神々を喰らうは亡霊 作:IKA
2をやってからやると違和感が拭えんのだ。
「ふぅ」
基礎訓練を終え、フライアのロビーに戻ったアインは一息吐こうとベンチに座る。すると向かい側のベンチで何やらもぐもぐと咀嚼していた同年代の少女が顔を上げた。
「あ、お疲れ様ー」
猫を思わせる独特な髪形に、露出の激しいピンクの服。
いきなり話しかけられたアインはビクン! と身体をすくませ、そして辺りを見回す。自分が話しかけられたのかどうか、わからなかったのだ。
(だ、だって、もし私じゃない誰かに話しかけていて、それで反応しちゃったらかっこ悪いじゃん!?)
そんなアインの様子を見て、その内心を悟ったのか少女は朗らかに笑みを浮かべた。
「えーと大丈夫だよ。わたしが話しかけたの君であってるよ」
「え、あっ、そうですか! すいません!」
ブン! と揺れるサイドテール。
少女は「そんな謝らなくていいよー。いきなり話しかけた私も悪かったし」と言ってからアインに問いかけた。
「君もブラッドの新入生……じゃなくて、新入りの人だよね?」
「は、はい! 本日付けでブラッドに配属となりました! 神裂アインと申します!」
よろしくお願いします――!!
再度、茶髪のサイドテールをブン! と揺らしながら慌しく頭を下げたアインに少女は「お、落ち着いて」と宥める。
「私も君と同じ新入りなんだしさ、そんなに畏まる必要ないよ。あ、私は香月ナナ。よろしくねー」
「こ、香月さん……」
「ナナでいいよ。私も君のこと、アインちゃんって呼ぶし」
「ナ、ナナ……」
有無を言わさぬ少女――ナナの物言いに若干気圧されながらも、アインの内心はある種の感動に満たされていた。
(これがあの『呼び捨て』というアレかぁ……)
元より立場的に他人と話す機会がなかったアインとしては、そんなナナの
「ナナ……ナナ……かぁ……」
「どうしたの、そんなしみじみと私の名前、連呼しちゃってー?」
「えっ、いや、私、呼び捨てにし合える関係性にちょっと憧れてたから、感動しちゃって……」
「……」
アインのその言葉をどう捉えていいものか、ナナは少し違和感を覚えた。
仲間、もしくは友達同士の呼び捨てくらい、何ということはない普通に生きていれば普通に体験する出来事であろう。
しかしアインの言い分だと彼女はこれまで一度も呼び捨てなどしたことがない、というように取れる。
それはつまり、アインは今まで生きてきて一度も呼び捨てにできる仲間も友達もいなかったというわけで。
この言葉は単なる冗談なのか。
表現の仕方が少し大げさなだけなのか。
それとも、それは本当に本心からの言葉で、自分を呼び捨てにできるということが嬉しくて嬉しくて仕方がないのか。
ナナには判断できなかったが。
「……」
目の前でにこにこと、嬉しそうに笑うアインを見ていると、そんな考えはどうでもよくなってくる。
目の前の少女が笑っている――その事実だけあればいいじゃないかと思えてくるほどだ。
それほどまでに神裂アインと名乗った彼女は太陽のような笑顔を持っていた。
そんなアインの笑顔を見ているうちになんだか、自分が照れくさくなってきたナナはそんな気持ちを誤魔化すかのように食べかけのおでんパンをモグモグと頬張り始めた。
「あ、あの……よく食べますね」
そんなナナの食欲に圧倒されたかのようにアインが口を開く。
「そ、そうかな? 結構、これでフツーだよ?」
「……」
「……」
辺りには何とも言えぬ沈黙が広がる。この時、アインは『本当によく食べるんだなぁ』とただ単にナナの食欲に関心しているだけなのに対し、ナナはじぃーと純真な眼差しを向けてくるアインの視線が気恥ずかしかったのだが。
(ううぅ~、なんだかこの子、気が付かないうちにペースを掴んでくるよね)
親交を深めようと先に話しかけたのは自分のほうなのに。
妙に高まる胸の内を抑えようとナナは更にモグモグとおでんパンをハムスターのように頬張り始める。
「そ、それにさ、ゴッドイーターは食べるのが仕事だから、これも仕事の一環みたいなものなんだよ。……でしょ?」
「ああ、なるほど!」
ぽん! と感心したように手を打つアインに対し、少し呆れられるかなと思っていたナナは逆に面を食らった。
本当に、純粋すぎるというか……
「アインちゃんって、絶対に真面目すぎて損するタイプだよね」
「え! そうでしょうか!?」
「あ、誤解しないで。褒めてるんだよ」
あ、そうだ! とナナはベンチの隣に置いておいた白い大袋をがさごそ探ると。
「はい、どうぞ」
自分が食べているものと同様のおでんパンを差し出した。
「これ、は……?」
コッペパンに櫛に刺さったおでんをそのまま挟んだという、これまで見たこともない食べ物の登場に思わずアインの背中に戦慄が走る。
「お母さん直伝! ナナ特製のおでんパン! すっごくおいしいから、良かったら食べてよー」
「あ、ありがとうございます!」
戦慄が走ったアインであったが、これまで他人からこんな風に何かを貰ったことがなかったアインはその嬉しさから、おでんパンという食べ物の異形性を特に認識する間もなくソレを受け取った。
アインがおでんパンを受け取った所で「おっと私そろそろ訓練の時間だから」とナナは立ち上がると恐らくはおでんパンが詰め込まれているのであろう大袋をよいしょと担ぐ。
「行ってきまーす」
そして、振り向きざまに一言。
「残したら、あとで怒るからねー」
「あ、はい! 訓練、頑張ってください!」
そうしてロビーのベンチに一人、取り残されたアインは。
(おでんも……コッペパンも食べたことはあるけど、一緒に食べたことはなかったなぁ……)
何というか……凄い斬新なアイデアだよね、とそんな事を思いながらはむ、とそのおでんパンを口にし。
「……!!」
彼女の脳裏に雷鳴が轟いたのはその時だった。
◆◆◆
「では前回のおさらいからだ。目の前の敵を倒せ。前回より手ごわい相手だ、油断するなよ」
『はい!』
モニターの向こうで頷いてみせたアインが、今度はオウガテイルを模したダミーアラガミに向かい、突進していく。
(さて、どうなるか……)
ジュリウスはモニターを注視する。
前回のダミーは500のHPに設定していたが、今回のダミーはその百倍の50000。
昨日の一見以降、ジュリウスはひたすらこの度フライアに配属された新人、神裂アインの事について考察を重ねていた。
(フランにも再確認したが、あの時、ダメージを測定する計器に異常は見られなかった。となると、アインはあの時、本当に10000を超える途方もないダメージを叩きだしたんだ)
それがまぐれか否か。
(まず一撃では倒せない量のHPに設定した。これでたったの数太刀で仕留めるようならば彼女は――本物だ)
とその時、スピーカーの向こうから声がした。
『倒しました!』
「……!」
終了を告げるアインの言葉に思わずジュリウスは身体を硬直させる。
速い。前回ほどではないが、途方もなく速い。
これが、普通の一般的な神機使いの行う基礎訓練なのだとしたら、ダミーのHPは1000くらいにしか設定されていない訳で、少し才のあるゴッドイーターならば、たとえ新人だとしても瞬殺することも可能であろう。
表向きはアインのタイムはその才のあるゴッドイーターの新人のタイムとほぼ同タイムだ。だが、同じにしてしまえる訳がない。表向きは同じだが、その中身は全く以て違う。アインは知らないが、そのダミーのHPは50000に設定されているのだ、そんな普通に、少し才のあるゴッドイーターのように倒せてしまえる訳がない。
60312/50000。それはこの神裂アインがこの短時間に叩き出したダメージの総量だ。
そしてそのデータを基にアインが出した一太刀におけるダメージの平均値を割り出すと――15078。
「……」
もはや絶句することしかできなかった。
彼女が本物であるという確証が得られると同時に、どうしてそんなダメージが叩き出せるのかという単純かつ明快な疑問がジュリウスの頭を打った。
(神裂アイン……お前は一体、何者なんだ……?)
データベースには極東のスラム街出身とあるが、それは嘘だ。
たとえ天地がひっくり返ったとしても、つい昨日ゴッドイーターとなったものがこんなダメージ値を叩き出せるものではない。
――え、えへへ……。
不意に思い出されるは昨日、初対面の時に彼女が見せたはにかむような初々しい純真な笑顔。
その笑顔が偽りのものであるとは、ジュリウスにはどうしても思えなかった。
しかし一部隊の隊長を任されている身としては不確定要素は排除しなければならない。私情に流され、結果として彼女が黒であったとしたら取り返しもつかない後悔を生むことにもなりかねないからだ。
(……いずれにせよ、アインについては自分で調べる必要がありそうだな)
『あ、あのー、ジュリウス隊長……? 何か問題でも……?』
「いや、すまない。少し考え事をしていた」
――次に行くぞ。
そんなジュリウスの思いと裏腹に、ブラッドとして二回目の神裂アインの基礎訓練はスムーズに終わりを迎えたのだった。
◆◆◆
翌日。二回目となる基礎訓練もクリアしたアインは、昨日と同じくロビーのベンチでナナとお喋りをしていた。
(うーん、今日のダミーアラガミ、ちょっとだけタフだった気がするなぁ……)
そんなことを頭の片隅で考えながらもナナに昨日のおでんパンの思いもよらぬ衝撃について感想を述べていると何やら鼻歌が聞こえてきた。
「ふっふー♪」
頭の後ろに腕を組みながらエレベーターから降りてきたのはナナやアインと同年代の男だった。
身長は小さいが、頭に被った白い帽子にバッチのついたオレンジのジャケットにジーパンとおしゃれな出で立ちである。
かつて読んだことのあるメンズ雑誌に似たような恰好をした男の子がいたなぁ……とそんなことを思い出しながら、思わず男を見つめてしまっていると、当然のことながら男の方もアインの視線に気が付いた。
「……あれ? 見ない顔だね、君ら」
その言葉にナナが「こんにちは」と立ち上がる。それを見て、アインも慌てた様に立ち上がる。
その時、あることに思い至ったのか、男は二人を指さす。
「あっ、ひょっとして噂の新人さん!?」
「はい、これからお世話になります、先輩!」
「お、お世話になります!」
毎度お馴染みとなったアインの茶髪サイドテールがブン! と揺れ動く。
そんな彼女たちの対応に気分をよくしたのか、童顔な男の表情がぱあっ、と明るくなる。
「先輩……いいね! なんか、いい響き……!」
そしてその勢いのままベンチに座ると、得意げに腕組みをしながら言った。
「よし、俺はロミオっていうんだ! 先輩が何でも教えてやるから、何でも聞いてくれ! ――あ、その前に言っておく! ブラッドは甘くないぞ、覚悟しておけよ!」
(せ、先輩かぁ……憧れてたんだ、先輩っていう存在に!)
えへへ、とふやけたような笑みを浮かべて男――ロミオを見つめるアインをよそに、早速ナナが「はーい!」と手を挙げる。
「そのブラッドって具体的にどんな部隊なんですかー?」
「お、おぉ……い、いい質問だね!」
その言葉と裏腹に明らかな動揺が見える。
どうやら彼が想定していた質問とは異なる質問をぶつけられてしまったようだ。
「うーん、そうだなぁ……」としばし考え込む素振りを見せたロミオはやがてぽつりぽつりと説明を始める。
「ブラッドは……えーと、血の力を秘めていて……そう! 血の力に目覚めると必殺技が使えるんだ! うちの隊長なんてすごいんだぜ? どんなアラガミもズバーン、ドバーンって倒しちまうんだからな」
「へぇ、すごーい!」
(先輩かぁ……)
説明のようで説明になっていないロミオの説明に、ナナは素直な対応を見せ、相変わらず生まれて初めての先輩という存在に思いを馳せるアインは、傍の目から見ると若干危なげな笑みを浮かべたまま動かない。
「じゃあ、ロミオ先輩の必殺技ってどんな感じですか?」
隊長の必殺技が凄いと言われて連想されるであろう至極当然なナナの再度の質問に、今度もロミオはうろたえた。まさに突かれたくない所を突かれた時に見せるような表情だ。
「ば、バッカ、お前、ほら……必殺技ってのはさ、そんな、すぐに手に入るもんじゃないんだよ……」
ぽりぽりと気まずそうに頬を掻きながらそう言ったロミオは会話を切り上げるかのように「あ、そうだ!」と立ち上がった。
「今みたいな質問はさ、ブラッドを設立したラケル博士にどんどん聞けばいいと思うな!」
「じゃ、またな!」。そう言って来た時と同様、頭の後ろに手を組んだロミオはその場を立ち去って行った。心なしかそのスピードは来た時よりも速いような気がした。
「あれ……質問タイム、もう終わり? なんか、マズイこと聞いちゃったかなー?」
少し途方に暮れたようにナナがそう言ったところで、ハッ! とようやくアインが我に返る。
「あれ、ロミオ先輩は?」
「もう行っちゃったよ……っていうか、アインちゃん気づいてなかったの!?」
「え……う、うん……」
◆◆◆
ラケル博士からお会いしたいとの連絡がありました。研究室でお待ちしているそうです。
オペレーターのフランからそのような連絡を受け取ったアインは、言われた通りエレベーターに乗り、ラケル博士のいる研究所のある高層フロアに移動していた。
「あれ?」
研究室の前まで来た時、アインの視界に一人の男の姿が飛び込んできた。アインが憧れるブラッドの隊長――ジュリウス・ヴィスコンティだ。
「ジュリウス隊長、こんな所で何をしてるんですか?」
「いや、俺も少しラケル博士に呼び出されていてな。――お前もラケル博士に呼び出されたんだろう?」
「はい」
ナナとロミオはもう先に入っているぞ。
そこまで言ったところでジュリウスはさらに言葉を続ける。
「俺の方も少し話がある。外で待っているからラケル博士の用事が終わったら、また声をかけてくれ」
「わかりました。では失礼します」
『は、話ってなんだろう……?』と若干不安に思いつつもジュリウスに深々とお辞儀をしたアインはラケル博士の待つ研究所に向かった。
◆◆◆
「よく来ましたね、ブラッド候補生の皆さん。本来なら正式な晩餐会を催したいところですが……」
ラケル博士の研究室を訪れたアインはそのままロミオやナナと共に横に長い木製の椅子に座らされた。
初めにまずそう切り出したラケル博士の言葉に三人の中心に座るナナが反応する。
「あれ? ロミオ先輩も候補生なの?」
「うるさいぞナナ……!」
そんな二人の掛け合いを見て、ラケル博士はまるで聖母のような微笑みを見せる。
「ふふっ……すっかり仲良くなって、うれしいわ」
そう言われ、ナナは満面の嬉しそうな笑みを浮かべ、対してロミオは恥ずかしそうに顔を赤らめる。アインはそんな二人の様子を羨ましそうに眺めていた。
「それでね、今日は皆さんにブラッドとしての心得をお伝えしておきたくて」
「よっ、よろしくお願いしますっ!」
その言葉と共にロミオが姿勢を正す。
「ご存知の通り、アラガミによって世界は滅びの道を進んでいます。それを押し止めてきたのは、神を喰らう者――ゴッドイーター……そして今、ゴッドイーターを超えるブラッドが新たな時代を切り拓こうとしています」
「そっ、そうなんだよな! ジュリウスや俺たちが血の力で……!」
そう意気込むロミオにラケル博士は微笑みを向けた後、言葉を続ける。
「ブラッドに選ばれた者の中には、血の力が眠っています。血の力は、意志の力……血の目覚めを迎えたブラッドは、その強い感応の力であまねくゴッドイーターたちを高め、導く……」
そしてラケルは「ロミオ……」「ナナ……」「そしてアイン、ジュリウス……」とブラッドに所属するメンバーの名前を一人一人丁寧に口にして。
「皆さんは、ブラッドとして、ゴッドイーターの先頭に立ち、彼らを教導する存在なのです。今はまだ眠れる種ですが……強い願いが、強い意志の力を生み、やがて血の力を目覚めさせるでしょう」
その日を、楽しみにしていますよ……。
その言葉を最後にラケル博士は話を切り上げた。
「ラケル博士……! 俺、頑張ります!」
「わ、私も!」
「応援してるよ、アインちゃん」
「あ、ありがとう、ナナ!」
「ばっ、ばか! 他人事じゃないんだぞ! ……っていうか、俺は? 俺は応援してくれないのか、ナナ?」
◆◆◆
ラケル博士からの呼び出しも終わり、研究室の外に出ると、入る前に言っていた通り、外でジュリウスが待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「ああ」
「それで、話……とは?」
アインがやって来たことを確認するとジュリウスが話の本題を切り出す。
「いや、今期のブラッド候補生は皆優秀でな、そろそろ次のフェーズに移ってもいいと思ったんでな」
「……と、言いますと?」
恐る恐る問いかけたアインにジュリウスは挑戦的な笑みを浮かべながら言った。
「本物のアラガミを相手にした――実地訓練だ」
「ま、マジですか」
こうしてアインは明日、ゴッドイーターとして初めての任務に駆り出されることになったのだった。
ジュリウス・ヴィスコンティ(20)
2067年フェンリル極致化技術開発局入隊。
特殊部隊ブラッドの隊長であり、P66偏食因子の第一の適合者。
高い戦闘能力と迅速かつ的確な判断能力を有し、ブラッドの中で唯一『統制』という血の力に目覚めている。
また、ラケル博士の児童養護施設『マグノリア=コンパス』の出身者でもある。
神機:ロングブレード・アサルト(第三世代)