未央が目を覚ますと、白い景色が目に入った。
また死んだのかしら、と思ったが、所々に見られる汚れや、自分にかけられている毛布からそうではないと気づく。
つまりこれは、だ。
「……知らない天井ね」
ニヤリと口に笑みを作り、心の中でガッツポーズを取る。
……決まったわ。
転生系二次創作のお決まりを踏襲したところで、未央は改めて部屋を見渡した。
ワンピースは着ているが、ローブは枕元に畳んである。眠りやすいようにローブだけは脱がしてくれたのだろう。ローブの横には、水差しとコップが置かれている。
水差しに注がれている水を見ると、自分の喉が潤いを欲している事に気づいた。勝手に飲んでもよいものかと悩んだが、あまり遠慮しすぎるのも相手に失礼だろうと思い、頂く事にする。
水差しのある机まで移動しようと、ベッドの脇に揃えてあった自分の靴に足を通す。立ち上がると、膝が笑い、太股に筋肉痛が走った。間違いなくはしゃぎすぎのツケだ。今まで走り回る経験が無かったとはいえ、今後は自重しよう。
水差しを手に取り、持ち上げようとすると腕まで筋肉痛が走った。高笑いしながら走りまくった昨日の自分に怨嗟の念を飛ばしながら、コップに水を移し、一気に飲み込んだ。潤いを得た喉は安心とばかりに、ふう、と言葉を押し出す。
一息ついた事を実感していると、ドアノブを回す音がした。振り向くと、森で出会った赤毛の男性が見えた。助けてくれたお礼と、水のお礼をしようと未央は男性に振り返り、
「助けて頂いて、ありがとうございました。すいません、水を勝手に頂いてしまいました」
「水は君の為に用意したものだからいいんだよ、それより体に痛むところはないかい?」
「筋肉痛がひどい位で、怪我はありません。ありがとうございます、何から何まで気を利かせてもらって」
重ねてお礼をすると、男性は当然の事をしたまでと、笑顔を作った。その笑顔を見る自分までも笑顔にさせてくれる温かいものだ。
……天然の女たらしね、自覚が無いあたり女泣かせに違いないわ。
恩人を相手にあんまりな評価だが、こんな思考は余裕がある時にしか出来ない。自分の調子が戻ってきている事を自覚する。それも、目の前の男性のおかげだ。
「それはそうとお嬢さん、名前を伺ってもいいかな。いつまでもお嬢さんでは失礼だろう、僕はノギ・スプリングフィールドだ」
……あれ?スプリングフィールドって主人公の名字じゃないかしら。
よくある名字なのだろうか、しかし赤毛という特徴も一致する。しかし、原作にノギというキャラクターは居なかったはずだ、と記憶を探ろうとするも、今はその時ではない。
「私は、未央(ミオ)・柳(ヤナギ)と言います。改めて、スプリングフィールドさん、助けていただいてありがとうございました」
お互いの名を交わし、未央は改めて感謝の為、頭を下げる。
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ノギは少々困惑していた。
少女……未央を助けた事は当たり前の事をしたに過ぎない。ここまで感謝されては背中がかゆくなる。東洋人は慎み深いと聞いた事があるが、民族的なものだろうか。
更に本当に助かりましたと続けて礼を入れて、当然の事をしたまでと返す。そんなやり取りが続く中、玄関から乱入者の声が響いた。
「親父ー、たっだいまー! 今日も学校は暇だったぜ!」
声は息子のものだった。話題を変えるには丁度良いと思い、未央へ息子を紹介したいと持ちかけた。彼女は嫌がるそぶりも見せず、了承した。
玄関へ向けて声を飛ばす。
「ナギ、ちょっとこっちへおいで」
「あ? なんだよ親父」
年季の入った床に遠慮しない息子の足音が近づいてくる。すぐに部屋まで到着して、中を見ると息子は起き上がった少女を見て、パッと笑顔になる。
「なんだよ親父ってあんた目覚めたのか! よかったな! ところであんたの髪の毛珍しいよな生まれつきなのか? そういや名前聞いてなかったよな! 俺はナギ・スプリングフィールドだ! 宜しく頼むぜ! しかしなんで森なんて居たんだよ親父がいなかったらあぶなか」
「ナギ、ちょっと待ちなさい。彼女が混乱してるよ」
息子の怒涛の挨拶に、彼女は圧倒されていた。息子を止めても数秒呆けたままで、機を戻すと、彼女は名乗り始めた。
「えっと……まず髪は生まれつきよ、名前はミオ・ヤナギ。森には居たくて居たわけじゃないわ。レディに対するマナーがなってないわよ、ナギ」
「ミオか、宜しく頼むぜ! いつまで居るんだ?今から遊びにいくから付き合えよ!」
「貴方……話聞かない男ねぇ」
「そう褒めるなよ」
「どうして今ので褒めた事になるのかしら……。とりあえず今は筋肉痛で動きたくないから、遊びには付き合えないわよ」
「えぇー、しょうがねぇなぁ。じゃあ俺が庭で魔法の練習するからそれ見てろよ! 決まりだな!」
「ちょっと筋肉痛で動きたくないっていって、ちょ、引っ張らないでよ!筋肉痛に響くのよ!」
息子は彼女の言う事を気にせず、手を引いて外に走り出していった。
……自分の息子ながら、強引で、まるで台風のようだ。
そう思いながら、なんだかんだで手を振り解かない彼女を見て、人に強く当たる事が日常的になっている人間ではないのだな、と察した。筋肉痛のところを強引に連れ出されて悪いが、出来れば、息子の良い友達になってほしいものだ。
●
未央はナギに連れられて、庭でナギの練習を眺めていた。練習といっても、簡単な魔法をいくつか行使したり、庭先にある大き目の木に向かって魔法を撃つ程度だった。
それでも収穫はあった。魔法は発動の鍵となるキーワードが先に来て、続いて放つ魔法の詠唱、最後に魔法名を口に出す事で発動する事が確認出来た。
……まるで自分の意思を世界に示すようね。
そんな印象を未央は抱いた。特に、自分だけのキーワードを最初に持ってきている所がだ。魔法がどうやって発動しているかは把握していないが、自分の意思をはっきりさせる事が必要と思わせる手順には好感を抱く。
使ってみたいわね、と思っていると、察したようにナギが振り向いた。
「アンタ、やってみっか?」
へへ、と笑いながら言うそれは、無邪気な悪戯小僧の笑顔そのものだ。
「やってみたいのは山々だけど、私は杖も自分のキーワードも持ってないわよ」
「杖は貸してやるぜ。初心者用に誰でも使える呪文があってな、『プラクテ・ビギ・ナル』ってキーワードから詠唱すればいいぜ」
出来ないだろうけどな、と悪意も無く笑っているようにみえた。
……生意気な奴ねぇ。やってみなけりゃわかんないわよ。
杖を受け取り、よし、と気合をいれる。見事に成功させて鼻を明かしてやろうと意気込んで、先ほどナギが行使していた呪文の一つである着火の呪文を放つ。
「プラクテ・ビギ・ナル 火よ灯れ!」
気合一喝。ふんだんに込めたはずの気合は、杖先からぷすんと音を出して抜けていった。つまり、失敗である。
ポーズを決めたまま停止した未央の背後、笑いをかみ殺しきれずに肩を震わせるナギが居た。漏れた笑い声が未央の耳に届く。
少々、いや、かなり悔しい。負けを認めるべきか、しかし自分は今回が一回目だ。ノーカウントでも良いのではないか。そんな思考が頭を駆け巡る。
「………………出来なかった。教えてもらったのにごめんなさいね」
しかし、未央は堪えた。出来なかった事は事実よ、と自分に言い聞かせて。杖を返そうと差し出すと、ナギはそれを遮った。
「……何よ?」
「笑って悪かったって。俺がコーチしてやんよ、東洋人は恥を気にするって親父いってたからな!」
「へぇ……」
思わず感心の声が漏れ出た。強引な男の子だと思っていたが、相手を気遣う事も出来るとは。どこかナギを軽んじていた未央は、心の中で自分を叱責する。見れば、ナギの顔には屈託のない笑顔が浮かんでいた。
止める為に差し出された手を取って、一応謝っておこうと思った。
「ごめんなさいね」
「ん? 何がだ?」
「いえ、気にしないで。個人的なけじめだから。じゃあコーチ、お願いね」
「おう、任せとけよ。俺の唯一の特技だからな!」
張り切ってコーチを始めるナギと、素直に頷いて学ぶ未央。
ウェールズの小春日和の下で、少年と少女の騒がしい遊びが始まった。