Tales of Twilight~黄昏が真実を告げるRPG~ 作:乙姫 凪紗
数日後の朝。
アライストの姿は登山道の入り口にあった。
神殿から件の森に向かうには、どういうルートを行くにせよまずはこの険しい山脈を越えなければならない。
数多くの巡礼者が訪れるからか、登山道には煉瓦が敷き詰められており、歩道も整備されていた。
「誰がやってんのかしらね、ここの整備。まさか、これも騎士団が管理してるとか?」
「そのまさかです!」
背後からの声に振り向くと、そこには聖堂騎士団の正装に身を包んだナリュアの姿があった。
アライストはというと、そんなナリュアとは対照的に赤い僧服。これは彼の普段着でもあった。
「随分な気合の入れようじゃない。……たかが調査でしょうに」
「たかが調査、されど調査!真面目にやる!」
鼻息荒く言うナリュアにアライストはやれやれと肩を竦める。
旅立ちを祝福しているような快晴。それに色を添えるのは教会から鳴り響く鐘の音。
ナリュアの首から下がっている深い緑のアミュレットが太陽の光を照り返して地面に淡い影を映していた。
「いい天気だねー」
「そうね」
このままピクニックにでも出かけられそうな陽気の中、二人は登山道を真っ直ぐに王都方面へと進む。途中ボアの群れに遭遇したが、アライストがまとめて消し炭にしてしまったので事なきを得ていた。
登山道を抜けると、見渡す限りの草原が広がっていた。
見晴らしが良いまっ平らな大地をピヨピヨやプチプリが我が物顔で通過していく。
敵意は無いらしいが、目の前でチラチラと影が横切っていくのはさすがに背筋のあたりがむず痒くなる。もちろん、鬱陶しいという一言で。
「さ、もう少しで目的地だよ!」
登山道の出口から見て西寄りにある巨大な都市、それこそが首都ヴァスパーニュである。
東にあるイレド山は代々のヴァスパーニュの統治者(つまるところが国王であるが)が試練を与えられるという伝承が残る山であり、有事の際以外は立ち入りを禁じられている。
ともかく、彼らの目的地はこのヴァスパーニュであった。
「何でこっちがわざわざ迎えに行かなくちゃならないのかしら。依頼人ならこっちに出向くくらいの甲斐性を見せて欲しいわ」
「首都で装備を整えろってことなんじゃないかな?ほら、首都の方が装備の品揃えも豊富そうじゃない」
「準備、ねえ」
確かに装備を整える時間は必要であるし、どのような魔物が巣食っているかもわからない中闇雲に突き進んだところで結果は見えていることだろう。
しかしながら。そういったものは前もって準備をするべきものであるし、王宮に仕える身であるならその重要性は理解しているものではないのだろうか。
アライストの中でその疑問はぐるぐると巡っていた。
「わあ……!」
ヴァスパーニュの城下町は多くの出店と人でごった返していた。
港が併設されていることもあって、他国から入ってきたものもあるのだろう。ナリュアが目を留めたのはエマナ鉱石を使ったアクセサリーの露店だった。
それにチラリと目をやったアライストの顔を見て露店の主人は『おや』と首を傾げた。
目が合った瞬間、アライストはぎょっと目を見開いて顔を逸らしたが時はすでに遅かったらしい。店主は親しげにアライストに声をかけていた。
「あれ、アンタ……ラティアラドさんの」
「行きましょ、ナリュア。向こうを待たせちゃ悪いでしょ」
その場から逃れるように突如腕を引かれてナリュアは店主とアライストを交互に見ていたが、彼女が何かを言い出す前にアライストがナリュアを引っ張って歩き出してしまっていたため、結局何も聞けないまま城門前まで来ていた。
「確か、待ち合わせはこのあたりのはずなんだけど」
「なぁによ、待ち合わせするってのに特徴も聞かなかったの?相変わらず間抜けね、アンタって娘は」
本日何度目になるかわからないため息と共に辺りを見回すが、それらしい人物は見当たらない。城門を警備している兵士は何人か見たものの、ナリュアが言う銃士は到着していないようだ。
「私たちと歳は変わらないくらいだって言ってたけど……うーん、どこかなあ」
「あんたらが教会から来たっつう騎士さん?」
ナリュアの背後からにょっきり生えた影は、二人を見るなり遮光性サングラスの奥で瞳を細めた。
その出で立ちは王宮仕えとは思えないほどに軽装の男だった。
背に双剣、腰に双銃を携えていたが、一見しただけでは彼が件の銃士だとは気が付かないだろう。
「俺はフォルヘイム。フォルヘイム・リュー・ヴァインレーベ。アヴェルの森の調査に同行させてもらうぜ、よろしくな!」
このフォルヘイムという男は見た目通り軽薄な語り口の人物だった。
よく言えばムードメーカーというべきなのだろうが、アライストからすればただの喧しい男という印象しかなかった。
「へえ、その若さで団長補佐!エリートさんってこと?」
「ううん、騎士団長がおじいちゃんだからね、その七光りだよ」
「ふぅん。それでもその立場に見合うようにって努力を惜しまないことはいいことなんじゃないかな?」
他愛もない話でナリュアとの親交を深めていくフォルヘイムだったが、なぜかアライストには関わりを求めてこなかった。
本人はそれで都合が良いのだが、どうにもフォルヘイムの行動には裏があるような気がしてならないのだ。
「フォルヘイムはアライストが苦手?全然話しかけにいかないけど」
さすがのナリュアも気づいたのか、そう問いかけて首を傾ぐ。
「いいや、苦手ってわけじゃないさ。先の大戦の英雄様だからな、緊張してんの」
その視線は真っ直ぐにアライストを射抜いていたが、先頭を歩いていたアライストは気にせずに歩みを進める。
「先の大戦って……トルイド戦役のこと?」
「ああ。その大戦でトルイドオオカラスを討伐したのが赤毛の騎士だったって話、聞いたことあるだろ?」
トルイド戦役。それはこの世界に生きる者ならば知らない者はいないものだった。
十年前、突如トルイドの中心部である『トルイド境界線』に魔喝モノが出現した。
世界各地から精鋭が派遣され、魔喝モノ『トルイドオオカラス』の討伐隊が結成され、二年に渡り戦が続いた。
その部隊を率いていた人物のことは明言されていないが、大戦から生還した者の話によれば年若い赤毛の騎士であったということらしい。
「それがアライストだっていうの?」
「違うのか?」
「違うわよ。アタシ、その大戦には行っていないもの」
特徴は似ているのだと唸るフォルヘイムには目もくれず、アライストはヴァスパーニュから真っ直ぐ北を目指していた。目的地は依頼があったフォトレイトの村だ。
「何でアヴェルの森に直行しねーの。その方が手っ取り早く片付くだろ?」
「バカね。魔喝モノの詳細も知らずに突っ込んだら無駄死にするだけでしょうが。仮にも銃士なんだからそれくらい考えなさいな」
ヴァスパーニュを出発してから随分と時間が経っていたようで、フォトレイトに着く頃には日暮れが近くなっていた。
情報収集は翌日に回すことにして、一晩を明かすこととなった。