観覧車=デートの最後という図式でも存在するのか、観覧車を並ぶ列には恋人らしき二人組が多く見られた。
「こりゃすごいな……十香、少し待ちそうだけど大丈夫か?」
「う、うむ。問題ない」
「……十香?」
十香の反応に違和感のようなものを感じ、士道は視線を列が並ぶ前方から横の十香の方へと移すが、十香はじっと前方の恋人たちを見ている。
その表情はどちらかというと暗く、とても目の前の光景に癒されてるとか羨んでいるという風には見えない。
その姿を見て、士道の心は痛んだ。
今、十香が何を考えているのかは分からない。だけど、その様子から幸せなことを考えているわけではないことは伺える。
────救ってやりたい。心の底からそう思う。だからこそ、士道は覚悟を決めた。
* * *
目の前にいる人たちは笑っている。
考えても見れば当たり前だ。みんな、大切な人たちと同じ時間を過ごしているのだから。そう、だから、彼ら彼女らと同じように大切な人と同じ時間を共有している十香だって笑顔になってしまうぐらい楽しい。
──────いつもならそうなるはずなのに、今は笑顔がつくれない。
目の前の人たちを見ると、思ってしまう。なんで、自分が士道の隣にいるのか?
本当だったら『みんな』が正しいはずなのに、どうして、自分が?
──────否、理由は分かっている。
分かっているから、心が痛い。
* * *
士道と十香がそれぞれの考えを巡らせていると、気付いたら自分たちが観覧車に乗る番になっていた。
係員の指示に従いながら、先に十香を乗せ、それから士道も乗り込む。
「ほら、十香! 景色が綺麗だぞ」
「っ!? う、うむ。そうだな! とてもきれいだ!」
士道の言葉に十香はすぐに反応してきたが、その反応は士道が違和感を感じてしまうほどにはぎこちない。
現に今も景色を見ているようでその目は全く違うものを見ている。
士道の考える通り、十香は景色を見ているようで実際には見ておらず、ずっと観覧車に乗る前に見た恋人たちの風景を思い出していた。
だが、ふと、ここに来たのは自分が誘ったからなのだと思いだし、十香は考えることを無理やりやめて目の前の風景を見た。
「───────────ッ!!? シドー! 景色が! 景色が綺麗だぞ! なんだこれは!? とにかくすごいぞ!!」
十香の瞳にはネオンサインや照明といった都会が作り出す輝きを映していた。
おそらく、そういう景色を見られるように設計されたのだろうと士道は考えたが、目の前で小さな子どものようにはしゃぐ十香を見たらそんなことを考えるのが馬鹿らしくなった。
「ああ、綺麗だな! ……本当に綺麗だ」
確かに、観覧車から見える夜景は綺麗でまさに絶景と呼べた。
だが、そんな絶景を眺めていた士道の視線はすぐに別のものへと移る。
輝く景色を前にはしゃぐ闇色の髪の美しい少女へと──────。
「………………なあ、十香?」
観覧者はまだ半分も進んでいないため、まだしばらくはこの景色を楽しむことはできるだろう。
だが、士道には景色を楽しむ前にやらないといけないことがあった。
そのために、覚悟を決めたのだから。
「どうした? シドー」
「今、楽しいか?」
それは十香にとって唐突な質問で、何故今それを聞くのかが分からなかった。
だから、自分の気持ちに正直に答える。
「うむ! 楽しいに決まっているだろう? ………だが、何故そんなことを聞くのだ?」
「………楽しいか、よかった。でもさ、だったら──────────みんなに対して遠慮なんかしなくてもいいと思うぞ?」
「─────ッ!? な、なにを……いって……?」
「………このデート中、確かに十香は楽しそうに笑っていたけど、たまにすごくつらそうな表情をしていた。自分を責めていたんじゃないのか?」
「そんな……ことは……ない」
無理やり喉から絞り出したかのような声でそう十香は士道の言葉を否定した。
だが、その視線は士道から逸らされており、十香が無理をしているのが一目瞭然だった。
「十香」
「………なんだ?」
「俺は今、この時間が楽しいぞ」
「ッ!?」
その言葉に十香は逸らしていた視線を士道の方に戻した。
「今日はみんなはいないけどさ。それでも、十香と一緒にいる。だから凄い楽しいんだ!」
少し照れたように頬をかきながらそう言う士道に十香は何も言うことができなかった。
自分と一緒にいるから楽しい。この言葉が嘘ではなく彼の本心だということぐらい十香にだって分かる。
分かるからこそ、十香は何も言えない。
『みんな』に対して罪悪感のようなものを感じている十香にとって士道の言葉はそれほど意外だった。
士道の気持ちは嬉しいし、その言葉は曇っていた十香の心に晴れ間をつくりだした。
「……………私も……シドーと一緒で楽しい」
そう、このデートの間十香は本当に楽しかった。
楽しかったから、考えてしまう。
「────だけど、みんなとならもっと楽しいのではないか? シドーも本当は私とだけではなくみんなも一緒のほうが楽しいのではないか!?」
もしかしたら、自分の我儘わがままに士道を巻き込んでしまったのではないか?
本当はみんなと一緒に行きたかったのに、十香が不服そうにしたからこちらに合わせてくれたのではないか?
───────だから、本当はあまり楽しんではいないのではないだろうか?
「………十香?」
「思えば、今回のデートだっておかしいのだ!! 私が遊園地のことをシドーに教えたのは今朝なのに………きっと、琴里がなんとかしてくれたのだろ? …………ダメだな私は、みんなに迷惑を─────」
「十香!!!」
十香の言葉を士道の叫び声がかき消した。
言葉を途中でかき消された十香は驚いたように士道を見るが、士道は叫ぶと同時に席を立っており気が付いたら両肩をつかまれていた。
「さっきも言っただろ! 俺はこのデートを楽しんでいるんだ!! みんなじゃない……お前とのデートをだ!!」
我慢ができなかった。
目の前で自分を傷つける十香を見ていられなかった。
「確かにみんなと遊ぶのは楽しいよ!! だけど、それは十香とのデートとは違うだろ? どっちが楽しいとかそんなの決められねえよ!! どっちも楽しいんだ!! …………だから、自分を責めなくてもいいんだよ!!!」
十香は茫然と士道を見ていた。
士道の叫びは狭い観覧車の中ではよく響き、確かな音として十香の耳に伝わっている。
だが、伝わっているのは耳だけでは決してない。
「シ…ドー…」
気づいたら、自分が泣いていることに十香は気づいた。
ようやく分かった。
十香はただ士道と一緒にいたかった。
「みんな」と一緒にいるのは楽しいが、それよりも士道と二人っきりの時間が欲しかった。
自分だけを見てもらいたかった。
「私が……馬鹿だったのだな」
涙を流しながら、はにかむように笑いながら十香はそう言った。
士道と二人っきりでいたい、自分だけを見てもらいたい。
それらは確かに十香の望みだ。だが、それを望んでいるのは十香だけではないだろう。
それを知っているからこそ、それを望む「みんな」に対して申し訳なかったのだ。
「……シドーの言う通りだ。どっちが楽しいのかなんて決められん」
士道に救われることによって十香は世界の楽しさを知った。
自分と同じ精霊の友達も数多くいる。
士道と二人で遊ぶのも楽しいが、それと同じぐらいこの世界でできた友達と遊ぶのも楽しい。
どちらの方が楽しいかなど確かに決められない。
「シドー!! 私はこのデェト凄く楽しかったぞ!!」
「……ああ、俺もだ!」
「うむっ! だから次はみんなで来よう! こんな楽しいところ、二人ではもったいない! きっと、みんなも楽しいだろう!!」
「そうだな。流石にジェットコースターを連続で二回や三回乗れるやつは限られるだろうけどここ、結構アトラクションもあるからみんな楽しめると思うぞ!」
「うむ! ………だが待てシドー。四糸乃や琴里たちはジェットコォスタァに乗れるだろうか?」
「…………いやまあ、乗れると思うぞ」
十香の言葉に苦笑混じりに答えながら、士道は密かに安心していた。
なんとなくではあるが、いつもの十香に戻ったような気がしたのだ。
「よし、今日の夕飯は十香の好きなものをつくろうか? 何か食べたいものはあるか?」
「なに!? ならば、ハンバァグが食べたいぞ! シドー!」
「ハンバーグか……じゃあ、帰りに材料買っていこうな」
「うむっ! これは今日の夕餉は楽しみだな!」
十香の明るい笑い声は観覧車が一周し、二人が降りたあとも続いていた。
その光景を士道は隣から笑顔で見ていた。
* * *
「………それで、十香の方はもう大丈夫なの?」
精霊たちも呼んで、みんなで夕飯にハンバーグを食べ、食器を洗っていると琴里に後で部屋に来るように言われた士道は食器洗いが終わり次第琴里の部屋に向かった。
そして、部屋に入った士道に向けての琴里の第一声がそれだった。
「もう大丈夫だと思うぞ? 夕飯の時にはいつも通りだった気がするし」
「………そう。まあ、夕飯前に〈ラタトスク〉で計測した時の十香の数値は大分安定していたから、実はもうそんなに心配はしていないんだけどね」
「じゃあ、なんで俺は呼ばれたんだ………?」
「あら? 明確な用事がないと呼んじゃいけないのかしら?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
「冗談よ。あなたを呼んだのはたまには褒めてあげようと思ったからよ」
「褒める?」
はて? 何か琴里に褒められるようなことがあっただろうか……と士道は少し考えてみたが、記憶の中にこれといったものはない。
じゃあ、何を褒めるというのだろう?
「十香に熱く語ったんでしょ? みんなと遊ぶのは楽しいけどお前とのデートとは違うだろって────まったく、熱いわね~~~」
「んなっ!?」
悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言ってくる琴里の言葉が終わった瞬間、士道は赤くなってたじろいだ。
「あなたがハンバーグをこねている間、十香が嬉しそうに言ってたわよ。まったく、おかげで他の精霊が羨ましそうにしてたわよ?」
「そ…………それは場の空気っていうか、なんというか………」
「はいはい……分かった分かった。下で十香たちがテレビ観ていたはずだから一緒に観てくれば?」
「あ……あぁ」
士道としても、この空気は耐え難かったため、琴里の言葉に従う形で部屋を出ていく。
なんだか、無性に喉が渇いたため、まずは冷えた麦茶でも飲もう────そんなことを考えながら、士道は階段を下りて行った。
* * *
士道が部屋を出ていくと、琴里は自分が腰掛けていたベットに倒れるような形で寝転がった。
先ほどの士道の顔は傑作だった。よほど恥ずかしかったのか顔は真っ赤だったし、何よりその状態で言い訳をしようとしたのも琴里の中の悪戯心を煽っていた。
だから、きっと士道は気づいていない。
十香の自慢に羨ましそうにしていた他の精霊とは『琴里から見た他の精霊』ではなく、『十香から見た他の精霊』だということに。
───────────つまるところ、琴里も凄く羨ましかったのだ。
「…………バカ士道」
少女の理不尽な罵倒は誰に聞こえるでもなく、消えていった。
* * *
冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップに注いでそれを飲みながら士道は仲良くテレビを見ている精霊たちの様子を見た。
画面には何やらネコ科の赤ちゃんらしき動物が映っており、その動きに反応して精霊たちも黄色い声を上げていた。
麦茶を一気に飲むと、士道も一緒にテレビを観るべく居間へと足を進める。
「むっ、シドー!! 見てみろ! 恐ろしいぐらいに可愛いぞ!!」
士道の姿にいち早く気づくと、十香は目を輝かせながらそう言ってくる。
そんな元気すぎるぐらいに元気な十香の姿に士道は心の底からよかったと思う。
やはり、十香はこれぐらい元気な方が彼女らしいし、何よりこちらの方が十香らしい魅力に溢れている。
「─────ああ、本当に可愛いな」
士道の最後の「可愛い」は果たしてネコ科の赤ちゃんに言ったのか? それとも………?
これにて十香編は終了です。次はみんなのオアシス!!
最後に一言────やはり、ツンデレは正義だ!