光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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光の戦士達の場合 5

 人とは、一体なんなのだろうか?

 

 憐れな子羊か? 迷える旅人か? 罪深き咎人か? 愛しき我が子か? か弱い生物か?

 

 ずっと、“そう”であると思っていた。

 この旅に出るまで、人というのものは“そう”いうものだと思っていた。

 でもそれは違った。ヘスティアがその目で見た人間の姿は、違っていた。

 

 人は、神々が思っていた様な存在じゃなかった。

 人は、神が想像していた以上の存在だった。

 

 神の恩恵が無くとも生きて行ける程に、神の存在が不要に思える程に、人は強く、逞しく、美しく、輝きを放っていた。

 

 その輝きをヘスティアは、絶やしてはならないかけがえのないものだと、感じていた。

 愛おしいと、素晴らしいと、命に代えてでも守りたいと、強く強く思っていた。

 

 それだけの価値を、ヘスティアは人に見いだしたのだ。

 

 対して、神とは一体、なんなのだろうか?

 

 超越存在だろうか? 完璧な存在だろうか? 万能の存在だろうか? 不滅の存在だろうか? 永劫の存在だろうか?

 

 ずっと“そう”であると、思っていた。

 だがそれも、違っていた。

 

 神は神が思っている以上に超越的でもないし、完璧でもなかった。

 万能でもない、不滅でもない、もちろん永劫でもなかった。

 

 ただ、少しばかり力の強い“一種族”に過ぎないと、この旅を通じてヘスティアは感じ始めていた。

 

 そして、その思想は、神の存在を根底から脅かす、危険な思想だった。

 

 だがしかし、ヘスティアはそう思わずにはいられなかった。

 

 本当に神が超越的であるならば、神に見捨てられた者が存在するのだろうか?

 本当に神が完璧な存在であるならば、神を憎む者達が存在しうるのだろうか?

 本当に神が万能であるならば、なぜ、世界はこんなにも退廃しているのだろうか?

 

 オラリオから出てかの地から遠ざかる程に、大地は枯れ、水は濁り、風は淀み、炎は消えかけていた。

 

 まるで神の威光が有限である事を示すかのように、あるいは、オラリオが生命を吸いとっているかの様に、彼の地から遠ざかれば遠ざかる程、世界は衰退し、命は廃退していった。

 

 オラリオのあの栄華と繁栄は、神々のあの栄光と繁盛は、世界の破滅と摩耗と引き換えに成されている様であった。

 それはまるで、神が生命を喰らう化け物であると、訴えているようであった。

 

 僕達は、本当に「神」なのか。それとも──「神」のふりをした、ただの化け物なのだろうか?

 

 人とは、神とは、一体なんなのだろうか?

 そして──それらを憎むモンスターとは、ダンジョンとは、一体なんなのだろうか?

 

 その答えはこの先のはなれ山で、ドワーフ族の王国で、山の下の国で、そして──竜から奪還され、再び黒き竜に奪われた王国で、知ることになる。

 

 人の幻想、神の正体、魔の真実、そして世界の──星の真相を。

 

 

 

 *

 

 

 

 灰色山脈と黒鉄連山、そしてその先にある『はなれ山』は、ドワーフ達の領域である。

 

 かつてはミスリル等に代表される良質な鉱石を多数排出する、世界でも有数の名鉱山として名を馳せていたが、今となってはどの山も採掘し尽くされ、過去の栄光は見る影もない。

 

 唯一、現在でも採掘可能なのはドワーフ達の聖地──はなれ山──だけである。

 

 そんな、はなれ山に対する竜の襲撃は、なんの前触れもなく突如として始まった。

 

 神族排斥の戦に赴く騎士団の出兵を、まるで待ち構えていたかのように開始された竜の強襲は、主力である『髭長騎士団』が不在であった事もあり、ドワーフ族はなすすべもなく蹂躙され、騎士団と一人の冒険者により奪還されたばかりのはなれ山は、再び竜によって奪われる事になった。

 

 ドワーフ族にとって、これ以上に屈辱的な事は無かっただろう。

 奪い返したばかりの祖国を、間髪を入れず再び奪われたのだから当然だ。

 

 竜の猛攻に対し、ドワーフ族は激しく抵抗した。

 

 喩え、屈強な戦士達が不在であろうとも。

 喩え、負けると分かっていても。

 喩え、相手が“竜”であろうとも。

 

 力の限り、命ある限り、死力を尽くして、王国を守ろうとした。

 

 戦えるものはみな戦った。

 立ち向かえる者はみな立ち向かった。

 逃げ出すものなど一人もいなかった。

 ドワーフ族はその意地と誇りを賭けて最後まで勇敢に、壮絶に、戦い抜いたのだ。

 

 それでも、竜の攻撃は圧倒的であった。

 

 いかにドワーフ族が勇猛果敢に戦おうとも、いかに戦士達が孤軍奮闘しようとも、人智を超越した暴力の前では、ただの紙切れ同然だった。

 

 壮絶な戦いの末に、ドワーフ達は敗北した。

 

 山脈、連山まで撤退を余儀なくされたドワーフ族は、傷つき、消耗し、疲弊しきっていた。

 怪我を負っていない者など一人もいない、血を流していない者など一人もいない、苦しんでいない者など一人もいない。

 

 だが、それでも、依然として彼等の闘志は萎えることは無かった。

 

 諦めず戦い続けることで道が拓けるのだと、ある冒険者に教えられたからだ。

 そういう風に戦っていた冒険者を、ドワーフ達は知っていたからだ。

 

 だからきっと、その魂が枯れ果てるまで、その命が燃え尽きるまで、ドワーフ達は戦い続けるだろう。

 最後のドワーフ族が死に絶える、その瞬間まで。

 

「──でも私は、そうなって欲しくない」

 

 憂いを帯びた表情でそう呟くドワーフの娘も、全身傷だらけでボロボロになっていた。

 相当な激戦を切り抜けてきた事が、それだけで察せられる。

 

「──やけっぱちになって命を投げ捨てるのは馬鹿のする事だ、勝機を見いださずに突っ込むのは愚か者がする事だ」

 

 ドワーフを救った冒険者の生き様から、何より彼女はそれを学んでいた。

 用意周到に準備し、入念に調査し分析する大切さを、あの冒険者は教えてくれたのだ。

 

「──残念だが、私達じゃどう足掻いても“アレ”には勝てない」

 

 誰も言い出さないだけで、端から見てもそれは明らかであった。

 このままではドワーフ族は破滅に向かってまっしぐらだった。

 勝ち目も無く竜に挑み、誰も彼もが戦って死んでいくだろう。

 

 それだけは避けなくてはならない。

 一族を救ってくれた冒険者に報いるためにも、全滅する事は許されなかった。

 

 でなければ、報いるために戦に向かった騎士団達に顔向けできない。

 

「勝手な事だってのは重々承知している。だがそれでもお願いだ、どうか、どうか──」

 

 この冒険者達には面影があった。あの冒険者に似た面影があった。

 

 だからこそ、このドワーフの娘はそれに賭けてみることにしたのだ。

 小さな冒険者に希望を見出だした、父と同じ様に──。

 

「──どうか、私達を、()()()()()()()()?」

 

 彼の冒険者なら何度も聞いたであろうその言葉が、ヘスティア達の鼓膜に向けて初めて響き渡った。

 

 

 *

 

 

 

 その依頼は、お世辞にも良い依頼であるとは言えなかった。

 ヘスティア達にとって、全く利の無い最悪の依頼であると言っても良いくらいだ。

 

 報酬は二束三文すら無く、得られるのはほんの僅かな雀の涙程の名声と、自己満足のみ。

 それに対し、賭けるものは自分の命に等しい膨大なものなのだというのだから、当たり前だ。

 

 縁も所縁もないただの他人に、そこまでする義理など、ヘスティア達には欠片もなかった。ドワーフ族がこの世界の何処かで勝手に野垂れ死のうが、玉砕しようが、冒険者達には全く関係の無い事だった。

 

 この依頼は、命を賭けるに値しない依頼だった、請け負う必要の無い依頼だった。

 むしろ、断るべき部類の依頼だった。

 

 その実、依頼した当人でさえも請け負って貰えるとは微塵も思ってもいなかった。

 こんな「利」も「得」も「益」も無い馬鹿みたいな依頼を請けるのは、よっぽどのお人好しか狂人以外いないと分かっていたからだ。

 やけになって、藁をも掴む思いで出した依頼であると言っても過言では無かった。

 

 だから、この依頼は拒否するべき依頼だった。

 それが、(まさ)しく正解で、正しい正道であると言えた。

 だから、それ以外の解答は有り得なかった。

 

 返答に困り、押し黙る冒険者達を見てドワーフの娘もそう思った。

 永遠とも思える沈黙が暫く続く。

 

 そんな中、冒険者達の脳裏に、もし、“彼女”だったら、どうしていただろうか? そんな言葉が浮かび上がってきた。

 

 躊躇無く冒険者達を助けた“彼女”だったらどうしていただろうか?

 逡巡無く冒険者達を救った“彼女”だったらどうしていただろうか?

 

 彼女だったらきっと迷わなかっただろう。

 彼女だったらきっと躊躇わなかっただろう。

 

 喩え、利がなくとも。

 喩え、得がなくとも。

 喩え、益がなくとも。

 

 それが喩え、自己満足以外の何者でも無かったとしても。

 

 理屈を越えて、迷いを捨てて、真っ直ぐに──こう言っただろう。

 

「わかりました」

 

 誰が最初にそう言ったのかはわからなかった。

 だが、それがパーティーの総意である事に疑いは無かった。

 全員が全員、同時にそう言ったからだ。

 

 少しずつ、だが確実に、冒険者達の心の中に、彼の冒険者と同じ「光」が宿り始めていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 はなれ山の山中にあるドワーフ族の国──山の下の国──は恐ろしいほどに静まり返っていた。

 

 静寂に包まれる国内を進むパーティーの中に、ヘスティアの姿は無い。この依頼を遂行するにあたって、ヘスティアの存在は不要であると、眷属達に説き伏せられたからだ。

 眷族達から下された無慈悲な戦力外通告に、当初は難色を示していたヘスティアであったが、足手まといなのは百も承知なので、最後にはその決定に頷く以外に無かった。

 

「──だったのですが、この分だと、その必要も無かったかもしれませんね」

 

 パーティーの最後尾で油断無く杖を構えながらリリが言った。

 

 国中の至る所に激しい戦闘痕や、崩れた塔や柱、焦げ付いた壁面などが見受けられ、ここで行われた戦闘が壮絶なものであった事を物語っている。

 竜に奪われたからなのかチラホラとモンスターも出現するが、彼等にとって危険と言えるものでは無かった。

 

「出現するモンスターも、そんなに強くないですからね……」

 

 リリの直ぐ側にいたレフィーヤが同意するように答える。

 はなれ山のモンスター達はお世辞にも強いとは言えず、この程度ならば、ベオル山地のモンスターの方が手強かったと言えるくらいだ。

 

「オラリオから離れれば離れるほどモンスターも弱体化してるみたいだから、ヘスティアちゃんがいても大丈夫だったかもねー」

「オラリオは世界の中心であると同時に、モンスターを生み出すメッカでもありますから、そこから離れればモンスターも弱くなるのは必然なのでしょう」

「この様子だと、もしかしたら目的の“竜”もあまり強くは無いかもですね……」

 

 レフィーヤの言う通りその可能性は高かった。

 

 基本的に、モンスターの強さやレベルは地域や場所によって一定である。

 中には強力なモンスターが低級のモンスターを率いて群れをなす場合もあるにはあるが、それは例外中の例外であり、オラリオのダンジョンであればその例外も良く見受けられたりするが、外の世界でそういった現象を見かけた事や噂に聞いた事は未だに無い。

 

「もし、この“竜”がその例外中の例外だとしても、徘徊しているモンスターを見る限りだと、トップもたかが知れてるからね……」

 

 群れを率いるモンスターであっても、従えるモンスターと隔絶した強さを持っている事は殆ど無い。せいぜいが冒険者基準でLv.1くらいの差があるくらいである。

 それはそれで十分差があるとも言えるのが、はなれ山のモンスターを見れば、その頂点にいるであろう“竜”のレベルも大体推し量る事が出来た。

 

「あるいは、ここにはもう“竜”はいないという可能性もありますね……」

 

 レフィーヤが言った可能性に、リリが他の可能性を提示した。

 

 確かに、その可能性も十分に有り得る事である。

 

 気まぐれに国を襲い、人を傷つけた“竜”は、暫くして満足すると、また別の何処かへと旅立ち、その空いた縄張りに新たなモンスター達が棲みついた、という事だ。

 かつて、はなれ山自体がそういった経緯でモンスターに支配されていた事を考えると、これも決して有り得ない話では無い。

 

「どちらにせよ、ここら辺一帯のモンスター達は掃討しておいちゃいましょうか」

 

 力を取り戻しつつある冒険者達にとっては問題にもならないが、ドワーフ族にとってはかなりの脅威であるのは間違いないだろう。

 でなければ、何年もの間奪われたままという事は無かったはずだ。

 

 竜の存在の有無を確認し、安全を確保した上で報告すれば依頼主も喜ぶだろう。それで、このクエストは達成である。

 思っていた以上に簡単に終わりそうな依頼に安堵しながらも、早速、冒険者達はモンスターの殲滅に取りかかった。

 

 この程度のモンスターなら歯牙にも掛けない程に、冒険者達は強くなっていた。

 今の彼等なら“竜”ですら恐ろしくないと思える程に、冒険者達は力を付けていた。

 

 だから、誰も口にはしなかったが冒険者達の間にこういった考えが蔓延していた。

 

『“竜”は、我々に恐れをなして逃げ出したのかもしれない』

 

 そう考えてしまう程に、彼等の実力は外の世界では隔絶するほどに高くなっていたのだ。

 

 だが、その自信とも慢心ともとれる思考は、次の瞬間鳴り響いた咆吼と、舞い下りてきた黒き巨体によって打ち砕かれる事になる。

 

 身体の芯まで震える怒号と、空間を切り裂く程の猛烈な勢いで冒険者達の前に顕現したのは、黒き漆黒の巨竜。

 

 先人達が残した三大冒険者依頼の最後の一つ。

 人類の悲願、人類の念願、人類の宿願──人類の宿敵。

 

 世界最強のモンスター『黒竜』が、彼等の眼前に降臨した。

 

 

 

 *

 

 

 

 冒険者達が世界最強のモンスターと邂逅している時、ヘスティアは一人、眷属達の安否を案じていた。

 

 結局、どんなに思っていても、どんなに考えを新たにしても、ヘスティアが「神」であり、足手纏いである事は変わらなかった。

 偉そうに守りたいだの、見届けたいだの言っていた癖に、何も出来ずにただ待っているだけの存在である事に、変わりはなかったのだ。

 

 何も出来ない自分自身に悶々とし、鬱々としながらも、一人パーティーを心配するヘスティア。

 

「そうやって、ただ心配しているだけなのか? 神ヘスティア」

「ッ!? き、君は……」

 

 突如としてヘスティアに声を掛けたのは、黒き衣を纏った謎の人物であった。

 顔を覆うフードの奥で怪しく煌めく眼光が、ギラリとヘスティアを捉える。まるでヘスティアの心情を見透かすように見つめながら漆黒の人物が問いかける。

 

「『神』だからと言って、他の神と同様に何もしないのか? 無力だからといって、また何もしないで待っているだけなのか? 足手纏いだからといって、何時までそのままでいるつもりなのだ? これを、見るといい──」

 

 黒き衣の男が手を翻すと、そこに「神の鏡」に似た魔法が展開された。

 その魔法の中には炎を吐く漆黒の竜と、それと懸命に戦う冒険者達が映し出されている。

 

 映像の中の冒険者達は、皆、竜の炎に焼かれ傷ついている。どう見ても劣勢で絶体絶命の状態であった。

 

「ベル君!? みんな!!」

 

 思わず映像に駆け寄るヘスティア。

 それを寸前のところで塞き止めると、黒き衣の男が続けた。

 

「お前も見ただろう? 今この瞬間でも戦士達は傷つき、戦っているというのに、神であるお前はここで何をしているのだ? ただ祈っているだけか? ただ待っているだけか? お前のこれまでの意志は、決意はどうしたのというのだ!?」

「そ、それは……」

 

 見守りたいと思った。

 見届けたいと思った。

 

 共に歩んでいくと、そう決意した筈だった。

 

 なのに、未だに眷属達に甘え、ただ何もせず待っているだけの存在から何も変わっていなかった。

 

「神の戒律が邪魔をするのか? 神が定めた規律が、お前の意志を阻むのか──?」

 

 神はこの地上でその力を行使することは出来ない。

 幾つかの例外を除き、それは絶対の掟として神々を縛っていた。それはオラリオを離れたヘスティアとて例外では無い。

 もし、それを破ろうものなら、問答無用で天界に送還される事になる。

 

 だから、『神の力』は使う事は出来ない。

 それが、ヘスティアの意志を縛るものの正体だった。

 

 そんなヘスティアの思いを見透かすように、黒き衣の男が畳み掛ける。

 

「お前の眷属は、子供達は、思い人はッ!! お前にとって()()()()の者だったのか!? お前達が勝手に定めた戒律に負けるほど、お前の決意は弱いものだったのかッ!?」

 

 男が言葉を重ねるごとに、男の叫びがドンドン大きくなっていく。

 鬼気迫る男の言葉がヘスティアの心の中で反響する。

 

「──所詮、貴様も他の「神」と同じ、泡のように生まれては消えていく人間などどうでもいい、己の身が可愛いだけの存在だったのか!?」

「違うッ!!」

 

 男の言葉にヘスティアは思わず叫んだ。

 

「それは違う! 絶対に違う! でも、でも……僕は、僕には……どうしたら良いのか……どうすれば良いのか……分からないんだ……」

 

 変わる意志はあった。

 変わっていく決意はあった。

 

 だが、ヘスティアにはそれにはどうすれば良いのか分からなかった。

 

 不変で不滅である「神」が変わる事が出来るのだろうか? 

 永久で永劫である「神」が成長する事が出来るのだろうか?

 

 それは「神」には出来ない人間の特権だった筈だ。

 

「それには、己の意志に従うんだ、神ヘスティア。くだらない規律や常識など捨て去ってしまえ。お前はお前の意志で、決意で、立ち上がるのだ……」

「僕の、意志……」

 

 神が命をかけて人を助ける意味はあるのだろうか、その価値はあるのだろうか。

 他の神々がどう思うのかは分からない、だが、ヘスティアはこの旅を通して、その意味が、価値がある事を確信していた。

 

 この旅路の中で宿った“光の意思”が、今ここでヘスティアの中で光り輝こうとしている。

 

「僕は……僕は、()()()()! 傷ついた子供達を……いや! 今も戦っている仲間達の事を!! 共に戦場に立ち、共に力を合わせて戦いたいッ!!」

 

 ヘスティアの想いと意思、そしてその言葉に呼応するかの様に、彼女の持つ『光のクリスタル』が激しく発光した。

 その輝きと光の意思と共に、ヘスティアは星の使徒として覚醒する。

 

「そう、それで良いのだ、ヘスティア。さぁ、行くがいい。お前の光の意思と共に、お前を待つ仲間達の下へと!」

 

 ようやく覚醒したヘスティアに、満足そうに頷くと黒き衣の男がそう言う。

 その言葉を聞くのと同時に、ヘスティアが青白い強光に包まれる。

 その眩いばかりの光の力によってありとあらゆる束縛から解放された彼女は、彗星の様な光の矢となって仲間達の下へと飛び立っていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 人と竜との戦闘は、竜側の勝利で終わろうとしていた。

 

 力尽き、倒れ伏す冒険者達を見て黒竜は思った──やはり、この程度でしかないのか──と。

 

 確かに彼等は他の人間に比べれば強かった、だが、黒竜が期待していた程では無かった。

 彼等の剣は拳は弓矢は魔法は、彼の鱗を傷付けることすら出来ていなかった。

 この程度で驕り昂って慢心しているようでは、この先もたかが知れていた。

 

 所詮、彼等もあの髭もじゃの人間達と一緒だった。

 光に導かれ、光に群がる、弱き虫けら。

 自ら輝くことの出来ない貧弱な生物──それがこの冒険者達の限界だった。

 

 この程度であるならば、存在するだけ無駄でしかない。

 このままならば計劃の邪魔になるだけだ。

 

 ウラノスやマリウスは随分彼等を買っているようであるが、黒竜は違った。

 

 彼はモンスターの王だ。

 

 弱き生物を排斥し、強き生物を育むための使命を帯びた、星の尖兵達の王だった。

 

「人」や「神」の様に人間という生物に特別な思い入れがある訳では無かった。

 むしろ、その弱さ故に幻想に縋った人間を、嫌悪すらしていた。

 

 偽りの神の力を使って彼の同胞が倒された時も、人の成長を喜ぶどころか憤怒しか沸いてこなかった。

 数千年ぶりに現れた自らの力のみで彼に立ち向かう人間達に、僅かに希望を見出だしはしたが、結果はご覧の有り様だ。

 

 誰も彼もが無様に力尽き、最期の時を黙って待っている。

 その光景を見て、黒竜にはもはや失望しか沸いてこなかった。

 

 所詮は()()()()()()()()、か──心の中で黒竜は失意を露にした。

 

 黒竜に対し殆ど何も出来なかった冒険者達を、これ以上試す必要は無い。

 止めを刺してやるべきであろう。

 

 黒竜は一度大きく息を吸い込むと、内在する膨大なエーテルの炎と共にその全てを吐き出した。

 

 万象を焼き尽くす暴虐の火炎が、冒険者達に迫る。

 なすすべもなく冒険者を消し炭にするかに思われた黒竜のブレスは、突如として乱入した光の矢によって防がれた。

 

 乱入した光の矢は瞬く間に冒険者を守護する光の障壁として形を変え、無慈悲な吐息から冒険者を守り抜く。

 

 冒険者を守るようにして立ち塞がったその輝きを見て、盟友であるウラノスと同じ気配を感じ取った黒竜は、「愚者」は上手くやったのだと確信した。

 

 そうであるならば──終わりは近い。

 

 光輝く女神の姿を見て、黒竜は終焉の到来を予感していた。

 

 

 

 

 *

 

 

 世界最古にして世界最強のモンスターの攻撃は苛烈を極めた。

 ヘスティアの光の障壁によってなんとか持ちこたえているが、それも時間の問題に思えた。

 

 絶え間なく注がれるおびただしい魔力の奔流に、次第に圧され出すヘスティア。

 

「うぐぐぐぐぐぐ」

 

 苦しみの呻き声を上げながらも、ヘスティアは懸命に仲間達を護っていた。

 必死に、命懸けで、一心不乱に……。

 

 ヘスティアの力は守護の、守りの力だった。

 仲間を守る事は出来るが、敵を打ち倒すことは出来ない。

 

 でもそれで構わないのだ。

 

 ヘスティアは仲間を守るためにここにいるのだ。

 敵を打ち倒すのは、ヘスティアじゃ無くてもいい。

 彼女は一人じゃない。ここには彼女の家族(ファミリア)が、仲間達がいる!

 

 勇敢に立ち塞がるヘスティアの姿を見て、倒れ伏していた冒険者達に戦う力が戻ってくる。

 

 最初に立ち上がったのは、赤い髪をした剣士だった。

 

 彼女はパーティーの盾だ。

 彼女の背中の後ろには、彼女の大切な仲間達が控えている。

 彼女が倒れる時は、それはパーティーが崩壊する時だ。

 だからこそ、どんな事があろうとも、決して最後まで倒れてはならないと、彼女はあの冒険者から教えられていた。

 

 まだ、仲間が立っているのであれば、他でもない彼女が、倒れている訳にはいかない。

 

 立ち上がり、その手に持つボロボロになって折れた剣を見て、アンナは少し懐かしい思いを感じた。

 あの時の様に、剣を直してくれる冒険者はもういない。

 だが、それでも関係無い。

 あの時のように絶望したままでいる訳にはいかなかった。

 まだ、戦う意思を持つ者がいる。

 そうであるならば、それを守るのがアンナの使命だった。

 彼女は仲間を守る「ナイト」なのだから!

 

 次に立ち上がったのは、小人族の癒しの幻術士だった。

 

 彼女が癒し、治さなければ、仲間達は瞬く間に倒され命を散らすだろう。

 彼女の双肩には彼女と彼女の仲間達の命が懸かっていた。

 彼女の魔法が途絶えた時、その時が彼女達の命運が尽きる時である。

 だからこそ、他に立ち上がる者がいるのであれば、癒しを必要とする者がいるのであれば、何がなんでも癒さなくてはならないと、そう彼女はあの冒険者から教えられた。

 

 弱く、卑屈になって、いじけていたリリに、戦う方法を教えてくれた冒険者はもういない。

 供に仲間を癒し、戦った冒険者はもうここにはいなかった。

 それでも、諦める訳にはいかなかった。

 リリは仲間を癒す「白魔道士」なのだから!

 

 生命の鼓動を感じさせる幻想的な癒しの魔法がパーティーに降り注ぐ。

 その癒やしの極光によって、冒険者達が蘇生される。

 

 長身の格闘士の男性が起き上がる。

 金髪の弓術士の犬人が立ち上がる。

 金色のエルフの呪術士が再起する

 白と赤の双剣士の少年が復活する。

 

 彼等の使命は敵を打ち倒す事だった。

 如何に「盾」が奮闘し、「癒し」が奮起しても、彼等が使命を果たさなければ敵に打ち勝つことは不可能だった。

 彼等の両腕にはパーティーの未来が懸かっていた。

 彼等が遅れれば遅れるほど、「盾」は傷付き、「癒し」は疲弊していく。

 だからこそ、一秒でも速く、一手でも多く敵に攻撃を叩き込み、勝利へと突き進む必要があった。

 そうすべきであると、彼等はあの冒険者から教えられたのだ。

 

 彼が落ちぶれていた時に助けてくれた冒険者はもういない。

 彼女が行き詰まっていた時に手を引いてくれた冒険者はもういない。

 彼女が絶望していた時に希望を与えてくれた冒険者はもういない。

 少年が憧れた冒険者はもう彼等を救ってはくれない。

 

 それでも、それでも、困難に立ち向かわなければならない。

 彼は敵を撃ち砕く「モンク」であり、彼女は歌い射る「吟遊詩人」であり、彼女は破壊の化身「黒魔道士」であり、少年は暗闇に煌めく「忍者」であるのだから!

 

 遂に光の意志を宿した冒険者達の前に、星のクリスタルが出現する。

 眩く光る水晶の輝きは冒険者達の身体を包み込み、新たな力となって顕現していく。

 

 ボロボロになった鎧は白銀の甲冑になり──

 

 汚れた法衣は純白のローブへと変わり──

 

 ズタズタになった衣装は紅蓮の如き闘衣へと進化し──

 

 傷ついた装束は深紅の外套へと変貌し──

 

 魔力の枯渇した呪衣は漆黒の魔衣へと変化し──

 

 切り刻まれた戦闘衣は伊賀の装束へと移り変わっていた。

 

 冒険者達に戦う力が舞い戻ってくる。

 もはや、星の加護を得た彼等には恐れるものなど存在しない。

 

 新たに手にした盾で黒竜のブレスを防ぎ。

 新たに手にした片手剣と鉄甲、弓矢と黒の魔法、双剣と白き魔法で黒竜へと迫っていく。

 

 永きに渡り世界に脅威を振り撒いていた魔の王に、人の力と技が到達しようとしている。

 数千年もの間、誰もが届き得なかった竜の肉体に冒険者達の一撃が加えられた。

 それは、一度は彼等に失望した黒竜を認めさせるのに、十分な成果であった。

 

『我が肉体を傷つけるとは……見事だ、光に導かれし者達……いや、()()()()()よ──』

 

 そして、「人」と「神」を同胞として認める「魔」の咆吼が、天空へ向けて放たれた。 

 

 

 

 *

 

 

 

 咆吼と共に直接脳裏に響いた竜の深い声を聞いて、光の戦士として覚醒したばかりのヘスティア達は驚きの表情を浮かべた。

 その様子を見た黒竜が、嬉しそうな声色で再び語る。

 

『どうした? モンスターが会話をするのがそんなに意外だったか?』

 

 先ほどのまで黒竜から放たれていた突き刺さる様な圧倒的重圧は、いつの間にか綺麗さっぱり四散し、安穏とした雰囲気が周囲に立ち籠めていた。

 穏やかな竜の囁き声が、やけに脳裏に木霊している。

 

「い、いや、意外というか、何というか……」

 

 すっかり毒気を抜かれたヘスティアが、未だに動揺から抜け出せない仲間達に代わり返答をする。

 ここに至るまで様々な常識を打ち砕かれたヘスティア達であったが、今回の“コレ”はその中でも最大級の驚きであった。

 意思も無く、ただ世界に脅威を振りまくだけだと思っていたモンスターが、人語を解し、会話をしている。それだけで驚愕するに値する事だ。

 

「君達の常識ではモンスターとは、ただの意思無き暴力の塊だったからね、無理もないだろう」

「!! 君はさっきの──」

「フェルズ、だ、ヘスティア。そして初めまして、光の戦士達よ」

 

 黒き衣を纏った愚者──フェルズ──がヘスティア達を見回しながら、簡潔にそう自己紹介をした。

 やっとの事で星の戦士として覚醒したヘスティア達一行を、一人一人誇らしげに眺めていたフェルズは、黒竜へと視線を移し弾むように言う。

 

「首尾は上手くいった様だね、黒竜。人の持つ意志の力も、そう捨てたものでは無かっただろう?」

『一時はどうなる事かと思ったがな。お前達の言う通り、意志の力と言うものも中々に侮れなかった様だ』 

 

 何やら和やかな雰囲気で語り合う両者を見て、更に混乱の極みに陥るヘスティア達。

 戦闘して、全滅しかけて、何とか奮起して、何かに覚醒したと思ったら、長閑な雰囲気になって、それで──目まぐるしく変貌していく状況に、正直頭がついて行けない。

 

「ちょっ、ちょっと! 全然、話について行けないんだけど! 誰か説明してくれないか!?」

 

 何やらとんでもない陰謀に巻き込まれたらしいのは、何となく察せられた。

 だからこそ、何も知らずに流されたままでいるのは真っ平ご免だった。

 

「そう慌てるな……と言いたいところだけど、時間も余りない。君達はようやく星に選ばれ、こうして竜にも認められた……だから、君達には知る権利がある──」

 

 弛緩していた空気が一変し、再びピリピリと緊迫した空気が漂ってくる。

 ただし、愚者と黒竜から敵意は感じられない。再度、敵対する意思は無いようであった。

 

『──だが、ここから先を知ればもはや後戻りは許されない。どんな絶望が待っていようとも、どんな悲劇が待っていようとも。全てを受け入れ、立ち向かわなければならない。それでも尚、知りたいか? 良く考えるがいい──』

 

 父親の様な深き慈愛の籠もった囁き声に、ヘスティア達は真摯に向き合った。

 向き合った上で、各々の答えを正直に提示した。

 

「私は、大丈夫です」

 

 白銀のナイトが答える。

 

「俺も、ここまできて後戻りなんかしないさ」

 

 紅蓮のモンクが己の意思を示す。

 

「みんなと一緒なら何処までも行くよ!」

 

 深紅の吟遊詩人がそう唄う。

 

「私も、もう、現実から目を背けたくはありません」

 

 漆黒の黒魔道士が決意を伝える。

 

「その真実を知るために僕達はここまできました。今更、迷いはありません」

 

 闇夜の忍者が返答する。

 

「私の旅も、ここが終着駅じゃないです。ですので、リリはまだ降りたりしません」

 

 純白の白魔道士がそう応答する。

 

「僕も……もう何も知らずにいるのは、嫌だから──だから教えてくれ、黒竜」

 

 最後に彼等の女神がそう答え、意思は決まった。

 

『そうか……ならば、まず我が背中に乗り、我らが理想郷に来るといい。そこで教えよう、人が生み出した幻想が何なのか、神の正体とは、我ら魔の者が何なのか。そして……この世界の真の姿を──』

 

 彼等にそれを伝えるのを世界へと知らせる様に、再び竜の雄叫びが鳴り響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 遙か遠い空の彼方から、竜の咆吼が聞こえる。

 それは全ての準備が整った証だった。

 光に導かれし者達は自らの足で歩み出し、無事、星に選ばれた様だ。

 

 そして、別の世界の光の戦士もこれで──

 

 闘国(テルスキュラ)近くの海岸で彼女と再び出会った時、マリウスはどうしようも無い程の助力の念に駆られていた。

 

 たった一言彼女に救いを求めれば、何もかも全てが解決する。

 それこそが彼女の強さであり、そう思わせてしまう事が彼女の真の力だった。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 幻想を打ち消すのに、この星を救うのに、別の世界の力を請うわけにはいかない。

 神を打ち倒すのは、この世界を救済するのは、この世界の戦士に課された使命だった。

 

 だからこそ、マリウスは僅かに芽生えた邪念を振り払い、光の戦士を星の代弁者の所へと向かわせたのだ。

 後はそこにいる「アリア」が、彼女を押し止めてくれる。

 

 最後の準備を終えたマリウスが、再び戦列へと舞い戻る。

 そこは既にオラリオと目と鼻の先であり、見渡すばかりの大平原であった。

 

 そこはかつて光の戦士が、その実力と能力を世界に示した因縁の場所『シュリーム平原』だ。

 その場所は、その大平原は、世界の運命を決するには打って付けの戦場だった。

 

 その地で並び立つおびただしい数の自軍と、それよりも遙かに劣る数しかいない敵軍を見て、マリウスは決意を新たに微笑んだ。

 

 神を倒すだけならば、こんな舞台を用意する必要は無かった。

 彼等にはあの狂った文明の先兵と、憎しみに染まる竜神をどうにかする必要があった。

 世界中の戦士と神々が集う今こそが、その時だった。

 

 これでようやく、ようやく始まる。

 五年前に始まった計劃が、千年前から続く幻想の終焉が──

 

 彼等の『神々の黄昏(ラグナロク)計劃』の最終章が、ようやく開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最近全くルララさんの出番がありませんが、仕様です ( ゜ω゜) 

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