とある日の朝、五河家では平穏な時間が流れていた。
士道は朝食と弁当を作りながら、時間を確認すると、七時を少し過ぎた頃だった。
普段なら、妹である琴里がすでに起きてくる時間なのだが、今日は未だにその顔を見ていない。
「寝坊か……?」
そういえば、昨日は夜遅くまでテレビを観ていた気がする。確か、夜更かしすると大きくなれないぞと少しからかったら、白かったリボンが一瞬で黒くなって蹴り飛ばされたのだ。
しょうがないなぁ、と呟くと士道は朝食と弁当作りを切りの良いところまで手早く進めた後、琴里を起こすため、琴里の部屋に向かった。
案の定というべきか、琴里はすやすやと寝息を立てていた。あまりにも気持ちよさそうに寝ているため、起こすことに躊躇するレベルだ。
だが、ここで起こさないと琴里が学校に遅刻してしまう。────────仮にかろうじて、間に合ったとしてもゆっくりと朝食を摂っている時間はなくなるだろう。
よって、士道は心を鬼にする覚悟を決めて、琴里を起こしにかかった。
「ほら琴里、もう七時過ぎてるぞ。そろそろ起きないと朝ごはん食べる時間なくなるぞ?」
身体を揺すりながら声をかけると、目を覚ましたのか琴里は目をこすりながら起き上った。
「なんなのだお兄ちゃん。私はまだ眠いぞ? つまり、もうちょっと寝かせて…くれ……なの…だ……」
「だから!! 学校に遅刻するぞ!」
言いながら、眠り始めた琴里を士道は慌てて起こしにかかった。
昨日何時まで起きていたのかは分からないが、この分だと相当夜更かししたらしい。
結局、琴里が起きるのに更に数分の時間を要した。
* * *
何とか、琴里に朝食を食べさせ、玄関で見送りを済ませると、士道は手早く食器を洗ってから身支度を始めた。
幸い、戸締りをしてから自宅を出る頃にはまだ少し時間に余裕を持つことができた。
「シドー!」
自宅を出てすぐ、名前を呼ばれたため振り替えると、五河家のお隣に位置するマンションの前に長い闇色の髪と手を思いっきり振りながら士道の名を呼ぶ冗談のように美しい少女がいた。
「十香!」
その少女─────夜刀神十香は士道の前まで来ると、笑顔で挨拶した。
「おはようだ! シドー!」
「あぁ、おはよう!」
二人は挨拶を交わすと、一緒に学校へと向かった。
* * *
「そういえば、シドー。最近、新しく遊園地ができたそうだぞ!」
「あぁ、なんかテレビでやってたな」
士道も詳しいことは知らないが、テレビのCMでそれらしきものを何度か観ている。
なんでも、行ったカップルは必ず幸せになれるという伝説があるらしいが、なんで最近できた遊園地にそんな伝説があるのか士道には不思議でたまらなかった。
「それでだな、シドー。もし、よかったらなんだが……一緒に行かないか?」
「そうだな。新しくできたんなら、一度みんなで行ってみるか」
十香の誘いを受けて、士道はすぐにそう答えた。その瞬間、十香の顔が一瞬寂しそうな、それでいて悲しそうな顔になったのを士道は気づけなかった。
「う、うむ。そうだな! みんなで行けば……きっと、楽しいだろう!」
士道が指すみんなとは十香と同じ精霊のみんなのことを指しているのだとすぐに十香は気づいた。だからこそ、寂しそうで悲しそうな顔は一瞬で引っ込めて笑顔になったのだ。
みんなと行けばきっと楽しい。その言葉に嘘はないし事実、楽しいだろう。だが、この時の十香が一緒に遊園地に行きたいと思っているのは「みんな」ではなく────────。
* * *
学校に着き、授業が始まっても、十香の心は晴れなかった。
どうして、晴れないのか原因は分かっている。分かっているのだが──────分かっているだけで、解決させようという気持ちにはなれなかった。
「みんな……か……」
考えてみれば当然のことだ。新しい遊園地に遊びに行くのなら、みんなで行くのが一番だろう。きっと、楽しみすぎて当日寝不足になることまで予想ができる。
だが、十香が最初に遊園地の話題を出したとき、みんなで行こうとは考えていなかった。いや、決してみんなの存在を忘れているとかそんな訳ではないのだが、CMに見たときに思ったのだ。
───────ここでシドーとデェトしたいなぁ、と。
つまり、十香は遊園地に「みんな」と行くのではなく「士道」と行きたかった。
三人でも四人でも五人でもそれ以上でもなく、二人だけで行きたかったのだ。
「……………はぁ」
十香はそんなことを考える自分に少し嫌気を感じてきた。
みんなで一緒に遊園地に行くことが悪いわけではないのに、ここまで悩んでしまう。
これでは、まるで自分が嫌な奴みたいだった。
気付いたら、授業は終わり、昼休みになっていた。
十香は士道が作った弁当をカバンから取り出すと、すぐに士道の机に向かう。
「シドー、昼餉を共にしよ───────」
「士道、お弁当を作ってきた。外で一緒に食べよう」
「なっ!? 鳶一折紙!?」
だが、十香が士道を昼食に誘うよりも先に、白いショートカットの髪をし、表情から感情が窺えない少女─────鳶一折紙が弁当を二つ持って、士道に話しかけていた。
「な、なんでお前がシドーと一緒に昼餉を一緒にするのだ!? シドーは私と一緒に昼餉を共にするのだ!」
「恋人同士がお昼を一緒にするのは当然のこと。むしろ、あなたは何故邪魔をするの?」
「いつ、貴様がシドーと恋人になったのだ!?」
「ちょっ!? 落ち着け十香! ………弁当はみんなで食おう。な?」
いつもと同じように、二人の喧嘩が始まりそうだと悟った士道はすぐに妥協案を出しながら二人をたしなめる。
いくら、二人の口喧嘩が日常化してるといっても、やはり、士道としては良い気持ちがしないのだ。
いつもなら、ここで仕方なく三人で食事をする。だから、士道もいつも通りそうなるのだとばかり思っていた。
だが、現実は常に変わる。
「……………みんな、か」
「十香?」
何故かは分からないが、十香は士道の言葉に酷く落ち込んだ。
二人ではなく、みんだ。
それは数時間前に十香が士道を誘った遊園地と同じような状況だ。
胸が苦しくなる。
自分の中で何か、悪いものが広がっていくような感覚。
それは言い方を変えれば嫉妬。あるいは、自分だけを見てくれないことによる苛立ちだ。
「………すまない、シドー。気分が悪いからちょっと、外に行ってくる。昼餉もそこで済ませるとしよう」
「おい、十香!?」
十香は士道の言葉を聞かず、飛び出していくかのように教室を出て行った。
なんだか、これ以上自分の姿を士道に見てもらいたくなかったのだ。
───────きっと、今の自分は醜いだろうから。
* * *
「十香のやつ……一体どうしたんだ?」
夕食の準備をしながら、士道はそう呟いた。
先程、夕食を一緒に食べないかと誘いに行ったら拒否されてしまったのだ。十香一人を除け者にしてみんなで食事をとるのはあまり気持ちのいいものではないため、結局、今晩は琴里と二人きりで食べるつもりだ。
別に二人だけで食べるのが嫌だという訳ではないのだが、やはり少し寂しい。
* * *
「十香が? なんでよ」
夕食を食べ終え、食器を洗い終えると士道はお気に入りのチュッパチャプスを口に含みながらテレビを観て寛いでいる琴里に十香のことを存在した。
もしかしたら、同じ女性でもあり何かと鋭いところのある琴里なら何か分かるかと思ったのだ。
「士道……あんた一体何をしたのよ! まさか!? 十香に何か変なことしてないでしようね?」
「するわけないだろ!?」
「分からないじゃない。あなたのことだから十香にキスさせろゲヘヘとか言って迫ったんじゃないの?」
「酷い言いがかりだなおい!?」
一瞬、琴里に相談を持ち掛けたのは失敗だったのではないかと不安になってきた士道だったが、そんな士道の反応を察知したのか琴里は軽く一度ため息をつくと、リモコンを操作してテレビを消し、改めて士道の方を向いた。
「それで、本当に心当たりはないの?」
「心当たりって言われてもな………」
特に思い当たることはない。……が、十香が理由もなく夕食の誘いを断るとも思えないため、士道は今日十香と一緒にいた記憶を遡っていく。
ふと、遡っていった記憶が終盤に差し掛かった時、士道の頭に何かが引っ掛かった。
「どうしたのよ黙り込んじゃって。何かわかったの?」
「いや、これが理由かは分からないが、今朝、十香に遊園地に行こうって誘われてさ。……そういえば、十香の様子がおかしくなったのもそれぐらいからかってな」
「ふ~ん、ちなみになんて答えたの?」
「いや、普通にみんなで行こうかって」
「……ッ!? なるほど……そういうことね」
「ん? もしかして、何かわかったのか?」
琴里の様子から何かを察したと思った士道はすぐに琴里に聞いたが、琴里はすぐには返事を返さずに士道の方を睨むような視線で見つめる。──────まるで、本当に分からないのかと問いかけるかのように。
そのような視線を向けられた士道は琴里の問いかけを察し、その時の様子を思い出しながら考えを巡らせるが、琴里の無言の問いかけに対する回答が見つからない。
─────本当にこの兄は……女心が全然分かってない!
いつまでも考え続ける士道を見かねた琴里は心の中でそうぼやいた。
「あのね……十香はあなたと一緒に遊園地に行きたかったのよ。他の誰かやみんなと一緒じゃなくてあなたと一緒に!」
「────なッ!?」
琴里の思いがけない言葉に士道は言葉を詰まらせた。
だが、思い返してみれば昼休みにお弁当を食べようと際にも十香は『みんな』という言葉に過剰に反応していた気がする。
「じゃあ………十香は………」
「おそらく、みんなが一緒にいることに対して不満を感じている自分に嫌悪を感じたんでしょうね」
そこまで言われてやっと士道も理解した。
十香に遊園地に誘われた際に返した『みんなで行こう』という答え。その答え自体が間違っているとは思えないし、実際に最近は遊ぶ時にはみんなでだった。
だが、今回に限っては十香は『みんなと』ではなく『士道と』行きたかったのだ。
──────ではなぜ、みんなとではダメなのか? それはきっと十香自身にも分かっていない。分かっていないからこそ、十香の様子はおかしかったのだ。
「─────どちらにせよ、このまま十香を放っておくわけには行かないわね。ところで、士道。最近できた遊園地のペアチケットを手に入れる予定なんだけど、生憎その日、私用事があって……あなた、誰かと一緒に行く?」
なんで、ペアチケットを手に入れる予定があるのだとか、その日とは一体いつを指しているのかとか、気になるところはあったが、そんなものは無視して士道は軽く笑みを浮かべた。
「ああ、ちょうど誘いたいやつがいたんだ。今から誘ってくるよ─────ありがとな、琴里」
「へえ、そうなんだ。いってらっしゃい─────どういたしまして」
優秀な義妹いもうとに心の中で感謝しながら士道は自宅を出て行った。
* * *
─────私は何をしているのだろう。
学校から帰り、士道からの夕飯の誘いを断ってから十香は自分の部屋のベッドの上で膝を抱えながら、ずっと同じことを考えていた。
「みんなと行けば楽しい……シドーの言う通りだ。何も間違ってはいまい………間違っているのは……私だ」
心の中で悪いものが広がっていく。………そんな、漠然とした不安が十香を襲っていた。
みんなと遊園地へ行く────当然だが、素晴らしい考えだ。確かに、士道と二人で行くのもとても魅力的だが、みんなで行くほうがきっと賑やかだろう。
みんなで遊園地へ行く様子を想像すると、すぐに楽しいという確信ができた。同時に心の中の悪いものが小さくなっていく感覚まである。
──────そうだ、いつまでも情けない姿をシドーに見せるわけにもいかない。
十香はベッドから下りると、すぐに行動を開始する。そういえば、まだ夕食を食べていないことに気づいたのだ。腹が減っては戦はできぬというし、まずは夕食を食べよう。
そして、明日からはまたいつも通り、みんなと楽しい日常を過ごす。十香の部屋に来訪者を告げるチャイムが鳴ったのはそう、心を新たにした時だった。
「誰だ─────む、シドーではないか。どうしたのだ?」
「十香、今朝言ってた最近できた遊園地覚えてるか?」
「う、うむ。無論覚えているが……それがどうしたのだ?」
今朝のことを思い出し、また、心の中の悪いものが広がっていく感覚が十香を襲うが、表情には出さずにそう答える。
情けない姿を士道に見せるわけにはいかないと思ったばかりなのだ。何より、士道に心配をかけさせたくない。
そう考え、十香は冷静さを失わないように心掛けながら士道の次の言葉を待った。
「よかったら、次の日曜日にそこで俺とデートしないか?」
「なぬッ!?」
が、十香の冷静さは一瞬で吹き飛んでしまった。
読んでくれてありがとうございます。
せっかくの後書きなので何か書こうかと思いましたが、何も出てこないのでこの作品の説明だけします。
この作品は基本的にヒロイン別の短編集で一つの話が大体三話で完結する予定です。
はい、終わりです。
では最後に一言────琴里マジ優秀!