光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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イシュタル 女神様その1

カーリー  女神様その2


第5章
イシュタルの場合 1


 憎い、憎い、憎い。

 

 狂おしいほどに、狂おしいばかりに、狂いそうなくらいに──。

 

 

 “アイツ”が憎い。

 

 

 

 * 

 

 

 

 かつて、多くの英雄に悲劇をもたらした様に……。

 かつて、美しいというただそれだけの理由で運命を狂わせた様に……。

 かつて、幾多の大戦争の引き金となった様に……。

 

 神の“嫉妬”ほど、厄介なものは無い。

 ましてやそれが女神の、それも『美の女神』の嫉妬ともなれば、その深淵は計り知れないものになるだろう。

 

 そしてこのオラリオでも、まるで底なし沼の様な深き嫉妬に狂う『美の女神』がいた。

 自身が支配する夜の街。その中でも最も高い宮殿の最上階で、オラリオで最も高い巨塔の最上階を睨め付けながら、今日も彼女は呪詛の言葉を吐く。

 きっと、今も“あそこ”でアイツは、あの女神(おんな)は、こっちを見下(みお)ろしている筈だ。

 

「フレイヤ……何故、私ではなくお前がそこにいる? どうしてお前が王を気取っている?」

 

 その類まれなる美しさを主張するかの様に、蠱惑的に素肌を曝け出している褐色肌の美神──イシュタル──はその眩いばかりの美貌を歪めながら言う。全くもって気に入らない!

 彼女の感情はその美しさとは裏腹に、酷く醜く渦巻いていた。

 

「クソッタレ……だが、付け上がっていられるのもこれまでだ。“切り札”は既に我等の手の中に……手札(カード)は全て揃った」

 

 神としての嫉妬。

 女としての嫉妬。

 ファミリアとしての嫉妬。

 

 様々な妬みが、恨みが、憎しみが、僻みが、女神を狂わせる。

 それは、禁断の秘術に手を染めてしまう程に。

 それは、怪しげな“女”と手を組んでしまう程に。

 

 そして──「おぉ、怖や怖や。女神の嫉妬と言うものはこうも醜いものなのか。全く()()()()と言うものは度し難いものだのぅ」

 

 闘争に狂った神の、闘争に狂った国の、闘争に狂った女達のファミリアを、オラリオに招き入れてしまう程に──彼女の嫉妬は狂っていた。

 幼子の様な神、闘争の戦神、アマゾネスの女神──カーリー──の言葉に対し、イシュタルは一笑しながら答える。

 

「ふん、なんとでも言え。あの女神を堕とせるのであれば私はなんだってやろう、なんだって犯して見せよう」

 

 狂気を孕んだイシュタルの微笑みに、カーリーもまた笑みを返す。

 

「そこまで固執する気持ちは理解出来ないが……なるほど、共感は出来る」

 

 彼女も戦に狂った神、闘争の血に飢えた女神だ。イカれた(もの)同士通じるものは確かにある。

 あるからこそ彼女達が選ばれたのだ。

 

 二柱は嘲笑う。狂った様に、イカれた様に、壊れた様に高笑う。

 そして、それを咎めるように一人の女が言う。

 

「……好き勝手絶頂するのはいいが、忘れるなよ。お前達を招き入れたのも、お前の言うその“切り札“も、その為の最新の技術も、何もかも、全て我々が用意した物だ。闘争でも戦争でも勝手にすれば良いが、“依頼”はこなして貰うぞ」

 

 人でありながら神に匹敵する程の威圧を放つ赤毛の女性──レヴィス──がそう言って二柱を睨みつける。

 有無を言わさぬ迫力がレヴィスから注がれる。

 

「安心しろ、ここまでお膳立てをしてもらったのだ、依頼はきちんとこなす。フレイヤを殺す前の試金石に丁度良い手合だ」

「妾達の目的はむしろ“そっち”だ。嫉妬に狂った女神の手伝いは、所詮()()()に過ぎん」

 

 自信満々にそう言い放つ神々を見てレヴィスは静かに言う。

 

「相手はそう易くは無いぞ?」

 

 依頼対象の強さは戦争遊戯(ウォーゲーム)を通じて良く知っている筈だ。

 相手は間違いなく第一級冒険者クラスの実力を持っている。一筋縄で済む者ではない。

 油断や慢心を指摘するレヴィスに、にやけながら余裕綽々でイシュタルが答える。

 

「所詮、タネの割れた魔法(マジック)だ。そんなものに価値も脅威も無い。魔法封じの手段なら幾らでも準備してある。それに──我等には“コレ”もある」

 

 そう言ってイシュタルは懐から、ある宝珠を取り出して見せた。

 緋色に妖しく光るその宝玉は、薄闇の中でも赤々と血の様に輝いている。

 

「貴様達に教えてもらった()()()によって、大した憂いも無く取り出す事が出来たのは幸いだったな」

 

 これで何人かの団員が抱いていた疑念を取り払う事が出来た、そうイシュタルは付け加えた。

 

「妾の方にも一つ策がある……」

 

 そう、カーリーも続けて言う。

 

「ほう、脳みそまで筋肉で出来ている戦闘狂と思っていたが、策を考える頭くらいは貴様にもあったのだな」

「……ふむ、随分と言いよるなぁ、イシュタル。何であったら、先に貴様等を血祭りに上げてもいいのじゃぞ?」

「やってみるか? 貴様のその余裕ぶった顔を歪ませてやるぞ?」

 

 一瞬即発の剣呑とした空気が両者の間に漂う。あぁ何故、こうも神々は仲良く出来ないのか。まるで子供の喧嘩だ。

 ふぅ、とレヴィスは溜息をつく。

 

 似たような肌色の、似たような髪色の、絶望的なまでに体格差のある二柱が睨み合う光景は、まるで姉妹喧嘩の様だとレヴィスは思った。

 そう考えると何だか今のこの緊迫とした雰囲気が、ほのぼのとしたどうでも良い状況に思えてしまう。

 

 いや、事実レヴィスにとって今の状況は、どうでも良い事だった。

 

 二柱とも随分と偉そうな事を言っているが、最終的に戦うのは眷属達の方であって彼女達じゃ無いのだ。

 結局、「神」は()()()()()──それがレヴィスがこの五年間で一番に学んだ事である。

 

(だが、今回ばかりはそうはいかない。計劃の為、目的の為、お前達にも矢面に立って貰うぞ)

 

 未だ睨み合いを続けるイシュタルとカーリーを見つめ、レヴィスはそう心の中で言った。

 そんな、もはやヒトデナシと化した彼女の内心を、神々が見抜く事は決して出来ないだろう。

 

「いい加減にしろ……それでカーリーその策とは何だ?」

 

 いつまでも反目し合う二柱にレヴィスは苛立ちながら言った。

 

「ふん、まぁ良い。……“ここ”には昔懐かしい()()()()がおってな、丁度ここに来たばかりの時に挨拶がてら会いに行ったのじゃ」

「貴様ッ!! 大人しくしていろとあれほど言ったのに、勝手な事をッ!!」

「何、神威は完璧に消しておったから問題無いじゃろう。誰も気付いておらぬよ」

「それとこれとは別問だ──」

「それで? それがどうしたと言うんだ、カーリー?」

 

 イシュタルの言葉を遮りレヴィスが鋭く問う。

 彼女の言葉は、これ以上話を拗れさせて、ややこしくされるのは御免だと言外に訴えていた。

 

「フフフ……言ったであろう? ()()()()というものはかくも度し難いと」

 

 それは“神”も“人”も変わらん、そう小さな女神は呟いた。

 

 久々に会った知り合いは、嫉妬に狂っていた。

 久々に会った“元”眷属は、愛する者を奪われそうになりおかしくなっていた。

 久々にあった双子の姉は、「怒り」だけじゃどうにもならない相手に自棄になっていた。

 

 だから“元”主神らしく救いの手を差し伸べたのだ。

 

「そうじゃろう? なぁ……ティオネ」

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョンの奥深く。人類の未到達領域。62階層。ラグナロク拘束艦『生体管理区』。通称、侵攻2層。

 そこで決して歴史に刻まれる事の無い、神話の如き戦いが繰り広げられていた。

 

 

 先陣を切って進むアンナの大剣がメリュジーヌへと突き刺さり、それが合図となり戦闘が開始される。

 

 何時も通りの始まり。

 何時も通りの初手。

 何時も通りの開始。

 

 幾度と無く繰り返された戦いと全く一緒の始まりだ。

 だが──。

 

 Lefiya Viridis【敵】【運んで下さい】 <se.5>

 Lefiya Viridis【敵】【運んで下さい】 <se.5>

 

「レフィーヤちゃん! ポイントCにルノー誘導だよ! 頑張って!」

「分かりました!!」

 

 だが、今回の気合の入り様は、いつもとは明らかに違っていた。

 

 新たな仲間を二人迎え、“特訓”をし、新調した装備に着替え、最高級の食事を摂り、ハイエリクサーを始めとする高品質の薬品群をガンガン使っていく。

 

 

 全ては、今日、この日、メリュジーヌ(やつ)を倒す為だ。

 

 メリュジーヌの呪詛の声が響く。その度に──。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

「『声』です! 全員注意してください!!」

「俺と、アンナと、リリだ! 外に向けろ! リリはルノーだ!」

「はい!」「了解です」

 

 仲間達で注意を促し合い。

 

 メリュジーヌ 80% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 80% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

「アンナ様! そろそろダンサー来ます! 準備を!!」

「了解!!」

「来るぞ! ダンサーだッ!! 全力で攻撃しろ!!」

 

 管理者の危機を察知しラミア・デスダンサーが出現する。

 

 ラミア・デスダンサー【これを先にやっつけて!】 <se.2>

 ラミア・デスダンサー【これを先にやっつけて!】 <se.2>

 

 半人半蛇の踊り子が死の舞いを踊るその最中でも。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

 メリュジーヌ(彼女)の呪詛の声と、()()は止まらない。

 

「来たよ! 声と──叫び!」

 

 

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

 

「ルノーの方は準備万端です!」

「ナイスです! レフィーヤさん!」

「来るぞッ! 全員退避!!」

 

 それでも、それを見事な連携でくぐり抜け。

 

「おっし! 次だベル! エルザ! 行くぞ!」

 

 最初の死の踊り子を倒し。

 

「はい! リチャードさん!」

「いっくよー!」

 

 続いて二体目、三体目の踊り子も倒し。

 

「こいつでラストォオオ!」

 

 死の踊り子(デスダンサー)を越え、メリュジーヌの体力を削っていく。

 

 メリュジーヌ 60% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 60% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

 

「次はディーラーです! 来ます!」

 

 続いて四方に死の配り手が出現する。

 

【近接】【時計回り】【時計回り】 <se.8>

【近接】【時計回り】【時計回り】 <se.8>

 

「今度は時計回りです! 行きますよ! リチャードさん!」

「おうよ! ベル!」

 

 それを淀みなく流れるように倒していく。

 

【地面】【円形】【継続ダメージ】【回避して下さい!】 <se.7>

【地面】【円形】【継続ダメージ】【回避して下さい!】 <se.7>

 

 行く手を阻む毒沼の中でも。

 

「毒沼来てるよ! 注意して!」

 

 雨あられの如く降り注ぐ弓矢の中でも攻撃の手を休めず。

 

「よっし! これで止め!!」

 

 死の配り手(デスディーラー)を超える。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

 そんな中でも絶える事無く響く。

 

「あぁ、芸術なまでのルノー像……」

「見とれている場合ですか!? レフィーヤ様! 声きてますよ!」

「!!」

 

 声と。

 

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

 

 叫びを無駄なく処理し。

 

 メリュジーヌ 35% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 35% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

 メリュジーヌを追い詰める。

 

「そろそろプロセクターです! 準備は!?」

「大丈夫です! 貯まっています!」

「来たよ! プロセクター!」

 

 メリュジーヌに匹敵する大きさの半人半蛇の解剖者(プロセクター)が現れる。

 

【後ろを向いて下さい】【後ろを向いて下さい】 <se.11>

【後ろを向いて下さい】【後ろを向いて下さい】 <se.11>

 

 出現した最後の刺客──ラミア・プロセクター──の眼光が妖しく発光する。

 その次の瞬間、石化の呪詛が込められた視線が放たれた。

 

「全員、後ろ向き!!」

 

 だが、それを──ペトリファクションを被害無しで攻略し。

 

【リミットブレイク】【リミットブレイク】<se.12>

【リミットブレイク】【リミットブレイク】<se.12>

 

「今だ! ヤれッ!ベル!!」

「うぉおおおおおおおおおお」

 

 高速で激しく結ばれる印。

 地表から彼を中心に出現するは月光の如く青白く揺らめく幾重もの忍者刀。

 真円を描いて規則正しく並ぶ月光は、プロセクターを標的に定め、解剖者(プロセクター)を幾度と無く切り刻み、血祭りにあげた。

 

『月遁血祭』

 

 最後の緊急防衛機構──ラミア・プロセクター──を越え、後は、メリュジーヌ(彼女)を残すのみ。

 

 

 あと少し──。

 

 あと僅か──。

 

 あとちょっとで──。

 

 彼女を倒せる。倒せるところまで来ている。

 

 動悸が高鳴り、心臓が激しく鼓動する。

 身体中の血液が沸騰し、興奮が最高潮に達する。

 

 ぃけ──誰かがそう呟いた。

 

 初めて挑戦した時は絶望しか無かった。

 

 いけ──次第に小さかった声が大きくなる。

 

 こんな敵、倒せるのかと疑問にさえ思っていた。

 

 いけ! ──やがてそれは大きな叫びとなってパーティー全体へと広がっていく。

 

 それでも諦めず、幾度となく挑戦し──そしてここまで辿り着いた。

 

『いけぇえええええええ!!』

 

 パーティー全員のあらん限りの叫びと共に、山吹色の一撃が放たれる。

 それはかつてベル・クラネルが戦争遊戯で見せた一閃と非常に酷似しており、仲間達の思いが凝縮されたその一撃は、かつてのものとは比べ物にならないほどの威力を秘めていた。

 

 

 リミットブレイク1(ブレイバー)は。

 

 メリュジーヌの肉を断ち。骨を砕き。魂を粉砕し。その機能を完全に停止させた。

 

 メリュジーヌが倒れる。

 半人半蛇のモンスターが崩れ落ちる。

 全ての機能を停止して、力尽き、エーテルへと還っていく。

 

 僅かな夢見心地の後。誰かが小さく、「勝った」と呟いた。

 

 

 その瞬間──声にならない歓喜の叫びが階層中に響き渡った。

 

 

 

 *

 

 

 

「……と言うわけで、念願の蛇女君討伐成功、兼みんなのランクアップ、兼なんだかんだで出来ていなかった戦争遊戯(ウォーゲーム)の祝勝会、兼サポーター君改めリリルカ・アーデ君の入団記念、その他諸々を祝して……」

 

 見事に試練を超えた冒険者達を代表して、皆の前でヘスティアが前口上を述べている。

 

「多すぎぃ!」

「多くないですか?」

「流石にいっぺんにやり過ぎじゃないのでは?」

「諸々ってなんですか!? 神様!!」

 

 それに対し、みんななんか好き放題ごちゃごちゃ言っているが、それを気にも留めずにヘスティアが音頭を取る。

 

「えぇい! とにかく、かんぱーいッ!」

『かんぱーい!』

 

 オラリオの西部、一般居住区7-5-12にある、竈の家(ヘスティア名称)で諸々の記念を祝した宴会が盛大に開かれた。

 

「フハハハハ! 皆のもの存分に喰らうが良い!! 許す! 無礼講じゃああ!」

 

 飲めや、歌えや、踊れや、食らえ。

 自らのツインテールを、まるで生きているようにブンブンと回しながらヘスティアが宣言する。

 この女神の前では常に無礼講状態の様な気がしないでもないが、兎にも角にも今日は無礼講である。

 

「居候の神様が何か言ってる件。全くいつまで居座る気なんですかねぇ」

 

 それどころか他人の家に自分のアイデンティティーの名を付ける始末である。

 この家と竈に因果関係は全く無い。むしろ竈なんて物は置いて無い。代わりに暖炉はあるが。

 

「リチャード君がすっごい辛辣! 良いもん、良いんだもん。隣人くんはずっと住んで良いって言ってくれたから! 助かってるって言ってたから! だからセーフだもん! ネーミングセンスだって、ネミングウェイ並に抜群だって言ってたもん!」

 

 実際の所は『砂』に比べりゃ何でも“マシ”と言うのがこの家の主の意見だったりする。

 

 それにヘスティアの言う通り、戦争遊戯(ウォーゲーム)後急激に増えた不法侵入者を逐一撃退するのにヘスティア・ファミリアは、特にヘスティアの存在は大いに助かっていた。

 流石の不届き者達も神の前では手を出し辛い様だ。何やかんや言って神の権威というものは偉大なのだ。

 

 なので、このロリ神、こう見えても今この時もしっかりと仕事をこなしているのだ。

 

 自宅警備員と言う名の仕事を。

 

「というか、ヘスティア様が格好つけて『お前の顔は二度と見たくない、二度と僕達に関わるな』キリッ。なんてこと言わなければ、今ごろアポロンファミリアの本拠地(ホーム)でも何でも乗っ取って、悠々自適に生活出来ていたんですけどね」

「『それが分かったらさっさと失せろ』」キリッ

 

 ついこの間、新たにヘスティア・ファミリアに加入したばかりのリリが、容赦なく突っ込み、そして悪ノリしたリチャードが更に追い打ちをかける。ヘスティアのダメージは加速した。

 

 色々あって立派に逞しく成長した今のリリは、今のところ向かうところ敵無しだ。まさに無敵状態である。

 

 もう筆舌にし難い壮絶な事が色々あって気づけばLv.3なんてものになってしまっていたが、もし、今は亡きリリの両親がこの話を聞きでもしたら、ビックリ仰天して墓場から蘇ってそのショックでまた昇天しちゃうなんて事態になること請け合いである。

 

「さ、流石にそんな鬼畜な事はしちゃ駄目だろう!」

 

 他人のホームを乗っ取るとか悪神ですらやらかさない、まさに鬼畜の所業である。

 そんな心ない事、心優しい慈愛の女神のヘスティアがするはずが無い。いいね、するはずが無いのだ。分かったね。

 

「……しかし、思えばみんな強くなったものだよねぇ」

 

 そう、しみじみとヘスティアが言う。

 

 今、ヘスティア・ファミリアには二人のLv.3が居る。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)後すぐにベルが、そして加入した直後のステイタス更新でリリが立て続けにランクアップし、そしてその後、一週間と経たずに今度はメリュジーヌとか言う謎の蛇女を討伐し二人揃ってランクアップを果たしたのだ。これで二人共仲良くLv.3だ。

 流石に二度目のランクアップの時は展開が早すぎて度肝を抜かれたりもしたが、良く良く考えてみれば周りはそんな奴等ばっかりだ。あまり深くは考える必要は無いと思われる。

 

 今にも崩れそうなボロ教会の隠し部屋から、ベルと二人でスタートしたあの時と比べると今の状況は雲泥の差である。

 まあ、若干、差があり過ぎる様なきらいもあるが、気にしたら負けだ。

 

「全く、みんなあまりにもほいほいランクアップするもんだから、ギルドの方から、『公表は控えさせて下さい』なんて言われる始末だよ!」

 

「こんな展開になろうとは、このヘスティアの目を以てしてでも見抜けぬとは!!」とでも言わんばかりにヘスティアがにやけながら言った。

 事実、ランクアップの公表をギルド側がわざわざ渋るのは異例中の異例の事態である。

 

 

「まぁ流石にやり過ぎた感は否めないな」

 

 そう呟くリチャードもメリュジーヌ戦後ランクアップし、遂にヒューマンとしては最高位のLv.6に到達していた。

 あまり実感は無いがヒューマンとしては最強と恐れられていた剣姫をも越えたのである。まさに強靭、無敵、最強となったのだ。とてもそうには見えないが。

 

 だが、リチャードの心の中に自惚れや慢心は全く無い。

 そもそも彼のリーダー曰く、これでようやくスタートラインに立ったのだと言うのだから慢心しようが無かったりする。

 

「そう言えば私も、これでLv.5か……」

 

 そう、レフィーヤが物静かに言う。

 

 Lv.5──あの憧れの冒険者達と、あの憧れの女性アイズ・ヴァレンシュタインと同じLv.だ。念願だった彼等と同じ領域(Lv.)に足を踏み入れたのである。

 何だか嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだ。

 

 ここに至るまでには多くの犠牲があった。涙なしでは語れないほどに多くの尊い犠牲があったのだ。

 

 特に特筆すべきは憧れの冒険者達が、大量の経験値に変換されて見えてしまうという、とんでもない節穴に目がなってしまった事だ。次点はファミリアの男性陣をまともに直視出来なくなってしまった事だ。団長の団長ってアレなんですね。

 

 しかし、これも強くなる為には必要な犠牲だったのだ。割り切る他、無いだろう。ありがとうクローン達。

 

「……私達、本当に勝ったんですね」

 

 そう、再確認する様に澄み切った声でレフィーヤが言う。

 

 今回の勝利は、他人におんぶに抱っこで出荷された棚から牡丹餅的な勝利では無い。自らの力で勝ち取った正真正銘の真の勝利だ。

 あの時感じた興奮は、生涯決して忘れられないだろう。

 既にあの戦いから幾日が経過しているが、あの時の熱は未だ冷めず身体の中で渦巻いている。

 

「特にレフィーヤはあの戦いは凄く頑張ったもんね。ランクアップするのも当然でしょ!」

 

 今回の戦いでレフィーヤは──ルノー誘導に神経を磨り減らし、石化ビームの処理に気を使い、定期的に飛んで来る炎にその身を焼かれ、次々と湧いてくる雑魚を倒し、その中でもメリュジーヌを攻撃すると言う難題を見事にこなしたのだ。

 あの戦いで最も負担が大きかったのは誰かと言うと、それは間違いなくレフィーヤである。

 だから、ランクアップは必然であると言えた。

 

「そうなのですが、なんだかちょっぴり複雑な気持ちです」

 

 少し納得のいっていない様子で細々とレフィーヤは呟く。

 

「それは、まぁ、その、ちょっとは分からないでもないかな」

 

 そんなレフィーヤに少し言葉を濁しながらエルザも同意する。

 

 彼女達は心に僅かな戸惑いを抱いていた。

 あまりにも早過ぎるランクアップに彼女達は戸惑いを抱いていたのだ。

 

 憧れだった冒険者に追い付いた、追い付いてしまった。

 まだ、遥か彼方の遠い場所にいると思っていた人達がすぐそばにいる、一緒に肩を並べられる所にまで来ている。確かにそれは良い事だ、決して悪い事ではない。

 そうなる事を願っていたし、目標としていた。そしてそれをいつか必ず実現すると決意していた。

 決意していたが──あまりにもこれは()()()()。このまま行くといずれ、いやむしろ既に──。

 

「私なんて、改宗(コンバート)した瞬間にランクアップして、『大丈夫、大丈夫』とか言われて無理矢理あそこに連れて行かれたと思ったらまたランクアップですよ? 確かにあそこまでの事をしたのですからランクアップぐらいしてもらわないと割りに合わないですが、今までの私の努力や苦労は何だったの? って感じです」

 

 何年も(くすぶ)って、才能が無いと嘆いてグレていたと思っていたら途端に“これ”である。マジで怒涛の展開にも程がある。

 もっとこうしっかりとした手順とか順序を経るべきでは無いだろうか。

 

 そんなリリの意見は全くもって至極当然のものであると言えた。

 

「あはは、でもそれのお陰で回復魔法も覚えれたし、リリも立派なヒーラーになれたじゃん!」

「……まぁ、そうなのですが、なんというかこう納得のいかないというか、腑に落ちないというか、そんな部分があるのですよ」

 

 そう、それは、言外にお前の努力は全て無駄な努力だったと言われているようで……そう尻窄みにリリは言った。

 そうして、気落ちしたように俯くリリ。

 あまりにも長い間ランクアップ出来ず、あまりにも短い間でランクアップをしてしまった反動が心に表れてしまっていた。

 

 重苦しい沈黙が漂う。

 そんな雰囲気を見かねてか言葉を掛ける者がいた。

 

「無駄な努力なんてものは一つも無いさ。些細な事過ぎて気付かなかったり、忘れがちになったりするかもしれんが、リリがサポーターになって、ベルと出会って、ベルを助けたいと思って、そして強くなったのは、リリの今までの努力があってこそ、だ。だから、リリがこれまで頑張ってきた事に間違いなんて無いさ。自信を持て……」

「……リチャード様」

 

 そうリリの頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でるリチャード。まるで主人公みたいである。

 

「……だから、俺がこの五年間ぐだぐだニートをしていたのも間違いではなかったのだ!」

「それは大いに間違いでしょう!?」

 

 素早いリリのツッコミに、そんなー! っと嘆くリチャード。

 最後の余計な一言さえ無ければそこそこ良い話だったのに、これでは台無しである。本当に締りの悪い男である。

 

(でも、まぁ──)

 

 彼のそんなおどけた調子のお陰で、彼女()の心が少し楽になったのもまた事実であった。

 彼が言う通り、ここに来るまでの道のりに間違いは無かったはずだ。きっと、多分、メイビー。

 

「……強くなるのは良い事さ。分不相応な強さならそれは問題だけど、君達の“ソレ”は、それだけの事をして乗り越えて来た証だ。それは君達の恩恵(ファルナ)が確かに証明してくれている。僕としては“それ”を疑って欲しくは無いかな」

 

 締めくくりに、慈愛の女神の名に恥じない微笑みでヘスティアが言う。

 その言霊には、どこかの誰かと違って妙な説得力があった。流石、神である。どっかのおっさんとは格が違う。

 

「……などと、つい最近までステイタスの隠蔽法すら知らなかった神が申しております」

「ふぁぁああああああ!?」

 

 でも、やっぱり最後の最後で台無しなった。

 だが、それもそれで実に彼等らしいとも言えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「はいはいはーい! ではでは、みんな注目、注目ぅ!」

「本日のメインイベント! 始めますよ!」

 

 アンナとエルザの言葉に、ワーワー、キャーキャー、パフパフといった歓声が上がる。

 基本的にただ飲んで食っちゃべってるだけなのが彼等の宴会だが、今回は特別に催されたイベントがあった。

 

 イベントの内容は、今回の報酬品──ドロップアイテム──の御披露目会である。

 

「さて、じゃあ、先ずはリリからだよ! みんなー! 準備は良いかな!?」

 

 ノリノリで、「いいともー」と答える観客達。

 その場のノリと宴会のノリも手伝ってテンションは最高潮だ。

 

「ではでは、どうぞー!」

 

 その言葉と共に後ろの天幕からリリが現れる。

 

 恥ずかしそうに現れたリリは赤と白を基本に黒のアクセントを入れたとあるローブに身を包んでいた。

 そのローブは、さる14番目の幻想世界に於いて、古代文明の正規軍が採用していた最新装備──通称ハイアラガンヒーラーローブ──と呼ばれた物で、一時期、エオルゼア中のHimech……凄腕のヒーラー達の心を虜にして、夢中にさせて、弄んで、そして絶望させた超曰く付きの代物である。

 でも、だからこそ物凄く可愛いのだ。それだけの為に逝く価値がある程に。

 

「うわぁ、凄く可愛いですね!」

「あぅ、あぅ、そ、そうですか?」

「えぇ! 凄く似合ってますよ!」

「ぐぬぬ、く、悔しいけどかなり似合ってる」

 

 赤と白の色調に、細部に渡って作り込まれたアラガン様式の装飾で彩られたそのローブは、愛らしい小さな身体も手伝って、とてもリリにマッチしていた。

 大きさも、まるで予め彼女のサイズを測り、専用装備として密かに作っていたんじゃないかと疑ってしまうくらいにピッタリである。

 

「あ、あの、それで、その、べ、ベル様……ベル様は、どう思いますか?」

 

 好評価であった女性陣の感想を支えに勇気を振り絞ってリリは、パーティーの中でも一番評価を聞きたい、一番感想が気になる人にどうかと聞いた。

 

「うん! 凄く可愛いよ、リリ!」

「!!」

 

 純粋無垢な笑顔でベルは思ったままの感想を述べた。

 まさに女を殺しにかかっている笑みであった。流石、原作主人公の格は違った。どっかのおっさんとは大違いだ。

 

 ベルの評価にリリは「ふぁぁあああああ」と満面の笑みで歓喜を露わにし、ヘスティアは「ぬぉおおおおおお」と嫉妬を露わにしていた。

 

「い、言っておくがリリ! 幾ら君が僕の眷属になったからと言って、僕の目が黒い内はベル君は誰にもやらないからな!」

 

 まるで箱入り娘を持った頑固親父の様な台詞を吐くヘスティア。性別が逆転している気がするが些細な事だ。少なくとも彼女達にとっては。

 

「望むところです、ヘスティア様」

 

 頑固一徹カミナリ親父と化したヘスティアに対し、リリも負けじとそう宣言した。

 ここで退くわけにはいかない。リリの『可愛い装備で気になるあの子のハートを鷲掴みにしちゃうぞ☆』計画は一応大成功に終わった、はずなのだ。

 彼女の最終目的である『気になるあの子とエタバンしちゃお!』計画はまだまだ始まったばかりだ。この程度で退くわけにはいかない。

 

「むむむ!」

「ぬぬぬ!」

 

 同ファミリアの主従間で熱い火花が弾け飛ぶ。そして、そんな最中でもお構い無しにお披露目会はどんどん進んでいく。

 

「えっと……さて、じゃあ次はリチャードさんの番なんですが、ぶっちゃけ言って、おっさんのファッションショーなんて見てもキモいだけで、需要もさっぱり無いと思うので、思い切ってカットします!」

「うおぉい!?」

 

 天幕の後ろからおっさんの叫びが聞こえた。多分きっと空耳である。あっ、叫び付いたんでそのまま隠れていて下さい。

 

「まぁどうせアクセサリーだけだし……良いよね。ね、ルララちゃん?」

【はい、お願いします。】

 

 たいして男の、それもアクセサリーのお披露目なんかに興味が微塵も無いルララは間髪入れずO.Kの許可を出した。無慈悲なまでのカットがリチャードを襲う。

 

「はい! では、以上! ドロップアイテム御披露目会でした!」

 

 という訳で終幕である。

 エルザの元気なアナウンスと共に、このイベントは終了した。天幕の後ろでスタンバっていたおっさんはもちろん放置である。

 

「えっと、因みに、強さ的には既に産廃装備と化しているので今後恐らく出番は無いよ!」

「どうしても使いたい人は、普段着とかに使って下さいね」

 

 所詮、奴など五千年前の古ぼけた骨董品である、と何処かのララフェル族が言ったとか言わなかったとか。

 

 

 

 *

 

 

 

「……さて、じゃあ俺はそろそろお(いと)するわ」

 

 ひとしきり馬鹿騒ぎをし、宴もたけなわとなった所でリチャードがそう切り出した。

 

「あ、もう帰るんですか? リチャードさんにしては珍しいですね」

 

 リチャードは普段ならこういった宴会の時は必ず最後まで残っている男だ。だからアンナは意外そうに、そう言った。

 実は最近じゃ“ここ”に住み着いている事は、神を居候扱いした手前、口が裂けても言えないだろう。

 

「いや、まあ、ちょっと野暮用がな……」

 

 言葉を濁しながらリチャードが言う。

 

「野暮用、まさか女ですかッ!? ルララさん事件です!!」

「なわけねーだろ!」

「じゃあ男ですか?」

「!?」

 

 その言葉にレフィーヤが「びくぅ」と反応する。

 ベルとの会話を楽しんでいた彼女は恐る恐る振り向き会話の様子を伺い始める。彼女の挙動からはこの話題に興味津々であるといった事が簡単に見て取れる。

 

「んな訳あるか! そこの耳年増エルフのとこの団長にちょっと呼び出しを受けてな……」

「何だ、やっぱり男じゃないですか……」

「だから、なんでそうなる……」

 

 呆れ声でうなだれながらリチャードが溜息をつく。

 それに対しエルザが「じゃあ、殴り込み?」と物騒な事を問う。

 

「お前ら二人は会う度ドンドン過激になってくのな……」

「えへへ」

「いや、誉めてないからな」

 

 取り敢えず何でもかんでも即戦闘に直結させるのは良くない。戦闘狂の悪い癖である。

 

「まあ、何にせよ、如何わしい事でも殴り込みでもねぇよ。なんでも俺に相談したい事があるらしい」

「リチャード様に相談なんてなんて命知らずな!」

「辛辣だな、オィ。小人族(お前)のとこの勇者じゃ無かったのかよ」

 

 若干悲しそうな声でリリにつっこむリチャード。

 このパーティーにおける彼のポジションは大体こんな感じである。これでも一応パーティーの№2だった筈だ。多分。

 

「団長が相談……」

 

 会話を聞き思い当たる節が無いか思考し始めるレフィーヤ。

 そんな彼女にアンナが話を振る。

 

「何か心当たりがありますか? レフィーヤさん」

「……いえ、ただ、最近ティオネさんの様子が可笑しいと言う話を、風の噂で聞いたような聞いてないようなそんな気がします」

「随分とまたあやふやですね」

 

 というか彼女のその言い様では殆ど根も葉もない噂以下の法螺話も同然だった。

 

「……何分あまりホームに行かないですからね」

 

 もしかして団長、ついにティオネさんに嫌気が差して男色にッ!? とは心で思っても口には出さないレフィーヤであった。

 

「そのティオネって人は大か? 小か? 中か?」

 

 そうリチャードが問う。

 他人からしてみれば意味不明な台詞だが、彼等の間では意味の通じる台詞だ。

 

「大の人です。と言うか結構有名人なはずですよ? 何で知らないんですか?」

「何分世俗には疎くてな、なにせサボりまくっていたし。……それにしても、あのご立派様か」

 

 この場にいる全員の脳裏に長髪で褐色肌のぷるんぷるんな女性が浮かんでは消えていった。まさに眼福といったダイナマイトボディの持ち主である。

 同じ遺伝子が流れている妹の方にも少しは分けてあげるべきではないだろうか。

 

「まあ、あまり勝手に憶測を巡らせるのは良くないと僕は思うよ! 誰にでも悩みの一つや二つあるものだしね」

 

 余計な詮索に走ろうとしていた子供達を、ヘスティアがそう優しく(たしな)める。

 相談を受ける側が、する相手に変な先入観を持つのはあまり良くないだろう。

 

「それもそうですね」

 

 ここにいる皆を代表してアンナがそう返答する。そして彼女の言葉を以て、この話題はお開きとなった。

 

「とまあ、そういう訳だからちょっくら行ってくるわ」

 

 そう言い残しリチャードはこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




 バイバイメリュジーヌさん。

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