「……そ、そこを動くな、魔種めが!」
「何時の間に現れたのだ!?」
「聖者様の代わりに召喚されるとは、どういうことだ……!
「この禍々しさ、上級魔種……!?」
「────え?」
終わったはずの視界。
見えないはずの明かり。
あの世界観には似つかわしくない、汚れも埃も舞っていない荘厳で煌びやかな神殿。
そして何より、少女を取り囲む十数の兵達。
覚醒した少女が目の当たりにしたのは、そういう
足元の青白く発光する六芒星の上で、少女は呆然と立ち竦んだ。
──私、なんで生きてるの? そもそも、ここどこ?
先ほど確かに、自らの意識も存在も消失したはずだ。
ゲーム世界で生きていたとは言えども、単なる情報の羅列でしかない自分に死後の世界があるとも思えない。
天国でも地獄でもないならば、一体ここは如何なる場所なのか。
疑問が噴出して、ぐわんぐわんと当惑が強く少女を揺さぶり動けない。
今までマカロニサラダに操作されてきたため、自らで行動することに慣れていないのもあっただろう。
だから安易に力を用いて、他の意見を欲してしまった。
「
「──御身の前に、確と」
ワンピースの形を取っていた影が揺らめき、少女の側に影が長身の男を形作る。
そしてその男は、恭しく平伏した姿勢で固まっていた。
……スキルは使えるのね。
突如にして姿を見せたその男に、少女を取り囲む兵隊姿の者達は一様に度肝を抜かれたようだ。
脈絡もなく現れた男から迸る『圧』に、彼らは危機を感じているらしい。
「な、な、な」
「──何をしている! 早く殺せ!」
「お、おおお」
激しく狼狽した様子の彼らは、一刻も早く眼前の存在を討たねばと──一斉に手に持つ長物を突き出してくる。
何やら武器が仄かに発光しているのは、何らかの魔術を帯びているせいだろうか。
突きの速度が凄まじい。
一本であっても避けるには超人的な身体能力、動体視力が要求されるだろう。
それが、数十の数であれば尚更。
百八十度から迫る、高速の一突きに──。
「穏やかじゃないな、塵共が。誰の許しを得て、無粋なモノを突きつける?」
──そして、その悉くが中途で叩き折られる。
男のパッシブスキルである【遍く弱者は地を舐めろ】は、彼以下のレベルを持つ者の敵対行動を無力化するのだ。
無力化の効果は状況によって様々なのが厄介だが。
飛来する銃弾を潰し、斬撃を途中で静止させ、今回は一瞬のうちに武具を壊し、無力にさせたようだ。
傅いたまま、膨大な殺気を放つ男は奇妙な格好をしていた。
ツバの大きな黒色の帽子、燕尾服の上から革のコートを羽織った、身長百九十を超える黒一色の男。
ちぐはぐさを覚える彼の服装は、しかし初見では気にかかることはあるまい。
……彼の顔を覆う、模様のない真紅の仮面に目が向いてしまうからだ。
視界を確保する穴も開いておらず、その美醜も判然としない。
「フィッツ、威圧、自制して」
「はっ、申し訳御座いません」
彼は少女の眷属であり、【デザイア・オブ・エターナル】のボスの一体──吸血鬼、真祖フィッツ・アハト・ヘルムリッヒだ。
【デザイア・オブ・エターナル】における東の『ユーノイドの禁じられた森』を超えた先に広がるユーノイド地方。彼はそこに聳える、鮮血に彩られた尖塔に
ユーノイド地方の領主である彼は、領民の血を啜り、女子供を嬲り、拷問と人の悲鳴を聴くのが趣味。
悪趣味な設定なのは、【デザイア・オブ・エターナル】のテーマ故、仕方ないところか。
困惑した表情で少女は、臆する気配も見せずにその彼を見上げると。
「これは、どういうこと?」
「異世界召喚、周囲の塵共はそう言ってるようですが……」
「異世界?」
「別の世界──です。あの最高に『終わってた』世界から、また別の世界に移動してしまったんではないかでしょう」
ツバを白の手袋で触りながら、フィッツは畏まった様子で少女に応じた。
吸血鬼らしく貴族風に丁寧な喋り方をするものの、実は粗野で育ちが悪いためボロが出ている。
彼が兵達を蔑視するような色は微塵も感じられない。寧ろ彼なりの敬意と親愛も込められていた。
少し彼の言う意味を咀嚼してから、少女はきょとんとしながら口にする。
「それじゃあ……私は命を取り留めていたって考えていいの? あの『終わり』の後のエピローグがあった。そういうこと?」
「恐らくは。御身の願いが天に届いたのやも知れません」
少女はフィッツの言葉に軽く頷く。
彼の言葉尻から、彼が溢れんばかりの喜びを噛み締めているのをひしひしと感じた。
──何の因果か私は命を取り留めた。……けれど、マカロニサラダとの繋がりは感じない。彼とは一緒じゃない。私は
マカロニサラダによって造形されて、少女には幾許の時も自由な時間はなかった。
身体を繰り、冒険するのは自分ではなくプレイヤーだ。
しかし後悔はない。自らを生み出して、様々な経験を成した彼には、感謝と慈愛以外覚えやしなかった。
瞼を下せば、あの荒廃した世界を駆け抜けた思い出が頭を過る。
自分の生きていた時間。
マカロニサラダと駆け抜けた日々は、まるで昨日のことのように鮮明だった。
世界の終焉も甘んじて受け入れるほど、充実していた生涯に翳は殆どない。
ただし一点、叶わなかった物は。
世界の創造主とは違った意味での神が与えた、気紛れの褒美だったとしたなら。
──私がこの世界に望むモノは。
「ねぇ、フィッツ。私、穏便に済またいの」
「……手を出すな、と?」
「私は、前の世界とは
「畏まりました──しかし、御身に仇為す者は」
「構わないわ。そういう人は、きっと私の望む関係にはなれないもの」
「御意に」
少女は頭を垂れるフィッツを諌めた。
眷属は少女に打倒され吸収されたボスだが、理由は様々だが従順な下僕と化している。
フィッツは──確か、何だったか。
とりあえず事態の把握に努めよう。
フィッツから放出されていた莫大な殺気で、強張って微動だにしない周りの兵達へと呼び掛ける。
言葉が通じないかもしれなかったが、あちらの交わす内容は解せるのだ。
──多分大丈夫よね、多分。
「私を召喚した術士は誰? それとも術士はいらないのかしら?」
詰問調だった訳ではないのだが、ビクリと大の男達は肩を震わせるのみ。
情けないことに、少女とまともな受け答えが出来るようには見えなかった。
心臓を握り潰そうと言わんばかりの殺気を出したのだから、仕方ない話かもしれない。
敵意が未だに滲み出ているフィッツの存在が大きいのか──と彼を影に戻したものの、全く空気が弛緩しなかった。
不可解げに内心首を傾げる少女。
……他者からすれば、あどけない少女が圧倒的強さを示した大男を使役する姿は、酷くミスマッチだ。
そこが少女に対する恐怖を加速させた原因だろう。
そもそも最初から少女には、格下が気圧されるだけの格を備えているけれども。
「あの、誰か──」
「わ、私です!」
「ラ、ラガナル殿!」
「わ、私が! あなたを召喚した……召喚士、です」
兵の人垣の向こうから挙手したのは、トライコーン帽子じみた被り物をした女性だ。
白を基調とした制服姿で、踵の高いブーツを履いている。帽子とブーツを身長に含めなければ、きっと少女と然程変わらない体格かもしれない。
推測を裏付けるように、繊細な金髪の彼女の面は幼く、翠の瞳は怯えの色が強い。
彼女は額に冷や汗を浮かべ、黒い少女が目を向けると表情を引き攣らせる。
……そんなに怖い顔はしてないと思うのだけれど。
しょんぼりとする黒い少女を他所に、ラナガルと呼ばれた女性は、悲壮な決意を露わにする。
少女の前まで走り寄ってくると、即座に跪いた。
「わたしが罰でも何でも受けます! ですのでこの方達の無事は、どうか、どうか……!」
「ラナガル様! 我々が貴女を見捨てるなど有り得ませぬ!」
「止めて下さい! わたしの失敗です! 召喚士だからこそのわたしの存在価値だったのに、失敗したばかりかこのような者を王国の中枢に──贄にでも餌にでも、煮るなり焼くなり、構いませんがっ……」
──私、そんな酷いことしないのに。
口を尖らせる黒い少女は、萎縮するラナガルの側へ近寄った。
「面を上げなさい、別に取って食べようという訳ではないわ。まずは説明をお願い。ここはどこで、あなた達は何者なの?」
※※※※※※※※※※
【デザイア・オブ・エターナル】の世界と同様に、異世界にもスキルな魔術などの概念が存在するらしい。
ダークファンタジーの世界観を舞台にしたMMORPGから、異世界ファンタジーへと転移してきたということだろうか。
それも所詮はアバターである少女が。
──死後の世界がここ、な訳ではなさそうよね。
少女を呼び出したのは、異世界召喚を行おうとした『召喚士』。
この世界には、そう呼称される者達が少数いるという話だ。
異世界から強者──この地方では聖者と呼ばれる──を召喚するという、凄まじいスキルを所持しているらしい。
聖者は数多くの国で兵器運用される程に、強靭な肉体を、もしくは強大なスキルを授けられて召喚される。しかも『
御し易い強大な人材を得られる異世界召喚は、この世界でも重大な位置付けだ。
聖者の有無が国の趨勢と格付けを決定づけると言っても過言ではない。
この度、このイシュリーン王国でも他国への示威と戦争の抑止に異世界召喚する予定であったようだ。
しかし召喚されたのは──本能的に危機を察知出来るほどの妖気と瘴気を纏った、上級魔種の如き小さな少女。
魔種とは、どうにも人類種と国交を開いた七種以外の総称のようだ。
古代の人部族が他の人種をバルバロイと呼んだのと同じだろう。
【デザイア・オブ・エターナル】でも、そういう定着した差別の設定は作られていたため、少女も理解出来た。
さて、ここで少女の扱いに困る訳だ。
一般人には人類種に見えるだろうが、雰囲気もスキルも人類種のそれではない。
魔種を起用してると他国、いや自国の民にも露見したならば争いの火種になる。
これでは聖者で示威など以ての外だ。
本懐を遂げることは出来ず、新たな厄介事を抱えてしまった王国は──少女をどうするか。
殺してしまうのが最も楽だが、先刻の件を見るにそれも難しそうだ。
実力の底が見えない少女と安易に敵対行動を取る愚を犯すとも思えない。
第二の案として、どこかに幽閉して存在をなかったことにする方法があるのだが。
「……大人しくは、して頂けませんよね」
「当たり前ね。でも、それなら私を『魂塊』? で従わせれば良いのではないの?」
「ええ、と。それが、その……」
視線を彷徨わせラナガルは言葉を濁すものの、言外にそういう事情にないのだと雄弁に語っているようなものだ。
つまり安全装置も働かない、自立型の兵器を起動させてしまったと。
──失礼よね。
「私は色々と例外って訳ね」
「あ、はい……そうですね……」
しゅんとラナガルは悄気たように眉尻を下げる。
少女とラナガルの対話を見つめる兵達は、ハラハラと見守っていた。
王族を呼びに行かせた者が帰るまでに、何か問題を起こしてくれるなと凝視してくる。
取り囲んでの滅多刺し、という問題以外なりそうにない無礼を仕出かしているのだが。
──まあ私は目的もあるから、皆殺しなんて嫌われるようなことはしないのだけれど。
少女はここで、一本指を立てる。
「でもね──一つ、私の些細なお願いを聞いてくれるなら、暴れないであげる」
「ほ、ほ、本当ですかッ!」
突如としてラナガルが食い付いた。
目を見開き、一筋の光明を逃すまいと身を乗り出してくる。
……結構、押しが強いのね。
「私が望むのは一つだけ、私が欲するのもまた一つだけよ」
「それは、一体……?」
頬を少し綻ばせる。
本来なら叶わぬ願いを、果たす可能性が生まれたのだから。
嬉しくて堪らず、胸を弾ませて。
「────ねぇ、あなた。私と、友達になってくれる?」
「…………へ?」
余程意外な台詞だったのか、間の抜けた表情を隠さないラナガル。
更に少女は言葉を続ける。
望む物をただただ楽しげに、直接伝えた。
「私、友達が沢山欲しいの。だから私を自由にさせてくれないかしら? それだったら、あなたの神にでも誓ってあげるわ。決して暴れないって、ね」