光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
光の戦士達の場合 1
少年はずっと疑問に思っていた。
なぜ、この人はこんなにも偉そうなのだろう。なぜ、この人はこんなにも我が儘なのだろう。なぜ、この人はこんなにも愚かなのに、みんな尊大に扱っているのだろうと、黄金に光輝く大きな人を見てずっと疑問に思っていた。
それが、『神』と言う存在であるという事を程なくして知った。
少年は神に聞いた「どうして神様はそんなに偉そうなの?」と。
神は答えた。
「それは神が神であるが故に」
答えになっていない答えに少年の疑問は益々膨らんだ。
少年は父に聞いた「どうして神様はあんなにも偉そうなの?」と。
父は答えた。
「それは神様が神様だからだよ」
父の回答も少年が望んでいたものでは無かった。
それから少年は母に、祖父に、祖母に、叔父に、叔母に、曽祖父に、曽祖母に、答えを聞いた。
だが、返ってきた答えは皆同じだった。
『神は神であるが故に偉いのだ』
皆一様に口を揃えてそう言った。
そこまでして、少年はようやく悟った。この疑問の答えを知る者はどこにもいないのだと。
この疑問は、あまりにも当たり前で普遍的過ぎて、誰も疑問にさえ思わなかったのだ。
だが、少年は疑問に思った。世界で唯一疑問に思ってしまった。そして、その事を自覚したその日から、少年は未知への探求者となった。
幸い少年は賢かった。父の不貞を疑われる程に、一族の中でも抜きんでた才能を秘めていた。少年のやんごとなき立場もまだ知り得ぬ知識を得るのに役に立った。
少年は“知”も“才”も“位”も持っていたが、何よりも“運”を持っていたのだ。
少年は追い求めた。疑問への回答を、未知への解答を、謎への答えを探求し続けた。
最初はただの興味本位だった。だがそれは溢れんばかりの好奇心と探求心となって、少年を突き動かした。
そして少年が青年へと成長し始めた頃、遂に一つの答えに辿り着きそして青年は──神を呪った。
青年が信じていたものは、青年が尊敬していたものは、全て幻想だった、まやかしだった、偽りだった、嘘だった。
世界の真実の一端に触れた青年に待っていたのはただの絶望だけだった。
世界は丸いと言った学者は、神の名の下に処刑された。
神からの解放を願い戦った騎士は、神の名の下に処刑された。
天界など存在しないと言った思想家は、神の名の下に処刑された。
怪物は悪では無いと言った冒険者は、神の名の下に処刑された。
だが、神は幻想に過ぎないと気付いた青年は、生き残った。
それはただの幸運であった。青年の地位と立場が青年を神の審判から守ったのだ。
だから青年は世界の真実に触れても生き残ることができた。
青年は世界の真実を知る唯一の人となったのだ。
青年はこれらを『これは自らに与えられた使命』だと理解した。自分は世界に真実を伝える為に生き残ったのだとそう理解したのだ。
そして、そこからは戦いの日々だった。
弱き自分を強くし、無知な自分を鍛え賢くした。味方など居るはずも無く、青年は孤独で寂しい戦いを強いられた。
そして、長く険しい戦いの末に青年は“神”と“竜”に出会った。
その神は、己の存在意義に苦悩していた。
その竜は、己の存在理由を果たせずにいた。
彼等は皆孤独で寂しい戦いを強いられていた。理解者も無くずっと。
だから、星に導かれて彼等が出会ったのは運命であったのかもしれない。
あの日、星の意思と出会ったあの日、星に真実を教えられた日、星から“力”を授かった日、独りぼっちだった人と神と竜はようやく仲間を得た。
それ以降、彼等の中にあるのは潰えることのない果てしない使命感と神への憎しみだけである。
*
彼の地から英雄が追放され数日後、照りつける太陽が地平の先に沈みゆく黄昏時。
肥沃な大地に囲まれ、広大な領土を有する世界有数の国家──ラキア王国──で、世界の果てまで続いているのかと見紛う程の隊列の前に男が立っている。
「今日この日、私は、ラキア王国国王としてでは無く、また、一国家の代表としてでも無く、この世界に住む一人の人間として、ただのマリウスとして皆に語りかけている」
マリウスは蜂蜜の様な金髪と、黄金に煌めく甲冑、そして、吸い込まれる様な透き通る蒼い瞳をしていた。細すぎず、太すぎず、極限にまで鍛え上げられたその雄姿は、堂々とした威厳と威光を放っていて、王としての才覚を如実に表している。
「遙か昔、我々の父祖達は、混沌と殺戮に支配された動乱の時代を生きてきた。強き者が、弱き者を蹂躙し、喰らい尽くす、そんな修羅の時代を生きてきたのだ。だがそれは、千年前に降臨した神々の手によって終止符を打たれた。異形の這い出る地獄の穴は、空高くそびえ立つ摩天楼によって封じられ、我々は千年続く泰平と、千年続く安泰の時代を手に入れたのだ」
マリウスは語る。この世界の成り立ちを。この世界の在り方を。
「だが、その千年続く安らぎの時代は、同時に、堕落と没落と顛落を世界にもたらした。政は汚職に塗れ、商は腐敗に溺れ、農は退廃していた。一部の者が富を独占し、占有し、寡占し、多くの者は、持たざる者となった。富める者はより富み、貧しい者はより貧しくなる貧困の時代が訪れたのだ。地は痩せ、空は濁り、水は淀み、炎は消え去っていった」
マリウスの言葉を聞く兵士の瞳はみな虚ろで虚空を見つめている。まるで狂った様に、まるで狂った信者の様にその瞳は空虚だった。
だが、マリウスにとってはそれで構わなかった。この狂った兵士達は一度檄を飛ばせば死ぬまで戦う死兵だ。竜に魅了され、竜に支配された狂った兵隊達だった。
だからこれは、この言葉は、彼等に向けてのものじゃない。神への、世界への、そして何より己へと向けた決意の宣誓だった。
「今、世界は痛んでいる、苦しんでいる、病んでいる、死にかけている。世界は今、傲慢で失楽した彼の地によって、
恐怖を抱くほど異様な静寂に包まれる隊列の前で、まるで世界中に響き渡るかの如き大声が木霊する。
「彼の地は、彼の神々は、富を独占し、資源を占有し、技術を寡占している。絶える事の無い欲望と、尽きる事の無い欲求を満たす為に、我々は蔑まれ、疎まれ、利用され、食い物にされてきた」
果たしてそれが真実であるかどうか誰も知らない。そんな事、ここにいる誰もが気にしていなかった。ここは狂った信者と使命に狂った男しかいない。真実などどうでもいいのだ。
だが現実として彼の地には富が、資が、技が、人が、神が、集中している事は疑いようも無い事実であった。
「神々は口々に言う、『愛しき我が子』と。だがそれは、神々の寵愛を受ける、神々の恩恵を受ける、神に愛される、たった一握りの人間に対してだけだ。まるで愛玩されるペットの様に、まるで溺愛されるペットの様に、神に可愛がられる者達だけだ」
マリウスの言葉には狂おしい程の怨恨と怨嗟が含まれていた。全てを知ったあの日から、全てを教えられたあの日から、マリウスの中には消えぬ神への憎しみと、果てしない使命感だけが渦巻いていた。
「神に見放された者は、国は、土地は、排斥され、排他され、排除されていった。弱き者は衰退し、醜い者は見捨てられ、美しい者と、可憐な者達だけが繁栄した。パルゥムが没落し、ドワーフが見限られ、エルフと、ヒューマンが栄えた様に。彼の英雄が、彼の地から追放された様に!」
マリウスの演説がより激しく、より昂ぶっていく。
「彼の英雄は人を救った。街を救った。国を救った。神を救った。だが、神は、英雄を救わなかった。助けなかった、守らなかった、支えなかった。神はただ、恐怖し、憎悪し、嫉妬し、警戒し、固執し、危惧し、彼の英雄を粛清するだけだった。彼の英雄が、神の恩恵を、寵愛を、加護を、慈愛を受けていないというだけで、英雄を受け入れず、英雄を粛放した」
“それ”を画策したのはマリウスであったが、それを受け入れるか、受け入れないかは神の手に委ねられていた。そして結局、神は英雄を受け入れなかった。受け入れていれば違う未来も描けたかもしれないのに……。
「長きに渡り栄えた故の傲慢と、横暴と、腐敗が、神々にそうさせたのだ。千年続く『神の時代』が彼の地にそうさせたのだ。虚偽で塗り固められた共栄が、欺瞞に満ちる欲望の街が、偽証で語られた神の威光が、彼等にそうさせたのだ。そして、その様が、その末路がこれだ!」
マリウスの背後からくすんだ金色の神が連行されてくる。みすぼらしく汚れ、穢れ、澱み、濁ったこの国の神──アレス──。かの男神には、もはやかつて黄金獅子と呼ばれた勇ましさは見る影も無かった。
「見よ! これが神の正体だ! 我等を振り回し、翻弄し、惑わした者の成れの果てだ! こんなモノに、こんなモノに、我々は千年もの間、
男は腰に帯刀していた剣を抜き、刃先で神を指し示す。無理矢理
「私は皆に問おう。このままでいいのか? 神に隷属され、従わされ、玩具にされる一生このままでいいのか? 神に偽られ、神の享楽に付き合わされ、神の道楽に利用される人生のままでいいのか? 尊厳も、誇りも、時代も奪われたままで、本当にいいのか? それは、否! 否だ! 断じて否、だ!! 神を殺した事が英雄の罪であるならば、神を鏖殺した事が英雄の罪であるならば、私も共に罪を犯そう! 我等も共に英雄と同じ禁忌を冒そう!」
そして、マリウスは剣を高々と掲げ、神を睨みつけた。かつて憧れ、尊敬した“神”も睨み返してくる。
「マリウス、マリウス、貴様ァッ! 神が与えた恩を、恵みを、仇で返すつもりかッ!! この、この、裏切り者めェェェェェッ!!」
地獄に住む悪鬼の様に顔を歪ませ、神が怨嗟の言葉を吐く。
「ああ、その通りだ、アレス。今までありがとう──」
それを気にも留めず、躊躇無く断罪の剣を振り下ろす。
「──さよなら」
神が消える。光の雫となって、エーテルの藻屑となって、世界から消滅する。神の呪縛が消え、竜の憎悪が顕現する。神が彼等の言う天界には還る事は無い。天界なんてもの、そもそもこの世界には
では、偽りの幻想である神は何処に還るのだ? それは、それは──一瞬、マリウスは遙か遠くにそびえ立つ
眼を瞑り、開くと再び語り出す。
「これが、これが罪だ! これが禁忌だ! これが悪業だ! 決して許されざる大罪を我等は犯した。だが、英雄は生きている! だが、私は生きている! だが、我等は生きている! 神殺しが神聖不可侵の罪であるならば、何故、今なお我等は生きているのだ!? それは、それは、我等が正義である事の、我等が“正”である事の証左だ! 神の威光が偽りである事の証左なのだッ!! この犠牲は始まりに過ぎない。この罪は始まりに過ぎない。この業は長く険しい道程の始まりに過ぎない! この犠牲の上に、この罪の後に、多くの神々が続いていくだろう。私が許せないのであれば神の鉄槌を下せばいい。我等が許容出来ないのであれば神の罰を与えに来ればいい。殺しにくればいい! 私は、我等は、逃げも隠れもしない!」
腕を大きく広げ天に向かって咆吼する。
「私は不退転の決意を持ってここに宣言する。世界に遍く神を許しはしないと、世界に蔓延る神を残しはしないと。確固たる信念を持ってここに宣言する!! これより我等は奪還する。誇りを、尊厳を、土地を、国を、世界を、時代を、神々の手から取り戻すのだ! これは侵略では無い。これは侵攻では無い。これは征服では無い。戦争では無い、闘争では無い、略奪では無い、支配では無い、蹂躙では無い、殺戮では無い、侵害では無い、迫害では無い、争いでは無いッ!! これは奪還! 奪還! 奪還である!! 我等は我等の力に因って、この世界を奪還するのだ!! 奪還! 奪還! 奪還! 奪還ッ!」
静まりかえっていた隊列が、マリウスの言葉に合わせて狂った様に言葉を繰り返す。奪還、奪還、と。
「今日この日に『神の時代』は黄昏を迎え、明日かの日に『人の時代』の暁が昇るのだッ!! 皆のもの、我と共に鬨を上げよッ! 新たな時代の幕開けである!!」
狂った雄叫びが世界中に鳴り響く。
やがてそれは世界を揺らす産声となって、狂った神殺しの軍勢が誕生する。
終わりの始まり。
神々の黄昏。
神の時代の終わり。
時代の終焉が始まる。
*
とある王国がそんな大それた事になってるなんて露程も知らず、相も変わらずオラリオはのほほんとして平和であった。
ぽかぽか陽気の小春日和に、鼻歌混じりに荷造りをしているのは何を隠そうヘスティアだ。
ヘスティアにとってこうして本格的な荷造りをするのは初めての経験だ。
ヘファイストスの所を追い出された時や、アポロンに廃教会を焼かれた時は暢気に荷造りしている暇も所持品も無かったが、こうして荷造りなんて出来るくらいにまでなったのだと思うと、何だか感慨深い気持ちになってくる。そりゃあ、鼻歌だって出ちゃうもんである。
「まるで、遠足にでも行くみたいね。ヘスティア」
「うひゃあ!?」
完全に無防備なところに声をかけられて、ルンルン気分で荷造りしていたヘスティアは驚いてすっとんきょうな声を上げた。
「だだだだ誰──? ってなんだい、フレイヤじゃないか。珍しい、どうしたんだい? こんな所に」
ヘスティアに声をかけたのはフレイヤであった。
地味な衣装に身を包みながらも隠しきれない美貌を放つ女神がそこにいる。普段であれば威風堂々とした正に唯我独尊といった佇まいの女神であるが、今日は珍しく憂いを帯びた感じだ。
「えぇ、ただ少し、貴方に話したい事があって……入ってもいいかしら?」
少し言い淀みながらフレイヤは言った。
それにヘスティアは、「もちろんさ!」と言ってフレイヤを『竈の家』に招き入れる。
「しかし、君が僕に話したいことだなんて、本当に珍しいね。一体なんだい?」
ヘスティアとフレイヤは決して仲の良い間柄では無い。せいぜい顔見知り程度といった関係だ。こうやって改まって話す事など滅多に無い事であった。
フレイヤを家に入れ、ルララが残したアフタヌーンティーセットを用意する。
スッキリとしたリンゴの香りがほんのり香るカモミールティーに、パイナップルを豪快に乗せたこんがりケーキ、それに蜂蜜入りのふわふわマフィンとどんぐり入りのさくさくクッキーが添えられた『竈の家』自慢のおもてなし用のティーセットである。
オラリオの高級喫茶店顔負けの、体力と詠唱速度が向上しそうな味がするカモミールティーを一口飲むと、フレイヤは静かに切り出した。
「──まずは、アンナとエルザの事、どうかよろしくお願いするわ。二人とも凄く良い子だから。最近の彼女達の事は、もしかしたら貴方の方が良く知っているかもしれないけど」
そう言うフレイヤの顔は、巣立ちの喜びと別れの寂しさが同居した複雑な表情をしていた。ふと、「なんだか最近、私、振られてばかりだわ」とヘスティアにすら聞こえない小さな声でぽつりとフレイヤは呟いた。
ルララ・ルラがオラリオを追放され暫くしてアンナとエルザはフレイヤ・ファミリアを脱退した。何れそうなるだろうという予感は確かにあった。だが、いざ実際にそうなってしまうと思っていた以上に寂しい思いがしてくるものだ。
そんなフレイヤの気持ちを知ってか知らずか、ヘスティアは至極明るい笑顔で返事をした。
「勿論さ! 君の大事な子供達は僕がしっかり面倒を見るよ! まあ、面倒見られるのは僕の方かもしれないけど」
これまで神と言う名の自宅警備員でしかなかったヘスティアだと、そうなる可能性は非常に高いと言える。
「フフフ、二人ともしっかりしているから、確かにそうなるかもしれないわね」
「ちょっ、そこは神様のよしみで否定してくれよ」
「嫌よ、元・主神として、存分にのろけさせて貰うわ」
不敵な笑みを浮かべてフレイヤは言った。
それからヘスティアはフレイヤからアンナとエルザの事を聞いた。
彼女達の出身、彼女達の生い立ち、彼女達の好み、彼女達の出会い、彼女達が入団した理由、彼女達の軌跡、彼女達の戦う理由。口々に語られる彼女達の事は良く彼女達と交流し、観察しないと知り得ない事ばかりだ。
実に楽しそうに話すフレイヤを見てヘスティアは正直な感想を抱いた。
フレイヤは確かに彼女達の事を──大切にしていたのだ。
「ハハハ。僕は何だか君の事少し、誤解していたみたいだね。本命の子以外には興味の無い、ちょっと冷たい神様だと思っていたよ」
「フフフ。どんなモノでもどんなヒトでも、気に入ったのなら私は全てを賭けて愛するわ。それが喩え、新たに愛する人が増えたとしても、その愛が潰える事はない。それが美の女神としての私の欺瞞──」
そこでフレイヤは一度口を
「──それでも流石に、慈愛の女神様には敵わなかったみたいだけど」
彼女の眷属も、彼女が恋い焦がれた人も、みんなみんな彼女の胸には納まらず、ヘスティアに惹かれて行ってしまった。
これ程『愛』に関してフレイヤが完全敗北したのは初めての事であった。嫉妬も悔しさも湧いてこないほどに完膚なきまでの完敗だった。多分ヘスティアは、争っていた事も気付いていなかっただろう。
だからフレイヤのこの言葉は、美の女神から慈愛の女神への敗北宣言であった。
「その、フレイヤ。すまな──」
「謝らないで。振られた女にとってそれは、死ぬほど辛いものなのよ?」
謝ろうとするヘスティアに対しフレイヤはそう遮って、更に続けた。
「それに、謝るべきなのは私の方──」
「それは──」
フレイヤが何を言いたいのかヘスティアは直ぐに察した。
ヘスティア達がオラリオを出て行く切っ掛け、オラリオを捨てる理由。それを産み出したのはフレイヤを含む神々達だ。神殺しの体現者とも言える彼の冒険者を恐れ、自分達の“安心”の為に率先してルララ・ルラ追放という神罰を推し進めたのが原因だった。
最後まで抵抗し続けていたのはヘスティアだけだった。孤立無援で戦うヘスティアをフレイヤはただ見ているだけであった。
それ程までにルララ・ルラが怖かったのだ。
次に、あの神をも恐れぬ暴虐の刃が向けられるのは自分かもしれない。もしそうなったら、きっとアレは一寸の迷いも無く神を殺すだろう。慈悲無く、憐れみ無く、むしろ僅かな喜びさえ浮かべて殺しに来るだろう。そう思うと、怖くて、恐ろしくて、ずっと夜も眠れなかった。
だから他の多くの神々と同様に、フレイヤもルララ・ルラ追放を積極的に推進した。
そして、実はそれはヘスティア達も良く知るところであった。だが、それを理由にフレイヤ達を恨む気はヘスティア達には無かった。
「きっと隣人君は、遅かれ早かれこの街を出ていっていたよ。それが早くなったか、遅くなったかの違いだけで」
彼女達は良く分かっていた。
あの冒険者はこんな小さな街で収まる器では無い事を、こんな小さな街だけで満足できる冒険者で無い事を良く理解していた。
だから、彼女が何の文句も言わず全ての罪を被って出て行った時は、「ああ、やっぱりか」と驚きも無くすんなりと受け入れる事が出来た。
そして──それに続く事に何の躊躇いも無かった。
「そう、それなら良いのだけれど……」
少し陰りのある微笑みを浮かべてフレイヤが言う。
「──それでも結果的に私達は、貴方達をも追い出す形になってしまったわ」
ルララ・ルラ追放から程なくしてヘスティア達はオラリオ脱退を決意した。それは神々に迫害され追い出される大罪人の様にフレイヤの目には映っていた。
そして彼等の決意は、異端者の仲間もまた異端者であるとでも言うかの様にすんなりとギルドに受け入れられ、承認された。
「だとしてもそれは、僕達の子供達が自ら望んで選んだ事だ。喩え、ずっと鍛えてきた恩恵を失う事になっても、彼等はそれを選んだんだ」
ヘスティア達がオラリオを出るにあたってギルドは一つだけ条件を示してきた。それは──
恐らくギルド側はこれ程までに無理難題を提示すれば、彼等も諦めるだろうと思ったのだろう。既に彼等の多くは第一級冒険者以上の実力を持ち、オラリオには欠かす事の出来ない戦力として数えられていたのだから。それをみすみす手放す気なんて無かったのだろう。
だが、ギルドの思惑に反して彼等は
「だから、僕達神様はそれを受け入れ、尊重し、認めて、見守ってあげるべきじゃないかな?」
フレイヤとは対照的な慈愛の微笑みでヘスティアは囁いた。
「えぇ、そうね。そう、きっと、そうだったんだわ」
あの時、あの場所で、あの冒険者と出会った時、あの光の輝きに助けられた時、逃げ出さずちゃんと向き合っていれば、彼女の様に微笑む事が出来たのだろうか? 今となってはもうそれは分からない。
「それに僕は最近思うんだ。『僕達神様は、オラリオに固執し過ぎじゃないか?』てね。世界は広く、子供達も世界中にいる。その世界を見て回るのも、悪くないんじゃないかな?」
そう言うヘスティアの瞳には、まだ見ぬ未知への期待と希望で満ち溢れていた。その瞳の輝きをフレイヤは少し羨ましいと思った。
「貴方は、本当に強いのね」
希望に燃える幼い神を見つめて、フレイヤはそう呟いた。
「僕だけの力じゃないさ。僕の子供達と、その仲間、そして何よりも隣人君が、僕達を──強くしてくれたのさ」
遠くを見つめてヘスティアは言った。
「いいえきっとそれは貴方が、貴方がそうだったからこそ、貴方はここまで来ることが出来たんだわ──多分、私には無理だった」
そう、フレイヤには無理だった。
おそらく、あの冒険者と初めて遭遇した神はきっと自分だ。でもあの時、あの場所でフレイヤは、あの世界中の光を無理矢理押し込めた様な歪な輝きを前にして、心底恐れを抱いてしまった。ヘスティアの様に微笑む事は出来なかった。
きっと他のどの神々でも出来なかっただろう。
「そんな事ないさ! たまたま僕がそうだっただけで、フレイヤにだって出来たはずさ!」
そう直に断言できる彼女だからこそ、“そう”出来たのだ。
「ええ、そう、そうね。そうなったら良いわね」
もし、私があの冒険者を受け入れていればどうなっただろうか? 彼女の様に微笑み、彼女の様に仲間に囲まれて、彼女の様に愛する人と共に全てを捨ててオラリオを出て行ったのだろうか? 有り得たかもしれない未来を夢想しフレイヤは思った。
やはり、そんな事、出来そうにも、無い。
「なったら良いんじゃなくて、そうなるんだよ!」
それでも、底抜けに明るい笑顔でヘスティアはそう言ってくれた。きっと彼女がこうだから子供達も迷わず選択出来たのだろう。それはヘスティアにあってフレイヤには無いものであった。分け隔て無く誰にでも注がれる無窮の愛。
世界を照らす慈愛の心は、傷心の女神ですら癒やしてくれた。
「本当、貴方には敵わないわね。──ちょっぴり悔しいわ」
最後に呟いた嫉妬の声は、ヘスティアに聞こえない様に小さな声で呟いた。
「ん、何か言ったかい?」
「いいえ、何でもないわ。それよりも、荷造りしたらもう行くの?」
「あぁ、荷造りして、ウラノスに会いにいったら直ぐにでもね」
ヘスティアはオラリオを出る前にという条件で、ウラノスから呼び出しを受けていた。何の用だかは知らないが、良い機会だからついでに小言の一つや二つぶつけてくる腹づもりである。
「そう、じゃあ私はもう行くわ。ヘスティア。貴方の旅路に幸が有らんことを」
「ありがとう、フレイヤ。君にも幸運があるように願っているよ」
「フフフ──それはまるで神様に願うように?」
願いという言葉に反応して、フレイヤは流れる様にそう答えた。
少し首を傾げて可愛らしく言うその仕草は、正に美の女神と言ったところであろうか。
「そりゃあ良い。恋の神様にでも願っておくよ、『女神の新たな恋が実りますように』ってね」
フレイヤのジョークに対し、笑いながらヘスティアはそう返した。
「願われなくても、実力で実らしてみせるわ。だって私は『美の女神』ですもの」
「ハハハ、その通りだね。美の女神が相手じゃ恋の神様も形無しだ」
クスクスといった二柱の笑い声が『竈の家』に響く。ややあってヘスティアがゆっくりと切り出した。
「それじゃあ、フレイヤ。さよならだ」
「えぇそうね、ヘスティア。さよなら」
*
白亜の巨塔で造られた
薄暗い暗黒に支配され、唯一の光源は四方にある松明のみ。正に神聖といった台詞がぴったりの地下施設で、ヘスティアは最も古い神と対峙していた。
石製の巨大な神座に腰掛け、黒いローブに身を包み、彫刻の様に整った顔と巨大な体軀の男神は、老神であるにも関わらず限りない威厳を放っていた。
その神──ウラノス──に対し、ヘスティアは静かに切り出す。
「──それで、僕に何の用だい? ウラノス」
ギルドを、しいてはオラリオを影で支配する老神直々の呼び出しだ。最大限警戒しながらヘスティアはウラノスの返答を待った。
暫くしてウラノスが口を開く。
「何、大した用ではない。ただ、少し聞きたい事があってな──」
重々しい声色でウラノスが言う。
松明の燃えるパチパチといった音以外何も聞こえないこの空間では、予想以上に体の奥底まで届いていった。
「それで、聞きたい事って?」
そう言ってウラノスの詰問を待つヘスティア。
重苦しい空気の中、居心地を悪く感じ始めた辺りでウラノスはようやく問うてきた。
「本当に、本当に行くのだな。ヘスティア」
「……あぁ」
ウラノスの質問にヘスティアは短く答えた。
「決意は、変わらぬか?」
再度ウラノスが訪ねてくる。まるで引き止めているかの様に聞こえるが、ウラノスの表情は炎の明かりに揺らめいていて上手く読み取る事は出来ない。
暫しの沈黙を自ら作り上げると、ゆっくりとヘスティアは言った。
「……今さら引き止めるつもりかい? すんなり申請が通ったから、ギルド側に憂いは無かったと思っていたけど?」
ここまで来て意思を変える気はさらさら無いと、きっぱりとした口調でヘスティアはウラノスに突き付けた。
「いや、そうではない。だが、私には聞く“義務”があるのだ」
ヘスティアの返答にウラノスの仰々しく答えた。これは『義務』であると。
「そんな習わしがあるの始めて聞いたよ」
「当然だ。これは私の
「──個人的?」
ウラノスの台詞に顔を訝しめながら、ヘスティアは次の言葉を待った。
「そう
ヘスティア達の置かれている立場と現状に言及しながら、ウラノスは再三に渡って聞いた。本当に“是“であるのかと確認するかの様に念入りに。
「あぁ、そうだよ」
古き神が三度追求しても、ヘスティアの返答は変わらなかった。
「そうか……そうか」
ヘスティアの返答を噛みしめながら、ウラノスは体の底から声を絞り出す様に言った。
そして、まるで長年の苦悩と苦労を吐き出す様に──
「──やはり、
と言った。
「? それは一体どういう──」
「ならばこれを持ってゆけ」
ヘスティアの言葉を遮り、ウラノスはある物を彼女に渡した。
それはウラノスの神力によるものなのか。静かに浮遊しながらヘスティアの手元へとゆっくり進んでくる。
「──これは?」
ヘスティアの手に握られたもの、それは青白く光り輝く水晶の塊──クリスタル──であった。
「餞別だ。お守りだとでも思っておけば良い。“父”から“娘”への贈り物だとでも、な」
淡く優しく輝くその光は不思議と安らぎと安心を与えてくれる。まるで母親の抱擁の様だ。
その『クリスタル』を大事にしまうとヘスティアはウラノスに向かって言った。
「あ、あぁ……その、あ、ありがとう、ウラノス……」
まるで長年離れ離れに暮らしていた父親と突然の再会を果たした娘の様にギクシャクとした言動で、ヘスティアは感謝の意を伝えた。
そして、気恥ずかしさのあまり間髪を入れずヘスティアは続けた。
「──そ、それじゃあ僕はもう行くよ。素敵な贈り物をありがとう」
そう言ってヘスティアは逃げ出す様にウラノスに背を向け、神殿を後にしようとする。そして、その去りゆく背中に向けてウラノスは声を投げかけた。
「ヘスティア。彼の冒険者を探すのであれば、まずメレンに居る『世捨て人風の商人』を探すと良い。どうせ最初は、メレンに向かうのだろう?」
その言葉に対しヘスティアは振り返らずに答えた。
「……分かったよ、そうする」
*
「しっかし、記念すべき門出の時だというのに、見送り無しとは寂しいもンだな、オイ」
人の往来が全く無い、今ではすっかり廃れてしまった大門の前で、リチャードは不満ありげに愚痴っていた。
何時までもぐちぐち言う彼に対し、女性陣は口々に言う。
「まぁ、ぶっちゃけ、我々は三行半突き付けて出ていくのも同然ですからね」
そう言ったのはアンナで。
「そもそも、大々的に見送られる事を私達していないような……」
そう疑問を口にしたのはエルザ。
「むしろ、石を投げられて「出てけッ!」と言われないだけマシでは無いでしょうか?」
最後にそう指摘したのはレフィーヤであった。
彼女達の言動を見るに、どうやら彼女達は中々ドライな思考を持っているようだ。
「おぉぅ、ベル君。なんか女性陣が辛辣です、慰めて!」
確かに彼等が仕出かした事──夜の街とイシュタル・ファミリアの完全破壊──を考えれば、(主に夜の街の利用者達から)罵詈雑言を向けられても致し方ないような気がする。それが、こうして静かに旅立てるだけ良しとすべきなのかもしれない。
でも、それにしたって少し寂しい気持ちがするのもまた事実であった。
「えっと。ど、どんまいです、リチャードさん!」
「おふぅ。あ、ありがとうベル君。何か、その言葉が、辛い……」
ベルの励ましに何故か更にダメージを受けるリチャード。その様子を見て、やれやれといった感じでリリが助言をする。
「あー、ベル様。それは一番言っちゃいけない台詞です……」
「えっ、そうなの!?」
「えぇ、そうなのです。その言葉は、『全然惜しくないけどそれを言ったら雰囲気が悪くなるし、かといって何も言わないのも“アレ”だから苦し紛れに出した励ましの言葉』的なニュアンスが含まれています」
人差し指をピンと伸ばしながら、『ドンマイ!』の言葉の裏に隠された意図や思いを懇切丁寧に説明するリリ。
もちろん、全てが全てそういった訳では無く、本当に【気にしないで下さい】と思って言っている場合もあるが、まあ、大抵の場合は“コレ”であった。
そう考えると、ルララが事あるごとに【気にしないで下さい】と言っていた裏に何があったのかと思い、リリは少し背筋が凍る感じがした。
「そ、そんなリチャードさん、ごめんなさいッ!!」
「だ、大丈夫だ、ベル君……これは致命傷だ……ガクッ」
「リ、リチャードさァァァァァァん!!」
目の前ではそうやってお馬鹿な寸劇を演じている男性陣が戯れているが、もしかして“コレ”が原因では無いだろうか? ちょっとおつむが残念なコイツに、とうとう愛想を尽かして出て行ってしまった可能性が無きにしも非ず?
そんな不穏な考えを、リリは
どちらにせよ答えは自分達で見つけるのだ。この旅はその答えを探す為の旅でもあった。
彼女達は見捨てられたのか、或いは信用されているからこそなのか。
「……全く、君達は相変わらずだね」
「あっ、団長! 来てくれたんですね」
廃れた大門の前にやってきたのは最近話題の冒険者──フィン・ディムナ──であった。どうやらわざわざ見送りに来てくれたようだ。
彼の登場にレフィーヤが嬉しそうな声を上げる。喩え、ドライで冷めていても嬉しいものは嬉しいようだ。
「一応、君の元・団長だし、君達には随分世話になったからね。忙しいが、見送りくらいはしないと。それに伝えておきたい事もあったからね……」
あの事件以降フィンはオラリオの復興支援や、主神の消滅により混乱するイシュタル・ファミリアとカーリー・ファミリアの団員達の世話、戦いの事後処理、あと個人的な理由もあってかなり多忙な日々を送っていた。
「確かに、かなりお世話しました。ティオネさんともやっと婚約出来ましたね、団長」
私、分かってましたよ的なオーラを発しながら生暖かい目線を送ってレフィーヤが言う。今にでも「昨日はお楽しみでしたね?」とでも言いそうな雰囲気だ。
「あぁ、その件に関しても感謝の言葉も無いよ……」
恥ずかしさをおくびにも出さずに堂々とフィンは言った。色々と捨て去って、色々と吹っ切れたらしい。
「お陰様で私はリアル人間肉団子状態になりましたけどね」
「くそォ、このリア充め! 羨ましい! 何故だ、アマゾネスは負けた相手に惚れるんじゃ無かったのか!?」
悔しそうにリチャードが嫉妬の声を上げる。確か俺の記憶じゃ一度は勝っていたはずだ、と女々しく言うリチャード。まるで『俺の画面では避けていた』並に理不尽な言い訳である。
「まあ、リチャード様は勝てずに、勝敗は結局有耶無耶になりましたからね」
あの時の戦闘を遠い目で思い出しながらリリはそう言った。
あの時の戦いは女神が
とはいえ、戦闘はベルとリリとリチャードの見事なチームワークで終始有利に事を進めていたので、もしかしたらそういったアマゾネス特有の感情の動きがあったのかもしれないが、もし彼女達が惚れるとしたらそれは──
「でも、彼女達の熱い視線はリチャード様じゃなくて、ベル様に向かっていたような気がします」
主に主体となって戦っていたベル・クラネル以外に他ならないだろう。意外なライバル出現の兆候にリリはかなり不機嫌そうな顔をしてみせた。
「くぅう! これが若さか? 若さが足りないというのか!?」
「それ以外にも、情熱とか、思想とか、理念とか、頭脳とか、気品とか、優雅さとか、勤勉さとかが足りない気が……」
己の年齢を嘆くアラフォー冒険者のトドメを刺したのは同じ火力職のエルザであった。
そんな、何時もと変わらない調子のリチャード達を見てフィンは羨ましそうに言う。
「──君達は、変わらないな」
そう、彼等は本当に変わらなかった。
「まあ、元々棚から牡丹餅的に手に入れた力でしたからね」
フィンの言葉を聞いたアンナがそう答える。
「実際、速くランクアップし過ぎて実感無かったのが良かったよね」
エルザもそれに続く。
「お陰で、大した憂いも無く手放せました」
そう、レフィーヤがまじまじと言う。
「まっ、結局『振り出しに戻る』ってだけだしな!」
リチャードも明るく言い放す。
「そもそも身内で一番強い人が“アレ”でしたからね。さもありなんです」
ある意味この中で一番“力”に執着していたかもしれないリリもさらりと言った。
「僕は、僕達は、確かに
最後にベルがそう締めくくった。
「そう思えるのが、君達の強いところだね。僕にはとてもじゃないが──」
「それは違いますよ──」
出来なかった、そう言おうとしたフィンを止めたのは彼の元・団員だった。
「──団長は、団長なんですから、それで良いんです。無責任に放り投げられたらそれこそこっちが困ります。それに、もう大事な婚約者もいるんですから──」
そう、フィンには背負うべきものが多くなりすぎていた。
神に、ファミリアに、仲間に、恋人に、街に、種族に……彼の双肩には多くのモノがのし掛かっていた。その中には彼が望んで背負ったもの、望まず背負わされたものと色々があるが、だからといって中途半端に投げ出すような無責任な人間ではフィンは無かった。
彼等には彼等の責務があるように、フィンにはフィンの責務があるのだ。
「その婚約者の為に色々と放り出そうとしたけどな、そいつ」
「それとこれとは別問題です」
悪魔のような天使の微笑みで睨みつけながらレフィーヤはリチャードの言葉をぶった切った。ああ、今度余計な事を言ったらその口を縫い合わせてしまおうかしら?
レフィーヤの視線の先では、余計な一言を言ったリチャードにアンナの全力鉄拳制裁が下っている。
それを見届けたレフィーヤはフィンに向き直ると、一度「オホン」と咳をすると再び続けた。
「──団長がしっかりしていてくれるからこそ、私は、私達は何も気にせず出ていけるのですよ?」
エルフらしい美しい笑みを浮かべて言うレフィーヤ。そして流れるように続ける。
「このところ蔑ろにしていたかもしれませんけど、ロキ・ファミリアは今でも私の大事な家族なんです。帰って来たら、また無くなっていたなんて事、私イヤですよ?」
そう言うレフィーヤを見てフィンは、一度は死にかけて失いかけたファミリアを、一体誰が命懸けで救ったのかを思い出した。
そうだ、彼女がいたから、彼女が頑張ったから、彼女が諦めなかったから今のロキ・ファミリアがあるのだ。もし、レフィーヤがいなかったら、頑張らなかったら、諦めていたら、今日のロキ・ファミリアは存在しえなかっただろう。
だから、その救いの少女の期待に彼が応えないわけにはいかなかった。
「そうか、そうだ、そうだったね、レフィーヤ。ありがとう」
彼女達が不在の間のファミリアを、そしてオラリオを守る決意をしてフィンは言った。
「団長こそ、頑張って下さいね、色々と。……そういえば、話したい事があるって言ってましたよね? 何ですか?」
「あぁ、頑張るよ。それで、君達に言っておきたい事なんだけど──ギルドに、特にウラノスには気を付けてくれ」
さっきまでの雰囲気と打って変わって、神妙な面持ちになり周りを警戒しつつそう言うフィン。しだいに不穏な空気が辺りに流れ始める。
「ルララ・ルラの時といい、今回の件といい、最近のギルドの手際は良すぎる。まるで、最初からこうなる事を知っていたみたいだ」
フィンのいう通り、ルララ・ルラが追放されたのも、彼等がここを出るのも、恐るべきスピードで決定し認められた事であった。高Lv.冒険者が次々とオラリオ脱退を認められるだなんて異例中の異例である。
確実になんらかの意図が絡んでいるとフィンは推測していた。おそらくギルドの上層部、それもギルドの真の支配者──ウラノス──が噛んでいる可能性が非常に高い。
「一応、こっちの方で探りを入れてみるけど、本命は君達だ。道中何が起きるか分からない。くれぐれも心しておいてくれ」
それがフィンの、そして彼の主神であるロキの出した答えであった。そして、それを伝える為にフィンはわざわざ多忙の中ここまで来たのだ。
「あぁ、了解した。わざわざありがとうな」
皆を代表してリチャードが感謝を伝える。
そして、丁度そのタイミングで彼等の主神であるヘスティアがやって来た。どうやらフィンの忠告はこれまでの様だ。
「やぁやぁやぁ、みんなお待たせ! いやー、遅くなってごめんよ。ジャガ丸くんのおばちゃんが中々離してくれなくてさ。おぉ!
「ええ、そうです。神ヘスティア」
ヘスティアの質問に対しフィンは
「そうかい、そうかい、わざわざありがとう! さて、じゃあ、みんな! 準備はいいかな?」
早速といった感じのヘスティアの言葉に対し、眷属達は一斉に頷く。そして、ヘスティア・ファミリアの団長であるベルが前に出て言う。
「何時でも行けますよ。神様!」
「よっし、じゃあ、行こうか!
「いえ、彼等には世話になりましたから。では、君達の武運を祈っているよ」
フィンが別れの言葉を言うとヘスティア達は門をくぐり、そしてオラリオの外に出た。
目の前には地平の先まで続いている大草原。空を見ると果てしなく続く青空が広がっている。
この先に、この先の何処かに彼等の仲間が、ルララ・ルラがいるのだ。
「──それで、まずは何処にいきますか? 神様」
初めて見る外の広大な大自然に圧倒されながらもヘスティアは答えた。
「まずは西へ──メレンに行こう」
こうして、ヘスティア達の仲間を求めた旅が始まった。
彼等の旅路を見守るのは燦々と輝く太陽と、一匹の白い梟だけであった。
*
「──行ったか」
ギルド本部の地下施設で紫色に輝く水晶の中には、今まさに旅立とうとしているヘスティア達が映っていた。
それを見つめているのはウラノスと──
「黒竜は、ゼノス達は、受け入れてくれるかな? 彼等には何時?」
「それは、お前が判断して決めるのだ──フェルズ」
黒衣に身を包んだ人物──フェルズ──だけであった。
「了解だ、ウラノス」
そう言うとフェルズは闇の中へと溶けるように消えていった。
後に残されたのはウラノスと水晶のみ。ウラノスはその水晶を覗き込んだ。水晶に映し出されている者達は皆、希望に満ち溢れた姿をしている。実に清々しい晴れやかな姿だ。
そして、その姿にウラノスは希望を見出したのだ。
「いよいよ、いよいよだ。いよいよ以て、我が宿命も終焉を迎える」
疲れ切った声でウラノスは呟いた。
「願わくば、彼等の旅路に、クリスタルの加護があらんことを……」
ヒカセン「それで家は!?」