Tales of Twilight~黄昏が真実を告げるRPG~ 作:乙姫 凪紗
「どういうことよ!」
巨大トレントを討伐して戻ったアライストは、村長の家に押し入るなり開口一番で怒号を発した。
「どういうこと、とは……」
「えっとですね、結論から言うと、魔喝モノは居ませんでした」
「代わりにトレントのデッカい奴が居ただけだったぜ」
その残骸を引き摺ってきたフォルヘイムが肩を回しながら言うと、村長は「そうですか」と一言返すのみであった。
「で?何でアレが『魔喝モノ』だと思ったわけ?」
幾分か怒りが収束したらしいアライストの問いに、村長はおずおずと事の顛末を語りだした。
「いや、教会の使いの方がですな、『アヴェルの森に魔喝モノが出現したので封鎖する。魔喝モノが感づいてはいけないので、通常通りの生活を送るように』と通達をしていきましたのでな」
以来、彼らはアライストらが訪れるまでアヴェルの森には立ち入らなかったのだという。
「ねえナリュア。アタシ何だか嫌な予感がするんだけど」
「アライストも?実は私もなんだよね」
二人の脳裏を掠めたのは、王都でも度々話題に上がった「あの事件」の事だった。
「あの、村長さん。これ、なんですけど」
「ああ、この人ですよ。その神官様は!」
そろりと前に進み出たナリュアは懐から一枚の手配書を取り出した。
そこには件の「偽神官」と思われる人物の人相書きがあったのだが、それを見た途端に村長は顔色を変え、ナリュアとアライストはガクリと脱力した。
「やっぱり」
「偽神官はこんなところにも立ち寄ってたんだね!」
片や憤慨し、片やため息を吐くという両極端な反応に村長も戸惑っていたようだったが、二人がフェルドナーダ大神殿に仕える正規の神官であり、先に村を訪ねた神官は今世間を騒がせている偽神官なのだと告げると「そうでしたか」と神妙な顔になった。
「それで、奴さん次はどこに行くかは言ってなかったのか?」
「確か、神官様はティランドに向かうと言っておられたような……」
それを聞くや否や、フォルヘイムは荷物から筒状の紙を取り出して机に広げだした。
机の半量以上を占領した紙――それは世界地図だった――は数年ほど古いもののようだったが、現在と地形もあまり変わっていないため、それでも十分に道のりを確かめるには足りる。
ナリュアとアライストが机の周りに着いたのを見届けたフォルヘイムはフォトレイトから西にある大陸を指した。
「ここがティランド。一応こっちとは同盟国だが、俺たちがあっちに渡ったところで良い顔はされねえだろうな」
ティランドとヴァスパーニュは書面上は同盟国の盟約を結んでいるが、お互いに緊迫した状況であり、渡航の便も数えるほどしか運航されていないのが現状だ。
そんな土地に単身乗り込むともなればあちらも警戒してくるに違いない。
フォルヘイムはそう見ていたのだ。
「でも、偽神官を捕まえなきゃ、もっととんでもないことになるかもしれないんだよ?だったら行かなきゃ!」
その前提をもろともせずにただ前を見ているナリュアには迷いなどなかった。
ただ一人、アライストはこの間も黙ったままティランド周辺の地図を睨んでいた。
「アライスト?」
「どうした?」
「……もしかしたら、だけど。協力してくれるかもしれないヒトに心当たりがあるわ」
漸く発した言葉はナリュアらにとっては渡りに船とも取れるものだった。
「え。誰なの?誰なの?」
「おま、そういうことは早めに言えって!で、誰なんだ?」
矢継ぎ早に放たれたのはどちらも似たようなもので、アライストはこの三人で行動するようになってから何度目かわからないため息を吐いた。
「ダーロア・レイヴァフォルオ。ヤーマイルの森に住んでる偏屈ジジイよ」
ヤーマイルの森とは、ティランドへ向かう運河を覆うように群生する密林の総称であり、ある種ティランドへの抜け道とも言える場所である。
ただし、魔物も数多く生息しているため近づく人間など居ないのだが。
「そんな場所に住んでるお爺さんかあ……どんな人なんだろ」
「筋骨隆々なスゲー爺さんだぜ、きっとな」
好き勝手な妄想を繰り広げる二人を尻目に、アライストは浮かない顔で暮れはじめた空を眺めるのだった。
翌日の昼、アライストとナリュアの姿はヴァスパーニュからほど近いゲーヴェル港にあった。
というのも、そのまま村に一泊した彼らの下にヴァスパーニュから使者が訪れ、偽神官追跡の命が下されたのだ。
恐らくは事前にフォルヘイムが報せを寄越していたこともあったが、国王付きの銃士とはいえ、フォルヘイムは末席であるため国外へ出る許可も下りたのだろう。
そのフォルヘイムはと言えば、船の手配をするために席を外していた。
「アライストさ、もとはティランドの出身なんでしょ?前にそう言ってたの思い出したよ」
「……そんなことも、言ったかしらね」
その話をしたのは入団直後の頃だっただろうか。とアライストはぼんやりと思い返していた。
その思考を遮ったのは例のごとくフォルヘイムの声だった。
「よう、お二人さん。無事船が手配出来たぜ。行先はシェアナブラ港だそうだ」
「シェアナブラって、あの学業都市シェアナブラのこと?」
シェアナブラ。その地名はあまりにも有名だ。エマナ術学の第一人者である教授が数多く在籍し、その後継者を育成する機関が備わっている土地である。
現在のエマナ魔術の基礎はそこで確立されたと言っても過言ではないとの見方も出るほど、その技術は目を見張るものがあるのだ。
「そう。で、出発はいつなの?」
「一時間後だとさ。お互い準備もあるだろうし、一時間後にここってことでどうだ?」
「ええ、良いわよ」
各自準備を整えるべく、三人は方々へ散って行った。
一人海岸沿いを歩いていたアライストはヴァスパーニュの旗を掲げる客船を見上げていた。正確に言えば、その客船の上に広がる空であるが。
「…………ティランド、久しぶりね。あの日以来だわ……」
両目を細めて言うその声は、普段の彼とは雲泥の差であった。
日の光に照らされて地面に淡い色を映すアミュレットの影は頼りなさげに揺れていて、それは彼の心境を表しているようだった。
「……もしかしたら、向こうで会えるかも……しれないわね」
ひっそりと呟いた言葉は波の音に混ざってしまい、その場に居た人間は聞くことはなかった。
時間ピッタリに揃った面々は各自準備を整えたようだった。
ナリュアは消耗アイテムを補充し、フォルヘイムは当面の必要経費として幾何かのガルドを実家からせしめてきたらしかった。
アライストは散歩がてらエマナ粒子を携帯用の装置に満たしていたようだ。
「ねえ、アライスト。それ何に使うの?」
装置を目ざとく発見したナリュアが問うと、アライストはチラリとそれに視線をやった後に
「これはもしもの時のためにね。慣れ親しんだエマナ粒子の方が扱いやすい時もあるのよ」
とだけ答えた。
エマナ術師の間では最早常識となっている『エマナ粒子』の扱いであるが、術者ではないナリュアやフォルヘイムには馴染みのないものなのだろう。二人とも顔を見合わせて首を傾げている。
そんなやり取りをしている間に、出向の準備が整ったらしく、船が豪快に汽笛を上げた。
「よおし!今度こそ偽神官を捕まえてやるんだから!」
「その前にはしゃぎすぎて海に落ちないで頂戴ね、流石のアタシもそこまでフォローしてあげらんないわよ」
「ははっ、やっぱりあんたらと一緒だと退屈しなさそうだぜ」
かくして、彼らは次なる目的地に向かって港を後にしたのだった。