また……だ。
気づいたら、見知らぬ場所にいた。
『………また、攻撃されるのかなー』
少女の左手につけられたウサギのパペットはそのコミカルなデザインに合った明るい声で─────だがしかし、どこか枯れた声で少女に話しかける。
少女は何も言わない。
ただただ、これから起こるであろう苦しみを想像して体を震わせる。
─────怖い。誰か助けて!!
─────どうして、こんなことをするの!?
かつて、こんなことを叫んだ気もするが、その叫びに対しての返答は些細な違いはあれどすべて同じだった。
────お前はこの世界にいてはいけない。
それは純粋な殺意。
少女の叫びは誰にも届かない。
ふと、顔を上げると武装した多くの人間たちがこちらに飛んでくるのが見えた。
ああ、また始まる………また、痛いことをされる。
「………よろしくね……よしのん」
左手のパペットにそう言うと、少女の意識はゆっくりと閉じていく。
これからの悪夢に耐えられるように、これから自分を殺しにくるであろう少女たちを傷つけないように。
少女は後のことは左手のパペットに任せて、心を閉ざしていく──────はずだった。
「ッ!? ……? ………ッ!」
少女を襲ったのは違和感だった。
左手にいつもあるはずの温もりが突然感じられなくなったのだ。
目を見開き、震えながら自分の左手に視線を向ける。
視界に映るのは少女の左の掌。
いつもいる、いてほしい大切な友だちは消えていた。
「あ………あえ…………うっ………」
首を小刻みに振りながら、少女は嗚咽を漏らす。
「─────〈ハーミット〉を捕捉。これより撃退する」
突然聞こえてきた声に少女が振り向くと、武装した人間たちが周りを囲むように飛んでいた。
いつのまにか、もうすぐそこまで来ていた。
「あ……あ、の────」
「撃て」
───────『よしのん』を知りませんか?
縋すがるように放たれるはずだった少女の言葉は無慈悲に打ち消され、代わりとでもいうべきかのように弾丸やミサイルが放たれた。
「ぅ、ぇ……ぁ……ぁぁ……」
しかし、弾丸やミサイルは少女に被弾するよりも先に、少女を守るかのように飛んできた氷弾にぶつかった。
「何!?」
「寒い──────気温が低下している!?」
武装した人間たちは少女への攻撃をやめ、すぐに少女から離れていく。
いつのまにか、ここら辺一体の気温は下がり始め、武装が凍り始めたのだ。
「ぁぁぁ……ぁ、あ……あ、ああああああああああああああああああああああああああ────ッ!」
少女の嗚咽は叫びとなり、それに反応するかのように気温は下がり、氷弾が少女を守るかのように飛び交う。
「……〈氷結傀儡ザドキエル〉……ッ!」
少女がその名を呼んだ瞬間、少女の足元から巨大な人形が出現した。
少女を背にピッタリと張り付けた巨大な人形は頭部を天に向けると、
──クゥォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ──
耳鳴りが起こるような奇妙な咆哮を上げた。
瞬間、少女を守るように飛び交っていた氷弾はその量と速度を上げると、少女を中心とした吹雪となり、吹雪は少女を覆うように渦を巻いて少女を守る結界となった。
「ぅ……っ! ぇ……っ!」
吹雪の結界の中で少女は泣いていた。
ただ、泣くことしかできなかった。
いつも、自分を助けてくれた友だちはいなくなってしまった。
また………独りになってしまったのだ。
「よ、し、のん……っ……」
寂しく、涙に濡れた声で友だちの名を呼んだ。
返事はない。当たり前だ。『よしのん』はいなくなってしまったのだから─────
『ダメだよー! そんなに泣いちゃあ可愛い顔が台無しだよー』
────と、思っていたら声が聞こえた。
少女はすぐに声がした方に振り向く。
「大丈夫か!? 四糸乃!」
そこには一人の少年がいた。
優しそうな顔つきの少年で、その左手には少女の友だち────『よしのん』がいた。
「士、道……さんっ」
「もう大丈夫だ………一緒に帰ろう」
「士道……さ、ん────っ」
少年の言葉に少女は涙を浮かべながら走り出し、少年のもとに駆け寄った。
少年も身を屈めて背の小さい少女の視線に合わせる。
駆け寄ってきた少女の頭を撫でながら少年は優しい笑みを浮かべた。
「四糸乃……お前は一人じゃない。よしのんも俺もいる……他のみんなもいる」
「……は、い……」
「だから、泣かなくてもいいんだ………一人で、怖がらなくてもいい」
「士、道……さ、ん……っ」
泣かなくてもいいと言われたはずなのに少女は大粒の涙を流しながら少年に抱き着いた。
──────すごく恥ずかしいのに、それ以上に心が温かくなる。
少年は頭を撫で続けながら少女にされるがままになっていた。
やがて、少女が顔を上げると少年と目が合う。
しばらく、お互いに見つめあった後ほぼ同時に二人は目を瞑った。
二人の唇の距離は徐々に近づいていき───────すぐに、重なった。
その瞬間、少女を外部の敵から守っていた吹雪の結界は粉々に砕け──────二人を祝福するかのように綺麗な雪が空を舞った。
* * *
目を開いて最初に見えてきたのは毎朝見ている天井だった。
寝起きでまだ頭がはっきりと動いていないが、なんだかとても幸せな夢を見ていた気がする。
体を起こし、窓から差し込んでくる光を眺めていると意識がはっきりとしていくに連れて少女────四糸乃の頬を赤くなっていった。
『おはよう、四糸乃! どうしたのー? なんだか顔が赤いけどま・さ・か士道くんに襲われる夢でも見ちゃったー?』
「あ……ぅ……」
朝日を浴びて寝起きの状態から脱した四糸乃は『よしのん』の言葉に頬だけでなく顔全体を真っ赤に染めた。
決して、士道に襲われた夢を見たわけではない─────ないのだが、なぜか恥ずかしくて堪らないのだ。
『あっれれー? まさか本当に襲われちゃったの? ヤダー夢の中でも四糸乃を襲っちゃうだなんて士道くんったら獣だなー!』
「ち……違うよ! わ、私が見たのは…その……士道さんに襲われる……夢じゃなくて助けてもらう夢……だよっ」
途中、特に『襲われる』の部分は恥ずかしくて小声になりつつも四糸乃はなんとか反論するが、『よしのん』は『ふ~ん』と何もかもを察したかのような返事を返す。
そんな『よしのん』の態度に四糸乃は少しだけ怒ったような視線を『よしのん』に向けるが『よしのん』は呑気に口笛を吹いている。
「……………よしのん」
『分かってるよー。士道くんに助けてもらったんでしよ? 』
「………うん」
『夢の中でも四糸乃を助けるあたり、流石は士道くんってところだねー! まさか、本人がいなくても四糸乃を攻略してくるとは!』
「…………よしのん」
四糸乃は『よしのん』を自分の顔に近づけるとじっと見た。
分かっていると言いつつ余計なことを言ってくるのだ─────特に後半はいらないと思う。
『怒っちゃダメだよー四糸乃』
「怒ってなんか、ないよ……」
『へー………でも、よかったね』
「え?」
『ちょっと、恥ずかしい夢も見られるぐらい今は平和で幸せだけど、それもこれも士道くんに会ったおかげだもんね!」
表情を変えることなく、明るい口調でそう言う『よしのん』の言葉に四糸乃は目を瞬かせた。
表情も口調も変わらないが、『よしのん』の言葉はとても優しく温かった。
夢の内容は士道と会う前の四糸乃と状況がそっくりだった。
夢でも現実でも四糸乃は士道によって救われた。
だが、士道が救ってくれる前から『よしのん』は四糸乃を守ってくれていた。
────………よろしくね……よしのん
「そうだね……士道さんのおかげで今、私は幸せだよ………でもね……」
色々な人が四糸乃を助けてくれている。
怖い人から守ってくれた、住む場所をくれた、友だちになってくれた、居場所をくれた────色々なものを色々な人からもらっている。
「よしのんが友だちになってくれたから私は……きっと、士道さんや……琴里さん、十香さんたちみんなと今…こうやって一緒にいられるんだと思う……だから……ありがとう、『よしのん』」
笑いながら四糸乃は『よしのん』にそう言う。
夢の中でも助けてくれたのは士道だけではなかった。
ちゃんと、『よしのん』もいた。
そのことが凄くうれしい。
『……イヤだなー。改めてお礼なんか言われちゃったら照れちゃうよー。まったく……四糸乃は本当に仕方がないなー。それに、よしのんにお礼を言うよりも士道くんに言うべきだよ全く!』
どこかいつもと違って慌てたように言葉を発していく友だちの姿を四糸乃は優しい笑みを浮かべながら見ていた。
* * *
いつもよりも恥ずかしい夢を見て、いつもよりも恥ずかしい朝を過ごした後、四糸乃は朝食を済ませてのんびりとテレビを観ていた。
画面ではニュースキャスターが今日のニュースを紹介している。
正直、この世界で本格的に過ごし始めてからまだそう年月を経ていない四糸乃には分からない内容も多少あったが、自分が今生きている世界についてもっと知っておきたいとも思うため、所々で首を捻りながらもテレビを観続ける。
─────最近、家族や友人などに何かをしてもらう際、それが当たり前になっていて『ありがとう』と言わない若者が増えています。その背景にはインターネットの普及も要因として考えられており…………
「…………ねえ、よしのん」
ニュースを観ていた四糸乃はニュースキャスターの紹介した内容に一瞬驚いたように目を瞬かせると前のめりになって集中して話を聞いた。
聞いた後、最近の自分の行動を振り返ってみる。
何かをしてもらった時にお礼は言っているはずだ。それは四糸乃に限らず四糸乃の周りにいる人たちにもいえる。
だけど、『ありがとう』とは必ずしも何かをしてもらった直後に言うものではない。
今朝、今までの感謝を改めて『よしのん』に伝えたように日頃の感謝を込めて『ありがとう』と言ったりもする。
「私……士道さんに、何かお礼がしたいな」
テレビを観ながらほとんど呟くようにして四糸乃はそう言った。
『よしのん』は口をパクパクさせながら『そっか~』と返事をする。
『じゃあ、士道くんが嬉し過ぎて涙を流すぐらい素敵なお礼をしよっかー』
「うん。でも、お礼って言ってもなにしよう……?」
「う~ん、そうだねー。士道くんが涙を流すぐらい素敵なお礼をしたいから誰かに相談した方がいいかも……って、今はみんな学校行っちゃってるねー」
「あ……それなら……」
『よしのん』の言葉に四糸乃は自分の提案を伝えると『よしのん』も賛成し、行動の方針が決まるとテレビを消し、出かける準備を始めた。
* * *
朝起きて鏡を見るたびにボサボサの髪の自分に嫌気が差すが、幸いなことに今日は特に用事があるというわけでもなかったため、少し時間をかけて髪を整え、少しだけメイクもしてみた。
思ったよりも時間はかかったが、なんとか人に見られても笑われない程度にはなったため、簡単に朝食を済ませて、貰いものである中高生向けのファッション雑誌を読んでいると────不意に部屋のチャイムが来客を知らせてきた。
「……こんな時間から誰?」
今の時間、知り合いのほとんどは学校に行っているため、来客者は大分絞られる。
さては新聞を定期的に買ってくれればお肌がつるつるになるクリームもつけますよ─────あ、でもお客さんにはいらないか。だってもう、手遅れですもんね? ははは! って誰の肌が手遅れだよ!?
なんてことを考えていたら、霊力が体に漲みなぎってきて能力が使えそうになってきたため、ちょっとばっかし綺麗なお姉さんに変身して笑おうとする新聞勧誘を逆に笑い返してやろうと翡翠の瞳の細身の少女───七罪はドアノブに手をかけたが、
「あの………七罪さん、いますか……? 四糸乃です」
『よしのんもいるよー』
ドア越しに天使の声が聞こえてきた瞬間、漲っていた霊力は頭を支配していた妄想とともにどこかへと消え去っていった。