日の落ちかけた森で、打撃音が鳴り響く。
空を飛ぶ二つの影が、時折交差する度、連続した打撃音が鳴る。影の片方は雷の槍を展開し、投擲する。もう一つの影は、雷の槍に対して回避を選択。腰かけた杖に、力強い光が宿る。瞬間、速度を得た影が槍の穂先から逃れる。逃れる為に高度を上げた影は夕日に照らされる。
未央だ。
急上昇で高さを得た彼女は、槍を回避した勢いのまま、旋回する。その速度は、もはや並の魔法使いでは追従すら許さない。
7ヶ月に渡る魔法学校での生活で得た知識と、ナギとの稽古で体に染み付いた武術は、現時点でナギに追従する程に高まっていた。
「どういうつもりよ、ナギ!」
相対する影に叫ぶ。叫びを無視するように、魔法の矢を出しながら上昇して、ナギは未央に迫る。
未央は、同じように魔法の矢を展開し、下降しながら未央はナギに迫る。
接近すると、両者の魔法の矢が、各々の拳に寄り添う。未だ、身体能力はナギに劣る未央だが、高所からの下降を利用した速度により、力を上乗せする。交差する瞬間、魔法の矢を纏った両者の拳が突き出される。破裂音が鳴り響き、周囲に衝撃の余波が撒き散らされる。
速度を持って力を上乗せした未央に、ナギは生来の魔力量と才能で拮抗する。
「魔法学校を中退するなんて──!!」
改めて、未央はナギに問う。
魔法学校を辞める、夕飯の食卓でナギはそう言った。ノギは理由を問い、ナギはこう答えた。
──どうしても今やりたい事がある。旅に出るんだ。
ノギはその答えを得て、好きにやりなさいと、そう答えた。
親子の会話にしては、あまりにも簡素なソレに未央は食ってかかった。
──まだ10歳の子供が一人旅なんて、認められるわけないじゃない!
やりたい事とはなんだと問う未央に、ナギは首を振るばかりで答えようとしない。
普段、ナギはこういった反応をしない。トラブルの理由も未央が聞けば、笑いながら答え、未央が頭を抱えてノギが笑う。
それが、この半年の日常だった。前世で得られなかったものを手に入れたようで、口にはださずとも、未央はナギにも感謝していた。しかし、この少年は今、その日常から離れようとしている。
それを止めるのは、未央の我侭だ。自分でもそれはわかっている。わかってはいるが、
──やめてほしいと。まだここに居ようと。言わずにはいられないのよ!
前世でこんな思いを得た事は無かった。面会に来た親を引き止めた事も無い。
ノギに拾われ、ナギと学校生活を送り、三人と食卓を囲む。
作った料理を美味しいと言われ、明日の予定を話し合う。そんな日常に甘えていた。
ナギの旅立ちは原作でも重要な点だ、変更する事は出来ない。
しかし、自分の感情はそんな事はお構いなしとばかりに、叫ぶ。
──行かせるな、まだ大丈夫だ。まだここに居ていい。
こんな事は初めてだ、そう思い、自分が感情を持て余している事に気づく。
結局、二人とも引かずに喧嘩がエスカレートして、今の状況に至る。
拮抗していた拳は、既にナギに押され始めている。衝突の瞬間は拮抗するも、地力の違いはやはり覆る事はない。未央は拳で打ち勝つ事を諦め、手を引く。ナギの拳が迫るが、体を捻り、杖から落下しながら回避する。
空に身を投げ出しながらも、捻った体の勢いで蹴りを繰り出す。
ナギの胴に蹴りがねじ込まれ、互いに杖から落下する。
空に投げ出された身で、勢いを制御しながらナギを見ると、既に体勢を立て直して雷の槍を準備している。こちらは未だ体勢が整っていない。
槍が投擲される。直撃コースだ。虚空瞬動、駄目だ、入りのタイミングで着弾する。
つまりは回避不可能だ。そこまで認識したところで、槍が着弾する。
雷撃の衝撃と痺れを得て、未央は落下ではなく、墜落し始める。
──魔法と武術じゃ、まだ、勝てないわ。
相手はいずれ世界最強と呼ばれるようになる魔法使いだ。自分のように、未だ魔法使いを初めて一年も満たない人間に勝てる可能性は無い。
勝つならば、概念能力を使う必要がある。しかし、未央は思う。
──これはただの喧嘩だ、自分の感情を整理する為の戦いで、他人から貰った力を使いたくない。
改めて気を入れる、墜落する自分を追いかけてくる杖を取り、墜落の勢いをそのまま飛行速度に変える。相手を見ると、こちらを見ながら迎え撃つ構えを取っている。
──そう、最後まで付き合ってくれるのね。
ありがたい、ここで止めよう等と言ってきたらそれこそ概念能力で殴り飛ばすところだ。
長期戦に勝ち目は無い。魔力の量も体力もあちらが上だ。
だから、次の一撃で決める為、未央は距離を取る。高度を上げながら、ナギを見る。
雷の槍の展開は終わっているが、投擲してくる気配が無い。
──次で最後だと、察してくれているのね。
十分に高度を取り、止まる。自分の出せる最大数まで魔法の矢を展開し、降下を開始する。
風を切りながら、加速を続ける。決着は正面からぶちあたってつけると、お互いの思いは一致している。先の降下より倍以上の加速を得て、さらに杖から虚空瞬動で飛び出す。
自分の出せる最大の速度で、未央はナギで飛び込むように右ストレートを突き出す。
ナギは完全に迎え撃つ形で、未央に合わせるように左のストレートを突き出す。
まず衝突したのは、お互いの魔法。
未央の展開した魔法の矢が、ナギの雷の槍によって消滅していく。しかし、威力は減衰し、未央の魔力障壁を貫くには至らない。
次にお互いの拳が衝突する。速度の乗った未央の拳が、ナギの拳を押し出していく。
「──ォ」
ナギの声だ。上空に上がってから沈黙し続けたナギは、
「ォォォオオオ!!!」
裂帛の気合を最後の一撃に加える為、吼える。
押し出していたはずの未央の拳が止まる。拮抗状態は無く、ナギの拳が未央を押し込んでいく。
未央はナギの表情を見る。この喧嘩中、彼を真っ直ぐに見る事は無かった。
その表情に怒りの影は無く、ただ真っ直ぐと自分を見ている。
──これは、勝てないわね。
ナギの拳が振り切られる。完全に押し負けた未央は、抵抗をやめて、自由落下を始める。
落下の中で、どうしようと思う。自分は、いずれ生まれるネギの保護者役として転生してきたのだ。
正直、最近はその事も忘れていた。目の前の生活に甘え、ただ続けるのもいいと思っていた。
さて、困った。
そう思いながら落下していると、落下の勢いが消える。何かと目を開くと、ナギが居た。
抱きかかえられているのだと気づく。
「ミオ、頼みがある」
ナギは、見た事の無い真剣な表情でこちらを見ている。
「旅に、ついてきてくれないか」
彼は、そう言った。
「親父が、戦争が始まったって言ってた。家に帰る事も少なくなるって。
人も沢山死ぬし、世界がめちゃくちゃになっちまうらしい。
だから、俺は少しでも親父の手伝いがしたいんだ。
──世界を、見て回りたいしな」
学校では、退屈だとイタズラをして暇を潰し、勉強をサボっていた少年は、決意を秘めた瞳で言葉を重ねる。
「ミオが居れば、俺はきっと無敵になれる。辛い現実って奴にぶちあたっても、きっと立ち上がれる。
だから、頼むミオ。 ── 一緒に来てくれないか」
ともすれば、プロポーズにも聞こえる言葉だ。
誤解を招くわよ、と声に出そうとするも、自分の口は別の言葉を紡いでいた。
「Testament……私は、貴方についていくわ」
●
月が空に上り、昼の喧噪が鳴りを潜める頃、未央は部屋でナギと相対していた。二人とも床に正座しており、未央はなにやら小刻みに震え、ナギは未央をまっすぐ見据えている。二人の足下には魔法陣が仄かに光っており、部屋をぼんやりと照らしていた。
未央は思う。
──ど、どうしてこうなった。
今、二人は仮契約の儀式をすべく相対している。準備は既に出来ており、後は唇を重ねるだけというタイミングで、未央から待ったが入った。
──いや、いずれ仮契約は結ぶとは思っていたけど・・・
早い、早すぎる。しかもキス形式とは・・・
全てはナギの誘いをああ答えた自分の責任だ。そう思いながらも、未央は踏み切れずにいた。素直に言えば、恥ずかしいというか、照れる。前世ではファーストキスすら経験していないのだ。というか何故ナギはあんなにも堂々としているのだ。納得がいかず、思わず問う。
「ちょ、ちょっとナギ、あんたは照れとかそういうのはないの?」
「そりゃ少しは照れるけど、未央が仮契約してくれるなら嬉しいからな!」
そう答えて、ニッと歯を出して笑う。
自分の頭から、蒸気が抜けるような音が聞こえた気がした。
──いかん、反則だ。いきなりジゴロ覚醒してる。
というか私はこんなにも惚れっぽかったのか。
落ち着け、と思う。自分達は未だ10歳だ。ここで仮契約しても、将来心代わりする事はある。だからこそ仮の契約だ。そう、あくまで仮契約だ。原作だとネギが大量に契約していたではないか。うん、OKOK。まだ問題ない。
「──よし、いいわよ」
そう答えて、目を閉じる。自分の顔が熱を持っているのを自覚し、心臓が激しいビート音をかきならしている。
目を閉じた結果、耳に神経が集中しているのか、周りの音がよく聞こえる。ナギが立ち上がった音がする。自分の方へ1歩2歩と近づき、膝をつく音。そして、自分の頬に手が当てられる。ナギの呼吸音が近づく。
「いくぞ、ミオ」
わざわざ言うな!死ぬ!早く済ませないと照れ死す─
思うと、唇に何か当たる。見えずとも何かはわかる。
ナギの唇だ。
当たると、ナギも軽く震えている事がわかる。
──お互い様よ。あんたも照れ死しないと不公平だわ。
「仮契約」
声が響き、魔力が収束する音がする。
唇を伝い、ナギの存在を確かに知覚する。見えずとも、視える。仮契約の執行により、自分とナギの間を繋ぐ何かが出来た事が感じられた。
『・・・・・・ぷはっ』
二人同時に首を後ろにそらし、目線を合わせまいと俯こうとし、互いの額を打ちつける。
『あいたぁー!』
またしても二人同時に、今度は悲鳴を上げ、額を押さえながら前を見て、視線を合わせる。
未央は顔を真っ赤にしており、目から涙が出ている。
ナギは顔を真っ赤にしており、しかし口元は笑っている。
未央は何か声をかけようと、必死に今まで読んだ本を思い返す。
──ど、どれを参考にしたらいいのか。
迷いながらも高速で思い返すと、自分の脳は恋愛小説を検索結果としてバシバシと弾き出す。
──ち、ちがうそうじゃない!違うの!
検索条件に一致するファイルがありません。
──馬鹿なー!
「未央」
「は、はい!!!」
ナギに声をかけられ、思わず返事をする。ナギも未だ顔を赤くしているが、笑顔で告げる。
「宜しく頼むぜ」
「ま、任せなさい・・・・・・」
かろうじて二言目はいつもの調子で返すも、声色は小さい。未だ心臓の鼓動は激しく、落ち着くには随分かかりそう、そう思っていると、
「ではミオ、ナギを宜しくお願いします」
傍らに控えるノギが、そう言った。
一気に頭から血が引き、硬直しながら未央は思う。
──何故いる。
理由はすぐに思いついた。
当然だが、キスをしながら魔法の詠唱は出来ない。
では、先ほどの仮契約を詠唱・発動したのは誰か。
勿論自分とナギではない。
ならば、消去法で回答は出る。
この家に住む三人目、いや、この家の主。
ナギの父親。
──お、親同伴でファーストキス!?
プツリと何かの切れた音がして、未央は自分の視界が暗くなっていくのを感じた。
照れの臨海点を突破したのだ。
未央の乙女回路は完全にオーバーヒートを起こし、正気を維持する為、一時撤退とばかりに意識を遮断したのだ。
倒れ込む未央をナギが慌てて抱え、ノギはそんな二人を微笑ましく、しかし少々意地の悪い笑みで見守っていた。
●
翌朝、目を覚ました未央は、自分の枕元で一枚の紙片を見つける。
──仮契約カード。
昨晩の事を思い出すと、再び心臓の鼓動は加速を始めるが、深呼吸する事で対処する。自分のカードを見ながら、これからの事を思う。
大戦に飛び込んでいく、戦争を経験するのだ。
恐怖はある、不安もある。
しかし、
──まぁ、あの馬鹿と一緒なら、なんとかなるでしょ。
なんとかしていけるだろうと、確信がある。
ナギのサポートとして、やる事は多い。紅き翼のメンバーを探し、悠久の翼を立ち上げる事が当面の目標だ。
自分の気持ちにも整理をつけねばなるまい。なにせ、ネギはアリカとナギが結婚した末に生まれた子供だ。ナギの保護者役として転生した自分が、ネギを消滅させるわけには行かない。
──まさか初恋がここまで面倒な事になるとは。
ふう、とため息をつきながら、気づく。
そういえば、中身18歳の自分が10歳のナギに惚れるのは、ショタコンになるのではないか?
気づいてしまうと、またしても頭痛の種が増える。呻きながら枕に顔を当て、ベッドの上をごろごろと回る。
結局、未央が部屋から出てこないのを心配したナギが部屋に入ってくるまで、未央の苦悶の時間は続いた。
まぁ、代わりに痴話喧嘩が始まったのはご愛敬だろう。
●
喧嘩を終え、スッキリとした表情で居間に下りてくる未央。後ろに続くナギは、なにやら疲れた表情をしている。居間にはノギが控えており、机の上には旅に必要と思われる背嚢やローブが積まれていた。
「おはよう、ミオ。よく眠れたかい?」
「はい、──?」
未央と呼ばれた事に、違和感を覚える。ノギはいつも自分を「未央さん」と呼ぶからだ。
疑問に思っていると、ノギが続ける。
「旅に必要な道具は揃えておいたよ。二人とも、最初は麻帆良学園に行くんだ。
もうすぐ魔法使い達の武道会が開催されるからね、そこで自分達の今の実力を把握するんだ」
「わかったぜ親父!」
意気揚々と答えるナギ、一方未央は示された目的地に、なるほどと思う。
そこで早々に負けるようであれば、ナギも考え直してくれるだろう。
「それと、仮契約の事、改めて説明するよ」
「あ、ああ。はい、お願いします」
駄目だ、まだ仮契約と聞くと昨晩の事を思い出す。
今回の仮契約は、ナギを主として、ミオを従として契約している。カードの絵柄には、剣、槍、弓、銃など、いくつもの武器が周囲に展開されており、白と青で染まったコートを羽織る未央、その背後に獣のような影が書かれている。
アーティファクト付の契約となるようで、呪文を呟く。
「来たれ!」
光と共に、未央の手中に無色の粘土が現れる。
「何故に粘土? 武器じゃないのかしら…去れ!」
後程、色々試してみようと思う。アーティファクトである以上、有用な道具のはずだ。
「さて、では二人とも。準備をしようか」
「おう!」「はい」
ノギの声に、二人は応じる。背嚢の中身を確認し、ローブに袖を通す。準備は万端だ。
玄関まで歩き、ノギは二人に送り出す言葉を贈る。
「二人とも、いいかい?
決して意地を張って、命を危険に晒さない事。
辛い事があったら、無理をせずに戻ってくる事。
──二人の家は、ここなのだからね」
その言葉を受けて、頷くナギ。それを見て、未央は思う。
──先日の簡素なやり取りは、心配していないのではなく、ナギの成長を願う心からのものね。
その心が、自分にも向けられていると、そう感じる。
ナギを見ると、瞳を輝かせ、今にも飛び出そうな表情をしていた。
それを見て、未央はいつもの通りやれやれと思う。
そして、二人はノギに向けて、声を揃えて言う。
『いってきます!』
すぐに走り出すナギを、未央が追う。
学校の鞄を、旅の背嚢に。学校の制服を、旅のローブに変えて、いつもの通り二人は並んで走っていく。
向かうは日本、麻帆良学園。
後に紅き翼となる二人は第一歩を踏み出した。