Tales of Twilight~黄昏が真実を告げるRPG~ 作:乙姫 凪紗
翌朝。三人は村を回ってアヴェルの森に巣食う魔喝モノについての情報を集めていた。
村人全員が口をそろえて言うのは、誰も魔喝モノは見ていないが、夜中になると獣ではない何かの声がするというものだった。
恐らくは森が生息地であるということから、その場所に特化した進化を遂げた魔喝モノであろうと推測される。
だとすれば、有効とされるのはアライストが操る炎の魔術であるが、
「理屈で言えばそうだけど、本当に奴の弱点が炎とは限らないわよ」
というアライストの一言で作戦は止む無く練り直しとなった。
「でも、元が樹や草なら炎も多少は効くんじゃないかなあ」
宿の食堂のテーブルに着くなりそう切り出したのはナリュアだ。
「――そうかもしれないけど、アタシが加減を少しでも間違えたら森林火災よ?」
運ばれてきたサラダをつつきながらアライストが言うと、分厚いポークステーキを切り分けていたフォルヘイムは「そういうもんなのか?」と首を傾ぐ。
「アンタやナリュアは術師じゃないからわからないだろうけど、魔喝モノが支配する場所っていうのはエマナ粒子の濃度が不安定になりがちなの。そんな中で中途半端な術式組み上げたりなんてしたら……」
「したら?」
「……良くて小規模な爆発、最悪の場合はそこら一帯が吹っ飛ぶわよ」
鬼気迫るアライストの声に、ソースをたっぷり絡ませたパスタを巻いていたナリュアの手が止まる。
魔喝モノが出現した場所のエマナ粒子濃度が不安定になるという記述が文献に残っていることは知っていたのだが、アライストが言うような弊害まで起きるとは予想外だったらしい。
「まるで見てきたように言うんだな」
フォルヘイムがステーキが突き刺さったままのフォークを向けて言うと、
「昔実験したことがあるだけよ」
と肩を竦めて皿に残っていた人参を口の中へ放り込んだ。
ナリュアはといえば、とっくの昔にパスタは消化しており、デザートのババロアをつついているところだった。
「呑気ねえ、アンタって子は……」
「だあってえ!アライストの話難しいんだもーん!」
その後、アライストが掻い摘んで説明したおかげでナリュアもアライストの言わんとすることの三分の一程度は理解できたのだった。
「で、どうするよ?まさか魔喝モノに喧嘩売りに行くわけじゃないだろ?」
村が一望できる広場で農作業に勤しむ村人の姿を眺めながら言うフォルヘイムは、時折森の方を眺めてため息を吐いていた。
「……アタシとしても、それは遠慮したいところではあるわね」
「え、じゃあ調査どうすんの?」
きょとんとしたナリュアに、アライストはまた眉間に皺を増やす。
彼女の言動に頭を痛めたわけではなく、とりあえず形だけでも調査をしなければならないという面倒事を思い出したからだ。
「あー……やっぱ行かなきゃダメっぽいぜ」
「――……どうやらそうみたいね」
顔を見合わせたフォルヘイムとアライストは揃って渋面になったが、ナリュアだけは森の方を真っ直ぐに見つめて決意を固めていた。
「それで?いつ行くの?私は今からでもいいよ!」
時刻は昼を少し回った頃。森に赴くには問題のない天候であるが、如何せん二人の男は乗り気ではなかった。
「……とりあえず、行っとくか?」
「…………そうね」
半ば押し切られた形ではあるが、三人はアヴェルの森へと出立することとなった。
無論、万全の態勢を整えた上で、である。
アヴェルの森は、自然が保たれており動植物も生態系を壊さない程度に保護されている豊かな森だ。ただ、その分見通しが悪く、魔物の不意打ちに遭いやすいという不便さはあるのだが。
「熊とか出そうだよね」
「俺らが退治すんのは熊じゃなくて魔喝モノだけどな」
村の住人が狩場にしているだけあって魔物の数は少ないが、それでも魔喝モノが潜んでいる可能性があるため三人は慎重に歩を進めていた。
「……おかしいわね」
数十分森を歩き回った辺りでアライストがふと呟く。
「おかしいって、何が?」
休憩と称して大きな木の根元に腰を降ろしていたナリュアとフォルヘイムが怪訝な顔をしているアライストを見上げるが、彼はそれにはお構いなしでウロウロと落ち着かない様子でその場を行き来していた。
「エマナ濃度の乱れが全くと言って良いほど無いのよ。……魔喝モノが居るっていうなら多少は配合が変わったりもするんだけど……」
懐から懐中時計のような機材を取り出して辺りに翳し、その変化を見るなりアライストは眉を寄せた。
その文字盤にあたる部分は赤のグラデーションから全く変化がない。この近辺のエマナ濃度が安定している証拠だ。
「へえ。……そりゃあ確かに妙な話だな」
サングラスで見えないが、フォルヘイムも神妙な顔をしてその場から腰を上げる。
それに釣られるようにナリュアも立ち上がって辺りを警戒しだした。
「え、ってことは、魔喝モノ居ないの?」
「……そう願いたいものだけどね」
何度辺りを見回してもそこに広がるのは鬱蒼と生い茂る木々とそこに住まう動物たちのみで、至って平和な森でしかない。
しかし、村人はここに魔喝モノが居るという。
アライストは妙な違和感を感じ始めていた。
村に着いたアライストらを歓迎するでも追い払うでもなく、旅人として迎え入れた村人の反応といい、魔喝モノが目と鼻の先に存在するかもしれないというのに平然と日常生活を勤しむ姿もどこかおかしい。
「……何もないならそれに越したことはないわ。もう帰ってもいいでしょ?」
「へ?」
はあ。とアライストが息を吐くのとナリュアがポカンとして彼を見るのと、その背後で轟音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
「な、何?!」
「こ、こりゃあ……たまげた」
「……随分と、上手く擬態したもんだわね」
振り返った三人は揃って『それ』を見上げて顔を引き攣らせた。
つい先ほどまでナリュアたちが背を預けていた大木が突如その根を動かして彼らに向かってきていたのだ。
「え。ええええ!?」
「ちょっと、どういうことだよ、これ!」
「アタシが聞きたいわよ!」
三者三様の反応を示しながらも、三人は臨戦態勢を取っていた。
術師のアライストを庇うようにフォルヘイムとナリュアが前に出る布陣で迎え撃つも、そのあまりの巨大さに圧倒され決定打となる一撃を見舞えずにいる。
「アライストー!これ、魔喝モノじゃないんでしょー?!魔術でパパッとやっつけてよー!」
「簡単に言ってくれるわねっと!!」
枝を鞭のようにしならせて地面に叩きつける寸前で飛び退きながら隙を窺うが、息をつかせぬ攻撃にそれすらもままならない。
「魔人剣!」
ナリュアが放った剣圧は数本の枝をそぎ落としたが、魔物の猛攻は止まらない。
それどころか激昂した魔物はさらに枝を薙ぎ払うようにして多段攻撃を仕掛ける始末だ。
「ちょっと?!ナリュア!あんまりそいつを刺激しないで頂戴!」
「そんなこと言われたってえええええ」
まるでイノシシのようだ。とアライストは思っていた。
退く素振りは見せず、ただ前へと押し進む。猪突猛進とは正にこのことだろう。
「どれくらい時間稼げば何とかなりそうだ?」
木から木へ飛び移りながらフォルヘイムが問うと、縄跳びのように薙ぎ払いを避けていたアライストは暫くの間を置いて
「何とかって、どの程度?」
と問いを返す。
「そうだな、こいつを大人しくさせる程度……かね。出来れば森林火災にならないように頼みたいんだが?」
「ったく、注文が多いったらないわね!最低五分!それだけ稼いでくれれば十分よ!」
「任せろ。ナリュア!行くぞ!」
「え。あ、う、うん!!」
トン、と地を蹴ったフォルヘイムとナリュアがそれぞれ回り込むようにして反対方向に走り出すのと同時にアライストは赤いエマナ鉱石の欠片を地面に放る。
そこからエマナ粒子を抽出し、幾重にも円を重ねて魔方陣を描いていくのだ。
エマナ術師は魔方陣を描く間は無防備になる。それ故に単独で戦うことは少ない。
「水牙双連!」
双剣を振るうフォルヘイムの刃は水のエマナ粒子でコーティングされているようで、実際の刃渡りよりも可動域が増している。それをブーメランのように振りぬくと、増やした分の刃が魔物の枝を纏めて刈り取る。
「風追牙!」
それに追い打ちをかけるのはナリュアの放つ剣圧の刃だ。鎌鼬のように鋭く研ぎ澄まされた剣圧は魔物の眼を射抜いた。
声なき絶叫を体現するように身をくねらせる魔物はその場で地団太を踏む。
「ナイス、ナリュア!おい、アライスト!まだか!」
「……良いわ!二人とも退きなさい!」
幾何学模様が浮かぶ赤い円の中心で、アライストが叫ぶと同時に二人は逆方向に飛び退く。
目の前には縦横無尽に枝を振り回す魔物。遮蔽物は魔物自らがなぎ倒しているためほとんどない。
「炎よ、我を守護する意志よ、輪を描け、鎖と成せ、我、汝の開放を望むもの!『ヴォルカニック・チェーン』!!」
アミュレットを弾いたその瞬間、魔法陣の中心、つまりアライストが立っている場所から、燃え盛る鎖が伸びて魔物を雁字搦めにする。
こうなってはさすがの魔物も手も足も出ないようで、根のような足をばたつかせる他に抵抗する術は無かった。
「今よ!」
「おう」
「わかった!」
ぐ。と鎖を引き込み、魔物が倒れ伏したところへフォルヘイムが刃を突き立て、ナリュアがそれを切り刻む。
かくして、巨大な樹木の魔物は僅かな焦げ跡を残して絶命したのだった。