士道へのプレゼントは料理で決まった。
だから、次は何をつくるかなのだが、それは意外にもすぐに決まる。
『あの………できれば、親子丼がいいです』
遠慮がちにそう言う四糸乃にときめきつつ、七罪は一応理由を聞いた。
親子丼は比較的簡単な料理のためハードルが低く、あまり料理しない自分たちには助かるかもしれないが、それに比例してプレゼントにする料理に相応しいともいいがたい。
もっと、ハンバーグとか手間がかかるもののほうがいいのではないかと思ったのだ。
『その………士道さんが一番最初につくってくれた料理が親子丼だったんです』
顔を赤らめながらその時のことを思い出してるのか、少し視線を上向きにしながらそう話す四糸乃に七罪は一瞬前の自分を叱った。
親子丼がプレゼントにする料理に相応しくない? 一体何を言ってるんだか。
───────これほど、相応しい料理はない!
そう、四糸乃にとって料理をプレゼントするのなら親子丼が最高だ。
だからこそ、七罪は決めた。
『ねえ………四糸乃』
七罪の言葉に士道との思い出から帰ってきた四糸乃は七罪を見る。
綺麗な瞳だ。まるで、宝石のようだ。いやまあ、四糸乃の存在そのものが宝石なんて足元にも及ばないぐらい美しいのだが。
『士道にプレゼントする料理は親子丼で決まり』
そして、と付け加えて七罪は続きを言う。
自然と七罪は悪戯っぽいような優しいような笑みを浮かべているが、本人は気づかない。
『そして、それは四糸乃が一人でつくりな』
* * *
親子丼が比較的簡単な料理だとしても、四糸乃も七罪も普段は料理しないため、士道に美味しい親子丼をつくるために二人で練習することにした。
だが、練習をし始めてすぐに二人は親子丼が決して簡単な料理ではないことを思い知った。
「……た、卵がふわふわしてない……」
「思ったよりも……難しい、ですね」
確かに親子丼自体を作るのはそう難しくはなかったが、二人のつくる親子丼は士道がつくってくれたものに比べると卵や肉が固かったり少し味が薄いような気がするのだ。
「レシピ通りにつくるのって……難しいんですね」
四糸乃は自室のキッチンに置かれていたレシピ本を見ながらため息を吐く。
いつも士道の料理を美味しいと思いながら食べていたが、その美味しいに辿り着くためには陰ながらの努力が必要なのだ。
いつも自分がどれだけ士道に甘えていたかが思い知らされたような気がして四糸乃はますます落ち込む。
「四糸乃………こうなったら応援を呼ぼう!」
「応援……ですか?」
『七罪ちゃんナイスアイディアー! このまま行き詰ってたら士道に美味しい親子丼食べさせてあげられないしねー』
「呼びましょう……ッ。応援!」
士道に美味しい親子丼を食べさせたい。
そんな思いからいつもより強い口調でそう言った四糸乃に七罪も頷くとすぐに琴里に電話をすることにした。
琴里もあまり料理する方ではないが、まさか当人である士道に親子丼の作り方を聞くわけにもいかない。
それに琴里なら誰か料理が得意な人を応援に出してくれると思ったのだ。
四糸乃が〈ラタトスク〉から支給されている携帯を使って琴里の携帯に電話をかけると、すぐに相手は電話に出た。
『はい、もしもし? どうしたの四糸乃?』
『はぁ……はぁ……ねえ、今どんなパンツ穿いてるの?』
繋がった通話は一瞬で切れた。
四糸乃は無言で自身の左手にいるパペットを見る。
心なしか、その視線は睨んでいるようにも見える。
「………よしのん?」
『いやー、琴里ちゃんだったらイカした反応してくれると思ったんだけど、まさか一瞬で切るとはねー』
「いやそりゃ四糸乃の携帯からそんな言葉を言われたら普通切るでしょ……」
『よしのん』の暴論に七罪が呆れていると、四糸乃の携帯が着信を知らせてくる。
琴里からだ。
「はい、四糸乃です…」
『さっきのはよしのんの悪戯だとして、何か用事があったのよね? どうしたの?』
一回通話を切ったことにより冷静になったらしく、琴里はいつも通りの口調でそう言ってきた。
四糸乃は今までの経緯を簡単に話しながら親子丼がつくれる人を紹介してほしいことを伝える。
『……そう。士道に日頃のお礼ねー。分かったわ。じゃあ、誰か探してそっちに行ってもらうわ。場所は四糸乃の部屋?』
「はい」
『OK。ついでに士道の方にも今日は買い食いとかしないでさっさと帰ってこいって伝えておく』
「あ、ありがとうございます」
『いいのよ……………うちのバカ兄貴に美味しいもの食べさせてあげてね』
「はいっ」
『じゃあ、またね』
そこで通話は切れた。
「どうだった?」
「誰か探してくれるようです」
「よかった~~」
数分後に、四糸乃の携帯に『令音がそっちに向かう』というメールが来た。
* * *
「卵は二、三回ぐらいかき混ぜたら全部は入れずに二回に分けて入れていくとふんわりするよ」
「は……はい」
村雨令音が四糸乃の部屋を訪れたのは琴里からメールが届いて数十分後だった。
親子丼の材料が入った袋をお土産に入室すると令音は早速四糸乃と七罪に親子丼のつくりかたを教え始めていた。
一応、士道が高校から帰ってくるまでにはまだ時間の余裕はあるが、のんびりとし過ぎていては後から大変になる可能性もあるからだ。
実際に指導に親子丼をつくるのは四糸乃だが、七罪も今後の参考にと四糸乃と一緒に令音に親子丼の作り方を教わっている。
「あの……令音さんは普段から料理をつくるんですか?」
令音に教えてもらいながらつくり終えた親子丼は数十分前に自分たちだけでつくったものよりも美味しそうだ。
だが、普段令音が料理をつくっている姿は見たことないし聞いたことがなかったため、少し意外でもあった。そのために出てきた質問だが、その質問に対して令音は少し考えるそぶりを見せた後
「………今は料理らしい料理はあまりつくっていないが、昔はつくっていたからね………なんだかんだいって体が覚えているものだ」
「なにそれ……」
令音の答えに二人は首を傾げたが令音は全く気にすることなく、キッチンの引き出しからスプーンを取り出すと四糸乃のつくった親子丼を一口食べた。
「ど、どうですか………?」
「自分で食べてみるといい」
その言葉に二人もスプーンを取り出すと、令音と同じように一口ずつ食べた。
その瞬間、四糸乃は目を丸くした。
「あの時と……同じ味」
初めて士道に食べさせてもらった親子丼の味が脳裏に浮かぶ。
卵がふわふわしていて、それでいてちゃんと味も染みている───────自分も、士道と同じように美味しい親子丼がつくれた。
「令音さん………ありがとうございます」
親子丼を飲み込むと、四糸乃は令音に軽く頭を下げた。
隣を見ると、一瞬慌てていた七罪も四糸乃の真似をして頭を軽く下げている。
その様子に令音は軽く笑うと両手を二人の頭にのせた。
「せっかく頑張ったんだ。美味しい親子丼をシンに食べさせてあげよう」
「はいっ!」
* * *
今日は何かあるのではないかと高校から自宅へと帰りながら士道は思っていた。
授業中、妹ことりからメールが来たため、確認してみればそこには『今日は寄り道しないで授業が終わったら真っ直ぐ帰りなさい。寄り道したら黒歴史をネットにばらまく』なんて脅迫めいた文面が書かれていた。だが、微妙に冷蔵庫の中身に不安があったため『夕食の買い物は寄り道に入らないか?』と送ったら『入るに決まってるでしょ。買い物は私がしとくから言うとおりに真っ直ぐに帰りなさい』との返信が来た。
しかたなく、言うとおりにことにして一緒に帰るべく同じクラスメイトの十香に声をかけてみるとあちらはあちらで何か用事があるらしく今日は無理だと断られた。
「……………なんだろう。絶対家に帰ったら何かある気がする」
そんな不安に襲われながら歩いていると、気が付いたら自宅はもう目の前だった。
いつまでも気になっていても仕方がない。そう思い直すと士道は意を決して扉を開ける。
そこにいたのは─────────
「やあ、お帰りシン」
「令音……さん?」
目の下に分厚い隈が出来ている女性だった。
なんでここにいるんだろうと士道が聞くよりも先に令音が行動を開始した。
「二人とも、標的ターゲットが帰宅した。行動を開始してくれたまえ」
令音は自身の右耳に右手を置くなりそう話した。
よく目を凝らしてみればその耳には士道もよく使っているインカムがある。
「あの……なんか、すげえ不穏な単語が聞こえたんですけど? 標的ってなんですか?」
「気にしたら負けだよシン。ああ、早く着替えておいで」
士道としては気にせずにはいられないのだが、仕方なく令音に言われるとおりに一度着替えるために自室へと行く。
着替えた後に何が待っているのかを考えるとなんともいえない気持ちになるが、いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかないため、着替え終えると一度深呼吸してから部屋を出てリビングへと向かう。
リビングの扉を開けると案の定、令音が待っていた。
「さあ、シン。もうすぐ準備が終わるからそこの椅子にでも座っててくれ」
「いやいや、何の準備があるんですか?」
「直に分かる。だが、誓って君が喜ぶことだ。だから、今は静かに待っててあげてくれ」
「…………はぁ」
そこまで言われると反論もしにくいため、士道は言われたとおりに椅子に座って待つことにした。
どのぐらい待てばいいのかと少し不安になる士道だったが─────幸いにも、そう待たずして少女たちは行動を開始した。
「あの、お帰りなさい……士道さん」
「お帰り……」
「四糸乃? 七罪? ただいま」
帰宅の挨拶に返答しながら、士道は混乱していた。
四糸乃と七罪は色違いのお揃いのエプロンをしながら士道のところへ来たのだ。
四糸乃の手にはどんぶりと小皿が乗せられたおぼんがある。
「これ…………あの………日頃のお礼に七罪さんと二人でつくりました。良かったら食べて……くれませ……んか?」
「…………私はサラダをつくっただけで、親子丼は全部四糸乃がつくったのよ」
緊張のあまり、途切れ途切れに言葉を紡ぐ四糸乃に七罪が捕捉する。
そこまできて、士道もようやく理解できた。
ようするに、琴里が士道を早く帰らせたかったのはこのためだったのだ。
『二人の美少女が士道君一人のために頑張ってつくったんだよー。興奮しながら食べちゃいなよ』
「いや、興奮はしないけど…………でも、ありがたくいただくよ。お腹が空いてたんだ」
四糸乃からおぼんを受け取ると、それを机の上に置く。
おぼんの上には美味しそうな親子丼とサラダがあった。
「すげえ、うまそうだ」
「先に親子丼を食べてよ………四糸乃が頑張ったんだから」
「ああ………分かった」
士道の言葉に少しだけ頬を染めながらそっぽを向いた七罪は隣にいる四糸乃を一目見るとそう言った。
四糸乃は下を向いて固まっている。おそらく、士道の評価が気になりすぎて士道が親子丼を食べる姿を直視できないのだろう。
そんな四糸乃を早く救うためにも士道は親子丼を一口食べた。
「……………うまい」
その言葉は自然と出ていた。
その言葉を聞いて四糸乃が顔を上げる。その顔は驚きと喜びとが入り混じったような表情をしている。
「うまいよ四糸乃! ………本当にうまい。はは…………ごめんな、うまいって言葉しか出てこないわ」
実際には卵の柔らかさや鶏肉にしっかりと味がしみ込んでいるなど褒めるところはいくつもある。
だが、今の士道は感情が理性よりも優先されていてその言葉しか出てこなかった。
そして、その言葉だけで四糸乃は十分だった。四糸乃にはその言葉がよかった。
「あり……がとう………ございます」
嬉しい。
自分のつくった料理を「うまい」と言ってもらうことがこんなにも嬉しいことだと四糸乃は知らなかった。
「四糸乃……大丈夫?」
「は、い……」
七罪が心配そうに四糸乃に声をかける。
四糸乃は嬉しさのあまり泣いていた。
士道はその姿を見て、何か声をかけるべきだとも思ったが声をかけるよりも先にもう一つの品であるサラダを食べた。
キャベツがメインのそのサラダはしっかりとドレッシングが効いているが、少し薄めの味だった。おそらく、親子丼を引き立てるためだろう。
「ありがとな二人とも……本当にうまい」
「こちらこそ……いつもありがとうございます」
「………一応、感謝してるわよ」
七罪の言葉になぜかおかしくなってしまった二人は笑う。
「え? なんで笑うの? ちょっと意味わかんないんだけどねえ!?」
七罪は不機嫌そうに問い詰めてくるが、士道はあえて無視して食事を再開した。
まさか、七罪のツンデレ的発言に笑ってしまったというわけにもいかないだろう。
四糸乃も軽く笑い終えた後、食事を再開した士道を見る。
すごく、平和な世界だった。
こんな平和が世界がいつまでも続けばいい。
四糸乃は心の底からそう思った。