言葉と意思の行軍記   作:嶺上

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六話

 麻帆良武道会は、異様な熱気に包まれていた。格闘技の祭典である以上、観客のテンションがアッパーなのは毎年恒例だが、今年はそれを更に跳ね上げる要因があった。

 ナギと未央だ。若干10歳の子供が、大の大人を容易く一蹴し、本選出場を決めた。このニュースは矢のような速度で広まり、普段は格闘技を見に来ない客層まで足を運ばせる。

 結果として、観客の層は多種多様になっていた。純粋に格闘技の大会を見に来る者。可愛いもの見たさで足を運ぶ者。将来性があるのか見極めに来る者と、各々目の色が違う。

 

 そんな事は露知らず、他の予選を観戦する二人。場内で売っていたアイスクリームをなめながら観戦する様は、仲のいい小学生カップルにしか見えない。

 

「あー……本選まだかよー……」

「まだ予選が半分も終わってないわよ、相手でも見繕って待ちなさい」

 

 ナギはただの観戦に既に飽きており、齧るようにアイスクリームを消費していく。

 一方の未央は、本選に出場する選手をじろじろと観察しており、時折喉を潤す為にアイスクリームを舐める程度だ。

 どこまでも正反対の二人だ。

 

「あら、青山ってあの人じゃないの、ナギ」

「お? 出てきたか!」

 

 お目当ての人間が出てくると、ナギは途端にやる気を取り戻す。

 リングに目を向けると、青山は中央に追いやられていた。未だ試合開始の宣言はされていないが、四方を囲まれている。

 取り囲む男達は一様に顔を引きつらせながらも構えを取っており、青山は目を閉じて腰に指した長物の柄に手を置いている。動揺していない。

 

 ──あれは格が違うわね。流石京都神鳴流、問題はアレが魔法世界でどの程度のランクか、って処ね。

 

 紅き翼のメンバーにナギが勧誘する程なのだ、並ではないと思う。

 どうやって勧誘したのだろうと考える。

 

──殴り倒したら起き上がって仲間になりたそうな目でもしたのかしら。

  そんな訳は無いわね、相手は魔物ではなく人間なのだから、仲間になるのであれば酒場だもの。

 

 真面目に考える振りをしてふざける未央だった。

 

 思考に没入していると、周囲の歓声によって意識を引っ張り挙げられる。何事だとリングを見ると、青山のリングには19人の敵が倒れていた。本選への出場者は予選グループ2名づつだが、青山しか立っているものが居ない為、審判が困っている。

 やば、見てなかったわ。思い、ナギに先ほどの戦闘の顛末を尋ねる。

 

「試合が始まったら、詠春が腰の奴を抜いて全員峰打ちにしたぜ!」

「それは見れば分かる、動きとか、特徴的な攻撃とかなかったの?」

「剣が特徴的でかっこいい!」

「あんたに期待した私が馬鹿だったわ」

 

 グダグダだ。事前に戦闘スタイルの情報が欲しかったが、仕方が無いと諦める。

 元々、事前に情報を得て相手と交戦する機会の方が少ないのだと思い、失敗を自分でフォローする。

 

 結局、青山に倒された19人のうち、最初に立ち上がった者が本選に行く事になった。

 観客の誰も得しない対応と未央は思ったが、異様に盛り上がっている。好奇心を刺激されて見にいくと、誰が立ち上がるかトトカルチョが催されていた。

 

 倒れている者達の名前が叫ばれ、ガッツを出せだの、国のカアチャンを思い出せだの、ヤジか激励かわからない声が飛ぶ。

 痙攣する選手に向けて、熱の入った声援が飛び交い、一人の選手が反応する。

 

 ──ジョーン!ジョーン!立て、立つんだジョーン!!! ワーン…ツー… …立った!ジョーンが立った!カウント2.9!!

 

 途端に、歓声と怒声が飛び交い、外れた券が舞い上がる。

 歓声はそのままジョーンコールとなり、会場は熱い空気に包まれた。

 

「なんで青山よりあっちの歓声がでかいんだ?」

「知らないわよ、大穴だったんじゃないの…」

 

 よくわかっていないナギを尻目に、未央は疲れたようにため息をついた。

 

 

 ●

 

 

 

 先ほどの失敗を挽回すべく、未央は他の予選を観戦する。

 一通りの予選を見て思うのは、

 

 ──思ったよりレベルが低いわね、

 

 ノギが力試しとして指定するのだから、今のナギクラスがゴロゴロしている大会をイメージしていたが、本選参加者でも未央は勝てそうだと思う。

 全ての予選が終了した後、開会式の為、本選出場者全員がリングの上に呼ばれて、主催者の学園長から本選を開始が宣言される。

 

「ミオ!ミオ!見ろよあの爺さん!妖怪じゃねぇの!?俺初めて見たぜ!」

「ナギ、落ち着きなさい。あれは一応人類よ、後頭部が異常なだけ」

 

 はしゃぐナギを落ち着かせながら、未央は思う。

 ──生で見るとやはりすごい、ナギにはこう言ったが、あれを人間に含めるのは何か間違っている気がする。

   あっ、こっち睨んだ!心読むのかしらあの妖怪、後頭部アンテナの受信性能すごいわね!ククク!

 

「あー、本選へ勝ち抜いた選手諸君。まずはおめでとう。

 しかし、ここからが本番じゃ。

 己の持ちうる力を尽くし、全力で相手に向かっていってほしい。

 そう、あらゆる力を尽くし、全力でじゃ」

 

 言外に、魔法を使ってもよい、そう言っているようだ。

 開会式の後で知った話ではあるが、麻帆良武道会の敷地には認識阻害魔法を強めにかけてあり、この大会で魔法の存在が露呈する事はないそうだ。

 

「では、各々後悔の無い様、力を尽くしてほしい、以上じゃ」

 

 開会の挨拶が終わり、組み合わせが発表される。

そして組み合わせを聞いた未央は、思わず顔を顰める。

 

 第一試合 柳 未央 VS 青山 詠春

 

 最悪の展開だ、一回戦で当たらなければ、ある程度手の内もわかったが、いきなり当たってしまってはどうしようもない。ナギが横から譲ってやるぜなどと言っているが、正直変わってほしい。

 呻いていると、青山が未央に近づいてきた。

 

「君が私の対戦相手だね、宜しく頼むよ」

「ええ、Mr.青山。お手柔らかにお願いします」

 

 猫を被り、握手に答える。

 

「詠春、俺ほどじゃねぇけどミオも強いからな、覚悟しとけよ」

「ああ、予選は見ていたよ。君のパートナーというわけだな。気をつけるとしよう」

「いえいえ、まだまだ未熟な身ですから……」

 

 そう答えるも、青山は油断の表情を見せない。

 面倒な相手だと、そう思う。

 そして、試合の為に二人はリングへ呼ばれる。

 

 ミオは思う、恐らく素手では勝てないだろうと。

 自分の力を試さなければならない、その為には全力だ。

 周りの目が届かない処に飛び込み、懐から仮契約カードを取り出す。

 

「来たれ!」

 

 ミオの手中に無色の粘土が現れる。この数日、夜はこのアーティファクトの取り扱いを覚えようと奮闘し、結果は出ている。

 アーティファクトの名は、『原初の泥』。

 自分のアーティファクトを信じ、彼女は呟く。

 

「造形、開始」

 

 

 ●

 

 

「大人から子供まで!観客の皆さんお待たせしました!

 これより麻帆良武道会、本選を開始します!!」

 

リング中央に立った審判兼実況アナウンサーの女性が叫ぶ。

 

「第一試合は、このカード!

 京都神鳴流からの刺客!青山 詠春!

 対するは、本大会最年少参加者の片割れ、柳 未央!」

 

 控え室からは青山だけが歩いてくる。本来は並んで出てくる為、アナウンサーは疑問を抱く。青山がリング中央に立ち、控え室の方を見る。すると、控え室から影が飛び出した。

 

「──すいません、遅れました」

 

 未央だ。

 だが、予選の時とは装いが違う。

 白い布地の縁を青く染めたコートを羽織り、体には黒いシャツとズボンに身を包んでおり、手には装甲を貼り付けたような白い槍を持っている。

 

「おお! 未央選手、本選用の装備ですか?」

「ええ、一張羅って奴よ」

 

 アナウンサーが興奮しながら問う。

 未央は答えながら、青山を見る。彼は少々驚いたようだが、すぐに気を取り直して、こちらを見て、腰の長物を抜く。

 

「では、その一張羅に見合う戦いをしましょうか」

「ええ、お願いするわ」

 

 未央も槍を構え、青山を睨む。

 

「両選手、気合十分のようです!

 ──では、麻帆良武道会本選、第一試合、開始!!!」

 

 合図の直後、先に動いたのは白い影。

 踏み込みの勢いのまま、槍を突き出すが、その空間に青山は居ない。

 瞬動──! 気配がつかめなかった! と思いを得ると同時に、背中に悪寒が走る。

 

 前に倒れこむように飛び出すと、数瞬前まで未央の居た空間に刃が突き刺される。

 背後を取られた不覚に舌打ちをしながら、後ろの敵に向かって反撃。

 倒れこむ勢いを軸足に乗せ、遠心力として力を槍に伝える。更に体全体を捻り、力を追加して槍を加速させる。

 

 

 青山は、その動きを見ながらも距離をとる事はせず、槍を見ている。

 我武者羅に動くのだな。

 未央の動きは、ひたすら相手に食いついていく動きだ。

 その動きは、常に自分より上の相手と戦い、必死に抗う思いによるものだ。

 並びたい相手が居るのだろうと思う。

 

 ──しかし。

 

 槍が自分の胴体に接近すると、青山はその槍に足裏をかける。

 槍が振りぬかれる力を利用し、右の回し蹴りを相手に叩き込む。

 相手は顳顬(こめかみ)で回し蹴りを受けてしまい、側転気味に吹き飛ぶ。

 

 ──それくらいの実力に、負けてやるわけにはいかん。

 

 コートに何かしらの防御手段が講じてあるのかとも思ったが、蹴りの感じでは特に干渉された様子はない。吹き飛んだ相手を見ると、槍を支えに起き上がっている。

 立つならば、全力を持って相手をするまで。

 

 京都神鳴流の宗家 青山 詠春が、明確な敵意を持って未央に迫る。

 

 

 ●

 

 

 槍を放さなかった事で、自分を褒めたいと思う。

 先ほどの打ち合い、そう呼べる程対等なものではなかったが、自分と相手の速度差を思い知る。まさか、槍に足をかけて勢いを利用されるとは。

 この先、こんな相手と戦っていくのだろうと考え、未央は思う。

 

 ──なら、こんな処で負けてやるわけにはいかない!

 

 槍に魔力を込め、迫る敵を見据える。

 最初の一撃も、続いた攻撃も大振りだった。

 ならば、と未央は槍は槍の持ち方を変える。柄を長く持った威力重視の持ち手から、柄の中ほどを握る、インファイト用の持ち手に変え、相手に向かう。

 まずは、相手が利用できない速度まで上がっていく事が肝要だ。

 

 青山が低く落とした姿勢から、左手で切り上げてくる。

 急停止しながら、身を捻り刃をかわす。体の姿勢を変えたことで、青山から槍頭が遠くなるが、相手の姿勢も開いている。未央はそのまま回転し、石突きで相手の足を狙い、払う。青山は石突きをかわす為、ショートジャンプで後ろに飛び跳ねる。

 槍はその動きに連動するように、槍頭を突き出してくる。その速度は、先ほどより速いものの、青山を捉えるに至らない。体を捻り、槍が青山の前髪を切りながら目前を通過する。その槍を切り払う事で相手の姿勢を崩そうと青山は刀を動かす。槍と刀が硬質の衝撃音を鳴らすが、槍が切り払われる事はない。

 

「何度も、そっちの思い通りに行くわけないでしょ!!」

 

 鍔迫り合いになり、未央は青山に向かって叫ぶ。

 拮抗状態に入り、お互いは考えを巡らせる。

 

 未央は思う、押し切り、弾き飛ばす。

 青山は思う、かわし、切り捨てる。

 

 未央は青山を押し切ろうと、更に力を込める。膂力ではなく、魔力によって強化された力だ。少女の体だろうと、不足はない。

 青山は機を伺う。ただかわすだけでは、今の相手は追従してくるだろう。自分が押し切られる直前、相手の意識が抜けた時を狙うしかない。

 

 徐々に未央の槍が青山の刀を押し出す。その中で未央は思う。

 ──相手が静かすぎる、鍔迫り合いには対抗してきているが、狙いは別か。

 相手は自分より格上だ、このまま押しても勝てないのではないか。

 

 考えを巡らす前に、体は動いた。

 突如槍を引く。機会を伺っていた青山は、ほんの一瞬虚をつかれる。

 

 ──もらった!!

 

 槍を引きながら、石突きを相手の顎目掛けて振り上げる。

 打撃の感触が手に帰ってくる。当たったと思い、止めと槍頭を相手の胴目掛けてなぎ払う。一際大きな硬質の音が鳴り響き、青山は場外まで弾き飛ばされる。リングの周りに張られた水に着水し、場外カウントが開始される。

 

 カウントを聞く未央は、石突きを床につき、槍にもたれかかる様にしている。

 場外に落ち、20カウント以内に戻らなければ敗北となる。

 既に8カウントまで進んでいるが、未央は思う。

 ──早く、カウント終わりなさいよ、もう10から19省略でいいじゃない。

 時間にして数十秒程度の打ち合いではあったが、自分が酷く消耗していると気づく。

 実力者と武器を持って戦う経験は初めてだ、これだけ消耗すると先に知ってよかったと思う。

 早く終われと、祈りながら待つ。

 

 しかし、未央の祈りは届かず、場外の水面が大きく飛び上がり、青山がリングへ舞い戻る。

 カウント19、あと1カウントであった。

 未央は息を吸い込み、再び構えるが、青山は構えを取らない。

 

「ギブアップするよ、刀が折れてしまった」

 

 そう言って、もはや柄しか残らない刀だったものを見せる。

 未央の最後のなぎ払いを受け、完全に刀は破砕されていた。

 

 ──勝っ…た?

 

 信じられずに呆然とする未央の耳に、観客の歓声が飛び込んでくる。

 リングの外側に避難していた審判が、高らかに、

「第一試合の勝者は、柳未央選手です!!」

 

 そう言い放った。それを耳にして、青山を見る。

 

「いやぁ負けたよ。てっきり鍔迫り合いで押し切ってくると思ったんだけどね。

 おめでとう」

「あ、ありがとうございます……。私も、最初は鍔迫り合いで押し切ろうと思ったんですけど、貴方程の人がただ押し切られるわけはないと思って……」

 

 そう答えた未央に、青山は苦笑する。

 どこか、相手は子供だと思い侮っていたようだ。やはりまだまだ修行が必要だ。

 

 ●

 

 勝利を得て控え室に戻る未央を、ナギが迎える。

 

「流石ミオだな! 譲った甲斐があったぜ!」

「ありがと、いい勉強になったわ」

 

 そう、いい勉強になった。予選で緩んだ心を引き締め、今後の参考にもなる試合だった。

 

「ナギ、あんたこそつまんない相手に負けるんじゃないわよ」

「おう! 見てろよ! 完全勝利してきてやるぜ!」

「ん、私はちょっと次の試合まで休んでるわ……」

 

 そう言い、未央は椅子に座り込み、息を吐き出す。

 勝つ事が出来たと思い、安心すると、急に眠くなってくる。

 

「去れ!」

 

 アーティファクトを解除し、楽な姿勢で背もたれに倒れこむ。

 疲労と安心感を得て、未央は笑顔で次の試合まで眠り続けた。

 

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