言葉と意思の行軍記   作:嶺上

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一三話

 1981年、ヘラス帝国とメセンブリーナ連合の国境沿いにあるとある村で、とある事件が起きる。

 人間種と亜人種間の差別による対立である。古くから魔法世界に根を下ろして生活してきた亜人種と、人間世界から移住してきた人間種の間には根深い対立・差別があった。しかし、それ自体は分かっていた事だった。普段より小競り合いの絶えない両種族であったが、その時まではその程度であった。実際に何が起きたかは後年の歴史家の調査でも判明していない。しかし、差別による小競り合いが起きた事により魔法世界における一大事件へと発展する。

 後年『大分烈(ペルム・スキスマティクム)戦争』と呼ばれる戦争だ。

 魔法世界を二分する大戦が激化していく中、ヘラス帝国は『オスティア回復作戦』に踏み切る。王都オスティアはメセンブリーナ連合へ繋ぐグレート=ブリッジの手前にあり戦略上重要な拠点であるが、公式書類に『回復作戦』と銘打つところはヘラス帝国にとって始祖アマテルが建国したウェスペルタティア王国は宗教上にも重要な拠点であったと考えられている。

 

 未央がオスティアでテロリスト認定を受け、賞金首となってから四年が経過していた。オスティアへ近づく行為はデメリットが多い。しかし、オスティアが帝国の手に、背後にある完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の手に落ちるのは危険と未央とアルは判断した為、援軍に入る事となった。当然紅き翼(アラルブラ)全員で援軍に入る予定ではあったが、出発準備をしている処に帝国軍の紅き翼討伐隊が乱入してきた為、二人が先行する事となった。

 未央とナギは王都オスティアへ向かい、地上を疾走していた。その速度は地上を走る姿からは想像出来ない程の高速だ。魔力で強化した身体能力に加え、概念能力による重力制御を駆使しての高速移動。その結果、二人は人が走るという行為で音速に迫る。

 その速度がもたらす結果は、空気を裂いて走る轟音と衝撃波による周辺への被害だ。周辺に人が住んでいる場所はない為、人的被害は無いが二人の通った後は木々がなぎ倒されている。

 

 

 二人はオスティアを見渡せる位置にある小高い丘へ到着。時速1200kmを超える速度から急停止をかける。地面を削り取るように滑りながらも、なんとか停止する。丘の上からオスティアを見渡すと、既に都市部に戦火が上がっており、遠くからでも火事の煙を確認出来る。

 

「ナギ! もう戦闘が始まってる!」

「遅かったか! 未央、今回は黄昏の姫御子が出るってマジか!」

「私の知ってる歴史とまだ変わってないなら、出てるはずよ。オスティア防衛の要ですもの」

「ち……気にいらねぇぜ」

 

 黄昏の姫御子とは、オスティアの王族のとある少女の呼び名だ。

 魔法無効能力を持ち、帝国の高い魔法技術だろうと無効化する為、防衛拠点として配置されるのだろう。しかし、魔法以外に対してはただの少女だ。帝国の主力兵器である鬼神兵や質量兵器で簡単に命を落とす。そして、完全なる世界のメインターゲットだ。

 

「まだ小さな女の子なんだろ!? 何だってそんなもん担ぎ出すんだ!」

「それしか手段が無いからよ。それに、その子を助けに今から行くんでしょ」

 

 未央はアーティファクトを展開、2本の杖を作り出し、片方をナギに渡す。杖自体は、簡素な木造の杖に見えるが、当然の如く概念によって強化されている。【魔力効率最大】【疲労は魔力となる】と二つの概念が杖の内部に刻まれており、戦闘が長期化しても魔力切れを起こす事なく戦闘を続けられる特製の杖だ。

二人は杖に跨り、勢いよく戦場へ飛び込む。黄昏の姫御子が配置されている尖塔を探しながら、戦場の空を翔ける。

 

 戦場を見渡すと、帝国軍の空中戦艦と鬼神兵がオスティアの防衛陣を押し込む形で展開されている。帝国軍の主力である空中戦艦と鬼神兵。空中戦艦は鯨のような形状をしており、機械仕掛けの鯨が空を飛んでいるようにしか見えない。鬼神兵は人型兵器だ。個体ごとにサイズは異なるが、2m程度の個体から50mを超える巨大な個体も存在している。

 両兵器ともにヘラス帝国の高い魔法技術によって生み出されており、強固な魔法障壁、精霊砲を標準装備している。

 一方、オスティア防衛陣を形成しているのは浮遊島を利用した固定砲台だ。大出力の精霊砲を浮遊島へ配備し、物理的に強固な建築物でそれを覆う事で射程内の敵を撃墜する設備だ。

 既に一部の防御陣は決壊しており、オスティアの劣勢は見て明らかだ。

 

 そんな中でも、鬼神兵と空中戦艦が不自然に大挙している一角がある。帝国領からオスティアへの最短距離となる場所だ。魔法で強化した視力で確認すると、鬼神兵の隙間から尖塔が見える。既に尖塔へ向けて鬼神兵が手を伸ばしており、尖塔は崩壊の危機を迎えていた。

 

「あそこよ! ナギ!」

「おう!」

 

 二人は一直線に尖塔へ向かう。進路を遮る鬼神兵へ向け、ナギが魔法を行使する。

 杖に魔力が充填され、雷を纏い始める。雷が増幅されていき、まるで巨大な剣のような形状を取る。それを認めるとナギは鬼神兵の胴を雷の杖で薙ぎ払う。弾けるような音と共に、雷が鬼神兵の胴を一撃で破壊。鬼神兵の上半身がそのまま地面に落ちる。

 ナギはそのまま周囲の軍勢を牽制するように魔法を放ち、未央はナギが開いた道を行く。

 

 尖塔へ未央が飛び込み、続いて周囲を牽制していたナギも到着する。

 尖塔には数人のローブを羽織った魔法使いと、一人の少女が居た。

 少女には両手に床と固定された鎖付きの腕輪がはめられており、口の端から血が流れている。

 

「き、貴様らは……! 紅き翼、千の呪文の男と契約の魔女!」

「おお、俺らも有名になったな!」

「あいつの顔見てみなさい、あれは有名な奴っていうより悪名高い奴らを見たって顔してるわよ」

 

 未央は少女に歩み寄る。他の魔法使いは後ずさり、進路を邪魔する者は居ない。

 少女の頬に手を当て、血を拭く。近くで見る少女の瞳からは意思が感じられない。

 

「んー……お嬢ちゃん、お名前は? 私は未央、未央・柳よ」

「ナ…マエ…? アスナ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

 

 

 ●

 

 

「名前長いわね」

「なげーな、でもいい名前じゃねぇか。俺はナギ・スプリングフィールドだぜ」

 

 後ろに控えていたナギが自己紹介をしながら少女──アスナに近づき、頭をなでる。

少女はそれを振り払う事なくナギを見つめており、痛ましかった先ほどの姿から少しだけマシになる。その光景を眺めながら、未央は思う。

 

 ──ついにメインキャラ来たわー。感無量ねぇ……。いや、もうとっくにナギと会ってるわ。

 

 しかし、今の彼女はどう見ても10歳かそこらの少女だ。ネギが生まれてくるまで大戦期を含めて20年はある。どう考えても年齢が合わない。原作もあまり詳しく読んでいなかったが、説明されていただろうか。そう思考を巡らせていると、戦場の爆音に気づく。

 

「ナギ、とりあえず戦場を制圧しましょう」

「おうよ。待ってなアスナ、すぐに終わらせてくるぜ」

 

 ナギと並び、戦場を見渡す。状況は俄然帝国有利だ。3時間も経てば、帝国軍に押し切られるだろう。ここから巻き返すには、自分達が力を尽くさなくてはならない。

 

「ナギ、鬼神兵は宜しく。私は戦艦と周りの魔法使いを叩くわ」

「おうよ! 俺達二人が揃えば無敵だかんな!」

「ええ、当然ね」

 

 二人で役割を決め、笑顔で軽口を叩き合う。この四年間、確かに二人が揃って負ける事は無かった。勿論今後も誰かに負ける事は無い、そう確信している。

 それは、ナギの力だけではなく、自分の力が増している事も自覚しての自信だ。

 

「さて、じゃあ……手早く済ませましょうか」

 

 概念を展開する。

 

 

 ●

 

 

 各地でオスティア兵達は奮戦していた。

 各浮遊島に防御陣地を構築し、固定式の精霊砲を用いて帝国軍の戦艦を一つづつ撃墜していく。しかし、技術力も帝国が高く、数も多い。ただでさえ集中砲火でなければ相手の魔術障壁を抜く事が出来ないが、相手の空中戦艦を一隻落とす間に他の戦艦が前線を押し上げられ、防御陣地が制圧されていく。

 既に敵戦艦による攻撃は王都を射程に捕らえ始めており、誰もが自分達の無力さを感じていた。

 

 そんな中、戦場では聞こえるはずのない、少女の囁くような声を聞いた。

 

【・──全ては落ち行く】

 

 誰もが聞いたその声は、頭に直接響くように聞こえて、声のする方向が特定出来ない。しかし、戦場の爆音にかき消される事なく響き渡った。

 瞬間、言葉通りの現象が発生。帝国軍の空中戦艦が全て地上に墜落したのだ。地面をえぐるように墜落した空中戦艦は損傷を受けて煙を上げており、再浮上する事はない。

 

「なんだ……? 誰が、何をしたんだ?」

「真上だ! 何か居るぞ!」

 

 声に反応して彼らは上を見る。そこには白い装甲服を纏った少女が杖に腰かけ、戦場を見渡していた。真下からは顔が見えず、彼らには少女が誰か判別する事は出来ない。視線に気づいたように少女はオスティア兵達を見る。遠景だが、少女の顔が見えた。そこで彼らは気づく。

 四年前のオスティア最奥部爆破事件の実行犯、その後に世界各地で連合・帝国の区別無く重要施設を破壊して回っているテロリストグルー紅き翼の一角。

 

「契約の魔女……! 何故我らの援護を!?」

「今は前を見なさいよ。オスティアの担い手達」

 

 魔女が声を響かせる。言われて前を見ると、空中戦艦が墜落して出来た前線の穴を埋める様に鬼神兵が詰め寄ってきている。オスティア兵士達はそれを見ると急ぎ防御陣地の障壁を張りなおす。空中戦艦は精霊砲のみだが、鬼神兵はそれに合わせて物理攻撃を繰り出してくる為、障壁の変更が必要だ。

 慌しく兵士達が動く中、上空の少女はゆっくりと懐から何かを取り出す。目を凝らしてみると、一冊のノートである事がわかった。

 魔女の声が再び戦場に響く。

 

【・──文学は力を持つ】

 

 声が響くと同時に、魔女が持つ本が青白い光を放ちながら分解されて行き、紙片が魔女の背後へと展開される。

 紙片の一枚一枚が青白い光を纏っており、背後に展開したそれは青白い翼のように見える。魔女は杖を足場に立ち上がり、鬼神兵を指で指す。紙片の発光が一際強くなる。

 

「自由帳40ページ分、食らうといいわ。テスタ・テイスティ・テスタメント 千の雷!」

 

 魔女の声と共に、背後の紙片に変化が起きる。纏っていた青白い光が一際強くなり、紙片から雷が飛び出して行く。魔女の指差した方向へ向かい、40の千の雷が突き進む。その雷は相互に干渉を起こし、一つの巨大な雷の竜に姿を変えた。

 直撃。

 雷の竜が鬼神兵の魔術障壁に食いつくと、魔術障壁は弾けるように霧散する。そのまま竜の顎が鬼神兵を噛み砕く。竜は勢いをそのままに、背後に控える兵力をも食い尽くした。

 残ったのは、魔女の下や後ろに配置されていたオスティアの防御陣地のみ。魔女は杖に座り直し、オスティアの兵士が健在な事を確認して呟く。

 

「ちょろいものね」

 

 

 ●

 

 

 王都オスティアの王城では、報告を待つ王族達が会議室へ集まっていた。誰もが表情を暗くし、敗戦を覚悟している事を察する事が出来る。その会議室へ伝令の兵士が駆け込み、告げる。

 

──我らの勝利である、と。

 

 瞬間、会議室は一瞬の静寂に包まれる。誰もが兵士を見つめ、その内容が間違いではないかを確認していた。兵士はその視線を受け、間違いないと首を縦に振る。確認が取れると、王族達は一瞬で歓喜の表情を浮かべる。祝勝会の準備だ、戦勝パーティだと騒ぎ始める中、一人だけ緊張を保った人間が居た。

 アリカ・アナルキア・エンテオフュシア、王都オスティアの姫たる彼女は、戦闘の勝利より何故勝利できたか、その理由に注意を向けていた。

 

 ──契約の魔女と千の呪文の男が援護に入った、とな。何を要求される事やら……。

 

 オスティアの怨敵とも呼ばれる魔女が何故自分達の援護に入ったのか、周りの人間は勝利に浮かれてその点に気を回してはいない。かの魔女は確かに人助けもすると聞き及ぶが、それは対価を要求しており、契約相手が受け入れなければ手を貸さぬというビジネスライクなものだ。何を要求されるか思案し始めるが、周囲の雑音で集中できない。

 

──虚け者どもが!祝勝会などしている場合ではなかろう!

 

 一喝し、今後の対策や契約の魔女について相談したいところではあるが、自分の発言など無視されるに決まっている。そう思い、一人会議室を出る。

 自室に向かいながら、今後起こり得る展開に思いを巡らせる。

 

 ──やはりテロリスト認定の解除か、もしくは金か? いや、もっと違う狙いがあると見るべきじゃな。

 

 相手はこの四年間の間に連合・帝国問わず破壊工作を繰り返してきた魔女だ、金で動く人間とは思えない。また、テロリスト認定の解除も最早オスティアだけの問題ではない為、こちらに要求してくるとは思えない。悩みながら自室に入る。椅子に座り、執務机に肘をつけて頭に手を当てる。

 頭が痛い問題だ、そう考えながらため息をつく。

 

「お疲れじゃない。お酒でも飲む?」

「虚け者、私は酒を嗜まな……!?」

 

 自分しか居ないはずの部屋で、声をかけられる。あまりにも自然に声をかけられたので返答しそうになったが、椅子から飛び跳ねて声の方向を見ると、寝台に女が座っている。

 黒い髪に白い装甲服、間違いない。何度も手配写真で見た顔だ。

 契約の魔女、オスティアの怨敵、未央・柳だ。

 

「侵入者じゃ!」

「あ、ごめんそれ無駄。この部屋に音通さない仕掛けしちゃった」

 

 相手は手に持った酒瓶をもてあそびながら答える。その仕草は、

 

 ──なんとも不遜な女。しかし、体型は私の勝ちじゃな。

 

 そう思い、精神的な余裕を自分に持たせる。少なくとも交戦する気は相手に無いようだ。ならば相手のペースに乗り、狙いを聞きだしてくれる。

 

「ふん……何様じゃ、契約の魔女」

「流石賢いと噂のアリカ様、話が早いわね。でもさっき失礼な事思わなかった?」

 

 気のせいだ、と返す。相手はそれに首を傾げながらも納得し、寝台から立ち上がって自分の座る執務机の前に椅子を置き、こちらと相対するように座る。手に持つ酒瓶を机に置き、グラスを二つどこからともなく取り出し、酒を注ぐ。

 

「私はやらんと言うのに」

「まぁまぁ、付き合いなさいよ」

「酒は人生を駄目にする。お主もこれを機会に辞めるが良い」

「堅物ねぇ……お酒は百薬の長という言葉を知らないの?」

「万病の元とも言うじゃろうに」

 

 そう返すと、相手は詰まったような表情をする。ざまあみろじゃ。

 仕方が無いと相手は呟き、またしても何処からか別の瓶を取り出す。

 

「オレンジジュースならいいわよね?」

「良いじゃろう、注ぐが良い」

 

 自分のグラスに黄色い液体が注がれる。匂いを嗅いでみるが、特段変な匂いはしない。

 相手が口をつけるのを待った後、自分も口につける。

 

「どこまでも疑うわねぇ……」

「当たり前じゃ、いい加減目的を話せ」

「ん……いいでしょう」

 

 相手はグラスを置き、姿勢を正してこちらを見る。

 その目は、こちらを対等な人間と見ている目だ。

 果たして、何を要求してくるかと身構えていると、

 

「一身上の都合により、私 未央・柳。貴方の良い友人となるべく、力を貸しに来たわ」

 

 ──予想外の言葉を綴った。

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