あの日の誓い、今ここに。   作:餅煮込み

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 なかば強引に押し付けたと言ってもいいあの約束から十日ほどの今日。俺は緊張気味に教卓の前に立っていた。

 

「えっと、黒須遊です。バッセン通いが趣味です。よろしくお願いします」

 

 噛まないようにゆっくりと一文字ずつ吐き出し、そして一礼する。

 四年の始業式にやってきた転入生。それが視界いっぱいに映る彼らの、俺に対する評価だろう。

 当たり障りのない挨拶にしたつもりだったが、バッセンってなにという囁きがちらほらと聞こえるあたり言い方をまずったみたいだ。

 バッセンとはバッティングセンターの略です、と付け加えたくなったが、なんだか恥ずかしいのでやめておこう。

 悪い印象を与えないよう貼り付けておいた笑顔を崩し、隣に並び立つ担任の先生に視線を送ると、やっと先生が口を開いた。

 

「黒須はこの町に来て日が浅いからみんな色々教えてあげるんだぞ。黒須の席は小森の前の……あそこだ、空いているところ」

 

 言われ探してみると後ろから二つ目のドア側に空席が一つ。なら、その奥の小柄で内気そうな子が小森だろうか。

 小森の隣の少年が嫌な笑みを浮かべてこちらを見ているのが気になったが、注目が集まっている今アクションを起こせないのであえて無視をして席に座る。

 そうして新入生の挨拶という一つのイベントがおわり、ホームルームが始まった。

 

「新しい仲間を迎え、君たちは四年生になった。そこで早速だがこのクラスの委員長を決めたいと思う」

 

 誰か立候補したい奴はいるか、という先生の問いかけに教室に緊張が走った。

 みなが目で牽制し合う。お前やれよ、やだよ。言葉ではなく目で語る。

 自ら面倒ごとに首を突っ込むモノ好きは居ないらしく、わずかな静寂が教室を支配した。

 あーあ、誰か手を挙げるまで進まないパターンだぞ、これ。

 時間かかるな、と思っていたら真後ろから先生、と声が上がった。

 

「お、沢村。やってくれるか?」

 

 後ろからの声で小森ではない、となると先ほど気になった少年が沢村か。

 みんなが嫌がる委員長を引き受けるようなお人好しのタイプではないと雰囲気で判断していたため、少々おどろいた。

 

「いえ、僕は自信がないので小森くんを推薦しようかなって」

 

 短く、小さな悲鳴が上がった。おそらく小森のものだろう。

 首を左に回し、沢村の顔を見る。意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 顔で判断してゴメンと内心思っていたわけだが、そんなものは必要なかったようだ。

 沢村の発言に間髪入れず、数人の男子の同調の声が上がる。

 

「先生、私やります」

 

 委員長が小森に決まりそうな中女の子が言った。

 俺から見て左の、教室の中央後方に座る勝気そうな女の子。先生とのやりとりから清水と言うようだ。

 委員長は清水、そしてその隣に座る本田とやらが副委員長。そう決まり、沢村は苛立たしげに舌打ちをした。

 なるほど、沢村はいわゆるいじめっ子というものらしい。さっき同調していたやつらは取り巻きで小森はいじめられっ子。クラスの奴らは基本干渉しないが、清水はその例外で沢村たちはいい顔をしないってわけか。

 前の学校ではいじりいじられはあったが、こんなあからさまなものを見るのは初めてだ。まあ、なんというか。

 

「……めんどくせえな」

 

 主に俺を見定めようとする沢村の視線が。

 

 

 

   ◇

 

 

「か、返してよぅ……」

「ははっ、ほらパスだ!」

 

 新参者を珍しがるクラスメートの好奇の視線に耐えきり、靴を履き替えて残すは帰るのみとなった俺の前に試練が下った。

 

「……こんな目立つ場所でよくやるな」

 

 視線の先で靴が空を舞う。

 端的に言うと沢村プラス取り巻きが小森の靴でサッカーをしていた。靴箱から校門をくぐるには避けて通れない噴水の前で。

 通りづらいじゃん帰れないじゃん。何故こんな場所でやろうと思ったのか。

 先生を呼んで注意してもらったとしても小森の性格から遊んでいただけで押し切られ俺も巻き込まれる可能性が濃く、かといってそのまま帰るのも後味が悪い。

 直接止めるか? でも転入初日に目をつけられるのも……。

 こうなりゃ出たとこ勝負だ。真横を堂々と歩いてやりゃ辞めるだろ。

 そう決意し歩みより、だんだんと近付いてゆく。だが俺の姿を認めてなお、沢村たちは小森の靴を蹴ることを辞めなかった。

 

「そらっ、シュートだ!」

 

 噴水の脇を通ろうとしたとき、なにかが俺の顔目掛けて飛んできた。それを反射的にキャッチし、地面に落とす。

 いちいち確認しなくてもわかる。沢村が蹴った小森の靴だ。

 

「靴でサッカーするのがこの学校のブームなの?」

「なかなか楽しいぜ。転入生もやるか?」

「あいにくと野球派なんでね。あと水辺でやらない方がいいよ、濡れたボールほど触りたくなくなるものはないから」

「その噴水がゴールなんだよ。転入生、パスくれよ」

 

 ヘイパスっ、なんて構えてる沢村を見て思う。やっぱ面倒なことに巻き込まれた、と。

 ここでパスすれば小森に悪いししなければ気不味くなる。どちらにせよ穏便に済ませることは出来ないようだ。

 おのれの良心をとるか今後の平穏をとるか。空を見上げて考えるほどには難しいところだ。

 

「おい、早くしろよ」

「もうこっちでしようぜ」

 

 業を煮やした取り巻きたちが催促し、耐えきれずに転がっていたもう一足で再開しようとしたそのとき、

 

「面白そうじゃん。俺もまぜてよ」

 

 声が増えた。

 目を向けると靴が脱げて尻餅をついた取り巻きの一人と副委員長の本田が見える。

 

「噴水がゴールだったよね?」

 

 また俺の方へ靴が飛んでくる。今度は手を伸ばさない。

 本田が蹴った靴は山形の弾道を描き、噴水へと放り込まれた。

 まさかの展開に俺も含め全員が惚けていると本田が不思議そうに口を開いた。

 

「あっれー? おかしいな、全然面白くないぞこの遊び。喜ぶとしたらせいぜい低学年の子供くらいだな」

 

 わざわざ怒らせるようなことを言いやがって。まあ、本田に沢村たちの気が逸れて俺は助かるんだけど。

 勝てないと悟ったのか逃げるように去って行く沢村と取り巻きの奴らを尻目に足元に落ちている靴を拾って小森へと駆け寄る。

 

「ほら、靴」

「あ、ありがとう……」

「俺じゃなくて本田に言ってやりな。本田来なかったら片方は濡れてただろうし」

「あっ、本田くんもありがとう」

「いーよ別に」

 

 これで懲りてくれればいいんだろうけど、そうはならないだろう。

 せめて小森がキッパリと意思表示してくれれば楽なんだけど。

 

「おい小森! 早く行くぞ!」

「う、うんっ! ……えと、ごめんねっ」

 

 沢村の呼びかけに小森は申し訳なさそうに俺と本田に謝り駆けて行ってしまった。

 

「なんだありゃ」

「ほんと、めんどくせえな……悪いな本田、助かった」

「さっきも言ったけど別にいいよ、えっと……名前なんだっけ?」

「黒須だよ」

 

 健気に沢村に駆け寄る小森の背を見つめ、そんな会話を繰り広げる。

 本田とはそれなりに仲良くやれそうだ。

 

「俺に歯向かって楽しい学校生活送れると思うなよお前たち!」

 

 よくもまあバトル物のちょい役が言いそうなことを口に出せるもんだ。俺なら恥ずかしくてくちが裂けても言えない。

 

「厄介なのに目をつけられたな」

「黒須もだろ?」

「えっ?」

 

 ──俺に歯向かって楽しい学校生活送れると思うなよお前たち!

 あれ、お前たち?

 

「俺、特になんにもしてないんだけど?」

「ま、なっちまったもんなしょうがないさ」

「いやそうなんだけどさ。でも、えぇ……」

 

 転入初日、俺の学校生活は前途多難なようです。あおいとバッセンに行きてぇ……。

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