光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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アンナ・シェーンの場合 3

 ダンジョンの入口に着いたアンナたちは、各自装備の最終チェックを行っていた。

 

「そう言えば、まだ、ルララさんが何の武器を使うか聞いていませんでしたね」

 

 アンナは、腰に携えた新品の長剣のチェックをしながら、いまさらながらに結構重要なことを聞いた。

 いくら、常識はずれ──おとぎ話のお姫様が着ているようなドレス──の格好をしているルララでも、流石に武器を持たずダンジョンに入ることはしないだろう。

 

「どんな武器を使うのですか?」というアンナの問いかけに、ルララは背中に装着していた『天球儀』を構えてアンナに見せつけた。

 

「……も、もしかしてソレが武器ですか??」

 

 アンナは、お願いだから冗談であって! と切に願いながら再度問いかけるが、儚きかな、ルララの返答は”是”であった。

 アンナは軽い目眩を覚えるのを感じると、目頭に指をあて強く押し付ける。

 

『天球儀』『テンキュウギ』『てんきゅうぎ』

 

 アンナは決して自らが賢い人間であるとは少しも思っていないが、天球儀がどんな物で、何であるかは知っているつもりだ。

 

『天球儀』──それは天球を表す球面上に天体、星座の位置、軌道等を示したものだ。

 彼女の知識では、それを使って偉い学者さんたちがあれやこれや難しい問題にとりかかったり、星々の動きを観察したりしているそうであるが、詳しくはしらない。ここで重要なのは、ソレは学問のための『道具』であって、まかり間違っても『武器』ではないということだ。

 一体彼女は、その天球儀でどうやってモンスターに対抗するのであろうか? 殴るのか?

 アンナは、天球儀を用いて、モンスターに殴りかかるルララの姿を想像する……必死になって殴りかかっている幼女が見えた……。

 

(……可愛い……でも、これはない!!)

 

 確かにその姿は愛くるしいとも言えなくもないが、これでは、まともにダンジョン探索することは出来ないだろう。しかし今から武器を調達していては日が暮れてしまう。日の出とともにやってきたはずなのに、これでは本末転倒だ。

 

(これは結構、骨の折れる仕事になりそうね……)

 

 元より、ルララの戦力は期待していなかったアンナであったが、多少腕に自信があると言うルララの言い分を信用して、実力次第ではある程度自由に行動させてもいいかと考えていたが、その考えはどうも撤回せざるをえないようだ。

 

(とてもじゃないけど、ダンジョン内では自由に行動させるのは危険ね。いままでに見せていた行動力に、ちょっとだけ期待していたけど、もしかして過大評価だったかな?)

 

 アンナは、道中にみせたルララの行動力に対し、なんだかんだ好印象を抱いていたが、その評価は改める必要があると考えていた。

 それほどまでに、ルララの装備は常識はずれだったのだ。

 

(ふぅ……仕方ない……)

 

 一度ため息をしながら、アンナはルララに言った。

 

「ルララさん、今日の作戦を伝えます。まずダンジョン内では私が先行します。ルララさんは、何があっても絶対に、私の前に出ないようにして下さい。それから、何か見つけたら、まず、必ず私に報告して、自分の判断で行動しないようにして下さい。ダンジョン内ではモンスターも出ます。相手は私がするので、ルララさんは手を出さないようにしてください。もし危険を感じたら些細な事でもいいので私に言ってくださいね」

【わかりました。】【がんばります!】

 

 ルララは先程から行っている──何やら何度もカード? を引いている──行為を中断し、アンナの方に顔を向けて答えた。

 

(……ほんとに大丈夫かな……?)

 

 アンナは、ルララのあまり感情のこもっていなさそうな返答に、一抹の不安を覚えながら(えぇえい! 私が不安になってどうする!!)と心の中で自分を叱咤し、自らの頬を叩き活を入れた。

 一方のルララは、アンナの方を向き、左右の腕を”大きくそれぞれ逆方向に一回転させ、正面で合わせたのち、一度クロスさせ、その後大きく横に広げる”という謎の動作を3秒ほどかけて、それを二回ほど続けて行っていた。

 

「よっし!じゃあダンジョン探索いきますよ!!」

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします!】

 

 こうして、アンナとルララのダンジョン探索が開始された。

 

 

 

 *

 

 

 

「フッ!!」

 

 大きな掛け声と共にアンナが繰り出した横薙ぎの一閃は、ゴブリンの右わき腹に吸い込まれるように入り、そのまま、さしたる抵抗も感じさせずに胴体を真っ二つに分断した。

 その威力の高さは、彼女が踏み込んだ地面のへこみが物語っている。

 

 「はぁっ!!」

 

 続けざまに、アンナは、その背後に隠れるようにして立っていたゴブリンに飛びかかると、大きく斜めに剣を振るい、その一撃で呆然とした表情のゴブリンの命を奪い──。

 

 最後に、仲間を倒され逃げ出したゴブリンに、一瞥を加え目を細めると、彼──もしかしたら彼女かもしれないが──めがけて手にした長剣を投擲した。

 投げられた剣はゴブリンの背中の中央──丁度彼等の弱点である”魔石”のある部分──に寸分の狂いもなく突き刺さり、それがとどめとなってゴブリンは断末魔をあげて絶命した。

 

「……とまぁ、こんな感じで、ダンジョン内ではモンスターがでます。それで──」

 

 そう言うと、アンナは先程倒したゴブリンの死体に近づいていく。不思議な事にゴブリンの死体はすでに半分以上が消失しており、しばらく経つと完全に消えてしまった。

 あとに残されているのは淡く光る何かの結晶“魔石”だけであった。

 アンナはその魔石をひとつひとつ丁寧に拾うと、ルララに渡した。

 

「──これが”魔石”と呼ばれるものです。殆どの場合、私たち冒険者はこれを目的にダンジョンに潜ります。“魔石”は例外なくモンスターの胸部にあるので、一撃で倒したい場合はそこを狙うといいですよ」

【なるほど。】

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョン内部を探索するアンナは、満面の笑みを浮かべ、実に上機嫌であった。

 なぜ彼女がこんなにも上機嫌なのかというと、ダンジョン探索が、アンナの想像に反してすこぶる順調であったためだ。

 

 現在、アンナたちは地下4層を探索中である。

 

 アンナが懸念していたルララは、予想に反して、最初に伝えた作戦を忠実に守っているようだ。アンナの後ろをつかず離れずの距離を保ちながらしっかりと歩いている。

 ときおり、背中に背負っている彼女の武器──認めたくはないが彼女が言い張るのだ──『天球儀』を取り出しては頭上高くに掲げたり、ダンジョンに入る前にもやっていたが、どこからかカードを取り出してはこれまた高らかに掲げたりする等、変わった行動をしているが、まぁ彼女の行動が変わっているのは今に始まったことじゃない。気にしないでおこう。

 

 特に実害は無いし放っておいても問題ないだろう、というのがアンナの判断であった。

 ここにくるまで、ルララが戦闘という戦闘に参加したわけではないのだが、ルララの動きには迷いはなく、その服装を見なければいっぱしの冒険者然としていた。

 

 ルララは、ダンジョン内を興味深く見渡しては、ときおり、アンナに質問を投げかけるなどの余裕も見せている。

 冒険者の主目的である”魔石”や、ダンジョン内を徘徊する”モンスター”など、ルララにとっては真新しいものばかりであり、事前にある程度の知識があったとしても実際に見るのでは違うのだろう。

 

 百聞は一見にしかず。

 ルララは事前の予習も大事だが、一番大事なのは実際に経験し体験することであることを、良く知っているようであった。

 

「ダンジョン内のモンスターはどこから来るのかというと、ダンジョンの天井や地面、壁から生まれてきます。いうなれば、ダンジョン全体が一つの生物であるといえますね。ですので、モンスターがいないからといって安心しないで下さいね、突然、壁からモンスターが! なんてことはよくあるんですから」

 

 アンナはそうルララを諭すように教えるが、その実もうあまり心配はしていなかった。

 これまでに何度かあったモンスターの襲撃にも、動じず、的確に、対処──といってもアンナの後ろに回るということだけだが──してみせたルララは当初の予想をいい意味で裏切り、アンナに再評価させるに至っていた。

 

(人を見かけで判断してはいけないって言うけど、ここまでとは正直びっくり)

 

 元々、小人族(パルゥム)を見かけで判断してはいけないというのは、冒険者内でも常識である。とはいえ今回の失態に関してはアンナにも、もちろんエイナにも落ち度はないだろう。

 今回こんなにも彼女達がルララを侮った原因は、あまりにもルララが常識はずれ過ぎたせいなのだ。

 どこの世界に、フリフリのドレスを着て、ダンジョンに行こうとする冒険者がいるだろうか? いやいない。

 事実、あのベテラン受付嬢であるエイナも、彼女の実力を判断しきれていなかったのだ。

 

(とりあえず、帰ったらエイナさんには、『彼女は合格です』って伝えないとね)

 

 そして、それに輪をかけて彼女の機嫌をよくしているのが、当初の目的であったおニューの武器の試用が想像以上にうまくいっていることが挙げられる。

 

 いままで使っていた剣では下層のモンスター相手にこそ苦戦することはなかったが、一撃で倒すことは殆どなく、平均して3~4撃ほど必要であった。

 しかし今日のアンナは、遭遇した全てのモンスターを一撃のもと葬っている。

 それに加え、普段からは想像もできないような速度で動けたり、下層とはいえ少し梃子摺(てこず)るような防御力の高いモンスターを相手にした時でも、一撃で粉砕したりしているのだ。これで調子にのるなという方が無理があるだろう。

 

 そういった思いがけない速度向上や攻撃力の上昇を発揮できるのが常にではなく、たまにだというのが不思議といえば不思議だが、それは些細な事だ。

 何故かというと、この不思議な変化は結構頻繁におきているのだ。もし何か体に異常を感じたらすぐにでも探索をきりあげ帰還する腹積もりだが、今のところ体に異常はない、あまり心配しすぎるのも問題であろう。

 

(今日は、かなり調子がいい! あぁ、体が軽い! もう何も怖くない!!)

 

 そんな具合に、若干の死亡フラグなんて物ともしないほど、本日のアンナは絶好調であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「そろそろ、戻ったほうが良いですかね」

 

 そう切り出したのは、当初の予定よりも深い階層『第7層』にて休憩をとっていた時のことだ。

 思っていた以上に動けていたルララと、絶好調である自身の調子、そして何よりルララの要望もあって、少し深い階層に来ていたアンナたちであったが、そろそろ潮時であると判断してアンナはルララにそう提案した。

 

【なるほど。】【残念です。】【わかりました。】と素直に返答するルララ。

 

 こういった問答もすっかり慣れたものだ。

 ダンジョン探索していてわかったことだが、ルララは先ほどの返答のように、少し無機質で感情のこもらない返し方をする。

 じゃあ、愛想がないのかというとそうでもなく。探索中、無意味にアンナに微笑んでみたり、突然満面の笑みでダンスを踊りだしたりと、その可愛らしい見た目もあって愛想は抜群にある。まぁ、彼女の奇行に引かなければの話だが……。

 

 どうして、そんな彼女が見た目とは全く違う印象を与える言葉遣いをしているのか、聞いてみたところ……。

 

【答えたいけど表現がわかりません。】

 

 と言われてしまい、それ以上は何も言えなかった。

 

(もしかしたら、彼女の出身地や部族にはそういった風習があるのかもしれない)

 

 と考えたアンナはそれ以上の追求をすることはなかった。

 みんな誰しもが、何かしらを抱えて生きているのだ。

 そして冒険者はそういったことにはお互い触れないのがしきたりだ。

 

(それに、それで、ルララさんの印象が悪くなることもないしね)

 

 ここに来るまでの短い時間であったが、アンナとルララの間には確かな信頼関係が結ばれていた。この程度ではその関係が揺るぐことはない。

 そんな思考を巡らせながら、アンナは帰還のための準備を始めたルララを見つめる。

 

(思えば随分と色々あったなぁ)

 

 おニューの武器を試したい一心で、朝早くから宿舎を飛び出したのも束の間。ギルドで思いがけない出会いがあり。今思えば、道中の途切れない依頼をなんとかこなしたのもいい思い出だ。

 

『早起きは、3ヴァリスの得』という諺がオラリオにはあるが、彼女にとって早起きは、3ヴァリス以上の価値があったようだ。

 

(まぁ、実際エイナさんからは、1万ヴァリス貰っちゃたしね)

 

 そんな身も蓋もないことを考えていると。

 

【準備完了!】

 

 どうやら準備ができたらしい。

 アンナは立ち上がって、背伸びをすると、ルララの方を向いて言った。

 

 

「それじゃあ、そうと決まれば休憩もこれまでにして、帰りましょうか!」

【わかりました。】【お疲れ様でした!】

 

 そう言って二人は地上に向け移動し始めた。

 

 

 

 


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