光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
数えるのも億劫に成る程こなしたカドゥケウス戦が再びやってきた。いい加減そろそろ顔パスで通して貰っても罰は当たらない気がする。
もう少し早く来ることが出来ればこんな七面倒くさい戦闘をせずに済んだのだが、復活してしまったものは仕方がない。ドロップ目当てだと己に言い聞かし気持ちを切り替える。ポジティブ思考ホント大事。
ここ最近じゃあカドゥケウスと戦う時はもっぱらソロであったが、今回は3名の初見と未クリア者1名の計4名が同行している。いわゆる出荷PTというやつだ。
もはや雑魚と言っても過言ではないカドゥケウスだが、流石に子守をしながら戦うのは些か以上に面倒臭い。
出来ることならば外で見学していて欲しいのだが、彼等──特にレフィーヤの強い要望によりそれは却下された。そんなに出荷が嫌なのだろうか。とっても楽で良いのに。
恐らくだが前回の経験が効いているのだろう。締め出しとか恥ずかしくて仕方がないので気持ちは分からないでもない。
それに
「俺がランクアップしたのは嬢ちゃんと最速でダンジョンを攻略したって『偉業』と、単独でドラゴンを調教したって『偉業』だな」
というのがリチャードの話だ。取り敢えず何かしらの
あの程度の事を『偉業』として認めて貰えるのであれば、適当な『偉業』をでっち上げてさっさとランクアップして貰いたいところだが、今回の様に短期間で立て続けにランクアップする事は本来あり得ない事らしい。
何でも、ランクアップするには必要最低限のステイタスを満たしている必要があるらしく、ステイタスはランクアップしたらゼロから再び開始される為あのタイミングで必須ステイタスを満たす事は事実上不可能なんだそうだ。
原因は不明だが、相対したドラゴンとの戦闘が相当高レベルで(とてもそうとは思えなかったが)急激にステイタスの向上があったのか、もしくはステータスボーナスなんてものが付いている装備品が何かしらの影響を与えているのかもしれない。
どちらもエオルゼア由来のものなので何かしらの
「お陰で
それに関してはどうでも良い。
取り敢えず検証も兼ねて、ある程度の装備で固めたアンナを単身27階層の階層主に挑ませてみたら、次の日にはきちんとランクアップして帰ってきてくれた。
その際、満面の笑みを浮かべて報告しに来てくれたので、馬鳥の如く酷使してぺろっては起こし、ぺろっては起こし戦わせた事は忘れてくれたみたいだ。
アンナからは事前につい最近ランクアップしたばかりと聞いていたので必須ステイタスを満たしていた可能性は低い。倒したモンスターもオラリオ産で強さも階層相応。
となると原因は装備品にある可能性が高い。例えば、ステータスボーナスにより向上したステイタスを
もしこの仮説が正しければ案外早く本格的な攻略に乗り出せるかもしれない。
ランクアップするのには年単位の時間が掛かると言われた時には流石に卒倒しかけたが、これなら大丈夫だろう。
階層主程度のモンスターでランクアップが可能ならば、カドゥケウス相手でも十分『偉業』として認められるだろう。腐ってもアラグ文明の鬼畜防衛兵器の第一の刺客。そんじょそこらのモンスターとは格が違うはずだ。
そう考えると彼等をこの戦闘に参加させるのは悪い判断では無い。
パーティーメンバーにはそこそこの装備を着させているし、最低限出来る事はして貰うので上手く行けば全員がランクアップなんて事もあるかもしれない。
となるとリチャードなんかは
取り敢えず必要最低限の注意事項だけを伝えて戦闘に参加させる事に決める。
カドゥケウスの『スチールスケール』を打ち消すダークマター・スライムの運搬は、そもそも運搬している奴が途中で死ぬので今回は無し。
背面攻撃の誘発も超える力を持たない彼等には、予兆が見えなくて死ぬのでそれもしない。
最悪死んでも
この二つを厳命し、後は適当にちょろちょろしていて貰う。運が良ければ2,3発当ててランクアップだ。
「分かりましたッ!!」
そう言う奴ほど分かっていなかったりするのだ。
血走った目で息荒く返事をするレフィーヤに本当に分かっているのかと一抹の不安を覚えながらも、まだ二回目だし緊張しているのだろうとその気持ちを察してわざわざそれを言う事をせず、タイタン・エギからガルーダ・エギに切り替えて戦闘を開始した。
*
ソロでのカドゥケウス戦で一番能力を発揮出来るのは召喚士かもしれない。
数多くのインスタンススキルを持ち、無詠唱の遠距離魔法も備え、主要ダメージソースが継続ダメージであることなどから、移動しながらの戦闘に最も向いたジョブであるからだ。
かつてそれは吟遊詩人の専売特許であったはずだがどうしてこうなったのだろう……。
特に一度に三種の継続魔法を付与できる『トライディザスター』と継続魔法の効果時間を15秒増やす事が出来るガルーダ・エギの『コンテージョン』のコンボは強烈で、こういった足を止める事の出来ない戦闘時には絶大なる効果を発揮してくれる。そうじゃなくても絶大なる効果を発揮してくれる。
後は適当にルインラを撃って、ミアズマバーストさせて、適時トランス・バハムートからのデスフレアをブチかましていれば勝手にダメージは加速していく。
大迷宮バハムートの攻略にバハムートの力を使うのは何とも矛盾している気がしないでもないが、そんな事は今まで散々やってきたことなので今更御託を並べるつもりは無い。
戦闘は危なげもなく数分で終了した。いやーカドゥケウスさんは強敵でしたね。
他のメンバーたちの尽力もあり、何時もより多少なりとも速く討伐出来た様な気がする。
遠隔組の二人も、のほほんと会話をしながらも何回かは攻撃を当てていた。
大変喜ばしいことだ。褒めてあげたい。今後、戦闘中に会話をするならPTチャットは控えたほうが良いともアドバイスしたい。丸聞こえであった。
ちなみに戦闘が終わった後のレフィーヤはまるで憑き物が落ちた様に清々しい顔をしていた。開始前とはえらい違いだ。戦闘中になにか得られるものがあったみたいだ。
カドゥケウスの亡骸の跡には、もはやお馴染みとなったアラガン製の装備品が残されていた。お待ちかねの時間である。
今回のお品物は『ヘビィアラガンアーマー』と『アラガンストライカーガントレット』。生憎、
ガントレットに関してはリチャード行きだ。
ただ、彼が装備している腕装備の錬精度がまだ中途半端な値なので
*
『クローン培養生成区画』という区画は魔科学研究所の生体兵器研究塔にある培養層に良く似た構造をしていて、中央にはもはやお馴染みとなった球体『培養システム』が鎮座していた。
その周りには大量のシリンダーが設置されているが、中身は薄暗くて良く見えない。まあ、どうせ入っているのは碌でも無いモノに決まっている。ドラゴンとか妖異とかキメラとかそんなのだろう……。
『培養システム』を適当に弄っていると上手い事いったのかすんなり起動した。
『警告シマス 当システムハ 関係者以外ノ使用ハ禁止サレテイマス 直チニ作業ヲ中止スルカ 認証コードヲ入力シテ下サイ』
何やら不穏な台詞が懐かしい言葉で聞こえた様な気がしたが気にしたら負けだ。
『培養システム』が起動した事によりエネルギーが流動し始め、エーテルラインが発光し区画全体に広がっていた。魔科学研究所のエーテルラインは黄色だったがこちらは青色だ。
区画全体にエネルギーが行き渡り、それに伴って照明が点灯した。これでシリンダーの中身もばっちし見える。
シリンダーの中にはレフィーヤの仲間達が保管されていた。
頭部だけとか、腕がキメラになっているとか、スライム化しているとか、全身バラバラとかになっているという訳でもなくみんな普通に五体満足で綺麗に保管されている。アラグ文明にしてはかなり大切に保管されているみたいだ。
ドラゴン族と比べて随分対応が優しい気がする。これでは差別である。ドラゴン族からの猛抗議が心配される……。
ただ嬉しい……屈辱的な事に揃いも揃って皆全裸であった。まあ、冒険者という人種は何かにつけて脱ぎたがる輩が多いので実に冒険者らしい処遇だとも言える。眼福である。アラグ文明良くやった。
レフィーヤの仲間は超える力で『視た』限りでは6,7人だった筈だがいつの間にか増えていたらしくこの光景はまさに酒地肉林の如くだ。
「イヤァアアアアアアアアア!!」
突如としてレフィーヤが奇声を上げた。
仲間達の全裸姿を見て興ふ……動揺しているらしい。憧れの人達だったらしいのでさもありなん。
そのままレフィーヤは座り込むと……これ以上多くは語るまい。
*
この世には嬉ションならぬ、嬉ゲロというものがあると新たに知る事が出来た。また一つ世界の真理に近づいた気がする。それ程までに全裸が嬉しかったのかレフィーヤ。
……と冗談でお茶を濁そうとしたが、流石に一向に止む気配のないレフィーヤのタイダルウェイブに尋常ではない気配を感じとったルララはレフィーヤの様子を伺った。
あらやだこの子『嘔吐』なんてデバフが付いてるじゃない。どうやらこれは状態異常の一種らしい。こんなデバフみたことないが、よくよく周りを見てみるとパーティーメンバーも『動揺』というデバフが掛かっていた。オラリオでは良くある状態異常なのかもしれない。
レフィーヤが
直ちに生命に影響は無さそうなので放っておけばその内なんとかなりそうだが、流石にスタック数が二桁に突入するのは居た堪れないので、学者にジョブチェンジしフェアリー・セレネの『フェイカレス』で状態異常を解除する。
「はぁ、はぁ、はぁ……す、すみません、ありがとうございます」
なに気にすることはない。ヒーラーとして当然の事をしたまでだ。決してその内なんとかなるだろうとか思ってもいなかったから。
デバフを解除され落ち着きを取り戻したパーティー達を確認すると、ルララは再び『培養システム』を弄ることにした。長年の経験からしてコイツをどうにかすれば何かしらある筈だ。
『警告シマス! 警告シマス! ソレ以上ノ操作ハ ラグナロク級拘束艦五番艦 『クローン生成培養区画』 使用規則二ヨリ 禁止サレテイマス 只今ヨリ 10秒以内二 認証コードノ 入力ガ無ケレバ 侵入者ト認識シ 撃退シマス!!』
もちろんそんな警告シカトである。
「……実は物凄く精巧な人形ってことは……ッッ!!」
『エマージェンシーモード!! エマージェンシーモード!! 培養中ノクローンヲ使用シ侵入者ヲ撃退シマス』
シリンダーに触れていたリチャードの台詞と共に『培養システム』が警告を発し、同時に唸りを上げて発光、回転、けたたましい警戒音が区画中に鳴り響いた。ああ、リチャードがシリンダーなんか触るからだよ……。
『培養システム』により目覚めさせられた冒険者達がシリンダーから飛び出して飢えた野獣の如き怒涛の勢いでこちらに向かってくる。全裸で。これが世に言うハーレム状態というものなのかもしれない。
だが非常に口惜しい事に彼等は皆、赤ネームだった。つまり敵だ。世の中そんなに甘くないということか……。
襲い掛かってくるクローン達を迎え撃つ。
クローンを見るのは初めてだったのかは分からないがパーティーの動きは鈍い。レフィーヤなんてへたり込んで身動き一つしない。折角『フェイカレス』で『嘔吐』と『動揺』のデバフを解除したのにあまり意味が無かった様だ。
もしかしたら珍しいデバフを受けていたので何か障害が発生しているのかもしれない。それならまあ仕方ないか……。
つい先程「私も出来るだけフォローしますから頑張って下さい……」なんて自信満々に言って頼もしげだったレフィーヤは何処に行ってしまったのだろうか……あの光景が遠い昔の様に思えてくる。
とはいえ肝心な時に役に立たないのは別にレフィーヤに限らず良くある事なので特に気にしない。むしろこういったシチュエーションは大好物だ。
パーティーメンバーには期待できず、多勢に無勢。圧倒的不利な状況。
しかもデバフの解除の為に召喚士から学者に着替えたので攻撃手段、特に範囲攻撃は限られてくる。あるのは精々ブリザラとミアズラとベインとシャドウフレア位だ。あれ? 意外に結構あるな。
そんな中、もはや烏合の衆と化したパーティーを守りながら、攻めてくるクローン達を薙ぎ払え! しなければならない。
それはつまり、足手まといを抱えながら回復と攻撃、両方こなさなきゃいけないという事だ。
それはなんて、なんて……燃える戦いなんだッ! 血沸き肉踊るッ!!
ルララはそういった類の敗北濃厚の戦いをとことん支え、転がっている仲間を叩き起こし、絶体絶命を切り抜けて、足手まといを抱えながら何処まで出来るかに挑戦する事に喜びを見出すタイプのヒーラーであった。
一糸乱れぬ連携で少しのミスも波乱も無い戦闘も好きだが、エンジョイ勢や初心者冒険者と共に波乱しか無い戦闘をするのはもっと好きだった。もっとカオスを! もっとカオスをッ!!
だからこの状況は望む所だった。むしろもっと窮地に陥ってもいいぐらいだ。具体的には自分以外死んでいるとか。
ルララの意識が戦闘に集中していく。集中が深くなれば深くなるほどルララの意識は自身から離れ上へ上へと上がっていく。
ルララは今、遥か頭上から戦場を見渡していて、戦場の端から端まで全てを把握することが出来た。
レフィーヤに襲いかからんとしているクローンも、ぎこちない動きながらも奮闘するアンナも、必死になって矢を射るエルザも、若干前かがみになっているリチャードも全て『視る』事が出来た。
これが何時もの感覚だ。これがルララの戦闘時の感覚だ。あまりにも広い視点なのでクローン達の細部が見えないのが大変遺憾である。
レフィーヤに迫ってくるクローン達を『ブリザラ』で足止めし『鼓舞激励の策』でバリアを張る。これでレフィーヤは当面は大丈夫だろう。
続けてフェアリー・セレネに指示を出し『フェイウインド』を発動させる。今日は機嫌が良いのかフェアリーは直ぐ様いうことを聞いてくれた。何時もこうだと良いんだけ……いいえ! 何デモナイデス妖精サン。
『フェイウインド』の効果によりパーティーメンバーの攻撃速度が強化されていく。続けて
レフィーヤとアンナに掛けた『鼓舞激励の策』により区画中のクローン達の敵視が全てルララに集中し一斉にこちらに向かってくる。おっ◯いぷるんぷるん。おっ◯いぷるんぷるんッ!!
全裸状態のクローンの攻撃はルララにかすり傷一つ付けられないが攻撃を受けたことにより『アイ・フォー・アイ』が発動、クローン達に物理攻撃力ダウンのデバフを付与していく。アイ・フォー・アイ。目には目をという事らしい。何処らへんが目には目をなのかは不明だ。
ただでさえ低かった攻撃力が更に低くなり、これならよっぽどの事がない限り『鼓舞激励の策』のバリアは突破出来ないだろう。むしろ効果時間が先に切れてしまうと勿体無いので是非突破して欲しい。
集まったクローン達を『培養システム』まで誘導していく。この区画を制御している『培養システム』を停止させない限りクローン達は無限に湧いてくる仕様みたいだ。
『培養システム』に『バイオラ』『ミアズマ』『バイオ』を掛けて『ベイン』で辺りに拡散させ、ついでに『ミアズラ』も掛けて周囲に毒と病気を撒き散らす。機械に毒や病気が意味あるのか甚だ疑問だが、アラグ文明とエーテルの力を信じろ!
ルララの魔法を受けたクローン達は体力もあまり無いらしく数秒で力尽きていく。最悪クローン達は『ミアズラ』だけでもどうにかなりそうだ。
だが『培養システム』に関してはそうでも無い。流石はアラグの機械兵器ということかまだまだ元気そうだ。もしかしたらコイツ、バハムートよりレベルが高いかもしれない。
ただ『培養システム』は所詮、培養システムなので攻撃手段は無い。言ってしまえばただの案山子なのでその内破壊出来るだろう。
順調に体力を削っていき残り50%を切ったところで、『培養システム』が激しく回転し発光すると追加のクローンが出現する。
再び追加されたクローンの内数体がレフィーヤを襲う。毎度、毎度ピンチになる娘である。ほんとヒーラー冥利に尽きる。
レフィーヤを中心にして『シャドウフレア』を設置する。これで敵視がルララに飛ぶ──と思っていたがそうは行かず、クローン達は執拗にレフィーヤに攻撃を仕掛けていた。どうやら敵視が固定されているタイプの様だ。
とはいえ展開したバリアのお陰でクローンはレフィーヤに危害は加えられずこのままでも危険は無い。その内『シャドウフレア』が彼等を倒すだろう。
『鼓舞激励の策』のバリアの効果時間が切れレフィーヤが無防備になる。だがそれも想定の範囲内。
すかさずフェアリーを操作しレフィーヤの回復に向かわせる。いけ! エオス! 君に決め……ああ! ごめんなさい、すみません、調子のってました! あの、回復お願いしますリリィベルさん……あッ! 本当ですか!? ありがとうございます!
マジパネェリリィベルさんの活躍でレフィーヤの周囲のクローンは殲滅された。リリィベルさんの忠実な下僕のララフェル族もそれなりに活躍したらしい。
妖精に使役される憐れな学者に注がれるレフィーヤの憐憫を含んだ視線が痛い。止めて、そんな目で見ないで……。
*
戦いは終わりに近づいてきていた。
『培養システム』の体力も残り20%を切り、残っていた全てのクローンを投入してきた。後はこれを全部倒せば終わ──『シャキーン!!』ルララの脳裏にリミットブレイクゲージが貯まる音が響く。丁度良いタイミングだ。
これまで全く良い所の無かったレフィーヤに最後の最後で汚名を挽回する機会を与え給う……。
そう考えレフィーヤの方に視線を向ける。
丁度良いことにレフィーヤもこちらを見つめていた。その瞳には若干憐れみが篭っている。何故だ。
レフィーヤと視線がクロスする。
見つめ合うと素直にお喋りが出来ないなんて事は無いので安心して欲しい。通じ合えるかはまた別問題だが、このエタバン寸前の絆があれば問題ない筈だ。
アイコンタクトでリミットブレイク! リミットブレイクッ!!! と必死に伝えるが何をまごついているのかレフィーヤはまごまごしていて何時まで経っても撃とうとしない。そんな馬鹿なッ!? レフィーヤ何してんの? LB遅いよ!
もしかしたら思い出パワーとか、絆パワーとかそんな不思議パワーが足りないのかもしれない。あんなに色々あったのに!
レフィーヤお願い! 思い出してこれまでの思い出の日々を……
そう思いながらレフィーヤとの思い出に思いを馳せる……げろげろ……ああ! 確かに碌な思い出がない。ゲロとか嘔吐とかタイダルウェイブしかない。おかしい、もっと色々あった筈なのに!
だがそんな思いが通じたのかレフィーヤは立ち上がり『リミットブレイク』の構えをとった。えぇ!? ゲロ? ゲロなの? ゲロパワーで通じ合えちゃうの!? ああ、もういいかこの際ゲロパワーでも。
レフィーヤはその手に持つ杖を地面に突き刺すと、祈るように両手を大きく掲げ天を仰ぎ見た。
おっし! 良いぞ!! もう一息だ!!! (ゲロ)パワーをメテオに!!
「いいですともー!!」一瞬、レフィーヤの姿がごっつい黒甲冑の暗黒魔道士と被った様な気がした。
『培養システム』を中心にして星が──天より降りし巨星が、凄まじい轟音と共に落ちてくる。
巨星が“ヤツら”をなぎ倒し、吹き飛ばし、押し潰していく。極光と土煙が上がり視界が真っ白になる。
レフィーヤのリミットブレイクによりクローン達は一掃された。
……そしてレフィーヤはペろった。
見事なまでに床を舐めていた。これじゃあ汚名を挽回なん……あああ!!
……うんそうだね、汚名は返上するもので挽回するものじゃないよね。ごめんね。でもリミットブレイク後の硬直で無事死亡って汚名返上できてないからね。いいよね。ファーラム。
*
気絶したレフィーヤはそのままかばんの中に仕舞った。
起こそうとも思ったが、レフィーヤは特殊な状態になっていたのでどうすることも出来なかったのだ。まあ、特殊な状態なら仕方がない。
無事『培養システム』とクローンを倒し、開放された区画『素体保管室』に進むとそこにはナンバリングが付けられているシリンダーがあった。
No.1からNo.14の内1から7までのシリンダー内部にはさっきまでわらわらと湧いていたクローンと瓜二つの冒険者達が保管されている。その背中には
「それでどうやって外に出しましょうか……あ、ルララさんはじっとしていて下さいね」
まるで人をトラブルメーカーみたいに……心外である。
「取り敢えず適当に操作してみるか?」
流石リチャード、賛成である。こういうのは適当に弄るに限る。何かあればどうにかすればいいのだ。
「それでどうなったか、たった今体験したのにもう忘れたんですか?」
「あーごもっともです」
「でも、操作方法なんて全然わかんないよ? 色んなスイッチ有り過ぎてどれがどれだか……」
「でも不用意に触るのは反対です……」
じれったいので隙を突いて勝手に弄る。安心して欲しいこういったのはアジス・ラーで散々弄ったので慣れている。任せてくれ。
「ああああ! ルララさん貴方って人は!!」
悪いなアンナ、このスイッチは押させてもらった。悪いとは思うが反省も後悔もしない。
ウィーン、ウィーンという音と『No.1番カラNo.7番マデノ排出ヲ開始シマス』という音声と共にシリンダー内部の液体が排出されていく。どうやら当たりを引いたみたいだ。
「お願いですからこれからは一言相談してくださいねぇ」
相談したところで答えは変わらないと思うが一応心に留めておく。留めておくだけだが。
液体が完全に排出されると、シリンダーが開かれ中の冒険者達が解放された。例によって例の如く皆全裸である。
「ッ!! ルララさんとリチャードさんはあっち向いてて下さい!!」
「お、おう!! というかそれ結構今更だよな」
「良いから今更でもあっち向くのー!」
戦闘中にそんな事気にする余裕なんてある筈無いのでガン見だったが本当に今更である。
慌てて後ろを向くリチャード。それに併せてルララも後ろを向く。
ヤ・シュトラの時もそうだったが同性なのになぜ駄目なのだろうか? というか男性も何人かいたと思ったがそれは良いのだろうか。
「脈拍は……ありますね。エルザそっちは?」
「うん、こっちもみんな大丈夫みたい」
「流石は第一級冒険者……というよりこの施設のお陰……か、あんまりこんな事言いたくないけど」
「でも無事で何よりだよ」
「そうだね、エルザ。ルララさん、リチャードさんみんな無事みたいです! ルララさん、何か被せるものはありませんか?」
流石に人数分の衣類は用意していない……ので今から作る。
「嬢ちゃんが今から作るってよー!」
裁縫師に着替え、適当なローブを簡易製作で人数分作っていく。……出来た。
「了解しまし……あ、もうできたんですね。ありがとうございます。あっ、こっち見ちゃ駄目ですよ?」
だから何故駄目なのか!? それが分からない。
「ふぅ、これで良し! はい、もう大丈夫です。こっち向いて良いですよ!」
振り返るとローブを着た冒険者達が横たわっていた。ふむ、これはこれでありかもしれない。
ところでお二人さんこちらの男性のイチモツは如何でしたかな?
「な、なに言っているんですかッ!? そんなの分かりませんよ!!」
「えっと……小、中、大で色とりどり?」
「エルザなに言ってるのッ!?」
まあいい、取り敢えず彼等をかばんに仕舞う。レフィーヤも中に入っているので同じファミリア同士仲良くしていて欲しい。
「やれやれ、何はともあれこれで完了だな! お疲れさん」
「本当、お疲れ様です」
「長かったー! おつかれさまー」
【お疲れ様でした!】
ようやく終わった。ダンジョンに潜り、カドゥケウスを倒し、クローンをなぎ払い、冒険者を救出した。中々に骨の折れるクエストだった。
さて、じゃあ帰ろう。荒れ放題の我が家へ。きっとアポロン・ファミリアの人達も待ち惚けしているはずだ。
精神を集中しテレポの詠唱を開始する。帰りはテレポで一瞬なので楽ちんである。
「悪いがこのままおめおめと帰す訳にはいかな──」
今回は長丁場だった。
レフィーヤがやってきてから色々あったし、ここまで来るのにも色んな苦難があった。
みんな疲れていたし、いい加減このパターンには嫌気が差していた。なんせ最近は帰ったら何時も襲撃者が待っている。
奇襲や不意打ちは慣れっこだった。
だからパーティーの皆の行動は迅速だった。
不貞な輩にする事はただ一つだ。
「なッ!?」
無粋な横槍を入れてきた謎の白い半裸の男に、剣と、拳と、矢と、魔法が襲いかかる。
「グァアアアアアアア」
有無をいわさぬ攻撃に襲撃者は一瞬で灰燼と化した。お疲れ様を言った後に襲いかかってくる奴が悪い。
「あーなんかたった今、積年の敵を討った様な気がする」
「何言ってるんですか?」
「いや気にしないでくれ。
「可笑しなリチャードさんー」
リチャードの話は置いといて
「……やはり気付いていたか。流石だ、光の使徒よ」
そう言いながら姿を現したのは蜂蜜色の髪をした青年だった。イケメンだ。イケメンがいる。死ねば良いのに。
「お、おう! もう一人いたのか……」
「ッ! 気付きませんでした……ヤりますか?」
「こっちは何時でもいけるよー!」
新たに現れた謎の男に素早く臨戦態勢をとるパーティー達。
良い反応だ。急な雑魚沸きにも慌てず対処出来たし日頃の修練の賜物だろう。
「悪いが戦うつもりは無い……だから武器を収めてくれないか?」
イケメンがそんな事を言ってくる。
そう言うヤツは大抵油断したら不意打ちしてくるものだが気にせず武器を収める。光の戦士は話の分かる──空気の読める冒険者なのだ。
それに光の戦士は
「おいおい、嬢ちゃんそれで良いのかよ……」
「そうです。さっきの白い人はやる気満々でしたよ。彼はお仲間じゃないんですか?」
「そうそう『戦う気は無い』なんて言っても説得力ないよ!」
一体みんないつからそんなに血気盛んな戦闘狂みたいな性格になってしまったのか……。
誰かれ構わず攻撃するなんて駄目絶対。
「嬢ちゃんだけには言われたくないな……」「ルララさんだけには言われたくないです……」「ルララちゃんが言うのはちょっと違う気がする……」
人をまるで誰彼構わず攻撃を仕掛けるバトルジャンキーみたいに言わないで欲しい。
これでも線引きはしっかりしているつもりである。赤ネームは敵。それ以外は敵じゃない別の何かだ。
「君達に危害を加えようとした事に関しては素直に謝罪させて貰いたい。君達の実力を測るような真似をしたのは事実だ」
「それで仲間をけしかけるってのは気に入らねえな」
リチャードが食って掛かる。かつて仲間を残し自分一人が生き残ったリチャードにしてみれば受け入れがたい事だろう。
「仲間……仲間ね……生憎、テンパードである彼とは志を共にする同志であっても仲間では無い。利用し、利用される関係さ。尤も彼はそうは思っていなかったみたいだけどね」
イケメンが澄ました顔で良くいる三流悪党みたいな台詞を言う。結構様になっていて憎たらしい。
こんな事言われたら捨て石にされた白い人も浮かばれないだろう。信じて挑んでみたら返り討ちにあったとか死んでも死に切れ無さそうだ。まあ、死んでるんだが。
「しかし、流石は光の使徒とその仲間達といったところか。テンパードになって強化されていたはずのオリヴァスを一瞬で倒すとは想定以上だった」
「オリヴァス? てめえ、今、オリヴァスって言ったか!? じゃあ、さっきのはオリヴァス・アクトだったのか!? あいつ生きて……いやもう死んでるか……じゃあてめえは『闇派閥』の残党か!?」
「悪いがそれも違うよ、あんな憐れな
いえ、分かりません。何故だろう? 変な性的嗜好でもあるんだろうか。キメラ趣味とか。アラグ文明に肩入れする理由はそれぐらいしか思い浮かばない。
「さっきから話が意味不明なんですが……」
「理解する必要は無い。所詮君達には関係の無い話だ」
だったらごちゃごちゃ言わずにさっさと帰ってはどうだろうか。
こういった黒幕ぽい奴の言っている事はいちいち意味深で分かりづらくて困る。
もっと単刀直入に言って欲しい『私は黒幕です。私を倒せば世界は救われます』位分かりやすければ簡単で良いのに。
「……随分と強気ですね。貴方の方こそ今の状況理解してますか? 4対1ですよ?」
アンナも少しカチンと来たのか強い口調で言った。
「君達こそ、
「てめぇッ!! 言わせておけばッ!!」
怒号と共に放たれた矢の如くリチャード達がイケメンに襲い掛かっていく。
「やれやれ、戦いに来たのでは無いのだが……っな!」
イケメンがリチャード達に手を翳すと強烈な衝撃波が放たれた。
衝撃波をもろに受け吹っ飛ばされていくパーティーメンバー達。
「……流石に君は微動だにしないか」
棒立ちは得意だからな。完全に傍観者だったよ。
それよりもイケメンと二人きりになってしまった。ああ、蕁麻疹出そう。
「さて、戯れはこれ位にして今回はこれで退こう。目的も達したし収穫もあった。それではまたいずれ会おう光の使徒よ」
そう、イケメンが仰々しく格好つけて
ありがちなイケメン、イケメンした奴と二人きりとか拒絶反応が出てきそうだったのでほっとした。
「ルララさん大丈夫ですかッ!?」
心配そうな口調でアンナが駆けつけてくる。
イケメンに汚されそうになりました。その小さな胸で慰めて下さ……ああ、甲冑着てるから無理か。大丈夫だ問題ない。
「それで、結局あの人は何だったの?」
エルザが疑問を零す。
本当に何だったのだろう。いきなり現れて、好きなだけ喋って、名乗りもせず帰るとは自分勝手な奴である。
「色々と気になる事は多いが取り敢えず帰ろうぜ……また何かあったら堪ったもんじゃないぜ……」
確かに考えるのは家に帰ってからでも遅くはない。
「ですね。帰りましょうか」
「だね、もう、つーかーれーたー」
そうと決まればもうここには用は無い。
今度こそテレポを発動しルララ達はダンジョンを後にした。
*
それで首尾はどうだったんだい?
想像していた以上だったよ。光の使徒だけでなく仲間達も順調に育っていた。
ふうん。じゃあオリヴァスを捨て石にしただけの収穫はあったんだ。
ああ、まさか一瞬で倒されるとは思っていなかったから、少しちょっかいを出してみたが直ぐに止めて正解だった。戦っていたらきっとここには帰って来れなかっただろう。相対しただけでも彼女の強さは十分理解できた。
星に選ばれるだけの事はあると?
それはもう、彼女以外に適任はいない程にね。
でも
私はあくまで進行役。憐れな狂言回しだ。彼女とは格が違いすぎる。
そうかい。……それで、次はどうするんだい? 今度は私が捨て石かい?
所詮、計劃の前では私も含め誰も彼もが捨て石だよ。……さて、バハムートの修復作業の進捗状況は?
ほぼ完了。後は出来るだけ信者を増やすぐらいかね。アンタの方は?
ラキア王国軍のテンパード化は終了した。オラリオの方も『起点』と『拘束具』の設置は完了している。後は光の使徒……だけだ。
それも時間の問題なんだろう?
ああ、そう遠くない時期に神々は自ら望んで光の使徒を排斥する事だろう。そうなったらもう止められる者はオラリオにはいなくなる。そうすれば『ラグナロク計劃』は完遂する。
『ラグナロク計劃』ね……そう上手くいくのかね。
いかせるさ。じゃないとこの星は──
──お終いだ。