才能ってのは残酷なものだと思う。
はじめて野球のボールを触ったのが5歳の頃。
俺は、最初から4番でエースだった。
それは中学校に上がっても、シニアリーグでも変わらない。
地元の英雄と持て囃され、当然のように地元の名門高校から誘いが来た。
それを蹴って県外の超名門校に――野球留学したのは、天狗になっていたという訳だろう。
1年の中では一番の有望株と言われ、公式戦のマウンドも経験した。
2年生になり徐々に先発する機会が増え、実質的なエースと言われた。
そんな期待に胸を含まらせた3年の春に、あいつはやってきた。
不器用だったと思う。
キャッチングは雑だしすぐ手を抜くし荒っぽいし。
でも1年の夏から、そいつは4番でキャッチャーだった。
並はずれた強肩と強烈なパワーを武器に、そいつはチームを甲子園に連れて行った。
「あいつ、あの頃からずっと13番だよな。こだわってんのかね」
ブラウン管を横目に、そう呟いた。
時々思い出してしまう。
最後の最後。
キャッチャーにリリーフのマウンドを譲らないといけない背番号1。
その時の感情をどう表現していいものか。
俺は、あの時の俺をエースとは認めない。
結局最後の夏はベスト16止まりだった。
俺にプロの誘いはなく、推薦で大学に進学した。
4年たって卒業しても、社会人になっても、プロの誘いは来なかった。
チームが廃部になり、転々とした。独立リーグも経験した。
それでも、俺はプロの世界を諦めきれない。
「約束・・・だものな・・・」
何年かかってもプロに行く。待っていろ。
美府出やらない夫。
右投げ右打ち、投手。
26歳になる今年も――まだドラフト指名の話は来ていない。
それでもまだ彼は、燃え尽きていない。