光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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愛用の紀行録 4-3

 オラリオではジョブバランスとか、レベル差とかは殆ど気にされない。いっそ清々しい程にみんな無関心である。

 エオルゼアの冒険者も少しは見習うべきとも思うが、「過ぎたるは及ばざるが如し」とも言う通り、どんな事でも行き過ぎるのは考えものであると今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は教えてくれた。

 

 是非とも次回からはレベルシンクとか、アイテムレベルシンクとか、スキルの制限とか、アイテムの制限とかを、事前にちゃんと取り決めて戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う事を神様達に進言したい。

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)では、煩わしいと思っていた規制や制限は、どんな冒険者でも大した格差なく、みんな楽しく戦闘する為に必要なものであったのだなぁと、まじまじと痛感する事となった。

 

 オラリオの殲滅戦は全くもってクソゲー(笑)である。

 

 

 

 *

 

 

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は殲滅戦である。

 勝利条件は相手陣営文字通りの「殲滅」である。兎にも角にも全員倒される前に、全員殺せばそれで良いのだ、オッケーなのだ。

 

 これ程、分かりやすいルールの殲滅戦は未だ嘗て無いだろう。小賢しい制限や、ややこしい規則(ルール)なんてものは存在しない実にシンプルでストレートな大規模対人戦だと言える。

 それはそれでどうなのかと小一時間問い詰めたくなる気もするが、神が定めた事なのだ、従う他無いだろう。所詮、我々は神に踊らされる哀れな冒険者でしかないのだ。是非も無い。

 

 殲滅戦というと、所属するグランドカンパニー毎の部隊に分かれて、鍛えぬかれた精鋭達が、カルテノー平原:外縁遺跡群で一堂に会して、血で血を洗う血みどろの三つ巴戦を演じる、大規模対人戦(フロントライン)の事がまず思い起こされる。

 

 なんか、古代兵器のオメガがどうのこうのと言ったヤバい理由があった様な気がするが、そんな些細な事を覚えている冒険者はもう殆どいないだろう。ぶっちゃけ、体のいい理由を並べて各国が勢力争いの為に冒険者を利用した感満載であるが、なに、気にする事は無い!

 

 殲滅戦は、他部隊の冒険者をぶち殺したり、時間経過により出現する「球」とか「塔」をぶち壊したりすると、所属する部隊に「戦術値」が加算され、その「戦術値」が最も早く規定値に達した部隊が勝者となり、獲得した「戦術値」に応じて残りの順位が決定される戦いだ。

 

 勿論、死んだら死んだでその時点で「ハイ、終了」と言う訳ではなく、何度殺されようがゾンビーの如く蘇り、戦線に復帰して、殺したり殺されたりしなくてはならない。

 基本的に戦闘が終わるまでどんな事があろうが、馬車馬の如く戦い続けなくてはいけないのだ。

 

 ちょっとでも「戦術値」が突出したら両陣営から親の仇の如く攻め込まれ、逃げ遅れたら飢えた蝗の如く喰い尽くされて、軍師同士の罵詈雑言が乱れ飛び、恨みを買おうものなら「ランディングポイント」までストーカーの如く粘着され、最後には視界を覆う程のコメテオが乱れ飛ぶ、そんなとっても素敵な大規模対人戦(フロントライン)が殲滅戦である。

 

 そんな殺伐とした大規模対人戦(フロントライン)だからこそ、選びぬかれた精鋭のみが殲滅戦に参加出来る。具体的に言うと参加できるのはレベル50以上のファイターとソーサラーのみで、それに加え、参加者は全員レベル50にシンクされ、アイテムレベルも80にシンクされてしまうのだ。

 それはそれはかなり面倒な制限が掛かっているが、そうでもしないと、50以下の低レベル冒険者は本当にただの獲物(フレッシュ・ミート)になってしまうし、逆に50以上の高レベル冒険者なんていたら、今度は50の奴等がただの獲物(フレッシュ・ミート)になってしまう。

 

 レベルやアイテムレベルの差は、エオルゼアでもオラリオでも変わらず大きいのだ。だからこれは、みんな仲良く殺し合う為に必要な措置なのである。

 

 因みにこれはエオルゼアの殲滅戦の話で、オラリオの殲滅戦はもっとカジュアルである。

 

 ファミリアに所属していれば人数制限は無いよ、いるだけ参加してね! 

 レベル制限なんてものもないから低Lv.冒険者でも気にせずドシドシ参加してね!

 折角習得したスキルに制限なんて掛けないよ!

 勿論、アイテムに制限なんて無いよ、ガンガン使ってね!

 

 これがカジュアルで無くて何がカジュアルというのか……ああ、カジュアル、カジュアル(笑)。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦力比は2:104でヘスティア・ファミリアが圧倒的不利である。改めて見ると、笑っちゃうぐらいの戦力差である。

 

 流石にこの戦力差はどうなのか? と冒険者専用掲示板(フォーラム)で抗議の声が上がるレベルだが、とは言えこれは「所属ファミリアの眷属のみが参加可能」という戦争遊戯(ウォーゲーム)の基本的なルールが根底にある為、変えようも無いし、文句の言い様も無い。

 むしろ、ヘスティア・ファミリアの眷属が少ないのは勧誘を怠っていたヘスティアの怠慢でヘスティアのせいとも言えるし、無所属冒険者のルララを無理矢理ねじ込めたのだから運が良かったとも言える。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は基本的に平等なのである。平等(笑)。

 

 どちらにせよ、味方が二人しかいないので単独行動なんてアホな事はせずに、一緒に行動するのがベストだと決まっているのだが、当事者の一人であるベル・クラネルが開始直前に「最初は僕、一人で戦わせて下さい」なんて、物凄い真剣な表情で言い出すものだから、この作戦はお蔵入りとなった。

 

 特訓のお陰で双剣士どころか、本来、習得にはソウルクリスタルが必須の筈の忍者スキルも幾つか習得出来たので、そんな謎の自信が湧いてくるのも分からなくも無いが、本当に大丈夫であろうか? それにしても恩恵(ファルナ)ってSUGEEEである。

 

 取り敢えず、プロテスとストンスキンを掛けてから、うんうんとうなずいて了承の意を伝えると、脇目もふらずベル・クラネルは、「では、行ってきます!」と言って一目散に飛び立って瞬く間に消えていなくなってしまった。

 流石、いつの間にか消えている事に定評のあるジョブである。速さが足りてる! まあ、黙って消えるより、堂々と宣言して消えただけまだマシであると前向きに考える事にしよう。

 

 

 こんな感じで戦争遊戯(ウォーゲーム):殲滅戦は開始された。

 

 

 

 *

 

 

 

 スタート地点にも設置されている「神の鏡」は戦場の状況や様子を逐一教えてくれる、実に便利な代物である。これで敵の現在位置もモロバレである。

 エオルゼアじゃ対人戦の様子は結構な機密事項扱いで、そうホイホイと外部の人間が見学する事は出来ないので、かなり新鮮で面白い。是が非でも、エオルゼアの方でも実現して欲しいものである。

 

「神の鏡」が伝えてくる戦いを見るに、ベル・クラネルは中々に健闘していた。

 

 単独行動をしている敵の高Lv.剣術士を的確に狙い撃ちし、善戦を繰り広げ、敵わないと思ったら僅かな隙を突いて姿をくらまし、ヒーラー含む4人の冒険者を倒して戦意高揚し、神経伝達物質(アドレナリン)を溜め、そして奇襲からのアドレナリン・ラッシュで、アポロン・ファミリアをあと一歩という所まで追い詰めていた。

 

 だが、あと僅かという所で力尽き、ベル・クラネルは敵の集中砲火を受けこの場へと帰還して来た。どんまい! 惜しかったよ! 【気にしないでください】

 

 ベル・クラネルの戦いぶりはまだまだ粗い部分も見受けられたが、対人戦初心者である事を鑑みても十分過ぎる内容であった。

 むしろ、初対人戦(PVP)の、しかも近接で、キルポイント4とか大健闘であると言わざるを得ない。実に今後が楽しみな少年である。

 

 彼の戦いぶりを視て、久々に血が疼いてきた。ルララの中の()()()が目覚める。

 

「……後は、お願いします……ル、ララさ、ん……」

 

 だから、瀕死の状態でもそう“お願い”してきた少年の期待に、バッチリ応えるのも悪く無いだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 大規模対人戦(フロントライン)200勝の記念に手に入れた騎乗システムに乗り掛かり、リラックスとした感じの姿勢をとって空高く舞い上がる。

 普通に走って移動する場合よりも、二倍以上のスピードが出るフライングマウントは瞬く間に敵の待つ戦場へとルララを運んだ。

 

 アポロン・ファミリアは大変都合の良い事に大部分の冒険者が一塊になっている。

 広い戦場でわざわざ一箇所に纏まっているなんて、言外に範囲で焼いてくれと言っている様なものだ。これは期待に応えなければ、冒険者として名が廃るだろう。

 

 フライングマウントから舞い降りながら、一番Lv.の高い集団の、その中央にいるリーダーらしい剣術士目掛けて睡眠魔法(ナイトウィンド)を掛け、それと同時に己の魔力を激成させる。

 睡眠魔法(ナイトウィンド)は剣術士のみならず、周囲にいる冒険者も巻き込んで強烈な睡眠へと(いざな)う。

 それに抗う術は無く、冒険者達は決して目覚める事の無い眠りへと就く。次に彼らが目覚めるのは全てが終わった後になるだろう。

 

 眠りこけているLv.2のヒーラーを標的にしてファイヤを詠唱する。狙われたヒラちゃんには申し訳ないが、対人戦において回復手段の豊富なヒーラーから狙うのはもはや定石なので勘弁して欲しい。

 黒髪のヒーラーに火球が迫る。見た目は小さな火球で、所詮最大火力を出すための下準備に過ぎないのだが、呆気なく彼女は送還された。

 イフリートにすらダメージを与えるファイヤを、無防備な状態で受けた彼女の今後の無事を祈るばかりである。

 

 続いてProcした無詠唱ファイガを、少し離れた場所で寂しそうに寝ている名も無き冒険者にブチかます。ファイガを放った瞬間、燃え盛る星炎(アストラルファイア)が三つ出現する。周囲を旋回する星炎に呼応するかの様にエーテルが激しく脈動する。

 

 出来ればこのままエノキアンからのファイジャと洒落込みたい所だが、今は絶賛殲滅中で範囲焼きの真っ最中だ、そこはグッと我慢して迅速魔からの範囲魔法を選択する。

 範囲焼きと言えばファイラだが、ここは盛大にフレアにする。別に格好良い所を見せたい訳じゃない! さあ、カメラは何処だッ!?

 

 気障ったらしい金髪の剣術士を中心にしてフレアが発動する。

 贅沢に10000以上のMPが込められたフレアは特別な存在であり、それを受けたアポロン・ファミリアの皆さんもまた特別な存在であるのです。フレッシュ・ミート的な意味で。

 

 そして、この程度で終わると思って貰っては困るのである。世の中そんなに甘くなく、そうは問屋が卸さないのである。そう、現実は全くもって非常なのである。

 

 私のフレアは、後二回残っているのですよ。

 

 体力(HP)変換(コンバート)して枯渇しきった魔力(MP)を回復し、戻った魔力を使い再度フレアを放ち、貴重なマキシなエーテルを盛大にがぶ飲みし三度フレアをぶっ放す。

 

 あぁ、最高に気持ちいい瞬間である。

 

 

 

 *

 

 

 

「な、何故あそこから魔法が撃てるのだ!? 明らかに魔力枯渇していただろう!! それに魔法の威力と詠唱の長さが明らかに釣り合っていないし、なんか詠唱破棄しているぞ!? 可笑しいだろう!! 常識ってものを知らないのか!? ……あぁ、そんな馬鹿な!? 急速に魔力を回復している……だと? そんなの理不尽にも程があるだろ!! ていうか三種類以上の魔法を使うのを止めろ! 常識がおかしくなる!!」

 

 次から次へと展開される魔法使いとして悪夢の様な光景に、高名なエルフであり、オラリオ最高位の魔法使いであるロキ・ファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴが吼えた。何時ものクールなキャラは見る影もない。

 錯乱する彼女の眼前では、軽くキャラ崩壊を致してしまう程に衝撃的な戦闘が映し出されている。

 今のリヴェリアはとてもじゃないが同族には「見せられないよ!」な状態だ。間違いなく見たらみんな幻滅する。

 

「レフィーヤ!? レフィーヤは何処に行ったんだ!?」

 

 何故? どうして? どうやって? 次々と湧き上がってくる疑問に堪らずリヴェリアはファミリア内で唯一事情を知る者の名を叫んだ。だが──。

 

「レフィーヤなら“いつも”のところだよー」

 

 レフィーヤは本拠地(ホーム)に居なかった。というか最近本拠地(ホーム)に殆どいない。グレた? グレたのか!? 今更ながらに反抗期なのか?

 

「……またか!? 最近のレフィーヤはフリーダム過ぎるだろう!! どうなっているんだ!?」

 

 お母さんは許しませんよっと言わんばかりにリヴェリアが怒号する。

 

「まぁまぁ、リヴェリア、そんな事言わず落ち着きなよ……」

 

 普段とは別人の様に興奮するリヴェリアを、どうどうと団長であるフィン・ディムナがなだめる。

 猛獣の如く鼻息を荒くするリヴェリアを何とかなだめながらも、ここまで興奮するリヴェリアを見たのは随分と久しぶりの事だな、っとしみじみとした表情を浮かべる。

 

 強者としてのプライドをズタズタに粉砕された“あの大蛇”との一戦以来、彼女もそうだが、ファミリアの様子も色々と激変した。

 

 少し近寄りがたい雰囲気を醸し出していたリヴェリアが歯に衣着せぬ感じになったし、若干生き急いでいる感があったアイズも、オラついていたベートも随分と大人しくなった。みんな少しずつ変わってきている。

 そしてフィン自身もきっと変わった。彼等を救った冒険者の中に小人族の少女がいると聞いて、そしてその彼女を見た時、長年背負っていた肩の荷が下りて少し心が軽くなった気がした。

 

 だから、きっとレフィーヤだって変わってきているのだ。団長としてそれは歓迎するべきであろう。

 

「……レフィーヤは僕達の命の恩人に必要とされているんだ。暖かく見守ろうじゃないか」

 

 むしろ、レフィーヤ自身も命の恩人の一人であり、彼女が日夜忙しそうにしている理由は、フィン達を救出する為に受けた冒険者依頼(クエスト)の為である。

 その事を考えると応援する事はあれど、何か意見を言う気にはなれなかった。

 

「……でも、最近付き合い悪いよな、アイツ……大丈夫なのか?」

 

 ガラの悪い狼人(ウェアウルフ)の青年ベート・ローガが柄にも無く心配そうに呟く。しかし、そんなベートの言葉は霞の様に消え、答える者は誰もいなかった。

 

 皆、戦争遊戯(ウォーゲーム)に集中している。

 

 彼等を助けた冒険者の戦いぶりを。“あの大蛇”を赤子の手を捻るかの如く倒したという冒険者の戦いぶりを。彼女の一挙一動を見逃さないように集中していた。別に経営難に悩むロキ・ファミリアの命運が掛かっているからではない。

 

「神の鏡」には小さな隕石が古城に降り注ぐ映像が映し出されていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「本当に、何度見ても反則ですよね……」

 

 多くの観客が詰め寄る豊穣の女主人で、パーティーメンバー達と「神の鏡」越しに戦いを見守っているレフィーヤは呟いた。

 現在、店内は不気味なまでに静まり返りっており、小声である筈の彼女の声は明瞭に聞こえた。他の客達は、只今発生したあまりにも凄惨な光景にドン引き中である。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は丁度コメテオが古城を押し潰したところだ。

 見た目は深層でレフィーヤが放った「メテオ」よりも小さいが威力自体はルララの「コメテオ」の方が上であった。

 五人で力を合わせて死に物狂いで放った大魔法よりも、彼女一人で放った魔法の方が威力が上だとか理不尽である。

 

「私達は魔法には疎いので良く分かりませんが、レフィーヤさんから見てもやっぱりおかしいんですか?」

「ええ、なんかもう意味不明過ぎて逆にどうでも良くなっちゃうレベルです」

 

 事の異常さを良く分かっていないのだろう。脳天気な様子で聞いてきたアンナに、レフィーヤは正直な感想を述べる。

 貴方の奇跡の発光(ミラクル・フラッシュ)という魔法も中々にイカれてますけどね、とは流石に言わないでおいた。どいつもこいつも常識外れ過ぎである。「レフィーヤ様も大概ですけどね……」そんな事は無い筈です。

 

「へぇー、何処らへんが変なの?」

 

 これまたのほほんとした雰囲気で戦いを見つめるエルザが聞いてきた。

 

「そうですね。例えば──」

 

 例えば──彼女には、魔力切れという言葉は存在しない。

 ルララ曰く、“墨”魔道士にはあるらしいが……少なくとも彼女には存在しないようであった。墨魔道士って何だ?

 

 理論上、彼女は無限に魔法を撃ち続ける事が出来る……らしい。なんか、もうこの時点で色々と出鱈目である。

 今の彼女にとって魔力の残量とは、あと何回火炎魔法(ファイア)系を撃てるかの指標に過ぎないとの事である。さっぱり分からん。

 

 魔法は、体力と対となる精神力(マインド)を削って行使される。

 威力や効果の高い魔法はそれだけ精神力(マインド)を消費し、乱発は出来ない──という常識は彼女には通用しない。

 

 レフィーヤは丁度、ルララが三連続で範囲魔法(フレア)を放ち魔力が枯渇し切った時の事を思い出した。

 

 魔力を消費し切ったルララが、しゃがみ込みながら腕を大きく回旋させる。

 すると魔法を補助する為に彼女の周囲を衛星の如く公転していた星炎の性質が反転し、霊氷へと置換された。

 その瞬間、「内」から「外」へと業火の如く燃え盛っていた彼女の魔力の波動が急速に冷やされ、「外」から「内」へと流れ込んでいく。

 

 映像越しであってもはっきりと認識できた程、急激なスピードで枯渇していた魔力が満ち満ちていく。他の魔法使いが見たら卒倒間違い無しの巫山戯た現象だ。

 

 魔力はそう安々と回復出来るものでは無い。専用の薬品か、もしくは「精癒」と呼ばれるアビリティで何とか少量ずつ回復する──その程度である。

 でも、彼女曰く、それくらいは標準装備だそうで、誰にでも出来る事じゃ無いのか? と言うことである。

 そう(のたま)った時、温厚なレフィーヤちゃんも流石にブチ切れそうになったのはここだけの秘密だ。ほんと魔法使い舐め過ぎである。

 

「……ほんと、つくづく反則です……」

 

 そう言ってレフィーヤは「おかしいのはそれだけじゃないです」と続けた。

 

 頭のイカれた魔法の中でも、特にイカれているのは先程放たれた範囲魔法だ。

 さっき彼女が放った範囲魔法は、全魔力を消費する魔法だ。これだけ聞くとまるで自爆魔法みたいである。

 全魔力、つまり全精神力(マインド)を消費する魔法の三連続行使。正直、自分でも何を言っているのか良く分からないが、三回連続で全魔力を消費する魔法を使ったのだ。

 

 もし、ただの魔法使いがそんなお馬鹿な魔法を使ったら、なんて事を想像するとゾッとしてしまう。

 

 まあ、そもそも、そんなアホみたいな魔法の行使が出来るはずも無いので検証の余地は全く無いのだが、仮定の話で、万が一出来てしまったら……間違いなく確実にお亡くなりになります。はい、残念ながらご臨終です。

 全魔力消費魔法と言うのはそれぐらいヤバいのだ。

 

 精神力(マインド)はその名の通り精神の力だ。

 それを全消費する魔法というのは、精神疲弊(マインドダウン)っていうレベルではなく精神枯渇(マインドゼロ)という事態に陥ってしまう。

 精神枯渇(マインドゼロ)とはとどのつまり精神の力を全て失うと言う事だ。精神力(マインド)の完全喪失、それは即ち精神の“死”を意味する。

 良くて廃人、もしかしなくてもかなりの高確率で死に至るだろう。精神力(マインド)全消費というのはそんな馬鹿げた魔法なのだ。うん、頭おかしい。

 

 そんな魔法、どんな高位の魔法使いでも行使する事は不可能だ。もし無理矢理にでも撃とうとしたら、まず間違いなく命と引き換えになる。撃った張本人は依然としてぴんぴんしているが、引き換えになるのである。

 

 もう、頭おかしいとかそういう次元の話じゃない。異常、異質、異物そんな言葉が陳腐に思えるぐらいに彼女の魔法はイカれている。

 実は彼女は全く別の世界から迷い込んだ、異界の魔道士だと言われた方がまだ説得力がある。

 

 だってそうだろう。

 生命を引き換えに放たれる魔法を、そんな気軽に使っちゃうレベルまでに到達させた奴なんて、頭のイカれた世界から来たに決まっている。

 

 そんな荒唐無稽な事を考えてしまうぐらいに──。

 

「──そんなぐらいに、ルララさんの魔法はおかしいんです」

「そんなに、おかしいんですね……」

「そんなに、おかしいんです」

 

 最近ようやく耐性が付いてきたレフィーヤでさえどうにかなりそうなレベルで理不尽なのに、何も知らない他の魔法使いが“これ”を見たら、気が狂う事間違い無しである。要するにオラリオ中の魔法使いが今発狂していると言う事だ。

 

 高位の魔法使いであればある程、彼女の出鱈目さが良く分かる筈だ。ルララの魔法は、いや、むしろルララ・ルラという存在は何もかもが出鱈目だった。これで同じ魔法使いを名乗っているのだから、ほんと嫌になっちゃう。

 

 今頃普段通りに本拠地(ホーム)でファミリアのみんなとこの戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦していたら、血走った目をしたオラリオ最強の魔法使いに物凄い質問攻めに遭っていた事だろう。

 そんな光景がありありとレフィーヤには想像できた。

 

「それが、ちょっと嫌でこっちに来たんですけどね……」

 

 実のところ、ここ最近ファミリアの仲間達から向けられる視線が若干冷たい気がするとレフィーヤは感じていた。なので、若干本拠地(ホーム)に居づらいのだ。

 なんと言うか、こう、疎外感というか違和感というかそんな余所余所しさを仲間達から感じてしまっている。

 

「そういえば、皆さんはどうですか? 最近のファミリアの方は? 私は……その、ちょっと良くないかもです」

 

 レフィーヤが最近本拠地(ホーム)に帰ったのはステイタス更新の為ぐらいだ。それ以外はハウスに入り浸っているか、レベリングしているか、練習しているかになってきている。

 それはファミリアの一員として明らかに失格で、このままではいけないと思いつつも、それに殆ど忌避感を感じなくなってきている自分も確かに存在していた。

 

 信仰心が薄れてきている──そう確信を持って実感出来る程にレフィーヤの心は揺らいでいた。ステイタス更新の為に本拠地(ホーム)に帰るのですら煩わしくなってきている始末だ。

 いっその事、何時もハウスにいるロリ神に鞍替えでもしようかしら、なんて邪な事を考えてしまうくらいにはレフィーヤの気持ちに変化が訪れていた。

 

「私達は元々放置気味だったから大して変わってないかな?」

 

 そんなレフィーヤの気持ちを知ってか知らずか、エルザはあっけらかんと言った。

 こういった彼女の底抜けの明るさには何時も助けられている。主に一つ目巨人と追いかけっこしている時とか重宝する。ギスギス反対ッ!

 

「えっ!? そうだったの!?」

「えっ!? 気づいてなかったの、アン? 私達もう随分前から放置プレイだよ? 本拠地(ホーム)に帰ってもやることはステイタスの更新ぐらいだったでしょ?」

 

 どうやら向こうも同じ様な状況らしい。内心ちょっと安心する。

 

「ええええ!!? そんな、「うちは少数精鋭だから自由にしてていいのよ?」て言ってたのはそういう事だったんですか、フレイヤさま!? 知らなかったぁああ!!」

 

 衝撃の事実に驚愕するアンナ。

 ガッテムッ!! と頭を抱えるアンナにリリが追い打ちをかける。

 

「……つまりリリ達はハブられ同士と言う事ですね! 仲良くしましょう!」

『……えっ!?』

 

 リリはレフィーヤ達がなんやかんや見て見ぬ振りしていた悲しい現実を無慈悲なまでに叩きつけてきた。

 彼女は小人族らしく中々に鬼畜野郎であった。誰かさんのせいで小人族のイメージが無茶苦茶である。

 

 

 

 *

 

 

 

 広大な戦場で姿をくらました敵を見つけるのは至難の業である。特にたった一人で捜索しなくてはならないとなると、見つけるのはほぼ不可能に近い。

 でも、だったら解決は簡単である。一人じゃ難しいなら、他の誰かに手伝って貰えば良いのだ。

 都合の良い事に、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)には「神の鏡」なんて逐一戦場の様子を届けてくれる便利な物がある。

 

 

[8]<Lulala Lula> 【敵】【どこですか?】

[8]<Anna Shane> シューリム平原(12.5 、30.3) ここですよー。

[8]<Lulala Lula> 【ありがとうございます。】【これから向かいます。】

[8]<Anna Shane> 頑張ってください!

[8]<Elza Idina> ファイト~!!

[8]<Lefiya Viridis> 何事も程々にしてくださいね……。

[8]<Lulala Lula> 【わかりました。】【がんばります!】

[8]<Lefiya Viridis> (あっ、これは駄目なパターンですね)

[8]<Anna Shane> (そうですね)

[8]<Elza Idina> (アポロン・ファミリアさん、どんまい!)

[8]<Liliruca Arde>  というかベル様は無事なんでしょうか? ベル様、大丈夫ですか?

[8]< Hestia> ベル君ならもう大丈夫だよ。

[8]< Bell Cranel> 僕はもう大丈夫だよ。ありがとうリリ。

[8]<Liliruca Arde> ああ、良かったですベル様! 何かあったら直ぐ駆けつけますから言ってくださいね! リリ特製のポーションで癒やしてあげます。

[8]<Richard Patel> リリ特製のポーション(Made in ルララ)

[8]<Anna Shane> 積極的にヒーラーに喧嘩売りにいきますねぇ。死にたいんでしょうか?

[8]<Liliruca Arde> ……劇毒薬投げますよ?

[8]<Richard Patel> ひぃいい、ごめんなさい。

[8]<Lefiya Viridis> ヒーラーとタンクには逆らってはいけない(戒め)

[8]<Elza Idina> (戒め)

[8]<Lulala Lula> 【見つけました!】

[8]< Hestia> あっ、アポロンが凄い顔になっている……。

[8]<Richard Patel> こっちも実況が凄い顔になってる……。

[8]<Lulala Lula> 【移動しましょう】【敵】【どこですか?】

[8]<Lefiya Viridis> もう倒したんですね(白目)

[8]< Anna Shane > シューリム平原(14.5 、12.7)そろそろ終わりですねー、あと三人です。

[8]<Elza Idina> お前の命もあと3秒だ…。

[8]<Liliruca Arde> 不吉なこと言わないで下さい!

[8]<Lulala Lula> 【見つけました!】

[8]<Richard Patel> 速い! 来た! メイン黒来た! これで勝つる!!

[8]<Lefiya Viridis> 相手にとってはとんでもないでしょうね。隠れているのに見つけられるとか。

[8]< Anna Shane > 情報筒抜けですからね……。あっ、一人魔石破壊(リタイヤ)したみたいです。次で最後ですよ。シューリム平原(40.2 、39.9)です。

[8]<Lulala Lula> 【やったー!】【これから向かいます。】

[8]<Elza Idina> やったー!

[8]<Richard Patel> やッたー!

[8]<Lefiya Viridis> まぁ、辞めたくなる気持ちも分からないでも、やったー!

[8]< Bell Cranel> やったー!

[8]< Hestia> やったー!

[8]<Liliruca Arde> やッたー!

[8]< Anna Shane > やッたー!

[8]<Lulala Lula> 【ゲーム終了】

[8]<Richard Patel> 速い! 後半は殆ど解説して無かったぜ! まあ“アレ”を解説しろとか無理な話だけどな!

[8]< Anna Shane > 何はともあれ、お疲れ様でした!

[8]<Elza Idina> おつかれー!!

[8]<Lefiya Viridis> 結局、殆ど一人で勝っちゃいましたね……。お疲れ様です。

[8]<Richard Patel> おつ!

[8]< Hestia> みんなお疲れぇええええ! 祝勝会しよぉおおお!!

[8]<Liliruca Arde> お疲れ様でした! やった! これで借金と脱退金が払えます!! ヘスティア様、後でちょっとお話が……。

[8]< Hestia> 何だい、ベル君は渡さないぞ?

[8]<Lulala Lula> 【お疲れ様でした。】【再戦を希望します。】

[8]<Lefiya Viridis> えっと、それはちょっと酷じゃないですかねぇ。

[8]< Bell Cranel> お疲れ様でした。

 

 こんな感じで情報収集をすればいい。LS使ってはいけないなんてルールは無かった。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)開始から約一時間。ルララ・ルラが戦闘開始してから約二十七分後──殲滅は終わった。

 

 

 

 *

 

 

 

「あれが光の使徒か……」

 

 誰もいないギルド本部の地下で重々しい荘厳な男神──ウラノス──の声が響く。

 彼の声に応える者は誰一人としていない筈であったが……。

 

「そうだよ、ウラノス。“アレ”が君達の『終焉』だ……」

 

 いつの間にかウラノスの傍らに現れた金髪の青年がそれに応えた。

 現れた青年にウラノスが否定する。

 

「……“アレ”が『終焉』ではないだろう? “アレ”は『希望』だ。『終焉』は地下で眠っている」

 

 他の神々にとって『終焉』かも知れないが、少なくともウラノスにとっては“彼女”は『希望』であった。星に選ばれたウラノスにとっては……。

 

「どちらにせよ大した違いは無いだろう貴方“達”にとっては……」

 

 金髪の青年の言葉に、巨大な男神は心の底まで響く深い声で「然り」と答えた。

 彼等は神と人であるが、同じ目的を持つ者、同じ星に選ばれし者だ。彼等の間に上下の関係は無い。

 

「……これで光の使徒の名は世界中に知れ渡る事になるだろう。次は何が望みだ?」

「一つ、あるファミリアをオラリオに招き入れて欲しい。きっと()()()も喜ぶ筈だ。後はそれに光の使徒を──」

「……自らの悲願を達成する為には、英雄ですら作り上げ、利用する、か」

「世界を救うためさ。利用できるものはなんでも利用するし、出来る事は何でもする。貴方もそうだろう?」

 

 そう言う青年の瞳には決意が篭っていた。

 ウラノスは青年の言葉に無言で頷く。そして彼等が作った計劃の事を思う。

 

「……ラグナロク計劃、か。“あの時”から五年か。月日が経つのは早いものだな」

 

 不変の存在である超越存在(デウスデア)であるウラノスでさえ、この五年間は激動の時間であった。彼が過ごした千年が霞むほど遥かに濃い年月であった。

 

「始めは(いが)み合っていた私達が良くここまでこれたものだ」

 

 初めて出会った時、両者は敵対関係にあった。

 だが世界を脅かす未曾有の危機に立ち向かう為、両者は協力する事になり、そして今では盟友と呼べる間柄にまでなった。

 

「不思議なものだ、ヒトと、カミと、……がこうして手を取り合う事の出来る時代が来ようとは」

「でも、それはまだ()()()()だ。依然として我々は啀み合う関係にある」

「それを是正するために我等は協力しているのだ。新たなる時代の為に」

 

 ウラノスの言葉がギルドの地下で響き渡る。

 

「あぁ、生きとし生ける全ての者の為に……って事さ。貴方達にとっては皮肉かもしれないが」

「元よりそれは承知の上。我らは一蓮托生、時代を終わらせる共犯者である。この命果てる時まで付き合おう」

 

 そう言うとウラノスは光り輝く大きなクリスタルを取り出した。

 

「……“神”にそう言われると心強いよ」

「ふん、心にも無い事を……」

 

 そして青年もウラノスと同じ様にクリスタルを差し出す。

 この淡く輝く光のクリスタルは彼等が選ばれし者であるという証。星に選ばれた者であるという証だ。

 二つのクリスタルが互いに呼応するかの様に煌めく。この輝きは、二人の意思がまだ挫けていない証拠だ。

 

『クリスタルの加護があらんこと』

 

 互いに光輝くクリスタルを確認し、そしてクリスタルをしまう。

 そして、ウラノスはここにはいないもう一体の同志の動向について言及した。

 

「……黒き竜から異端児(ゼノス)の準備は順調であると報告があった」

「……そうか。それは良かった。じゃあ後は──

「あぁ、後は──

 

 “彼女”次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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