光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
愛用の紀行録 4-1
半人半蛇の呪詛の声が響き渡り、石化ビームが乱れ飛ぶ。
長年の経験から迫り来る危機を何となく察知し回避しようとする。だが、四方八方から飛んで来る味方からの無慈悲なテロに完璧に対応するのは難しく、あっと思った瞬間、まるで身体が石像にでもなったかの様にぴくりとも動かなくなった。
ああ、これはもう駄目かもしれんね……。
そんな状態になっても視線と思考は確かに生きていて、否が応でもこれから起きる惨劇を目撃しなくてはならない。
諦めと達観が胸に去来する。
ふと、同じ様にして固まる一つ目巨人が視界に入る。彼等を見ると何故だかは分からないが得体の知れない仲間意識が芽生えてくる。
是非とも同じ石像になった同士仲良くしたいものだ。だからお願い、石化が解けてもその棍棒で殴らないで下さい……。
彼等──ルノー──は予め打ち合わせして指定された場所にきちんと整然として並べられて──いるはずもなく、何の秩序もなく戦場の至る所に好き勝手並べられていた。
これでは石化ビームが百花繚乱するのも仕方の無い事だ……そう、仕方の無い事なのだ。彼等はワザとやっている訳じゃない、決してワザとじゃ無いのだぁ。
そう思うルララの視線の先には設置されたCマーカーが虚しく輝いていた。
女性型の合成獣から火球が放たれる。
その怨嗟の炎によって、シアンスロープ族の少女とエレゼン族の少女が焼き尽くされる。
その姿を石の中から為す術も無く見つめる。
何とか石化を逃れた
結局、二人は上手にこんがり焼けました。
続いて今度は蛇女の大剣が振るわれ、更に間髪入れず尻尾がうなる。
ヒューラン族の男女が“それ”をまともに受け、身を切り裂かれ、串刺しにされる。
そんな悲惨な光景を『あーあ』と思いながら見つめる。
そして、最後は彼女の番だ。
抵抗をする事すら許されない状態のルララに、猛ダッシュする一つ目巨人と半人半蛇の怪物が迫り来る。
一緒に石化していた仲だというのに、とんだ裏切りである。あぁ、ルノー先輩貴様もかッ!
視界一杯に埋まる化け物達に蹂躙される現状をまるで他人事の様に思いながら、そして──
──彼女達は全滅した。
という“夢”を見たのさ!
*
レフィーヤのクエスト後パーティーメンバー達の様子が明らかに変わっていた。
えっ!? 君達、何時からそんなガチ勢になったの?? っと困惑するぐらいにやる気満々のレイド勢に変貌したのだ。
信じて送り出した若葉ちゃんが死んだような目でブツブツとスキルを呟くガチ勢に変貌して帰ってきてしまった心境に似ている。
前々からそれなりにやる気がある事にはあるメンバーだったが、何が切っ掛けだったのかはしらないが随分積極的に攻略に臨む様になったものである。
ゆっるゆるの、キャハハ、うふふ勢のライト若葉ちゃんが一体何があったか分からないがガッチガチのレイド勢に目覚めることなんて事は稀に良くある事なので、そんなに、おおお驚かななない。光の戦士は驚かない! あわわわわ。
もしかしたら前回出荷された事に対して何か思う所があったのかもしれない。とは言えこれは悪い兆候では無いので生暖かく見守ることにする。
願わくは、これ以上ガチに傾き過ぎてあかん雰囲気を醸し出さない様にして欲しいばかりである。
最近は彼等のやる気に応える様な形で、主なレベリング場が40階層クラスから50階層クラスへと移り変わった。
基本的に拘束艦の防衛兵器達からは経験値等は得られないのだが、エオルゼアの冒険者とは少し変わった成長方法をとる彼等の場合はそんな事関係無いらしくガンガンと成長していく。
拘束艦に出現する防衛兵器達は最も弱い部類でもLv.6で、これまでの階層と比べて経験値効率が段違いだ。
特に52階層以降のいわゆる二層クラスになると出現する防衛兵器の強さももう一段階上がる。
中でもクローンとか、クローンとか、クローンとかがかなり狙い目だ。
前回大漁発生した培養区画では、既に中の人が不在にも関わらず有難い事に再びクローンの培養が進められていた。
この場所ほどレベリングに適した絶好の狩り場は有るだろうか? いや、無い。
本当、アラグの防衛兵器さまさまである。
すっぽんぽんでは無く、アラグ帝国の式典用装備を身に纏って色々と培養システムに弄られまくった彼等はもしかしなくても元ネタの人よりも遥かに強化されていて些か面倒なので、出来るだけ生まれたての全裸の奴を優先的に狙っていく。
念の為、決して性的な意味で裸の子達を狙っているという訳ではない事はここに断言しておきたい。Lv.的にはどちらも同じなので、弱い方を狙うのは当然の事なのだ。
少し背徳的な感じがするがレベリングの為だ、致し方無し。
その最中、レフィーヤの目が若干曇っていて、すわ、またゲロデバフの再来かとも思ったが、今では神か仏かと思うほどに達観した瞳をしているので問題ないだろう。
そんなこんなを連日繰り返していく内に、気が付いたら女性陣のLv.が全員4にまでなり、彼女達の装備品の錬成度もMAXになった。
まだLv.的には充分とは言えないが、メンバーの士気が高まっている事も相まってそろそろ本格的な攻略に乗り出しても良い頃合いかもしれない。
哲学素材の新式装備では無く、アダマン等を使ったきちんとした装備で整えれば このLv.でもなんとか戦える筈だ。
そして──そう考えて意気込んで挑んだメリュジーヌ戦であったが、結果はお察しの通り、物の見事に返り討ちにあった。
どんなにLv.を上げようが、装備を整え様が容赦なく死ぬ。それがレイド攻略と言うものである。
もう、いっその事何とかコイツをソロで倒す方法を考えた方が速いのかもしれない。
*
何回かメリュジーヌと戦って見て分かった事が幾つかある。
その中で特に幸運だったのはメリュジーヌの強さが分かった事だ。
この階層のメリュジーヌは、胡散臭い異邦の詩人が盛りに盛った零式メリュジーヌでも、実装したてで絶好調のメリュジーヌでもなく、拘束艦が機能停止した後に弱体化した緩和メリュジーヌと同格であった。
前者二つに比べるとこのメリュジーヌさんは相当有情な存在である。ありがたや、ありがたや。
まだ拘束艦を停止させていないのに何故こんな粗悪品とも言えるメリュジーヌさんが誕生したのか不思議だが、もしかしたらこの拘束艦にあまり余力が無いのかもしれない。
例えばだが、バハムートの再生に多くのリソースを割いており防衛兵器に手を回す余裕が無い、だとか、この地に眠っている拘束艦はこれ一艦のみでこの艦にかかる負担が相当大きい、だとか、そんな所だろう。
戦闘中、石化しても一撃死する事はないし、最強無敵生物のルノー先輩の渾身の一撃もその大きな棍棒と体格の迫力に見合わず大した威力は無い。
ルノー先輩のあの盛り上がった逞しい筋肉は全てただの見せ筋へと劣化してしまった。
あぁ、諸行無常。
しかし、それでもあの鬼畜古代文明が生み出した狂気の防衛兵器である。腐って落ちぶれても絆クラッシャーの異名は伊達では無い。
ちょっとでも油断をすれば一気に全滅にまっしぐらだ。
彼等にとってこれが初めての本格的なレイド戦となる。
これまでのチョコボの雛みたいに後ろからちょろちょろと付いてくるだけで良かった生温い戦闘とは全く別次元の、ワンミス即全滅という果てしない緊張感の中で戦わなくてはならないのだ。
押し掛かる
それでも、徐々にだが確実に攻略は進んでいた。
これも何度も全滅して得られた重要な収穫だ。
彼等は『超える力』を持っていない。全ての戦闘は
だがそれは違った。
全ての戦闘が無予習状態からの完全初見で始まる筈であったのだが、何度か戦闘をこなしていく内に彼等が「あれ? それ、何だかさっきも同じ様な事を聞いた様な……」と朧げながら既視感を覚える様になったのだ。
これは嬉しい誤算だ。
『超える力』が彼等に何らかの影響を与えているのか、もしくは
もしかしたら、パーティーを組めばステータスにボーナスが付いたりする様に、一部『超える力』が彼等に宿っているのかもしれない。
これで毎回一々最初から最後まで全てを説明しなくて済む。大分攻略が楽になる事は間違いないだろう。
さて、かなりの収穫があった今回の攻略だが、今日はこれぐらいにした方が良いと判断する。
チラっと仲間の顔を窺うと明らかに彼等の顔には疲労の色が出ていた。
無理もない。朧げであるとはいえ何度も死闘を演じて、自分が無残に殺される所を幾度となく経験するのは相当キツイ事だろう。
あまり無茶をさせると固定崩壊の危機なので今回はこれぐらいで切り上げる事にしよう。バイバイメリュジーヌさん。
【対戦を終わりにしましょう。】
「……異議なし」「了解」「お疲れ様でした」「……ゥボァー」
ルララの
そして、そんなこんなで家に帰ってきたら……向かいの教会が無くなっていた。
それを見て全てを察する。
気分転換に新たなクエストに挑むのも一興かもしれない。
*
「頼むッ! この通りだ! 僕に、僕達に君の力を貸してくれ!!」
アポロン・ファミリアによって住む家を無くしたヘスティア・ファミリアを居候させ初めて数日後、ヘスティアからそんな“お願い”をされた。
たわわに育った大きな果実を、精一杯床に押し付けながら懇願する姿は全くけしからん姿である。
彼女だけに限らずオラリオの多くの冒険者は発育が良い傾向にある。何を食べたらそんなに成長するのだろうか?
特にヘスティアの眷属の男の子と仲良くしている小人族の少女(確かリリカルだとかマジカルだとかそんな感じの名前だったはずだ)は顕著だ。彼女のお胸は、それはそれは立派なまでに大きく成長している。
ララフェル族最大級の脅威の胸囲100を誇る大草原巨乳を持つルララよりも遥かに巨乳なのだから、その凄まじさが分かるだろう。もはや巨乳を超えて爆乳と呼べるレベルだ。
あの領域に至るには怪しいお薬や、謎のMOD、古代文明による魔改造でもしなければ到達不可能だろう。
是非ともその謎を解明したいものである。別に羨ましい訳ではない。あそこまでデカイと特殊な性癖をお持ちの一部の方にしか需要が無いだろうしな……。ララフェル族自体にニッチな需要しかない事はファミリアの皆には内緒だよ!
さて、どんな内容にせよ“お願い”されてしまっては断る訳にはいかない。
それに大事なマイホームを焼き払うとか完全に白ルガ案件なので、必ずやかの邪智暴虐なるアポロン・ファミリアを除かなくてはならないだろう。大丈夫、安心して欲しい、彼等とは何度も戦闘経験があるので大方の構成員や能力は把握出来ている。
今から、これから一緒に殴り込みに行っても良いぐらいだ。えっ!? それは要らない? アッハイ。
*
「それで、その
ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦争は宣戦布告と同時に全面戦争と言う訳では無いらしい。両者の雌雄は一週間後に行われる
コンテンツ参加待機時間が一週間とか過っ疎過疎だと思うのだが大丈夫だろうか?
「戦闘形式は『殲滅戦』……」
殲滅戦はカルテノー平原の戦闘訓練で散々ヤッたりヤられたりしたので良く知っている。要するに全員倒せば良いのだ。
そういったのは得意分野なので任せて欲しい。
「制限時間は三日間……」
雲海探索もびっくりの制限時間である。
72時間も戦うとかそんなに暇じゃないので30分くらいで終われる様に頑張ろう。
「場所はシュリーム平原……」
てっきり都市内で切った張ったをするものだと思っていたが、
オラリオは、入るのは楽でも出るのは中々難しくて面倒だったので久々の外出に少しわくわくする。取り敢えず風脈探しをしよう。久々に空を飛びたい。
「……これで、以上だ」
これで以上である。
細かいルールはまだあったが主要なルールはこれで以上なのである。えっと……本当にそれで良いのか、大丈夫なのだろうか?
念の為、個人的に気になるところをヘスティアに聞く。後でルール違反といちゃもん付けられても困るし一応確認しておく。
薬品とかの制限は? 「無いよ」
レベルシンクは? 「何だいそれは?」
アイテムレベルシンクは? 「……それが何なのかよく分からないけど多分無いよ」
スキルやアビリティの制限は? 「そんな事する必要あるのかい?」
リンクシェルとかの制限は? 「えっと、リンクシェルって何だい?」
マテリアの無効化は? 「マ、マテ……? うーん無いと思うよ」
飛ぶのは? 「飛んじゃいけないってルールは無かったね……」
……。
…………。
………………大丈夫か? この
*
エオルゼアにはこんな
一端の
たった少しの僅かな油断や隙を突かれて、あれよあれよという間に大逆転を許すなんて事がざらにあるのが対人戦だ。
窮鼠猫を噛む。とことん窮地に陥った者は何を仕出かすか分かったものじゃない。
どこぞの諜報員も似たような事を言っていたが……追い詰められた“フレッシュミート”ですらジャッカルよりも凶暴なのだ。
だから、ルール的に自由度が高く好き勝手できるとはいえ油断は禁物だ。
条件は相手も全く同じ。油断や慢心で敗北するなど愚の骨頂だし、そんな事を言い訳にする気はこれっぽっちも無い。
油断しなければ、慢心しなければ……そんなものはただの負け犬の遠吠えなのだ。そんな惨めな醜態を晒すのは御免被る。
例えどんな者が相手でも一切の油断なく、一片の容赦無く全力で叩き潰すのが対人戦の流儀だ。
だから、ルール的に許されているのであれば全力で利用するのが礼儀と言うものだろう。
この
戦いは、そう、既に始まっているのである。
*
切っ掛けは何となくクリスタルって幾らで売れるのか? っとふと思った事だった。
世界で最もホットな都市オラリオで最も盛んな産業は魔石関係の産業だ。
世界で唯一の魔石産地のダンジョンを独占しているのがオラリオなので当然ではあるが、その元手となるモンスターから得られる魔石は常に需要があり飛ぶ様に売れる。
ギルドの魔石交換所にいけば僅か数秒で魔石を換金することが出来、その高度に発達したシステムだけ見ても魔石の需要がかなりのものである事は簡単に窺い知れるだろう。
でもそんなオラリオでも属性付きの魔石は全く見ない──であるならばかばんの中に大量にあるクリスタルは一体幾らで売れるのか? 試してみる価値は十分にあった。
思い立ったら吉日なのが光の戦士だ。早速ギルドに赴いて試してみて……それが数日前の事だ。
ギルドでまるでデブチョコボかデブモーグリの様に肥え太ったデブエレゼンに接待を受けて、換金を頼み、そして、その結果どうなったのか結論から言おう──もうオラリオで金策をする必要はなくなった。
クリスタルは度肝を抜かれる程に高く売れた。今までせっせと金策していたのが馬鹿らしくなる値段だ。
シャード一個に付き百万ヴァリスの値が付いたなんて、エオルゼアの冒険者が聞いたらきっと誰も信じないだろう。
ルララのかばんの中には各種シャードがそれぞれ一万個に届く程と、それよりも大きなクリスタルが数千個ずつと、更に巨大なクラスターが約千個ずつ入っている。
多分このかばんの中身だけで世界が獲れるかもしれない……。
*
常勝無敗で最強無敵と思える『光の戦士』でも当然の事ながら負ける事がある。
むしろ負けて、負けて、負け抜いて、負け続けたからこそ今の彼女が出来上がったと言えるだろう。
彼女は勝利して英雄になったというよりも、負け続けたから英雄になれたと言うのが的確だ。
何度も敗北し、何度も
彼女はよく知っていた。
数えきれない敗北を経験した先に、勝利と言う名の栄光が待っているという事を。ペロペロ床を舐める事は決して無駄な事じゃないと言う事を、良く理解していた。
所詮、目に見える栄光などはほんの氷山の一角だ。
輝かしい勝利の下には、それよりも遥かに巨大な
だからこそ無駄な敗北というのは何一つ無い。全て敗北は全ての勝利に繋がっているのだ。
そして、そうやって勝利し続けてきた彼女だからこそ知っている事がある──勝利の栄光というものもタダでは無いと言う事を。
むしろ一時の勝利ほど面倒臭いものは無い。
ちょっと色々偶然が重なってうっかり蛮神なんかに勝利してしまったのが運の尽き。
あれよ、あれよと言う間に英雄なんて七面倒臭いものに仕立てあげられてしまったのが良い例だ。
勝利というものには常に面倒臭い代償が付いて回るのだ。
だからこそ“あの時の彼女に勝利した者達”も、その代償を支払う責務を負っていた。
オラリオで唯一ルララに黒星を叩きつけた者達──ヘルメス・ファミリアは、あのたった一度の勝利を手にしたが為にその重すぎる責任に追われていた。
*
かつてルララが持ち込んだレアアイテムを法外な値段で見事に買い取った者──ヘルメス・ファミリア──は現在藻掻き苦しんでいた。
具体的に言うと彼等は働いていた。それも、とある回遊魚の如く
もっと具体的に言うのであれば、彼等は死に物狂いで金策に奔走していた。
それも、これも、何もかも毎日途切れること無く売り込まれる超激レアアイテムを買い取る為である。
“あの時”の取り引き──『トリスメギストスの道具屋』での
敗北者であるはずのルララも同様に味をしめていたのだ──なんて優良な商店なのだろうか──と。
かつて『その時は是非、我がヘルメス・ファミリア『トリスメギストスの道具屋』へお越しください! お待ちしております』なんて言ってしまったのがいけなかった。
彼女は連日の様にここにやって来た。まるで日課の様に、満面の笑みを浮かべ、レアアイテムを抱えながら、のこのこやって来た。
最初の内は特に問題無かった。
むしろ、また懲りずにカモがやって来たぜ! 位のノリで大歓迎だった。
ヘルメス・ファミリアは慈善事業やボランティアで商売をしている訳ではない。
碌に何も考えずに脳みそぱっぱらぱーでやって来た愚かな客に対して、搾れるだけ搾ってやろうと思うのは実に当たり前で、むしろそう思わなかったら商売人として失格であると言えるレベルであった。
彼女は体のいいカモだった。
だから彼等は“それ”を前回と同じ相場で買い取った。当然の行為だ。
“彼女”との間ではそれが
現に彼女も大変満足気に帰っていった。
そして、次の日もまた彼女はやって来た。アイテムは更に増えていた。
“それ”を彼等は当然の事ながら彼女との間での適正価格で買い取った。
そして、その次の日も彼女は再びやって来た。アイテムは更に増えていた。
当たり前だがまた適正価格での買い取りを行なった。
そして、その次の日も彼女は来た。またアイテムは増えていた。
なんとか適正価格で買い取れた。
その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も……彼女はやって来た。来る毎にアイテムは増えていた。
金庫にはもうお金が無かった。
ヤバイと思った時には既に遅すぎた。そう、彼等は見誤っていのだ。
彼女はカモなんかじゃなかった。カモどころの話じゃなかった。彼女は不死鳥だった。殺しても殺しても蘇る
悪夢の様だった。いや、これこそがまさに悪夢と言えた。
もはや彼等は“ナニ”を相手に商売をしているのか分からなくなっていた。
自分達が相手にしているのが彼等を死地へと誘う白い死神の様に見えた。真っ白な得体の知れない悪魔に見えた。
怖かった、恐ろしかった、拒絶したかった。
でも彼等は彼女を拒絶することは出来なかった。
もはや彼等は後戻りが出来ない所まで来てしまっていたのだ。
悪魔と契約したら最後もうやり直しが出来ない様に、彼等も囚われてしまったのだ。“要らないアイテムの処分”と言う名の呪縛に。
ヘルメス・ファミリアの資金力は無限ではない。
倉庫に眠るレアアイテムは高く積み上がり、それに反比例するように
お金とはそこら辺からぽこぽこ湧いてくるものではないのだ。
それをまるで無限に出てくると思っているかの様に彼女は容赦なく売りに出してきた。
そんなにお金に困っているのであれば買い取ったレアアイテムを売り払えばいいと思うだろう。
確かにそうだ。
現にヘルメス・ファミリアも最初はそうした。
十分の一の値段で買い取ったレアアイテムは当たり前だが十倍の値段で売れた。
これを続けていけば問題なく資金を増やすことが出来る。そうでなくても“資産”自体は日増しに増え続けているのだ。
苦しいのは今のほんの一時だけで、しばらくすれば供給もストップし資金調達の余裕が出来る……はず。
これでヘルメス・ファミリアは安泰な……はず……だった。
そして、そんな『はず、はず』言っている予想が当たる
事態は想定されていた以上のスピードで推移していた。思っていたよりも
十倍の値段で売り払うスピードよりも、供給されるスピードの方が百倍速かった。
明らかに供給のスピードが異常だった。
元々、レアアイテム自体にそんなに需要がある訳ではない。
深層付近のレアアイテムなんて滅多に市場に出回ることは無いし、そもそもそれが必要になる程レベルの高い冒険者が殆どいないからだ。
あるとしたら精々が好事家か蒐集家か、あるいは暇を持て余した神々か……需要があるとしたらそこら辺だった。
なので、売れたとしても月に一個か二個くらいで供給もその程度が関の山だった。
なんせ深層クラスは行き帰りするだけでも膨大なコストが掛かるのだ。
運送費に探索費、それに人件費やその他諸経費など考えただけでも目眩がする。
故にだからこそ、その高値なのだ。
選ばれし者だけがそのレアアイテムを入手出来るし、購入する事が出来るのだ。
言ってしまえば持っている事自体がステータスというやつだった。
そんなレアアイテムをそこら辺の小石みたいにぽんぽんと持ってこられたらどうだろうか?
そしてそれを資金欲しさにぽんぽんと売りに出したら他のファミリアやギルドにはどう写るだろうか?
控えめに見ても怪しすぎて目をつけられる事請け合いだった。
限りなく黒に近いグレーな運営を行なっているヘルメス・ファミリアにとってそれは鬼門だ。
あまり目立った行為はご法度──だったのに……まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
そんなに困っているのであれば買い取りを拒否すればいいじゃないか? そう思う者もいるだろう。
そう、それで、どうなるだろうか? 買い取りを拒否された彼女は次にどうするだろうか?
彼女ほどの行動力を持つ冒険者がそのままおめおめと諦めるだろうか? 断言できるが、そんな事無い。
きっと彼女は探すだろう。
代わりの買い取り先を。ヘルメス・ファミリアの代替品を。
そしてそうなったらどうなるだろうか? まあ、まず間違いなく確実にバレるだろう。
ヘルメス・ファミリアが彼女にしたアコギな商売が、恐らくレアアイテムを買い取れる程の資金力を持つ上級ファミリアにバレる。
それがどんなにヤバイことになるかは想像するに容易い。
少なくともヘルメス・ファミリアは確実にご臨終である。
主神不在の状況下でそれだけは絶対に避けなくてはならない事象だった。
だからこそ彼等は自力でどうにかするしか無かった。
誰のからの手も借りず自分達の力でどうにかするしか無かった。
どうにか出来ると思っていた。
でもそれは過信だった。これまた完全に見誤っていた。ここに来てもアスフィ達は彼女を測りきれていなかったのだ。
だが、果たしてこの世にいると思えるだろうか? 連日の様に深層付近のレアアイテムを大量に持ち帰ってくる冒険者なんて“モノ”が。
そんな“モノ”いやしないと思うだろう。そう、それが普通だ。
そんな“モノ”が存在すると予想するなんて、そんな事、第一級冒険者にでさえ不可能だ。
だからヘルメス・ファミリアの面々もそう思ったのだ──
これがただの冒険者だったら良かったのだが、生憎なことに彼女はただの冒険者ではなかった。
彼女は利益になるなら骨の髄までとことん貪り尽くすタイプの冒険者だった。
結局、彼等はカモだと思っていたそのカモに、カモにされていたのだ。
そして、当の本人にはまるで悪意が無かったのが余計に
彼女からしてみればただ単に行きつけのお店に毎日通っている程度の感覚だった。
もはや彼等に残された選択肢は、彼女を受け入れ続けて何時か必ず来る破綻という名の破滅まで働き続けるか、彼女を拒絶し破滅するかの二択しか無かった。
因果応報、自業自得、結局彼等は自ら墓穴を掘りそして自らその墓穴に埋まったのだ。
*
「……それで私に“これを”製作しろということですか……」
目の下に大きな隈をくっきりと携え疲れきった表情の『トリスメギストスの道具屋』の主人──アスフィ・アル・アンドロメダは苦虫を噛み潰した様な渋い顔でそう言った。何か嫌な事でもあったのだろうか?
ここ最近来る度に顔色が悪くなっているので体調でも悪いのだろうか? 彼女曰く「このところ全然寝ていない」らしいので心配である。
君達が倒れたら一体誰があの要らない素材達を買い取ると言うのか……少し休むことをお勧めしたい。
このところ毎日アスフィが、『感謝しますよ。小さな冒険者さん』なんて巫山戯た事をぬかした過去の自分を、全力疾走でぶん殴って小一時間説教をしてやりたいというアホみたいな衝動に駆られている事など露も知らずルララは不思議そうにアスフィを見つめる。
「ああ、うちのリーダーたっての依頼でね。何でもアスフィさんにしか作れん物らしい……」
付き人件通訳のリチャードがそう言う。
この話は、最近ようやく盟友にまで登り詰めた『青の薬鋪』の店員から、もはやこの手のクエストではお決まりとなった彼女手作りのマメット・ミアハを買い取り、そしてフライングマウントが無い事に凄くがっかりしていた所に、そうであるならば、と教えられたものだ。
空飛ぶサンダルのフライングマウントとか、消える兜とかとても興味があります!
【よろしくお願いします。】
そう言いながらドンッ! と依頼品に必要と思われる素材とその報酬金が入った小袋を笑顔でカウンターに置く。
報酬金は取り敢えず二人分で一億ヴァリス。
もしこれで足りないようでも追加資金は腐るほどにあるので問題は無い。
ごくり、その積み上がった金貨を見てアスフィが息を飲む。
一億ヴァリス──現在金欠に喘ぐヘルメス・ファミリアには、喉から手が出るほど欲しい金額であった。そうでなくとも目眩がするほどの大金だ。
その金欠の原因となった存在からの依頼という皮肉が利き過ぎている依頼であるが、そもそもそんな墓穴を掘った上にそこに埋まったのは自分達自身なので言い訳のしようが無い。
『アスフィさんにしか製作出来ない』──確かにその通りだ。
この“依頼品”を製作できる者は世界広しといえどもアスフィ以外に存在しない。
一体全体、何処の誰からそんな情報を入手したのか甚だ疑問だが、今それは重要ではない。
重要なのは“彼女”たっての依頼だということだ。
「……分かりました」
カウンターに置かれた素材と報酬金を穴が空くほど見つめながらしてアスフィは答えた。
本来であればこんな依頼はにべもなく断るところである。
この依頼品はアスフィ達の──ヘルメス・ファミリアの秘奥、奥の手同然の代物だ。
そんな物、おいそれと気軽に製作して、しかもそれを赤の他人に渡す事なんて出来るはずがなかった。
幾ら金を積まれても出来ないものは出来ない……出来ない、のだが今回の場合は話が違う。
他でもない“彼女”からの依頼であれば話は別だ。
この無自覚で、無遠慮で、無知識で、無所属の冒険者だったら話は変わってくるのだ。
アスフィの答えは考えるまでもなく『Yes』であった。
「──ただ……」
了解の言葉に付け足す形でアスフィは続ける。
小袋一杯の金貨を心底
「素材も……」
依頼品を製作するには素材は必須だ。
「報酬金も……」
目の前に置かれた大金も死ぬほど欲しい。
「必要ありません……」
でもそれよりも大事なものがある。
今この時を逃したら、きっともう“チャンス”は無いだろう。そんな確信めいた予感がアスフィにはあった。
カウンターに置かれた素材と報酬金を手で押し返して、断腸の思いでアスフィは言い切った。
今までずっとやりたくても出来なかった事をやる時が来たのだ。
「……代わりに一つ
【何ですか?】
素材と報酬金を遠慮してまでしたい
「それは──貴女に、『謝らせて』下さい……」
それは、また随分と珍しい“お願い”である。
*
アスフィの話は要するにこういう事だった──貴方に嘘の金額を言って騙していました。ごめんなさい。
死を覚悟したかの様な顔でそうアスフィが懺悔してくれた。
【気にしないで下さい】
こちらもまさかあの金額から更に十倍の値段が付くとは想像もしていなかったし、例え一ヴァリスの捨て値でも売り払う気満々だったので特に気にしていないと笑顔で言う。それにもう金策に余り固執はしていないので無問題だ。
むしろ他人に謝罪されるという珍しい体験が出来て嬉しい限りである。それよりも空飛ぶサンダルと消える兜の方をお願いしたい。
「その件は任せて下さい」
まるで長期間出てなかった便秘が全部出て行ったかの様にすっきりとした顔をしてアスフィが言った。
ヘルメス・ファミリアは“彼女”に勝利してしまったが故に勝者としての重い責務を負う事となった。
具体的に言えば毎日絶えることなく運び込まれる大量の深層クラスのレアアイテムを絶対に買い取らなくてはならなくなったのだ。
まさに地獄のような日々だった。寝ても覚めても金策に没頭した。
だがそれもようやく終わりを迎えた。
ついにゴールした長きに渡るデスマーチに高揚したアスフィは、ついさっきダンジョンから帰還したばかりで疲労困憊だった事も忘れて早速製作に取り掛かった。
その姿はまるで強制労働から解放された囚人の様に晴れやかだった。
でも結局ルララがこの『トリスメギストスの道具屋』にアイテムを売りに通い詰めるのは変わり無い事を彼女はすっかり忘れていた。