振り返れば、重圧な音を立てて城の門扉が閉まったところだった。
まるで化け物を見るかのように視線を背ける門兵数人を、拍子抜けた心地で一瞥する。
──本当に私の言うことを聞いちゃうなんて。ここの王様も相当抜けてるわ。『ギュランホルン』ほどではないけれど。
ギュランホルンとは、【デザイア・オブ・エターナル】の初期位置にあたる搾取と貧困の国ハーマトリアの王だ。
政に関心も持たず、ただ腐敗し切った上級貴族の操り人形に終始し、プレイヤーに追い詰められれば命乞いを始め、己の潔白を命尽きるまで喚き散らした暗君。
その命乞いの最中に靴を舐め始めることから、プレイヤー間で『靴磨きの人』と揶揄される会話を聞いたことがある。
──髪も、変えちゃって、変な感じ。
少女の艶やかな黒髪は、彼女自身の影を操るスキルで紅色の影に染まっていた。
どうにも黒髪は異世界人の最たる特徴であり、この世界では警戒心を持たれてしまうらしい。
よって王国で出歩く際には、被り物を着用するよう控え目に厳命された。
しかも友達作りには当然、警戒されるのはNGのはずだろう。
そのための染髪だったが……見慣れた自分の髪が火焔の色に変化すると落ち着かない。
──それにしても、どうしたものかしら。もうマカロニサラダが操ってはくれないし、行動も自分で決めなきゃ。……とりあえず日陰へ移動しましょうか。
灼熱の太陽が少女の身を焦がす。
深黒の影のワンピースが怯えたように揺らめかせ、陶器のような白雪のような肌にも痛みを覚えた。
決して吸血鬼ではないのだが、陽光に身体が慣れていないのである。
【デザイア・オブ・エターナル】の空はいつも分厚い黒雲で蓋をされ、灰燼が舞い上がり、夜が支配した世界だったのだ。
ある日を境に、太陽が死んでしまった。
人伝てに他人事みたいな話を聞くだけだ。
だから少女が太陽という概念を目にするのはこれが初めて。
直視を拒ませる眩い光の塊は、少女に感慨を抱かせるに足るものだ。
影を濃くする輝き。
炎とは異なる温かみを与える存在。
「これが『タイヨウ』……暑いわ」
風情も何もをあったものではない率直な感想を零すと、近くの建物の影に飛び込む。
影の中に溶け込みたい、とも考えたが思い直す。
──どれほどの間抜けでも、私を放置するものか。現に私を監視してる者はいる。いや、
横目で睨む先には、誰か待ち人がいるように装う中年の草臥れた男。
身なりは泥臭く薄汚れており、一見には王国の監視役と看破出来ない。
けれども時折、こちらへと真っ直ぐに視線を向けてくる。少女の一挙一動に瞳孔が動いているようで、偶然とは考えづらい。
何となく手を振ってみると、男は愕然と目を露骨に見開いていた。
──なら、あまり不審な行為はしないであげた方がいい。なにか勘違いされたら、堪ったものじゃないわ。
「……さて、これからだけれど。私の経験で進むなら」
【デザイア・オブ・エターナル】のセオリー通りに進むなら、冒険者ギルドに登録するのだろう。
好みの職業ギルドに入団し、近場のエネミーの傾向、弱点を突くノウハウを習得し、レベルを上げていく──のだと思う。
生憎とマカロニサラダは型破りにもギルドに入団することなく、独自の方法で着々とレベル上げを積み重ねたため、誰かしらから聞き伝えられただけなのだが。
だから少女はギルドにおける決まりじみた物を知らない。
──まあ、叶わなかったことを体験してみるのも良いわね。友達作りにも、ギルドは重要。みんな、わいわいあそこで楽しんでた。友達作りなら、まずそこね。
ギルドの場所は通行人に尋ねれば、すぐだろう。
路銀も少なからず王国から分け与えられている。
相場など知りもしないが、多分そこまで心配することもあるまい。
こうして、昇る陽を忌々しげに睨み付けながら少女は城下町へと繰り出した。
※※※※※※※※※※
想像通り、そう時間も掛からずに『冒険者ギルド』なる建物へと辿り着く。
木造建築の三階建ては記憶にある同様の物よりも大きく、看板には特徴的な冒険者ギルドの印が描かれていた。
交差するツルハシと剣を模した絵の意図は分からないものの、通行人に聞いた『冒険者ギルド』と同一だ。
──私の『威圧』が自由にオンオフできてよかった。元の世界じゃあ、解除したことなんてなかったから。
王国の人間には伝えなかったが、格下へ威圧を与えるスキルは切り替えることが出来るのだ。
今『威圧』を切った少女は、他人からは単なるか弱い少女としか認識されないだろう。
……一応、あとから思い出したから……でも、あとから教えなくちゃかな。それにしても暑いわ……。
そろそろ向かわねばなるまい、炎天下に屯する趣味もない。
ちょうど、屈強な男が出入りした入り口へと足を向けた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。……あら」
少女を、受付からの鈴のような声が出迎えた。
徐に出入り口を潜ると、酒場特有の鼻奥を刺激するアルコールの臭いが漂ってくる。
少女の知る【デザイア・オブ・エターナル】と同様に、ギルドは酒場も兼ねているようだった。
二十ほどのテーブルには、空きが目立つものの、十人ほどの装備を整えた者達が歓談や酒を煽っている。
仕事終わりか──いや、時刻は未だ午前のはずだ。
となれば、朝からの呑んだくれ共もやはりいるらしい。
仄かに汗の臭気も混じり、更に好奇の視線が集中したことに眉根を顰める少女は、早々と勝手口正面の受付へと向かう。
そこには粗野な印象とは裏腹の、巻き髪の快活そうな女性が立っている。二十台前半だろうか、若々しさが溢れていた。
微笑みを浮かべながらも、心配そうに目線を合わせて、
「お嬢ちゃん、どうしたの? 親御さんは近くにいるの?」
「冒険者の登録に来たのよ。ここで、できるって聞いたの」
平然と返すと、困惑したような半ば唖然とした様子で受付の女性は固まった。
一瞬、ギルド内が静まり返り。
「ハハハハハ! 寝言はお家に帰ってから言えよクソガキ! 怪我したくなきゃ、さっさと出ていった方が良いぜ!」
「翻訳、子どもがするような仕事ではないので大人しく帰ってほしい──です」
「俺のイカす言葉を勝手にナンセンスに翻訳してんじゃねぇ!」
「まあ無謀な行為は止した方が良いだろう」
「でも、あの子。なんか……おかしくないか?」
「気のせいだろ。面は上等かもしれねぇけど、ただのガキにしか見えねぇーよ」
「皆さん、この子怖がってるので大声禁止ですよ!」
野次がテーブルから飛び、受付の女性が取りなすものの、ざわめきが止む気配はない。
年端も行かない少女が冒険に出る。
この国の常識では、あまりに滑稽な話だ。
義勇兵を募るほど緊迫した状況下でもなく、子どもに対しての風当たりも弱い。
そのため、危険と隣り合わせの冒険者の職業に就かせようとはしないだろう。
──おかしいわね。前の世界なら、この程度のことで、こんなことなかったのに。
少女にしてみれば不可解だった。
【デザイア・オブ・エターナル】では大人子ども関係なしに、ギルド登録出来たように思う。全てが自己責任。死んでも憐れむ心を持つ者はごく少なく、肉盾に利用されることも多いくらいだったのである。
世界観の殺伐さの違いは常識の差異だ。
ただ一つ、状況が上手く飲み込めない少女は首を傾いで。
「ダメ、なの?」
「……お嬢ちゃんが、見た目と同じ力ならダメだけど……」
言い淀む受付嬢は、二の句を継ぐ。
「ステータス表示、見せてくれる? 分かるかな? 念じると出てくる……こんなものなのだけど」
そう告げた受付嬢が人差し指で宙をタップすると、とある情報が視界に入ってきた。
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ナターレ・カターナ Lv9
年齢:21
種別:人類種
《魔術》
【────】
《パッシブスキル》
【────】
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「ナターレ・カターナ。私の名前と、ステータス……私の基準の強さを表したものかな。スキル欄は見せてくれないでいいよ。……人によっては、踏み込んじゃいけないところまで書かれてるし」
ステータス表示が突然滑り込んできて驚きはしたものの、元いた世界がMMORPGだったため理解は容易かった。
文字通りのステータスの数値。
魔術欄は名の通り、習得した魔術の表示欄なのだろう。
スキル欄も簡素だ。
用語を起動して発動する能力がアクティブスキル、自動的に発動するのがパッシブスキルだろう。
元の世界でも存在したが、この世界でもステータス表示なる物があるらしい。
しかも空中に表示され、自由に他人へ見せることも出来るようだ。
受付嬢ナターレ曰く、都合の悪い部分も隠せるらしい。
……特殊な操作とか道具は不必要なのね。随分便利な世界じゃない。情報得るために、裏切りとか横流しとか横行してたあの世界とは大違い。……ともかく、私も出さないと。
言われるままに少女は念じてみると──情報の羅列が眼前に現れた。
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────── Lv236
年齢:9
種別:魔種
《アクティブスキル》
【剥離させ掌握する吸収者】 射程:近〜中距離 魔力消費:80
支配と同化の効果を持つ、欲望のチカラ。
認識した生者のHP、MP、経験値を吸収する。
吸収速度は距離に比例する。
最速は使用者の身体に接触した状態である。
又、対象者の半分以上のHPをこのスキルで吸収し、対象者のHPを零にした場合は対象者を眷属化する。
【絶対者の威圧】 射程:── 魔力消費:──
此のスキルの所有者の三分の二のレベルに満たぬ者に、心理的圧迫感を与える。
効力は所有者とのレベル差に比例し、十倍以上のレベル差が有れば気絶に至るだろう。
尚、このスキルに発声は不要。
王者たる者、風格で雑兵を去なすのだ。
《パッシブスキル》
【汝は影、影は汝】
自由に認識した影を操作、また接触している影に身体を溶かし一体化する事も出来る。
魔力消費も無く、宛ら手足の如く影を操る様は闇すら手中に収めたようだ。
【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】
原生生物でも異世界人でも無い、異世界人に溢れた此の世に於いてすら異質の存在。
今代の異邦人であり、全ての敵対者。
このスキルを他者に認知された場合、所有者は心底からの敵愾心を向けられるだろう。
【言語翻訳C】
世界を移動する際に自動付与されるスキル。
他世界の標準言語を、──が認識できる言語に自動翻訳する。
〜〜〜〜〜〜〜〜
──この世全ての、