世界の終わりってのは、ある日突然やって来るものみたいだ。半年前のあの日、それは突然やって来た。
俺、
・
「嫌な夢…」
目覚めたばかりのぼんやりとした目で俺は男子寮の天井を見上げていた。そう言えば今日は武偵校の始業式だっけ。半年前にあんなことがあったというのに時間は変わらず流れていく。なんだか心がモヤモヤする。
「もういい、考えるのや〜めた」
兄貴が死んでからの口癖、心のモヤモヤをマシにする魔法の呪文を唱えて俺はベッドから出た。5分と掛からず制服に袖を通すと机の引き出しを開けた。SIG P230と手錠。拳銃などの武器は武偵の必需品だ。携行が義務付けられている。しかし…
「いらね」
俺は引き出しを閉めて鍵をかけた。
さて、飯食って学校へ行こうかな。そう思った矢先のこと、俺の部屋のインターホンが慎ましく鳴った。
「しんちゃん?」
ドアの向こうから女の声がして心臓が跳ねた。やつに居留守は効かない。覚悟を決めよう。俺はドアを開けた。
「しんちゃん、おはよう新学期だね」
「しんちゃんコンビニ弁当ばかり食べてるでしょ。それじゃあ健康に悪いと思って…じゃん」
そう言って白雪が取り出したのは大きなお重である。本来ならば正月くらいしかお目にかからない代物だ。
「これはいったい?」
「しんちゃんの健康を考えて作ったお弁当だよ。一緒に食べよう」
「うん…」
思いが重い。ダジャレじゃない。本当にそうなんだ。
家に上がった白雪は慣れた手付きでテーブルにお重を広げた。詰め込まれたおかず達は白雪の気持ちと同じくらい胃がもたれそうだった。
「ごちそうさまでした」
空になったお重を前に俺は手を合わせた。「お粗末様でした」白雪は答えると洗い場へ行った。今までなんだかんだやっているが学校へ行く時間にはまだ早い。俺は静寂に耐えかねてテレビを付けた。
『またしても“どんより”と“機械生命体”による被害が確認されました』
一番に映ったテレビのニュースに俺は思い切り舌打ちする。まったく間の悪い。今朝の夢の後にこれか!
「怖いよね…」
洗い場から出て来た白雪が呟く。
「私達と同じ東京武偵校の生徒も被害にあってるんだって」
「へえ…あっそ…」
興味のないフリを装う。武偵の仲間、それも同じ学校の人間が被害にあっている。見過ごせない。でも、無理だ。半年前俺はそれを総身に刻まれた。
「放っておけよ。誰も何も出来やしない」
「しんちゃん、変わったね…昔は…」
「やめろよ!幼馴染みだからって何でも知ってるみたいに言うな!」
言い終わってハッとなった。
「ごめん…先に行く」
白雪に鍵を投げて、俺は逃げるように自室を飛び出した。外の空気を浴びたい。時間が余っているのを良いことに俺はいつも使うバスを使わず自転車に乗った。この選択があんなことになるなんて、この時は知る由もなかった。
・
ビルの屋上からピンクの髪の少女がお台場の街を見下ろす。
「ねえ、見つかるかな。戦士“ドライブ”」
その問いに答えたのは彼女の腰にぶら下げたホルダーにはまった赤いミニカーだった。
『見つからなければ困るよ。ドライブの力が無ければ我々はイ・ウーに勝つことは出来ない』
「わかってる!だけどもしもの時は私1人でも…」
『アリア…』
少女アリアはギリギリと拳を握り締める。そんな時だった。
『これは!重加速だ!』
赤いミニカーが叫ぶ。アリアはビルからパラシュートで降下した。
・
「何だよ、これ…?」
目の前に広がる光景に俺は唖然としていた。自転車で武偵校へ向かう途中、件のどんよりが発生して俺は派手に転んだ。泥の中にいるように重い首を動かして周囲を見るとジャージを着たジョギング中の男が機械生命体に首を掴まれ、白目を向いている。その皮膚が赤鬼のように赤く変色していく。
半年前のあの光景が蘇る。足が震える。自分の危険にじゃない。俺が何も出来ないことが怖い。
「やめなさい!」
俺が震えていると空から女の子の声がした。武偵校の制服を着たその子は着地と同時にパラシュートを外すと二丁のガバメントで機械の怪物を撃った。
なぜあの子はどんよりの中で普通に動ける?頭に疑問が浮かぶが、すぐにそれどころじゃなくなった。女の子のガバメントが怪物にダメージを与えられず、気だけを引いた。怪物は変色した男を放り投げて今度は女の子にターゲットを移したのだ。
「くっ!あああっ!」
怪物は女の子の殴打する。女の子は力負けしたされるがまま、俺はそれをジッと見ていた。見ていることしか出来なかった。
“許せない”
やつらに対する意識がそれに変わると俺の鼓動が速まった。
「もう考えるのはやめた…」
気付くと俺はどんよりの中走り出していた。
「うおおおおおおお!」
叫び声をあげて俺は怪物に組み付きに行く。だが怪物は俺が到達する前に俺の足元に光弾を放って俺を爆風で吹き飛ばした。
「うわっ!」
フワリ、スローモーションで俺は宙を舞う。
『その熱い魂、君なら超人になれる』
空中でそんな言葉が聞こえた。その瞬間、俺のどんよりはなくなり通常のスピードで地面に落下した。
「痛て!…どんよりがなくなった?」
『それは私の力だよ』
俺の手にいつの間にか握られていた赤いミニカーが言う。ミニカーが喋った。そんな疑問は削除する。多分遠隔で誰かが声を吹き込んでいるのだろう。それよりもだ。
「超人ってなんだ」
『戦士ドライブ。機械生命体“ロイミュードに唯一対抗しうる者』
「俺はそれになれるのか」
『ああ、ドライブの力があれば重加速の中を自由に動きやつらに追い付くことができる』
ロイミュードにやられ変色して倒れた男を見た。今やられそうな女の子を見た。そして最後にあの日散った兄貴のビジョンを見た。
「もういい、考えるのはやめた!やつらに追いつけるなら、俺は走り出してやる!」
『OK』
赤いミニカーがそう言った瞬間、俺の周りに宙に浮く道路が形成された幾つものミニカーがそこを走って来るかと思うと俺の手元にベルトを投げ渡した。
『私を腰に巻け』
赤いミニカーと同じ声でベルトが喋る。恐らくこれが本体なのだろう。言われるがままベルトを巻くと俺の左手首にブレスレットが出現した。ここからどうすれば良いか俺には手に取るようにわかった。ヒステリア・サヴァン・シンドローム。俺の家族遠山家の男に代々受け継がれている物だ。個人によって様々だが、俺の場合、俺の心が熱い正義に燃えた時、脳の働きが何十倍にもなる。
『私のキーを…』
ベルトが言い終わる前にベルトのキーを回す。するとノリの良い待機音が辺りに響く。俺は赤いミニカーの後部を回転させてレバー状に変形させると左手首のブレスレットに装填し、レバーを入れた。
『drive!type・speed!』
ベルトが叫ぶ。音楽とともに俺の体に真っ赤な装甲が装着された。それと同時に真っ赤なスポーツカーが走って来て、そこから発射されたタイヤがタスキのように俺にかけられた。
「何だお前?」
変身時のうるさい音楽でロイミュードが女の子を責めるのを止めてこちらを向いた。
「悪いが俺も初乗りだ。だから、ひとっ走り付き合えよ」
ロイミュードにそう言うと俺は腰を落として駆け出した。
「ちっ、やれ」
突然俺の前に二体のロイミュードがやって来た最初のやつと合わせて三体。だが負ける気はしない。
「はっ!やあっ!」
柔術で相手の攻撃を捌き、ガラ空きになったところに打撃を打ち込む。
「こいつ強い」
ふん、俺は鼻で笑って手首をスナップする。すると最初に出会った029のナンバーを持つロイミュードが俺に光弾を放って来た。
「うわっ!」
直撃をもらって吹っ飛んだ俺に追い打ちをかけるように今度は三人で飛道具による攻撃が放たれる。
「やばい!」
『シフトレバーを入れて加速しろ!』
ベルトから命令されるまま俺はブレスレットのレバーを三回入れた。
『spspspeed!』
ギュイーンという音がしてタスキのようにかけたタイヤが回転する。俺は駆け出す。さっきよりも数段速いスピードで敵の飛道具を躱す。そして一気に距離を詰めるとその内の一体に連続パンチを放った。百烈拳、そんな言葉が似合う猛烈なラッシュに029のナンバーを持つロイミュードがたじろぐ。
『とどめだシフトブレスの赤いボタンを押せ』
「よし」
『ヒッサーツ!フルスロットル!speed!』
タイヤ状の幻影が029を挟み込むと同時に俺と029の周囲を赤いスポーツカーが走り回る。俺は一度029に背を向けてからジャンプして車を蹴った。その反動で029を蹴り、また反動を利用してまた車を蹴る。ピンボールのように跳ね回って敵を蹴り続けた。
「やあああああ!」
一番力を込めた蹴りが029のボディを砕く。足裏から火花を散らして止まると俺は背中で敵の爆発を感じた。
「あ、逃げろ!」
リーダーがやられたからかお付きの2体が逃げ出す。馬鹿みたいに速くて姿を見失ってしまった。
「くそ、逃がしたか」
『いや、上出来だ。good job』
その言葉を慰めに俺はブレスレットからシフトレバーを抜いた。装甲が散って俺の変身は解けた。
「あ、あんた…」
女の子の声がした。その方に目をやるとピンクのツインテールの小柄な女の子、さっきパラシュートで降下してきた女の子が立っていた。
「君、大丈夫?俺の方は、ロイミュードだっけ、一体は倒せたけど二体ほど逃した。襲われてた男の人はどう?」
「それなら問題無いわ変色は元に戻った。念の為病院行くって1人で歩いて行ったわ」
「良かった」
本当に良かった。兄貴が死ぬ前の正義に燃えてた感覚を思い出せたような気がした。そうだ、この感覚が好きで武偵になろうと思ったんだ。
「大事な事を思い出せたような気がしたよ。ありがとう」
俺はそう言ってベルトとミニカーを彼女に渡すと、何も聞かずに再び自転車に乗った。余裕があったはずの時間は遅刻ギリギリにまでなってしまっていた。
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東京武偵校の校舎裏
029という数字がまるで生き物のように地を這っていた。これは先程ドライブに倒されたロイミュード029のコアであった。
「情け無い姿だねあんた」
それを見下ろすように声がかけられる。029は何も答えずへたり込む。声の主は大きくため息を吐くとそっと黒いミニカーを取り出した。
「死ぬんじゃないわよこの地であんたらの進化を手伝うのがイ・ウーから命じられた私の仕事なんだから、相手が誰であろうと必ずリベンジしなさい」
ミニカーのフロントが光る。029という数字がミニカーに吸い込まれていった。
・
今日はなんて日なんだろう。
目の前の光景に俺はまた目を見開いていた。始業式も終わり、教室で新しいクラス担任と顔合わせを済ませると担任が言った。
「転入生を紹介します」
そう言うと担任は扉の向こうの人間に合図を出す。現れたのは今朝のピンク髪の女の子だった。
「神崎・H・アリアよ」
そう名乗った彼女は席に着いている俺を見つけるとバッチリと目を合わせて言った。
「見つけたわ、遠山進之介。アンタ私のドレイになりなさい」
それが俺の戦士ドライブとしての戦いの日々の始まりだった。