闇を統べる吸収者の少女は友達を欲す   作:ささんさ

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4 『友達はいざこざを経て得る』

 ──前の世界では、こんなスキルなかったのに……【言語翻訳C】もそうだけれど。私の友達作りの邪魔にしかならないわよね。今、ナターレにこれを見せたらダメ。

 

 パッシブスキル欄にある【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】の説明を鵜呑みにすると、非常に碌でもない代物と一目で判る。

 このスキルが見つかれば、誰と如何ほどの信頼を築いたところで水の泡になるのだ。

 はっきりと負の意味しかないスキルは、存在価値を疑う他ない。

 

 そうこう熟考していると、視線が集まってくるのを感じる。

 ふと見ると、正面の心配げなナターレだけではなく、背後から思い思いの感想を好き勝手に漏らしていた冒険者達も注目していた。

 どうにも、年少の見習いの力量の具合が気になるようだ。

 少女は複数の不躾な視線に慣れていたものの、あまり気分の良いものではない。

 拙いながらも手早く操作し、スキル欄、念のため種族名を隠して、ナターレへとステータス表示を滑らせる。

 

 

「……これが、私のステータスよ」

 

「はい、承りまし────…………ッ!?」

 

 

 受付嬢のナターレは、確認した瞬間に息を呑んだ。

 目を瞬いて、声を失いながら視線は表示されたステータスの数値を辿っていた。

 それを内心はらはらと見守る少女。

 

 ……たぶん、大丈夫よね。ちゃんと隠したし。登録は出来るはず……種族隠したこと、疑われるかな。

 

 少女には、一応自らが強者の自覚はある。

 マカロニサラダは【デザイア・オブ・エターナル】で名を轟かせるプレイヤーだったのだ。終始ソロで数々の強敵を屠ることが、どれほど異常か──それは少女も薄々分かっている。

 けれども他人にステータスを見せる経験がなかったため、こういう場合の配慮が出来ない。

 一種のコミュニケーション障害というのも過言ではないほどに、少女は世間知らずだった。

 

 数秒間、彼女が静止したままなのを見かねて少女はつい急かしてしまう。

 

「で、どうなの? 問題ある?」

「っ!? げほっ、ゴホッ! ごへはっ、あ、あの。こ、このステータス……」

「……大丈夫?」

 

 快活な受付嬢の面影もなく咽せるナターレは、屈み込んでしまったのか受付窓口の机に隠れてしまった。

 尋常な様子ではないナターレに、受付後方にいる他の受付嬢、そして酒場でテーブルについていた冒険者達が血相を変えて向かってくる。

 それでも少女は冷静に思考を巡らせた。

 

 

 ──バッドステータス? もしかして、スキル欄隠しても【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】の影響、あるのかしら。

 

 

「この餓鬼ッ、カターナさんに何しやがったッ!」

 

 駆けつけてきた冒険者のうち、大剣を背負った大柄な男が拳を振りかざして襲い掛かってきた。

 傍目から見れば、確かに少女が何かしたように思うだろう。

 だが濡れ衣を被るほど少女は殊勝な性格ではない。

 

 感情を露わにして殴り掛かる大男は、振りが大きく、胴体ががら空きだ。

 大方、咄嗟のことと相手が子供のため無意識的に侮っているのだろうが──容赦は考えなかった。

 【デザイア・オブ・エターナル】の世界において、穏便な話し合いなど成立しなかったのだ。NPCの大半は謀反スキルを常備しており、対等の立場になった途端に裏切られる仕様になっている。

 話を聞くならば金か力を示す他なく、支配か従属かの二択が突きつけられる世界だった。

 だからこそプレイヤー達は比較的信頼出来る仲間をプレイヤー間に作るのだ。

 

 ──落ち着かせないと。

 

 故に少女の常識は、そんな疑心に満ちた世界に則った物となる。

 話を聞かせるならば、先ず力を示せ。

 

 眼前に広がる男の胴体。

 小柄な体躯の少女からすれば、ご馳走を差し出されたような物だ。

 

 影を操るまでもない。

 消し飛ばすのは駄目なのは理解出来ているため、余程の手加減をせねばなるまいが。

 判断は一瞬。

 

 即座に少女は腰を落とす。

 右脚を素早く踏み出して、か細く白い握り拳を脇腹に叩き込んだ。

 刹那、その箇所から鈍い音が響く。

 

「な、がぁッ……!?」

「誤解よ。私は、単純にステータスを見せただけ」

 

 二メートルほど吹き飛ばされ床に転がった男は呻きを零し、対して少女は憮然と声を返す。

 周囲は一斉に静まり返る──一瞬の反撃と予測とは真逆の結果に、皆が硬直してしまったのだろう。

 その後に、数人の勘が鋭い者達が少女の存在を『善くないモノ』と悟ったらしい。

 じりじりと構えをとりながら、詠唱を始める魔術師もちらほらと見掛けた。

 ギルド内に緊張が満ちる。

 不穏な周囲を見渡しても、少女は特に行動を起こそうとはしなかった。

 いざとなれば影を膜に変えれば、大概の攻撃は防御出来るだろう。

 

 ……この世界の攻撃がどのくらいが基準か分からないけれど。

 

 出来得る限り、力を用いたくはない。

 おそらく敵視された状態は、友達作りに不適だろうから──害される場合も我慢しようと覚悟していた。

 そのときだ。

 

「皆さん落ち着いて下さい! ……平気です。私は、平気です、か──ごゔぁ!?」

「カターナさん!」

 

 立ち上がったナターレが騒ぎを鎮めようとしたようだが、口を抑えた両手から血が漏れている。

 どうにも彼女は驚きのあまりに吐血したようだ。

 随分、精神面が心配な女性だった。

 

 それからナターレ自身が──血反吐を吐きながら──取り成して、冒険者達は矛を収めることと相成った。

 ただ敵意の滲んだ視線は向け続けられている。

 酒場の方へと引っ込んだとは言え、殺気を飛ばしてくる彼らを気にも留めず、少女はナターレの体調を気遣った。

 確か少女の記憶によれば、元のゲームでのプレイヤー達は逐一、体調を気にしていたと思う。多分。

 こういう行為は真似していきたい。

 

「本当に、大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫ですから……。ええ、と。冒険者ギルドにおける……規約は、この通りです……」

 

 顔面蒼白のナターレは、震える手で書類を渡してくる。

 この状況下で話を続けるのか……と思わないでもないが、そこに受付魂を見た気がしたため突っ込まないことにした。

 少女は紙面へと視線を向ける。

 

 『規約』

 ・冒険者同士の諍いにギルドは関与しない。ただしギルドに不利益を齎さない場合に限る。

 ・ランクの詐称は除名処分も含む厳罰対象。

 ・ギルド長には絶対服従。

 

「この三つの大原則さえ遵守して頂ければ、大事には至らないと思います……細かな規則が気になるのでしたら──」

「いや、いいわ」

 

 怯えたような視線でナターレは説明を続けた。

 明らかに恐れられている。

 

 ──スキルの効果かしら? むむ、見分けがつかないわ……。

 

 また他の説明として──冒険者のランクは十八もの階級が存在するようだ。

 最下級がE級、次がEE級、EEE級、そしてD級へと続いて最高級がSSS級である。

 ちなみにSSS級は現状一人のみらしい。

 

 冒険者になりたての新人は、無論E級からのスタート。

 またギルド内の掲示板に張り出される依頼にもランクがあり、同様にE級〜SSS級に分けられている。

 実力に見合った依頼を受けさせ死亡率を減らすため、冒険者は自らのランクが二以上離れた依頼を受領することは出来ないようになっているようだ。

 

 ひよっこのEEE級の依頼までは簡単な採集任務しかなく、D級からようやくモンスターの討伐任務が出てくる。

 

 ──つまり最初は採集任務から始めないといけないのね。

 

「で、でも貴女のステータス値なら……昇格試験を受けてD級になることが可能ですよ?」

「……昇格試験?」

「はい。冒険者になる人の中には、初心者だけでなく、今まで登録してこなかっただけの強者もいます。その方達まで最低ランクから始めるのは、冒険者のランク分けで行った力量の住み分けが崩壊してしまいます。ですので、強者の方々、もしくは強者と自称する方々には、特別に昇格試験を受けてもらっています」

 

 ただD級より上になると実力以外にも冒険者への信頼性等の要因もありますので、これ以上の飛び級は認められていませんが──とナターレは付け加えた。

 可能とは言うものの、ステータスが高い者は強制的に試験を受けさせられるようだ。

 思えば、冒険者登録の際にステータス確認をされたのも昇格試験を受けさせる者を見分けるためだったのだろう。

 しかし強者を分けるだけならば試験をせずとも、ステータスの値を見てD級に振り分ければ良いのではないだろうか。

 その疑問にナターレは「い、いいえ」と恐怖に歪んだ顔で、どもりながら答える。

 

「ステータスはあくまでも基準の値で、本人の実力を明確に示したものではありません。どれだけ力が強く、速く動ける身体能力があったところで『強者』と安易に決められませんから。技量や特異なスキルを使ってこその方々もいます」

 

 成る程と、少女は得心した。

 【デザイア・オブ・エターナル】の少女自身──いや、マカロニサラダも己の技量を以ってして数多の強敵を屠ってきたのだ。

 確かにあれはステータスに表れない強さだった。

 ならば異論を挟む理由もない。

 

「そうなのね。じゃあ、今から昇格試験を受けるわ。内容は何なの?」

「それは──」

 

「俺を倒したら、だ。嬢ちゃん」

 

 突如上がったその声は、ギルドの出入り口に仁王立ちする男の物だった。

 見るからに人類種ならば四十代前半にあたる外見年齢で、身長は百八十半ばほど、浅く刈り上げた青髪、歴戦の猛者を想像させる額の切り傷が特徴的だろうか。

 少女は彼の腰に帯剣した直剣を注視する。

 刃渡りはそう長くない、だが柄に手が掛かっていて実に油断ならない。

 

「俺の名前はバルド・シューリマン。バルドで良い。元B級冒険者の訓練官だ、試験は模擬せ────ごぶぁぎゃ!?」

 

 悠然と自己紹介していたバルドは少女から発された影に突かれ、短い悲鳴と共に吹き飛んだ。

 豪速でギルド内の壁に激突し、地面に頽れると動かなくなる。

 白目を剥いて、口から唾液が垂れていた。

 観察すると少し痙攣はしているため、生きてはいるらしい。

 ……あら? 試験、とても簡単ね。倒せだなんて試験内容で、不意打ちは警戒してないなんて……やっぱり、試験は名ばかりのものなのかしら。

 

「これでD級になれるのね? ……ナターレ?」

 

 受付へと振り返ると、ナターレの姿はそこになかった。

 

「ごゔぁっ!?」

「ナターレさぁぁん!」

 

 床に倒れていたらしいナターレは吐血し、ギルドには他の冒険者の悲痛な叫びが響いた。

 


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