光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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リチャード・パテル ガネーシャ・ファミリア所属の冒険者。




第2章
リチャード・パテルの場合 1


 くたびれた服に身を包み、碌に手入れもしていないボサボサの髪と無精髭をした男──リチャード・パテル──は、朝から今の時間まで、オラリオ中を駆け巡っていた。

 目的は、とある冒険者を見つけるためだ。

 

 件の冒険者は、神出鬼没で一定の場所に留まらない。そう噂には聞いていたが、こうも見つからないとなると、途方に暮れてくる。困っている人の前に突然現れ、どんな依頼でも受け解決するという噂通りの冒険者なら、そろそろ自分の前に現れてもいいはずだ。なにせ今、彼はもの凄く困っているのだから。

 

 そもそもの始まりは、リチャードが所属するファミリア「ガネーシャ・ファミリア」で、いつもどおり暇を弄んでいた時だった。もう直ぐ四十になろうかというリチャードはやる気もなく、毎日を惰性で過ごす、言ってしまえばダメ男であった。当然、そんな彼のことを、団員たちは快く思っておらず、今日もリチャードはファミリアの隅っこに追いやられ、肩身の狭い思いをしていた。

 

 昔はこんなんじゃなかった。

 

 今ではこんなダメ男も、かつてはファミリアの主要メンバーの一員で、バリバリの冒険者だったのだ。それが今ではすっかり落ちぶれ、ただただひたすら惰眠を貪るばかりだ。そんな現状を打破しようと試みたこともあったが、結果はお察しのとおりで、結局、落ちこぼれは落ちこぼれのままだ、という訳だ。

 

 今となってはファミリア内でも彼に声を掛ける者はいない。腫れ物の様に扱われるのにも既に慣れ、リチャードは今日も目的もなくダラダラと過ごしていた。

 そんな彼に声をかける者がいた。

 

「こんな良き日にどうしたのだ、リチャード!?」

「……ガネーシャさま?」

「そう、俺がガネーシャだ!!」

「えぇ知っていますよ……それで何かご用でしょうか?」

「うむ、聞いてくれリチャード。知っているとは思うが、もう直ぐ我がファミリア一大イベント、年に一度の『怪物祭』の時期が迫ってきている」

 

 それは、ファミリアの穀潰し、リチャードだって知っていることだ。

 

『怪物祭』

 

 それは、ガネーシャ・ファミリアとギルドが協同で主催する、モンスター調教祭のことだ。

 ダンジョンから捕えたモンスターを観客の前で調教し、従わせるこの祭りは、大いなる脅威であるモンスターの屈服する姿を見られるということで、非常に人気がある。まさにファミリアの威信をかけた一大イベントであるといえる。

 

 しかし、そんな事リチャードには関係の無いことだ。モンスターを捕らえるのも、調教するのも、ファミリアの優秀な団員が行うことだ。リチャードに回ってくる仕事なんて、精々が雑用か、清掃ぐらいなもんだ。むしろそれすらも回ってくるかあやしい。

 

「……で、それがどうしたんですか?」

 

 リチャードは興味なさげにガネーシャに聞いた。無礼かと思ったが、それを気にする主神ではない。

 

「それでだな、今回のメインイベントとなるモンスターの調教を、他でもないお前にやってもらおうと思ってな!!」

「……は?」

 

 え!? 何言っているのだ、この神は? そうリチャードは唖然として思った。

 

「えっと、すみませんガネーシャさま、聞き間違いでしょうか? 私に今回のメインを担当しろ、と言われたような気がするんですが……」

「ああ、そのとおりだ!! 最近では少々腑抜けていたようだが、なに、お前ならば心配あるまい!! 見事、責務を果たしてみせよ!」

 

 いやいや、心配だらけだろ! なんだいきなり意味わからんぞ!! そう心の中で叫ぶリチャード。

 

「いや、ちょっとガネーシャさま! 私なんかにそんな重大なことを任せたら、大変なことになります! 考えなおしてくだい!」

「いいや、もうこれは決定事項だ! 心配するな団員には俺の方から話しておこう。それにかつて『勇猛』と呼ばれたお前なら問題あるまい!! ハハハ!」

 

 ああ、主神の象の仮面が眩しい。その仮面に拳をぶち込んでやりたい……。不躾ながらもそう思考する。

 

「ではガネーシャ、野暮用があるのでこれで!」

 

 決めポーズを決め去っていく脳天気な主神。

 その姿を、間抜け面で見送るしかできないリチャード。

 

「ああ! 因みにモンスターの選定の期日は6日後だ! 心してかかるといい! 期待しているぞ!!」

「ちょ! ふざけんな! そんなん無理に決まってるだろ!」

 

 振り向きざまにそう言ったガネーシャに抗議の声をあげるが、時既に遅し、ガネーシャの姿はもうなかった。

 

「ど、どうしろって言うんだよ……」

 

 誰もいないファミリアの中で、彼の言葉が虚しく響いた。当然の如く答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 『怪物祭』のメインイベントを務めることは、団員の憧れであり目標だ。そのため毎年選ばれた者には、最大の名誉と名声、そして責任が与えられる。ファミリアの伝統として、その年ファミリアに最も貢献した者が選ばれることになっているはずだが、今年はまさかの、最もファミリアに貢献していないヤツ筆頭のリチャードが選ばれることになってしまった。

 

 当然団員たちからの反発はとんでもなかったが、ガネーシャの「これは決定事項だ!」という言葉には、みな黙るしかなかった。

 

 これに居心地を悪くしたのは他でもないリチャードだ。

 やりたくもない仕事を任され、それが誰もやりたがらないような仕事だったら、まあ、まだましだったが、今回のは誰もが羨む仕事だ。それ故に、リチャードに対するプレッシャーは半端がなかった。

 

 なにせ、『怪物祭』はファミリア全体の威信が懸かった祭りだ。失敗は許されないし、ましてやメインイベントとなると普通のモンスターでは許されないだろう。どの観客も度肝を抜かれるくらいの調教を見せなくてはならない。それがメインイベンターの務めだ。

 

 そして、ここからが最もでかい問題なのだが、ファミリアの伝統として『怪物祭』のメインイベントを務める者は、モンスターの選定、捕獲、調教までの全行程を、全て一人で行わなければならないのだ。

 これは、殆どの団員が運営側に回る『怪物祭』で、唯一の楽しみとして残すためにある伝統だが、ファミリアの最優秀賞とも言えるメインイベント担当を勝ち取るほど優秀な団員ならいざ知らず、最劣等賞でも取れそうなリチャードにはどだい無理な話であった。

 

 そんなこと不可能だ! だが……。

 

 普段のリチャードであれば逃げ出し、諦め、投げ出していたところだったが、今回は彼だけでなくファミリアの威信も掛かっている。どんなに落ちぶれ、やる気を無くしても、ファミリアへの恩義を忘れたことはない。彼一人だけが被害を受けるなら幾らでも歓迎するが、ファミリアの名声が傷つくのは認められない。

 

 だから……。

 

 出来る限りのことはしよう。精一杯やって駄目だったら誠心誠意謝ろう。

 それにこれは、落ちぶれた男に差し出された、最後のチャンスなのかもしれない。彼の主神は何も考えていなさそうで、いつも団員の事を考えている神様だ。そんな主神だからこそ、こんな無茶な決定も通ったのだろう。

 

 ならばその期待に応えるのが漢ってもんだろう!

 そうリチャードは己を奮起させると、意気揚々決意を決めてファミリアを出て行った。

 そうさ! 俺はやれば出来る子のはずだ!

 

 

 

 *

 

 

 

 やっぱり駄目でした。

 

 引きこもりがいくら決意しても、所詮は引きこもりであるように、ニートがいくら仕事を探しても、所詮ニートのように、いくら奮起しても、所詮ダメ男はダメ男であった。

 

 決意を固めてからはや5日。つまり約束の期限まであと1日と迫る日まで、リチャードはなにも出来ず、だた無駄に時間を浪費するばかりであった。 

 リチャードがやるべき事は、ダンジョンに潜りモンスターを捕まえてくる。簡単に言ってしまえばこれだけのことなのだが、これがなかなかに困難であった。

 

 ダンジョンは基本ソロで潜るところではない。

 

 勿論それはリチャードも例外ではなく、まず彼が手につけたのはダンジョンに潜ってくれる仲間を探すことだった。

 しかし今回のリチャードの目的はモンスターの生け捕りである。生け捕りはモンスターを倒すことよりも難易度が高く、またステイタスの向上の見込みも極端に少なくなるため、冒険者としては全く旨味のないクエストになるのだ。こういった場合、クエストの報酬を高くすることによって旨味をだすのが常套手段だが、ダメ男の懐事情などお察しください、といった感じだ。

 

 それも駄目なら残るは人望しかないのだが。まあ何年も穀潰しをやっているやつに人望があるはずもなく、結局、リチャードに出来た事はオラリオ中を右往左往することだけであった。

 

(ハハハ、まさかこんなにも落ちぶれていたとは……)

 

 心のどこかでまだ『俺はやれるんだ』と思っていたリチャードだったが、この5日間で現実を見事に突き付けられた。

 

 思えばガネーシャ様の行動は、そんな自分に現実を認めさせるためだったのかもしれないな。そんなネガティブな思考さえも浮かんできてしまう。

 穀潰しで、ファミリアのお荷物だったリチャードにこんな重大な責務を与えるなんて、本来ならありえないことだ。

 

 もし理由があるとすれば、リチャードに現実を認めさせ、そして──。

 

「──脱退、か」

 

 主神からの遠回しの最後通告。現実を受け入れ自ら脱退を申し出させる。あえて本当のことを言わない優しさ。

 肉体的にも精神的にも疲労していたリチャードには、それが真実のように思えた。

 

(そんなんだったら、こんな回りくどいことなんかしないで、ストレートに言って下さいよ。すげぇ惨めになるじゃないですか)

 

 思考が落ち込んでいくのをひしひしと感じる、遂には座り込んでしまう。

 なんと情けない……。自笑しながらリチャードはそんな事を思っていた。

 

「あの、もしかして何かお困りですか?」

「……!!」

 

 そんなリチャードにさえも、手を差し伸べてくれる天使……いや女神はいた!

 さすがは、神々が住まう土地オラリオだ! 捨てる神あれば拾う神ありだ!! おお神よ、あなたは我を見捨ててはなかったのですね。

 

 リチャードは顔上げ、救いの女神の顔を見た。まだ少女の面影を残す、赤毛の女性がそこにはいた。女神の名はアンナ・シェーンといった。

 

 

 

 *

 

 

 

 救いの手を差し伸べられたリチャードは、恥も外聞もなく藁をも掴む思いで、アンナに全てを話した。

 

 いい歳したおっさんが少女に縋る姿は、それはもう見るに堪えないものであったが、そんなことをリチャードが気にしている余裕はなかった。アンナに関しても、最近色々とあったため、そんな細かいことはあまり気にしなかった様だ。まあつまりどちらにも問題はないということだ。

 

「──つまり今度の『怪物祭』で使うモンスターの捕獲のために、パーティーを募集しているんですね。凄い重要じゃないですか!」

「ああ、まじでやばいんだ……だが、そんな酔狂な依頼を受けてくれる冒険者なんているわけもなく、途方に暮れてたってわけだ」

「確かに、モンスターの捕獲は旨味がないですからね。報酬に色をつけるのはどうなんですか?」

「それなんだが、俺の手持ちのヴァリスはこれっぽっちしかなくてな……虚しいぜ、ハハハ」

「そ、それは……そのご愁傷様です」

 

 アンナは見せられたリチャードの財布をみると、そう呟いた。

 彼の財布の中身は、すっからかんヴァリスのヴァの字もない。

 沈んでいく雰囲気にアンナは慌てて提案する。

 

「じ、じゃあこれからクエストをこなして、その報酬で依頼料を払うとかどうですか?」

「それが期限は明日までなんよ……」

「……」

「……」

 

 痛い沈黙が流れる。

 

「そ、それじゃあ私はこれで!」

「ちょっ! 待ってくれ!! もう君だけが頼りなんだ! 見捨てないでくれ!!」

 

 流石に無理難題だったのかさっさと逃げ出そうとするアンナに、リチャードは縋り付く。全くどっちが歳上なのかわかったものじゃない。

 

「だ、だって、それってつまり、無報酬で、難易度の高いモンスターの捕獲を、それも明日までに、捕獲しろってことですよ? 無茶苦茶じゃないですか!」

「その無茶を承知で頼んでいるんだ! 君が無理なら、他の人でもいい! 誰か依頼を受けてくれそうな知り合いはいないか!? 頼む、助けてくれ!!」

「そんな酔狂な人いるわけ……な……い……」

 

 段々と尻窄みになるアンナの言葉に、リチャードは目聡く察する。

 

「誰か心当たりがあるんだな!? 頼む、教えてくれ!!」

「え、ええ、実は一人だけ心当たりが……最近知り合ったばかりの人なのですが、その人だったらもしかしたら引き受けてくれるかもしれません。ただ……」

「ただ? なんだ? 何か問題でもあるのか?? このさい本当に誰でもいいんだ!!」

「い、いや……その、その人、かなり変わった人でして……それに見つかるかどうか……」

「もう、変人でも変態でも犯罪者でも何でもいいんだ、ただ依頼を受けてくれるならそれで! そいつの事を教えてくれ!!」

「わ、わかりました! わかりましたから、ちょっと離してもらえますか!?」

 

 すっかり興奮しアンナに縋っていたリチャードは、アンナの一言で少し冷静になる。

 

「あ、ああ、すまない……これでいいか?」

「ええ、ありがとうございます」

「──それで、教えてくれ……その冒険者の名前を」

 

 リチャードはアンナから離れるとそう聞いた。

 

「……わかりました、教えます」

 

 血走った目でアンナに問うリチャードに、少し引きつりながらアンナは言った。

 

「その冒険者の名前は──」

 

 アンナは一度深呼吸をするとその名を伝えた。

 

「──ルララ・ルラといいます」

 

 

 

 *

 

 

 

 ルララ・ルラ。

 

 最近オラリオにやってきた、白髪で赤い目をした小人族の冒険者。

 ありとあらゆる依頼を受け、そして瞬く間に解決する冒険者。

 神出鬼没で、ふらっと現れては煙の様に消える、まるで妖精のような子。

 

 特に依頼を選ぶ様子もなく、聞いた話じゃ鍋の蓋の修理だとか、チラシ配りなんかも請け負ってくれるそうだ。それもタダ同然の報酬でも請け負ってくれるらしい。

 それに、これが一番重要なのだが、彼女はかなり腕の立つ冒険者の様だ。これに関しては、実際一緒にダンジョンに潜ったアンナの証言だ、信憑性は高いだろう。街中の依頼を受けるのは成り立ての冒険者のやることだが、どうやら彼女は例外らしい。

 

 アンナの話では出会うことができれば間違いなく依頼を受けてくれるとのことだ。まあ、問題は出会えればの話なのだが。

 そんな、都合の良すぎる話を疑わないのかと言われれば、正直怪しいものだ。そうリチャードは薄らと思っていた。自分から逃れるための、体のいい嘘であると考えた方が納得がいく。

 

 それでも、リチャードにはもはやこのいるかも疑わしい冒険者を最後の希望の灯火にして、オラリオ中を駆け巡るしかなかった。彼に残された最後の手段はそれしかなかったのだ。

 

 走る、走る、走る、あの夕日に向かって一心不乱に。疑念や疑問を振り払うかのように無心に走る。ただひたすら走る。もはや何故走っているのかわからなくなりはじめる。なぜ俺は走っているのだろうという疑問が浮かび上がってくるが、それでも走る、がむしゃらに、力の限り、最後まで。

 

 そうこうしている内に、遂にリチャードに限界が訪れた。もう脚がいうことをきかず、一歩も歩けなくなる。ついにはその場にへたり込んでしまうリチャード。

 ああやっぱり駄目だったか。息も絶え絶えといった状態でリチャードは思った。

 

 不思議と気分は晴れやかだった。限界まで走り続けたリチャードは正真正銘全力で努力したのだ。それでも駄目だったのだから、大人しくこの結果を受け入れよう。

 そう考えるとリチャードはその場に寝転んだ。空には大きな月ときらめく星々がいる。あれに比べればリチャードの存在はまるで豆粒だった。

 

(そうさ、こんな豆粒みたいな俺の悩みなんて、豆粒みたいに小さなものさ。ファミリアからは追放されるかもしれないが、なに死ぬわけじゃない。生きていれば、生きていける!)

 

 少々酸欠気味のリチャードは、そんな意味不明なことを思った。

 そうと決まればファミリアに帰ろう。帰って謝ろう。情けないが、それは仕方ない。これまで積み重ねてきた結果がこれなのだ。さぼりにさぼっていたリチャードには全く持って正しい結果だといえる。

 

 それにしても、走り続けて火照った体には、地面の冷たさが気持ちよく感じる。もう暫くこうしていようか……。

 そんなリチャードの耳に、のこのこと言った感じの足音が聴こえてくる。

 

(ああ、こんな往来で寝転んでいたら邪魔になるな、申し訳ない、今立ちますよ! っと)

 

 そうしてリチャードは立ち上がると、なんとなしに通り過ぎる人物を見た。

 その人物は、白髪で、赤い目をした、小人族(パルゥム)の……。

 

「……いっ……いたぁあああああああああああ!!」

 

 リチャードの絶叫がオラリオ中に響いた。神はまだまだリチャードを見捨ててはいなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 


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