言葉と意思の行軍記   作:嶺上

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十一話

 (どうしてこうなった……)

 

 心の中で頭を抱える。とりあえずと宿屋を出て通りに面した喫茶店に入ったまでは良いが、行き先が全く思い浮かばない。自分一人であれば、オスティア国立図書館にでも行き、魔法世界の雑誌でも読み漁るが、ナギが一緒ではそうもいかない。

 さてどうしたものかと悩んでいると、ウェイトレスが注文したオスティアンティーと伝票を置き、一礼して去っていく。ナギは紅茶を手元に寄せると、一口も含む事なく紅茶にミルクを投入。琥珀色の液体が瞬く間に乳白色に変わっていく。

 

「ちょっとナギ、一口くらい飲んでみなさいよ。ここの紅茶は薫りがいいらしいわよ」

「別にミルク入れたくらいじゃ匂いなんて変わんないだろ、こっちのが飲みやすいぜ」

 

 子供かあんたは、と内心突っ込みをいれるが、気づく。

 そういえば子供だったわ。

 年齢詐称薬で18歳の体に成長してはいるが、精神年齢は10歳だ。

 ミルクティーを一口飲み、美味いと呟き笑顔になる。その笑顔はいつものナギのままだ。

 ──笑った顔の印象は、意外と変わらないものね。

 未央はストレートで紅茶を飲みながら、そう思った。

 しかし、口に含んだ紅茶は意外と苦い。ミルクを入れ、ついでにと角砂糖1つ放り込む。

 

「未央も入れるのかよ、子供だな!」

「あんただって入れたじゃない、お互い様よ」

 

 互いに軽口を叩きながら笑う。落ち着いて考えれば、10歳の子供同士が遊びに行くだけだ、何の問題もないと思う。しかし、行き先は相変わらず決まらない。遊び歩くという経験は前世ではなかった。せいぜい友人と売店におやつを買いにいく程度で、今の状況には役立たない。

 ガイドブック片手に観光名所でも巡ろうか、いや、少々違う気がする。それならば買い物でも行こうかと思ったが、旅に必要なものは揃っているし、そういった物を買う時ではない。

 考えていると、ナギが立ち上がる。紅茶は既に飲み終わっていた。

 

「とりあえず歩き回ろうぜ! 変わった風景だしな!」

「確かにそうね。浮遊島の国など変わった風景に違いないわ」

 

 応えて立ち上がると、ナギが肩を抱いてくる。実に自然な動作であり、ナギの顔を見ると笑顔でこちらを見ている。

 ──この女たらしが! 思いながら、手を払う事はしなかった。

 

 

 ●

 

 

 その様子を、怪しげな三人が少々離れたテーブルで見ていた。

 当然だが、アル、ゼクト、詠春の三人だ。店内でもローブを羽織ったままの三人は大変怪しく、ウェイトレスは若干引いていた。認識阻害魔法がかかったローブではあるが、店内でローブを羽織っているという違和感を消す事は出来ない。

 三人とも各々が飲み物を飲みながら、未央とナギを見て思い思いの感想を漏らす。

 

「ミオは悩んでいますねぇ、あまり遊び歩く子ではないと思っていましたが、予想以上に悩んでいますねぇ」

「逆にナギは適当に笑っておるのう、あやつは多分何も考えておらんぞ。適当にぶらつく気じゃな」

「付き合いはじめのカップルのような距離感だな。私も婚約者とあんな頃があったよ……」

「おや、詠春は婚約者がいるのですか。貴方の伴侶になる方ですから、さぞかし器量よしなのでしょうね」

「そう思うか? まぁ事実として彼女はよく出来た女性だからな。なにせ彼女は」

 

 詠春が婚約者との馴れ初めを話し始めるが、アルもゼクトも聞いていない。しかし、詠春は明後日の方向を見ながら話を続けている。

 

「おや、二人が店を出るようですね。我々も出ましょう」

「そうじゃの…… おい、詠春。戻って来い」

「しかしそこがまた……む、そうか尾行中だったな。すまないが、先に行ってくれ。手洗いを済ませてくる」

 

 詠春が手洗いに立つと、アルとゼクトは二人を見失わぬ様、一足早く店を出て行く先を確認する。

 詠春が戻ってくると、既に二人は店外に出ており、しょうがなく伝票を持って会計を済ませて合流すると、アルが二人の行く先を指し、行きましょうと歩き出す。ゼクトはそれに頷き、続いて歩き出す。

 会計の話が出ない事で、詠春は気づく。

 

 ──しまった、これはおごりの流れか! 

 

 

 ●

 

 

 未央とナギは喫茶店を出て景色を楽しみながら散策していると、バザーが催されている通りを見つけた。その通りでは、確かに未央やナギにとって珍しい景色を見る事が出来た。オスティアの国民達だ。

 最古の国であり、更には人間種の北部と亜人種の多い南部の境に位置している事から、様々な種族が住んでいる。狼が二足歩行しているような種族に、人間に獣耳をつけただけのような種族、骨しかない種族も居る。最後のは悪魔ではないか? そう思うも、普通に接客しており、受け入れられている。懐が深い国なのだろう。

 

「おいミオ! あの人骨しかねぇぜ! もう人っていうか骨だよなすげぇっぐはぁ!」

「人様を指差すんじゃないわよ、しかも発言内容が超失礼だわ。」

 

 馬鹿を殴って一礼すると、相手は手を振って構わないよと笑う。懐の広い骨だ。

 

「ミ、ミオ。 顎を勝ち上げるのはやりすぎだと思うぜ。舌かみそうになった」

「そう思ったなら、次から人様を指差すのはやめなさい。超失礼だから」

「俺の舌が軽く見られている……!」

 

 ナギをあしらいながら、先ほどの骨の人(仮称)のバザーに目を向けると、様々なアクセサリーが並んでいる。屈み、断りを入れて手に取ると、金属細工に色のついた硝子をはめ込んだ物とわかった。硝子とはいえ、製法により様々な色に変化する為、宝石に見劣りする事はない。前世からここまで、こういった装飾品には全く興味が無かったが、実際手にとって見ると興味深いものだ。

 そう思っていると、骨の人から声がかかる。

 

「兄さん、女の子が興味深そうだよ。 どうだい一つ?」

「ん? おおそうだな! 買ってやるぜミオ!」

「む……そうね」

 

 これといって欲しい装飾品も無いが、ここで買わないと応えるのは骨の人にも失礼だろう。

 一通りの装飾品がそろっており、さてどうしたものかと考えていると、ちょっとした悪戯を思いつく。その悪戯を実行すべく、少々意地の悪い笑顔を浮かべながら、ナギに応える。

 

「じゃあ、ナギが選んでくれるものが欲しいわ」

「俺が選んでいいのか? じゃあどれにすっかなぁ」

 

 未央と位置を交換し、装飾品を選び始めるナギ。ククク、と意地の悪い笑みを浮かべながら立ち上がる未央。

 ──子供の貴方には装飾品などわからないでしょう、困るがいいわ。ククク!

 ふと骨の人を見ると、未央とナギを見比べ、微笑んだ気がした。骨だけの顔を見て微笑みを感じるのはどうかと思ったが、雰囲気だろう。しかし、そのリアクションに疑問を得る。未央としてはナギを困らせるちょっとした悪戯のつもりであったが、違う受け取り方をされたようだ。

 手を頬に当て、少し考えると骨の人のリアクションの意味が理解出来た。瞬間、顔から蒸気が吹き出る。

 

 (か、完全に恋人同士の会話だわこれ! 不覚! いや、別に個人的な欲求としては失敗ではないけど、転生者の目的に対してはやばいというか、なんというか)

 

 

 ●

 

 

 少し離れた路地からその様子を見ている三人。

 ナギは装飾品を選んでおり、未央はその後ろで腕を組み、待っているが、

 

「見てください、ミオは首と耳だけ真っ赤ですよ。奇怪な照れ方をしますね」

「耳はわかるが、首まで赤くなるとは……」

「初心じゃのう」

「初心なら首まで赤くなるのか・・・!? 素直に顔を赤くするべきだろう」

 

 壁に身を隠し、顔だけ出して二人を見守っている。顔が出ている順は下からゼクト、アル、詠春だ。

 外見が子供のゼクトだけならともかく、いい大人であるアルと詠春がそうしている様子は大変怪しく、道行く人も引いている。

 

「さて、ナギが何を買うか予想してみましょうか。一口1ドラクマです。私は指輪で」

「流石にナギもそこまで大胆ではなかろう? ワシは腕輪で」

「いや、ナギなら意味もわからず買う可能性もあるな……。私はヘアピンで」

 

 予想が出揃うと同時に、ナギがある品物を手に取る、それは──

 

「ヘアピン……ですって……?」

「意外にも手堅い選択じゃの……」

「深読みしすぎなのではないか? 彼らはまだ10歳だぞ」

 

 珍しく表情を驚きに変えるアル、ゼクトもナギのチョイスに驚いており、詠春はそんな二人を見て呆れていた。二人は財布から1ドラクマを取り出し、詠春に渡す。詠春としては、先ほどの喫茶店での取立てが出来たので僥倖だ。

 改めて三人が未央とナギの様子を見ようと顔を出すと、

 

「おや、二人とも居ませんね」

「詠春に金を渡していたおかげで見失ったようじゃのう」

「私のせいか…!? 誰が当たってもそうなっただろう?」

「詠春、世の中結果ですよ」「そうじゃな、世の中結果じゃ」

「厳しい…世の中が私にハードモードだ……!」

「とにかく、一刻も早く見つけなければ、面白い場面をみのが…もとい、二人が心配です」

 

 アルの一声で、三人は別れて未央とナギを探し始める。

 詠春は純粋に二人の心配をし、ゼクトはあの二人ならほっといても大丈夫じゃろと思いながら探す。

 アルだけは、個人の娯楽半分、未央への応援を半分心に秘めて探し始めた。

 

 ●

 

 ナギが装飾品を手に取り、空へかざして自分と見比べる。幾つもの装飾品を見比べており、時折漏れる唸り声から、彼が真剣に悩んでいる事を察する。

 彼の視線がこちらを向いていない事から、頭を冷やす事が出来た。

 冷静になった頭で考え、思ったのは、

 

 ──ありがたいわね。

 

 自分は最初、彼を困らせる悪戯のつもりで装飾品を選んでほしいと提案した。彼はそれに対して即答し、今も悩んでいる。その真剣さがありがたい。

 重ねて思うのは、彼は自分の事をどう想っているのだろうという事だ。嫌われているという事はないだろう、それは確信している。

 好意を持たれているだろうとも、思う。しかし、その好意がどういった好意かはわからない。相手は10歳の子供ではあるが、だからといって思いは変わるものと疎かに扱っていいものではない。どういった種類の好意にせよ、それに対する態度を取る為には自分の気持ちを確認しなければいけない。

 

「──オ、─い、ミ──」

 

 白状してしまえば、間違いなく好意を抱いている。LikeではなくLoveである自覚もある。

 ──なんでここまで惚れこんでしまったのか。

 原因を探ろうと、共に過ごした七ヶ月を振り返る。ノギに保護してもらい、一ヶ月を彼らの家で過ごした時は、そんなに変わった事は無かったと思う。彼に対してやった事を言えば、朝は起こして食事を共にする。昼は別行動、夜は出迎えて食事出して風呂にぶちこんで、雑談して就寝だ。

 その後の六ヶ月、魔法学校に入学してからも大して変わりはなく、昼にナギと一緒に居る場所が学校に変わっただけのようなものだ。学校では、ナギと一緒に居ると他の生徒も寄り付かなかったので、結果として二人だけで行動する事になった。

 ──そういえば、最初からナギからの好感度高かったような。やっぱり二人で行動してるからかしらねぇ。

 

「ミオ! おおいミオ! 無視は流石にキツいぜ!?」

「ん……ごめん、ちょっと考え事してたわ、何?」

「何っていうか、アクセサリー選んだからやるぜ」

 

 ──やば、考え事してて忘れてたわ。

 途端に顔に熱が湧き上がってくるが、気合を込めてなんとか平静を保つ。耳と首が熱を持っている気がするが、気にしないでおこう。彼の手を見ると、赤いガラス細工で翼をあしらったヘアピンを持っている。 紅い翼──なるほど、そういうの好きなのね、こいつ。

 ありがとうと、受け取ろうと手を出すと、骨の人から声がかかる。

 

「いやいやお兄さん、そういうプレゼントは手渡しじゃなくて、つけてあげるんだよ」

「おお、なるほど!」

「……Oh」

 

 ──何を言っているんですかねこのスカルマン。

 スカルマンの言葉を受け、気軽な足取りでこちらに向かってくるナギ。

 

「ナギ……あんた、ヘアピンの着け方知らないでしょ? 別にいいわよ?」

「おいおいミオ、いくら俺が馬鹿でもヘアピンくらいつけれるぜ! 遠慮するなよ」

 

 絶対絶命ね……!

 ナギが軽い足取りでこちらに向かい、髪に手をかける。

 距離が近い。自分の顔の横にナギの顔があり、息遣いまで聞こえる距離だ。

 スカルマンを見ると、笑いで肩を揺らしている。顎抜くわよこの肉抜き。

 

「ミオ、あんま動かないでくれよ、髪がずれちまう」

「お、おうよ!」

 

 ナギがもう一歩踏み込んでくると、体が密着する。

 ──近い、近すぎるわよ!?

 自分の胸と彼の胸が当たっている、もはや抱き合ってるようにしか見えない。

 骨抜き野郎は笑いすぎで全身からカタカタ音を鳴らしている。こいつ絶対砕いてやるわ。

 

「──! ──!!!?」

「よし、出来たぜミオ」

 

 声を上げずに悲鳴のようなものを発していると、ナギから声がかけられる。

 体が離れ、胸に冷えた空気が差し込んでくると、気分もだいぶ落ち着いた。

 自分の左側の髪がヘアピンで留められ、サイドテールになっている。

 軽くまとめられた髪は、ただ伸ばしていたよりも軽く感じた。

 お礼を言おうと、ナギを見る為に顔を上げる。

 

「ナギ、ありがと──」

 

 見た。ナギではなく、その向こうに居る白い髪を。

 

 ●

 

 

 未央はヘアピンを撫でて、髪留めの感触を確かめている。

 それは笑顔で、少なくとも自分の選択が間違っていない事が確認出来た。

 彼女は顔を上げ、笑顔でこちらを見ると、

 

「ナギ、ありがと──」

 

 声が途中で止まる。笑顔だった顔は驚きに満ちている。

 

「おい、ミオ。どうしたんだ?」

「ごめんナギ、ちょっと行ってくる」

 

 言って、彼女は駆け出す。

 

「なんだなんだ? おいミオ! 待てって!」

 

 骨人間にヘアピンの代金を渡し、急いで未央を追う。

 すぐに追いつき、併走するも未央は一向に止まる気配を見せない。

 未央の視線の先を見ると、白い短髪の男が見えた。

 

「知り合いか?」

「……」

 

 未央は答えない。ただ目の前の男に目を向けており、こちらに意識を向けていない。

 彼女の表情は、何か急いでいるようにも見えて、普段の余裕や落ち着いた雰囲気は無い。

 ──なんだってんだ?

 彼女がこんな様子になる処は見た事が無かった。随分前に、自分が彼女の本を燃やした時だって怒りはしたが、ここまで余裕をなくしたりはしなかった。

 

「ナギ」

「ん? なんだ?」

 

 急に声がかかる。しかし、彼女の視線はこちらを捕らえていない。

 

「ごめんね」

「は? 何を言って──」

 

【・──わかりあえるものはない】

 

 声が聞こえたと同時に、未央が自分に向かって手を振り上げる。しかし、その行動の意味が理解出来ない。自分の後頭部に向けて打撃を繰り出そうとしているが、その行動の意味が理解出来ず、リアクション出来ない。

 ──なんだこれ、意味がわかんねぇ! 未央は俺に何したんだ!?

 間違いなく彼女は見えているが、わからない。彼女が自分に殴りかかってきているが、わからない。

 その意図、その行動が何を意味するか、何一つ分からない。

 思っていると、打撃が来た。後頭部に手刀が直撃し、意識が闇に沈んでいく。

 最後まで、未央の行動の意味を理解出来ずに。

 

 

 ●

 

 

 崩れ落ちるナギを抱き寄せ、近くの壁に寄せ掛けると、走り出しならアルに念話を送る。

 

(アル、ナギが倒れたわ。悪いけど迎えに来て)

(ミオ? わかりました、どこですか?)

 

 ナギの位置を教え、アルが何か言っているが、念話を切る。そして追う相手を見る、白い短髪に白い肌、ブレザーのような服を着込んだ青年。

 

 ──間違いない、アーウェルンクスね。

 

 秘密結社「完全なる世界」の中枢に近い男だ、これから始まる戦争の黒幕といってもいい。彼をここで倒してしまえば、戦争の開始を遅らせる事が出来るはずだ。その間に力をつけて、戦争が始まる前に「完全なる世界」を潰してしまえば──

 

 ──最大の原作ブレイク、やり遂げてしまえばネギの母親が誰かなんて些細なブレイクね……!

 

 思いながら、尾行を続ける。相手は自分の庭を歩くように気楽な足取りで、オスティアの深部に歩を進める。既に一般人は立ち入る事が出来ない区画だが、彼は歩みを止める事はない。何度かオスティアの警備兵とすれ違うが、アーウェルンクスに視線を送らずに立ち去っていく。

 

 ──認識阻害魔法かしら、何にしてもこの先に相手の拠点があるのは確実ね。

 

 自分は相手に無視させるような認識阻害魔法は使えない、代わりに【わかりあえるものはない】概念を自分と相手の周りに展開し、相手が困惑している隙に通り抜ける。そうやって自分もオスティアの深部に侵入して行く。見つかったら、間違いなく犯罪者だ。念のため、ナギを置いてきてよかったと思う。

 

 ──失敗しても、私が犯罪者になるだけですもの。

 

 元々イレギュラーである自分が消えるのはいいが、ナギが「完全なる世界」に捕まるのは不味い。

 後に始まる戦争で英雄となる紅き翼のリーダーたる……いや、

 

 ──私の我侭ね。

 

 これは独占欲だ。前世では持ち得なかった感情が、今の自分を突き動かしている。

 戦争さえ起きなければ、ナギとアリカが出会う事は無いだろう。今の5人組で世界を回り、賞金稼ぎや困った人の手助けをして、いずれあの家に帰る。

 そうする事が出来る。思わず口元が緩むが、気を引き締めてアーウェルンクスを見る。

 既に周りは都市部と連なる王宮区画の最深部である「墓守り人の宮殿」に近づいている。ここから先は、敵の本拠地だ。

 

 ──ここで叩く!

 

 無詠唱で魔法の矢を展開する。そして【攻撃力は無限大となる】の概念を自分の周りに展開しようと思った時、敵が振り向く。

 気づかれた!

 逃げようと振り返ると、筋肉質で髪の長い男が背後に聳えていた。

 左右も別の男達が控えており、完全に囲まれている。

 

「誰だろうね、君は。誰か招いたつもりは無いよ」

「アポ無しの突撃取材って奴よ、私雑誌の記者なのよ」

「自分でも無理だと思う嘘はつかない方がいいよ。相手にもバレているからね。そもそも魔法の矢を相手に展開する記者は居ないだろう?」

 

 ──アホか、私は。

 しかし、魔法の矢を解除した瞬間、自分の取れる手段も消える事になる。敵を確認してみる。

 アーウェルンクスは、左手をポケットに入れ、右手はリラックスしながら掌をこちらに向けている。いつでも魔法を放てるだろう。

 背後に居る筋肉質の男は、真っ赤な髪の毛を伸ばしっぱなしにしており、その髪の尾は炎に変わっている。また、全身の筋肉からいかにも格闘家である事を思わせる。

 右の男は、黄色い髪の毛を逆立てており、ノースリーブの上着から見える腕は鍛えこまれている。タイプは違うが、こちらも格闘家だろう。

 左の男は、水色の髪が腰まで伸びている。ローブから覗く服は、黒いスカートのように見える事から、恐らくこちらは魔法使いだろう。

 

「いやぁ……大ピンチって奴ね、これは」

「そうだよ、素直に降伏して目的を話してくれるかな」

「そうね……貴方達の目的を教えてくれたらいいわよ?」

「それは出来ないね、じゃあ正直に話してくれるようにするとしようか」

 

 周囲の相手が一歩踏み出す。同時に概念を展開する。

 

(半径100mってとこね!)

【・──わかりあえるものはない】

 

 概念を展開し、上空に飛び上がる。しかし、敵が一歩上手だった。飛び上がった未央の更に上空から、影の矢が襲ってくる。

 真上の警戒を怠った未央に、影の矢が直撃。四肢を貫かれ、流血するも、彼女は堪えて浮遊術を維持する。しかし、浮遊術の維持に意識を向けた為、概念が解かれる。途端に、更なる迎撃が飛ばされる。上空には先ほどの影の矢が更に飛んできており、他にも巨大な石柱が展開される。下からは、火炎と雷撃、更には水撃が襲いかかってきており、回避する事は不可能だ。

 

 ──隠し玉だったけども!

 

 思い、ある概念を展開する。直後に彼女に全ての攻撃が着弾した。

 着弾の余波で煙が上がり、彼女の姿は見えなくなった。

 

 

 ●

 

 

「死体くらい残るかな?」

 

 アーウェルンクスは、後方に控える黒衣の魔法使いに念話で礼を言う。

 ──万が一に備えて、距離を置いて待機してもらっていたけど、功を奏したようだね。

 侵入者を覆う煙を見るが、一向に落ちてこない。未だ生きているのだろうか。

 念のためと、新たに石柱を一つ上空に展開し、煙へ向かって放つ。石柱が煙を貫き、大地に直撃する。手ごたえが無い。疑問に思い、石柱を5つ展開し、煙を包み込むように放つ。やはり手ごたえは無く、石柱同士がぶつかり、煙を新たに巻き上げるだけだ。

 周囲の仲間も疑問に思い始め、煙を訝しげに眺めている。耳を澄まして様子を見ていると、途端に声が聞こえた。

 

「テスタ・テイスティ・テスタメント! 影の地 統ぶる者スカサハの 我が手に授けん 三十の棘もつ霊しき槍を!」

 

 少女の声だ。しかも魔法の詠唱をほぼ完了している。しかし、その魔法は単体魔法の「雷の槍」だ。仲間達と共に防御を固めるが、自分が対象でないとわかった者は即座に少女に止めを刺す。

 

「雷の投擲!!」

 

 魔法が完了し、煙から雷が現れる。しかし、現れた雷は煙から出た途端に、詠唱の言葉通り30に別れる。30に分裂した雷の槍は、アーウェルンクスを含む4人だけではなく、遠方で控える影の魔法使いにも向かっていく。驚愕を覚えながらも、魔力障壁に力を込めるが、雷の槍は軽々と障壁を砕き、アーウェルンクスの右腕を切り裂いた。

 

「何…!!」

 

 アーウェルンクスの魔力障壁は、完全なる世界の仲間だけが使える多重防御結界だ。その防御力は防御系最強魔法である最強防御すら越える。それを易々と貫き、右腕を持っていかれた驚きは表現出来るものではない。思わず呻きながら煙を見ると、彼女は白い槍を携えている。先ほどは持っていなかったものだ。彼女自身は、影の矢による四肢の怪我以外、衣服が焦げているだけだ。

 

「何者だい……?」

「あんた達の敵である事は、確かよ……!」

 

 彼女の発した声は消耗している事を隠しきれておらず、追い込まれている事はわかった。しかし、アーウェルンクスを含む仲間達も先ほどの雷で負傷している。にらみ合いが続くと思われたが、少女はこちらが手を出しあぐねていると察し、逃亡していく。

 

「追いますか?」

「……やめておこう、相手にも仲間が居るかもしれないしね」

 

 ──それに、追わなくとも相手を始末出来る方法はあるよ。

 

 

 ●

 

 

 未央はオスティア王宮の上空を飛翔していた。

 「完全なる世界」との初戦は完全に失敗といっていいだろう。そもそも無謀な試みだったかもしれない。切り札として展開した概念は【期待外れ】という概念だ。相手の期待した結果を必ず外す概念であり、明確な殺意を持った相手には生存手段として有用だ。しかし、魔法同士が干渉し、相殺する際に発生する余波は相手の期待に含まれない為、少し衣服が焦げてしまった。

 

 ──まぁ、生きて撤退出来ただけ僥倖ね。

 

 手に持つ槍に感謝する。アーティファクトで造形した槍は、槍と砲を一体化させたような武装であり、概念槍「Gi-SP(ギスプ)」と名づけた。雷の槍の詠唱を聞き、元となった槍であるゲイ・ボルグを模して作った武器だ。ゲイ・ボルグは投擲すれば三十に分かれて相手の軍隊を切り刻んだと言われており、刻んだ概念は【投じれば三十に爆ぜる】【敵さん大当たり】【攻撃力は無限大になる】の三種類。

 今後、大量の敵と当たる可能性を考えて試作したものだが、早速役に立った。

 

 ──インスピレーションに感謝……!

 

 思いながら、王宮を抜け、市街地に入ると人ごみを避けるように地上へ降りる。

 すると、巨大なテレビスクリーンが目に入った。アナウンサーは、こんな事を言っている。

 

「速報です。先頃オスティア王国の重要地域にて、爆破テロが発生。

 犯人の姓名や所属団体は不明ですが、警備に当たっていた魔法使いが容姿の撮影に成功しています」

 

 映し出された映像は、18歳の未央の顔だ。

 

 ──だ、大失敗……。

 

 人気の多い通りに出ようとした足を止め、まずは魔法薬を解除しようと物陰に入る。

 すぐに解除できた為、10歳の体となった未央は安心して通りに出るも、別の介入があった。

 

(ミオ! おいミオ! 今どこだ!? テレビでミオ映してるぞ!)

(ナ、ナギ……ごめん、ごめんなさい……)

 

 彼の声を聞き、安心すると共に、

 ──もう駄目だ、彼らと離れるしかない。

 絶望する。

 

 紅き翼は確かに一時期テロリストとして手配される。しかしそれは4年後の話であり、彼ら自身が「完全なる世界」を敵と認めた時だ。今の彼らは、「完全なる世界」など知らず、ナギも未だ成長期だ。犯罪者であり、「完全なる世界」にマークされた自分が居ては危険すぎる。

 

(ごめん……そういうわけで、合流出来ない)

(おいミオ! いいから訳を)

 

 念話を一方的に切り、宿ではなく、オスティアの外へ向けて駆け出す。

 既に日は落ち、暗い。まるで未央の行く先を案じるが如く。

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