光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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アンナ・シェーンの場合 6

 アンナが目を覚ましたのは、ダンジョンの入り口に差し掛かった時であった。

 ルララに運ばれていたアンナは、あわてて彼女の腕から降り、自らの足で立つ。

 

「あの……えっと……その……ありがとうございました」

 

 礼を言うアンナに、ルララは微笑んだ。そして、懐にしまっていたアンナの剣を取りだし手渡す。

 アンナはそれを両手で受け取った。

 刀身の中ほどから真っ二つに折れたアンナの剣が、今日あった死闘が夢ではなかったことを物語っている。

 

「……剣、折れちゃいましたね……」

 

 少し残念そうな顔をしながらアンナは言った。

 

「でも、無事に帰ってこられたんですから、これで良かったんですよね……」

 

 あれだけのことがあったのに、剣一本だけで済んだのだ。安いものだろう。

 仲間から貰った大切な剣だが、それでも命には代えられない。

 アンナは、微笑むルララに、微笑みを返す。

 しかし、その微笑みには陰りがあった。

 それを、見かねたルララが声をかける。

 

【修理しましょうか?】

「……ルララさん……でも、これは流石に直しようがないですよ」

 

 アンナは、ルララの言葉にそう答えるが──。

 

【修理しましょうか?】

「……」

【修理しましょうか?】

「……そこまで言うのでしたら、わかりました。お願いします。」

 

 少し考えてアンナは、修理してもらうことにした。

 

 どうせ無理だと、頭では理解していた。

 だが、もしかしたら、彼女なら直してしまうかもしれないと、不思議とそう思えた。

 ルララはアンナから剣を受け取ると、懐から”ハンマー”を取り出す。

 

「……ッ!?」

 

 その様子を静かに見守っていたアンナに、衝撃が走る。

 なんと、ルララが懐からハンマーを取り出した瞬間、着ていたドレスが一瞬にして消え、今度は職人風の服装に変わったのだ。

 早着替えなんてレベルじゃない。唖然としているアンナを気にも留めず、ルララはしゃがみこむと、手に持つハンマーでアンナの剣を叩いた。

 

 ──コンコンコン──

 

 その数、たったの3回。

 僅かな回数でも、その効果は絶大であった。

 

「ッッッッ??」

 

 先ほどと比べものにならないほどの衝撃が、アンナに走る。

 たったこれだけのことで、アンナの剣は──まるで、何事もなかったかのように元通りになっていたのだ。

 

「エエエェェェ!?」

 

 

 理解不能な事態に心底混乱するアンナ。

 

 それを尻目に、ルララがもうすっかり元通りになった剣をアンナに返してくる。

 はっ、として慌てて剣を受けとるアンナ。手渡された剣をまじまじと見つめる。

 軽くざっと見ただけでも、これといって問題は無いように思えた。

 

「……本当に直っている」

 

 そう呟やき、アンナは自らの剣から視線を移し、ルララを見た。

 

 ルララはまるで『こんなことどうってことないぜ!』という風な感じで立っている。事実、彼女にとってはこの程度、本当にどうってことないのだろう。

 

(ハハハ、ほんとに、この人はとんでもないな……)

 

 ルララの規格外さを再認識し、乾いた笑みを浮かべる。

 

 もはや、彼女は、何でもありの存在に思えた。アンナにはルララが『実は私、神様なんです』と言っても驚かない自信があった。むしろそっちの方が色々と説明がついて、納得がいく。

 

(もしかしたら、本当に神様なのかも──)

 

 半ば、本気でそう思い始めるアンナ。

 それに、このオラリオにおいて、神の存在はそんなに大それたことではない。有り得ない話では無かった。

 

「ルララさんは、もしかして──」

 

 神様ですか? そう聞こうとしたが。

 

 「──いえ、なんでもありません」

 

 馬鹿なことを聞こうとした。

 彼女がどんな存在だろうといいじゃないか。

 彼女との関係がそれでどうなるということはない。

 

 それに彼女からは超越存在(デウスデア)特有の気配は感じられない。正真正銘ルララは人間であると言えた。

 だから、この質問は無意味な質問であるのだ。わざわざ聞く必要は無い。

 

「……それじゃあ帰りましょうか!」

 

 気を取り直してアンナはそうルララに言った。

 アンナの言葉に微笑みを浮かべたルララは無機質な声でこう答えた。

 

【わかりました。】

 

 

 

 *

 

 

 

 ギルドに着いたのは、太陽が真っ赤に燃える夕暮れ時だった。

 

 朝の時とは打って変わって、多くの人で賑わうギルド。

 その中を、アンナは必要な手続きを行うために、細心の注意を払いながら移動していた。それはギルド内にいるであろう、恐ろしい”モンスター”に出会わないためだ。

 

 焦る気持ちを抑えながら、一歩一歩、確実に進んでいく。

 なんとか、目的地──魔石の換金所──にたどり着いたアンナは、素早く、今日得た成果を、設置されている換金用の箱に入れた。

 

 魔石の入った箱が、引っ込んでいく。

 換金所の人間が鑑定を始めたのだろう。換金所の仕事は速い。あと10秒もしないうちに換金が終了するだろう。

 

 しばらくすると箱が引き戻されてきた。

 中にあった魔石は無くなり、代わりにいくつかの貨幣が入っている。

 その貨幣を鷲掴みにすると、アンナは禄に確認もせず懐にしまった。

 

(よし! これでもうここに用は──って、うひゃあッ!?」

 

 踵を返し立ち去ろうとするアンナの肩に、ポンと手が置かれる。

 アンナの顔が驚愕の色から絶望へと変わっていく。

 恐る恐るアンナは振り向くと、そこには──。

 

「あら、どこに行くのかしら? アンナちゃん」

 

 鬼神のごとき微笑みをしたエイナがいた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……それで、どうしてこんなにも遅くなったのかな?」

 

 ギルドに設けられた小さな一室──アンナにとってそこは、監獄のようであった。

 差し詰めアンナが容疑者で、エイナは尋問官といったところだろうか。まぁ、ある意味その例えは的確な表現であると言えた。

 

「……えぇーっと……そのぉ……お、思った以上に捗ってしまいまして……」

 

 アンナは取り敢えず、今日のことは誤魔化すことに決めた。

 

 ミノタウロスに遭遇しました、なんて馬鹿正直に言った日には、きっと今日はお家に帰れないだろう。それは断固として嫌だ!

 なんかもう、今日は、本当に色々あったのだ。正直、今すぐホームに帰ってベッドの上に寝転がりたい気分である。

 

 むしろ、内心嫌々と思いながらもそれじゃあ流石にいかんでしょ! っと真面目にギルドに帰ってきただけでも「まぁ、偉いわねぇ」と褒めて貰いたいくらいだ。

 

 それに色々と”捗った”のは嘘ではない。しかも2人とも完膚なきまでに無事! オールライト! だから問題なんて何もないよ! うん完璧! ミノタウロスとの死闘を征したあなたにとって、尋問官(エイナ)との舌戦なんてお茶の子さいさいだ!

 

 若干ハイになっているアンナは、グルグル回る思考の中でそんな事を思っていた。

 

「ふーん、思った以上にねぇー」

 

 疑り深い目をしたエイナの視線がアンナに突き刺さる。

 その視線に晒されただけで、さっきまであった妙な自信が急に萎んでいった。

 

「そ、そうなんですよ! ルララさんも全然平気で付いてこれましたし、私も今日はかなり調子が良くて、ついつい時間を忘れて没頭してしましました! あっ、そうそう、ルララさんなんですが、彼女はもう余裕の合格です! ダンジョンでもしっかり動けていましたし、最後の方なんて、私が助けてもらっちゃったぐらいです!」

「あら、それは意外だったわ」

 

 本当に意外だったのか、エイナから疑いの表情が消え、驚きが浮かんでくる。

 食いついた! ならば、この話題で誤魔化しきろう。

 立て続けにアンナは続けた。

 

「えぇ、そうなんです! ルララさんは、その、見た目は”あれ”ですが、その実力は想像以上です! もう、ベテラン冒険者と言っても過言ではないぐらいです!」

「あらあら、それは申し訳ないことをしちゃったわね。ルララさん、今日あったことは謝罪します。後ほど冒険者登録を行いましょう」

「それがいいです! いや~今日は疲れたなぁ! 無茶は体に悪いって言うし、エイナさん! 私はそろそろこれで──」 

「……で、アンナちゃん? 何か隠しているわよね?」

「ナ、ナンノコトデショウ……?」

 

 片言になってアンナは答えた。

 

「……アンナちゃん……今回のクエスト、私が”個人的”に依頼したクエストなのだけれど。それって、つまり受けた冒険者には、報告の義務があるのと思うのだけど……」

「仮にも、”あの”フレイヤ・ファミリアの冒険者が、まさか、依頼主を無下にはしないわよねぇ?」

 

 そうなるとお姉さん困っちゃうわぁ。

 

 わぁーわぁーわぁー。アンナの中でエイナの言葉が木霊した。

 

「……すっ…………すみませんでしたぁあああああああ!!!!」

 

 アンナは飛び上がると、空中で膝を折り胸につけると。両腕を頭頂部に三角形を作るように置いた。

 ジャンピング・土下座。

 高レベルの冒険者のみが使いこなせるという、幻の奥義が決まる!

 

「……それで、ちゃんと話してくれるよね?」

 

 だが、効果は今ひとつのだったようだ! 女神のような慈悲深い声でエイナは言った。

 あぁ、その優しさをもう少し私に分けて欲しいなぁー。そんな事を地面におでこを擦り合わせながらアンナは思った。

 

「ね? アンナちゃん?」

「は、はい……」

 

 ついに観念して、アンナは今日あった一部始終のこと語り始めた。 

 

「そう、それは今日の早朝のことでした。今朝、朝早くに目覚めた私は──」

 

 取り敢えず、本題に入るまでせめてもの時間稼ぎを……。

 

「そういうのはいいから本題にね」

「あ、はい」

 

 

 

 *

 

 

 

「ミノタウロスに遭遇したぁあああ!?」

 

 エイナの叫び声が響き渡る。

 

「いつまで経っても帰ってこないから、何かあったのかと思っていたけど……まさかミノタウロスとはね……」

 

 頬に手を当ててエイナが言う。

 

「良く2人共、無事だったわね。怪我とかはしてないの?」

 

 心底、心配した様子でエイナが聞いてくる。

 Lv.2とはいえ、なりたてのアンナにはミノタウロスは荷が重い相手だ、エイナの反応は仕方のないものだろう。

 

「はい、全く問題無いです」

「それにしてもミノタウロスだなんて……」

「まぁ正直死ぬかと思いました……」

「それでなんとか撃退して帰ってきたと……アンナちゃん、強くなったわね……」

 

 エイナは、しみじみといった表情をして言った。

 

「あ、いえ撃退……というか倒したのは私じゃなくて、ルララさんです」

「……え!? アンナちゃんじゃなくて? それに、倒した!?」

「えっと、はい……私は……そこそこ善戦したんですけど、結局、負けちゃいまして」

 

 悔しそうな顔をしながら言うアンナ。

 

 ミノタウロスに負け、剣を、心を、そのどちらもが一度は折られた……。

 今はどちらも元通りになってはいるが、あんな経験はもう二度としたくない。

 

 それにしても、一度は本気で死にたいとまで思ったのに、よくここまで持ち直したものだ。普通であったらこんな経験したら、冒険者として生きていく気力を無くしそうなものだが、アンナはもう”二度と経験したくない”と思っているだけで、冒険者を辞めようなんてことは思っていない。この経験を次に活かそうとしている。

 

 不思議な気分だ……悔しい気持ちは勿論あるが、その反面、凄く晴れやかな気分である。

 

「そう……いい経験になったみたいね……」

「……はい、とっても」

 

 アンナは笑いながら答えた。

 

「それにしてもルララちゃんがねぇ……とても意外だわ」

「それはすごく同意します」

 

 そういうと、アンナとエイナは、視線をルララへと移した。

 

 彼女はうつむき、目をつむりながら、左右に揺れている。瞑想でもしているのだろうか? 相変わらず彼女の行動はよくわからない。

 

 しばらく観察していると、バランスを崩して転がり、「わぁ!」という声とともに、まるで何もありませんでしたよ! とでも言うかのように起き上がった。

 

 まあ、なんというかそのう……有り体にいえば、この人、寝ていた……。

 

「……」

「……」

「それじゃもう遅いし解散としましょうか!!」

「そうですね!!」

【えーっと…】【おつかれさまでした!】

 

 2人は無言で同意し、今のは見なかったことにした。

 結局その流れで本日は解散となった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ギルドからでると、もうすっかり夜が更けて、あたりは暗くなっていた。

 

「今日は、色々ありましたね……」

 

 アンナが隣にいるルララに声をかける。

 そろそろお別れの時間ようだ。

 

「今日は本当にお世話になりました。ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるアンナ。

 

 ルララには、本当にお世話になった。

 それこそ、彼女がいなければ、生きて帰ってこられなかっただろう……。

 まぁ、そもそも彼女と出会わなければ、こんなことにはならなかったのだが……それは、気にしてはいけない。

 

【気にしないでください。】

 

 ルララは手を振りながらそう言った。相変わらずの無表情具合である。

 

【今日は楽しかったです。】【お疲れ様でした。】

 

 そう言い残し歩き出すルララ。

 その後姿にアンナは──。

 

「……あ、あの! 良かったら、私たちのファミリアに来ませんか!? ルララさん程の人だったら百人力ですし、それにルララさんが入ってくれたら私、凄く嬉しいです!!」 

 

 声を張り上げ思い切ってそう言った。

 ルララはアンナに振り返り、微笑みながら言った。

 

【せっかくだけど遠慮します。】

「……やっぱりそうです、よね……残念です」

 

 なんとなく『断られるだろうなぁ』とは思ってはいたが、いざ断られると存外に悲しいものだ。

 

 それでもルララが入ってくれたら嬉しいのは本心だ。それに、彼女とて、いつかはファミリアに入らなければこのオラリオでやってはいけない……はずだ。

 

 色々と規格外すぎて、アンナの常識が通用しない相手だが、流石にこの常識は通用すると思いたい……。

 まぁ、だから、いつかその時になったら選択肢として覚えていて欲しいなぁ、と思うアンナであった。

 

 きっとアンナはルララにとって初めての冒険者仲間なのだから……少なくともこのオラリオにおいてはそうであるはずだ。

 

「……でも、もし気が変わったらいつでも言って下さい! 待ってますから!!」

 

 だからアンナは最後にルララにそう言った。

 そしてルララはアンナにこう答えた。

 

【わかりました】【また会いましょう!】

 

 

 

 

 

 

 こうして、長い長い一日が終わった……

 

 

 


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