光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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イシュタルの場合 2

 あなたと私は血肉を分けた、世界でたった二人っきりの大事な姉妹。

 

 

 あなたと私は、一心同体、一蓮托生。

 

 

 私にはあなたが何故あそこまで執着するのかはわからないけど、あなたの「怒り」は理解できる。

 

 

 だから──あなたが行くなら、()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

 迷宮都市の片隅にある、とある人通りの少ない場所の、いかにもな感じの雰囲気が漂うとある高級店の、怪しげな空気がプンプンとするとある一室。

 照明が落とされ、薄闇が支配する部屋の中で──

 

「また、ランクアップしたわ……」

「うちもや……」

「ガネーシャはもう気にしないことにした!」

 

 神々の会合が密かに行われていた。

 ここに集う神々にある共通の悩みがあった。その為か彼等の表情は一様にして優れていない。

 

「どうしてこうなったのかしら?」

 

 ふと、暗闇の中でさえも衰える事を知らない美彩を放つ女神が疑問を零した。

 彼女の表情は暗がりに隠れ二柱からは確認することは出来ないが、その声色からは僅かな疲労と疑心が感じられた。

 

「どうしてもこうしても、なんもかんも全部“あれ”のせいやん! なんやねん、“あれ”は!?」

 

 エセ関西弁で話す一柱の神が、諸悪の権化とも言える“あれ”に対して激しく感情を露わにした。

 彼女は、自他共に認めるほど口の悪い神である。

 だが、とはいえども本来であれば、眷属達の命の恩人にして、財政難に苦しむファミリアの救世主である“あれ”に対して、こんな無礼な言い方をするほど恩知らずでもない。ないのであるが、それでも文句を言いたくなる位に“あれ”の行動は常軌を逸していた。

 

「お、落ち着け! ガネーシャは落ち着いている!」

「お前の事なんか知らんわ! これが、落ち着いていられる状況か!? ほんまなんなんやねん! こんな短期間で二回ランクアップとか、アホちゃうか!?」

 

 本来であれば、実にめでたいはずのランクアップに、彼女は不満ありありと愚痴を慟哭する。

 

「私のところは三回目だけれどね。しかも二人よ」

「ガネーシャも三回目だな! ハハハ、お前のところはまだまだだな!!」

 

 憤る神に対し、残りの二柱は自慢気に言い放った。

 それは言ってしまえば、五十歩百歩で、どんぐりの背比べで、どっちもどっちであったが、その冗談により緊迫していた空気が僅かに和らぐのを神々は感じとった。

 その代わりとある一柱の怒りのボルテージは上がっていたが。

 

「何が『ハハハ』や、回数が問題やないやろ! しかも、なんでちょっと自慢気なんや! みみっちい張り合いしとる場合かッ!」

 

 暢気な態度を示す二柱に対して、ある一部分が残念な神が憤慨する。

 

「ほんま、おかしいやろ!? どう考えても! こんな短期で連続ランクアップとか、頭おかしんちゃうか? そのせいかしらんが最近のレフィーヤたんめっちゃ冷たいやんけ!」

 

 ここ最近じゃ彼女との関係は、ただ淡々とステイタス更新をする()()の冷め切った関係になってしまっている。

 それはまるで、例えるなら、とある男女の愛情溢れた愛の営みだったはずのものが、子作りの為に致し方なく致す、無感情で無愛情なただの作業な行為と化してしまった悲しい変化に酷似している。もしくはただの欲望のはけ口でしかない割りきった関係だ。ああ、無い胸が苦しい。

 

 それどころか、彼女のファミリアの団長も最近様子が変だし、それに愛執する眷属の様子も合わせる様にしておかしい。それに加え、その妹の様子も何処かよそよそしい。

 彼女のファミリアの現状はあまり良好であるとは言えない状態にあった。そりゃあ“あれ”に怒りをぶつけたくなるもんである。

 

 ぶっちゃけ言って、“あれ”に関わって以降碌な目に会ってない気がする。

 ここまで来るとファミリアが全滅仕掛けたのも全部“あれ”の陰謀では無いのかと勘ぐってしまいたくなるぐらいだ。流石にそれは無いだろうが……。

 

「それは貴女がセクハラするからじゃないかしら?」

 

 眷属が冷たい原因が主神の性的嫌がらせにあると美貌の神が指摘した。

 

「そんな訳あるはず無いやろ~。えっ、無いよね?」

「そんな事、ガネーシャに聞かれてもな! ハハハ」

 

 恐らく一つの遠因となっているのであろうが、それでもあれは主従同士の大事なスキンシップの一つである。改める気は決してない女神であった。

 

「おっしゃッ!! だったら次はうちの事忘れへん様になるくらい可愛がってヤるわッ!!」

 

 それはまるで逆効果にしかならない選択であるように思えるが、心優しい二柱の神はその事を言うことは無かった。

 

 そんなこんなで、神々の会合は実に調子よく、踊っていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「──で、実際、“あれ”はなんなんや?」

 

 ひとしきり溜まっていたストレスを吐き出して、何処とは言わないが小さき神がそう口にした。

 

『“あれ”は何だ?』それはこの場に集う神々が同様にして抱いている疑問であった。

 

 問題の核心へと迫ろうとしている彼女の言葉により、さっきまであった弛緩した空気が一気に引き締まる。

 

「分からないわ。いえ、正確には()()()()()()()のかもしれない……」

 

 それに対しもう一方の女神が重苦しく答え、こう続けた「唯一知っていそうなのは、ヘスティアぐらいかしら?」。

 

 ヘスティアはこのオラリオで唯一“あれ”と深く関わっている神だ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)に助っ人として参加するほど近しい仲で、それだけでなく、眷属の情報ではどうやら“あれ”と同居までしている仲のようだ。

 正気とは思えない。

 

「でもなぁ、あのロリ神はなぁ、脳みそお花畑のパッパラパーで、能天気のアホやから何も考えてへんそうなのがなぁ……」

「相変わらず貴女はヘスティアに辛辣ね」

「あったり前やろ! あのロリおっぱいッ! あないな無駄にデカイだけの無駄な脂肪の塊、いつか絶対削いでやるわ!」

 

 ヘスティアとこの持たざる神との間には何かしらの因縁があるのだろう。

 彼女の言葉からはヘスティアが決して相成れない不倶戴天の敵であると感じ取ることが出来た。

 ああ何故、持つ者と持たざる者はこうも醜くいがみ合う運命なのか。かくも悲しき事実である。皆、ララフェル(無乳)になればそんな無駄な争いも無くなるというのに。

 

「『ヘスティア削乳計画』はどうでもいいとして、何時までも“あれ”を野放しにしておくのもいかんだろう。それにダンジョンの事もある」

 

 さっきまで「ガネーシャ、ガネーシャ」と連呼していたダメ神状態の時と打って変わって、超真面目紳士に変貌したこの会合唯一の男神が言う。

 正直言って変わり過ぎである。まるで夏休み明けの男子中学生みたいである。

 

「それなぁ……ほんまいつの間にあんな事になっていたんや?」

「子供達の話じゃ超古代文明の遺産みたいだけど……」

 

 恩恵(ファルナ)を通じてある程度眷属が経験した事を覗き見れる神々は、今、オラリオの地下で何が起きているのか大凡(おおよそ)の事は把握していた。

 

 ダンジョンの、それも深層の現状はもはや『異界』だ。

 

 確かに元々、『異界』と呼ぶに相応しい環境にあるダンジョンであるが、謎の古代文明に侵され、変質したダンジョンはそれこそまさに『異世界』であると言えた。

 過去、多くの冒険者が訪れ、書き記した様子とはまるでかけ離れてしまっている。

 

「あないな文明、見たことも聞いた事もあらへんぞ」

 

 永き時を生きる神々の知識を以てしても、かの文明に対する知識は存在しない。

 

「やっぱ闇派閥(イヴァルス)やろか?」

 

 顎に手を当て、思案しながら大平原と見まごうばかりの神が鋭く言う。

 闇派閥(イヴァルス)とは、かつて存在していた邪神を名乗る神を信奉する過激派集団の事だ。ギルドと各ファミリアにより六年前に滅ぼされた筈だが、その残党らしき存在が怪物祭の時に確認されている。

 

「ギルドは、ウラノスはなんて言っていたの?」

 

 女神が男神に問う。随分と前に交わした密約を確認する時が来た。

 

「相変わらずだ。何度聞いても、暖簾に腕押し、なしのつぶてだ。ウラノスとは長い付き合いだったのだがな……」

 

 はぁっと溜息を漏らし、腕を上げ、肘を曲げて、お手上げといわんばかりに男神が言った。

 

「なんや自分、ウラノスと親しかったんかい?」

 

 意外な神物(じんぶつ)から意外な神物の名前が出てきて平坦な神が驚く。

 

 ウラノスは都市の管理運営を司る『ギルド』の主神である。

 彼自身は「君臨すれども統治せず」のスタイルを貫き、全ての企画運営をギルドの眷属達に委ね、中立を主張する為に恩恵(ファルナ)も授けていないが、それでもその影響力は絶大で計り知れない。

 

「怪物祭の件で少しな、元々あれは身内向けの催しだったのだが、五年前から規模を拡大しただろう? その時に手を貸してくれたのがウラノスで、その時からな」

 

 規模の拡大を提案された時聞いた理由は様々であった。

 折角の調教ショーだからだとか、民衆のガス抜きだとか、「28階層の悪夢」で悲しむ冒険者への労りだとか、モンスターに対する恐怖心を拭い去る為だとか、都市全体を鼓舞する為だとか、色々であった。

 

「ほぅ~、怪物祭の裏にはそんな事があったんか」

「あまり他言はするなよ」

 

 ある特定のファミリアとギルドが、それもお互いの長同士が実は懇意にしているなんて事、あまり大袈裟にすべき内容では無いだろう。

『ギルド』と『ファミリア』は絶妙なバランスの上に成り立つ複雑な関係なのだ。

 中には何とかしてギルドの弱みを握り、自身を優位に立たせようと画策するファミリアもいる始末だ。夜の街を支配する“あのファミリア”も良い噂は聞かない。

 双方の為にもあまりおおっぴらにひけらかすべきものでは無い。

 

「それにしてもギルド、ギルドかぁ……」

 

 うんうんと唸りながら断崖絶壁が言う。

 

「ギルドがどうかしたか?」

 

 そんな様子を見て男神が疑問を投げ掛ける。

 

「いや、良く良く考えてみたら、ギルドもなかなか怪しいなぁって思うてな」

 

 そもそもダンジョンに異常が発生し確認が取れたら、真っ先に対策を講じるべきなのがギルドだ。

 ギルドがあの現状を知らない筈がない。少なくとも、彼女のファミリアを通して『深層』の有様はギルドも知っているはずだ。

 

 だがギルドは何もしていない。

 

『深層』だから手の出しようも無いのだろうが、それでも危険を周知させる位は行なってしかるべきだろう。

 

 だが“それ”すらもしていない。怪しいなんてものじゃ無かった。

 

「あまりギルドを疑いたくは無いのだが」

 

 そうは言うが考えてみれば考えてみるほどギルドは不審だ。

 

 やりたい放題好き放題している“アイツ”を未だに野放しにして放置しているし、むしろ援助している節さえ感じる。

 何処のファミリアにも所属していない、本来であれば迫害されてもおかしくない立場の“アイツ”を、だ。

 

 明らかにギルドは“アイツ”を贔屓している、と思われる。

 

 それにあの戦争遊戯(ウォーゲーム)を大々的に宣伝し、世界規模で配信したのも他でもないギルドだ。

 そもそもあの戦争遊戯(ウォーゲーム)は、あまりにも大きな戦力差の為に最初はあまり注目度が高く無かった。精々がオラリオの神々が密かに盛り上がるかもしれない程度のものであったのだ。

 だが、それがギルドの尽力により、注目度は無理矢理高められ、そして世界中の人々に“アイツ”の名が知れ渡る事となった。

 

 まるで、それが、それこそが本来の目的であったかの様だ。

 

「ルララ・ルラか」

 

 ダンジョン。

 冒険者。

 ギルド。

 

 ダンジョンの深層でロキ・ファミリアが全滅するのと前後して彼女が深層へと挑戦し始め。

 それと同時に彼女に関わった冒険者が急激に力を付け始め。

 それを待っていたかのようにギルドが彼女達を援助し始めた。

 

 全ての線の行き着く先に『彼女』がいる。

 全ては『彼女』を中心にして回っている。

 全ての事柄は『彼女』に向かって収束している。

 

 ならば、全ての黒幕は──

 

「あないな凄腕の冒険者一体何処から来たんや? あれほどの腕前の()()使()()なら、うちらの耳に入る事は無くても、どっかで噂になっててもおかしく無いやろうに……」

 

『彼女』はまるで、そこら辺の土からぽっと湧いて出てきたかの様に、本当に何の前触れもなく唐突にオラリオに現れた。

 まるで夢現の幻の様に“ここ”に降って湧いてきたのだ。

 

 怪しいなんてレベルじゃ無い。自ら「私が犯人です」と言っているに等しかった。

 

 だからこそ彼等は調べあげた。

 彼女の事を。彼女が何であるのかを。何者であるかを。

 

 だが、彼等の組織力を以ってしても、何も出てこなかった。

 

『ルララ・ルラは冒険者』

 

 それ以外の経歴や、それ以前の来歴も全てが闇の中。家族や出身地、年齢さえも一切不明、全てが白紙。

 

 それがより彼女の異常さを際立てる。

 まるで彼女はこの世に“存在しない存在”の様であった。

 

「……“魔法使い”じゃないわ……」

 

 まな板の様に真っ直ぐな神の発言に対し、『彼女』と──全くもって嬉しくはないが──僅かに付き合いの長い女神がそう訂正した。

 

「初めて“あれ”に会った時、“あれ”は『斧』を持っていたわ」

「はぁ? じゃあ何か? “あれ”は魔法使いな上に斧も使えると?」

 

 魔法職と物理職を両立することは普通は不可能だ。

 確かに戦闘の補助として魔法を使う剣士や、護身の為に武器を持つ魔法使いはいるにはいるが、“あれ”ほど魔法使い然とした魔法使いが、野蛮人の武器とも言える『斧』を持って戦う姿なんて事想像も出来ない。

 それに、斧を持ってガチンコ物理バトルをするには明らかに身体のサイズがちっこ過ぎる。

 

「それだけじゃないわ。貴女の子は魔法使いだから知らないのかもしれないけど、“あれ”は剣も、弓も、双剣も使えるわ」

「そういえば、リチャードの手ほどきもしているようだったな、ファルナで見た。因みにリチャードは格闘戦主体だ」

「はぁぁあ!? それじゃ何か!? “あれ”は魔法だけやなくて、剣術も、斧術も、格闘術も、双剣術も、弓術も、使えるって事かいな!? 反則やろ!!」

 

 それ以外にも多数のスキルや魔法を習得しているという事は、ここにいる神々ですら知らない。

 

「それに加え、製作や採集もできるのは貴女も知っているでしょう?」

 

 子供達が身に付けている武器や防具、冒険者装飾具(アクセサリー)は他でもない彼女が作った物だ。

 その為の素材でさえも彼女が自力で用意している。それも驚くべき速度で。

 まるで何時、何処で、何が採れるのか完全に理解しているみたいであった。

 

「あぁアレか? でも、アレの見た目はかなりの物やけど、中身はヘボいダメダメやろ? レフィーヤたんの杖をこっそり拝借してリヴェリアに使わせてみたけど、そこらへんの棒切れの方がまだマシなレベルやったぞ?」

「だから貴女はアホなのよ」

「んなっ!?」

 

 見当はずれな事を言う極一部が幼い神に、女神は「これを見て頂戴」と言って、彼女達の中央にある机に“ある物”を置いた。

 それは金属で出来た小さな輪っかであり、彼女達の指に丁度ぴったり嵌まる位の小さな穴が開いていた。

 

「これは……指輪?」

 

 どっからどう見てもなんの変哲もない指輪であった。

 

「これは、うちの『子』に頼んで作って貰った冒険者装飾具(アクセサリー)よ、カッパー製のね。『彼女』が作れる物の中では一番性能が低いものだそうよ。貴方、着けて貰える?」

 

 女神が男神に言う。

 

「……分かった」

 

 男神が指輪を手に取ると不可思議な事に指輪は形状を変化させ、男神の指にピッタリの大きさへと変貌した。

 その異様な変化に躊躇いながらも男神が指輪を装着する。

 

「ぬぉおおおお!?」

「何や? 何が起きたんや!?」

 

 急激な様子の変化に慌てふためく、持ってない神。

 

「こ、これはぁあああああ!! みなぎる! みなぎるぞぉおおお!!」

「……うわぁ」

 

 猛々しく男神が逞しい肉体を強調し咆哮する。

 知り合いで無ければちょっと近づきたくない光景だ。

 

「ステイタスが高まっているのよ……ありがとう、もう外していいわ」

 

 ドン引きしている一部分がロリの神を無視して、冷静に女神が言う。

 男神から外された指輪を受け取り、皆が見えるように手の平に置いた。

 

「コレは、所有者の魂と呼応し、それと融合することによって真価を発揮する、言わば魔道具よ。何か行動する事によって所有者の魂と融合し真の力を発揮する。だから──」

「真の力を発揮できるのは持ち主だけ、ちゅーことか……」

「えぇ、要するに専用装備と化すの」

「だから、リヴェリアには全く効果がなかったんか」

 

 おそらく、それだけのリスクを負う事によってこれだけの性能を発揮しているのだろう。

 強盗や、盗難対策には有効であろうが、使い回しが効かないと言う点を鑑みるとあまり融通の効かない装備であると言えた。

 

「ヘファイストスにも見せたのだけど……」

 

 製作に関して彼女ほど信頼できる者はいないだろう。あの『火と鍛冶の神』である彼女なら正当な評価を下してくれるはずだ。

 ステイタスを向上させる装備。そんな物を作れるのは──

 

「『こんなもの作れるのは『神』くらいだ、一体『どこの神』の作品だ?』だそうよ……」

「それって、ちょっとヤバくあらへんか?」

「えぇ、()()()()()()わ」

 

 ヘファイストスの言うことが正しいのであれば──“あれ”は、恐らく、神に等しい力を持っている。

 むしろ、“あれ”の八面六臂の活躍をみると、()()()()()といっても良いかもしれない。

 それはつまり──“あれ”は神に取って代わる存在なのかもしれない。

 

「……そういえば小人族の集団が一団となってオラリオを目指しているそうだな」

 

 そんな噂を聞いたと男神が言う。

 似たような心当たりは女神達にもあった。勇者(ブレイバー)は最近不穏だし、炎金の四戦士(ブリンガル)もそういえばどこか様子が可笑しかった。

 

 沈黙する神々。

 

 もしかしたら、もしかするかもしれない。そんな馬鹿みたいな事を思ってしまうほど“アイツ”は異常者だった。

 

「さ、流石にうちらにとって代わるなんて事は無いやろうが、どちらにせよ、警戒する必要があるやろうな!」

「えぇ、そうね」

「だな!」

 

 確かに危機感は感じるが、どの神も“アイツ”に手を出すのは躊躇っていた。

 なにせ“アイツ”の異常さは嫌というほど良く知っているのだ。藪をつついて蛇を出す程度で済めば良いが、それ以上の事態になることはありありと想像できた。

 

 誰か代わりにちょっかいを出してくれないかなぁ。そんな事を思いながら神々の会合は踊りに踊り、進まなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「──なんて事を今頃(ロキ)達も言っているだろうね」

 

 いきつけの『豊饒の女主人』、そこにあるVIP専用の静かな個室でリチャードは出された高級酒を飲みながら対面に座るロキ・ファミリアの団長──フィン・ディムナ──がそう言うのを聞いた。

 こんな部屋がこの店にある事をリチャードは知らなかった。そしてこんな高級酒を出すなんて事も、だ。いきつけであると自称するにも関わらず、それを知らなかった。

 

 言外に格の違いを見せつけていられる様でリチャードは居心地の悪さを感じていた。

 

「……さて、さっきも言った通り、彼女の名は戦争遊戯(ウォーゲーム)以降、世界中に広まった──」

 

 フィンの言う通り、良くも悪くもあの一件以降、「ルララ・ルラ」の名は世界中に知れ渡る事となった。

 彼女は一躍時の人となったのだ。

「竈の家」には連日の様に恩恵(ファルナ)を受けし者、受けざる者を問わず。冒険者だろうが、一般人だろうが、区別なく多くの人々が集っていた。

 

 彼等の目的は、彼女を一目見るため……なんて理由だけであるはずもなく、戦争遊戯(ウォーゲーム)で絶大な力を見せた彼女にとり入って甘い汁を吸おうとする者や、打ち倒して名声を得ようとする者等、多種多様であった。

 

「特に僕達、小人族の間ではそれが顕著だ──」

 

 そう、「竈の家」に訪れる人々の中でも小人族は特に多い傾向にあった。

 活躍したのが小人族であるのだから当然であると言えば当然であるのだが、それでもその多さは異常である。

 中にはあの有名な「ガリバー兄弟」や、戦争遊戯(ウォーゲーム)で最後に倒された小人族なんかも目撃されていたりしていた。終いには小人族の集団がオラリオを目指して大移動を始めたという冗談めいた噂が実しやかに囁かる程だ。

 

「僕達の中には彼女の事をあの“フィアナ”であると言う者もいる──」

 

 そう言い出したのは「ルアン」と言う冒険者であるそうだが、彼はあの戦争遊戯(ウォーゲーム)の折に、彼女の中に神の存在を見出したのだという。

 

 通常であれば、「何を馬鹿な話を」と一笑に付して相手にもしない内容なのであるが、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せた圧倒的なまでの力と、そして──これが最も重要なのだが──()()()()無しであの実力を持っているというその事実が、この無茶苦茶で冗談みたいな馬鹿馬鹿しい仮説に、絶大なる説得力を持たせていた。

 

 『彼女は遂に降臨した我等が神──フィアナ──である』。そう、小人族が妄信してしまうのも仕方ない事に思えた。

 

 フィアナは、まだ神々が降臨していない時代、小人族が崇拝していた()()の神だ。

 はるか昔、古代の時代に小人族だけで構成され、そして数多くの偉業を成し遂げたある騎士団が擬神化した神であり、その伝説的なまでの精強さと気高さは脆弱で非力な小人族の心の拠り所となっていた。

 だが、『古代の時代』が終わり、真の神が降臨した『神の時代』が訪れた時、その状況は一変した。

 

 降臨した神の中に、フィアナがいなかったのである。

 

 彼等が信じていたものは幻想であった、空想であった、妄想であった。

 心の拠り所がただの虚像であった事を無残にも突き付けられた小人族は、それが致命傷となって、以降、加速度的に衰退する事となり、今では世界中で見下される惨めな種族と落ちぶれてしまった。

 

 リチャードの知る小人族には、無駄に逞しく、強靭で、殺しても死ななそうな奴しかいないので、見下している奴等の気がしれないが、見下されているのである。

 

「彼女は僕達の、小人族(パルゥム)の希望だ」

 

 かつて、それは彼──勇者(ブレイバー)──の役目であった。

 落ちぶれ、腐り、腑抜けた一族を憂い、一念発起して、一族の復興の為に生涯を捧げた“フィン・ディムナ”の役目であった。

 自分こそが一族の救世主になるのだと、そう信じていた。

 

「でも、それは違った……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で苛烈に戦う彼女を見た時──いや、多分“あの大蛇”と戦い、無様に敗れ、彼女に()()()()時に、彼女こそが救世主であると、()()()()()であると、そう確信した。

 

 ()()()()()()()

 

 不思議と不満や嫉妬は無かった。むしろ、長い間のしかかっていた責務や重圧、義務から解放され、晴れやかな気分だった。

 

「世界中に知れ渡り、その実力を示した彼女(フィアナ)には……」

「ルララだ」

 

 彼女の事を『フィアナ』と言うフィンに対して、リチャードは鋭く噛みついた。

 

「嬢ちゃんの名前はルララ・ルラだ。フィアナだかフィオナだか知らないが、そんな名前じゃない」

 

 リチャードにとって、それだけは譲れないものであった。

 彼の恩人、彼の目標、彼の憧れ。彼女は……『ルララ・ルラ』は女神なんて大層な存在じゃない。ただの一介の冒険者だ。

 

 彼女と共に数多くの冒険したリチャードはそれをよく知っていた。

 

 あまり感情を露わにしないルララだが、そんな中でも彼女は嫌な事があれば普通に不満を示すし、楽しい事があれば人一倍楽しんでいた。流行にやたら敏感なのも彼女の特徴だ。

 あまりにも気薄で気付きにくいが、彼女にも確かに感情はあるのだ。とても俗物的で、人間らしい感情が。

 

 彼女は感情の無い機械でも、ましてや神の様な超越存在(デウスデア)でも無い。

 何処にでもいる普通の冒険者だ。まあ、持っている能力はちょっと普通じゃないが。

 

「……ルララ・ルラには敵が多い……」

 

 リチャードの有無を言わさぬ訂正に改めてそう言うフィン。

 

「神の嫉妬、人の嫉妬、組織の嫉妬、派閥の嫉妬……ありとあらゆる嫉妬が彼女を襲おうとしている……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)によって有名となって得たものは名声や、名誉だけでは無かった。

 嫉妬、憤怒、羨望、憎悪……そういった負の感情をも彼女は招く事となった。

 

 彼女の力、彼女の能力、彼女の実力、彼女の人気、彼女の名誉、彼女の富。

 そういったものに都市の支配者である神々でさえも嫉心を抱かざるを得なかった。

 いや、むしろ、彼女を妬む感情は彼等が一番かもしれない。何せ、これまで彼等を超える存在など存在してこなかったのだから。

 

「君にも心当たりがあるんじゃないのかい?」

 

 確かにそれは、ある。

 連日訪れる人並みの中には彼女に(あだ)なそうとする不届き者も後を絶たず、その対応にヘスティアも苦心していた。

 多くは、戦争遊戯(ウォーゲーム)によって大金を失った冒険者達の逆恨みが主であったが、何処かのファミリアの刺客らしき者も中にはいた。

 

 だが、その殆どはルララどころか、居候しているヘスティア・ファミリアによって追い返され、なんとかその障害を突破した数少ない冒険者も彼女にあっさりと返り討ちにあっていた。

 

(確か、その数少ない冒険者が“大きいヤツ”だったな)

 

 まだ記憶に新しいその一戦は、白いローブを着込んだ鬼畜小人族に、眠らされ、捕縛され、遅延され、お手玉され、頑張って攻撃を加えてもまるでノーダメージで、風と石の魔法に翻弄され、好き放題ペロペロされて、大敗していた。

 

 念の為に、彼女の名誉の為にも言っておくが、決して彼女が弱かった訳では無い。むしろ、彼女はこれまでにないほどとても強かった。

 強かったのだが、流石に今回ばかりは相手が悪過ぎた。

 悪すぎた上に、相手は模造品(クローン)とはいえ彼女とは何度も戦闘経験があったのだ。

 

 相手は万全で、彼女は初見無予習。これで負けない方がどうかしていると言えた。

 

 とはいえ、負けたからといって恋に恋する乙女が口に出すのは少々ヤバイ台詞を連呼しちゃうのはちょっとどうかと思ったが、レフィーヤの話ではどうもここ最近様子がおかしかったらしいので、さもありなん。きっと、何かにイライラとしていたのだろう。そんな時もあるさ人間だもの。

 

「彼女には『守護者』が必要だ──」

 

 思考にふけるリチャードを無視してフィンが続ける。

 

 ルララ・ルラは無所属の冒険者だ。

 要するに、オラリオで冒険者として生きるために必須事項である『ファミリア』と『恩恵(ファルナ)』を持っていないという事になる。

 

 それは、つまり、絶大なる『神の権威』からなる後ろ盾が無いと言う事だ。

 

 今日までは何とか無事であったが、このままでは最悪、他ファミリアから謂れ無き誹謗や中傷を受ける可能性もある。

 彼女の名が世界に知れ渡った今、そう画策する者達が現れないとも限らない。

 

 彼女の今の立場は非常に()()()

 

「だから、()()()()が『守護』するってか?」

 

 あの傍若無人の冒険者に対して『守護』とは大きく出たものだなっとリチャードは思った。

 

 確かに、オラリオ屈指の派閥であるロキ・ファミリアならば、そういった揉め事や厄介事は一掃出来るだろう。それに彼女が納得するかは全く別の話だが、出来る事は出来るであろう。

 だが、そもそも“あの冒険者”に守護者が必要であるとも思えないし、そんな面倒臭い事、彼女なら満面の笑顔でお断りしそうである。

 

「いや、違うよ、リチャード・パテル……彼女の『守護者』になるのは()()じゃない。()だ──」

 

 決意の色が(にじ)み出る瞳でフィンは断言した。

 

「僕が彼女の『守護者(ガード)』になる。この身を賭けて、生涯を賭して、全身全霊を以って、彼女を護ると誓おう──だからお願いだ、リチャード・パテル。僕を、彼女の、ルララ・ルラの”伴侶”として紹介してくれ」

 

 れー、れー、れー、れー、れー。

 

「は……」

「はぁあああああああ!?」

 

 

 

 *

 

 

 

 はん-りょ[伴侶]

 一緒に連れ出す者。なかま。とも。つれ。配偶者。結婚相手。出典『オラリオ広辞苑』

 

 

 

「いや……いやいやいやいや!! それは無い! それは無いだろう!?」

「そうかな、僕はそうは思わないけど?」

 

 動揺するリチャードを尻目に努めて冷静にフィンは聞いた。

 

「えっ、いや、だって、あの嬢ちゃんだぞ!? あの傍若無人で、自由奔放の鬼畜冒険者だぞ!? アンタ正気か!? 『伴侶』って言葉の意味知ってるか!?」

 

 念の為もう一度言っておくと、伴侶とは──一緒に連れ出す者。なかま。とも。つれ。配偶者。結婚相手──という意味だ。

 この場合、仲間になりたいだとか、友人になりたいだとか、そういう事じゃないだろう。まぁ、要するに結婚したいという事だ。あのルララ・ルラとである。正気とは思えない。

 

 もしかしたらこの哀れな小人族(40代男性)は一度死にかけて頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 

「勿論、承知の上だ」

 

 迷いなき決意の表情を湛えてフィンが言った。本気と書いてマジの様だ。

 

本気(マジ)かよ……」

 

 大きな溜息とともにリチャードは頭を抱えた。

 

 確かに、勇者(フィン)神の化身(ルララ)の婚姻は、これ以上となく小人族に勇気と希望を(もたら)すだろう。

 一族の復興を願うフィン・ディムナが取るべき手段としてこれ以外には存在しないように思えた。

 

「彼女は理想の“女性”だ──」

 

 テーブルに置かれている高級酒を一口飲みフィンは語った。

 

「普段は無駄口など一切叩かず、だがいざとなれば無限の如き行動力で何もかも解決し、なのに家事は万能、裁縫や調理、錬金術などの製作もこなし家具だって作れる、そして、その材料さえも自力で調達できる採集能力を持ち、膨大な資産も持っている。おまけに誰よりも強い」

 

 改めて聞いてみると、なにその完璧超人って感じだ。付け入る隙が全く無い。これで実は見た目がモンスターみたいであったら話は違ったかもしれないが、彼女は容姿もまるで作り物の人形の様に美しく均整がとれていた。

 

 それらを加味してもマイナスになってしまうほどのフリーダムさを持っているのがルララであったが、なるほど、敢えてそれを考えなければルララ・ルラはまさに理想の女性であると言えた。

 

「本来であれば派閥外の人間との結婚はご法度だが、彼女が無所属なのが今回は逆に幸いした。彼女との婚姻に対して派閥の障害は無い。たとえ有ったとしても僕は乗り越えるけどね」

 

 それはもし家族(ファミリア)恩恵(ファルナ)を捨てる事になったとしても、だ。そうフィンは断言した。

 その台詞は、並大抵の覚悟で言える言葉ではない。

 

 家族(ファミリア)恩恵(ファルナ)を捨てると言うことは、今まで築き上げてきた地位も、名誉も、権力も、能力さえも、全て捨て去るという事だ。

 

 それほどの覚悟がフィンにはあった。

 

「それだけの価値が彼女にある。一族を奮い立たせるのは()()()()()。最悪、僕は彼女の添え物でいい」

 

 そう言い切ってしまうほどに、そう言い切れてしまうほどにフィンは覚悟を決めていた。

 

「……そこまで言えるなら、直接嬢ちゃんに言えよ……」

 

 そう、そうだ。

 そこまでの事を言えるなら、ただの一介の仲間でしか無いリチャードに言うよりも本人に直接申し込むべきだろう。

 案外、あっさりと了承してくれるかもしれない。いや、むしろ結構可能性はありそうだ。

 結婚して下さい、()()()()()()! といえばホイホイ受け入れてしまいそうである。あのお人好しは。

 

「ああ、実を言うと、既に彼女には一度結婚を申し込んでいたんだけど──」

「ゴホォッ!?」

 

 突然の爆弾発言に咳き込むリチャード。一体いつの間にそんな事をしていたのか。

 

「大丈夫か? それで──彼女曰く、結婚するからには『エターナルチョコボ』が必要らしいのだが、残念な事に僕は『エターナルチョコボ』というものを用意することが出来なかった。それで【今は独りで行動したいんです】と()()されてしまったんだ」

「それって、もしかして振ら……」

()()!! されてしまったんだ」

 

 なるほど保留されてしまったそうだ。

 しかし、だったら話は早い。その『エターナルチョコボ』なるものを用意すれば良いだけである。

 

「生憎、僕には『エターナルチョコボ』なるものが何なのか全く見当もつかなかった。リチャード、君は知ってるかい?」

「悪いが、全く」

 

 名前から察するに『エターナル』つまり永遠を意味する何かである事は分かるのだが、『チョコボ』が一体なんなのか皆目見当も付かないのが現状であった。

 

(確か、昔、似たような話があったな)

 

 途切れることのない結婚の申し込みに嫌気が差した美女が、無理難題を出して結婚を回避するという物語に今の状況は酷似していた。

 

「なぁ、それってやっぱり遠回しにお断り……」

「保留だ」

 

 断固として振られたわけではないと主張するフィン。

 この諦めの悪さと執念深さ。一族の復興の為とは言え中々な根性である。そう思うと同じ未婚のおっさんとして、応援したくなる気がしてきた。

 

「あぁ、だから『守護者(ガード)』なのか」

「あぁ、だから『守護者(ガード)』なんだ」

 

 要するに、いきなり結婚は急過ぎたから取り敢えずお友達から始めましょう的な意味で守護者(ガード)という事なのだろう。多分。

 確かに、似たような感じでヒロインの心を射止めた英雄譚があった様な気がしないでもないので可能性はあるのかもしれない。

 どちらにせよ『エターナルチョコボ』を見つけない限り発展は無さそうだが、これほどの熱意だ、少しぐらい応援しても罰は当たらない気がする。

 

 これがただの野心の為の政略結婚であるならばリチャードも手伝う気は起きなかったであろうが、これまでのフィンの言動から感じられる真剣さは、野心だけから来るもので無い事をリチャードは感じ取っていた。

 

 そんな漢の愛のキューピットになるもの悪くないかもしれない。

 

「……そういえば、ティ()()? だっけか? アンタにぞっこんの子がいるんだろう? その子はどうするんだ?」

「それは多分、ティ()()だね。彼女は……大丈夫だ、安心してくれ、()()()()()()

「……そうか、アンタがそう言うなら大丈夫なんだろうな」

 

 もし、この場所にレフィーヤがいれば「何、馬鹿な事言ってんですか? 大丈夫なはずが無いでしょう」と絶対零度の瞳で言われていただろうが、生憎ここには恋愛とは無縁の人生を突き進んで来た悲しい漢達しかいなかった。

 フィンは一族の復興に必死で恋愛とは無縁で、リチャードも冒険者という名の青春を謳歌するのに夢中でそっち方面はからっきしだったのだ。

 彼等は冒険者としてはLv.6で百戦錬磨であったが、女心に関してはLv.1のダメダメであった。

 

「……だが、本当に良いのか“あれ”だぞ?」

 

 最終確認としてリチャードはフィンに聞いた。

 

 ルララ・ルラは確かに完璧だが、それを補って余りある不安要素があり過ぎる女性だ。少なくともまともな結婚生活は望めないだろう。

 

 なんだったら最近パーティーに加入した小人族の子に変更した方が良いと助言すべきかもしれない。

 彼女の方もかなりの優良物件である事には違いない。

 実力はルララほどでは無いが、献身的で優しい性格をしていて回復魔法の使い手だ。

 なんかここ最近、師匠に影響されて性格がネジ曲がってきている気がするが、まだまだ引き返す事が出来るレベルであろう。

 

 問題は彼女にも意中の男性がいると言う事だが。

 

「あぁ、僕は彼女が良いんだ」

 

 それ以上言葉にする必要は無かった。彼の覚悟は言葉ではなく心で理解した。もはや何も言うまい。

 

「……分かった。保証は出来ないが、出来る限りの事はしよう」

「ありがとう、リチャード・パテル。この恩は忘れないよ」

 

 心底安心したような、もしくは心の底から喜んでいるような笑顔でフィンは言った。

 一体、この笑顔に何人の淑女がやられたのだろうか。リチャードには見当も付かなかった。

 

「何、気にするな。それに結局はフィン、アンタの努力次第だ!」

 

 そういってリチャードはテーブルのグラスを前に出した。

 

「フィン・ディムナの未来に!」

 

 それにフィンは自らのグラスを当てた。

 

「よろしく頼むよ、リチャード・パテル」

 

 

 

 *

 

 

 

 その後、リチャードとフィンは多くの事を話した。

 ファミリアの事、仲間の事、将来の事。時間が許す限り語り尽くした。

 

 フィンとリチャードの間には奇妙な友情が芽生えていた。

 どちらも、既に中年といっていい年齢で、そしていまだ独身だったからであろう、不思議なシンパシーをお互い感じていたのだ。

 

 フィンとリチャードはこの密会で言い知れぬ満足感と充実感を得ていた。

 

 だが忘れてはいけない。

 彼等は戦闘に関しては第一級の冒険者だが、恋愛に関しては全くの初心者である事を。

 

 フィンは言った。()()()()と。

 

 それは否、全然()()()じゃ無かった。

 

「もう直ぐ、もう直ぐだ……もう直ぐ、てめぇをブチのめしてやれる。待っていろルララ」

 

 怒蛇(ヨルムガンド)はブチ切れまくっていた。

 

 

 

 

 

 

 




 14ちゃんの小説が発売されるとかしないとか……歓喜の極み。

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