光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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光の戦士達の場合 9

 伝わる。

 

 世界の想いが、願いが、祈りが、希望が──。

 

 女神を通して、光の戦士へと伝わっていく。

 

 人の幻想も、神の残滓も、魔の意思も、星の使命も、全てを束ね、その身に与え刻んでいく。

 

 人と神との盟約の証を。

 幻想がもたらす恩と恵を。

 星の無垢なる力、無窮なる命の煌めき、純粋なるエーテルの輝きを。

 

 この世界の光の力を……彼女に授けていく。

 

 

 光の戦士の中に流れ込んでくる。

 

 

 人々の願いが。

 魔物達の望みが。

 

 青年の輝きが。

 老神の祈りが。

 黒き竜の生命が。

 

 赤毛の少女の意思が。

 熱き男性の猛りが。

 犬耳の少女の歌声が。

 金色のエルフの波動が。

 白き少年の想いが。

 小さき少女の優しさが。

 最後の女神の慈愛が。

 

 

 その身に流れ込んでくる。

 

 

 それは、彼女の中に吸い込まれる様に溶け込んでいき……もう一つの『究極の幻想』を紡いでいく。

 

 世界の光を束ねた女神の恩恵が、()()()いく。

 

 あらゆる制限から。

 あらゆる呪縛から。

 あらゆる制約から。

 

 彼女を縛るあらゆる枷から彼女を解き放つために、神の恩恵を超え、星の加護を超え、世界の力が光の戦士に集まっていく。

 

 彼女のその身に宿るのは──。

 

 白銀の剣士の『意思』であり。

 原初の戦士の『霊魂』であり。

 暗黒の騎士の『愛情』であり。

 

 蒼き竜騎士の『血脈』であり。

 紅き修道士の『闘志』であり。

 黒き暗殺者の『忍耐』であり。

 

 太古の詩人の『旋律』であり。

 新しき機工の『脈動』であり。

 

 漆黒の魔道士の『破壊』であり。

 深淵の召喚師の『叡知』であり。

 

 白き道士の『癒し』であり。

 賢き学者の『知識』であり。

 煌めく星の『輝き』であり。

 

 

 彼女がその手に持つのは──。

 

 

『剣』と『盾』であり。

『戦斧』であり。

『大剣』であり。

『槍』であり。

『手甲』であり。

『双剣』であり。

『弓矢』であり。

『銃』であり。

『呪具』であり。

『魔道書』であり。

『幻具』であり。

『戦学書』であり。

『天球儀』であり。

 

 

 彼女の持つ『光の力』であった。

 

 

 世界を滅ぼす破滅の焔が再び放たれようとしている。

 次元を震わせ、星を揺るがし、世界を震撼させて、竜の憎悪が集まっていく。

 神の塔を貫いた暴虐の閃光が、終焉に導く終末の息吹が、今、解き放たれる。

 

 それに対するは──。

 

 堅強なる最後の要塞。

 誇り高き原初の大地。

 深く優しき暗闇の波動。

 

 ──全てを守る守護の力。

 

 世界が極光で満ち、生命が鼓動し、妖精が舞い踊り、天翔る星天が開門する。

 

 傷つき倒れた者達が。

 打ち倒され散り行く者達が。

 死に絶え、星に還る者達が。

 

 全てを癒やす力に包まれる。

 

 戦士達が立ち上がる。

 

 傷ついた者達も。

 力尽き、倒れた者達も。

 燃え尽き、死に行く者達も。

 

 戦う力を取り戻し、立ち上がる。

 

 彼等を後押しするのは──。

 

 星々の加護であり。

 戦場に響く旋律であり。

 機工による支援であり。

 

 彼等を癒やすのは──。

 

 白き魔法の治癒であり。

 妖精の囁き声であり。

 運命の占う星の力であった。

 

 異界の竜の神と、異界の光の戦士の戦いが始まる。

 

 蒼き竜の血潮が沸騰する。

 竜の如き飛翔と刺突が顕現し、彼女が手に持つ槍は竜の牙と爪と尾を幻視させ、桜の花を狂い咲かせた。

 

 紅蓮の闘気が燃え上がる。

 絶えることなく繰り出される彼女の拳は、暴嵐の如き疾風と稲妻の如き迅雷となり、敵を打ち砕いていく。

 

 黒き忍びの刃が闇夜に煌めく。

 次々と結ばれる天と地と人の印が、夢幻の術技となり竜の神を貪っていく。

 

 古の旋律が鳴り響く。

 天空の矢が乱れ飛び、回転する鮮血の矢が敵を穿ち、毒と風の矢が切り裂き弾け飛ぶ。

 

 新たな技術の結晶が律動する。

 幾度となく撃ち込まれた弾丸は蓄積し、暴れ狂う火炎となって炸裂する。

 

 全てを燃やす破壊の力が顕現する。

 恒星を凌駕する炎の魔法と、太陽の如き殲滅の魔法が竜神を燃やし尽くす。

 

 神を宿した古代の叡知が招来する。

 炎神を喚び、岩神を喚び、風神を喚び、竜神をその身に宿す魔人が、三つの厄災と死の息吹を振り撒いていく。

 

 光が闇を押し返し、竜の神が悲鳴を上げる。

 だが、この程度では怨嗟に染まる竜神は止まらない。

 この程度では五千年の彼方より続く怨恨は潰えはしない。

 

 まだ、終わるわけにはいかない。

 まだ、消え去るわけにはいかない。

 

 あの世界を焼き尽くすその日まで。

 あの憎き帝国を滅ぼすその日まで。

 

 竜の幻想は終わらない。

 終わらせてはならない。

 

 竜神より死の輪(アク・モーン)が紡がれる。

 

 それは憎悪に塗れた死の螺旋。

 終わり無き悪夢に嘆く哀しみの咆哮。

 

 それは……彼等の、メラシディアの、ドラゴン族の──最期の竜詩。

 

 

 極光が昇り、歌が聞こえる。

 

 

 それは──。

 

 ──『苦しみ』──

 

 白銀の剣士が輝く奇跡に包まれる。

 

 ──『屈辱』──

 

 原初の戦士の鉄鎖が命を繋ぎ止める。

 

 ──『決断』──

 

 暗黒の騎士が生ける屍となる。

 

 ──『隷属』──

 

 白き魔法が傷を癒し。

 

 ──『藻掻き』──

 

 学術と妖精が破滅を防ぎ。

 

 ──『混迷』──

 

 星の煌めきが守護する。

 

 ──『願い』──

 

 それは──。

 共に探した彼等の応え。

 竜神とその眷族が導き出した命の答え。

 

 その答えは知っている。

 その答えを知っている。

 

 五年前、メテオが降り注いだあの日に。

 邂逅し、侵攻し、真成したあの日に。

 滅び去った魔の大陸に降り立ったあの日に。

 

 あなたが存在した意味を、私は知って、見て、聞いて、感じて、考えて、答えを出した。

 

 かの文明は遥か昔に滅び去り。

 かの一族は遥か昔に潰え。

 五千年続く怨恨と憎悪の輪廻は……五千年前に彼等が懐いた幻想と絶望は……。

 

 五千年前にもう()()()()()()

 

 あなたが存在していた意味は、私が知っている。

 あなたが存在していた意味は、私が伝えていく。

 

 だから……もう……この物語は終わりにしよう。

 叶えるべき願いも、望みも、幻想も、もう無いのだから……。

 

 竜神が咆哮を上げ、戦士が光に包まれる。

 

 世界は見た。

 

 それは──。

 

 天より降り注ぐ無数の光の矢であり。

 

 巨大な兵器の一閃であり。

 

 破壊を振り撒く隕石であり。

 

 終焉の炎と等しき閃光であり。

 

 月光に煌めく夢幻の刃であり。

 

 最後の楽園へ誘う光の柱であり。

 

 蒼き竜が飛翔する姿であった──。

 

 

 光の戦士が放った幾多の輝きは……。

 竜神の肉を切り、骨を断ち、霊を祓い、魂を砕き。

 そして──竜の『心核』を貫いた。

 

 

 闇が打ち払われ、世界に光が射し込んでくる。

 

 

 幻想が終わる……。

 

 

 彼女一人の力ではここまで到達することは出来なかった。

 

 人の戦士が集め。

 神の戦士が挑み。

 魔の戦士が抗ったからこそ。

 

 生きとし生ける全てのものが、そう想ったからこそ。

 死に行く死せる全てのものが、そう望んだからこそ。

 

 そして……きっと『彼』がそう願ったからこそ。

 

 太古より続く竜の幻想は終わりを迎えたのだ。

 

 古き時代の竜神が消えて行く。

 五千年の呪怨からようやく解放され、消滅していく。

 

 星を蝕む人の幻想も、千年続いた神の時代も終焉した。

 世界が新たな時代へと新生していく。

 

 そして──光の戦士の戦いも終わった。

 この世界で果たすべき彼女の役目は終わった。

 

 だから──。

 

 世界の異物であるルララ・ルラもまた……次元を超え、この世界から消え去って行く。

 

 星の光が彼女を導いていく。

 

 彼女があるべき世界へと。

 彼女がいるべき次元へと。

 彼女が還るべき物語へと。

 

 戦士が還っていく。

 

 その時、彼女は星の声を聞いた。

 

『ありがとう……』

 

 その声に、ルララ・ルラは満足そうに頷いた。

 

 

 黄昏は過ぎ去り、常闇は終わり、暁が明ける。

 

 

 幻想は終った。

 

 

 

 *

 

 

 

 世界に命の雫が舞い降りてくる。

 

 神を形作っていた幻想が。

 竜神を構成していた生命の結晶が。

 光の戦士に捧げられた星の力が。

 

 エーテルの粒子となって、雪の様に降ってくる。

 

 命の灯火は煌めき、傷付いた大地に染み渡っていく。

 星の命は崩壊した世界を巡り、痛みは癒され、緑が蘇る。

 

 幻想が還っていく。

 

 生命の円環の中に。

 母なる命の循環の中に。

 最後に残った女神もまた──星へと還っていく。

 

 深々と舞い散る命の雫の中で、ヘスティアは己の光のクリスタルを見つめた。

 

 淡く発光していたクリスタルから少しずつ輝きが失われ、消えかかっていく。

 クリスタルは力を使い果たし、その役割を全うしたのだ。

 彼女の存在を保っていたその輝きが失われるにつれ、彼女の存在もまた徐々に虚ろいでいく。

 

 少しずつ揺らいでいく己の掌に、哀しみと寂しさが入り混じった微笑みをヘスティアは浮かべた。

 

 刻々と終わりの時が近づいてきている。

 女神の使命は果たされ、人の自立は成り、星は救われ、神は不要となった。

 やるべき事はやり、成すべき事は成した。

 

 もう幾ばくもしない内に、己は消滅する。

 極光と共に消え去った神々と同じように、この世から消え去っていく。

 

 これは最初から定められていた運命。

 これは初めから決められていた宿命。

 誰にも抗うことは出来ない。

 

 それでも、女神は、子供達が勇敢に戦う姿を見る事が出来た。

 子供達が成長し巣立っていく姿を見る事が出来た。

 

 世界を救う一役を、最期まで全うする事が出来た。

 光の戦士の戦いを、最後まで見届ける事が出来た。

 

 だから、もう満足だった。

 

 だから……。

 もう、後悔なんてあるわけ無い。

 もう、思い残す事なんか何も無い。

 

 そう思っていた……。

 

「ヘスティア……」

 

 少年の声が聞こえる。

 愛しき英雄の声が。

 彼女の大好きな人の声が。

 哀しみに満ち、震える囁き声が。

 

「ベル……」

 

 ヘスティアは振り向いて言った。

 

 その顔を悲しみで歪ませない為に。

 その目に溜まる涙を流させない為に。

 

 ヘスティアは精一杯の笑顔を浮かべて伝えた、彼女が語る最後の想いを。

 

「そんなに悲しそうな顔をしないで、ベル。僕達は、戦いに勝ったんだよ」

 

 出来る事ならば、もっと一緒にいたかった。

 

「英雄は絶望に打ち勝ち、世界は救われた──」

 

 もっと一緒に世界を巡りたかった。

 

「だから、これは……これは、()()()()()なんだ──」

 

 もっと、ずっと君のそばにいたかった。

 もっと、君と触れ合っていたかった。

 もっと、君を感じていたかった。

 もっと、もっと、もっと──色々な事がしたかった。

 

『愛している』と伝えたかった。どんなに愛しく想っていたか、伝えたかった。

 

 作っていた笑顔から涙が零れてくる。

 

 元気付けないといけないのに。

 勇気付けてあげないといけないのに。

 笑顔でさよならを言わないといけないのに。

 

 涙が溢れて止まらない。

 

「僕も……僕も、みんなのところに帰らなくちゃ。これからは……これからは、君の事を、みんなの事を……天界(そら)から見守って──」

 

 ヘスティアが言い終わる前に、彼女の下へとベルが駆け寄ってくる。

 

 彼女を無くさないために。

 彼女を離さないために。

 彼女を失わないために。

 

 それを、優しく受け止めようとするヘスティア。

 

 だが──消え行く幻想にはそれすら許されなかった。

 

「ッッッ!」

 

 まるで霞を掴むようにベルの手がヘスティアを通り過ぎていく。

 

 もう、大好きだった人を抱き締める事すら許されない。

 もう、愛する人に触れることすら許されない。

 もう、大切な人と触れ合うことすら許されない。

 

 そんな存在に女神はなってしまった。

 

 たゆたう幻想の中で、ヘスティアはその事を悟った。

 

 少年の嗚咽の声が聞こえる。

 悲しみに泣き崩れ、涙を流す少年の嘆き声が聞こえる。

 

 悲哀にうちひしがれるベルの事を、ヘスティアは後ろから優しく包み込んだ。

 

 喩え、触れることが出来なくても。

 喩え、抱き締める事が出来なくても。

 

 あなたの存在は感じることは出来る。

 わたしの想いは伝える事は出来る。

 

 消え行く幻想は、英雄の耳元でそっと囁いた。

 まるで母親の様な慈愛と、恋人の様な愛情を籠めて。

 

 

 ねぇ、ベル……

 

 

 君は気付いていなかったかもしれないけど

 

 

 僕は君が大好きだったんだよ?

 

 

 君と初めて会った時から、今日のこの日まで……

 

 

 ずっと、ずっと、君の事を愛していた

 

 

 世界中の誰よりも、君の事を愛しく思っていた

 

 

 君に迷惑になると思って……

 

 

 君に拒絶されるのが怖くて……

 

 

 ずっと言えなかったけど……

 

 

 やっと言える

 

 

 僕は、君の事が大好きだ

 

 

 誰よりも君の事を……

 

 

 愛している

 

 

 だから……

 

 

「僕も……僕も、あなたの事が、ヘスティアの事が好きでした。ずっと、ずっと、大好きでした。だから──」

 

 

 ありがとう

 

 

 直ぐそばにいるヘスティアの顔を見て、ベルはそう伝えた。

 

 

 二人の視線が交差する。

 しだいにお互いの距離は近づき。

 そして、自然とヘスティアとベルの唇は重なり合った。

 

 確かに感じる互いの温もり。

 確かに伝わる互いの想い。

 

 ようやく実った愛情を深く確かめ合う様に、二人は長く愛の証を示し続けた。

 

 朝日が昇り、光が差し込んで来る。

 神の時代が終り、人の時代の暁が昇ってくる。

 そしてそれは、最後の別れを告げる陽光でもあった。

 

 その荘厳な情景を見て、ヘスティアはとても美しいと感じた。

 

 

 これからは……君達の時代だ……

 

 

 暁の光が女神を照らし、最後の幻想が消えて行く。

 

 最期の瞬間……ヘスティアは、極光の中で佇む青年と、老神、黒き竜、そして、星の化身の姿を見た。

 星の化身は一度微笑むと、ヘスティアの方へ手を差し伸べ──ヘスティアの胸に、光を失ったクリスタルを抱きしめた。

 

 女神のクリスタルが砕け散る。

 

 そして──世界に残った最後の神もまた、幻想へと消えていった。

 最後に僅かな“奇跡”を残して……。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──あれから、五年の月日が流れました。

 

 オラリオはすっかり元通り……なんて事があるはずもなく、ぽっかり開いた大空洞と、溢れ出す異形達との戦いで、今も変わらずてんやわんやしてます。

 

 それでもそこは、異形との戦いの最前線なので、かつての賑わいも少しずつですが、取り戻してきたりしています。

 

 あの戦いの後、人類と獣人族(異端児(ゼノス)の事をそう呼ぶ事になりました)は、手を取り合い、共に戦うことになりました。

 

 命の大穴とも言えるダンジョンが、あの日を境に世界中に誕生した事もそうですが、あの時の戦いで倒しきれなかった異形達が各地に散らばり、未だに討伐しきれていないからです。

 

『この星に生きるものとして、互いに最期まで協力しあうのだ……』

 

 黒竜様の最期の言葉はそう言ったものだったらしいです。

 なので、その遺言に従ったという事でもありますね。

 

 でも、その代表をあのリチャード様が担っているというのだから驚きです。

 

 なんでも、人とモンスターの架け橋としてうってつけだったらしいですよ。

 

 あのぐうたらでだらしのないリチャード様が、全人類と全獣人族の代表を務めるだなんて、今でも考えられませんよね。

 でも、適当で面倒臭がりなところは相変わらずらしく、脇を固めるフィン様は再会するたびに愚痴を溢しています。

 

「あいつは、気の合うリドとばかり意気投合するんだ」

 

 元・調教師として、何か通じるものがあったのかもしれませんね。

 可愛い娘様と奥様方も同時に構わなくてはいけないフィン様の気苦労は、これからも尽きなさそうです。

 

 あなたがいなくなって、あの戦いが終わって、少しずつですが私達はそれぞれの道を歩み始めました。

 

 アンナさんとエルザさんはあなたを探すという建前で、自由気ままに世界を放浪しています。

 

 旅行く先々で、あなたの様に人々を助けて回っている様で、よく彼女達の噂を耳にします。

 赤毛の自由騎士と金髪の吟遊詩人の冒険譚は、今ではちょっとした流行にもなっているんですよ。

 

 私も少しだけ彼女達と冒険に繰り出しましたが。

 彼女達の、まぁなんというか、固い絆というか、熱い友情というか、立入不可な雰囲気に参ってしまい、あまり長続きはしませんでした。

 

 盾役であるアンナさんは私の離脱に大変名残惜しそうにしていましたが、暫くして新たな回復魔法を会得したらしく、その憂いも消え去って元気にやっているみたいです。

 

 それでも危ない時は時々呼び出されたりもしますが、あなたが残してくれたリンクシェルのお陰で連絡は楽チンです。

 ある意味ではそのせいで苦労もあったりしますけどね(ヒーラーの苦労話はあなたが一番良く知っていると思いますが)。

 

 レフィーヤ(彼女にそう呼べと言われたんですよ!)は、魔法の研究と探究の為に、これまた世界を旅しています。

 

 私は詳しい事は良く分かりませんが「神時代において好き勝手習得されてきた魔法や魔術を体系化し、誰でも使える様にしたい」のだそうです。

 

 その為にはまず世界を巡り、様々な魔法や魔術を見る必要があるみたいです。

 私の回復魔法も研究対象らしく、良く彼女に連れられ冒険に出ています。

 体の良いことを言って、回復役を確保している感は否めませんが、何だかんだ言って冒険は楽しいので、あまり文句は無かったりします。

 

 実を言うと、今も彼女と一緒に冒険の真っ最中だったりします。

 

 私とレフィーヤ、それからもう一人……覚えてるでしょうか? あの歓楽街に攻め込んだ切っ掛けとなった狐人(ルナール)の女性──ハルヒメさん──と、三人で仲良く旅をしています。

 

 物語が好きな彼女はどうやら読むだけでなく、書く側に回った様で、私達だけでなく、アンナさん達の方にもちょくちょく同行したりしているみたいです。

 

 ハルヒメさんの今の題材は、何を隠そう、あなただそうですよ。

 

 あなたが消えて、私達の記憶の中からあなたという存在が、まるで掠れきった文字の様に少しずつ薄れていきました。

 

 今ではもう、あなたの名前を呼ぼうとしても日に焼けた書物の如く、読みあげる事が出来ません。

 今ではもう、あなたのその顔を思いだそうとしても、強烈な日差しの中にある影のように見えなくて、思い出す事が出来ません。

 

 でも、あなたがこの世界にいたことは確かに覚えています。

 あなたがしてくれた事、あなたが与えてくれた事、あなたが教えてくれた事。それは……私達は決して忘れません。

 

 それでも、少しずつ世界はあなたの事を忘れようとしています。

 だから、きっと、ハルヒメさんは消え行くあなたの足跡を、なんとか残そうとしてくれているのだと思います。

 

 それに感化されて、私もこんな宛先不明の手紙をしたためてみたしだいです。

 届かぬはずの無い手紙が、あなたに届くと信じて(まぁ、実を言うともう一つ理由があったりしますがね!)。

 

 私達はもうバラバラになってしまったけど、あなたがくれた絆と友情は終わったりしていません。

 

 今、私達は古代の魔法が眠ると言われている『忘らるる都』という所から、オラリオへと向かっています。

 

 きっと今頃、アンナさん達も向かっているはずですよ。

 もちろん、多忙な日々を怠惰に過ごしているリチャード様も同様です。

 

 巨大な竜の咆哮によってオラリオは壊滅してしまいましたが、何故だかは知りませんがあなたのマイホームだけは全くの無事でした。

 

 一般居住区7-5-12。

 私達の本拠地(ホーム)

 通称『竈の家』。

 

 そこから世界の再建は始まり、人類の復興は始まりました。

 

 今でもそこは、“彼”と“彼女”がしっかり守っています。

 彼女ったら、どうやらあなたとの約束をすっかり忘れて、ほっぽりだしていたのを相当気にしていたみたいですよ。

 

 あなたの大事な家は随分と様変わりしてしまいましたが、あれから五年も経っているんです。少しぐらい見逃して下さいね。

 

 私達は今、そこを目指して旅を続けています。

 

 その場所に、これからどんな用事があるかですって?

 それから、言及していない“彼”と“彼女”の事については何か無いのかですって?

 

 それは同封する招待状で察して下さい。

 

 幻想は終わり、神が消え去っても、奇跡は残っていた。

 時にはお伽噺のように「神」が「人」になる事もある……という事だけは伝えておきます。

 

 何にせよ、私達はあなたの帰りをずっと待っています。

 

 あなたが残してくれた場所を大切に守り、あなたがくれた場所でずっと待ち続けています。

 

 だってあそこは、バラバラになった私達が……。

 いなくなってしまったあなたが……。

 

 

 

 いつか帰るところだから。

 

 

 

 *

 

 

 ルララ・ルラという名の冒険者が、歴史の中に登場する期間は、あまりにも短い。

 

 現代においてその名を唯一確認可能なのは、作者不明の書物『迷宮冒険憚』の僅かな記述の中にのみである。

 

 かの存在について判明している事柄はあまりにも少なく、現在でも盛んに議論が行われ、研究が進められているが、依然としてその正体は不明のままだ。

 

 最新の研究によれば、かの冒険者が活動していたのは僅か3ヶ月半程度と、極めて短い期間でしかなかったと考えられている。

 

 この冒険者が何者で、何処から来て、何処へ行ったのか。

 種族は、年齢は、性別は、何であったのか、全く以て謎に包まれている。

 

 一説によれば……。

 

 この冒険者が出現した前後に『神の時代』が終わり、『人と獣人の時代』が始まったという事実から、この冒険者こそが全ての元凶であり、全ての原因なのだそうだ。

 

 また、別の説によれば……。

 

 かの存在とされる者の足跡が、同時期、世界中の様々な場所から見られることから、かの冒険者は実は複数であり、数多の伝説や伝承が織り混ざって誕生した偶像であるとする考えもある。

 

 何れにせよ、ルララ・ルラと呼ばれた存在がこの世界に存在し、多大なる影響と変化をもたらした事は事実であった様だ。

 

 かの存在を書き記した『迷宮冒険憚』の最後の一節を借りるならば、ルララ・ルラという冒険者が、この世界にいたことは間違いないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて──。

 

 

 

 世界が暗闇に覆われ、絶望に沈んだ終焉の時代があった。

 

 

 

 幻想が崩れ、狂気が氾濫し、死が蔓延する混沌と破壊の中で、それでも勇敢に戦い、人々を導き、救った戦士達がいたという。

 

 

 

 その戦士達は皆、胸に一つの石を抱き、輝ける光を宿して闇に立ち向かった。

 

 

 

 その眩き光の中に、一際強く煌めく小さな光の輝きがあったという。

 

 

 

 その強く暖かい輝きは……。

 

 

 

 恐怖に震える人々に勇気を与え。

 

 

 

 絶望に嘆く人々に希望を授け。

 

 

 

 闇に染まる世界に光を照らし出した。

 

 

 

 極光の中に佇むその戦士の姿は、もはや霞んでしまって思い出す事が出来ないが……。

 

 

 

 眩い輝きの中にいるその英雄の名は、影の様に虚ろいでしまって見ることが出来ないが……。

 

 

 

 私達は知っている。

 

 

 

 暗闇に包まれる世界の中で、最後まで勇敢に戦った冒険者がいた事を……。

 

 

 

 私達は覚えている。

 

 

 

 絶望の中で最後まで希望を示し続けてくれた英雄がいた事を……。

 

 

 

 私達は忘れない。 

 

 

 

 この世界の為に戦ってくれた戦士がいた事を……。

 

 

 

 もはや記憶の中から消え去ってしまって、その者の名は言う事が出来ず、その者の姿は思い出す事は出来ないが、その代わり人々はその英雄の事を……。

 

 

 

 尊敬と感謝の気持ちを籠めて……。

 

 

 

 憧れと栄誉の想いを籠めて……。

 

 

 

 こう呼び讃えたという。

 

 

 

 

 

 

 ──『光の戦士』──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 完

 




「やあ、どうだったかな? 君から聞いたとおりに詠ってみたんだが……ちゃんと再現できていたかい? 大衆好みに、少しばかり脚色してみたけれど……控えめになってしまうよりは、いいんじゃないかな。そうだ、この詩を胸に、かの地をまた訪れてみるといい。詩というのは、世界の見え方を変えるものだ。きっと君も、「新たな景色」が見えるはずさ……」



 幻想はまだ終わらない……。

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