言葉と意思の行軍記   作:嶺上

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一二話

 オスティアから飛び出し、地上の森に下りる。夜の暗さと森の深さで下手な追っ手からは逃れられるだろう。月が雲に隠れ、僅かな星の光も森の木々に遮られており、眼前は一切の闇だ。

 その中を、一人歩く。足元が全く確認できない為、木の根に足を取られてしまい、転ぶ。

 

 ──痛いわよ。空気読みなさい、木の根め。

 

 うつ伏せに転がったまま、そう思う。手足は先の戦闘で負傷しており、簡単な血止めはしたが、治療は出来ていない。何故か、概念能力も展開出来ない。気分が最悪な事が影響しているのだろうか。魔力はあまり残っておらず、手足の痛みで体力も削られていく。頼みの綱だった概念能力も使えない。

 状況は最悪といっていい。オスティアで手配された姿は18歳のものだが、入国管理局に保管されている入国者リストを確認されれば、10歳の自分の写真が見つかるだろう。ただの年齢詐称薬に認識阻害効果はない。すぐに看破される事だろう。

 

 ──ここまで悪い要素しかないと、笑えてくるわね。

 

 衝動的な一手で、ここまで状況が悪化するとは「完全なる世界」を甘く見ていた。転がったまま仰向けになり、空を見上げようとするが、森の枝葉に遮られ、星を見る事は出来ない。

 ふと、前世の事を思い出した。あの頃も、今のように病気で痛む体を堪えて、カーテンとコンクリートで出来た闇の中、蹲っていた。その時に感じていた感情が、今の心にも伝播しはじめる。それは、不安と孤独感だ。ナースコールをすれば看護士は駆けつけてくれるが、自分の病気は原因不明だった。急に手足が痺れれば、ボタンを押す事も出来ない。夜は常に恐怖の時間だった。眠る前は、せめて痛みを感じないようにと祈り、目を閉じる。無事に朝を迎えると、安心する反面、まだ続くのかと思った一面もあった。今の状況は、それを思い出させる。

 

 ──やば、泣きそう。駄目だ、泣いたら流石に心を立て直せない。

 

 必死に涙を堪える。怪我に力を込め、痛みで孤独感を誤魔化そうと試みるが、今度は痛みで涙が出そうになる。力を抜き、体を大の字にして息を吐くと、冷たい空気が肺に入り、体を冷やしていく。

 

 ──そういえば、転生してこの世界にデビューした時も森だったわね。

 

 よく昔の事を思い出す日だ。あの時は、初めて訪れた森への興味と、先の展開への楽しみで満ちていた。それが今はどうだろう、衝動的な行動で指名手配を受け、負傷した身で仲間の下から飛び出した。

 

 ──嫌になるわ……天罰って奴かしらね。

 

 そう思う一方、思考がループしているな、と考える。自嘲的な思考がひたすらに巡っており、前向きな考えが浮かんでこない。なんとか立て直そうと必死に前向きなイメージを作ろうとするが、どうしても自分が指名手配されたニュースの画面がフラッシュバックする。

 

 ──やめた、諦めて寝ましょう。

 

 ローブを羽織り、眠ろうと目を閉じると額に何か落ちる。何が落ちたか確認しようと手を持ち上げると、その手にも何かが落ちた。

 水滴。雨だ。

 ぽつぽつと降り始めた雨は、すぐに本降りとなる。雨を避けようと木の根元に這うが、木の幹を伝って流れる雨に濡れてしまう。ずぶぬれになった自分の体を確認し、思わず笑いが漏れる。

 

「悲劇のヒロインごっこ……!」

 

 叫び、倒れ込むように上半身を木の幹に預ける。ますます体が冷えるが、最早知った事ではない。

 まずは眠ろう、そう思い目を閉じる。

 

 

 ●

 

 

 枝の折れる音が雨音の中で響く。

 眠っていた未央はその音で目覚め、音のする方角を確認する。

 その方角からは、枝が折れ、木々の軋む音が近づいてきている。

 

 体の状態を確かめると、肌や筋肉は冷え切っており、指先が震えている。加えて魔力は回復しておらず、万全には程遠い。概念能力も試したが、能力が発動する兆しさえ見せない。

 

「なんで使えないのかしらね……」

 

 彼女は自らの手を見る。概念能力は手から発生するものではないが、感覚的なものであろう。

 一際大きく木の軋む音が響き、暗視の魔法を使用して相手を確認する。

 夜に溶けるような黒い毛皮、獲物を睨みながら光る目、むき出しになった牙に全長5mにも達するような体躯を持った四本足。

 黒く、巨大な狼だ。

 

 彼女に補足された事を察したかのように、狼は吼える。その咆哮に誘われるように、周囲から同じ咆哮があがり、群れである事を彼女に悟らせる。彼女は交戦を選ばず、逃亡しようと浮遊術を使用して空へ上がる。雨粒が目に入り、煩わしいと手で拭いながら高度を取り、狼達の様子を見る。空へ上がった彼女を見て、狼達が咆哮すると、それに呼応するように魔法の矢が発生、彼女に向かって放たれる。 

 

「そんな……! 高位の魔獣は魔法使うって聞いたけど、それが群れてるなんて!」

 

 振り切ろうと上下左右に旋回するも、魔法の矢に付与された追尾性能を超える事は出来ない。彼女自身の体調が悪い事もあり、じりじりと魔法の矢に囲まれ始める。逃げながらも魔法の矢を相殺していくが、狼達が新たに矢を展開するペースの方が速く、数は減るどころか増えている。

 

「…これは駄目そうね。いや、丁度良かったかしら。魔獣の腹の中なら見つかりはしないでしょ……」

 

 そう呟いた彼女の瞳には、既に光が無い。抵抗の手を止め、群がる魔法の矢に視線を向けている。旋回を止めて滞空すると、魔法の矢が殺到する。一発、二発、三発と少女へ向かうも、彼女の魔力障壁が自動抵抗し、軌道を捻じ曲げる。四、五、六と続けて抵抗するも、魔力障壁は早くもひび割れ始めた。少女の表情は変わらない。ただ無表情に魔法の矢を見つめる瞳は、罪を受け入れ、罰を待つ罪人のようだ。

 

 七発目が魔力障壁と拮抗し、続く八発目が七発目とほぼ同箇所に飛び込む。

 硝子の割れるような音と共に、少女の魔力障壁が消滅する。

 九発目は彼女の頭部に直撃し、その勢いで彼女は後ろに吹っ飛ぶ。

 

 吹っ飛んだ先にも魔法の矢があり、背中に突き刺さるように直撃。

 背中を突き上げられ、胸を逸らす少女の目は、自分の髪が舞い上がるのを見た。

 その髪には、少女が少年よりもらったヘアピンが留められていた。

 

 少女の手が伸びる。ヘアピンを手に取ろうとしたが、魔法の矢によってヘアピンごと頬を強打される。口から歯の折れるような音と、頬からは硝子の割れる音がした。同時に、少女の中で何かが切れる音が響いた。

 

「──あ」

 

 間隙無く降り注ぐ魔法の矢に対して、少女は反応を返し始めた。魔力障壁を張りなおし、浮遊術を切る。結果として、真下から襲う矢の群れを突き進むように落ち始めた。残り少ない魔力を全て障壁の強化に回し、囲みから抜ける事に成功する。

 

「──あんたら」

 

 地面に墜落直前に浮遊術を展開し、衝撃を和らげながら着地すると同時に狼の群れに向かって突撃する。

 

「許さないわよ……!」

 

 少女の表情は既に変わっていた。怒りに燃え、体中から怒気を発して狼に向かって走る。狼が少女に向かって飛び掛る。5mを超える体躯と2mにすら届かない少女の小柄な体では、質量差がありすぎる。しかし、少女はそんなものは知らぬと狼に向かって拳を放つ。打撃音が響き、巨大な影が吹き飛ぶ。少女の拳が狼を吹き飛ばした。

 

【・──攻撃力は最大となる】

 

 概念能力が発動している。先ほどまでの無気力な状態から一気に怒りの絶頂まで上がった精神状態は、再び概念能力を展開し始めた。ヘアピンを壊し、少女の感情を怒りに染めた時点で戦闘の結果は確定した。

 

 

 ●

 

 

 数分後、周りには何も残っては居なかった。

 戦闘の余波で森は吹き飛び、狼達は途中から撤退していった。

 追撃しようとも思ったが、魔力も残っておらず、意味も見出せなかった。

 未だ雨は止まず、体を打っている。

 

 手に壊れたヘアピンを持ち、確認する。

 ヘアピンは硝子が割られており、金属で出来たフレームしか残っていない。

 そのフレームも歪んでおり、原型を止めていない。

 

「──ぁ」

 

 思わず、口から嗚咽が漏れる。駄目だ、泣いては駄目だ。泣いている場合じゃないのだ、これだけの騒ぎを起こしたのだ、オスティア警備隊が駆けつけるのは時間の問題だ。

 しかし、

 

「あああああ!」

 

 嗚咽が止まらない。膝が落ちる。壊れたヘアピンを胸に寄せ、後悔する。

 何故こんな事になってしまったのか。

 先ほどまでの怒りの反動か、胸に悲しみが溢れてくる。

 

 背後から、足音が聞こえた。

 必死に泣き声を止め、立ち上がり振りかえろうとする。

 

「ミオ」

 

 ──ナギ。なんでここに。

 

 少し考えれば分かる、森を吹き飛ばす程の戦闘を繰り広げたのだ、誰かに発見されるのは当然だろう。しかし、よりにもよって、何故ナギなのだ。

 

「……何よ、テロリスト捕まえに来たの?」

「俺が、そんな事すると思ってんのか?」

 

 ナギの声色は感情が見えない。

 ──こんな声は初めて聞くわね。

 

「話をしようぜ、ミオ。こっち向いてくれよ」

「話なんて無いわ。じゃあね」

 

 逃げるように、いや、事実彼から逃げようと歩き出す。

 しかし、彼が目の前に立ち塞がる。疲労困憊のこちらと違い、あちらは万全なのだ。

 逃げ切れるわけがない。顔を上げて、彼の顔を見る。

 ナギの瞳は、真っ直ぐに少女を見ている。その目に疑念はなかった。

 

「……何よ」

「ミオ。後悔しないか?」

「……何の事か分からない。今回の事なら後悔なんてしないわよ」

 

 嘘だ。しかし、後悔があるといってもどうしようもない。

 

「ミオ。戻ってこいよ」

「戻りたくないのよ」

 

 嘘だ。戻りたいが、戻っては迷惑がかかる。

 

「ミオ。──俺の事嫌いだからか?」

「──そうよ!」

 

 ナギにたたきつけるように声に出す。

 彼はその答えに、そうか、と応答しながら近づいてくる。

 後退しようとするが、ナギが未央の手を取り、指で未央の手に文字をなぞる。

 

 

 ──せかいにはしんじつしかない

 

 

 慣れない手つきで、文字をなぞり、良しと声をつく。

 自分が彼に教えた、嘘をつくなという概念の文字を。

 彼を見ると、表情は笑顔で、自分を見ている。

 

「ミオ、お前は俺についてきてくれるって契約してくれただろ。

 俺は、ミオを信じてる。だから、話してくれよ」

「……」

 

 手で体を引き寄せながら、ナギは言う。体が近い、手からは彼の体温が感じられる。 

 彼は再び自分に問う。

 

「ミオ。後悔しないか?」

「……後悔してるわ」

 

 ──後悔している、誰にも相談しなかったし、誰も信頼していなかった。 

 

「ミオ。戻ってこいよ」

「戻りたい、戻れないのよ……」

 

 ──戻りたい、しかし、戻っては皆に迷惑をかけてしまう。

 

「ミオ。──俺の事嫌いか?」

「──好きよ」

 

 ──言った。

 更に手が引き寄せられ、自分の体が彼の体に飛び込む。手が背中に回され、抱きしめられる。

 暖かい。体温だけではなく、彼の心遣いから、そう思った。

 

「テロリスト? 賞金首? かまいやしねぇよ。言ったろ、ミオが居てくれれば、俺は無敵だぜ。

 ──傍に居てくれ、ミオ。俺もお前が好きだ」

「……わかった、でも覚悟しなさいよ。私は嫉妬深いんだから」

 

 ああ、と返答して、未央の頬に手が当てられる。

 更に体が引き寄せられ、顔が近づく。ふと引き寄せる力が止まり、ナギを見ると顔が赤い。

 意図に気づき、思わず笑顔になる。

 目を瞑ると、再び背中に回された手に力が入る。

 お互いの息がかかる。それに気づいたように、ナギの息が止まる。

 最後の勢いとばかりに引き寄せられ、口付けをする。

 勢いが強すぎ、お互いの歯がぶつかるが、構わず続ける。

 

「血の味がするな、ミオ」

「こういう時は、嘘でも気の利いた事言いなさいよ、ナギ」

 

 視線を合わせ、笑いあう。最早迷う事は無い。

 

 ──ここに居ていいだろうかとは、尋ねない。ここに居ようと、そう決めた。

 

 かつて本で読んだフレーズが心に響く。

 

 

 

「さて、そろそろ私達とも話し合いましょうか、ミオ」

 

 全く予想外の声が聞こえ、思わず停止する。視線だけナギの後ろに送ると、アルだけではなく、詠春とゼクトも控えている。アルはいつも通りの微笑を携えている。詠春は困ったように笑い、ゼクトはやれやれと瞑目している。

 

「……いつから見てたの?」

「最初からですよ」

 

 悲鳴と共に、思わず頭を抱えた。

 

 ●

 

 

 信じてもらえるかはわからないが、と前置きして事情を話し始める。

 これから始まる北部と南部の戦争の事、「完全なる世界」の事、追った少年がその中枢に居る事。

 戦争が始まる予兆があるとはいえ、妄言の域を出ない情報だが……

 

「なるほど、そういう事ですか」

「えぇ~……なんで信じてるの、アル。自分でもどうかと思うわよ」

「まぁ、私はミオがそういう存在である事を薄々感づいていましたからね」

 

 馬鹿な、と思っていると、アルは懐から何冊か本を取り出す。

 貸していた「終わりのクロニクル」だ。

 アルは本を捲り、最終ページで止めると、

 

「終わりのクロニクル、初版発行 2003年6月。おや、今何年でしたかね。私の記憶する限り、1978年だったと思いますが」

「え、えええ!? そ、そんなバレ方!? そういうのあり!?」

「迂闊でしたねぇ未央。ハハハ」

 

 持ち物から身元バレするのはドラマの定番だが、まさか本の奥付でバレてしまうとは予想外だ。

 アルは笑い終わると、満足したとばかりに一息つく。

 

「まぁ、こんなもの無くとも、ミオの目を見れば嘘を言っていないのは分かりますからね。信じますよ」

「かつて手合わせした身だ、私も未央が嘘をつく人間かどうかは分かっているつもりだ」

「ワシはどっちでも良いが、まぁお主はナギに惚れる馬鹿じゃからの。嘘は言わんじゃろう」

 

 三者三様に信頼を寄せてくれている。その事実に、先ほどとは違う涙が出そうになる。

 その様子を察したナギが肩を抱いてくる。最早遠慮なくそれに甘える。

 

「さて、子供カップルがイチャイチャし始めましたので、今後の方針を話しましょうか。

 まずはオスティア…ウェスペルタティア王国の領土からは離れましょう。

 そうですねぇ、アルギュレーまで行けば、早々捕まらないでしょう」

 

 アルギュレー、正式な地名をアルギュレー大平原と言う。オスティアから北部に位置しており、メセンブリーナ連合の領土ではあるが、平原に魔獣が多く住み、遊牧民が住む程度だ。国として成り立つ程の大都市が無く、連合軍の兵士も国境にわずかな数が配備されているのみで、逃亡先としては最適だ。

 

「逃亡生活になりますが、まぁ気楽にやっていきましょう。

 我々五人が揃っていれば、早々負ける事はありませんよ」

 

 アルが一同を見渡し、微笑む。一同はそれを受け、頷きを返す。

 方針は決まった。異議のある者も居ない。各々がまずは今晩の準備と動き始める。

 だから、言い損なっていた言葉を言う時だ。

 

「皆……その、ありがとう……」

 

 言葉を受け、皆は笑う。

 アルと詠春は見張りの為、テントを出る。

 アルが空を見ると、雨は上がり、月明かりが周りを優しく照らしていた。

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