に今は装備していないが、ダンジョン探索中の彼女はもはや傍目からアンナであると判別出来ないほどに、頭の天辺から足の爪先まで完全に鎧に覆われている。
まあ、そんな見た目なのである意味一目で判別できるのだが、いつの間にか中身が入れ替わっているなんてことがあっても気づくことはできないだろう。
あの装備は、女の子が着るには尻込みする要素が多すぎた。
とある神話に出てくる『ロボ』の様だった。
とてもじゃないが女の子が着て良い装備じゃなかった。
冒険者といえども私達は女の子なのだ。冒険の中でも少しはおしゃれをしたいのだ。ほんのちょっとでも良いから可愛くしていたいのだ。
でもあの装備はそんな事を全否定した見た目をしていた。おしゃれ? そんなこといいから防御力だ!! って感じだ。
流石にこれは、アンナの愚痴も致し方ないことだった。心中お察しします。ああ、私は可愛いローブで本当良かった。
「良いですよね! 他のみんなは可愛い装備が多くて。レフィーヤさんのローブだってすっごく可愛いじゃないですか! 私なんてどれも鎧、鎧、鎧、うぅうう」
彼女の嘆きは止まることを知らなそうだ。
吹き荒れる嵐のように怒涛の勢いで次から次へと止めどなく流れていく。相当普段から不満が溜まっているようであった。
ああ、なんて可哀想なアンナさん、ルララさんに関わったばっかりに……あれ? だったらもしかして私もいつか彼女の様な被害に会うんだろうか? ……なんだか有り得そうだ。そう考えると途端に不安になってきた。
「……でも、それでも、不思議とついて行きたくなる人なんですよね……」
はぁ、なんでなんでしょうかね? と溜息を付きながらアンナが言う。
確かにルララにはそれでも一緒に付いて行きたい、と思わせてくれる不思議な魅力があった。
「そうなんですよね……不思議です」
レフィーヤもそれに同意する。
やってることは意味不明で、理解不能で、無茶苦茶だが、彼女の行動は一直線にゴールを目指している様に思えた。一直線に行き過ぎて、何もかもぶち壊して突き進んでいる様にも思えるが……まあ、何も言うまい。
彼女は何事にも全力で臨んでいる。
どんな事にも全身全霊で挑んでいる。
手加減なんてものは全くしない。
その”全力”の次元がちょっと高度すぎるだけなのだろう。きっと、そうであると思いたい。
そして、なんやかんやいって、彼女の行動によって最終的に何事も最善の結果に帰結している。だからこそ、これほどまでに信頼を得ることが出来ているのだろう。
なんだかんだグチグチ言いながらも、アンナ達がルララに協力しているのもそれが理由だろう。
「……あの装備も性能面だけでいったらとんでもない代物ですからね。アレのお陰で高Lv.のモンスター相手でも全然平気で対処が出来ますし……ビジュアル面は本当に最悪ですけどね、ビジュアル面は」
「ふふふ、その点、私のは可愛いので良かったです」
山繭絹でできた肩から足までを覆う高性能過ぎるローブは、見た目もなかなか可愛くてパーティーのみんなにも好評だ。レフィーヤも気に入っている。
なんでも『ヴァンヤ・キャスターローブ』というものらしい。
その名の通り
「あー! レフィーヤさんまでそういう事言う! そういうこと言う人は……こうです!」
そう言ってアンナはレフィーヤの脇をくすぐり始めた。
「あ! ちょっと、止めて下さいよ……あはははは、もう、くすぐったいですよ」
「ふふふ、装備を自慢したバツですよ!」
「あははははは……もう、やりましたね、アンナさん! そっちがその気なら……えい!」
それに負けじとレフィーヤも反撃する。
「きゃぁ! あははは、レフィーヤさんも中々やりますね! それじゃあ、これならどうです? そぉい!」
「あはははあっはは……それは反則! 反則ですよ! あははははは」
可愛らしく戯れ合う二人は歳相応に見え、危険なダンジョンに潜る冒険者にはとても見えなかった。
いい
「……ッぁ!?」でも、それにしても……なんか、その……。
「っん! にゃぁ!?」さっきから彼女の手つきがなんというかこう……。
「はぅぅ!!」段々といやらしくなってきている気がする。
「も……もう、アンナさん! っちょ、止めて下さい! ッ! もぅ、お、怒りますよ!? ぁ!」
「ほれほれーここが良いんですか? ここが良いんですか?」
まるでレフィーヤの主神『ロキ』の様にセクハラ紛いな事をし始めるアンナ。なんやかんや言って彼女も
直感で危険を察知し、抵抗を強めるレフィーヤだったが時既に遅し、彼女はもはや悪魔の掌の中だった。
そして、その悪魔の名はアンナといった。
「ちょっ、ん! くぅッ……ハァ……も……ぁ! もぅ、ゃめて、下さぃ……」
息も絶え絶えに懇願するレフィーヤだがそれは逆効果だった。
頬を赤く染めて息を荒だてるレフィーヤは、こういっては何だがすっごく色っぽかった。
「……ゴクッ」
ゴクッ! と息を飲むアンナ。
既に彼女の目からは正気が失われ始めている。
「も……もう、許して……下さい」『はやくきて……じらさないで』
懇願するレフィーヤの言葉が、興奮したアンナにはそう囁いているかのように思えた。
かつての英雄ですら籠絡したこの台詞に凡人のアンナが勝てるはずがなかった。
ゆっくりとレフィーヤの上に覆いかぶさろうとするアンナ。レフィーヤの純潔は風前の灯火だ。希望の灯火なんてものは何処にもない。
そして、そのままアンナとレフィーヤは……。
「おーい!! そろそろ出発するぞぉー!!」
「ッッ!! ……残念、呼ばれてしまいましたね」
かつての英雄と同じ様に仲間の声に阻まれた。
「はぁはぁ……な、にが、残念なんですか! 何が! ……もう! 酷いですよ!!」
ようやく、解放されたレフィーヤはアンナに対して猛烈に抗議した。
あやうく“色々”と失いかけたのだ彼女の抗議は当然だった。
というかこの人そっちの気があったのか!? え!? 何それ怖い!
この人、人畜無害そうなふりして結構やばい人だった。やっぱりこのパーティー色々とみんなおかしい!
「まあまあ、許してくださいレフィーヤさん。それにほら、装備品を自慢したレフィーヤさんも悪いんですよ。ちょっとしたスキンシップってやつです」
「スキンシップって……」
彼女の返答は全くもって釈然としないといった感じだ。
「だいたい……「おーい、何やってるんだ? 早くしろよー、嬢ちゃん待ちきれなくて行っちまうぞぉー」
「はーい、分かってますよー! ちょっと待って下さいー!」
レフィーヤの抗議を遮った声に、しめたとばかりに返答したアンナは、続けて「さて、では、待たしていては悪いですから行きましょう!」と言って、さっさと行ってしまった。
「ちょっと! まだ話は終わって……もう、全く! 勝手なんですから……」
プンプンと怒りを露わにするレフィーヤ。もう、もう、全くもう!
とはいえ何時までも怒っている訳にもいかないだろう。こういった時にはポジティブに考えるのが一番だ。
先程のやり取りで、なんやかんやで親交を深められたのは確かだ。ちょっと深まり過ぎた気もしなくもないが、仲が悪いよりはずっと良いだろう。これで良かったのだ。
(そう、あれはスキンシップ。あくまでスキンシップなのよ、レフィーヤ。それ以上でもそれ以下でもない……うん、納得した!)
そうやって自分の中で納得をつけるとレフィーヤも仲間達へと向かった。
勿論、いつか必ず仕返ししてやろうと心に決めながら。
アダマン鉱あるならもっと良い装備が作れるんじゃないかって?
いいかい逆に考えるんだ。
ロボでも良いじゃないかって考えるんだ。
ダークライトとか新式IL70のタンク装備が結構好きな私は異端でしょうか(´・ω・`)
あれほどタンクらしい装備は他に無いというのに……(´・ω・`)