光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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アンナ・シェーンの場合 4

 確かに、少しばかり油断していたかもしれない。

 

 確かに、少しばかり慢心していたかもしれない。

 

 けれど、けれども、この仕打ちはあんまりじゃないか!!

 

 肩で息をしながら、アンナ・シェーンはそんなことを思った。

 本来であれば、今頃は4階層あたりであろうか?

 しかし、アンナたちはいまだ7階層で、とあるモンスターと戦っていた。

 猛烈な勢いで振り下ろされる巨大な蹄を、かろうじて避けるたびに、アンナの精神力がどんどん削られていく。

 

 ──あれに当たった時のことは想像もしたくない。

 

 アンナは再び繰り出された蹄を剣で受け流し、いまだ攻撃の手を緩めないモンスター──ミノタウロス──を憎々しげに見つめた。

 背丈はアンナの倍以上になるだろうか、毛皮に覆われた肉体は筋肉で大きく盛り上がり、その両腕の先端にある堅い蹄は見た目以上の脅威を与えるのに、非常に役に立っていた。

 

 ──ミノタウロス──

 

 本来であるならば、15階層付近から出現し始める牛頭人体の大型モンスターは、凶悪な攻撃力と硬い皮膚を兼ね備えた中階層最強クラスのモンスターだ。

 その性格は非常に好戦的かつ獰猛であり、目についた獲物に手当たり次第攻撃をしかけてくる、特に警戒すべき危険なモンスターだ。

 そのあまりに高い危険性に、ギルドが定めている脅威評価で最高の評価を得ている。

 しかし、ミノタウロスが出現し始めるのは中階層であるはずだ。

 アンナたちがいる7階層は上層部。ミノタウロスが出現する中階層には倍以上の開きがあるはずであった。

 

 ──本来であるならば出現するはずのないモンスター──

 

 アンナの頭には、ミノタウロスがいる原因が浮かんでは消えていったが、すぐさま考えることを放棄した。

 今は目の前の事に集中するべきだ。ミノタウロスを相手にして、他のことを考えている余裕はアンナには無い。

 原因究明はこの危機を切り抜けてからでも遅くはないはずだ。

 少なくとも、今は生き残ることに全力を注ぐ必要がある……。

 

 

 

 *

 

 

 

 アンナたちの戦闘は、7階層から6階層への連絡通路に差し掛かった時に始まった。

 6階層への連絡通路の入口付近は、見通しが悪い上に薄暗く、奇襲にはもってこいの場所であった。

 

 ──死角からの奇襲──

 

 大きく右腕を振り上げ、通路の死角で待ち構えていたミノタウロスは、油断した獲物の頭部めがけ、渾身の力を籠めて腕を振り下ろした。

 振り下ろされたミノタウロスの一撃は、油断していたアンナの頭部に驚くほど綺麗に決まった。

 硬いものと、“硬いもの”が、高速でぶつかり合う鈍い音が、ダンジョンの中に木霊する。

 ミノタウロスの直撃を受けたアンナは、その勢いのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。

 

 ──死──

 

 ──それが容易に想像される程の一撃。

 ──それほどの威力が込められた一撃。

 

 ミノタウロスは、十分な手応えに喜びを感じると、だらしなく涎を垂らしながらその醜い顔を歪ませ笑った。

 完全に無防備な頭部に、全体重をのせた一撃……アンナの生存は絶望的に思えた。

 

『ヴヴォオオオオオオオ!!』

 

 勝利を確信し、雄叫びをあげるミノタウロスは、続いて、もう1匹の憐れな獲物に目を向けた。

 ミノタウロスの目に写るのは、小さな、小さな小人族(パルゥム)だ。

 先ほど仕留めたヤツに比べると、ひどくひ弱で無力に見える。

 その体は柔らかそうで実に美味そうだ……。

 

『グフェフェフェフェ』

 

 ミノタウロスは、知性の欠片もない声をあげ下品に笑い、勝利に酔った顔をして、その憐れな小人族(パルゥム)の息の根を止めるため歩きだした。

 目の前の小人族(パルゥム)は、その恐怖心のためか、逃げ出そうともせず、ただ呆然と立ち尽くしているだけだ。

 それに気を良くしたミノタウロスは、焦らすように歩みを緩やかにし、小人族(パルゥム)が十分恐怖し、絶望する時間を与えた。

 

 ──恐怖心はなによりのスパイス──

 

 本能でそれを理解している彼にとってこれは、極上の食材を極上の料理に仕立てるために必要な作業であった。

 この時の彼は、ひどく醜いミノタウロスではなく、まるで高級料理店の料理長のようであった。

 ミノタウロスが下準備を済ませ、調理を始めようと腕を振り上げた瞬間──。

 

 ──アンナ・シェーンによる鮮やかな一閃が、ミノタウロスの背中に加えられた。

 

(──硬いっ!!)

 

 アンナの一閃は、ミノタウロスの皮膚を僅かに傷つけるに留まる。

 その事実を、ほんの少しの驚きと共にすんなりと受け入れたアンナは、間髪を入れず次の一手を繰り出した。

 アンナは、怒りに燃えるミノタウロスの顔面めがけ一撃を喰らわせると、同時に、ミノタウロスの背中に蹴りを入れ、その反動で距離を取り油断無く構えた。

 

『ウガァアアアア!!!』

 

 どうやら彼女の攻撃は、彼のプライド──あるかどうかはわからないが──を刺激したようだ。

 ミノタウロスはアンナに振り返ると、猛烈な勢いで駆け出し彼女めがけて突進した。

 

 意識を取り戻したばかりのアンナは、目の前に迫る巨体をまだ朦朧とする頭でなんとか認識すると、華麗に去なし、その隙を突いてミノタウロスとルララの間に割り込む様に回避した。

 ミノタウロスは回避されることを考えていなかったのか、勢いを殺しきれずそのまま壁に激突する。

 驚いたことに、まだ覚醒しきらない頭とは裏腹に、アンナの体は問題なく機能していた。

 

(──ダメージはほとんどない……むしろ依然絶好調……なんとか注意もそらせた……でも相手はミノタウロス……戦況はルララさんのことも考えるとこっちがかなり不利ッ! 逃走……は、多分無理……ルララさんが逃げ切れない。じぁあ迎撃? ミノタウロス相手に? エルザがいて五分の相手に私1人でどこまでやれる? 他に手段は──くッ!?」

 

 ようやく回り始めた思考をフル回転させて、現状を打破する方法を模索したが、怒りに燃えるミノタウロスがそんな猶予を許すはずもなく、素早く激突から復帰し、目にもとまらぬ速さでアンナに襲いかかる。

 

(──考えている余裕はない! やるしか、無いッ!!)

 

 ミノタウロスの重く、速いラッシュをどうにか回避しながら、アンナは思考を戦闘モードに切り替えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──どんな強力なモンスターでも必ず弱点が存在する──

 

 モンスターの中心部に必ずある“魔石”がその最たる例で、どんなに強力なモンスターでさえも、“ソコ”を攻められたらひとたまりもない。

 どんなに実力差がある相手でも、魔石を破壊してしまえば一撃で倒すことができる。そうであるならば、狙うべきは“ソコ”しかない!

 今、アンナ・シェーンにとれる戦術は、それしか無いように思えた。

 だが、ミノタウロスの猛攻を捌きながらそれを実行するのは、とても不可能に思える。

 

(……それでも!!)

 

 それでも、やるしかないのだ。

 この場で戦えるのは、アンナ1人。

 アンナの死はイコール、後ろにいるルララの死も意味する。彼女を守ると約束したからには絶対に負けるわけにはいかない。

 可能か不可能かではない──やるのだ!!

 アンナは己を奮起させると、この難題に挑む覚悟を決め、早速問題の解決に取りかかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 アンナはまず、ミノタウロスの懐に潜り込むところから始めなければならなかった。

 ミノタウロスとのリーチの差は──彼女が持つ剣を考慮しても──大きな開きがあり、彼女の攻撃を当てるには距離をつめる必要があるからだ。

 アンナは意識を集中し、ミノタウロスの攻撃を右へ左へと回避し、また時には受け流しながら、少しずつ距離をつめていった。

 

『ガァアアアアアッッ!!』

 

 ちょこまかと逃げ回るアンナに業を煮やしたミノタウロスは、大きく腕を振りかぶり力任せに蹄を繰り出す。

 

「──そこっ!」

 

 恐ろしいまでの破壊力を秘めた右ストレートの中を、あらん限りの勇気を振り絞って飛び込んだアンナは、頬に感じる風圧に目まいを覚えつつもミノタウロスの懐に入り込み、彼の弱点──魔石のある胸部──めがけ斬撃を繰り出した。

 

 アンナの斬撃は、ミノタウロスの胸部に寸分の狂いなく入り、彼の皮膚を切り裂き、肉を傷つけることまでは成功したが、魔石にダメージを与えるには至らなかった。だがそれは想定通りだ。

 続いてアンナは低くしゃがみ込むと、両脇から迫る蹄をその精神をガリガリとすり減りながら間一髪で回避する。

 地面ギリギリまで姿勢を低くしたアンナは、そのままミノタウロスの脛を斬りつけ、飛び上がり、ついでに顎に一撃を加えると、空中で一回転し再び距離をとった。

 アンナは額に吹き出た汗を拭いて、構え直す。

 

 ──出だしは好調……あとは……まぁ……これを、ほんの20回くらいやれば勝てるだろう──

 

 アンナは払った労力に対し、与えたダメージの少なさに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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