光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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リチャード・パテルの場合 2

 ガネーシャ・ファミリアの本拠地である『アイ・アム・ガネーシャ』では、今現在、本日行われる『神の宴』の準備のため、団員たちが忙しく働いていた。ガネーシャ・ファミリアの敷地内は非常に広く、周囲は白い塀に囲まれ、その中央には巨大な──主神をモチーフにした──像が堂々と鎮座している。その猛々しい姿は、まるでガネーシャの威容を称えているかのようであった。

 

 本日の宴は、何を隠そうこの巨神像の中で行われる事になっている。というか、この自己顕示欲全開の建物が、彼らガネーシャ・ファミリアの本部だったりする。このあまりにもあんまりな本部は、団員たちの趣味……なわけがあるはずもなく、主神であるガネーシャの独断と偏見によって建てられたものだ。

 

 当然の如く、団員たちに物凄く不評だったのは言うまでもないだろう。特に女性団員からの反対は非常に多かった。何せこの建物、出入り口があろうことか神像の“股間部”にあるのだ。その事実は男性団員でも抵抗があるのに、女性団員にとっては想像するだけでも身の毛もよだつおぞましいことであった。「私、毎日、主神の股間部から出入りしているんです」なんて迂闊にも言った日には、あらぬ誤解を招き、変態のレッテルを貼られることは間違いないだろう。そんな事はうら若き乙女たちにとって享受し難いことであった。もちろん、うら若くない乙女だってそんなのは真っ平ご免だった。

 

 それなので、この企画が立ち上がった当初からファミリアの内外からかなりの反対運動があったのだが、結果は見ての通り、ガネーシャの意見を全面採用する形で決着がついている。つまり、何が言いたいかというと、このファミリアにおいてガネーシャの意見というものは、余程のことが無い限り通ってしまう強力な発言力を持っているということだ。それは今回の件に関しても、同じように適用された。もちろんそれは、リチャードの件の事だ。

 

 今日でリチャードがファミリアを出て5日になる。その間、リチャードからの連絡は一切ない。それどころか、まだ一度もファミリアに帰還していないらしい。あのサボり魔の男が、こんなにもファミリアを留守にするなんてこれまでにはなかったことだ。ホームに帰ってくる暇すら無いほど、頑張っているのかもしれない。

 

 そう考えると、ようやく改心したのかと感嘆に値するが、もしかしたらそうじゃなくて、どこかで野垂れ死んでいるか、はたまた、逃げ出しているのかもしれない。可能性としては、後者の方が高そうであった。そして、これが大事なことなのだが、約束の期日まではあと1日と迫っている。いい加減、そろそろ間に合わなかった時のために、動き出さなくてはならないだろう。いくら主神の意見とはいえ、こればっかりは仕方がない。年に一度の祭典を、こんな形で失敗に終わらせる訳にはいかないのだ。そう考えながら、ガネーシャ・ファミリアの団長は自らの主神に目を向けた。

 

 そこには、上半身裸で、仁王立ちになりながら、腕を組み、自らを模した像を眺めながら、アホみたいに笑っている“変神”がいた。その様子からは危機感は感じられない。全く、呑気なものである。人の気も知らないで……。

 

 物凄く心配だ……その様子を見て団長は、逆に危機感を感じずにはいられなかった。ふと団長の口から「本当に大丈夫なのでしょうか……」と、そんな言葉が漏れた。そうすると、その言葉を耳聡く聴きとったガネーシャが、こちらに振り向き言う。

 

「なに、心配することはない。リチャードならやってくれるさ! 俺を信じろ!!」

 

 まさか聞かれるとは思っていなかった団長は、少々驚きながらも「……それはわかっていますし、信じてもいます。ですが……やはり心配です」と言った。

 

 そして更に続けて進言する。

 

「確かにリチャードの奴は、昔は優秀でした。でも“あの件”以降腑抜けてしまっています。それにブランクもあります。やはり、メインを張るには些か責任が重すぎるのではないでしょうか? 復帰させるにしても、まずは簡単な仕事を任せて徐々に、という形をとった方が良いのでないでしょうか?」

 

 団長の意見は至極真っ当な意見だった。誰がどう見てもリチャードにメインを張る能力はない。それは主神であるガネーシャが一番理解している筈である。

 

「確かに、“今の”リチャードには荷が重いかもしれない……」

 

 呆気無くガネーシャはそれを認める。

 

「でしたら!!」

 

 即刻取り消して下さい! そう言おうとした団長の言葉は、続くガネーシャの言葉に遮られた。

 

「まあ聞け。それは、“今の”リチャードにとってはということだ。今の奴にとっては不可能なことかもしれんが、いい加減リチャードには、“新たな”リチャードになってもらわんと困るのだ。そのための経験値は十分溜まっているはずだ。あとは切掛けのみ……そう! これは“新生”リチャード誕生のための、神が与えし試練なのだ!!」

 

 ガハハハと笑い声を上げる主神に、団長は頭が痛くなる思いであった。

 

「ガネーシャ様。私が言いたいのはそうでは、そうではないのです」

「ん? どういうことだ?」

「確かに、今回の件はリチャードをレベルアップするのに十分な切掛けを与えてくれるかもしれません」

「その通りだ。この試練を乗り越えれば、必ずやリチャードは新生しLv.4になることだろう。やったな、リチャード! 良いこと尽くめではないか!」

「で・す・が!! それは生きて帰ってこれたらの話です。知っていますか? メインイベンターはファミリアの伝統で、団員の力を借りず、単独で作業を完了しなくてはならないのです。つまり、一人でダンジョンに潜り、モンスターを捕獲しなくてはならないのですよ? それは、普段よりも危険性がかなり高くなるということです。知っていますよね?」

 

 そんなことは、子供でも知っていることだ。ましてや神であるガネーシャならば尚の事だ。

 

「もちろん知っているし、理解している! そもそもその伝統を作ったのは、何を隠そう、この俺、ガネーシャだからな!!」

 

 そう、この伝統を作り上げたのは、他ならぬガネーシャなのだ。いくら何千年と生きているガネーシャといえども、自分で作り上げた伝統を忘れるほどボケちゃいないはずだ。

 団長はガネーシャの返答にため息を吐きながら言った。ああ幸せが一つ逃げていく……。

 

「はぁ、だからこそ、メインイベンターは、最も優秀な団員に任されています。復帰明けで、しかもブランクの長い、リチャードならば危険性はより一層高くなります」

「うむ、だが男児たるもの危険を恐れていては、成長は望めない。自ら危険の中に飛び込んでいってこそ、ガネーシャ男児というものだ!!」

 

 ガネーシャ男児? なんだそれは? もういい加減真面目に話してくださいよ! 目頭を押さえながら団長は憎々しく思った。

 団長はもうこれ以上、自身の忍耐力の限界を確かめる気にはならなかった。言い方を変えれば、堪忍袋の尾が切れたとも言う。だからずばり言うことにした。

 

「……ガネーシャさま」

「なんだ?? 我がファミリアの団長よ!!」

「私には、そこまでしてリチャードをレベルアップさせるメリットが見つけられません。確かに私達のファミリアは、Lv.6は私のみですが、Lv.5に関しては、全ファミリア内で最大数を誇っています。Lv.4に関しても同様です。今更無理してLv.4の冒険者を増やしても、意味があるとは私には思えません。現段階でも十分な勢力を、確保できていると考えます」

 

 団長は一呼吸でここまで言うと、一度深呼吸して再び続けた。

 

「それなのに、あなたは! 私たちには碌に説明もぜず! 勝手に事を進めて!! 私がどれほど団員の説得に苦労したか、わかっているんですか!? それで理由を聞いても『信じている』だの『あいつなら出来る』だの根拠も無しに適当なことを言って、具体的な理由を示して下さらない! いつも! いつもそうです! 私たちを振り回すだけ振り回して、あとは放置って、何様なんですか? 神様ですか!?」

 

 はい、神様です。そんなことを口走った日には、ガネーシャの未来はないだろう。

 

 どうやら団長は、このところストレスを溜めすぎていたようだ。その主だった原因である神が言うのも何だが、彼女はこういった事を溜め込みやすい性格をしており、一度爆発すると手がつけられなくなる。そしてたった今爆発したといったところだ。

 

 普段の彼女は優秀でリーダーシップ溢れる知的な女性であるが、こうなったら、もはや怒り狂う猛牛や吹き荒れる嵐と変わらない。ガネーシャにできることは、ただ静かに通りすぎるのを待つだけであった。

 

 ああ、げに悲しきはフリーダムな神を持った団長のストレスだ。上からも下からも無理難題をいわれ、板挟みになった団長のストレスは想像を絶する物なのだろう。彼女の頭皮の平和のためにも速やかな業務改善が望まれる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」と言いたいことを言い終えた団長が、肩で息をしながらガネーシャを睨みつけた。色々と言いたい放題言った気がするが、とてもじゃないがここには書けない内容なので申し訳ないがそれはカットである。

 

 団長のガネーシャを睨みつけるその瞳からは『さあ、次はお前の番だ! キリキリと話してもらおうか?』という意志がひしひしと伝わってくる。

 遂にガネーシャは観念して語り始めた、それも彼にしては珍しくひどく真面目な声色で。

 

「……ファミリアの勢力拡大のためではなく、リチャード個人のため……と言っても納得はいかなそうか?」

 

 いつもと雰囲気がかわった主神に、少したじろいだ団長は冷静にこう返した。

 

「……はい。リチャードは、現状の打破は望んでいたかもしれませんが、レベルアップすることを、望んでいたようには思えません。それに、ただリチャードのためというには、少しやりすぎに思えます。いくら主神といえども、ファミリア挙げての祭典を私物化するのはどうかと思います」

「……ふむ、確かにお前の言うとおり、俺の行動はやりすぎているかもしれん」

 

 珍しく、主神が自分の非を認めた。そしてガネーシャは続ける。

 

「だが……その、なんだ……説明しづらいのだが、最近、()()()()がしてな」

「嫌な予感……ですか?」

「ああ、このところ、一週間前ぐらいになるか? 胸騒ぎというか、蟲の知らせというか、そういったものを感じていてな。朝起きると、どうしようもなく不安に苛まれる時があるのだ」

「オラリオに危機が迫っているということでしょうか? そういった類いの噂は耳にしていませんが」

 

 ガネーシャの話は、一見突拍子のない話のように思える。随分と心配した様子をみせる主神を安心させるため、団長は自らが持つ情報を主神に伝えた。オラリオは相も変わらず平穏無事に危険に満ちあふれている。

 

「ああ、ただ単に俺の杞憂であるならそれでいいのだ。むしろその可能性のほうが高いと俺はにらんでいる。だが俺の心の奥底の何かが、しきりに警告してくるのだ。『気をつけろ! 備えろ! 用心しろ!』とな……」

「……」

「だからこそ、多少、無茶でも戦力の強化に乗り出したというわけだ。そう言う意味では、俺の個人的な理由でファミリアを利用していると言えるな。リチャードや、団員たちには申し訳ないことをしたな。すまん」

「ええ、全くもってその通りです。せめて私には話しておいて欲しかったですよ」

「うっ……痛いところを突いてくるのな、お前」

 

 団長はガネーシャの申し訳無さそうな顔を見て、少しばかり溜飲が下がるのを感じた。いじわるするのはこれ位にしておいてあげよう。

 

「それで、ファミリア内でレベルアップの可能性が一番高い、リチャードに目をつけたというわけですか?」

「ああ、言い方は悪いがそういうことだ。無論、厳正に審査してのことだ。先ほどお前は、リチャードの奴はレベルアップする気はないと言っていたが、俺の考えは違うぞ、彼奴は変わりたがっている、ただそう見えないように振舞っているだけだ」

「そうなのでしょうか……」

 

 とてもじゃないがそうは思えない団長は、疑りながらそう言った。

 

「そうさ! なにせお前たちは、我が息子、我が娘なのだ! 子のことを理解せぬ親がいるわけがないだろう!!」

「……まあ、そういうことにしておきましょう」団長は腰に手をあてながら言った。

「ああ! 万事これで全て解決だな! ハハハ!!」

「ええ、ただ、リチャードが期待に答えられるかどうかは、全くの別問題ですがね。できなかった時のこと考えているのですか?」

「……」

「それから、ギルドの方からも、再三にわたって『今年のメインイベントの内容はどうなっているのか?』という問い合わせが来ています。これ、どうされますか? 当然ガネーシャ様が責任持って対応して下さるのですよね? 当然ですよね? ガネーシャ様の()()()()理由でリチャードを推薦されたのですから」

「……」

「……」

「じゃ、じゃあガネーシャ、宴の準備があるのでこれで! さらば!!」

「あ! ちょっと!! 待ちなさい!!」

 

 目にも止まらぬ速さでいなくなったガネーシャに、団長は声を荒だてる。

 

「もう! また私に全部押し付けて! 次こそは、絶対目にもの見せてやるんだから!!」

 

 そう叫んだ頃には、ガネーシャの姿は影も形もなかった。

 

(全く、相変わらず、いなくなるのが速いのだから……それにしても『嫌な予感がする』か……)

 

 団長はガネーシャが発した言葉に、一抹の不安を覚えた。そしてその渦中の真っ只中にいるかもしれない人物のことを思った。

 

(リチャード……一体、お前は今どこで何をしているのだ?)

 

 

 

 *

 

 

 

 ガネーシャ・ファミリアの団長が、件の人物──リチャード──に思いを馳せている頃、当の本人は──。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

 またもや走っていた。ダンジョン内を、それも、猛烈な勢いで。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!! どうしてこうなった!? どうしてこうなったぁあああ!?」

 

 そしてその背後から、これまた猛烈な勢いで迫ってくるモンスターたち。その数は1匹、2匹どころの話じゃない……10、20、いやとにかく沢山だ!

 リチャードはこの絶望的ともいえる状況の中で、懸命に手足を動かしていた。こんなところでくたばってたまるか! その一心でリチャードは疲れきった体に鞭を打ち一心不乱に疾走していた。

 

 それもこれも、目の前で同じように走る冒険者──ルララのせいだ!

 

 やっとの思いでルララを見つけ出し、そして、藁をも掴む思いで、クエストの依頼をしたリチャードであるが、今では不満たらたらだった。

 クエストの依頼は拍子抜けするほど、あっさりと受けてくれた。ここまでは、まあ、前評判通りだ。だが、問題はダンジョンに着いてからだった。あらかたの準備が整ったのを認めると、ルララは、いきなり脇目もふらず走りだしたのだ。

 

 まさかの展開に、衝撃を受けたのはリチャードだ。

 

 身の丈ほどの巨大な大斧を担ぎ、赤と黒を基調にした堅牢な鎧を身に纏っているにも関わらず、開幕と同時に全力ダッシュする冒険者なんて、オラリオ中どこ探しても見つかるとは思えない。

 

 唖然としている、リチャードの前で、ルララはドンドン先に行ってしまう。いや、確かに俺は「急いでいる」とは言ったが、なにもそこまで急がなくていいじゃないか! クソォ! 待ってくれ、置いてかないでくれ!

 

 軽快に走るルララ。その後を追うリチャード。そしてそのリチャードの目の前では、目を疑うような信じられないことが起きていた。

 なんと、ルララはモンスターと出会っても全く気にせず無視しまくり、猛然と走り抜けていくのだ。いや──これはリチャードの目が確かならばだが──むしろ、モンスターの方がルララを無視しているように見える。

 

 そのまま何事も無く通り過ぎることができたのならば全く問題ないのだが、完全に無視を決め込んでいたはずのモンスターはリチャードの存在を認めると、さっきまでのスルーっぷりはどこへ行ったのか、水を得た魚のように喜々として襲い掛かってくるのだ。

 

 意を決してリチャードが対処しようとしても『それがなにか?』といった具合に完全無視で駆け抜けるルララ。これは置いていかれては堪らない、と何とか対処して追いかけてはいるが、低レベルのモンスターしか出ない上層であったならまだしも、10層あたりを超えたくらいからは流石のLv.3とはいえども対応不能になり……そして現在に至る、ということだ。

 

「おい! 嬢ちゃん! いい加減どうにかしないと俺たちこのまま喰われちまうぞ!」

 

 リチャードは、一縷の希望を籠めてルララに叫んだ。まあ、ちょっと後ろを確認した限りでは、もはや、どうにもならないほどのモンスターが存在しているわけだが……。リチャードの後方には、もう数えるのも億劫になるほどのモンスターたちが、怒涛の勢いで逃走者を追跡している。逃走者とは、知っての通りリチャードたちのことだ。まあ、正確にはリチャードだけなのだが。

 

(あ、これ死んだかも……)

 

 リチャードは、己の死を予感した。よもや、こんな上層で、志半ばで死ぬことになるとは、思ってもいなかった。

 

(ああ、碌でもない人生だったぜ……こんなんだったら、もっと、たくさん、美味いもん食って、たらふく酒を飲んで、いい女をもっと抱いておくんだった……)

 

 リチャードは、諦めて乾いた笑みを浮かべた。

 

(もう疲れたよ……パトラッシュ……)

 

 かつての名作の主人公の名台詞を呟きながらリチャードは、遂に立ち止まった。名作の主人公は儚い少年だったが、こっちは薄汚いおっさんだ。おお、リチャードよ、諦めるとは情けない。君は、どちらかというと、ネロというよりメロスの方だ。決して諦めず、最後まで、死ぬために、死ぬまで走りなさい。

 そんな幻聴が聞こえてしまうほどイッちゃってるリチャードだったが、立ち止まってしまうのはかなりの失策だ。

 

 ようやく立ち止まった逃走者に、我先にと襲いかかるモンスターたち。リチャードめがけて、モンスターたちの牙が、爪が、角が、ありとあらゆる武器が、リチャードの息の根を止めるために振り下ろされる。

 

 しかし、その全ての攻撃はリチャードに届くことはなかった……。

 

 轟音とともに振り下ろされる斧の一撃。たった一度の振り下ろし。たったそれだけで、あれだけいたモンスターたちは1匹残らず跡形もなく吹き飛んでしまった。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返るダンジョン内。聞こえてくるのは、リチャードの激しい息遣いだけであった。

 

「はぁ、はぁ……っじょ、嬢ちゃん! 頼むから、今度からはもうちょい早めにそれをやってくれ! これじゃあ命がいくらあっても……って! ちょ、ちょっと、待ってくれ! もうちょい休ましてぇえええ!!」

 

 実は言うと何だかんだいってこんなやりとりも、ここにきてもう3回目になろうとしていた。

 

「クソォオオオ!! 嬢ちゃん俺が悪かった! ちょっと悲劇の主人公振ってみたかっただけなんだ! だからちょっと待ってくれぇええ!! 置いてかないで!」

 

 そんな感じでリチャードたちのダンジョン探索は、まあ順調に進んでいた。もう間もなく中層の18階層。安全階層(セーフティーポイント)。通称『アンダーリゾート』。

 ダンジョン内にある唯一の冒険者の街──リヴィラの街──がある階層へと辿り着こうとしていた。

 

「あっ! 嬢ちゃん! 階層主! 階層主どうすんだよぉおお!!」

 

 リチャードの声が、虚しくダンジョン内を木霊した。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードが懸念していた、階層主──ゴライアス──だが、その出現ポイントである『嘆きの大壁』に着いても影も形もなかった。どうやら、つい最近他のPTに討伐されたばかりのようだ。

 

「嬢ちゃん、こいつはラッキーだぜ! これならなんなく18階層にいける。いやーまさかこんなにも早く、ここまで来れるとは思ってもいなかったぜ!! もしかしたらレコードタイムじゃないか?」

 

 リチャードは興奮気味に言った。なんせ、1階層からほぼノンストップで、ここまで来たのだ。そんな話前代未聞である。どんなに精強なPTでもこんなことは不可能に思える。しかも、それをたった二人(実質一人)で成し遂げたのだ。正確な記録はリチャードも知らないが、まず間違いなく最速記録だったはずだ。少なくとも、リチャードにとってはそうであった。

 

「やっっと、着いたぜぇえええええ!!!!」

 

 また世界を縮めてしまったリチャードであったが、それでも、走っている最中は永遠とも思えるほど長い時間だった。しかし『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という諺があるように、過ぎ去ってしまってはなんてことない。リチャードはついさっきまで、死にかけていたとは思えないほど元気になり、無駄に湧いてくる達成感に思わず叫び声を上げた。

 

 そんなこんなでリチャードたちは17階層を抜け、18階層に辿り着いていた。

 安全階層(セーフティーポイント)

 モンスターの沸かない、冒険者たちの安息の地。リチャードたちの最初の目的地。18階層は、これまでの階層とは違い自然に溢れており、天井は光り輝く水晶によって埋め尽くされ、地上を照らしていた。驚くべきことに、水晶の光量は時間帯ごとに変化し、ほとんど地上と同じ環境が再現されている。今は丁度、地上の時間と同じ夜の時間だ。

 

 その中を、迷いなく突き進むリチャードたち。

 

(手慣れているな……)

 

 リチャードは、先を行くルララを見てそう思った。現在、リチャードはルララに先導され、冒険者の街『リヴィラの街』を目指しているところだ。

 

 当初の予定では、18階層に着いたら小休止したのち更に下層に進み、そこで目ぼしいモンスターを捕獲する予定であったが、予想より遥かに早くここまで来られたので、一度しっかりと休憩しようということになったのだ。まあ、正確にはリチャードがそうゴネだけなのだが……おっさんには、このまま強行軍はキツすぎるのだ。

 

 とはいえ『リヴィラの街』は詐欺か! というぐらいボッタクリ価格で、ありとあらゆるものが取引されている。宿舎で休憩、ましてや宿泊しようものならケツの毛までむしられて鼻血も出ない、なんてことになりかねない。それじゃなくても、リチャードの財布の中身は火の車なのだ。

 

 なので『ああ、これは野宿か……』そう思いかけていたリチャードだったが、ルララの『私にいい考えがある!』という自信にあふれた表情をみとめると、彼女の案を採用することにした。

 ルララ曰く、どうやらリヴィラには知り合いがいるらしい。なので、そこに泊めてもらおうということだ。

 

 リヴィラの街は高さ300Mはある断崖絶壁の上にある。その崖下には湖が広がっていた。

 リヴィラに着くと、早速ルララは街の片隅にある古ぼけた一軒家まで進んだ。そしてその家の前に置いてある“ベル”を鳴らす。

 

 チリンチリ~ン。

 

 その音が合図となっているのか、ベルが鳴ると、中から年老いたドワーフが顔を覗かせた。

 

「おやおや、ルララさま。こんな時間にご用だなんて……はて、先日もありましたかな? オッホッホッホ、相変わらず時間を選ばないお人ですな。さて、なにかご用ですかな?」

【こんばんは。】【休憩しませんか?】

「おお! 珍しく休んでいかれるのですね。でわでわ、ささ、こちらへどうぞ」

【ありがとう。】

 

 家の中に入るルララに続き、リチャードも続こうとする。だが、それは彼の足元に突き刺さった斧に阻まれる。さっきまではなかったはずなのに……何処から来たのかな?

 

「んでぇ、お前さんは何者ンだぁ? ルララさまに手ェ出そうってんなら、このダルフ様がただじゃおかねぇぞ!?」

 

 ダルフの鋭い眼光がリチャードに突き刺さる。

 

「あ……いや、俺は、嬢ちゃ……いえ、ルララさんのパーティメンバーでして……」恐る恐るリチャードは答えた。

「そ、そいつはおめぇ……」

 

 そう言うと、ダルフは俯きプルプルと震え始めた。

 

(やばい! 地雷を踏んだか!?)

 

「ガハハハハ!! それならそうと早く言ってくれ! オレはてっきりルララさまに近づく悪い虫かと思ったじゃねぇか!!」豪快に笑いながらダルフが言う。

「ご、誤解が解けたようで何よりです……」リチャードは震え声で言った。

「ああ、悪かったな! 気を悪くしないでくれ。ルララさまは、見ての通りのお方で、しかも極度のお人好しのせいか、なにかと利用しようとする輩が多くてな! こうして、変な輩に絡まれないようにしてんのさ! ま・さ・か、アンタもそういった口じゃあないよな!?」

「と、当然です! ルララさんとは正式な契約のもと、PTを組んでいます。そんな気持ち、さらさらありません!」

 

 あわよくば、無報酬でクエストを終わらせようとしていた、ダルフの言う“変な輩”筆頭のリチャードは、冷や汗をかいて戦々恐々しながらそう答えた。

 その口調は『誰だお前!?』と言われんばかりに変貌している。

 

(これは、きちんとクエスト報酬を考えないとやばいことになりそうだ……)

 

「なんにせよ、歓迎しよう! オレの名はダルフ・ウォールケン、見ての通りドワーフ族だ。ファミリアは……一応所属しているが隠居した身でね、今ではここで、ルララさまの『リテイナー』ってのをやっている。よろしくな!」そう言うと、ダルフはリチャードよりも二回りは大きい腕を差し出した。

 

 リチャードは差し出された手を握り、握手をする。

 

「えぇ、よろしくお願いします。俺の名前はリチャード、リチャード・パテル。モンスターテイマーです。今日は厄介になります」

「なに、気にすることはない。こんな地下でわざわざ訪ねてくる客人なんて、ルララさま位なもんでね、客人は大歓迎だ! 汚いとこだが、まあ入ってくれや。なぁに、遠慮することぁない。ようこそ我が家へ!」

 

 こうして、ようやくリチャードは老ドワーフの家へと入ることができた。家の中ではルララが、まるで自分の家のように大きなソファに座りすっかりと寛いでいる。

 

 ああ俺も、もうクタクタだ。お言葉に甘えて遠慮無く休ませてもらうことにしよう。リチャードはルララと同じソファにどっかっと座ると、そのまま全身を脱力した。そうすると一気に睡魔にリチャードは襲われた。今日は一日中走り回っていたのだ、当然だろう。

 

 そのままリチャードは瞼を閉じ、やってくる睡魔に身を任せた。寝るのには5秒と掛からなかった。これもレコードタイムだった。

 


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