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※オリヒロのタグを付けていますが、とある漫画のヒロインを基にしています。
一体どんな経緯でそんなことを聞いたのかは覚えていないが、幼馴染に訪ねたことがある。気になる男子とかいないのか、と。
他意はなかったはずだ。不意に気になって聞いてみた、ただそれだけのこと。
幼いながらもませていた俺たち。だから可愛らしい反応を見られると思っていた俺の予想に反して幼馴染はそっけなくいない、とだけ返した。
だが、俺はそこで止まらなかった。
続いて俺の口から飛び出したのはならどんなやつが好きなんだ、という疑問の言葉だった。
今となってはデリカシーのないやつだな、なんて苦笑いを浮かべてしまうが、あのころはなんにでも手を出す年ごろだったのだ。
忘れもしない、あの光景。バッティングセンターで順番待ちをしていたあの夏のこと。俺は今でも、あの子の台詞を覚えている。
──……一六〇キロのストレートを投げられる人。
忘れもしない、あの言葉。可愛い妹分を奪うやつを滅多打ちにしてやる、そう誓った夏のこと。俺──黒須遊は今も誓いを胸にバットを振るう。
◇
バネの軋む音に合わせ、リズムを取りながら体重を軸足である左足に乗せる。
地面と水平にバットを軸足方向に引き、ボールが投射されると同時にバットを振り切った。
軽い感触に、小気味よい金属音。そして右足に激痛。
「ぐおっ!?」
反射的にうずくまり、強打した箇所に手を添える。
軟球だから大事にはならないだろうが、痛いものは痛い。
悶絶している間にも機械は止まることなくボールを吐き出す。それをもったいないなー、と眺めていると、小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。
「なんだよ?」
「べっつにー。楽しそうだなって」
つい絡んでしまった俺に、隣のレーンでバットを振るう少女──黒羽あおいは力みのないフォームで綺麗に白球を弾き飛ばしながら答えた。べつに、と言っている割には今もクツクツと笑って肩を震わせているが、まあ気にしないことにしよう。
「すっげー楽しいよ。いつも通りキャッチボールからのバッセン、いつも通り過ぎて今日引っ越すことを忘れそうだ」
今日、俺は生まれ育った町を離れる。
それはすなわち生まれた時からお隣さんだったあおいとも離れるということだ。俺的には涙を誘う感動的な別れを演出したかったわけだが、どうも俺たちには無縁のものらしい。
「あー、そっか。引っ越すんだ。忘れてた」
「おいこら、仮にも野球の練習付き合ってもらってた相手に言うことじゃないだろ」
足の痛みが引き、バッティングを再開しながら軽口を叩き合う。
先ほどはインのボール気味の球を打ちに行ったから自打球になったわけで、無理に振らなければもう足には当たらない……はず。
「ずっと会えないってわけじゃないからなー。いっそのこと引越し先がブラジルとかだったらお土産の一つでも用意したのに」
「電車乗ればすぐ会える距離だもんな。でも大丈夫か?」
「なにが?」
「プリント失くした時とか。もう見せられねーし」
「子供扱いすん、なっ!」
あおいの気合の入った声と共に快音が響く。弾かれた球は、ライナー性の弾道を描きホームランと書かれたプレート──の横のネットに着弾した。
「ちぇっ、当たると思ったのにな」
「残念、惜しくても当たらないと意味がないんだよ、っと」
次いで、俺の軽い調子のノリから弾かれた球は、まっすぐプレートへと吸い込まれた。
気の抜けたパンパカパーンという機械音をBGMに、あおいへとドヤ顔を送る。
「今日は俺の勝ちだな。引越し前の餞別、どうもありがとう」
ホームラン打つまで帰れまテン、俺の勝ち越しで終わったな、と言うとあおいはまだゲームが終わっていないにも関わらずこちらに顔を向けムスッとした表情のまま押し黙った。
なにか言いたいことがあるのか。そう思って次の言葉待っているが、なかなか口を開かない。
図らずも見つめ合う形になったわけだが、俺はどうするのが正解なのだろうか。
幸い俺らの後ろに待ち人は居ないので、打たずにボックスを占領しても店員に白い目で見られるだけで済むがいつまでもこのままというわけにはいかない。
とりあえずきっかけを、と口を開きかけたその時、あおいが口を開いた。
「……いから」
「え?」
思いもしなかったあおいの発声に、前半部分をうまく聞き取れなかった。
俺の気の抜けた返事に、あおいは苛立たし気に再度口を開いた。
「だから! 勝ち逃げは許さないって言ってんの!」
半ばやけくそに放たれた言葉。
その意味を反芻し、考える。
勝ち逃げ? 今のどちらが先にホームランを打つかの競争のことだ。きちんと数えてはいないが、俺の勝ち星の方が多いから。
許さない? それはつまり俺が負け越すまでやるという意味。だが、今日はもう時間が迫っている。
以上のことから導き出されることは、だ。
「なんだよ。やっぱさびしいのか?」
たまにはこっち来いよ、ってことなんだろう。素っ気ない態度とってたくせに可愛いやつめ。
「そっ、そんなんじゃ……! もういいっ!」
そう言ってあおいは逃げるようにボックスから出て行ってしまった。固まっておく必要がないため俺もバットを所定の位置に戻し、早足であおいの後を追う。
てっきり敷地の外へ出ていると思っていたあおいは、律儀に出入り口で待ってくれていた。
俺が追い付いたことによりあおいは無言で歩を進め、俺も黙って倣う。
それからはお互い無言だった。通い慣れたバッティングセンターと家を繋ぐ道のり。会話がないなんてことはざらだったから慣れているが、やはり今日は無性にそれが寂しく感じる。
「……私たちももう四年になるんだし、向こう行ったらリトルにでも入りなよ」
ぽつり、と。不意にあおいがそう漏らした。
「……あおいは、どうするんだ?」
「ちょっと迷ってる。女の子だからって理由で嫌な顔されそうだし」
「そっか……」
あおいは昔から野球が好きだった。数年前まではクラスメートと一緒に白球を追いかけたりしていたが、いつからか男女混じって遊ぶのは恥ずかしいという風潮が広がり、かといってあおい以外の女の子たちが野球をするということもなく二人でキャッチボールやバッセンに通うのが常となっていた。
本当は野球をしたいくせに、女の子だからという理由で我慢している。そんなあおいが見ていられなくなって、二人で出来ることをやろうと誘ったのが始まりだったか。今思えば、どちらもよく途中で辞めなかったものだと我ながら感心する。
俺が居なくなるとあおいはどうするのだろう。これまでしてきたことを俺抜きでやるのだろうか、それとも野球自体を辞めてしまうのか。一人でやるにしても、大事なものを切り捨てるにしても、哀しいのに変わりはない。
「野球、辞めるなよ」
自然と、言葉が口から溢れていた。
「俺も入るから、あおいもチームに入れよ。リトルでも軟式の野球チームでもいい。女だからって文句言うやつはプレーで黙らせてやればいい。だからさ、次の勝負は一対一の個人戦じゃなくて、九対九のチーム戦で決着着けよう」
言い切ったところで、ピタリとあおいの足が止まった。
どうしたものかと振り返ってあおいを見るが、俯いているため表情を窺い知れない。
「どした?」
「……リトルと軟式別々に入っちゃったら試合出来ないじゃん、それ」
あおいが顔を上げると、困ったように笑う顔があった。
たしかに。同じ野球でもジャンルが違うから試合は出来ない。
「なら今決めよう。俺はリトルリーグのチームに入る」
「私まだやるとは言ってないんだけど?」
「待ってるよ、グラウンドで。それとも俺の不戦敗でいいか?」
「……あー、もうっ! やればいいんでしょ!?」
「おう、約束だ」
言って、踵を返して帰り道を急ぐ。
いつもと同じ帰り道。けれども帰る家が違うことに実感が湧かず、このままだと明日も隣を歩く彼女を誘ってバッティングセンターに行ってしまいそうだ。
しかし、たった一つのことだけはハッキリとしている。
「──俺たちは、これからも野球を続けるんだ」