Tales of Twilight~黄昏が真実を告げるRPG~   作:乙姫 凪紗

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迷いの森

 船が港に着いたのは、ゲーヴェル港を出発して三日後のことだった。

 船旅は三人が思い描いていたよりも快適なもので、至れり尽くせりとまではいかないものの、それに近しいもてなしを受けることができたのだ。

 フォルヘイムがヴァスパーニュの銃士だからその扱いなのではという疑問は捨てきれなかったが、劣悪な環境に三日間置かれるよりはそれは一先ず頭の片隅に追いやっておくべきなのだとアライストは判断したらしい。

「あー、久しぶりの陸だあー!」

 船から降りるなり大きく伸びをしたのはナリュアだった。

 彼女にとって船旅は初めての経験だったようで、アライストが案じていた通りに手すりを乗り越えて海に落ちかけたり、食事を食べすぎて動けなくなったりと様々なトラブルを持ち込んでいた。(もちろん、それを処理するのはアライストの仕事だったわけだが)

 それでも放り出されなかったのは最早奇跡としか言いようがなかったが、ここまで五体満足で送り届けてもらえただけでも良しとするべきだろう。

「さて、ヤーマイルの森まで結構あるな。ここらで装備も整えとくか」

 船員と何やら話をしていたフォルヘイムも合流し、一行はシェアナブラ港をぐるりと見て回ることにしたらしい。その過程で何か新しい装備品が手に入れば一石二鳥といったところだろう。

「流石にエマナ鉱石関連のものが多いな」

「ここはそういう街ですもの。掘り出し物が見つかることも稀にあるそうよ」

 港に所狭しと並ぶ露店の前を通り過ぎながらフォルヘイムがぼやいた言葉にも、アライストはしっかりと受け答えをしていた。

 はて?と首を傾げたナリュアがアライストがティランドの出身だから詳しいのだ、という結論に至るにはそう時間は要しなかったが、彼女がそれに気づいた時には彼らの話題は別の所へと向かっていた。

「それで?ヤーマイルの森に住んでる偏屈爺さんってのは、あんたの知り合いなのか?」

「……まあね。昔世話になったってだけの間柄よ。特に親しくは無いわ」

 どんな経緯で世話になったのか。特に親しくもないのなら何故名前を出したのか。またいつもの気まぐれなのか。彼の真意の程は判りかねるが、今はそれしか頼りにできる情報がないのだから仕方があるまい。

「まだくたばってないといいけどね」

 軽快な足取りで向かうのは、学術都市シェアナブラの方角だった。

 なにがあるのか。と二人もその後に続く。

「ねえ、アライスト。あれ、何?」

 ナリュアが指したのは広場の中央に位置する妙な形の建物だった。

 時折天辺のダイヤルが回転し、何かが放出されているのは見て取れたが、それが何を成しているのかという点においては皆目見当もつかないのだ。

「あれは人工的に作り出したエマナ粒子を放出している装置よ。ダイヤルはエマナの属性をあらわしているの。今なら……そうね、赤いから火のエマナ粒子だわ」

 アライスト曰く、放出されているエマナ粒子は純正の物に比べると成分的にも劣る部分があるものの、研究資料として使う分には問題ないのだという。

 よく見れば、ゲーヴェル港でアライストが使っていたものと同じ装置を持った研究員らしき人物らがそれにエマナ粒子を満たしていた。

「エマナ粒子といえば、未だに人口抽出できないもののまだあるんだろ?」

「ええ。光と闇のエマナ粒子ね。学術的には存在すると言われているけれど、実際に粒子として再現できた人間は未だ存在しないわ」

「そういえば、エマナの属性対比の理論を発表したのもシェアナブラの人だったよね」

「あら、ナリュア。アンタよく知ってたわね」

 街を通り抜け、『学術都市 シェアナブラ正門』と書かれた門扉を越える頃には一行の話題はすっかりエマナ粒子関連のものになっていた。

 エマナには大きく分けて八つの属性がある。火・水・地・風・雷・氷・光・闇である。

 それぞれには相反する属性があり、たとえば火のエマナ術師は水のエマナ術を使うことはできないといった制約がつくのだ。これを発見し、世に出したのもシェアナブラの研究員だというのも有名な話だ。

「そうね、わかりやすく実験しましょうか。……これは水のエマナ鉱石。これをアタシが発動させようとしても……」

 街の外に出るなり、アライストは道具袋の中から深い青の結晶を取り出して大気中のエマナに呼びかけ始める。最初こそ淡い光を放っていたそれだったが、やがて光は弾けて消えてしまった。

「え?え?今何が起こったの??」

「なるほど、これが反発現象ってやつか……」

 何が起こったのか理解できていないナリュアと、感慨深げに頷くフォルヘイムとを見比べて軽く肩を竦めたと思うと、アライストは結晶を袋に戻して何でもないように歩き出した。

「火のエマナ術師のアタシは水のエマナ術は使えない。そういう風にできてるってこと」

 それを逆手に取って反発する属性同士の術をぶつければ、ちょっとした爆弾のような効果も得られるのだと付け足して、行き先を示す看板に目を通す。

 『この先 ヤーマイルの森。用のない者は立ち入るべからず』といかにもな文面の先には鬱蒼と生い茂る巨大な森があった。

「あれが、ヤーマイルの森……?」

「思った以上の規模だぜ、ありゃあ……」

 通称『迷いの森』と呼ばれているそこは、正しい道を知らない者が不用意に立ち入ると一生彷徨うことになるという伝承があるくらいに膨大な数の分かれ道が複雑に絡み合った自然が作り出した迷路である。

「さてと、行くわよ。あまり気乗りはしないけど」

 尻込みする二人を一瞥すると、アライストは涼しい顔をして森の中へと踏み入った。

「ちょっと!置いていかないでよおおお!」

「待てって!俺が最後かよ!!」

 慌てて後を追った二人を出迎えたのは、小ぢんまりとしたログハウスのような作りの一軒家と、腰が曲がった温和そうな老人であった。

 拍子抜けする二人に、アライストと老人は揃って笑う。

「なぁに、その間抜け面」

「無理もなかろうなあ、二人ともあの噂を鵜呑みにしとるんじゃろう」

 まるで見てきたかのように言う老人は立ち話も何だから、と三人を自宅と思われる一軒家に招き入れた。

 内部は温かみのある木造で、ところどころに民芸品らしき織物や獣のはく製が飾られている。特に暖炉の周りにやたら置物が目立つ以外はごく普通の家でしかない。

「も、もしかして……あなたがダーロアさん?」

 人数分のカップに飲み物を入れて暖炉の前にやって来た老人にナリュアが恐る恐る尋ねると、老人は笑みをそのままに頷いて見せた。

「優しそうな爺さんだと思ったでしょ。実はこのジジイ、元ティランドの鬼教官だったのよ」

「へ?!」

 思わず二度見したナリュアだったが、老人―彼こそが件のダーロアだったのだが―はアライストを窘めるでもなく、ただ温和な笑みを浮かべているだけであった。

「昔の話じゃよ、お嬢さん」

 懐かしむような声音ではあったが、それは飲み物と一緒に嚥下してしまったらしい。

「それで、アライスト。お前さんが訪ねてくるなんて珍しいじゃないかい。どうかしたのかのう?」

 事のあらましを説明し終えたアライストらにダーロアは感慨深げに頷いて

「そのような輩はこの森には来ておらんよ。ここに入ったなら、ワシか孫が見ておるはずじゃからのう」

「孫?」

 聞いていないぞ。とばかりに目を瞬いたアライストの元へやって来たのは、まだ十代であろう少女だった。

「これがワシの孫じゃ。シュヴェリアという」

 キャスケット帽に淡い金髪を押し込んでいる年端もいかない少女は、ダーロアが得意としていた武器をそのまま受け継いだらしい。背中の矢筒と弓には見覚えがあった。

 多少削られてはいるものの、アライストの記憶にあるものと相違ない。

「で、腕は確かなの?」

「多少不安は残るがの、お前よりは使えるじゃろうて」

 ダーロア曰く、彼女は森の中しか知らない。それ故に井の中の蛙に大海を見せてこいということらしい。

「何よ、アタシたちの目的はついでってわけ?」

「いいや、お前らの目的のついでに孫を鍛えてやって欲しいのじゃ。それなら構わんだろう?」

 つくづく人を使うのが上手い。アライストはこの口だけは達者な老人を睨んで声なき抗議を試みるが、老人は見向きもしない。文字通り痛くも痒くもないのだろう。

「バカにしないでよね!わたしだって、やる時はやるんだから!」

 この一言がお決め手になったらしい。一行にシュヴェリアが同行することが決まったところで、その日はログハウスで一夜を明かすこととなった。

 

 翌朝。出立の準備を整えたアライストらは森の奥深くへと向かう道の入り口に立っていた。道案内兼同行者となったシュヴェリアの案内で森を抜けて首都ティランドへ向かう手筈は前日に話してある。

「ではの、シュヴェリア。その眼で広い世界を見ておいで」

「はい、おじいちゃん。行ってきます!」

 騎士団長がナリュアを送り出す際にもこういったやり取りが行われていたような気がする。やはり祖父と孫というのはこういうものなのだろうか。

 生憎祖父母と過ごした日々が浅いアライストには理解できなかったが、ナリュアはどこか懐かしむような眼差しでそれを眺めていた。

「森の抜け方は複雑だって聞いたけどさ、実際どうなんだ?」

「パターンさえ覚えちゃえば簡単だよ」

 シュヴェリア曰く、この森の抜け方にはいくつかのルートがあるとのことで、それさえ把握すれば迷うことなく外へと出られるのだという。

「急ぎたいなら最短距離で行くけどどうする?」

「なるべく早くティランドに着きたいの。一番の近道でお願い!」

 ナリュアの剣幕はアライストでさえ引いてしまう程であったが、シュヴェリアは暫しの間を置いて

「わ、わかった……」

 と何とか返答を絞り出していた。

 さすがあのダーロアの孫である。肝っ玉の強さだけはきっちり祖父から受け継いできたようだ。

「険しい道のりになるかもしれないから、それだけ覚悟しといて」

 キャスケット帽を被り直した彼女の顔は『少女』から『森の守り人』に変わっていた。

 シュヴェリアを先頭に一行は森の中を進んでいく。

 最短距離とはいえ、入り組んだ森の中を進んでいくのは困難を極めた。

 大半が整備されていないけもの道ということもあり、三人の疲労も蓄積されていく。

「あんまり長く進むと疲れちゃうか……今日はこの辺で休もう!」

 道のりの半分程まで進んだところで、シュヴェリアは数メートル先の小さな小屋を指す。

 そこは森に迷い込んだ人間が休めるようにとダーロアが各地点に設置しているもののひとつなのだとシュヴェリアが道すがら説明した。

 室内は簡易的な宿泊施設のような設備を整えてあり、一泊するには十分なほどの広さも確保されていた。

「やっぱり、ダーロアさんってすごいねえ……」

「あのまま野宿かと思ったぜ……」

「こんなところで野宿なんかしたら、獣とか魔物に食べられちゃうに決まってるじゃない」

 その危険性を回避するために設置しているのだとシュヴェリアは語る。

 暖炉に薪をくべる手つきも慣れたものだ。ダーロアの教育の賜物なのだろう。

「ねえ、ティランドってどんなところなの?」

 雑談の一環としてナリュアが問うたのはこれから向かう目的地の事だった。

「シェアナブラが学術の街なら、ティランドは武術の街ってところかしらね」

 曰く、ティランドには街の象徴ともいえる闘技場があり、武芸に秀でた者たちが一挙に集いその技を競い合うのだという。

「へえ……腕試しにはいいかもね!」

「生半可な覚悟で挑むと痛い目に遭うかもよ」

 それほどの手練れ揃いなのだとシュヴェリアは言う。

 その中でも最も強いとされているのは、現国王であるロイシュ・オーウァンという名の大男らしい。

「……ロイシュ・オーウァン……。あの脳筋が国王ねえ……世も末だわ」

「そうでもないよ、現に国王は上手くやってる。ヴァスパーニュと戦争になってないのが良い証拠だよ。そうでしょ?」

 首を傾げたシュヴェリアに、アライストはただ肩を竦めるだけだった。

 それは肯定とも否定とも取れるリアクションだったが、それはナリュアらの疑問を一つ増やす結果になった。

 

「……私、アライストのことそんなに知らないんだなあ……」

「何よ、急に」

 翌日、小屋を出立したナリュアの第一声はそれだった。

 怪訝としたのはアライストである。前置きも無しにそんなことを言われては反応に困るというものであろうが、彼女が突拍子もなく何かを言い出すのは今に始まったことではあいため、アライストの答え方も素っ気ない。

「それを知って、ナリュアにメリットある?無いでしょ?」

「う……で、でも、仲間の事は知りたいって思わない?」

 尚も食い下がるナリュアだったが、アライストが返答をする前に歩き出してしまったためナリュアがそれ以上彼に声を掛けることは無かった。

 森を抜けたのはそれから数刻後の事であった。

 


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