神々を喰らうは亡霊 作:IKA
あれ、ゴッドイーターってこんなにむずかったっけ?
2050年初頭、北欧地域にて、旧来の生物の組成とは全く異なる生命体『オラクル細胞』が発見された。
その後爆発的に発生、増殖していったオラクル細胞は地球上のあらゆる対象を『捕食』しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生物体として多様に分化していった。
このオラクル細胞からなる脅威を、人はいつしか『アラガミ』と呼ぶようになり、現在、世界はそのアラガミによって食い荒らされていた。
既存の兵器の一切が効かないアラガミの脅威に対し、生化学企業『フェンリル』によって、オラクル細胞の『捕食』という特性を利用した生体兵器『神機』が開発された。と同時にそれを操る特殊部隊――アラガミの脅威に対抗すべく、己が身体にオラクル細胞(偏食因子)を投与した者たち――通称『ゴッドイーター』が編成された。
彼らはクライアントから提示された依頼を受注し、その任務を遂行、達成することで、その依頼内容に見合った報酬を受け取る。
依頼の内容は小型アラガミの掃討から拠点の防衛、さらには貴重なアラガミのコアの入手など多岐に渡る。
彼らはそれらの依頼、つまりは任務を達成することで生計を建てている訳だが、任務の中には接触禁忌種や群れを成した大型アラガミ群の討伐など、一般の神機使いにはどうにもならないほどの高難度の任務も存在している。そんな高難度任務の中には、人類という種が存続するためには避けては通れないほどの重大な任務も――極まれだが存在していた。
その噂が人々の間を浸透していったのは一体何時の頃からだっただろうか。
事の発端はほんの些細な出来事、とある支部が持て余していた高難度の任務がいつの間にか達成されていたことだ。
当然、その支部の人間には身に覚えがなく、データの記入ミスが懸念されたが、確認してみると依頼の内容にあった接触禁忌アラガミは確かに討伐されていた。
戦闘記録に短く記されていた依頼達成者の名前は――『Phantom』。
以来、世界各国の支部で『Phantom』の名は発見された。発見されるのは決まって各支部が持て余していた高難度任務が達成されたその時。ふと気が付いた時には実行不可能な任務が人知れず遂行されており、達成者の名前を記す欄には必ずPhantomと記入されているのだ。
一体何者なのか。
世界各国がそのPhantomの正体を探ろうと調査に乗り出した。
しかし、そんな世界中の調査もむなしく、その姿を見た者はこれまで一人としていない。故に男か女なのかでさえわからない。中には妖艶な美女だという説、屈強な肉体を持つ大男だという説を唱える者もいるが、実際にその者がPhantomの姿を見ている訳ではないので、あくまで想像の範囲を出ない。
そもそも、そのPhantomという名前が一人のゴッドイーターを指しているのかでさえ定かではない。中には極秘裏に結成された複数人の凄腕のゴッドイーターによる特殊部隊だと言う者もいるし、Phantomという名前上、アラガミに殺されたゴッドイーターたちの恨みが本物の亡霊となって、アラガミを殺しているなどという妄言を唱える者さえいる。
何れにせよ、ただ一つ、言えるのはPhantomは実在する。なぜなら今日もまた特級の高難度任務がそのPhantomの手によって確実に遂行されているのだから――。
◆◆◆
まずは体力の回復を務めなさい。
ラケル博士からそう言われたのだが、自分はいったい、どこに向かえばばいいのだろうか――。
「……」
無事に適合試験を終えた神裂アインは移動要塞『フライア』のロビーにてぽつねんと立たされていた。
深緑の制服に身を包んだフライアの職員にここまで連れてこられたのはいいが、「ここで待っていてください」と言われること早、十分。ラケル博士にはまず体力の回復に務めなさいと言われたが、このまま突っ立っているだけでは体力の回復などできるはずもない。
(まさか、ここで体力の回復をしろってことなのかな? ――ああ、そうか! あのフライアの特殊部隊ブラッドに配属されるんだったら、突っ立ってるだけでも体力の回復くらいはできないとダメって……そういうことがいいたいのかな?)
ラケル博士曰く、ブラッドは来るべき新たな神話の担い手らしいし。いや、来るべき神話っていうのはよくわからないんだけど。
しかしあの神秘的でありながらもどこか魔女のような妖艶さも併せ持つあの意味深な微笑みを向けられると、なぜかそんな疑問はどうでもよくなってくる。ラケル先生が言うなら来るんでしょ、新たな神話! といった具合に、なんとなくだが納得できてしまう。
だったら、無理矢理でも体力を回復させないと! とアインは意気込み、再度直立の態勢になる。
直立の態勢になったところで、ロビーにある受付カウンターの向こうから一人の女性が「遅れて申し訳ありません。書類の整理に時間がかかってしまいまして……」と急ぎ足でやって来た。
「ゴッドイーターならびにブラッドの適合試験、お疲れ様でした。私は、オペレーターのフランと申します。これから、あなたのブラッド候補生としての日々を全力で支えていけたらと思います。よろしくお願いいたしますね」
「……」
その言葉を聞いてようやくアインは、自分は案内人を待たされていたのだということを悟る。決してこの場所で体力の回復を務めなければならないとかそういうことではなかったのだ。
その事実にほっと内心安堵の溜息を吐きながらもアインは勢いよく頭を下げた。
「えと、はい、よろしくお願いします……!」
あまりの勢いに結ばれた茶髪のサイドテールがブンと揺れる。
そのあまりにてきぱきとした返事に、フランは『ああ、こんなに礼儀正しい娘を待たせてしまったんですね。……こんな右も左もわからないロビーにポツンと放置されて、不安だったでしょうに……』と若干罪悪感を抱きながらも口を開いた。
「遅れてきて早々に申し訳ありませんが、まずは業務連絡をさせて頂きます。あなたは適合試験をクリアされましたので、『データベース』の使用権限が解放されました」
フランと名乗った金髪をショートカットに、少しきつめな吊り目をした女性はそう言うと、アインの背後を示す。
示されるままにアインが振り向くと、そこには円形状の画面が特徴的な端末機が四台ほど設置されていた。
「あのターミナルからデータベースにアクセスすることができます。データベースにはこの世界の様々な事柄が記述されている他、倉庫に保管したアイテムなどの取り出し、神機の強化・合成等の手続きなどを行うことができます。メールなどの通信機能もあのターミナルを利用していただくこととなります」
「わかりました!」
自分が十分近くも遅れてきたことについて、文句ひとついうこともなく、にこりと満面の笑みを浮かべて頷くアインについにフランは己の罪悪感を抑えきれなくなった。
「あの……」
「なんです?」
「……本当に申し訳ありませんでした。遅れてしまって」
「いえ、そんなの! 私、てっきりこの場所で体力回復に務めるものと思っていましたので!」
「……」
なんというか……不憫だと思った。
この荒みきった世の中において、こんなにも純情な心を持つ目の前の娘はどれだけ損をして生きてきたのだろうと。
こんな、何もないロビーでひたすら待つくらいなら、他の職員にどうすればいいか聞いたり、遅れてきた自分に文句の一つ言ったりと、やれそうなことはいくらでもあるというのに。
まるで子犬が主人に待てと言われて、はっはっと舌を出してお座りして待つイメージが勝手に浮かんできてしまった。
「あの……私は本当にあなたの味方ですから。何かわからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね?」
「はい、ありがとうございます!」
そんなフランの想いなどつゆにも思わず、ただ見た目は少しきつそうだけどいい人だなーという感覚で礼を述べたアインはさっそくフランに問いかけた。
「それであの……」
「なんでしょう? どうぞなんでも聞いてくださいね」
「適合試験の後、ラケル先生に体を休めるよう言われたんですけど、私の部屋っていうか……どこか休めそうな場所ってあります?」
たしかにゴッドイーターに成りたての者は偏食因子が身体に定着するまではミッションを受けることができない。しばらくは安静にしていなければならないものだ。
彼女に割り当てられた部屋を案内しようとして……フランはある場所を思いついた。身体を休める場所としては絶好の場所を。
「部屋に案内してもいいですけど、庭園なんかはおすすめですよ」
「庭園?」
「ええ。このフライアの中には花や草木が植えられた庭園があって、人工太陽ですが、陽射しがあたたかく、落ち着ける場所ですよ」
「へぇ……いいですね……」
「庭園にはそこの階段を下った先にあるエレベーターで行けますよ」
「わかりました。早速、行ってみます」
アインは最後にもう一度、ぺこりとフランに頭を下げると、ふんふーんと今にもスキップしてしまいそうな歩みでエレベーターの方角に向かっていった。
「お気をつけて」
その後ろ姿をなんだかのどかな思いで見送ったフランは、あの娘のためにもがんばらないとと、今後の基礎訓練の日程・内容などの確認を始めたのだった。
◆◆◆
(建物の中に……お花畑がある……!)
緑豊かな花畑に、青空を映し出す美しい池。
これが建物内とは到底思えないほど優雅な造りの庭園に、アインは唖然と、思わず息をするのも忘れて見入ってしまった。
「……ぷはっ! ぜぇ……ぜぇ……」
息が苦しくなったので、否応なく呼吸することを思い出したのだが。
「すぅー……はぁ~……うん、いい香り」
何度か深呼吸を行い、仄かに漂ってくる花の優雅な香りにアインの口許には自然と笑顔が浮かんでいた。
優しい色彩に優しい湿度、リラックスするにはもってこいの場所だ。
いい場所教えてくれたな~とこの場所を教えてくれたフランに感謝の思いを述べながら、ゆっくりと歩を進めると、自分以外にもう一人、先客がいることに気が付いた。
「……」
庭園の中に一本だけある木の木陰に腰を下ろし、ぼんやりと虚空を見つめているのは一人の男だった。
淡い、金髪の髪を後ろで一つに結び。
男性とも女性とも取れる中性的な顔立ちは、綺麗という言葉をそのまま体現したかのような、それほどまでに凛々しさのある、整った顔立ちだった。
服の上からでもわかる、鍛えに鍛え抜かれた、しなやかな筋肉――。
間違いない。この目の前の男は強い。
そんなアインの視線に気が付いたのか、唐突に男がこちらに顔を向けた。
「ああ……適合試験、お疲れ様。無事、終わって何よりだ」
「え? ……ああ! はははははい!」
いきなり話しかけられ、どうすればいいのかわからずに軽いパニックに陥ったアインに男は隣の地面に腕を示す。
「ま、まあ、座るといい」
「は、はい! お言葉に甘えさせて候――」
敬語なんだかよくわからない台詞と共にシュバッ! という擬音がまさに似合いそうな勢いでアインは男のすぐ近くの草原に腰を下ろして正座した。
「……いくら草むらの上とはいえ、地面の上に正座はきつくはないか?」
「え、ああ、はい! そうですね!」
男に指摘され、アインは脊髄反射的に姿勢を崩した。
「……」
「……」
お互い、何を言うべきかわからず、あたりには沈黙が広がる。もっとも男の方は『これが新人……か。いいものだな』と何やら感慨深いものを感じているのに対し、アインは『ああああああ、絶対変な子って思われたでしょコレ!!』とパニックに陥りまくりだったのだが。
しばらくして男が静かに口を開く。
「ここはフライアの中でも一番落ち着く場所なんだ。暇があると、ずっとここでぼーっとしてる……」
「い、いい場所ですね」
「ああ、すごく気に入ってる」
「……」
「……」
再びの沈黙。ちなみにこの時もアインは『あああああ、会話が止まっちゃったよ! どどどうしよう、どうにかして話を続けないと!』と慌てているのに対し、男は『本当にここは、いい場所だ……』と改めてこの庭園の素晴らしさに感動していたのだが。
しばらくして男が静かに口を開く。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はジュリウス・ヴィスコンティ。これからお前が配属される、極致化技術開発局ブラッドの隊長を務めている」
「~~~~~~ッ!?」
隊長。
その単語を聞いたアインは理由もなく反射的に土下座態勢を取ってしまいそうになるが。
「あまり恐縮しなくていい。これからよろしく頼む」
その土下座態勢は、腕を差し出した男――ジュリウスによって実現することはなかった。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「よ……よろしくお願いします」
恐る恐る、と言ったように差し出された右手を握り返したアインを見て、ジュリウスはそのあまりの初々しさに思わず笑みをこぼしてしまう。
「ふっ」
「え、えへへ……」
そのあまりに柔らかい優しげなほほえみに釣られたようにアインも笑った。
(なんかいいな、こういうの)
上司と部下……そういうよりは仲間としての絆を感じた。
この人の後に着いていきたいと無条件に思える……まさにジュリウスという男は理想のリーダー像を持つ男だった。
「さて」
握手を交わした後、ジュリウスはゆっくりと立ち上がる。
「休んだ後でフライアをゆっくり見て回るといい」
また後で会おう。
そう言って立ち去っていく。
(ああ、かっこいいなぁ……)
アインはその後姿を惚けたようなだらしのない表情で見送った。
◆◆◆
『まず戦場で大事なのは状況把握だ。周囲を見回してみろ』
「は、はい!」
フライア内にある訓練場にて、基礎訓練課程その1を行うことになったアインはロングブレード/ブラスト型の神機を手にスピーカーの向こうから聞こえてくるジュリウスの指示に従い、周囲を見回した。
(特に何もない……)
周囲に広がるは無機質な壁に二か所の高台。
当然である。ここはアラガミの闊歩する物騒な世界ではなく、フライアの訓練施設なのだから。
『今は訓練である故に、特に何もないが、実戦ではいつどこからアラガミが襲ってくるかわからない。過去には頭よりいきなりオウガテイルが襲来し、そのまま命を落としてしまった神機使いもいた。――常に周囲を警戒する癖を、今のうちから身に着けておくんだ』
「はい!」
ジュリウス隊長指導の元、戦場での移動の仕方、戦いにおける高低差の有効性など、基礎的な訓練をアインは次々と行っていった。
『さて、ウォームアップはこれにて終了だ。次は戦い方について説明する』
「はい!」
『今、手にしているものは神機というアラガミを攻撃できる唯一の武器だ。――訓練用のダミーアラガミを一体、配置する。まずはお前の好きなように倒してみろ』
「わかりました!」
頷くや否や、訓練場に現れた、ナイトホロウという小型アラガミを模したそのダミーアラガミにアインは何の迷いもなく突進していった。
「セェイ!」
剣を引き絞り、踏み込んでからの一閃。
その一刀の下にダミーアラガミは呆気なく霧散していった。
「終わりました!」
『……』
このダミーアラガミは設定されたダメージ値を上回ると自動的に消滅するようプログラムがされている。
詳しいデータを取るためにダミーアラガミがその身体に受けたダメージを数値化し、端末に表示することも可能だ。
このダミーアラガミには500のダメージ値――要はHPが設定されていた。
今、アインは一太刀でこのダミーアラガミを屠った。ということは即ち、この少女が与えたダメージ量も500をオーバーしたのは間違いないのだが。
14550/500
表示されたそのダメージ量を見て、ジュリウスは言葉を失った。反射的に計器の異常を疑うが、計器は正常に機能している。
(なんだ、この数値は……)
一般的な神機使いの平均ダメージ値はおよそ500~1000と言ったところだ。優秀な者で1000~1200、新人となると100~500の間。ブラッドの隊長であるジュリウスでさえ、1500、良くて2000に到達するか否かなのだ。
確かに先ほどのアインの剣を見た時、鋭さがあった。
とても今日、偏食因子を投与され、ゴッドイーターになったとは到底思えないような鋭さが。
ウォームアップを兼ねていた基礎的な動きの訓練の時もとても素人とは思えない軽い身のこなしを見せていた。
しかしだからと言って、初期装備とも言えるこのクロガネ装備で、しかも威力に特化したバスターブレードによるチャージクラッシュによる一撃という訳でもなく。
ただのロングブレードによる一太刀で10000を超えるダメージを叩き出すとは尋常ではない。中型……下手すれば軽い大型アラガミなら一撃で倒せるダメージだ。もっとも、小型と比べ、中型、大型のアラガミはその分防御力も高くなっているので、一概に同じやり方で10000ダメージを叩き出せるかと言われると、そんな簡単な話ではないのだが。
とにかく言えるのは、アラガミの弱点を見極める冷静な分析力と神機の優劣などものともしない圧倒的な技量がなければ到底不可能だということ。
まぐれだと、それで片づけてしまうのであればそれまでだ。
だがジュリウスの中には確信があった。これは決してまぐれではないという。
この者は、狙って、そしてこのダメージを叩き出せる技量を持っていたという確信が。
庭園での初対面のでの時は緊張のほぐれない初々しい新米隊員だと思っていたが、その認識は改める必要がありそうだ。
(もっとも、味方なら頼りになることこの上ないのだがな)
『あ、あのー、ジュリウス隊長……? 何か問題でも……?』
「いや、すまない。少し考え事をしていた」
――次に行くぞ。
そんなジュリウスの思いと裏腹に、ブラッドとして初めての神裂アインの基礎訓練はスムーズに終わりを迎えたのだった。
神裂アイン(18)
2074年フェンリル極致化技術開発局入隊。
特殊部隊「ブラッド」所属。
メディカルチェックの結果、ブラッド特有の偏食因子に対して非常に高い適合率を有することが判明している。フライアに配属される前は極東のスラム街に身を置いていたとされている。
香月ナナとは同時期にブラッドへの配属となった。
尚、基礎訓練の段階において既に高い適応力と潜在性を感じさせており、次代を担うゴッドイーターとしての躍進が期待されている。
神機:ロングブレード・ブラスト(第三世代)